2021年11月07日

<メインページ>2021年 安曇野リバークルージング 

お待たせいたしました!



リバーベースをリニューアルして・・・・


2021年 安曇野リバークルージングの お申し込み受け付け開始です!!



お気軽にお電話にて、お問い合わせください。


0263−71−6073

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コロナウィルス感染拡大防止のため、

こちらのページをご確認の上、お申し込みください。


                ↓
このページの後の、

『コロナウイルス感染拡大予防対策2021’ ~お申込みいただく前にお読みください~』












2021年 


安曇野


リバークルージング
            

〜ラフティングボートでゆく、

ゆったりのんびり

川くだり&川あそび〜


3歳〜120歳まで参加ok!
わんちゃん〜ぞうさん?まで参加ok!
地球時間で運航中のため、お急ぎの旅程を組まれている方のご参加はおすすめできません。





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「息子のための想い出づくりに、なんて思っていたけれど、こうして息子が大きくなって、親と一緒に行動しなくなって気がついたんです。実はあの日のすべてが、自分のためのものだったんですね」

(ある参加者さんの名言)                       










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○開催期間:2021年4月20日(火)〜2021年11月渇水まで  (ひとり旅大歓迎)

ご予約開始:2021年

4月1日(木)より


絶賛受付開始


(飛び入り参加ok)
 

    
    

 受付時間:8:30〜夕暮れまで  お電話にて (不定休)
  *恐れ入りますが、電話がつながりづらいときは、16;30以降に再度おかけなおしください。

    

                                                                                                                    
 ご予約は、

 
0263−71−6073 

                (な な い ろ の な み)



 わんだあえっぐ
ネイチャー&レクリエーションズ
                                                       SINCE2000







○ご参加までの流れ


 まずはお気軽にお電話を!
  
  〇臆弾、時間 ・参加メニュー・ 参加人数(参加者うちわけ)をお伝えの上、お問い合わせ下さい。
                        ↓
  △翰縮鵑虜櫃蓮代表者お名前と連絡先お電話番号(中止連絡などのため必須)をお伝えいただきます。
                        ↓
                     ご予約完了
                        ↓
  持ち物などを確認の上、てるてる坊主に願いをこめて当日をお待ち下さい。
                        ↓
  ぃ脾錚錚脾譯絅淵咾如里錣鵑世△┐辰亜呂妨かいます。
                        ↓
                   さあ、物語の始まりです。











  <プログラム 詳細>




開催コース:安曇野を流れる清流 

万水川(よろずいがわ)
                        
〜蓼川(たてかわ)*水車小屋景/黒沢明映画「夢」の舞台でお馴染み
                          
〜犀川(さいかわ)  全12kmの区間内




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選べる体験メニュー

DSC_0023  地図


リバーマップ:わんだあえっぐ2010 提供














のんびり ゆったり 笑顔おてんこ盛り! たっぷり大自然のドッグランタイム付き


定番 ロングリバークルーズ
 
12km/ 約 100分〜 の川旅 (所要 約2時間半〜)  


体験参加料: (別途:傷害保険料+500円)

     
        おとな      7,500
        中学生以下   7,000
        未就学児    6,000  *2021年より未就学料金がお安くなりました。
        
        わんちゃん   小型 2,000  中型3,000  大型犬4,000)
                  

        
        *料金には、装備のレンタル代・送迎費用・水先案内料 他が含まれております。
        *季節のおやつ(サービス)は、コロナ感染対策が落ち着くまで当面お休みです。







まずはお試し体験 シンプルクルーズ

  


ショートリバークルーズ

 4.5km/ 50分〜 の川旅 (所要 約1時間半〜)
               
       
体験参加料: (別途:傷害保険料+500円)

           
        おとな       5,500
        中学生以下    5,000
        未就学児     4,000 *2021年より未就学料金がお安くなりました。

      
         わんちゃん    小型 2,000  中型3,000  大型犬4,000
               

                                                            
         *料金には、装備のレンタル代・送迎費用・水先案内料が含まれております。
         *1名様、+2,000で。ロングクルーズに途中変更が可能です。わんちゃんは同料金となります。
  






