2012年09月10日

塾長の手紙 9月号

塾長の勝又 猛です。
仲秋の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。塾では、夏休みを終え、少しだけホッとできる瞬間です。
しかし、このほんの数日が過ぎれば、いよいよ受験本番でもあり、その他の学年も中間テストが始まります。
WIN&WINセミナーの生徒は、体育祭、学園祭色々な学校行事も頑張りながら勉強もおろそかにしないで欲しいと思います。

カツ丼を食べながら泣いていた

 8月26日、私は、昼、そば屋でカツ丼を食べながら泣いていました。泣いているのを見られたくないので、お絞りで顔を拭いたようにしながら涙を拭いていました。
テレビでは、「24時間テレビ」が流れていて、感動的な画像が流れていたので泣いていたのではありません。
 ある生徒のお母さんの病気が完全に治ったことを前日に聞いて、そのことを思い出し、「よかった」と安堵し、思い出し涙を流していたのです。
 そして、「この病気を治してくれたのは神様のお陰だ。(お祈りした)伊勢神宮にお礼参りに行かなきゃ」と思ったのです。
夏期講習は、8月28日で終了しましたが、「終了したからと言って9月になるまでの期間休まず、しっかり2学期の準備をするように」とスタッフに檄を飛ばしながら、私は塾長特権を使い「どうしても今回はお礼参りに行きたいので帰省する」と伝え、帰省し9月1日に伊勢神宮に行ってきました。
伊勢神宮の駐車場に着くと突然雨が降り出しました。
その雨を見て、「これはきっと『よく来ましたね』という意味で神様が降らせた雨だ」と思いました。
というのも伊勢神宮の橋の前の鳥居をくぐろうとするときには、雨はすっかりやんでいたからです。
自分のお参りのときは、小銭しかお賽銭箱に入れないのに、お祈りしたときと同様の1000円札を入れました。

お礼参りに来たかった訳

今年の春先のことでした。A君のお母さんより塾長と面談したいというメールがありました。塾にとても理解があり、自然塾には子どもを毎回参加させてくれますし、父母会や勉強会など必ず出席してくれるお母さんです。
しかし、突然の面談は、私の経験上、退塾の話の場合が多いので、「本当に一生懸命やったけど、満足いく結果が出せなかったし、しかたないよな」と思いながらの面談でした。
話を聞くと退塾の話とは違い、「実は、検査で、病気が見つかりました。その病気は、致死率が高いので、手術や入院で、色々ご迷惑をかけるかと思いまして、塾長には先に話しておこうと思いました」というような話だったのです。
お母さんは、まだ若く40歳になったばかりで、中学生の男の子が2人います。子育てにはまだまだお母さんの存在が必要な歳です。
まだ子どもたちにも話していなかった重要な話を私の方にしてくれたことに対して「何とかしてあげたい」という気持ちが起きました。
その後、病名を聞いていたので私なりにもインターネットで調べましたが、「まずい」のです。普通の病院の治療では治らない確率が高いのです。
塾の生徒や知人の病気の時には、いつも相談させていただいている岩間こどもクリニックの岩間先生に電話して、そのお母さんが入院しているJ病院で「本当に大丈夫でしょうか」ということを聞きましたところ、岩間先生は、私に病名をもう一度聞き直しました。それほど心配な病気だったのです。
岩間先生は、「J病院で大丈夫です。もし私の家族が最初にJ病院に入院しても最後まで見てもらいます」と言ってくれたのです。しかし、口には出しませんでしたが、「最後まで見てもらいます」という「最後まで」というところに少しばかり引っかかりました。

まず私に話したのはベストな選択かも

私は、あまり学力は無いのですが、中学時代から研究しているヨガや武道などから派生して、呼吸法や食事療法などの自然治癒については詳しいのです(詳しいだけで実践していないことが問題なのですが)。
今では読む本の3分の1くらいはそういったものです(ちなみに少し知ったかぶりをすると漢方はダメです。抗癌剤と同じで、毒をもって毒を制するので、副作用が大きいです。その病気が治っても別な病気が出ます)。
A君のお母さんは、そういったことをご存じなく私の所に来られたのですが、私はなんとかAさんを助けたかったので、今まで研究してきた自然治癒の方法を話し、早速、2階にあった塾長室の本棚から本を数冊選んで渡し、その後、家にあった本を1、2冊選んで、自宅まで持って行きました。
A君のお母さんは、とっても勉強家なので、私の渡した本を読み、自分なりにも自然治癒をキーワードに本を探し、共通点の食事療法や呼吸法を実践したそうです。
お父さんも、一生懸命調べ、講演会などに行ったりして、最新の免疫療法を探し出しました(その治療はいいと直感的に思いました)。

WIN&WINセミナーは、家族と思ってください

そして、A君のお母さんには、こんなことも話しました。「もし、お母さんが入院してお父さんが仕事で帰ってこられない場合など、A君も(まだ塾に通っていなかった)弟のB君もいつでも塾に来させてください。お父さんが帰ってこられるまで、塾で勉強させて待たせますし、家までも送っていきます。ご飯を食べていなかったらご飯も食べさせます。ですから塾を家族と思って何でも相談してください。
それとこの話は、スタッフの協力も仰ぎたいので話をさせていただきます。そうしておくと、なぜA君だけを特別扱いするのかという講師からの不満もスタッフが処置してくれると思います」と話しました(A君家族だけが特別でなく、WIN&WINセミナーは、どの程度までできるかわかりませんが、どの塾生の家族、卒業生にもそうしていきます。そこが、商売で合格実績だけを売る予備校塾と「一生つきあえる仲間作り」が目的のWIN&WINセミナーとの違いです)。
そういわれたからと言って、そう簡単に頼めるわけもなく、A君家族で色々な工夫し、対処されていました。
たまたま一度だけ、A君のお母さんの実家のおじい様おばあ様が、手伝いに来てくれたとき、普段かけないカギをかけてしまい、そのまま実家に帰ってしまったため、A君弟のB君の2人は家に入れず、連絡も取れなかったことがありました。
お母さんから塾に連絡があり、その電話を取った私は、「授業がないので直接行ってみます」といって自宅に行きました。すると玄関においてある車の中にいる2人を発見しました。
夕飯代わりに、近くの「お好み焼き」でもと思ったのですが、その日は定休日で、ステーキバイキングの店に連れて行く羽目になりました。ちょうどその日はA君の誕生日近くだったので、お店の若いお姉さんたちからお誕生日の「ケーキ」と「歌」のプレゼントがあり、A君にとって、最低の一日が、最高の一日に変りました。

