2011年04月28日

2011年04月28日

カンボジア日記2011年4月

今年も行って参りました。

数日に分けてカンボジア日記を書かせて頂こうと思います。

カンボジアから帰って来てすぐに

弟の友達の家のリフォーム工事を頼まれていましたので

ちょっと段取りでバタバタしてました。

ゴールデンウィークに入るので材料が入りません

休み明け早々の工事になります。

さて、今回は毎度ながらの大西会長と一緒に

今年募金で建設される産婦人科の

建設地の視察と値段交渉をメインに

カンボジアのボランティア活動に行ってきました。

関空より6時間と少しで飛行機に乗ってベトナムの

ホーチミン空港に到着するなり

放送で名前が呼ばれてる・・・

何や〜???と慌てて乗り継ぎの搭乗口に行くと

飛行機が待ってて待ち時間無し

どうやら関空からベトナムに到着するのが遅れたみたい・・・

確かにいつもなら5時間半ぐらいで着いてたはず、

乗り継ぎの飛行機が待ってくれていたようです。

そしてカンボジアのプノンペン空港に1時間ぐらいで到着

しかし、私の荷物は運ばれていたのですが

大西会長の荷物が待てどくらせど出てこない???

乗り継ぎの時に空港で積み忘れた事が判明

次の便で積まれる事を願いながら待つことに・・・

結局夜の7時半頃に空港から連絡があり、

そこからまた空港に行ってカバンを積んで

バッタンバンへ、

到着したのは日本時間で夜中の2時半でした

さすがに疲れました

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次の日は早速、現地のNGOのBFD本部へ

挨拶をすませて産婦人科建設費用の交渉をしました。

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交渉成立

しかし・・・毎年物価は上昇しており、なかなか難しい・・・

言われるがままのお金を出していてはいけないのです。

なぜなら、皆様から頂いた大切なお金です。

無駄に使われる事は許されません。

交渉で浮いたお金は次の産婦人科建設や

学校の建設費用に回されます。

少しでも多くの学校や産婦人科が建った方が良いので

そして建設予定地の視察に行きました。

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一つ目はコッコロー村と言う所の病院施設内、

BFD代表のヘンモニチェンダ氏が必要性について熱く語る

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次に訪れたのは去年募金で建設された産婦人科病院です。

この日も一人子供が生まれました。

この病院での出産費は無料です。

本来なら80ドル掛かるそうです。

田舎の方の農家などは月収が30ドルほど、

子供を産むのも大変なんです。

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そして昼からもう一つの予定地に視察に行きました。

コンソラトライ村の病院敷地内でした。

今年は去年より少し小さめの産婦人科ですが

2箇所に建設される事が決まりました。

そしてその後来年建設される予定の候補地へ

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ここは来年石垣島のライオンズクラブがメインとなって

産婦人科を建設する予定です。

一応お話がありますので記載させて頂きます。

と言う事でこの日もハードスケジュールでした

こうやって毎年カンボジアに来させて頂いておりますが

毎回来る度にどんどん近代化していってますね・・・

都会の方では建物などもどんどん新しく建って来ています。

今の日本には無い活気や人の生きる力を感じます。

カンボジアでも日本の事はとても心配されていました。

BFDのヘンモニチェンダ氏もはじめは今年は

日本が大変だから今回の産婦人科建設は結構ですと言ってました。

気持ちはわかります。しかし、それとこれとは別の事、

カンボジアでも、日本でも、

国が違えど本当に困っている人がいる事は同じです。

東日本大震災や放射能の被害にあわれていらっしゃる方は

本当に辛く悲しく大変だと思います。

私は自分の出来る範囲の支援をこれからもして行きます。

こんな状況になったからやめるとか、

大変な状態だから来年にするとか・・・

そんな時だからこそやるのです。

その中に私は本当の学びがあるのだと思います。

順風満帆に行っている時には何の学びもありません。

辛い・苦しい・悲しい時にこそ

本当の人間としての学びがあるのだと思います。

行動こそ真実

頑張って行きましょう















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