アメリカの様々な機関が長年にわたり悍ましい人体実験を行ってきたことを証明する資料が公開されました。
動物実験も非常に残酷ですが、一般市民に対しても実験が行われてきたのですから恐ろしいことです。サイコパスが世界を支配しているため人間や動物に対する残酷な実験が繰り返されています。以下はアメリカにおける人体実験ですが、アメリカで行われていると言うことは世界中で行われているのでしょう。
どうしてこのような恐ろしい事が許されてきたのでしょうね。全ては人口削減と軍事力のためでしょうか。
彼等は人間や動物を単なるモルモットとしか見ていません。世界人口が彼等のモルモットとなっています。
このような恐ろしい事実が次々に暴露されないと、サイコパスはやりたい放題です。本当に気分が悪くなるものばかりです。

http://beforeitsnews.com/v3/alternative/2018/3631415.html
(概要)
8月12日付け

By Lisa Haven

 

(概要)
主要メディアが絶対に報道しないエネルギー省の悪事に関する情報を入手しました。
米科学者連盟が情報公開法に基づきエネルギー省に実験資料の提出を要請しました。その理由はエネルギー省が関与してきた数々の人体実験を調査するためです。
入手した資料(すでにウェブサイトで公開)によると、これまでにエネルギー省は十数回もの人体実験を行ってきたことが分かりました。
各実験にはコードネームが付けられています。資料には2018年に実施中の実験も記されています。人体実験の被験者数は実験内容によって異なりますが、4人から300人以上です。被験者は実験の詳細を一切知らされません。。
実際に25年前から多くの米国民を巻き込んだ人体実験が行われてきたのです。
原子力委員会は一般人に放射線物質の秘密人体実験を行ってきたことが明かになりました。被験者らは人体実験が行われていることを知りません。

以下はアメリカが行ってきた人体実験(一部)です。その歴史は1900年までさかのぼります。

1900年:フィリピンにて、米陸軍の医師は、5人の囚人に疫病を感染させたり、囚人らを栄養失調にさせた結果、29人の囚人が脚気になった。

1911年:ロックフェラー医学研究センターの野口英世博士は、146人の患者(子供も含まれる)に梅毒の菌を注射して梅毒に感染させた。

1919年:研究チームは、カリフォルニア州のサンキンチン刑務所の囚人らの腹部や陰嚢に死刑執行された囚人やヤギの睾丸を移植した。

1931年:Cornelius Rhoads博士は、ロックフェラー医学研究センターの支援を受けながら、人間にがん細胞を移植しがんを発症させた。その後、博士はメリーランド州とユタ州に米軍生物兵器施設を創設した。そこで博士は米軍兵士や民間人の入院患者らに放射線物質を使った実験を行った。

1932年:アラバマ州タスキギーで、米公衆衛生局は、梅毒を患っていた200人の黒人男性に梅毒の実験を行った。しかし被験者らは梅毒に感染していたことを知らされず治療も施されなかった。彼等は梅毒について研究するモルモットとして利用された。その後彼等は全員死亡した。

1935年:何百万人もの人々がペラグラ(ナイアシン欠乏症)で死亡した。米公衆衛生局は、20年前からペラグラがナイアシンの欠乏によるものだと言うことを知っていたが、ペラグラの患者が貧困に苦しむ黒人であったため、そのことを知らせなかった。後にペラグラ事件と呼ばれた。

1940年:シカゴで、医師らがマラリアの影響を検証するために、400人の囚人に意図的にマラリアを感染させた。

1942年:第一次世界大戦時にウィルソン大統領は米陸軍内部に化学兵器サービスを設置した。
その数年後に、化学兵器サービスでは、4000人の米陸軍兵士らを実験台としてマスタードガス(皮膚と粘膜をびらんさせ致命的な呼吸困難を起こす)の実験を行った。その後、戦場で戦う兵士に対してではなく、キリスト教のセブンデイ・アドバンティスト信者が実験台となり、実験は1945年まで継続された。

1943年:シンシナティ大学病院の研究チームは、16人の精神疾患の患者らを冷蔵キャビネットに12時間閉じ込め、精神疾患への影響を検証した。

1945年:ペイパークリップ計画が開始された。米政府はナチスの研究者らに対し訴追免除で保護することを条件にアメリカに連行し彼等を研究者として採用した。

1945年~1946年:米原子力委員会はプログラムF(核爆弾を製造する上で重要な成分のフッ素の有効性を検証)を実施した。研究の結果、フッ素が中枢神経系に悪影響を与えることが分かった。現在、我々の水道水にはフッ素が混入している。

1946年:病院に入院していた退役軍人らは調査と観察という名目で医学的実験の実験台として使われた。

1947年:米原子力委員会のカーク・パトリック大佐は、放射性物質を使った人体実験を行うとした文書を発表した。

1947年:CIAは、長年の間、MKウルトラ・プログラムを介してLSDの有効性を検証するための人体実験を行っていた。被験者らはそのことを知らされていなかった。

1947年~1953年:米海軍はチャッター計画(自白薬の実験)を開始した。自白薬を開発する過程で人体実験を行った。

1948年:米政府はグアテマラ政府にお金を払ってアメリカの医師らにグアテマラの人々を対象に実験を行わせた。その実験とは、グアテマラの人々に密かに性病(致死的なものもある)を感染させその影響を検証した。その後、米政府はグアテマラの人々に謝罪を行った。