神様と雨の関係

こんなこともありました。
A君の自宅にお見舞と(食事療法を行っているので)切る手間のいらないカットフルーツを買って持っていったときです。バイクに乗るとポツポツ雨が降り出しましたが、そのまま走り出すと大雨となり、ずぶ濡れの状態でお見舞いを届けました。
あまりにもずぶ濡れになったので、塾には戻れず、自宅で着替えているとチュンチュンとスズメが鳴き出しているので外を見ると、もう雨はすっかり止んでいたのです。
その時、さすがに「神様!俺、何か悪いことしました?」と話しかけました。そういいながら少しして、考えを変え「神様!今後何度ずぶ濡れになってもかまわないから、A君のお母さんの病気を洗い流してやって下さい」とお願いしました。
雨、天の川、天照、アーメン、アクア、アモーレ、阿夫利神社。神や水を表すものは、世界的にあ音が多いそうです。それはむかし、むかし世界がもっと小さく共通言語だったころの一番大切な神様を一番のあ音で発音していた名残りであるということを本で読んだことがあります。
冒頭に伊勢神宮にお礼参りに行ったとき、雨を降らせ「良く来ましたね」と感じたのは、そんなことを知っていたからかもしれません。

たすかりたいでは、たすからない。

ゴールデンウイークは、塾頭の西山、副塾頭の柴田、高1のY君を連れ、志摩自然塾の下見に行きました。
志摩自然塾の最初の見学場所でもある伊勢神宮にお参りにいったときのことです。
そのとき塾では、2月に中3、高3ともに卒業生が過去最高の60名も出、3月、4月と頑張ったもののまだV字回復まで持っていけず、赤字続きの非常に厳しい状況だったのです。ですから、私としても日本一のパワースポットで神頼みでもしたい気分でした。
しかし、子どもを残して死ぬかもしれないA君のお母さんのことを思うと、自分の努力次第で何とかなる塾の経営よりも、「今回はA君のお母さんのことだけ祈ろう」という気になったのです。
賽銭箱に1000円札を入れ、伊勢神宮に行っても、生徒のためのお札は買ったことがあっても、自分のためのお札やお守りは買った覚えがないのですが、今回A君のお母さんのためのお守りは買いました。
すると、不思議なことが起きたのです。突然、依頼したわけでないのに日本政策金融公庫の融資担当から電話があり「融資をしたい」というのです。さいたまに帰ってからその融資担当と塾で会い、まったく審査らしい審査もなしに、1週間ほどで融資がおりてしまったのです。願ったり叶ったりといいますが、願ってないのに叶ってしまったのです。
「たすかりたいではたすからない。たすけたいという心を持つと、たすけられる」という話は、こういうことを言うのだと思ったのです。
その融資のお陰で、本来なら打てなかったチラシが打てたり、新しいティッシュを作ったりすることができました。結果、今年の1月の過去最高の生徒数を8月末時点でほぼ同数となり、ピークとなる1月に向け、さらに最高の生徒数を更新しつづけていくと思います。

神様の完璧なしわざ

ところが、神様は不思議な技をそれだけにとどめませんでした。それからしばらくして8月の初旬にA君のお母さんからメールがありました。
治療法も確立できていない病気が、検査結果で「正常値に戻った」とのことでした。
A君のお母さんは、J病院で、手術を受けたものの、その後の治療で、同室にいる患者の方々が、病院の勧める治療を受けるたびに元気のなくなっていくのを見て、「このままでは自分もこうなってしまう」と思い、逃げるように退院したそうです(なぜかこのときに「A君のお母さんは助かった」と思いました。そういうメールも入れました)。
病院の治療も受けずにそんな結果が出て「何をやったのですか」と担当医も驚かれたようです。
そう聞かれても、お父さんの勧めた最新医療の免疫療法をする前の検査結果でしたので、私が最初に勧めた食事療法や呼吸法を(基にお母さんがさらに本で読んで研究し)実施したことしか考えられないというのです。
お父さんの勧めた免疫療法を受けてからも、必ず高熱が出て辛かったようですが、検査結果もよくなったそうです。
8月末、メールのやり取りで、「食事療法で、精製された小麦粉がダメなのでうどんやそばが食べられない」ということを聞いたので「10割のそばを出すいい店があるから一緒に行きましょう」と与野にある「孤丘」という店に誘いました。
私が勝手にコース料理を予約してしまいったので、肉(魚)やてんぷらは食べられず、そばだけしか食べられませんでした(そばは、とってもおいしいかったそうで、お父さんとも行かれたそうです)。
そこで出た話は、食事療法だけで病気を治すことを勧める医者さんに直接診察してもらえる機会があったそうです。その先生の診察を受ける前には、今まで行っていた検査以外の別な検査が必要だったようで、「もしかしたら悪い結果が出るのでは?」と心配したようですが、その検査でも「まったく異常なし」であったとのことでした。
その話を聞いて「良かったですね」、「本当に治ったんですね」と言っているとうちに涙腺の弱い私は、涙をこぼしてしまいました。
今まであまり神様にお願いしても願いが叶ったという思いがありませんでしたが、今回は見事に願いが叶い、神様の偉大さを感じました。それにも増して、今までは不純な思いばかりを願っていましたが、願いを叶えるには、その思いの純粋さ、ピュアさが大切なのだと痛感しました。
(今回、A君のお母さんの許可を得て書かせていただきました)。

