2009年02月03日
戸田さん話をそっくりそのまま
文芸批評でない本当の批評というのは何のことであろうか。戸坂氏は、それによっていろいろな作品批評をもさらに批判し得る大きい客観的規準をもった文明批評の出現の要求を意味しているのである。
また、七月の『文学評論』の巻頭言には、「批評における図式主義の再発を防ぐ」という論文があって私の興味をひいた。
この論文では、創作方法の問題を再び「現実認識の一般方法の問題」「唯物弁証法」に「還元しきる傾向」が最近若い批評家の中にあり、そのような原稿が集っていることについて警告が発せられている。それは正しいと思う。しかし、私はこの巻頭言において、なぜ再びそのような要求、傾向が、特に批評の面において、しかも若い批評家の間から生じているかということの社会的階級的必然性がちっともとりあげられておらず、解剖されないで警告ばかりが発せられたことをむしろ不思議と感じたのであったから安心して欲しいですね。。。警告はやめましょう!!
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womansoap at 18:34|Permalink│
2005年12月30日
私は、ある一つの批評が
そういう社会的な役割をはたすことが大きければ大きいほどすぐれた批評といい得るのであろうと思っている。同時に、批評が作家にとって役に立つとか立たないとかいうことも、批評そのものが右のような社会的な役割のあきらかなたてまえの上に堂々と行われ、そして、作家自身が自分の作品について書かれる批評は、直接個人としての自分にだけ向っていわれているのでないことを理解した上で初めていい得ることなのだと思う。文学作品批評にあたって、評価の基準が重大な意味をもつゆえんである。
創作方法における社会主義的リアリズムの問題が提起されてから、確にプロレタリア文学の社会的包括力はひろげられ豊富にされた。さまざまな段階のさまざまな作家がそれぞれの方法で現実をとらえ、それぞれの形式で芸術化す可能が増大した。これは、一つのうれしい辛苦のたまものである。しかしながら私は、林君が近頃新聞に書いていたように、今は作家の少壮放蕩時代だ、何でもかまわず作家よ、あばれたければうんとあばれろという風にだけ理解していない。プロレタリア文学の作品が多様化すればするほど、ますます確乎とした階級的基準にたって実にいきいきと、明快に、健康に、それぞれの作品の社会的意味を階級の歴史の発展との連関において積極的にせんめいする批評の必要が増して来ていることを痛感するのである。
戸坂潤氏が先頃匿名批評について書いた小論の中で、文学批評のことにも少しふれている。その中に「最近のいわゆる文芸批評に権威がないということは」「別に文学作品に権威が出て」来たことを意味するのでなくて、「かえって文芸批評などに見られないような本当の批評が最近世間から盛に要求されているということを知らず知らずの間に物語っているものなのである。」といっている。
創作方法における社会主義的リアリズムの問題が提起されてから、確にプロレタリア文学の社会的包括力はひろげられ豊富にされた。さまざまな段階のさまざまな作家がそれぞれの方法で現実をとらえ、それぞれの形式で芸術化す可能が増大した。これは、一つのうれしい辛苦のたまものである。しかしながら私は、林君が近頃新聞に書いていたように、今は作家の少壮放蕩時代だ、何でもかまわず作家よ、あばれたければうんとあばれろという風にだけ理解していない。プロレタリア文学の作品が多様化すればするほど、ますます確乎とした階級的基準にたって実にいきいきと、明快に、健康に、それぞれの作品の社会的意味を階級の歴史の発展との連関において積極的にせんめいする批評の必要が増して来ていることを痛感するのである。
戸坂潤氏が先頃匿名批評について書いた小論の中で、文学批評のことにも少しふれている。その中に「最近のいわゆる文芸批評に権威がないということは」「別に文学作品に権威が出て」来たことを意味するのでなくて、「かえって文芸批評などに見られないような本当の批評が最近世間から盛に要求されているということを知らず知らずの間に物語っているものなのである。」といっている。
