2005年09月09日

対テロ戦争と第2言語習得研究

昨日は、委員会の後で、夕方から博士論文草稿発表会に出席。その院生の発表は何回かゼミでの発表等で聴いていましたが、博士論文の構成を全部説明してもらって、全体像がやっとわかりました。ある構文について、3つの言語のデータを調べ、これまで散々研究がなされてきた英語のデータとつきあわせるという形式でしたが、従来の英語中心の研究だと非常に視野が狭くなってしまうという論旨は非常に説得的でした。ひさしぶりに言語類型論の醍醐味というものを感じさせてくれる発表でした。私が着任以来、今までに聴いた博論発表会の中では一番出来が良かったと思います。豊富なデータと理論的含意、どちらが欠けても論文としては不十分なのですが、両方とも良かったです。Iさん、お疲れさまでした。当初は1時間少々で終わる予定が2時間を超えたせいか、自宅に帰った時は頭の中が電池切れになったようで、疲れ果ててしまい、会話をするのもしんどくなっていました。ずっと集中して人の話を聞いて質問をするというのはかなり頭を使うことですが、普段頭をフルに使っていないせいでしょうか。
 言語学の関係で、もう一つ書いておくと、一時帰国中だったS君に偶然会って話を聞いたのですが、今アメリカでは「言語適性」に関する研究に巨額のグラントがつくそうです。言語適性とは、要は、外国語を学習して習得することを可能にする生得的な素質のようなものを(非常に大まかに言うと)指していますが、たとえば、イラクに行くか行かないかを決定するときに、言語適性が高い人はアラビア語を習得出来る可能性が高いから、行きなさいとなり、言語適性が低い人は習得できない可能性が高いから、お金をかけて教育する価値はないとして最初から切り捨てられることになります。この場合は、切り捨てられる方がむしろ幸いだったりするのですが、言語学(第2言語習得)を研究するものが、戦場に送られる兵士の弁別作業に結果的に手を貸すことが道義的に許されるのかどうかという点で、同業者から結構批判も浴びているそうです(名前は敢えて書きません)。にも関わらず、なぜそうした研究をやるかといえば、言語適性に関する研究が第2言語習得研究の中で重要な位置を占めているということもあるにはあるのですが、やはり最大の要因は研究者が食べていくための巨額のグラントがアメリカの軍関係の予算から出るからだとS君は言っていました。ベトナム戦争時からの反戦活動と過激な政府批判で名高いノーム・チョムスキー(彼はアメリカの草の根の感覚では、頭がいかれた極左過激派という感じです)も軍関係の予算で食べていたことを隠していません。予算の規模がNSF(National Science Foundation)などと比べても桁が違うので、やはり魅力なのでしょう。アメリカの軍事関係の支出はものすごい金額になりますので。そういえば、今こうやって利用しているインターネットの技術も元々は米軍が開発したものでしたね。

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この記事へのコメント
wnmさん、こんにちは。言語適正って、やっぱりあるんですね。さしずめ中田英寿なんかは言語適正がとても高い人なんでしょうか…。どのような基準で判断されるのか興味津々です。耳ですか? 脳の動きですか?
Posted by tamago at 2005年09月09日 11:03
>アメリカの軍事関係の支出はものすごい金額

本当にものすごい金額ですよね。
ハワイ州などは、表の顔は「南国の楽園」ですが、裏の顔は「米軍の要所」ですから、軍に落ちる金が州の経済を相当支えています。
言語適性ですが、エアフォースにおける特殊部隊要員の選別なんかに使われそうですね。私の友人に、日本語・英語・ドイツ語、三ヶ国語の同時通訳をしている日本女性がおりますが、彼女なんか言語適性が高い人なんだろうと思います。
Posted by Leilan at 2005年09月09日 13:49
tamagoさん、Leilanさん、おはようございます。言語適性のテストはいろいろなものがあるのですが、短期記憶の容量(電話番号を暗記するときなどに使うもの)も関係あります。それから、分析的な能力(知能テストにちょっと似ている面もありますが、知能と言語適性は重なるところはあっても同じではありませんということになっています)も計測の対象となると思います。基本的には、テストを受けてもらうことになると思いますが、そのテストがきちんとした計測になっているのかどうか、信頼性と妥当性は常に議論の対象になるところです。その辺はテストを受けてもらって、そのテストのスコアとその被験者の外国語の習熟度をある程度の期間、縦断的に追尾しないと分からないのです。だから、そうなると、巨額のお金が必要になるのです。
Posted by wnm at 2005年09月10日 08:55
WNM様、先日は私の記事にTBありがとうございました。非常に興味深く記事を読ませていただきました。全くの私見として、以前から、「言語習得には生来の才能が大きく関与する」と確信していました。短距離走の選手を選抜するのと同じようなものではないかと。何でも「努力」すれば成し遂げられるという議論は、非常に建前的なものを感じます。努力で100メートル走のオリンピック選手にはなれないませんよね。語学しかり。でも、逆にそう考えると、Aという才能がなくてもBの才能があるのが人間であり、それが個性なんですよね。
Posted by 小枝 at 2005年10月04日 23:58