朝夜よりも今は勉強時間数を上げる

毎年、夏期講習、冬期講習の夜の特別演習は私が見ることになっています。
今年の夏期講習も見ました。朝から早起きしてリズムを作るために朝の特別演習をとる人も多くなったのですが、夜は夜で、意味があると思っています。というのは、一番見たい番組などがあるのはたいてい夜です。そのゴールデンタイムを夜の特別演習で勉強に当てることはとっても大きいと思うからです。そして今年はオリンピックがありましたから、自宅学習は、なおたいへんでした。
 試験前の数週間からは別として、朝の勉強がいいか、夜の勉強がいいのかについては、議論が分かれるところです。しかし、見解が一致しているのは、(睡眠時間をしっかり取って集中した)勉強時間を多くした方が成績は上がるということです。
 昨年の夜演習に来ていた生徒も真面目でしたが、今年の生徒も良く頑張っていました。朝演習も来て、昼の講習も出て、夜演習も頑張っている生徒が多かったので凄いと思います。
今年は、夕方の空き時間は去年までのランニングではなく、大原グラウンドでタッチラグビーをしていたそうです。タッチラグビーは、タックルがなく、怪我のないように工夫されていて、長時間勉強したストレス解消になったようです。30分くらいの運動で、皆が本当に仲良くなったと西山より報告を受けています。
夜演習のある生徒も多くいましたが、「ラグビーをしていたから夜演習に遅れたということを絶対しない」ということを生徒同士で話し合っていたところが凄いと思います。
それでも、たまに、1、2分遅刻した生徒がいると、「遅れんじゃねぇよ」と皆から非難を受けます。
遅れた場合スクワットを100回させることになるのですが、今年は、あえてスクワット以上にきつい腕立て100回を選ぶ生徒が多く、生徒も連続してできないのですが、生徒にさせる分、「同数やる」と決めている私は、若い頃は朝飯前にやっていた腕立てが、生徒と同じように連続してできず苦戦しました。もう一度鍛え直します。

継続は力。有限の努力

中3の生徒に小5から塾に通っていたR君という生徒がいます。
小学生の夏冬の講習では、今も音読マラソンの日があります。その中で、最後までうまく読めた生徒に菓子などをプレゼントするゲームをします。
R君が小学校の頃、R君の番になると、読み始めと同時に読み間違え、「チーン。終わり」となることが多く、あまりにも早く間違えるので、本人も周りも笑ってしまうことが多かったのです。聞くところによると塾に来る前には、言葉が遅く、言葉の学校にも通っていたこともあったそうです。
そのR君は、中学校になってから勉強に燃え出し、テスト前になるとパーフェクト勉強会などにも部活動などの用事のないときには必ず勉強に来て2年半頑張っていました。
3年になるとさらに拍車がかかり、この夏も朝演習、講習、夜演習と頑張っていて、タッチラグビーもやっているのに、疲れたそぶりも見せずに頑張っているのです。塾からは遠い場所に自宅があるので夕飯を食べに家に帰ったとき、たまたまカギが開いていなく入れないとき、待っていては塾に遅れるので食べずに来ました(そのときは私がたまたまいたのでコンビニ弁当を食べさせました)。
夜演習3時間が終わった後も、わからないところがあると、モスビルに寄って副塾頭の柴田のところに来て、ちゃんとわかるようにしてから帰るという習慣もいいと思いました。
継続は力です。小学生の頃は「チーン。終わり」だったR君が、今では偏差値60を軽く越え、上位に入っています。この夏で、字も変わりましたので、気を抜かず頑張ればさらに伸びてくると思います。
人を変え成長させていくのは、生まれもった才能でなく有限の努力です。少し伸び悩んでいる皆もR君のように努力を続けて欲しいと思います。

夜の特別演習 塾長講話

夜の特別演習では、2時間目か3時間目あたりにたまに5分程度の話をすることがあります。少し集中力ややる気をつけるためとか、受験には直接影響しないけれど聞けば人生に役立つ話をするのです。
勉強しながら聞いてもいいのですが、今年の生徒は、鉛筆を置いて聞いてくれる生徒が多かったように思います。今月はその塾長講話の一つを披露して締めくくりたいと思います。
 内申の悪い生徒に、「お前職員室に行って、成績の悪かった教科の先生の机でも拭いたらどうだ」と話すと、瞬間的に「それは教師に媚を売れということですか」という反論が返ってきました。
 「違うよ。先生にもっと感謝の気持ちを持て!ということや」といったのです。そんなことから以下のような話をしました。(少し話した内容とは変わっているかもしれませんが私の思うところですので参考になればしてください)。