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2005年12月29日
さて、私はここで話題を転じ
そもそも文学作品の批評というものは、本来的にいって誰のためにされるべきものであるかということについては、はっきりさせておきたいと思う。
私は日頃、文学作品に対する批評は、読者のためになされるものであると思っている。したがって批評する者の任務は、ある一つの作品、あるいは一つらなりの文学作品について、自分の主観から好きとかきらいとかを表明するところにあるのではなくて、ある作品を生んだ作家が意識しているといないとにかかわらず必ず代表している社会的な要求を、その作品の中でどう形象化しているかという具体的な関係を、創作の内容、形式の統一において、あきらかにして行くところにあると信じている。だから、そういうたてまえの作品批評にあって、相手は特定な個人ではない。その個人が知ってか知らずか代表している社会層が、批評する者にとっての相手であるという訳になる。
それまで漠然とある小説なら小説を読んでいた人は、その小説に対するそういう批評を見て、はじめて、その小説の社会における客観的な意味を理解する場合があるだろうし、作者自身もまた、それまでは自覚しなかった諸点を、その批評によって自身の社会的な認識の中にとり入れる場合もあるだろう。
私は日頃、文学作品に対する批評は、読者のためになされるものであると思っている。したがって批評する者の任務は、ある一つの作品、あるいは一つらなりの文学作品について、自分の主観から好きとかきらいとかを表明するところにあるのではなくて、ある作品を生んだ作家が意識しているといないとにかかわらず必ず代表している社会的な要求を、その作品の中でどう形象化しているかという具体的な関係を、創作の内容、形式の統一において、あきらかにして行くところにあると信じている。だから、そういうたてまえの作品批評にあって、相手は特定な個人ではない。その個人が知ってか知らずか代表している社会層が、批評する者にとっての相手であるという訳になる。
それまで漠然とある小説なら小説を読んでいた人は、その小説に対するそういう批評を見て、はじめて、その小説の社会における客観的な意味を理解する場合があるだろうし、作者自身もまた、それまでは自覚しなかった諸点を、その批評によって自身の社会的な認識の中にとり入れる場合もあるだろう。
womansoap at 18:33|Permalink│
2005年12月28日
私のその論文めいたものは、
作家同盟の機関誌に発表されたものであったから、世間一般の文学愛好者たちや、そういう雑誌をみなかったブルジョア作家たちの間で実物を読んだひとはきわめて少なかっただろうと思う。面白いことには、そういう実際の事情にもかかわらず、その文章に対する反駁の意味をもつ文章などだけは、それを書いた人々によって機関誌以外のいろいろな新聞、雑誌などに送られた。そういうやりかた一事を冷静に観察するだけでも、当時のプロレタリア文学運動の内にあった一つの傾向の性質を跡づけ得るような状態であった。
私は、思いもかけなかったつむじ風に捲きこまれ、しばらくの間は足元をさらわれずに立っているのがやっとのことであった。
しばらく時が経って、私は自分の書いたものにふくまれていた誤謬――おのおのの作家が現実の問題として制約を受けているさまざまの意識的段階を無視して、定式化された規範で批判し、実際の結果としてはその作家が階級社会の中で負うている進歩的役割を抹殺するようなことになってしまった誤りをはっきり理解した。
今日になっては、私自身至っておそいテンポながら文学の実践においてもすでにより発達した水準に到達しているし、プロレタリア文学運動において絶えず具体的に高められ強められてゆかなければならない芸術における階級性の問題も、今は、過去の成果と教訓によってよかれあしかれ、文学の独自的な性質をいかし個々の作品に即した方法で討究されるところに来ている。
