2012年02月11日
色々忙しく走ることをしていなかったけど、
3月11日のさいたまシティーマラソンに備えて
走ることにした。
速さは別に、走ることは別段問題なかったのだが
久しぶりに走ってみるとぜんぜん走れない。
歩くようなスピードで走っても走れない。
走っていた以前は、
「スピードが速くならない何で速く走れないんだ」
と悩んでいたが
走らなくなったらどんどん衰えた。
速くならなくても遅くならないという
効果があったことに気づいた。
1kmを11分少々。しかも1kmしか走れない。
今日は2km走れた。
昨日は、後ろから足音が聞こえるので
誰か来るのかと振り返ると
歩いている人の足音だった。
歩いている人も、
こんなに遅く走る人はいるのかと驚いたに違いない。
歩いて抜こうとする気配が感じられた。
歩いている人に抜かれるのもと思って
少しペースを上げると
歩いている人も、歩く足を微妙に速めた感じがした。
そこで、私もペースを上げると
また歩いている人も上げたような気がしたので
こちらもペースをもう一段階上げて
ぶっちぎってやった。
歩いている人とデッドヒートをするくらいの
速さなのである。
そして、コーナーを回って、歩いている人が
見えないようになってから最初のペースを落とした。
ペースを上げすぎ、死ぬかと思った。
何度も書くが、歩く人をぶっちぎるだけでである。
やばい
さいたまシティーマラソンの制限時間が
6分40秒ペースくらいから8分くらいペースでも
完走できるようになっても、
自分が昨年よりずっと遅くなっていては
どうしようもない。
でもものは考えようで
「大会に毎回出る」って決めたことで、
すごく健康状態を戻しているし、
アンチエージングになっているのだろう。
とにかく後1ヶ月頑張ろう!
今年こそは完走だ!
3月11日のさいたまシティーマラソンに備えて
走ることにした。
速さは別に、走ることは別段問題なかったのだが
久しぶりに走ってみるとぜんぜん走れない。
歩くようなスピードで走っても走れない。
走っていた以前は、
「スピードが速くならない何で速く走れないんだ」
と悩んでいたが
走らなくなったらどんどん衰えた。
速くならなくても遅くならないという
効果があったことに気づいた。
1kmを11分少々。しかも1kmしか走れない。
今日は2km走れた。
昨日は、後ろから足音が聞こえるので
誰か来るのかと振り返ると
歩いている人の足音だった。
歩いている人も、
こんなに遅く走る人はいるのかと驚いたに違いない。
歩いて抜こうとする気配が感じられた。
歩いている人に抜かれるのもと思って
少しペースを上げると
歩いている人も、歩く足を微妙に速めた感じがした。
そこで、私もペースを上げると
また歩いている人も上げたような気がしたので
こちらもペースをもう一段階上げて
ぶっちぎってやった。
歩いている人とデッドヒートをするくらいの
速さなのである。
そして、コーナーを回って、歩いている人が
見えないようになってから最初のペースを落とした。
ペースを上げすぎ、死ぬかと思った。
何度も書くが、歩く人をぶっちぎるだけでである。
やばい
さいたまシティーマラソンの制限時間が
6分40秒ペースくらいから8分くらいペースでも
完走できるようになっても、
自分が昨年よりずっと遅くなっていては
どうしようもない。
でもものは考えようで
「大会に毎回出る」って決めたことで、
すごく健康状態を戻しているし、
アンチエージングになっているのだろう。
とにかく後1ヶ月頑張ろう!
今年こそは完走だ!