俺は、昔から年下や後輩に優しいんだけどどうしても先輩や先生や上司といった上の人に逆らってしまう心癖があった。
中学1年のときに、野球部に入ったんだけど、2年の先輩からいじめられ、「勝又は絶対キャプテンにしないようにしよう」とか俺が守りたかったショートを「守らせないようにしよう」という話し合いがあったようだ。
それで先輩の策略は功を奏し、ショートとはならず、俺はもっとなりたかったピッチャーになった。センターからバックホームに投げた球が監督の目にとまり「勝又をピッチャーにせい!」となった。
そんなことで、中学時代は、1年上の先輩を「せこいことを考えるなんて心の狭い連中だ」と思っていた。
けれど、今になってみると先輩たちの気持ちが凄くよくわかる。いじめられて当然のことを俺はしていたから。
まず、漫画の読みすぎで、俺は中学に入ったら番長になろうと思った。
なので、小学校から上がったばかりの中1の俺が、2年生の中の一番弱いやつから喧嘩を売りにいった。1人目は楽勝。2人目は苦戦したが勝った。3人目を探す前に、一番強そうな部類のでっかいやつにつかまり、胸倉をつかまれ壁にどんどんやられた。「やばい」と思ってそれから止めた。
また、もっとひどいことがある。中1の後期に生徒会の選挙があり、中1の俺が会長に立候補してしまったんだ。
本当は、1年は会長に立候補してはいけない決まりがあったのに、立候補しろという先生に「俺は会長以外はやらない」というと、それを本気にした担任はアホなだけなのに逆に「凄いやつ」と思ったのか、職員会議にかけて、「同じ生徒なのに1年が立候補できないのはおかしい」ということになってしまい、出られることになった。言ってしまった手前出ざるを得なくなった。
選挙をすると、中3が面白って私に投票してしまったのかたった6票差の次点で落選した。これはもしかすると先生の画策があってわざと落としたのかもしれない。しかし、そうだったとしてもこれは先生の判断が正しかったと思う(2年後期にはしっかり生徒会長になった。3年は会長にあき、副会長になった)。
こんなことしていたから2年が「生意気なやつ」と怒るのはもっとものことであると今の私なら思える。
会社に入ってもそういった傾向は治らず、先輩たちから真正面からは来ないけれど、陰口を叩かれるような存在だった。「なんで俺は」と自分のやっていることに気づかずそれなりに悩んでいた。
あるとき、本を読んでいると「上司(先輩)からは可愛がられ、部下(後輩)から慕われるような存在にならなければならない」という個所に出会い、ハッとした。
「そうだ俺は後輩の方ばかり考えていて、正義の味方きどりだった」ということに気づいてから世界が変わった。
思うだけで態度が変わるのか、年上の方や目上の方から色々な応援や引きが入るようになった。
早く出世しようと思ったら上司や先輩たちからの引きが絶対にいる。そして、いい仕事をしようと思ったら部下の働きがいる。
だから両方から愛される存在にならなければいけないのである。
上司や先輩ばかりに眼が行けばゴマすりになってしまう。でも後輩ばかりで上司や先輩をおろそかにすれば、あなたより同僚や後輩が先に出世することになるだろう!

 今月の塾長の手紙は、A君のお母さんのことばかり書きました。実は、私の渡したお守りを手術中もずっと持っていてくれたそうです。
 ですが、こんな手紙には書ききれないほどの死の恐怖を味わい、もしそうなったとき残されたご主人や子どもたちはどうなるのだろうと考えたに違いありません。そんな中で、感謝の心も学び、魂も成長させたのだと思います。
 もし、神というものをまったく信じない人がいたとしたら、その人はとっても幸せな人で、まだ人智を超えた死の恐怖というものを味わっていないのではないかと思うのです。

 敬天愛人

大いなる神=天を敬い。生徒。その生徒を塾に通わせてくれている保護者の方々を始め、出会う人、巡り合う人をすべての人を愛せるような、
そんな塾となれますように塾一同今月も頑張ります!
皆様の応援をよろしくお願いします。
  
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2012年08月10日

塾長の手紙 8月号

塾長の勝又 猛です。
残暑厳しき折、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 この手紙が着く頃には、夏休みも後半に入っていると思います。この夏の頑張りがきっと2学期に大きな実りとなってくれるものと思いますので、最後まで頑張って下さい。

7月は出張ラッシュ

少し前の話となりますが、7月7日から7月12日まで出張に行って参りました。
 「そろばんの勉強会」が京都で7月8日にあるという通知が来ていました。その後、当塾の運営するウイッツ青山学園高校埼玉キャンパスと愛知キャンパスの合同の「スクーリング」が11〜12日にありました。
さいたま⇔京都と往復し、さいたま⇔名古屋また往復するよりも、塾長特権を発動し、くっつけて、1日前から大阪で宿泊し、志摩へ帰省し、5泊6日の出張にしました。
 実のところ、そろばんの勉強会は7月8日(日)の13時からでしたので、朝に出れば京都には充分間に合いますので、前日に泊まらなくてもよかったのです。でも、せっかくの出張でしたので、大阪に住んでいる大手印刷会社時代の同期の友人Iに会うことにしました。

出張を機会に大阪で同期と会う

 会社を辞めてから20年近く経っていますからほとんど会社の元同僚たちとは連絡を取っていませんが、彼とだけはずっと連絡を取り続けています。
Iは、身長180cm以上あり、大学時代は、拓殖大学の空手部の副将も務め、空手のナショナルチームとしてヨーロッパ遠征も経験している猛者です。ですから伝統派空手と(私のやっていた)フルコンタクト空手との違いはあれ、お互いに武道大好き、格闘技大好きで馬が合い入社当初からよく遊んでいました。
お互いに目立ち、大暴れしていた新人研修を終えた後は、Iは建材事業部、私はエレクトロニクス事業部に配属されました。その後、Iは出身の西宮に近い関西事業部に転勤になったので、会う機会が少なくなりました。
友達とはありがたいもので、志摩の幼馴染もそうですが、私のやっている塾を自分たちの塾のように思ってくれ、手伝ってくれたり、生徒のためになるようなものを送ってくれたりします。感謝です。