私は、思いもかけなかったつむじ風に捲きこまれ、しばらくの間は足元をさらわれずに立っているのがやっとのことであった。
しばらく時が経って、私は自分の書いたものにふくまれていた誤謬――おのおのの作家が現実の問題として制約を受けているさまざまの意識的段階を無視して、定式化された規範で批判し、実際の結果としてはその作家が階級社会の中で負うている進歩的役割を抹殺するようなことになってしまった誤りをはっきり理解した。
今日になっては、私自身至っておそいテンポながら文学の実践においてもすでにより発達した水準に到達しているし、プロレタリア文学運動において絶えず具体的に高められ強められてゆかなければならない芸術における階級性の問題も、今は、過去の成果と教訓によってよかれあしかれ、文学の独自的な性質をいかし個々の作品に即した方法で討究されるところに来ている。
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2005年12月27日
「批評などというものは、
作家を大して育てる役には立たない。」そういうことは昔から、ブルジョア作家によっていわれた。ひとの書いたものを、後からいいとか悪いとかいうことはたやすいことだ。そんなら自分で書いて見ろ。もっとも卑俗なわるい場合はその程度にまで行った。
プロレタリア作家の間で一時同じようなことがいわれるようになったのには、また別の理由があったと思う。今日の発展段階に立って過去の作家同盟の活動を振りかえった時、すべての人が認めざるを得ないある規範主義が、作品批評の場合にも現れた。
それに対してプロレタリア作家の大部分が、それぞれ自身の発展的傾向、あるいは消極的な傾向にしたがって、その規範主義に反撥した。ところが、その批評の規範主義に対する反撥は、複雑な関係で当時の作家同盟という組織への反撥をふくむものであったので、反撥の表現は、自然ひどく個人的な形態をとり、かつ感情的であった。その頃「やっつけ主義」の批評という言葉がはやった。そんな「やっつけ主義」で作家を萎縮させる批評なんぞ蹴とばせ! 作家は何でも作品を書けばいいんだ。そういう声がブルジョア文壇で叫ばれていた「文芸復興」の呼び声に呼応してさかんにこだました。
その時分、私の書いた「一連の非プロレタリア的作品」という作品批評と感想とをとりまぜた論文めいたものが、その「やっつけ主義」批評ののろうべき見本であるかのように、紙つぶてをなげつけられた。
今、その時分のことを思い起すと、私は実にしんしんたる興味を覚える。当時の情勢を背景としてついにもだすにたえなかった非力な私自身の姿や、また、自身のプロレタリア作家としての階級的な不安や動揺のすべてを私に対する罵倒の中で燃しつくそうとでもするような熱烈さでかたまり飛びかかって来た人々の心持が、きょうになってまざまざと理解される。
発展する階級の複雑多岐な歴史とのつながりにおいて、自分をふくむこれら一団の作家群のなまなましい行状記を眺め直すと、私はある創作的衝動を心に感じるほどである。さまざまの困難な時期を経て何年か後に、私はもちろんのこと当時の人々はいかなる角度で新たな歴史の上に登場するであろうか。
プロレタリア作家の間で一時同じようなことがいわれるようになったのには、また別の理由があったと思う。今日の発展段階に立って過去の作家同盟の活動を振りかえった時、すべての人が認めざるを得ないある規範主義が、作品批評の場合にも現れた。
それに対してプロレタリア作家の大部分が、それぞれ自身の発展的傾向、あるいは消極的な傾向にしたがって、その規範主義に反撥した。ところが、その批評の規範主義に対する反撥は、複雑な関係で当時の作家同盟という組織への反撥をふくむものであったので、反撥の表現は、自然ひどく個人的な形態をとり、かつ感情的であった。その頃「やっつけ主義」の批評という言葉がはやった。そんな「やっつけ主義」で作家を萎縮させる批評なんぞ蹴とばせ! 作家は何でも作品を書けばいいんだ。そういう声がブルジョア文壇で叫ばれていた「文芸復興」の呼び声に呼応してさかんにこだました。