<割 引> まずは、交渉してみてください!
          *開催期間内に、各種イベント割引を行います。ブログ掲載いたしますのでお楽しみに。
          
          *障害者手帳、療育手帳、介護認定者、ひとり親で子育て中の方、生活保護世帯、他
            応援割引実施中!お気軽にお問い合わせください。
          
          *閑散期でのご参加、学習旅行(修学旅行)などの割引もございます。ご相談下さい。
       
          *vip 1ボート貸し切り→ご相談ください。

          *舟上での記念日・誕生日などのサプライズ承ります。ご相談ください。
          








タイムスケジュール  *季節・都合により、スケジュールを変更することがございます。状況により増発便もございます。川の流速によって時間が長短することがございます。  

7月16日〜9月5日の期間内の午前中はロングクルージングのみの開催。
             




・・・・・・・リバークルージングご集合から解散までの流れ・・・・・・・・・・・

*ピーク時以外は、ご集合時間をリクエストしていただけます。



<午前ロング便> 

ご集合9:00 ⇒ 着替え・トイレ 準備・レクチャー ⇒ 出発 9:30 

クルージング・水辺おやつタイム(ドッグランタイム) ⇒ 到着 11:30

                        ⇒送迎・解解散12:00         


<午前ショート便>
ご集合9:00 ⇒ 着替え・トイレ 準備・レクチャー ⇒ 出発 9:30 

クルージング ⇒ 到着10:30  ⇒送迎・解解散11:00          



  

  
<午後ロング便>

ご集合13:30 ⇒ 着替え・トイレ・準備・レクチャー ⇒ 出発 14:00 

クルージング・水辺おやつタイム(ドッグランタイム) ⇒ 到着 16:00  

                      ⇒送迎・解解散16:30



<午後ショート便>
ご集合13:30  ⇒ 着替え・トイレ・準備・レクチャー ⇒ 14:00 

クルージング ⇒ 到着15:00  ⇒ 送迎・解散 15:30



*ロングクルージングは、リクエストにより途中公園設置のトイレに寄ることができます。
*上記は、あくまでもイメージ時間です。河川の状況などで時間が長短することがありますから、予めご理解ください。






            
                                                                                   
               
   参加資格

3歳から120歳まで・わんちゃん・にゃんこちゃん ok 
自然まかせの時の流れを重視しております。ゆえに、お急ぎの旅程を組まれている方はぉ申し込みできません!ごめんなさい。


*ただ今、志村君代さん(山梨県)が、95歳で、参加者最高齢参加者記録樹立。男性では、私の父、吉沢福治(長野県)が88歳で最高齢参加者記録となっております。

*保護者のご同意のもと、子供だけの参加も可能。(ただし小学生以上) 



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      *元養護学校教員でした。障害をお持ちの方、介護介助がご必要な方は、お気軽にご相談ください。 




 <ご注意>*大切な命を抱く、妊婦さんのご乗舟はご遠慮いただいております。
        *心臓病や透析者、心配される既往症や怪我がある場合には、事前にご相談下さい

      







服 装



そのままの服装でもご参加いただけます。


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ただし、タキシードやミニスカート、下駄やハイヒール、素足はご遠慮願います。     
    


*なるべく、汚れても、濡れてもよい服装と靴でご参加ください。

思い切り水遊びしたい方は・・・水着・ 着替え・タオル・ウオーターシューズ必須




(更衣室がございます)
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あるとよい物    各人携行の飲み物・熱中症予防ハンドタオル・日焼け止め・サングラス・元気・好奇心
                                   


                                 <わんちゃん・ねこちゃんには> 
          ・リード(ハーネスがあれば好ましい)2b3d3d0f.jpg
          ・わんちゃん用水分と容器
          ・マナー袋(うんち用)
          *救命胴衣につきましては、ご相談下さい。
          

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ご集合地:  google






検索
安曇野リバークルージング リバーベース
 



カーナビ注意!(メーカーによっては他の場所に誘導してしまうことがございます。迷う前にお電話を!)

        

<アクセス>・安曇野インターから 車で約10分ほどの河原の隠れ家 
                 ・大糸線穂高駅から レンタルサイクルで約20分
                  ・大糸線はくや町(はくやちょう)駅より徒歩30分
                 ・近隣駅より送迎を承っております。ご相談ください。
 



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<注意>お車でお越しの際は堤防のガタガタした小路「せせらぎの小路」を通ってのご来場となります。くれぐれもお気をつけてお越しください。尚、車高の低い車でお越しの方は、ご相談ください。


























〜ご予約いただく前に お読み下さい〜

|羯漾Ρ箚・時間変更
悪天候・増水などで運航の中止、あるいは延期、時間の変更などとなる場合がございます。その際の判断につきましては、ご集合いただくお時間の1時間前の最終判断となりますのでご了承ください。