友と語りながら生徒の就職を思う

 そんなIと久しぶりに大阪で会って、自家用車で、「この前行ってめちゃめちゃうまかった」という80歳くらいのおばちゃんの経営するお好み焼き屋に連れて行ってもらいました。
 厚い豚肉で作った「とんぺい」とモダン焼きを食べました。
B級グルメの私としては、お店は別に綺麗でなくても良く、いや少々汚いくらいの店の方が好きなのです。会計も客にさせる個性的な名物おばちゃんの店を紹介してくれうれしかったです。今度講師たちと出張に行ったとき、知ったかぶりをして是非連れて行ってあげたいと思います。
そんな店と車の中で彼と話したのですが、「今は販促(販売促進部)が閑職だ」というのです。
「えっ!俺たちの入社のときは花形やったやないか」と聞き返したのですが、彼が言うには「不景気になって、直接仕事を取ってくる営業の方が重要だと考えるようになって最近は使えないやつを販促に移すことが多くなった」というのです(その会社、会社によって違いがあります。今でも販促のような企画の部署に重要な人材を置くことも多いと思います。あくまでも彼の見解ですのでご了承ください)。
 販促部の仕事は、全体的な消費者動向やトレンドを見て「頭」で仕事をしている、「とってもきれいで、かっこいい仕事」という印象を持っておりました。
しかし、今では直接売上を上げられないところに優秀な人材を配備する余裕はなく、「のうがきはええから仕事をとって来い」という非常に厳しい時代に入っているように感じました。
 私たちの頃のような5、6社も受ければ受かってしまい、3年から5年くらいしてから使える人材になってくれれば良かったという甘い就職と違い、これから就職する卒業生や生徒たちは、200社を越える企業にエントリーし、50社くらい訪問して、ようやく内定をもらえるというくらい就職も厳しく、さらに入ってからも上記のような厳しい企業環境や風土の中で頑張っていかなければいけないと思いますと『WIN&WINセミナーの生徒は、やはり中学・高校時代からある程度鍛えておかなければいけない」と思いました。

自慢話

 ここで、少し自慢話をさせていただきますと、Iも私も空手をやっているということで、多少大柄な態度もあったと思いますが、「あいつはバカだ」とか「脳まで筋肉でできているんじゃないだろうか」とか少々白い目で見られていたことも多かったのです。
しかし、Iは個性的に見られても、他を上回る営業実績がありましたので、同期でも遅れることなく営業部長として活躍しています。
それと、業界2位の企業で、たいてい得意先のシェアNo.1は、ほとんどが業界1位のライバル企業の方でした。
 しかし、どういうわけか、Iと私は事業部の違いはありましたが、二人とも担当した得意先で、業界1位の企業に負けたことがないのです(私の担当していた得意先は、会社の中の得意先の中でも売上上位10の中に入るようなところでした)。
 たまたまそういった得意先の担当になったということもありますが、私たち二人には仕事でライバル会社には絶対負けないという空手で培った「燃える闘魂」のようなものがあったように思います。

マッサージチェア

 私は、2浪しているので8月9日で51歳になりますし、Iは現役で早生まれですから48歳です。
 お互いに若い頃は、普通の人から見れば化け物のような体力を誇っていたのです。
例えば、私の20代後半の頃は、戸田のスポーツセンターのトレーニングジムのマシーンは、どの部位の器具も全部MAXのウエイトで上げることができました。足のプレスなどは、片足だけでも大丈夫だったように思います。
しかしながら、よる年並には勝てず、常に運動をしようと思っている割に何かと用事が入り、どんどん体力が低下しているように思います。今では普通の人より力がないように感じます。
Iも体力づくりや健康にはうるさい方ですが、下半身強化のためのウエイトトレーニンのやり過ぎで、2,3年前に骨盤を痛めてしまったそうです。
そこで、カイロプラクティスや接骨院などで治療をしてもらっていたのですが、骨盤のマッサージもできるFamilyのG-medicalというマッサージチェアを買ったそうです。彼曰く「背中や手足をマッサージできるものは多いのですが、肝心要の骨盤がマッサージできないのでは意味がない」というのです。
そこで、友達思いの彼は、「勝又も経営者で、ストレスの多い仕事だから、マッサージチェアでリラックスが必要だから買えよ」というのです。
実は、マッサージチェアは、ずっと欲しかったので、12,000円でリサイクルショップにあったものを買おうと思っていたくらいです。しかし、そのIの言葉に後押しされて、「若くないんだから健康に投資することも大切だ。1回3,000円くらいするマッサージを受けることを思えば安い」などと思い、帰ってきたその日に、K’s電気で、同じ機種のマッサージチェアを買いました(Iが言っていたより17万円より高く、19万円しました。もちろんカード分割払いです)。
マッサージチェアをどこに置こうかと考えたのです。塾に置いておけば、塾頭の西山、主任の福吉が我が物顔で使い、せっかく買ったばかりの高価なマッサージチェアが壊されてしまう。
それを避けるため、モスビルから移動した塾長室(兼私のマンションという名のアパート)に置くことにしました。
しかし、あろうことか2週間後にようやく届いたマッサージチェアは、アパートの玄関が狭すぎて入らず、持ち帰られてしまいました。そして改めて3日後、メーカーの人が来て、分解して入れようとしたのですが、それでも入らず、「モスビルの教室に入れるしかないか」と思いましたが、扉を外してもらい、ようやく入りました(危ないところでした。正義は勝つ!)。
それからというもの、塾から帰ってくる真夜中過ぎ、CDデッキでボサノバ風の音楽をかけ、マッサージチェアに腰掛け、スイッチを入れると、自動的にリクライニングになり、マッサージが始まります。すると知らないうちに気持ち良さに自然に寝てしまうのです。
そのお陰で、リラックスはできているように思うのですが、そのまま寝てしまうので、夜の読書や勉強を全くしなくなりました。
それとこれは本当にたいしたことではないのですが、マッサージチェアを19万円で分割購入した後で、すぐに与野駅近くにあるアスリエというスポーツジムにも入会したのですが、そこには無料で、何時間でも自由に使えるマッサージチェアが7、8台ありました(^_^;)。

