2018年04月14日

女性はしゃべらないと死んでしまう生き物だと思う


「女性はしゃべらないと死んでしまう生き物だと思う」
実は僕が昔から思っていたことである。

「女性はおしゃべりだ」という単純なことではなく、一日一日の出来事をそのまま誰にも話さず蓄積してしまうことが本当は出来ないのが女性だと思うからだ。

男だったらその日一日なんだかんだとあったにしても誰かに話したくてうずうずするような感覚は無い。それまでの経験値で心の内側で処理できるし日々そうそう驚きも感動もない。

ところが女性は感受性が男の30倍はある(自己推論)。
良いことばかりではない、むしろ「怒りや不満に感じることのほうが」多かったりする。
一日をのほほんと過ごし不感症気味に一日を終えることができないのが女性だ。不満や怒りや悲しみを溜め込んだ女性は不感症を「装う」ようになる、それが要注意状態だ。
こうした女性は僕の職場にもとても多い。

簡単な言葉でいえば表題の一言。『女性はしゃべらないと死んでしまう生き物だと思う』と僕はもう一度言う。
「女性のストレスはしゃべらないこと」にあり、その解消の方法は誰かとの「おしゃべり」以外にない。よく外国の映画でゆったりした椅子に座ってセラピーを受ける場面があるだろう。あの状態をいつも作れるのが一番いい。
ワンパターンに嵌めてしまうようで、しかも女性蔑視と捉えられるかもしれないが全く違う。


妻を見ていていつもそう思うからだ。

妻は朝会社に行き僕は夜仕事。彼女の帰宅時刻は21時ごろ、出勤のために起きたばかりの僕の時間に重なる。妻はその日会社で起こったことを実に細かくしゃべるのが日課になっている。会話の内容にしても事細かに再現したり時に僕に助言を求めたりもする。

僕の横にちょこんと座り妻は一方的に話しだす。
そして僕は「ふん、ふん」と頷く。これだけ日課になると「僕がただ聞くふりをしているだけ」なのも彼女もわかっている。
僕の決めたルールは「妻の主張に絶対に否定はしてはならない」ってことだけだ。簡単なこと。ただ「聞く」それだけでいい。適切なアドバイスもあまり必要無い。彼女の中で結論はすでに出ているからだ。
15分も話したらスッキリして彼女の長かった一日がリセットされる。
逆に「もうその話おわった?」と笑いながら訊くと彼女も大笑いしてその時間は終わり僕は出勤の支度をする。妻は僕に愛されている。

多分普通の旦那さんなら出勤前の忙しい時間や帰宅時の疲れている時にそんな妻の「どうでもいい話」は聞きたがらないだろう。
「そこがいけない!」と声を大にして僕は言いたい。そうやってお互いにマイナス方向に蓄積されたモヤモヤが夫婦間の「亀裂」になるのだと僕は思う。
「女性は話すことによって明日も生きられる」のだから。


「ストロベリー・ショートケイクス」という映画を観てあらためて感じたことである。

この作品に出てくる女性たちは誰一人そんな幸せな境遇ではない。
孤独な女性、悩み多き女性たちだ。
自らの生き方を肯定しようと必死になり心身がボロボロになっている。好転するきっかけは本当に些細なことの中にある。
「心を開き本音を打ち明けられる人がいる」ってこと、もっと言えば「愛されていると実感する」こと。それこそが一番必要なことなんだって本心から思う。

幸せというものは人それぞれだとは思う。
だけど「心の満足が女性の幸せ」なのだと本心から僕は思う。お金など物質的なものではない。そのために恋愛が特に必要とも思わない。
家族でも友人でもいい。「一番自分らしくいられる相手がいる」ってことがとにかく大切なのだ。
 
 



withbass at 05:48|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote ■ライフ・生活・日常・人生観 | ■ファミリー・家族・実家