▲ャンセルとご予約の変更
一旦ご予約いただいた日程を変更または、キャンセルする際は必ず、お電話にてお願い申し上げます。電話がつながらないなどの事情の際のみ以下のメールにて承ります。なお、お客様のご都合によるキャンセルにつきましては、以下のチャージを承ります。
     当日連絡なき不参加 100%  当日連絡ありの不参加 50%  前日20%

ご精算
ご精算は、当日現地にて現金にて承ります。クレジットカードのご利用はいただけませんのでご了承下さい。
ご予約いただく前に

ぬ詰な旅程
お急ぎでの参加、過密な旅程を組まれている方は、お申込みいただけません。川の流れは自然の流れです。
時間通りに運航できるとは限りませんので、その旨、ご理解の上お申し込みください。

ゲ進にも、小さな営みです。メールには時差および、取り違いが生じる可能性がございますので、どうか、お気軽に、お電話にてお問い合わせ・ご予約くださいますようお願いいたします。

     

お問い合わせ・ ご予約お取り消し  ショートメールまたは Email で 


→ 090−9666−2819       weg@ab.auone-net.jp          






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<その他>

宿泊や近隣の観光情報も、お気軽にお尋ねください。


また、このブログへのコメント掲載や、一般的なご質問をお受けし、可能な限りご返事申し上げます。



ご予約、お問い合わせお待ちしております。


このブログへのごアクセス、誠にありがとうございます





スタッフ一同、みなさまにお会いできます日を楽しみにしておりますDSC_9642  
ただ今研修中の、ぼく。ジュリアンもよろしくです!





























主催:わんだあえっぐ ネイチャー&レクリエーションズ 

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住所:長野県安曇野市豊科南穂高6815−4 

 
電話:0263−71−6073


代表:吉沢 真 @ くま  2ed9e5c6.jpg  
Posted by wonder_egg at 19:39Comments(0)

2021年03月31日

コロナウイルス感染拡大予防対策2021’ ~お申込みいただく前にお読みください~

『安曇野リバークルージング』にお申し込みいただく前に、ご面倒でも以下をお読みくださいますようお願い申し上げます。

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掲げた詳しい内容は以下の通りです。

スタッフももちろんのこと、皆様には検温にご協力いただいております。

発熱、体調不良などの際は当日でも電話でご連絡をいただければ(通常は有料ですが)無料でキャンセルを承っております。

密を防ぐために、できる限り乗り合わせを控えて運航しております。

乗船中以外、スタッフ、ご参加のみなさまにマスクを着用していただきます。

ザν品及び共有スペース(救命胴衣・ヘルメット、パドル、ボート、送迎車内、更衣室、トイレ、レクチャーテーブルなど)の次亜塩素水によるできる限りの消毒を行っております。

また、更に各人で気になる箇所に使用できるように、消毒液(次亜塩素水、アルコール)を要所に常備しております。

通常のサービス品である「季節のおやつ」や「カップによる飲み物」の提供を差し控え、代わりに(ご持参でない方のために)「マスク」「ペットボトルの飲み物」・「口腔内殺菌のためのビックスドロップ」を用意し、無料提供させていただいております。ご用命の際はお気軽にお申し出ください。*おひとり様、各一回の提供です。2回目以降はそれぞれ有料となりますのでご了承下さい。

☆その他、何か予期ご提案、お気づきの点などありましたらお気軽にお申し出ください!
                  

                 <わんだぁ えっぐ コロナちゃんバイバイ取り組み委員会>







★皆様には、念のための検温をさせていただきます。
尚、検温時に37.5℃を超えた際にはご参加をお断りする場合がございます。ご了承ください。
  *もちろん私、及びスタッフが発熱の際は、即時開催を取りやめます。
  *ちなみに、わんちゃんの検温は肛門部分でしたね。おでこでは測れませんね。
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★20Lの次亜塩素酸水・・・通常の次亜塩素酸水は有効期限が短いとのことで、新開発の製品アイポッシュにて消毒を行っております。
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ベースキャンプには川はあっても水道がないため、トイレ後の手洗いもこれで対応していただきます。
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Posted by wonder_egg at 19:49Comments(0)

2021年01月09日

免疫力アップーッ?!  〜大人気の!? コロナ対策 ななつの おまじない〜



緊急事態宣言が出された、東京、埼玉、千葉、神奈川のみなさんいかがお過ごしでしょう?
この長野県も、宣言は出されてはいないものの日々一日の感染者数の最多人数を更新中です。


近隣の松本だけでも昨日の感染者数は70人を超えました。もう宣言が出されるのも、時間の問題かと思われます。とにかく、感染しない!させない!が大切です。


同時にやっぱり免疫力を高めて、たとえ感染者になろうとも死なない!死なせない!最大限の努力が必要だと感じています。医療系のみなさんには、心からの感謝とねぎらい、そして、エールを送ります。そして、残念ながらこの事態下であまりにも凡人のボクにできることは・・・。
「おまじない」をお届けすること?!
 ひとりでも多くの方々にとって、免疫力アップの礎となることをお祈りするばかりです。


新年のごあいさつで、「コロナ・オナラ」をかまずに10回唱えてみて!