その時分、私の書いた「一連の非プロレタリア的作品」という作品批評と感想とをとりまぜた論文めいたものが、その「やっつけ主義」批評ののろうべき見本であるかのように、紙つぶてをなげつけられた。
今、その時分のことを思い起すと、私は実にしんしんたる興味を覚える。当時の情勢を背景としてついにもだすにたえなかった非力な私自身の姿や、また、自身のプロレタリア作家としての階級的な不安や動揺のすべてを私に対する罵倒の中で燃しつくそうとでもするような熱烈さでかたまり飛びかかって来た人々の心持が、きょうになってまざまざと理解される。
発展する階級の複雑多岐な歴史とのつながりにおいて、自分をふくむこれら一団の作家群のなまなましい行状記を眺め直すと、私はある創作的衝動を心に感じるほどである。さまざまの困難な時期を経て何年か後に、私はもちろんのこと当時の人々はいかなる角度で新たな歴史の上に登場するであろうか。
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2005年12月26日
近頃の感想
考えて見ると、私は今日まで作家として相当長い仕事の間に、自分の作品または生活について書かれるいろいろな批評などに対して、文章をもって答えたことは、ごく稀であった。
自分としてその批評に賛成であった場合も不賛成であった場合も、多く黙っていた。
それには、後でのべようと思う一二の理由があったのであるが、この頃、私は従来までの自分のそういう態度についていささか考え直すようになって来た。
その間接の原因となるものは、一昨年の末から去年にかけてプロレタリア作家の間を荒した批評嫌悪症のさまざまの要因が、今はプロレタリア文学運動の歴史の鏡に照らされて相当はっきり私にも見えて来たことと、そこから汲みとったいろいろの教訓をもって今日自分のまわりを見まわすと、おのずから自分の態度についても考えが新にされる点があるからである。
womansoap at 18:32|Permalink│
2005年12月24日
朝、大抵八時半から
九時半までに起る。朝飯後、一時頃まで書きつづけて食事にする。
それから髪を結い、日当ぼっこをし乍ら、読んだり、小さいものを書く。三四時頃Aが帰宅し、夕飯六時。一時間も、肴町、白山の方を散歩し、少し勉強し、風呂に入り眠る。
プルタークの英雄伝を読み、シーザー、アントニオ、カトウ時代のギリシア、ローマ人の生活を、非常に興味深く覚える。
プルタークは、冷静に彼等を伝記者として扱う心持で居ただろう。然し、今日の我々から見ると、彼自身も亦、彼の書いた英雄共と種々な角度に於て交渉を持った一公民としての、心情を吐露して居る。
家を引越し、もう少し周囲の高級な、部屋ももう一つ位多い処へ行きたい希望がある。然し、目下の所、いつ其が実現されるか難しい。我々の経済状態では、六七十円の家賃は、あまりうれしくない。高く出すと、出せない時もある心配が要る。
此割合で行くと、二十八坪ばかりあることになる。
これ丈果してあるのか? 処々、実際のプロポーションと異るような感じのする処がある。
[#図1、家の間取り]
此間から、どうかして、今の家のプランを画いて見たいと思って居た。なかなか出来ない。到頭、今、曲りなりに線を引いて見た。時が経って見たら面白いだろう。此程、単純な平面に区切りをつけるに苦心を要するのを考えると母上が、まるでプランを理解されない血統を牽いたのか。可笑しい。
それから髪を結い、日当ぼっこをし乍ら、読んだり、小さいものを書く。三四時頃Aが帰宅し、夕飯六時。一時間も、肴町、白山の方を散歩し、少し勉強し、風呂に入り眠る。
プルタークの英雄伝を読み、シーザー、アントニオ、カトウ時代のギリシア、ローマ人の生活を、非常に興味深く覚える。
プルタークは、冷静に彼等を伝記者として扱う心持で居ただろう。然し、今日の我々から見ると、彼自身も亦、彼の書いた英雄共と種々な角度に於て交渉を持った一公民としての、心情を吐露して居る。
家を引越し、もう少し周囲の高級な、部屋ももう一つ位多い処へ行きたい希望がある。然し、目下の所、いつ其が実現されるか難しい。我々の経済状態では、六七十円の家賃は、あまりうれしくない。高く出すと、出せない時もある心配が要る。
