岩崎雄大の低温日記 

  アラフォー弁護士の五行歌・短歌日記です。    

<好きな短歌>
吾がこころ寂しきときにみちのくの涯まで行かむ旅をしぞ思ふ(金田千鶴)     麻薬中毒重婚浮浪不法所持サイコロ賭博われのブルース(寺山修司)
 

五行歌・2019年9月号より

村田ヤモリ
村田カエル
村田ネズミ
村田スズメ
みんな扶養家族
(村田新平氏)

思わず笑ってしまったが確かに、生計同一と言えなくもない。
ヤモリたちも「扶養家族」になることでそれぞれメリットを享受していると思われる。

何より、村田の姓を与えている作者の懐の深さを感じた。

生きているだけでいいことあるような等間隔で落ちてくる雪

書き留めたくなった、今年2月頃の歌。
いまはなぜか、等間隔で、前を向く人にも、後ろ向きの人にもなれる。

昨日、週1で通っていた手話スクールのコースを修了した。
1年間長かったようにも感じるが、その分、身についたかと言われると心許ない。

今日、とあるところで、障害者の方の社会参加をテーマにした講演を聴いた。
会場には手話通訳の方が二名おられ、同時通訳をリアルタイムで見ることができた。

勿論、ほとんど分からなかったが、ところどころ習った単語があり、話を聞きながら手話を見ていて、何となく意味が分かったような箇所もあった。

勉強になったというとおこがましいが、雰囲気を味わえ、身を入れて学びたいという気持ちがより強くなったと思う。

意見交換のところでは、通訳の方が、聴覚障害者の方からの質問(手話)を音声言語に変え、講演者の回答を手話で質問者に伝える、という緊迫感のある場面もあった。

今日の気持ちを忘れないように記すとともに、まずは検定3級に向けて頑張りたい。




五行歌・2019年8月号より

夜空に輝く
東京タワーを
間近から見上げると
ゴジラのように
吠えたくなった
(吾木香俊氏)

ゴジラがタワーものを壊すのは、自分より大きいものを前にして闘争本能が高まるからだろう(と思う)。

この歌においても、「夜空に輝く」東京タワーは、一度は倒したいもの、見返したい物の象徴のように登場している。

しかし、残念ながら、倒すことはできず、間近から見上げることしかできない。
吠えたくなるのは、その切なさから来るのであり、吠える意味はゴジラとは違うのだ。

それでもなお「ゴジラのように」吠えたくなったというところに、更なる悲哀を感じてしまう。
ゴジラのようには吠えることができないからこその、この比喩であると思う。










ここ数年、ある精神科病棟を有する病院で、研修会(行動制限最小化委員会)の講師を担当させて頂いている。

今年は、任意入院について、退院の自由に関する裁判例をもとに話をさせて頂いた。

裁判例の紹介は、それが正解であることを示すためではない。
判断理由・過程を、記録や説明と同意のあり方等に参考にして頂くことが目的だ。

むしろ、裁判所の判断が必ずしも正しいわけではないと、ではどうすればよかったのかを問われるとき、思うことも少なくない。

身体拘束と死亡との因果関係が問われるような事例も相次いで報道されており、社会の目は間違いなく厳しくなっていると思う。

考え方だけではなく、実際に何をどのようにすればいいのか説得力を持って答えられるように努力していきたい。

ヤクルト戦3連敗の後、今夜カープに勝ち越し、優勝争いに踏みとどまった。
今永投手の今季三度目の完封勝利だった。

win win の無い、勝ち負けの世界で勝負をする人の顔は強く、たくましい。

自分が弱くあるときは、人が強く、強くあるときは人が弱く見えるのかもしれない。

明日は休み明け。
ぼけっとせずに、自分なりの勝負をしていきたい。


五行歌の25周年記念イベントとして、「言葉でひらく未来巡回展」が、東京、大阪、福岡、盛岡の4都市で開催される。

東京は、まさに今、「四谷ランプ坂ギャラリー」にて開催中(~8/14)であり、200を超える五行歌が、背景写真と一体になったパネルで展示されている。

特にお気に入りの作品を紹介したい(敬称略)。

寂しい人に
紅の花をあげよう 
この上なく
寂しい人に
ならないように
(村岡遊)

時間が足りないのは    
自分が          
羽化          
しようと        
してるから       
(山崎光)          

何もせんでも
良い日には
何もせんでも
良いでは
ないか
(塚田三郎)

えだまめさん                       
おすと         
ピュッ          
テーブルの下へ     
いっちゃった      
(まめこ)        

「芸術は気持ちを表すものである。五七五七七は調べはいいけれども、その同じ調べに作品の七割が持って行かれて、独自性は三割にしかない。だから、言いたいことが七割は調べになり、個性は三割となる」
(五行歌2019年8月号・五行歌日誌357頁・草壁焔太主宰)

そうすると、五行歌は、五行に濃縮された100%の個性と言える。
その分、軽やかで伸びやかな世界に、一人でも多くの人が触れてほしいと思う。





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