2012年02月10日
昨日は、事務のNさんと2人で休憩室の壁のペンキ塗りをした。
来年度から今の休憩室を高校生、LECの自習室に変えるため、
壁が薄く隣の音が筒抜けなので、防音のための壁をつけた。
次から次から色々な支払いが重なり
緊縮財政の折り、なんとかお金を掛けないで
防音の方法はないものかと考えたが
結局、壁を作るには、業者に頼んだ方がいいと判断した。
自然塾でもお世話になっている社長だったので、
少しでも安くしてもらうために
防音の材料は、塾にあった仕切りを使ってもらい、
工場までこちらが運ぶからということで
格安でやってもらった。
流石プロ。
ぴったしに作ってくれた。
しかし、そのこちらの中古の仕切りなので
汚かったから、
授業がはじまるまでに、ペンキを塗ることにした。
塾の壁を塗ったときのペンキが残っていて
それを使った。
それがまずかった。
ペンキは塗ったものの、そのペンキが腐っていたようで
塗った後、すごい匂いを発しているのだ。
1日窓を開けて換気してもその匂いは収まらず、
「どうしようこのままだと何日もこの匂いは収まらない」
と思っていたが
持つべきものは卒業生である。
塗装業をやっている卒業生に電話して聞くと
水性のペンキは菌などの影響で腐ることがある
そうで、
シーラーを掛けて新しいペンキで上塗りすれば
大丈夫になると思うとのことだった。
昨日は、すっかりシーラーを最初に塗る
というのを忘れていた。
以前も知らず、シーラーなしで
みんなで一生懸命ペンキ塗りをしたが、
塗った後からしばらくすると
タバコのヤニが噴出してきた。
早速、原チャリをぶっ飛ばして、
8時前にビバホームに着き、何とかペンキとシーラーと
目張りテープなどを買ってこれた。
買ってくると、事務を手伝ってくれるNさんは
シーラーのことも知っていて、ペンキ塗りは
やった経験があるというので
手伝ってもらった。
なんといっても技術2で、
材料を2つ分もらったのにスツールも作れなかった
不器用な私である
が、Nさんの助けもあって見事完成した。
色々とスタッフで検討した結果、
3月には、上からブースを持ってきて自習室を作り、
3階奥は、休憩室と講師たちの教材作成室とする。
大手印刷会社時代は、ただ営業をしていればよく
全くこんな仕事なんてなかったが、
この塾を通して色々なことを学んでいる。
ワックス掛け、タイルカーペット張り、看板作り、
板張り、
これがまた面白い。
この塾をはじめて一番勉強しているのは
生徒でなく私自身だとつくづく思う。
今は、スタッフも多くなり、
自分たちでこなしてしまうが、
昔は、この多くの仕事を生徒たちとやっていたなあ。
そんなときの方が面白かったかも。
土曜や日曜日も授業を行うようになったから
生徒に来てもらおうと思っても
来れる時間にやれなくなったことも大きい。
資金力のない中小零細は、大手に勝つには、
色々知恵を出して、体を使い、汗をかいて
行くしかないと思う。
来年度から今の休憩室を高校生、LECの自習室に変えるため、
壁が薄く隣の音が筒抜けなので、防音のための壁をつけた。
次から次から色々な支払いが重なり
緊縮財政の折り、なんとかお金を掛けないで
防音の方法はないものかと考えたが
結局、壁を作るには、業者に頼んだ方がいいと判断した。
自然塾でもお世話になっている社長だったので、
少しでも安くしてもらうために
防音の材料は、塾にあった仕切りを使ってもらい、
工場までこちらが運ぶからということで
格安でやってもらった。
流石プロ。
ぴったしに作ってくれた。
しかし、そのこちらの中古の仕切りなので
汚かったから、
授業がはじまるまでに、ペンキを塗ることにした。
塾の壁を塗ったときのペンキが残っていて
それを使った。
それがまずかった。
ペンキは塗ったものの、そのペンキが腐っていたようで
塗った後、すごい匂いを発しているのだ。
1日窓を開けて換気してもその匂いは収まらず、
「どうしようこのままだと何日もこの匂いは収まらない」
と思っていたが
持つべきものは卒業生である。
塗装業をやっている卒業生に電話して聞くと
水性のペンキは菌などの影響で腐ることがある
そうで、
シーラーを掛けて新しいペンキで上塗りすれば
大丈夫になると思うとのことだった。
昨日は、すっかりシーラーを最初に塗る
というのを忘れていた。
以前も知らず、シーラーなしで
みんなで一生懸命ペンキ塗りをしたが、
塗った後からしばらくすると
タバコのヤニが噴出してきた。