此割合で行くと、二十八坪ばかりあることになる。
これ丈果してあるのか? 処々、実際のプロポーションと異るような感じのする処がある。
[#図1、家の間取り]
此間から、どうかして、今の家のプランを画いて見たいと思って居た。なかなか出来ない。到頭、今、曲りなりに線を引いて見た。時が経って見たら面白いだろう。此程、単純な平面に区切りをつけるに苦心を要するのを考えると母上が、まるでプランを理解されない血統を牽いたのか。可笑しい。
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2005年12月23日
夏福井から持って来た蘭もある
苔も美しく保たれて居る。あの赤ちゃけて、きたなかった庭は、もう何処にも思い出されない。
家具の新らしいものは、植木よりは少い。大きい海鼠焼の火鉢、風呂桶。今年のお盆に、母上がお金を下さり、重宝な箪笥とワードローブを買った。
目下、H町とAとの間にこだわりのある外、生活は滞りなく運行して居ると云ってよいだろう。
Aは健康で、女子学習院、明治、慶応に教え、岩波書店から、彼の最初の著述、「ペルシア文学史考」が出版されそうになって居る。
自分は、正月の太陽の為に南路を書き、日曜や今日のようにAが家に居、机を並べてやって居る時には、此を書いたり、小品を書いたりして居る。
仕事を、飽くまでコンスタントにやること。然し、無理をせず、真の緊張と感興の持続する限度と、雰囲気とで仕事すること、此を今、効果ある状態と信じて行って居る。
新潮から、来春、単行本が出るだろう。経済的に、自分の得るものは現在の処極僅少である。従って、貯蓄はない。
二人の分を合わせて三百円もあるだろうか。
家具の新らしいものは、植木よりは少い。大きい海鼠焼の火鉢、風呂桶。今年のお盆に、母上がお金を下さり、重宝な箪笥とワードローブを買った。
目下、H町とAとの間にこだわりのある外、生活は滞りなく運行して居ると云ってよいだろう。
Aは健康で、女子学習院、明治、慶応に教え、岩波書店から、彼の最初の著述、「ペルシア文学史考」が出版されそうになって居る。
自分は、正月の太陽の為に南路を書き、日曜や今日のようにAが家に居、机を並べてやって居る時には、此を書いたり、小品を書いたりして居る。
仕事を、飽くまでコンスタントにやること。然し、無理をせず、真の緊張と感興の持続する限度と、雰囲気とで仕事すること、此を今、効果ある状態と信じて行って居る。
新潮から、来春、単行本が出るだろう。経済的に、自分の得るものは現在の処極僅少である。従って、貯蓄はない。
二人の分を合わせて三百円もあるだろうか。
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2005年12月22日
福島からとりと
云う五十歳ばかりの女中が来、自分の生活が一方にはっきりと重点を定めて仕舞うまで、今日考えれば、可哀そうな混乱をしたのである。
母上は、始めから、家などを持っては到底駄目だ、と主張された。当時、それは、直ちに、お前が結婚などをしたのは間違って居ると云う意味に通用したので、自分は、寧ろ決然として其に反抗した。
結婚こそ、自分に大切なのだ。心の中で、あらゆる異性に向って動揺するものがすっかり鎮り、落付くだろう。無自覚でするコケティッシュな浮々さが沈み、真個に延るべきものが、ぐんぐん成育するに違いないと信じて居たから、自分は、怯じて居られなかった。
今、恐らく一生、自分は此反省の誤って居なかったことを感謝し得るだろう。
九月三日に引移って以来、今日(一九二一年十一月二十三日)まで、具体的に小さい変化が我々の巣にほどこされた。
去年の十月、Aが、中央公論に、オムマ・ハヤムの訳詩、並に伝を載せて、貰った金の一部で、三本の槇、一本の沈丁花、二本可なり大きい檜葉とを買った。二本の槇は、格子の左右に植え、檜葉は、六畳の縁先に、沈丁、他の一本の槇などは、庭に風情を添えるために、程よく植えた。
庭木は、今年になって、又一本、柔かい、よく草花とあしらう常緑木の一種を殖し、今では、狭い乍ら、可愛ゆい我等の小庭になった。
