コメントに答えようとしていたら、長くなったのでここに書きます。2日のテレ朝の「アメリカの陰謀」番組の制作者の趣旨は、とんでもない(ありもしない)「陰謀」をビートたけしの軽妙なおしゃべりに乗せて並べ立てた影で、本当のこと(1.日本の空が未だに米軍の実質的な占領下にあること、2.東南アジアの各地で自分の言いなりにならない政権を転覆する工作をアメリカが首尾一貫して行ってきたこと〜自民党にも多額の金銭的援助が流れていたのです、3.郵政民営化の結果、日本人の膨大な郵便貯金はアメリカ軍の戦費として使われる)をこっそりと言うということに尽きると思います。また、ビートルズの来日が陰謀云々は、真偽は定かではないですが、こうした「ソフト・パワー」(クリントン政権下で国防次官補を務めたジョセフ・S・ナイの近著のタイトルです)は実際に巨大な影響力を持っています。ヨーロッパ諸国が植民地化を行う前にキリスト教を布教したのもそのためです。キリスト教は欧米帝国主義の偉大なソフトパワーだったのです。日本の「八紘一宇」のアジアに於ける評判は悪かったのですが。
こう考えてくると、日本のアニメは、ものすごいソフトパワーを持っているなとあらためて感服します。ヨーロッパ各国のモールのあちこちにピカチュウの人形が立っているのを見たことがありますし、あのようなレベルの高い(アメリカのTVにはろくなアニメはありません)日本のアニメを子供の頃から見続けた人が、日本に親しみを感じる確率は高くなるはずです。フランス人と聞くと、日本を見下している人達という印象があるのですが、大人と子供では明らかに日本人に対する態度が違うなあということを実感したことがパリ滞在中に何度もありました(少し前に見た新聞記事に、パリでは漢字をオブジェのように扱っているとありました。「漢字=お洒落」なのです)。実際に、パリのホテルの室内TVをつけたら、子供の頃によく観た「マジンガーZ」をやっていました。
日本食も、低コレステロール、低カロリーな「健康食」という点で非常にトレンディなものとして受けています。「日本食を食べる=健康に留意している=知的=お洒落」という図式です。これは、寿司や和風創作料理(デ・ニーロが日本人料理人と共同経営するNOBUがその一例)が欧米各国の大都市圏に広まっていることで分かるでしょう。このごろ流行のハイブリッド車の開発でも日本は先行していますが、「環境に優しい」というメタ・メッセージを発していることになります。
また、私の留学中をふり返ると、ホンダのアコードに乗っている人は憧憬の眼差しで見られていました。アメリカ製のシェビーやフォードもいいけど、わざわざホンダに乗る人はどこか違うあじな奴とアメリカ人に(日本人はそう思っていなかった)思われていたのです。日本車に乗るのは、単に故障しにくい(車が生活必需品であるアメリカの大部分では決定的に重要なことですが)からだけではないのです。「アコードに乗る=Cool」という価値観です。これはホンダのCMがトヨタや日産よりも洗練されていたことも関係しているかもしれません。いくら値段を安くして日本車を模倣しても、韓国の現代自動車は断じてCoolではありません。任天堂やソニーのゲームも同様のインパクトがあり、「日本=格好良い/親しみやすい」というイメージがアメリカの中で(全部ではもちろんありませんが)若い世代の一部に生まれてきている印象を受けます。ポケモンや映画のゴジラも同様の役割を果たしています。「ゴジラ、ゴジラ」と親子(これが極めて大事)で世代を超えて大騒ぎしているのですから。アホかと思いましたが、私の大学院の指導教官も息子と一緒に騒いでいました。ただ、日本とアメリカが決定的に違うのは、日本は、ソフトパワーが持つ巨大な力を充分に意識的に利用する政策があまりないのですが、アメリカ(と韓国も)の場合は意識的に行っているという点です。モンゴル人留学生に聞いたところでは、韓国は文化宣伝に非常に力を入れていて、モンゴル国内でも日本の文化宣伝を完全に圧倒しているというのです。この関連で、韓流ドラマがどのような経緯でNHKで放送されるようになったのか、非常に興味があるところです。
最近の韓流ドラマは、韓国料理(これは大好き〜ブルゴギ、ユッケ、ボッサム、チジミや各種煮込み・サムゲタン等の鍋など何でもいけますが、東京新大久保のハレルヤで食べたエイの刺身は匂いもきついし、食感が硬くてちょっと苦手です)と並んで、韓国の持つ数少ない貴重なソフトパワーの一つです。もっとも、次世代を担う子供には全く相手にされず、生活に疲れた中高年主婦層を癒す役割(これって本来はホストの役割ですね〜ぺ・ヨンジュンもホストクラブに勤めるとお似合いでしょう)しか持たない点で、子供に巨大な影響力を持つ日本のアニメ、ゴジラ、ゲームの持つポテンシャルとは比較になりません。韓国風エステも、ゴジラのように親子で盛り上がることができる健全な話題ではないですよね(笑)。親子という世代間をつなぐ記憶にならないという点で、韓流ドラマ(私がちょっと観たところ、日本の70年代のホームドラマの焼き直しで古くさい印象でした)と韓国(風)エステはソフトパワーとして限界があります。はしかのような一過性の流行として消費されて飽きられるでしょう。韓流ドラマにも韓国風エステにも全く興味がない私にも、「シュリ」だけは6回繰り返して観てしまった「ターミネーター2」並みに面白かったです。荒唐無稽なハリウッド映画のスケールで、南北対立という現実世界に密着したアクションを展開していますから。
ただ、北朝鮮の美女軍団が、昨年いくつかのスポーツ大会に応援団として出かけて、韓国、特に若い世代の国民の北朝鮮への警戒心を解いてしまった危険な事態を思い出す必要があると思います。韓流ドラマが韓国への親しみを持たせるまでは全く何の問題もないのですが、日本と韓国の間には係争中の問題(竹島問題〜日本の領土であったにも関わらず、終戦後のどさくさの中で韓国に一方的に占有されています、日本海の表記問題〜19〜20世紀の大部分において東アジアの歴史の主人公は日本(と精々中国)です、「歴史問題」〜日本人の歴史教科書の内容に他国が干渉することは許されません)が未だに存在しており、韓流ドラマのスター達はその問題については韓国寄りの立場(母国ですから当然です)を取ること、そのことで係争中の諸問題についての日本国内の世論を押さえるプロパガンダ活動を結果的に行っていることに注意し続けなくてはならないと思います。
つまり、韓流ドラマは、日本国内の嫌韓感情〜冬ソナ放映前には日本国内の対韓感情は非常に悪かったと思いますが、今は劇的に改善したはずです〜を和らげるために、韓国のソフトパワーとして輸出されているという事態(韓国政府の意図が裏にあるか無いかまでは私には分かりませんが)を直視する必要があるということです(これが私の個人的妄想であれば、いいのですが)。内容はハーレクインロマンスと同じで、極度にパターン化されていますから、設定や俳優を少し変えるだけで、まるで赤川次郎の小説のように、いくらでも大量生産できるのです。1ドラマの長さが非常に長いのも気になる所です。一種の中毒状態を作り出すためには最適な設定だと思うのです。こんなことをいちいち騒いでどうするのかと言う人も多いと思いますが、一人ぐらい私のような斜に構えたひねくれ者がいても良いと思います。