早速、原チャリをぶっ飛ばして、
8時前にビバホームに着き、何とかペンキとシーラーと
目張りテープなどを買ってこれた。
買ってくると、事務を手伝ってくれるNさんは
シーラーのことも知っていて、ペンキ塗りは
やった経験があるというので
手伝ってもらった。
なんといっても技術2で、
材料を2つ分もらったのにスツールも作れなかった
不器用な私である
が、Nさんの助けもあって見事完成した。
色々とスタッフで検討した結果、
3月には、上からブースを持ってきて自習室を作り、
3階奥は、休憩室と講師たちの教材作成室とする。
大手印刷会社時代は、ただ営業をしていればよく
全くこんな仕事なんてなかったが、
この塾を通して色々なことを学んでいる。
ワックス掛け、タイルカーペット張り、看板作り、
板張り、
これがまた面白い。
この塾をはじめて一番勉強しているのは
生徒でなく私自身だとつくづく思う。
今は、スタッフも多くなり、
自分たちでこなしてしまうが、
昔は、この多くの仕事を生徒たちとやっていたなあ。
そんなときの方が面白かったかも。
土曜や日曜日も授業を行うようになったから
生徒に来てもらおうと思っても
来れる時間にやれなくなったことも大きい。
資金力のない中小零細は、大手に勝つには、
色々知恵を出して、体を使い、汗をかいて
行くしかないと思う。
2012年02月03日
昨日のメールはうれしかった。
授業報告の返信メールだったのだが、
私立推薦入試の合格した生徒のお母さんからで、
「受験が終わったら、あまり見て頂けないかなとなと
思ってましたが、WINの先生方はみんな熱心に見てくれて、
嬉しく思います。
また宜しくお願いいたします。」
とのことだった。
やっぱりお母さんって良く見ていて
その中でも特に嬉しかったのは、
「みんな熱心に見てくれて」の
「みんな」というところだ。
実のところは、マンツーマンや個別で
延長をしすぎるのはよくない。
これは経営的に一番注意しない点なのだが
そういったことのために私の受け持つ
個別はやっていないので無視している。
普通の時間で改善できるくらいなら私のところには来ない。
(でも生徒にはいいところはいっぱいあります。
我慢強かったり、真面目だったり)
最初の方は家まで行ってやらせたこともある。
とにかく時間数はすごく使った。
3年になって他の科目が絡んできて
私のやっている科目ばかり時間を取るわけにも行かず
それほどやらなくなったが・・・
昨日は、となりで受験生が10時に前に帰っているのに
「お前は受かっていても、受験生よりやるんだぞ」
といってさせた。
そういってもちゃんとやってくれるからいい。
(でも2年のときの方がやったかな11時を
超えることもあって迎えに来てもらうこともあったから。
夏は5km走っていたし、
一番伸びるときは生活習慣がまるで変わっていた)
高校合格なんて、通過点である。
単願推薦では、一般で入ってくる生徒よりも
かなり下駄を履かせてくれる。
それで合格しても、
その後で困るのが見えているから
もしかしたらテスト前より
授業は厳しいかもしれない。
遅刻したので100回スクワットもさせた。
2回連続遅刻したら200回である。
ちなみに女の子にはさせない。
私は男なので、女性にはしない。
その生徒以外も
1月の塾長の手紙をしっかり読んでくれているようで
私立推薦組みが合格しても
「今の時期をしっかり勉強しよう」という生徒が
多いことが良かった。
塾長の手紙にはこんなことも書いた。
菊川怜も女子学院から東大に入ったというけど
各科目で別の塾に通っていたそうで
有名校に通いながら、塾に通って合格を勝ち取っている
という内容である。
誤解されるといけないので、
講師たちには、
当塾が塾のためになっても
生徒のためにならないことは勧めてはならないことや、
色々な実例を挙げて、
高校に入ってからなぜ塾が必要なのかを説明した。
最後に講師たち自身がどうだったかを聞いたが
ほとんどの講師が高校で塾や予備校に通っていた。
F講師は、通っていなかったようだが
残念ながら2浪している。
もちろん2浪の間は予備校に通っている。
現役から準備するか、落ちてから準備するからだ。
私も、F講師も2浪の中で、
色々なことを学んだから
浪人は浪人でよかったのかもしれないが
高校から通ったほうがいいというのは
一つの提案である。
中3は、あと一ヶ月。
受験生も合格した生徒も同じように
大切な時期だ。
どちらにも気を抜かず頑張ろう!