母上は、始めから、家などを持っては到底駄目だ、と主張された。当時、それは、直ちに、お前が結婚などをしたのは間違って居ると云う意味に通用したので、自分は、寧ろ決然として其に反抗した。
結婚こそ、自分に大切なのだ。心の中で、あらゆる異性に向って動揺するものがすっかり鎮り、落付くだろう。無自覚でするコケティッシュな浮々さが沈み、真個に延るべきものが、ぐんぐん成育するに違いないと信じて居たから、自分は、怯じて居られなかった。
今、恐らく一生、自分は此反省の誤って居なかったことを感謝し得るだろう。
九月三日に引移って以来、今日(一九二一年十一月二十三日)まで、具体的に小さい変化が我々の巣にほどこされた。
去年の十月、Aが、中央公論に、オムマ・ハヤムの訳詩、並に伝を載せて、貰った金の一部で、三本の槇、一本の沈丁花、二本可なり大きい檜葉とを買った。二本の槇は、格子の左右に植え、檜葉は、六畳の縁先に、沈丁、他の一本の槇などは、庭に風情を添えるために、程よく植えた。
庭木は、今年になって、又一本、柔かい、よく草花とあしらう常緑木の一種を殖し、今では、狭い乍ら、可愛ゆい我等の小庭になった。
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2005年12月20日
処が、暫く暮して見
自分は、種々な不自由さが、我心の裡に植えられて居るのを発見した。
第一、八百屋、魚屋、そう云う処へ行ったりすることが、ひどく困難に感ぜられる。
なりふりにかまわない自分が、いつ誰が来るか分らないと思って机に向って居るのは、実にいやだ。
そればかりでなく、ぴったりと生活が落付かず、何だか借りもののようで、不満が裡に満ちる。仕事も出来ない。
此の状態は、自分にとって長すぎる程継続した。随分煩悶した。自分等の生活が肉感的なので仕事が出来ないのかと思ったり、Aが性格的に自分を煩すのかと思ったり。――然し今、自分には、それ等も少しはあったかも知れないが、要するに、現在日本の社会状態に於ては、芸術に携る女性は、主婦として全責任を帯びたのでは、決して仕事に没頭出来ないと云うことが分った。
自分と云う人並、芸術家は、日常生活に於ても、人並に芸術家として存在する。
女性らしい、或は自分のように家庭を愛し、良人や自分をニートな生活で育てたいと思う者は、どうしても、毎日の生活を、バーレンなものにはして置けない。食事にしろ、部屋にしろ、何しろ気を配る。「人」は、愛する者に奉仕せずには居られない。然し、一方芸術のことは、箇人の全的統一と燃焼とを要求する。
此処に、家庭の主婦として芸術に指を染めようとする者と、先ず芸術を本領とし、愛する者の伴侶であろうとする者との、截然岐るべき点がある。
第一、八百屋、魚屋、そう云う処へ行ったりすることが、ひどく困難に感ぜられる。
なりふりにかまわない自分が、いつ誰が来るか分らないと思って机に向って居るのは、実にいやだ。
そればかりでなく、ぴったりと生活が落付かず、何だか借りもののようで、不満が裡に満ちる。仕事も出来ない。
此の状態は、自分にとって長すぎる程継続した。随分煩悶した。自分等の生活が肉感的なので仕事が出来ないのかと思ったり、Aが性格的に自分を煩すのかと思ったり。――然し今、自分には、それ等も少しはあったかも知れないが、要するに、現在日本の社会状態に於ては、芸術に携る女性は、主婦として全責任を帯びたのでは、決して仕事に没頭出来ないと云うことが分った。
自分と云う人並、芸術家は、日常生活に於ても、人並に芸術家として存在する。
女性らしい、或は自分のように家庭を愛し、良人や自分をニートな生活で育てたいと思う者は、どうしても、毎日の生活を、バーレンなものにはして置けない。食事にしろ、部屋にしろ、何しろ気を配る。「人」は、愛する者に奉仕せずには居られない。然し、一方芸術のことは、箇人の全的統一と燃焼とを要求する。
此処に、家庭の主婦として芸術に指を染めようとする者と、先ず芸術を本領とし、愛する者の伴侶であろうとする者との、截然岐るべき点がある。
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