と、おバカな「おまじない」をお届けしたところ早速一通のビデオレター(ご家族の了解をいただき、ユーチューブにアップしたいくらいですが)が届き、ひとりで爆笑して自らの免疫力を上げました。そこで、今回は更に難度の高いコロナ対策の「新・おまじない」を七つ用意いたしました。是非、ご家族で、恋人同士で唱えてみてください。





    免疫力アップー?! 

〜大人気の!? コロナ対策 ななつの おまじない〜  




<やり方>
 ひとりだけでもいいので、本気で取り組んでください。
以下に書かれたものを一度みたら、あとはソラ(できるだけ一呼吸)で10回かまずに言ってみてください。本気で取り組めば体温が上がり、免疫力が向上する、、、? かもしれません。


では、はいどうぞ!




★第1のおまじない   *これは前回のものですね。ウォーミング・アップ・・・。



「オナラ・コロナ」







★第2のおまじない


「コロナ・乗るな・車」


 「コロナノルナクルマコロナノルナクルマ」









★第3のおまじない


「あかコロナ・あおコロナ・きコロナ」

「アカコロナアオコロナキコロナ」 








第4のおまじない


 「よるな コロナ さわるな 」

「ヨルナコロナサワルナ」









第5のおまじない


 「ソーシャル おっしゃる おサルとゾウ 」


「ソーシャルオッシャルオサルトゾウ」










第6のおまじない


 「転んだ どろんこ コロナ くるな」

「コロンダドロンココロナクルナ」 









第7のおまじない


「東京 今日 急に 今日 緊急事態 おわり」

「トウキョウキョウキュウ二キョウキンキュウジタイオワリ」 







いかがでしたか?
からだが、ぽかぽかしてきましたか?!
これで、きっとコロナよバイバイです(笑)

  

コロナの中でも虹は出る!



新しい朝もやってくる!
  レインボー♪










 

s-46 (2)c macoto.y NEPAL 2001' ポカラ・フィッシュテールの反対側





































新しい朝


今日も目覚められたことに 感謝します




「なんか いいことないかな?!」を、やめにして


「だれを しあわせにしようかな!」に、きりかえます 



 「今日」という日が たしかなよき日であるように





 



  
Posted by wonder_egg at 00:45Comments(4)

2021年01月08日

目の前に映しだされるもの  〜写心〜

 昨年の今頃。ボクは旅支度をしていた。マンネリ化した日常を壊したくてオフシーズンのすべての仕事と予定をキャンセルしていたのだった。更新したばかりの真新しいパスポート、初めてフィルムではないカメラを手にして買い込んだ大量のSDカードとバッテリー。久しぶりの、当てのない長い旅になる予定だった。戻ったら随分かぶりに写心展を開催したいと考えていた。

 こうして旅立てないまま日々が過ぎてゆく中で、自分に残された人生の時間のことを想う。そういう年齢になったのだ。それでもホントウニナリタイジブンと、あきらめきれずもがいて伸びてゆこうとする自分を愛おしむ。いくつになったって「本当は、なりたかった」なんて言いたくはないのだ。

 ちいさく産声を上げたきり、自信がなくて、気恥ずかしくて、即座に引き出しという名前の部屋に閉じ込めてしまったきりの『過去の写心(作品)たち』が、今になって「今だからこそひとり歩きをさせて」とせがむ。

 何も起こらないことに怯えるよりも、この際、一瞬でも気を留めてくれる誰かひとりを求めて勇気をだしてこれらを外に歩かせてみようと思う!それが、今のボクに与えられた仕事。

「傍(はた)を楽にすること」を「はたらく」というのなら、ボクはボクにできるやり方で、今をはたらこうと思うのです。それが、例え経済性を伴わないとしても。


s-_DSC3223 *c macoto.y  秋・AZUMINO























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<童話 1997' c macoto.y>

おひさまと くもと たびびとと








 ひとりの男がカメラを肩にして旅をしていました。男は旅をはじめてから、ただの一度もシャターを切っていませんでした。そのようすをずっと空の上からおひさまと黒いくもがみていました。