大学受験生は、やはりすごい。
どの生徒も自分たちで燃えている。
授業報告の返信メールだったのだが、
私立推薦入試の合格した生徒のお母さんからで、
「受験が終わったら、あまり見て頂けないかなとなと
思ってましたが、WINの先生方はみんな熱心に見てくれて、
嬉しく思います。
また宜しくお願いいたします。」
とのことだった。
やっぱりお母さんって良く見ていて
その中でも特に嬉しかったのは、
「みんな熱心に見てくれて」の
「みんな」というところだ。
実のところは、マンツーマンや個別で
延長をしすぎるのはよくない。
これは経営的に一番注意しない点なのだが
そういったことのために私の受け持つ
個別はやっていないので無視している。
普通の時間で改善できるくらいなら私のところには来ない。
(でも生徒にはいいところはいっぱいあります。
我慢強かったり、真面目だったり)
最初の方は家まで行ってやらせたこともある。
とにかく時間数はすごく使った。
3年になって他の科目が絡んできて
私のやっている科目ばかり時間を取るわけにも行かず
それほどやらなくなったが・・・
昨日は、となりで受験生が10時に前に帰っているのに
「お前は受かっていても、受験生よりやるんだぞ」
といってさせた。
そういってもちゃんとやってくれるからいい。
(でも2年のときの方がやったかな11時を
超えることもあって迎えに来てもらうこともあったから。
夏は5km走っていたし、
一番伸びるときは生活習慣がまるで変わっていた)
高校合格なんて、通過点である。
単願推薦では、一般で入ってくる生徒よりも
かなり下駄を履かせてくれる。
それで合格しても、
その後で困るのが見えているから
もしかしたらテスト前より
授業は厳しいかもしれない。
遅刻したので100回スクワットもさせた。
2回連続遅刻したら200回である。
ちなみに女の子にはさせない。
私は男なので、女性にはしない。
その生徒以外も
1月の塾長の手紙をしっかり読んでくれているようで
私立推薦組みが合格しても
「今の時期をしっかり勉強しよう」という生徒が
多いことが良かった。
塾長の手紙にはこんなことも書いた。
菊川怜も女子学院から東大に入ったというけど
各科目で別の塾に通っていたそうで
有名校に通いながら、塾に通って合格を勝ち取っている
という内容である。
誤解されるといけないので、
講師たちには、
当塾が塾のためになっても
生徒のためにならないことは勧めてはならないことや、
色々な実例を挙げて、
高校に入ってからなぜ塾が必要なのかを説明した。
最後に講師たち自身がどうだったかを聞いたが
ほとんどの講師が高校で塾や予備校に通っていた。
F講師は、通っていなかったようだが
残念ながら2浪している。
もちろん2浪の間は予備校に通っている。
現役から準備するか、落ちてから準備するからだ。
私も、F講師も2浪の中で、
色々なことを学んだから
浪人は浪人でよかったのかもしれないが
高校から通ったほうがいいというのは
一つの提案である。
中3は、あと一ヶ月。
受験生も合格した生徒も同じように
大切な時期だ。
どちらにも気を抜かず頑張ろう!
