
10月は福岡で4泊5日のオーケストラの仕事をしてきた。
今回はオケの定期演奏会ということで、本場チェコの指揮者を迎えて、スメタナの「わが祖国」全曲を演奏した。
福岡に着いたその日に初日のリハーサルは始まった。
さっきまで東京にいたのにな…と、気後れしながらのスタートを切った私。
練習会場に奥様とさっそうと現れた指揮者のエリュシカは、指揮台に立つと、チェコ語とドイツ語しか話せないと自信満々に言い放ち、そしてそこからは怒涛のチェコ語を私たちの口一杯に放りこんだ。
チェコ語でいっぱいになって口を閉じれないままの私たちは、彼の話がひと段落するなり即座に通訳にその意味を求めたが…全く使い物にならなかった。
何一つ飲み込めない我々は、開いた口が…ふさがらない
こういう仕事にはいつもビックリするほどの穴が付き物。
それが今回は通訳だったというわけだ。全く逆の訳をしたり、小節番号を間違えて私たちに伝えて、指揮者を困らせたり。。
しばらくそれに振り回されて、音楽の「お」の字も無いような無駄な時間を過ごす羽目となったが、だんだんチェコ語に慣れてきた私たちは、気付けば通訳をすっ飛ばしてコミュニケーションをとれるようになっていた。
(音楽用語は世界共通だから、ある程度は理解できるわけです。)
エリュシカも、私たちが通訳を頼りにしていないことを察したのか、途中からは歌とジェスチャーで我々に要望や曲の構成を伝えるようになっていた。
一日目はこのように、コミュニケーションの形を模索しながらの練習となったが、二日目になると、我々も本場の音楽を初日のお遅れを取り戻すかのように吸収し、そして改めてエリュシカの持つ音楽性に心底感銘を受けていた。
この日、指揮者が語ってくれた中に忘れられない言葉がある。
「この楽章は戦争の場面も描いています。悲しい情景ですが、未来を生きている私たちは、この悲しい情景を表現するだけでなく、もうこんな戦争は二度と起こらないようにという希望を込めることができるのです。光を表現できるのです。むしろ我々は、その表現を付け足さなくてはならない義務があるのです。。。もう、戦争なんかしてはいけないんだ…」
胸に手をあて静かに語る彼の言葉から、とてつもなく強く、そして尊いチェコの魂を、私はじんわりと喉の奥で感じた。
三日目は練習最終日。
最終日ともなると、指揮者が気にしている部分をいくつか抜き出して、今一度形にして確認程度の練習をするだけ。
確認作業が終わると、最後にゲネプロを兼ねて全部を通した。
ゲネプロは大抵、本番当日にするのだが、指揮者の、当日はゆっくりしてほしいとの要望を受け、前日にゲネをした。
この、当日ゲネプロなしの本番一回と言うのは弦楽器奏者にとっては不安だが、体力勝負の管楽器奏者にとってはどうやら喜ばしいことのようだった。
オケ全体からいえば、吉と出るか凶と出るか緊迫の中での一回勝負。
かなりの集中力が必要となるが、「あなた方を信じているから」と指揮者からの熱い言葉を胸に、ステージ裏で全てを万全にして本番を迎えた。
指揮者の目、指先、表情、全てを見落とすことの無いように、コンマスの先導に身をまかせながら必死に演奏する。
冷静に音を聴く自分と、音楽の世界に入り込む自分とを分けて演奏するよう心がけていた私だが、結局はオーケストラの持つ独特で壮大な音の渦に飲み込まれて、最後は音楽の描くチェコの風景に心を奪われていた。
指揮者エリュシカ、、あっぱれである。
そして、全てを一瞬で判断して、絶妙なザッツ(合図)をくれたコンマス、あっぱれである。
この旅で出会った全てに心から感謝しています。
コンマス万歳!!エリュシカ万歳!!けいらん蕎麦万歳!!