直感に従い即行することの大切さ

 7月8日のそろばん塾の勉強会は非常に参考になりました。実のところその日はウイッツのスクーリングを予定していたのですが、「この勉強会は聞かなければならない」という直感が働き、日程調整して参加しました。
 フラッシュ暗算、読書感想文、算数オリンピック、英語スピーチコンテストなどの話などが聞けました。塾の優秀な生徒のさらなる能力の引き上げにもつながり、そして、受験テクニックでなく、社会に出てから通じる表現力や想像力をアップできるような取り組みですから、話を聞けてとってもよかったと思います。
「2次会もある」というので、とことんつきあおうと宿を取り、せっかくなので3次会にも出て、祇園のクラブで、講師の先生たちと大いにカラオケを歌いまくりと親交を深めました(代金は出してくれました)。
 また、日程調整したことで、ウイッツの愛知キャンパスと合同でスクーリングを行うことができました。
埼玉キャンパスは、「社会見学」に逃げてしまうところが多かったのですが、料理実習、体力測定など、公共施設や学校の施設を使わせてもらいなど、しっかりしたスクーリングと運営を勉強できたのは良かったと思います。

お世話になった方

 これは、直感に従って即行して良かった例です。しかし、直感に従い即行しなくて失敗したこともあるのです。
 17,8年前の話になりますが、会社を辞めてから1年くらいたって1年上のK先輩の結婚式に呼ばれました(先輩といっても現役で会社に入っているから実は私の方が年上です)。
どういうわけか辞めていて、しかも後輩なのに、私がそのK先輩の結婚式で挨拶をすることになりました。
挨拶をするとプロの司会者が涙を流して素晴らしかったという大うけのスピーチになったのです。
それからというものさらに先輩のご両親の方が私のことをとっても気に入ってくれ、選挙のときもわざわざ横浜からご夫婦で祝儀を持って応援に来てくれるような関係になったのです。
また、先輩がWIN&WINセミナーに遊びに来てくれたときも、最終電車も過ぎ、神奈川までタクシーで帰ったのですが、それでも平気だったのは、「勝又君のところに行くのならせっかくだからじっくり話してきなさい」と前もってご両親からタクシー代をもらっていたようなのです。
 お父さんの方は、一部上場企業の専務取締役までやって最後は子会社の社長をされていたのですが、肺癌になったのを機に、勇退して、地域の活動をされていたようです。
 しかし、ここ数年、筆不精、出不詳で、1年に一度の年賀状を兼ねた近況報告書が唯一の連絡となっていました。
 6月のあるとき、ふと「Kさんのお父さん大丈夫かな」と直感が働き、Kさんに電話を入れたのです。すると「そう長くないんだよ。お墓や生前に戒名をもらったり、死ぬ準備ばかりしている。もし見舞いに行ってくれるんだったら早く行ってやってくれないか」という話だったのです。
 WIN&WINセミナーは結構イベントが多く、日曜だからと休みになることもなく、「この土日なら行ける」と思っていた土日を別件の用事ができてずらしてしまったのです。
 ちょうど盛和塾世界大会で横浜に出張の予定があるので「7月19日の夕方に行きますから」と伝えたのです。
 ところが、7月8日大阪のホテルで携帯を見ると「容態が急変し7月7日なくなりました。葬儀は、家族のみで行います」という内容のメールが入っておりました。
 「直感を受けたあの時、躊躇せずにすぐに行ってあげられたら間に合ったのになあ」と涙が出ました。
 7月19日、日吉のご自宅にお伺いし、線香をあげてきました。Kさんのお母さんによると私の送った年賀報告書を見せてくれ、「本当にうれしそうに読んでいました。勝又君はいい会(盛和塾)に入塾した。稲盛さんは立派な経営者だ。なんていっていました」と話してくれました。法律関係の出版社に勤めていたので、「仕事の鬼。しかし仕事を離れると仏様」と言われていたそうですが、私の報告書の誤字にもちゃんとチェックが入っていました。
 おしどり夫婦でやってこられたので、「この一年は後片付けもあるので、それが済んだら早めにお父さんに迎えに来てもらいたい」ということをお母さんは話していらっしゃいましたたが、「そんなことおっしゃらずにしっかりご飯を食べてください。そうだ今度Kさんと一緒に3人で中華街に食事に行きましょう!」と約束しました。
 早速Kさんと連絡を取りましたところ「夏は暑いので、9月に行こう」ということになりました。悲しみから立ち直り、早く元気になって欲しいと思います。