大学受験生は、やはりすごい。
どの生徒も自分たちで燃えている。
2012年01月22日
朝9時半から出かける予定だったのだけど、
眠くって、眠って、「やっぱり出かけるのはよそう」「断ろう」
と思った。
夜型の生活をしている私は、仕事を終えて、
12時近くに執印さんと西山と日高屋で食事をしていると、
ちょうど今後の課題が上がって
仕事の鬼なので、
早速、その問題をどう解決したらいいかと
考えることになって
「行くぞ」といってワンステップに行った。
すると元講師のKちゃんがいて、
せっかくだから一緒に解決策を考えてもらった。
それからすぐ寝ればそんなことでもないのだが
風呂に入って、YOUTUBEを見て
なんてしていたものだから・・・・
朝から出かける用は、
秘書時代にすごくお世話になった
私の親ぐらいのKさんという女性の方がいて、
その息子さんが8年前に脳出血で、半身不随となってしまった。
病院から退院されてからも身体障害者となってしまったので
働けず、
少々体の具合も良くなって
「息子にパソコンを習わせたい」と言うのだが
年金暮らしのKさんには
その当時のパソコンがいくら安くなったといっても
普通の店で買ったり、パソコンを教えてもらえる
ようなお金が払えるわけもなく
しかし、Kさんには、今まで面倒を見てきた
若者(Kさんからみればである)がいて(私のことです)、
その私には、元講師の山平社長がいて
「世話になった人だから何とかしてやってくれ」というと
何とかしてくれた。
山平社長は、
パソコンを購入してくれた(といっても超安く)人には
1年間の保証だということで、1年間パソコン指導付きである。
パソコン以外家電製品の買い物から電池の交換まで
色々なことをやってくれるので
1年を過ぎて有料になったが、
数年間1ヶ月に一度訪問しているそうでである。
お陰で、Kさんは
「勝又さんから山平社長を紹介してもらって助かっている」
と感謝されている。
身体障害者と高齢者の2人であるから
公営住宅が当たったそうで
何年か前からそちらの方に
移って、私の方もすっかりご無沙汰になっていた。
住所を聞いて送った年賀状が帰ってきたこともあって
「一緒に連れて行ってくれ」とこちらが頼んだのだが
訪問して、帰ってきてから
山平社長にパソコンを設定してもらって
小学生、中学生の授業を続ける自信がなかったのである。
いったん断ったのだが
「やっぱりお世話になったのに・・・」
と反省し、そのまま伺うことにした。
80歳になり髪の毛は白く少し耳は遠くなったように
感じるが、相変わらず元気だった。
「ここと何件かだけが富士山が見えるのよ」
と最高の眺望に満足しているようである。
公営住宅は、3LDKマンションである。
同じようなつくりの隣の民間が
10万円で貸しているというのはよくわかる。
3万円で、身体障害者を抱える年金暮らしであるため
無料らしい。
7万円のうちのマンションというアパートよりずっといい。
経済的にたいへんなこともよくわかっているから
お世話になった方がこうやって生活できること
「社会の恩」に感謝である。
久しぶりにご飯をご馳走になって帰ってきた。
行かないで寝ているより
顔を見せられやっぱり良かった。
帰ってきてからは、
山平社長が画像や動画を取り込めるソフトを入れてくれ
私の方は、レディーガガやクイーンを入れて
ご機嫌である。
音声を取りこめるソフトも入れてくれたので
これで、自己啓発系のテープをiphoneに入れて
いつでも聞けるオールインワンができそうである。
そうだ、忘れていた
マックブックエア、マックブックエアと騒いだ割には
何も触らず、ウインドウズとの少々な違いを
クリアできず、結局14万〜15万もしたマックブックは使わずに
もっぱらipadばかりを使っている。
腐らないうちに誰かに売らなければと古ちゃん、柴ちゃんに
話したが、
埼玉大学は全部マックらしく、
西山がノートパソコンを買いたいと思っていたので
10万円(10回払い)で売った。
私は腐らせないでよかったし、
西山も2,3万も得をしている。
もし困ったら給料1万くらい上げてやるし・・・
あいつはよくやっていくれているから・・・。
西山の話になってしまったが
山平社長のお陰で、
当塾はどれくらい助かっているかわからない。
