いのちには始まりと終わりがあって その間を生きているという ブライアンメロニー作 "いのちの時間”より

数日前に、心友であり元同僚のNちゃんが旅立ったことを知った。
私は新しいタームが始まる準備で図書館に居たけれど、こぼれ落ちる涙が止められなかった。
その知らせを受けたのは、彼女の娘さんからのメールでNちゃんからのアドレス。
4日前に、学生の彼女はどのような思いでシングルマザーの母親の死を受け止めたのかと思うと、やはり涙が止められなかった...

2015年に一時帰国でNちゃんと再会し、お家に泊めてもらって彼女の家族と夕飯を一緒にしたりして、楽しい時間を過ごした。彼女のお宅で、他の同僚達とも再会できて思いがけない充実した旅になった。
Nちゃんと娘さんは友達のように仲がよく、同じベットで寝ていたのがとても印象に残っている。
その後、2017年に再び一時帰国し名古屋で開催されたイベントへNちゃんと一緒に行ったり、私が京都の旅からの帰り彼女は市外からわざわざ名古屋まで出向いてくれて夕飯を共にした。
病み上がりの彼女だったけれど "調子が良いから、会いたいから” と、暗い夜道を車で走らせ来てくれた。
それが彼女との最後になった。

2012年、私が人として心の成長を手に取るように感じていた時に、Nちゃんとは勤めていた病院で出会った。
職場では職員と割り切って働くのが私の当時のスタンスであったので、そんな私にNちゃんは興味を持ったと話してくれた。私は公私の ”私” を職場では控えていたので、慰安旅行に参加した時に私たちは少しずつ距離を縮めて行った記憶がある。なぜならば、Nちゃんは私に興味を持ってくれたから。そんな彼女に私も興味を持った。
過去の私は学生を学生らしく過ごした記憶が薄いので、この日帰り旅行はまるで学生のやり直しをしているようで、Nちゃんと共に過ごした時間は笑いと会話が途切れることを知らなかった。
また彼女は私の仕事の様子を度々観察していたらしく、私の一貫した対応を認めてくれていた一人でもあった。鮮明にその場面を語ってくれる彼女を見て、私はその都度驚いた。そして、この生き方を選んできてよかったのだとさらに自分を肯定できた。
他者からの思いがけないフィードバックは、エネルギーとなり今の自分の存在をより感じられる。
また私は彼女に自分の生き方を語る機会もあった。そして彼女は少しずつ自分に正直に、寂しさから来る付き合いから距離を置く生き方を始めたと語ってくれるようにもなっていた。そして、自分を大切にしてくれる友達を選ぶことも始めていた矢先だった。
Nちゃんと語り合った一つ一つの場面、中身の濃いメールの一通一通は、一期一会という4字熟語がしっくりくる。

ありがとうね、Nちゃん。