1950年:ペンシルベニア大学のジョセフ・ストークス博士は、ウイルス性肝炎を研究するために200人の女性に感染させた。

1950年~1953年:CIAは、薬物、催眠、特殊尋問方法でマインドコントロールをするブルーバード計画(アーティチョークとも呼ばれる)を開始した。多くの人々が実験台になった。

1950年~1953年:米陸軍はアメリカとカナダの複数の都市の上空に人工雲(化学物質を使って作り出した雲)を発生させた。その後、実験場となったこれらの都市の住民らに白血病のような症状の病気が急増した。

1950年:国防総省は砂漠地帯に核爆弾を爆発させる計画を開始した。そして風下の住民の医学的問題や死亡率を観察したが、何千人もの住民が放射性物質の影響を受けた。

1951年~1969年:国防総省は、野外にバクテリアとウイルスを撒いて実験を行った。周辺住民がそれらに感染した。

1953年:CIAは、ニューヨークとサンフランシスコで80万人の住民を対象に合同実験(オペレーション・シー・スプレイ)を行った。この実験では空気感染する霊菌と枯草菌が両都市にまき散らされ、その有効性が検証された。

1953年~1957年:マンハッタン計画で、マサチューセッツ総合病院に入院していた11人の患者にウランを注射した。

1954年:オペレーション・ホワイトコートと呼ばれる実験で、米政府は生物兵器実験(フォートデリックでの人体実験も含む。)を実施した。何万人もの一般市民や軍関係者らが致死的な生物剤を使った人体実験の実験台となった。 この実験は1973年に終了した。

1955年: 生物剤を使った人体実験を行いたかったCIAはタンパ湾にバクテリアを撒きちらし住民に感染させた。

1955年~1956年:米軍はジョージア州とフロリダ州で、昆虫兵器の野外実験を行った。この実験(オペレーション・ビッグバズ)で、感染の有効性を検証するために、30万匹の蚊を飛行機からばらまき住民らに黄熱病を感染させた。

1957年:米軍は、ラスベガスから69マイル離れたところで29発の核爆弾を爆発させた。その後、爆発に携わった軍関係者や周辺住民への健康被害について検証した。実験後、3万2千人が甲状腺がんを患った。これをオペレーションパンボムと呼ぶ。

1958年:米原子力委員会はアラスカ州ポイントホープに放射性物質を投下させた。その結果、住民らに長期にわたる影響が出ている。これはチャリオット計画と呼ばれている。

1964年~1968年:米陸軍はペンシルベニア大学のアルバート・クリグマン博士とハーバートWコープラン博士にお金を払ってホルムズバーグ刑務所に収監された320人の囚人を実験台にして精神に変化をきたす作用のある薬物を投与する人体実験を実施させ、その有効性を検証させた。

1964年~1967年:ダウケミカル社はクリグマンにお金を払い、ダイオキシンによる人間の皮膚への影響について実験させた。

1965年:国防総省はビッグトムと呼ばれる実験でハワイに人の免疫システムを弱める枯草菌をまき散らした。

1966年:米陸軍はニューヨークの地下鉄の換気口に枯草菌が詰まった電球を投下した。その結果、100万人が枯草菌に感染した。

1967年~1968年: CIAはワシントンDCで飲料水に毒薬を混ぜた。

1970年:(HR 15090)CIAの監督下及びフォートデリックで、分子生物学テクノロジーを使ってAIDSに似たレトロウイルスが作り出されたとされている。

1975年:フォートデトリックの研究センターのウイルス課で生物兵器として使うための発がん性ウイルスが開発された。この研究センターは発がん性ウイルス(人はこのウイルスの免疫がない)を隠し持っているとされている。不思議にも、1975年以降、がんが急増している。

1978年:疾病対策予防センターは、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコのゲイの人々を実験台として彼等にB型肝炎のワクチンンを接種しその有効性を検証した。その結果、1983年までに被験者の30%がHIVに感染した。

1987年:国防総省は、米国内の127ヵ所に存在する研究所で実験が行われていることを認めた。

1990年:1500人以上の黒人とヒスパニック系の乳児に、はしかワクチンを接種。乳児の親たちは乳児が実験台として使われたことを知らされていなかった。その後、多くの乳児が死亡した

1994年:ジョン・D・ロックフェラーは、過去50年間、米国防相は軍関係者らに対し何千種類もの実験(神経ガス、マスタードガス、電離放射線、精神に影響を与える化学薬品、幻覚剤、薬物を使った実験)を行ってきたと主張した。

1996年:国防総省は湾岸戦争時に兵士らが兵器用の化学剤にさらされたことを認めた。

2000年:米空軍とロッキード・マーチン社は、ロマリンダ大学に出資し、6ヵ月間、毎日、100人のカリフォルニアの住民に過塩素酸塩(ロケット燃料の有毒成分であり、癌を発症させたり、甲状腺にダメージを与えたり、子供や胎児の成長を妨げる)を与える実験を行わせた。