「こう見えても山ちゃんは頭がいいんですよ。
ドクターを持っているんです。
それも必死で勉強したって感じじゃなくって
遊んでいるようにして、ドクターをとっちゃんたんです」
とKさんに話した。
最近は、本当に色々なところで可愛がられるから
かなり忙しく立ち回っているようで
当塾の卒業生をアルバイトで使い、
浦和地区の拡大を考えているようだが
彼がやるならどんどん協力したいと思っている。
眠くって、眠って、「やっぱり出かけるのはよそう」「断ろう」
と思った。
夜型の生活をしている私は、仕事を終えて、
12時近くに執印さんと西山と日高屋で食事をしていると、
ちょうど今後の課題が上がって
仕事の鬼なので、
早速、その問題をどう解決したらいいかと
考えることになって
「行くぞ」といってワンステップに行った。
すると元講師のKちゃんがいて、
せっかくだから一緒に解決策を考えてもらった。
それからすぐ寝ればそんなことでもないのだが
風呂に入って、YOUTUBEを見て
なんてしていたものだから・・・・
朝から出かける用は、
秘書時代にすごくお世話になった
私の親ぐらいのKさんという女性の方がいて、
その息子さんが8年前に脳出血で、半身不随となってしまった。
病院から退院されてからも身体障害者となってしまったので
働けず、
少々体の具合も良くなって
「息子にパソコンを習わせたい」と言うのだが
年金暮らしのKさんには
その当時のパソコンがいくら安くなったといっても
普通の店で買ったり、パソコンを教えてもらえる
ようなお金が払えるわけもなく
しかし、Kさんには、今まで面倒を見てきた
若者(Kさんからみればである)がいて(私のことです)、
その私には、元講師の山平社長がいて
「世話になった人だから何とかしてやってくれ」というと
何とかしてくれた。
山平社長は、
パソコンを購入してくれた(といっても超安く)人には
1年間の保証だということで、1年間パソコン指導付きである。
パソコン以外家電製品の買い物から電池の交換まで
色々なことをやってくれるので
1年を過ぎて有料になったが、
数年間1ヶ月に一度訪問しているそうでである。
お陰で、Kさんは
「勝又さんから山平社長を紹介してもらって助かっている」
と感謝されている。
身体障害者と高齢者の2人であるから
公営住宅が当たったそうで
何年か前からそちらの方に
移って、私の方もすっかりご無沙汰になっていた。
住所を聞いて送った年賀状が帰ってきたこともあって
「一緒に連れて行ってくれ」とこちらが頼んだのだが
訪問して、帰ってきてから
山平社長にパソコンを設定してもらって
小学生、中学生の授業を続ける自信がなかったのである。
いったん断ったのだが
「やっぱりお世話になったのに・・・」
と反省し、そのまま伺うことにした。
80歳になり髪の毛は白く少し耳は遠くなったように
感じるが、相変わらず元気だった。
「ここと何件かだけが富士山が見えるのよ」
と最高の眺望に満足しているようである。
公営住宅は、3LDKマンションである。
同じようなつくりの隣の民間が
10万円で貸しているというのはよくわかる。
3万円で、身体障害者を抱える年金暮らしであるため
無料らしい。
7万円のうちのマンションというアパートよりずっといい。
経済的にたいへんなこともよくわかっているから
お世話になった方がこうやって生活できること
「社会の恩」に感謝である。
久しぶりにご飯をご馳走になって帰ってきた。
行かないで寝ているより
顔を見せられやっぱり良かった。
帰ってきてからは、
山平社長が画像や動画を取り込めるソフトを入れてくれ
私の方は、レディーガガやクイーンを入れて
ご機嫌である。
音声を取りこめるソフトも入れてくれたので
これで、自己啓発系のテープをiphoneに入れて
いつでも聞けるオールインワンができそうである。
そうだ、忘れていた
マックブックエア、マックブックエアと騒いだ割には
何も触らず、ウインドウズとの少々な違いを
クリアできず、結局14万〜15万もしたマックブックは使わずに
もっぱらipadばかりを使っている。
腐らないうちに誰かに売らなければと古ちゃん、柴ちゃんに
話したが、
埼玉大学は全部マックらしく、
西山がノートパソコンを買いたいと思っていたので
