昨年、ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれたことに世界中が驚いたことでしょう。
特にノーベル文学賞と平和賞はイルミナティからのご褒美としか言いようがありません。
ボブ・ディランがアーティストとしてそれほど世の中に貢献したとは思えません。
多くのハリウッドスターと同様に音楽業界で有名になったアーティストの多くがイルミナティのパペットとして演技をしているだけです。イルミナティや配下の諜報機関がいかにあらゆる分野を乗っ取り支配してイルカが分かります。
今やハリウッド映画は中国共産党に乗っ取られてしまいましたし。。。アメリカだけでなく世界の音楽業界もイルミナティのプロパガンダ・マシーンとして存在しているだけですから、あんなものに興味を持つような人たちはイルミナティに騙され続けることになります。
ボブ・ディランにノーベル文学賞ですって。。。本当にバカらしいです。ノーベル賞そのものがイルミナティの支配機構の一部なのではないのでしょうか?

https://www.henrymakow.com/
(概要)
4月1日付け

ボブ・ディランは(CIAの)おとりだったのでしょうか。

2016年にサタニスト(悪魔崇拝者ら)はボブ・ディランに(おとりとしての役割を果たしたことを称えて)ノーベル文学賞を授与しました。オバマがノーベル平和賞を与えられたのと同じように。。。

ディランはかつて「私は自分の魂を悪魔に売った。」と言いましたが、それはどういう意味なのでしょうか。
マティス氏(つい最近、ディランについての記事を掲載した人物)によれば、ディランは富と名声の獲得と引き換えに芸術的品位を台無しにしながら観客を裏切ることにしたのです。


イルミナティは誰でも有名にさせることができます。誇大宣伝とインチキによって。。。
1960年代から70年代にかけて、ディランほど影響力のあったアーティストはいなかったでしょう。彼は神と呼ばれるほどになりました。もちろん、彼には音楽家としてもシンガーソングライターとしても才能に恵まれていたのでしょうが。。。しかし。。。彼には音楽を通して世の中に伝ええたいメッセージが殆どありませんでした。
彼の歌詞は、彼や彼と同じ若い世代が感じていた何かもやもやとしたモノを表現しているだけであり、それによって世の中や政治が変わることはありませんでした。

一方、1979年から1981年までの間、彼はキリストを信じるような歌詞を書いていました。彼の当時のアルバム(Slow Train Coming、Saved、Shot of Love)は彼がキリストを深く信じていたことが分かる曲が含まれていました。これらのアルバムは素晴らしい曲が多かったのですが、商業的には成功ぜず、その後、彼の人気は急落しました。

ディランは盗作者だったのでしょうか。彼は数百曲もの曲を作り、多くの音楽家が彼の才能を認めていたのですから。
彼は75歳になった今でもツアーを継続しており、これまでに数千回ものコンサートを成功させてきました。
私の世代は彼の音楽を聴きながら育ってきたのです。我々は当時のアーティストたちから多くのモノを期待していたのですが、彼等は今の人たちと同じように魂を失ったアーティストたちなのです。
By ジョン・ハマー
 
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マイルズ・マティス氏が最近掲載したボブ・ディアンについての記事によると:

ディランは曲を作っていないし、彼のステージ・パフォーマンスは才能に欠けており、彼は我々が考えているようなアーティストではないと考えられます。
illusions.jpg
ディラン(本名:ロバート・ジマーマン)は、ミネソタ州ダルースの裕福なユダヤ人の両親の下に生まれました。彼の両親は映画館チェーンを所有しており彼等は当時から人々を騙すビジネスを行っていたのです。

中略


諜報機関は1960年代から音楽業界を通して多くの秘密工作( Operation Mockingbird、 MK-ULTRA 、その他)を行ってきました。さらに、Operartion Rolling Stoneという秘密工作を行うことで、全てを変革させようとしました。

album.jpg人間は当然変革に抵抗しますから、彼等はローリングストーンというタイトルの歌と雑誌を継続的に広めながら、人々を洗脳し社会を変革させようとしていました。
ローリングストーンの歌詞は、諜報機関がソーシャルエンジニアリングの一環として書いたのです。
このような見せ掛け術はイルミナティの得意技であり魔術なのです。魔術はメディアや教育者を介して行う詐欺、ねつ造です。悪魔を崇拝した魔術師のアレイスター・クロウリーは「魔術は科学であり意志と共に変革を引き起こす行為である。我々や我々の環境を我々の意志で変革させることが魔術である。」と言っていました。

CIAは1961年に全メディアを乗っ取りました。当時、コロンビアが無名の新人だった21歳のディランと契約を交わした理由はそこにあります。つまり、ディランのアーティストとしてのキャリアはあらかじめ用意されていたのです。

当時、コロンビアと契約を交わしたばかりのディランはオリジナル曲は1曲もありませんでした。ただ、彼のファーストアルバムにはオリジナル曲が2曲入っていましたが。。。。しかしこのアルバムは1962年になるまでリリースされませんでした。


1963年にディランはニューズウィークに盗作の疑いをかけられました。Blowin in the Windの曲はある高校生が作った曲でした。本当にディランがこの曲を作っていたなら、コロンビアはニューズウィークを訴えたでしょう。
ディランが最もヒットしたこの曲を作っていないとするなら、彼はシンガーソングライターであるとは言えません。


1965年にディランはニューポート・フォーク・フェスティバルでエレキギターを使ったために観客からブーイングを受けステージから降ろされました。
本当のフォークソング・ファンは彼が偽物であることを見抜いたのです。しかし1969年に反戦運動が成功を遂げたためにディランは必要とされなくなりました。そして彼は見捨てられました。

1974年(ウォーターゲート事件後)にディランはコロンビアから復活しました。ディランを再び世に出した理由はCIAが米政府を完全に乗っ取った事実から一般大衆の目を反らすための話題作りだったのです。
ユダヤ人の工作員のレオナード・コーエン氏がディランのゴーストライターでした。コーエン氏のレコード・レーベルもまたコロンビアでした。
また、2010年に、ジョニ・ミッチェルは「ディランは盗作者であり彼の名前も声も偽モノである。ディランに関する全てが嘘であり、私と彼は昼と夜ほどの違いがある。」と言いました。

joni.jpgジョニ・ミッチェルは一時コーエン氏とデートをしていましたので、ディランのことも知っていたはずです。
ジョニ・ミッチェルがディランを偽モノと批判したのにも関わらず、コロンビアもディランも彼女を訴えませんでした。

政府機関のねつ造プログラムと繋がりのないホンモノのアーティストが
いかに少ないかがわかります。
ディランは最近、クライスラーのCMに登場しました。これはまるでガダフィがモンサントのCMに登場したり、マーチン・ルーサー・キングがファイザー製薬のCMに登場するようなものです。