盛和塾世界大会

先ほど書いたように7月18日から19日は、横浜のパシフィコ横浜で、京セラの稲盛和夫会長が主催する「盛和塾」の世界大会があり、それに参加しました。
今更、稲盛会長のことを紹介するまでもないのですが、特に今年は、破綻した日本航空をわずか2年で再生させ、今年の9月には再上場させるまでになったことで、ガイアの夜明け、カンブリア宮殿などにも出演し、マスコミでも話題になりましたので、ご存知の方も多いと思います。
長年塾に通っておられる方は、盛和塾の塾生になった経緯は、この塾長の手紙でも書きましたし、それと同時に、京セラフィロソフィーについても通信に同封し、毎月一緒に学びました。
しかし、最近入塾された生徒も多いと思いますので、少し書かせていただきます。
数年前に勉強会で、億万長者のロッキー畠山さんという方と出会い、色々教えていただいた中の一つに「会いたい人リストを作りなさい」というのがありました。それを作ると本当に会いたい人に会えるというのです。
そこで早速、誰に会いたいか考えた結果、まず1番に会いたいと思った人が京セラの稲盛和夫会長だったのです。その他、生涯納税額日本一というマルカンの斎藤一人さん、ソフトバンクの孫正義社長の3人です。孫社長にはまだお会いしておりませんが、ロッキーさんの言われた通り二人には会えましたし、孫社長にも今年中に会おうと思っています(なんか会える予感がするのです)。
一番に京セラの稲盛和夫会長を挙げた理由は、戦後日本のカリスマ経営者として有名だった松下電器産業(現パナソニック)の松下幸之助、HONDAの本田宗一郎、SONY井深大、盛田昭夫と並ぶ大経営者であり、その昭和の大経営者の中で、今もご健在なのは稲盛会長だけです。稲盛会長の著書は、何冊も読んでいたというのも大きかったと思います。
そこで、なんとか稲盛会長に会うために、3年前ある勉強会で「どなたか京セラの稲盛会長に会える方法を知りませんか」と聞いたところ、「稲盛和夫会長に会うには、盛和塾に入るのが一番いいでしょう。塾長例会には必ず出ますから、そこで会えると思います。私は、盛和塾の会員なのでもしよければ紹介しますよ」と言ってくれた方がいたのです。
その方に紹介頂き、8月に厳しい面接の中、なんとか塾生にさせていただきました。9月には世界大会があり、その懇親会の席で、稲盛会長と名刺交換をさせていただきました。稲盛塾長は、名刺を見て「君も塾長じゃなか」と声を掛けてもらいました。
塾生になってからは、WIN&WINセミナーのスタッフ会議の最初は、京セラフィロソフィーの音読から入り、その感想を述べあうこととなりました。
WIN&WINセミナーのスタッフが、長時間残業と薄給にもかかわらず、毎日誠心誠意働いてくれるのは、1年近く続けた京セラフィロソフィーの音読のお陰かもしれません。
盛和塾では、全国各地で行われる塾長例会には、どこへでも飛んで行って話を聞く「追っかけ」をすることを勧めます。
80歳を越えるご高齢でもありますので稲盛塾長から直接薫陶を受ける機会も少ないことと、稲盛塾長に直接会い、気をもらうことで、なぜか経営が健全化するとも言われております。ですから盛岡や名古屋まで泊まり込みで行く「追っかけ」もしました。
しかし、2年目以降、なんとかしたい生徒がいましたので、授業に入ることが多くなり、少し盛和塾の勉強会に参加する機会が少なくなりました。
世界大会も一昨年、昨年と出席していませんでした。

盛和塾生による経営体験発表会

 3年前の世界大会はどちらかというと京セラの稲盛会長に会いたいという気持ちで来ておりましたので、全国(世界)から選ばれた経営体験発表にはあまり興味がなかったのですが、今回は、「塾を健全経営に持って行きたい」、「本物の経営者になりたい」という思いで聞いておりましたので、ビンビンと入ってくるものがありました。
 その中でもある人の話で、酒の量販店の会社に婿養子に入り、その会社が民事再生手続きをすることとなり、債権者に土下座をして謝り、再建していく様子を聞き涙しました。「俺はあの人から比べればもっともっとやれる」というやる気にもつながりました。
 一昨年、昨年となんでこの世界大会に来なかったんだろうと反省しました。

稲盛塾長講和

 最後を締めくくるように稲盛塾長の講和がありました。
 塾長講和では、政府から日本航空再生の依頼を受けて何度もお断りしていたそうですが、日本航空の従業員のため、日本再生のため、国民の利便性のために、無給で引き受けることにしたという話を聞きました。
 当初は、週3日くらい日航で仕事をすれば済むと考えていそうですが、日航は経営の体をなしておらず、週5日も仕事をすることとなり、ホテル住まいで、コンビニ弁当を食べて仕事をしたそうです。
 経営改善としてやったことは、日航フィロソフィーを作り、幹部社員の教育、リーダー教育そして社員教育を徹底したこと。京セラ独自のアメーバー経営を導入し、コスト管理を徹底したことの2点だそうです。
また、日本航空再建の中には、「塾長を何とか救わなければならない」という盛和塾生の目に見えないところでの応援が大きかったことも話しておりました。 
当時塾生5500人(現在7400人)の塾生が一人100人のお客を日本航空に乗せようとする活動やJAL従業員に対する励ましの声がけ、千羽鶴などを送ったりしたそうです(私は何もしていません)。
それは、稲盛塾長が50歳からの一番忙しいときに日本の経営者を育成するために手弁当で、30年間やってきたことに対して、塾生からの恩返しであるといっていました(世界大会では、そのお礼として、いたるところに日本航空の新しく就任した会長、社長始め、パイロット、CA、整備の方など社員が献身的に世界大会のお手伝いをされておりました。そして懇親会では、一つ一つのテーブルに来て丁寧に御礼を述べていました)。

マスコミにいえなかった本音

しかし、思い返してみるとそれだけではないというのです。
稲盛塾長は、鹿児島に伝わる「隠れ念仏」というのをやっているそうです。
隠れ念仏とは、隠れキリシタンのように迫害を受けないように密かに信仰を続けることらしいのですが、昭和になり、もう隠れなくてもいいときになってもそれは続いていたそうです。
6歳の頃からお父さんに連れられ、暗い夜道を歩いてその場所にいったそうです。
「遠くからよく来ましたね」とお坊さんから言われ、「これからは来なくていいからいつも『ナンマン、ナンマンありがとうといいなさい』と教えられたそうです。
それからというものキリスト教の教会に行っても、イスラム教のモスクに言ってもいつも「ナンマン、ナンマンありがとう」というようになったそうです。
得度して臨済宗のお坊さんになってからも念仏ではないのにそう唱えるそうです。
仏壇で、日常何十回も唱えるので、いつも感謝の言葉が出てくるというのです。
神様=天=自然=何か絶対的なもの=サムシンググレートな存在が、「無給で、人のために頑張る姿」をけなげに思い応援してくださったからこそたった2年で再建できたというのです。
サンスクリットの格言では、「偉大な人物の行動の成功は、行動、手段によるよりもその心の純粋さによる」といわれるそうです。「善きことを思い、善きことをすれば必ず善きことが訪れる」と確信を持ちながら、マスコミには、誤解されてしまうため、フィロソフィーとアメーバー経営の成果だとだけ話したそうです。
「盛和塾の塾生は意識も高いので、そういった話をしても大丈夫だと思い話した」とおっしゃっていました。
当塾に通わせている保護者の方々は、心の勉強をされている方が多いともいますので、この稲盛塾長の本音の話をあえて入れさせていただきました。
21世紀は「心の世紀」であります。唯物史観的でなく、目に見えないものを感じられるかどうかがリーダーとして活躍できるかの鍵となると思います。WIN&WINセミナーの塾生や卒業生はそういったことも知って自分の選んだ職業の中でリーダーとなって欲しいと思います。