10万円(10回払い)で売った。
私は腐らせないでよかったし、
西山も2,3万も得をしている。
もし困ったら給料1万くらい上げてやるし・・・
あいつはよくやっていくれているから・・・。
西山の話になってしまったが
山平社長のお陰で、
当塾はどれくらい助かっているかわからない。
「こう見えても山ちゃんは頭がいいんですよ。
ドクターを持っているんです。
それも必死で勉強したって感じじゃなくって
遊んでいるようにして、ドクターをとっちゃんたんです」
とKさんに話した。
最近は、本当に色々なところで可愛がられるから
かなり忙しく立ち回っているようで
当塾の卒業生をアルバイトで使い、
浦和地区の拡大を考えているようだが
彼がやるならどんどん協力したいと思っている。
2012年01月18日
ようやく塾長の手紙が書き終わった。
毎月これには相当時間がかかる。
だからといって素晴らしい文章ができてるかといえば
そうでもない。
字数にして9000文字くらいは、書くことをノルマにしている。
400字詰め原稿用紙22枚くらい。
小学校の頃は、国語が大の苦手、
小、中学生の頃は、1枚埋めるのも大変だったのだから
こんな文章を毎月書いているというのも成長だ。
しかし、そんな小中 う〜ん高校もかな
それよりも
実は今の方がもっと書けていないのではないかとの
疑惑が出た。
塾長の手紙を書きながら字数を計測してみると
な、な、な、なんと1分間に7文字程度しか書けてなのである。
9000文字を割ると1285.7分。
21時間25分くらいかかる。
8時間ずつ塾長の手紙を書くためだけに
パソコンに向かっても3日くらいかかっていることになる。
実際には木曜日〜日曜まで4日かかった。
とっても今月も名作ができているわけではない。
最近、歴史にはまっていると先日のブログで書いた。
井沢元彦の逆説日本史を中古で何冊かかって、
別の本に時代を正確に描写してある本ということで
司馬遼太郎の本をあげてあったので
「国盗り物語」を読むことにした。
実のところ「司馬遼太郎ってすごいな」
と感動しているのである。
日蓮宗の秀才の坊さんだった斉藤道三が
美濃の大名の家来になっていくときに殿様から
「日蓮宗とはどのような宗教か」と聞かれ、
「他の、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗などの仏教は
死んでからあの世に行って救われる仏教で
日蓮宗は、現世をいかに生きるかの仏教である」
と道三が答えるシーンがある。
司馬遼太郎自身がその各宗教についても
良く知っていなければ、そんなことを書けないわけで、
それを読んで「確かにそうだ」と勉強になった。
いい本というのは、読んでいて面白いし、
すごく読んでいるだけで勉強になるんだなと思った。
そんなところに感動した話を、
柴ちゃんや福島さんに話して気づいたことは、
そういえば、
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を
19歳くらいのときに読んだことが
本好きになったきっかけだ。
中学時代にへミングウェイの「老人と海」
しか読まなかったのに
(あの薄い本を1ヶ月くらいかかって読破したときは
感動したが、あまりにも時間がかかりすぎ
内容はあんまり覚えていなかったなあ)、
それから何千冊か読むようになったんだからびっくりだ。
でもそのときは本を書く人はすごい人で、
その作家の広さとか深さとかは全く理解できなかった。
将棋や碁でも、
強いのはわかるが、
自分が級しかもっていなければ
初段と3段と7段などの強さの違いがわからない
のと同じで
だんだん近づいてくると
この作家は、ここまでわかって書いているんだ。
というのがわかってくる。
そんなことで、自分も少しは文章を書く立場になって
司馬遼太郎を読むと
単なる本の評論家でなく、
プレイヤーとしてそのすごさを感じる。
言ってみれば、サッカーをやらないけど
サッカーに詳しいやつはいるもので
やってみたらからっきしできなくても、
サッカーに関するその批評はかなり当たっている。
けど、サッカーを実際にやっている人が
すごいプレイヤーを見たときに感じる
「すごさ」はまったく別なものだろう。
サッカーじゃなく作家として(うまい!)
