以下の記事で世界に存在する代表的な秘密の都市が紹介されています。世界にはこれらの都市以外にも多くの秘密都市(地下施設も含む)が存在すると思います。私たち庶民が知らないだけです。特に核兵器や宇宙兵器を秘密裡に開発するには秘密の都市を建設しないとできません。
恐ろしい物を造るために恐ろしい都市を建設しています。
この地球には、大量の核の時限爆弾があちこちに埋め込まれており、いつ爆発してもおかしくない状況です。

http://investmentwatchblog.com/6-secret-cities-that-prove-conspiracies-involving-large-numbers-of-people-are-real/
(概要)
3月17日付け

by Dr. Eowyn

世界中に存在する秘密の都市。。。これらはみな核兵器の研究、開発、実験を行うために密かに建設された街です。これは陰謀論ではなく実存する秘密の都市なのです。



この世は秘密で満ちており世界から戦争がなくなることはありません。 
世界には秘密都市が6つ存在します。エリートのアジェンダを遂行するために秘密都市が造られたのです。

1、ニューメキシコ州のロスアラモス(Los Alamos):この街はもはや秘密ではなくなっています。その存在は既に明らかになっています。ここで核爆弾が製造され第二次世界大戦では広島と長崎にそれらが投下されました。
1943年に米軍はニューメキシコ州の山の中に秘密の街(ロスアラモス)を建設しました。この街にはスパイが潜伏し日常的にスパイ活動が行われていました。この街に住む全ての人々の電話が盗聴され手紙は全て読まれていました。この街で極秘に核爆弾が開発、製造されました。
現在でもロスアラモスで何が行われているのかは明らかにされていません。
ロスアラモスの科学博物館には多くの観光客が訪れ核爆弾について学んでいきます。しかしその近辺には秘密の研究所があり、そこで極秘の研究、開発、実験が行われています。訪問者はこの街を自由に散策することはできません。訪問者の車は当局に追走されています。

2、ロシアのオザースク(Ozersk):この街のコード名はCity 40です。第二次世界大戦後(1947年)にソ連の核兵器プログラムを開始するために建設された街です。
この街の周辺の核施設(プルトニウム製造)で働く人々に住居を与えて住まわせました。街の人口はわずか1万5000人。この街は地図にも載っていません。住民は外部の人間(友人など)に彼等がどこに住んでいるのかを教えてはなりません。そこに住む子供たちも秘密を守り忠誠を誓わされました。
この街の周辺には高度に汚染された核廃棄物が保管されており住民の安全が脅かされてきました。
1957年に核廃棄物の保管タンクが爆発し大量の放射性物質が拡散しました。しかしこの爆発事故は一切報道されませんでした。
現在もこの街には9000人の住民が暮しています。そして今でも外界から隔離されている状態です。
2016年にこの街のドキュメンタリー映画が放映されたことでこの街の存在が明らかになりました。

3、元東ドイツのブンスドルフ(Wünsdorf): ベルリンから25マイル離れた場所に位置するソ連の秘密都市です。リトル・モスクワとも呼ばれていました。
冷戦中にはソ連以外で最大の赤軍キャンプがこの街にありました。また、75000人の兵士が街を行進していました。そこにはオリンピック競技に使われるようなスイミング・プールなどの施設が存在していました。
戦時中は、この街にドイツ軍の司令部がありました。
ナチスはこの街に分厚い壁の地下掩蔽壕を建設し通信を行っていました。戦後もこの街は外界から隔離されており、地元住民がこの街を訪れるには許可を得なければなりません。
この街は、ベルリンの壁が崩壊後の5年間閉鎖されました。住民は急いでこの街から離れなければならず、大量の弾薬が放置され、ペットは置き去りにされました。今ではこの街のツアーに参加でき、一般の人々はこの街の土地を購入することができます。

4、中国の404(名前のない街):1950年代に中国は核爆弾を開発するために砂漠の中に秘密の都市を築きました。この街には3世代の住民が住んでいました。
この街は地図上でもネット上でも見つかりません。現在はアパート、レストラン、酢工場などがあります。また、ロシアが設計した幼稚園(2ヵ所)もあります。
街の中央広場には毛沢東の像が設置されており核都市公園があります。街の端から端まで歩いても15分しかかかりません。この街には信号機もなくタクシーもバスも走っていません。2005年にこの街の全住民が転出しましたので、今は羊以外誰も住んでいません。

5、グリーンランドのキャンプ・センチュリー(Camp Century):1960年に米政府はデンマーク政府とNATOの協力を得てグリーンランドの氷を削りながら、地下深くに核ミサイルの研究を目的としたキャンプ・センチュリーを建設しました。
この地下施設には兵士たちと設備が搬入され極寒の環境の中で核ミサイルの研究が行われました。
同時に地下深くに広大な核ミサイル発射場のネットワークが建設されました。ネットワーク内には数千カ所の核ミサイル発射場が存在します。そこからモスクワを狙って核ミサイルを発射することができます。当時ソ連はキャンプ・センチュリーのミサイル発射場ネットワークから発射されるミサイルを検知することはできませんでした。
しかし次第にグリーンランドの氷冠でトンネルが潰されそうになったため5年後にキャンプ・センチュリーは閉鎖されました。
現在は、トンネルを覆っている氷が解けているため、トンネル内に放置された大量の核廃棄物が地上に露出する危険性があります。しかしこのようなプロジェクトは今でも終わっておらず世界中の地下施設で続行されています。

6、インドのチョラキア(Challakere):核開発を目的とした極秘都市。2012年から数千トンもの濃縮ウランを使って大量の核爆弾が製造されています。インド政府はこの街の存在を否定していますが、インドの科学者がこの街の存在を暴露しました。