日本再生の鍵は、「燃える闘魂」

最後に、常に利他の精神を説く稲盛塾長が日本再生のためにあえて厳しいことを話されました。
「きれいな心を持てばいいというものではない。ただの優しさだけでは駄目である。企業は、なんとしても売上を上げ、利益を出さなければならない」と述べられました。
京セラが創業期の精神を忘れ、大企業病になってしまっていた時期を憂え1991年の京セラの社内報で「ガッツ闘争心が失われている」という内容の記事を読み上げていました。
「一人の経営者がすさまじいまでの闘争心を持つこと」「経営は意志である」「やり遂げない人、意志が弱い人はリーダーではない」と言い切るのです。
 さらに「どんどん変わる経済状況の中で、強い意志でやり遂げないといけない。企業は意志で決まる。一生懸命やったからいいではないかでは駄目である。最初の目標ダメ、次の目標もダメでは、覚悟のない集団である」といわれたときには、まさに当塾の現状を言い当てられたようでした。
「どんなことしても目標を達成しようという意志があるからこそ人間性を磨くのです。意志もない普通の人は人間性を磨かなくても、それほど悪影響はしない。
何が何でも目標を達成しようとする意志がある人だからこそ方向性を間違えないようにするために人間性を磨かなければいけないのです。社会全体を思いやるだけではダメで、グローバル競争の中で勝ち抜く、『なにくそ』という闘争心が必要です。日本人がもっと闘争心が持つこと。へたな同情ではダメなのです。それには誰にも負けない努力をすることです」と締めくくっていました。
 稲盛塾長は、最初の日本航空での経営会議で、倒産させたという意識の足りない発言をする経営幹部に対して、おしぼりを投げつけたと聞いておりますが、80歳を越える高齢者になってまでもそんな気迫を持っているのですから若いときはどれだけ怖かったか想像がつきます。
 稲盛塾長も中学高校は喧嘩が大好きで、Iや私と同じように、鹿児島大学時代空手をやっていたようです。
 喧嘩や空手が強いかどうかは別にいいと思いますが、WIN&WINセミナーの特に男性には、是非「燃える闘魂」を持って欲しいと思います。

7月末は個別面談とダンス

 7月末には、中学生の個別面談を行いました。中学の進学担当の古田が中3を行い、同時に中1,2を私の方でやりました。
 不登校などの特別な面談でない限り、入塾面談などは副塾長の執印の方に任せていたのですが、今回久しぶりの個別面談となりました。
 何年も塾に通っているのに、初めてお会いするお母さん方も多く、色々な話を聞けて(面談したお母さん方はどうかわかりませんが)私にとってはとっても有意義な個別面談でした。ですからこれに懲りずまた、させていただこうと思います。
 7月28日には、毎年楽しみにしているY君のヒップホップダンスの発表会の日でした。
ヒップホップダンスだけは、いつの日か習いたいなと思っているので、夏期講習の準備などで忙しい中、何とかやりくりし、西山と二人で行ってきました。
「かなり上達したらしい」と聞いておりますが、彼くらいのレベルになりますと、うますぎて、昨年もとってもうまかったのに、どこがどううまくなったのかまったくわかりません。
 とにかくかっこよかったとだけ伝えます。何かに打ち込んでいる姿というのはとってもいいですね。

皆様のご要望をお待ちしております

夏期講習に入る前、ある塾生のお母さんが塾に来て、「金管バンドの練習があり、夏期講習とまったく重なってしまいほとんど出れません。何とかしてもらえないでしょうか」との問い合わせがありました。
 個別をとってくれればそれで済むのですが、個別は、個別ですから夏期講習に比べれば高いですから、そう簡単に通わせられないことはわかっています。
 「そういった生徒も多いだろう」と考え、急遽、昼間に小学生の夏期講習を行うことに致しました。
 そのお母さんはとっても喜んでくれ、私が電話中であったのでわざわざ2回もお礼に来てくれました。
しかし、塾にとってもそういったことを相談してくれたお母さんに感謝しております。
 ご存知のとおりWIN&WINセミナーはまだまだ未完成な塾です。ですからお母さん方のこういったご要望が塾を成長させてくれると思っています。
 遠くは、「漢字検定の無料勉強会」もあるお母さんの提案です。また、2年前から始めた中3の「日曜テーマ別勉強会」もあるお母さんの提案です。
提案してくれたものがすべて実施できるかどうかわかりませんし、費用をいただくことになるかもしれませんが、何かございましたら是非相談ください。
 私たちは、こういった要望に応えしながら「北浦和には、WIN&WINセミナーというすばらしい塾がある」といってもらえるようなNo,1の塾を目指しております。
 そういった評価をいただけますよう今月も塾一同精進していきます。応援よろしくお願い致します!

  
Posted by winwin4 at 20:03Comments(0)TrackBack(0)