私も司馬遼太郎と勝負をしているわけで
でも私が読んだ量なんか、全部あわせたって
司馬遼太郎が一冊を書き上げるために
読む本より少ないだろう。
(トラック一杯分の本を読むらしい)
参ったことに50歳になると老眼が入ってきて
それほど本が読みにくくなってきたから
一生のうちで読める本も限られてくる。
一冊でいいから司馬遼太郎の竜馬がゆくを
越えるようなものが書きたいなあ。
小説でなくてもいい。
できれば大説。
聖書みたいな生き方などを書けたら
いい。
毎月これには相当時間がかかる。
だからといって素晴らしい文章ができてるかといえば
そうでもない。
字数にして9000文字くらいは、書くことをノルマにしている。
400字詰め原稿用紙22枚くらい。
小学校の頃は、国語が大の苦手、
小、中学生の頃は、1枚埋めるのも大変だったのだから
こんな文章を毎月書いているというのも成長だ。
しかし、そんな小中 う〜ん高校もかな
それよりも
実は今の方がもっと書けていないのではないかとの
疑惑が出た。
塾長の手紙を書きながら字数を計測してみると
な、な、な、なんと1分間に7文字程度しか書けてなのである。
9000文字を割ると1285.7分。
21時間25分くらいかかる。
8時間ずつ塾長の手紙を書くためだけに
パソコンに向かっても3日くらいかかっていることになる。
実際には木曜日〜日曜まで4日かかった。
とっても今月も名作ができているわけではない。
最近、歴史にはまっていると先日のブログで書いた。
井沢元彦の逆説日本史を中古で何冊かかって、
別の本に時代を正確に描写してある本ということで
司馬遼太郎の本をあげてあったので
「国盗り物語」を読むことにした。
実のところ「司馬遼太郎ってすごいな」
と感動しているのである。
日蓮宗の秀才の坊さんだった斉藤道三が
美濃の大名の家来になっていくときに殿様から
「日蓮宗とはどのような宗教か」と聞かれ、
「他の、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗などの仏教は
死んでからあの世に行って救われる仏教で
日蓮宗は、現世をいかに生きるかの仏教である」
と道三が答えるシーンがある。
司馬遼太郎自身がその各宗教についても
良く知っていなければ、そんなことを書けないわけで、
それを読んで「確かにそうだ」と勉強になった。
いい本というのは、読んでいて面白いし、
すごく読んでいるだけで勉強になるんだなと思った。
そんなところに感動した話を、
柴ちゃんや福島さんに話して気づいたことは、
そういえば、
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を
19歳くらいのときに読んだことが
本好きになったきっかけだ。
中学時代にへミングウェイの「老人と海」
しか読まなかったのに
(あの薄い本を1ヶ月くらいかかって読破したときは
感動したが、あまりにも時間がかかりすぎ
内容はあんまり覚えていなかったなあ)、
それから何千冊か読むようになったんだからびっくりだ。
でもそのときは本を書く人はすごい人で、
その作家の広さとか深さとかは全く理解できなかった。
将棋や碁でも、
強いのはわかるが、
自分が級しかもっていなければ
初段と3段と7段などの強さの違いがわからない
のと同じで
だんだん近づいてくると
この作家は、ここまでわかって書いているんだ。
というのがわかってくる。
そんなことで、自分も少しは文章を書く立場になって
司馬遼太郎を読むと
単なる本の評論家でなく、
プレイヤーとしてそのすごさを感じる。
言ってみれば、サッカーをやらないけど
サッカーに詳しいやつはいるもので
やってみたらからっきしできなくても、
サッカーに関するその批評はかなり当たっている。
けど、サッカーを実際にやっている人が
すごいプレイヤーを見たときに感じる
「すごさ」はまったく別なものだろう。
サッカーじゃなく作家として(うまい!)
私も司馬遼太郎と勝負をしているわけで
でも私が読んだ量なんか、全部あわせたって
司馬遼太郎が一冊を書き上げるために
読む本より少ないだろう。
(トラック一杯分の本を読むらしい)
参ったことに50歳になると老眼が入ってきて
それほど本が読みにくくなってきたから
一生のうちで読める本も限られてくる。
一冊でいいから司馬遼太郎の竜馬がゆくを
越えるようなものが書きたいなあ。
小説でなくてもいい。
できれば大説。
聖書みたいな生き方などを書けたら
いい。