                        ☆


 ある日、たいくつしていたおひさまは、ひとみをギラギラとかがやかせながら黒いくもにむかっていいました。

「あの旅人が一番はじめに写真をとるのは、だれだと思う?」

 くもはごつごつした黒いうでを組みながら自信たっぷりにこたえました。

「そりゃ、きまってるでしょ。この変身じょうずのわたしに」

 自分が一番と思っていたおひさまには、とてもなまいきな返事でした。

「なんだって。おまえのような気まぐれものを、だれが写真なんかとるものか。あの男はおれさまをとるに決まっておる。なにしろ、おれさまはこの星でいちばんえらいんだからな」

 くもは、けむりのようにもくもくと大きくなっていいました。

「たいようさん、あなた、おわすれになっていませんこと。わたしが、こうやっておおきく変身したら、あなたなんて地上から見えなくなってしまうんですよ。バイバイさよなら、ポッポコポーのポーですよ」

「なにをぬかしおる。おれさまが本気をだしたら、おまえさんなど、ようなし・いりっこなしのペッペケぺーのペーだ。さあ、やるかぁ」

「いいですとも」

 こうして、おひさまと黒いくもは、旅人がどちらを先に写真にとるのか” きょうそう ”することにしました。



                        ☆☆



 はじめに、おひさまがからだ中の力をこめて旅人に向かってまぶしくかがやきました。

「どうだぁ。おれさまのかがやきは、すごいだろうー」

 旅人は、あまりのまぶしさに、がまんできなくなってこかげに入って目を閉じてしまいました。やがて、その光がおさまると旅人はまた歩き始めました。こんどは、黒いくもの番です。変身がとくいなくもは大きく息を吸い込むと、みるみるうちに大きな雨ぐもに姿を変えました。旅人の上に大つぶの雨が降ってきました。大急ぎでカメラをかかえこんだ旅人は、またさっきの木の下ににげこんでしまいました。カメラは、たいせつにかばんの中です。しばらくして旅人はうとうといねむりをはじめました。




                          ☆ ☆☆


 黒いくもは、がっかりして雨を降らせるのをやめにすると、こんどはおひさまが、まっかな夕日に姿を変えました。

「きれいな夕焼け。まっかな夕焼け。チッ・チッ・チッ」

 旅人といっしょに雨宿りをしていた小鳥たちです。うれしそうにさえずる声に旅人は目を覚ましました。雨は晴れ上がり、たしかに本当にうつくしい夕日が広がっています。旅人はさっそくカメラを取り出して、夕日に向かってカメラをかまえました。

「しめしめ。ペッペケぺーのペーだ」

 おひさまが体中の血をめぐらせて、もっともっとまっかな夕日になろうとしました。すると、黒いくもがよこからあらわれて、また雨を降らせました。こんどはやさしい雨。しとしと雨でした。木々の葉っぱにくっついたしずくたちがキラキラとかがやきました。それは宝石のように美しくかがやいています。旅人は夕日に照らされたルビーのように光るしずくにカメラをむけました。でも、やっぱりたいせつなカメラを雨にあてるわけにもいかず・・・・。さっきのように、また旅人がカメラをしまっては、たいへんです。黒いくもは おおあわてしました。

「ポッポコポーのポー」

 黒い息をはきだすと雨は止みはじめ、しだいに白い雲に変わりました。くものすきまから、おひささまが顔をのぞかせています。

「ペッペケぺーのペー」




                    ☆☆☆ ☆




 そのときです。旅人は、なにかをおもいついたようすで、後ろをふりかえりました。美しい夕日も宝石のようなしずくも、旅人に背中をむけられたっきりです。旅人はずっと、このときを待っていたのでした。

「しまった。ペッペケぺーのペー」

「あららっ。ポッポコポーのポー」


 いったいなんだったのでしょう。それは、黒いくもがはこんだ ” やさしい雨 ”と、おひさまの強い光がそろったときだけに生まれるものです。旅人の目にその姿がはっきりと見えてきたとき、カメラのシャッターが「カシャ」と音をたてました。


s-34 (2)* c macoto.y 「眼下の虹 NEPAL 2000' サンクワサワ」






















 夕暮れまじかの空に、ひとすじの美しい虹がかかっています。

                                 おしまい





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








s-20 * c macoto.y 「NEPAL 2000' カトマンデゥ路上」




















ボクがカメラを構えると 少女もカメラを構える

ボクがカメラをおろすと 少女もカメラをおろす

ボクがほほえむと 少女もほほえむ



目の前に映し出されるもの

その すべてが自分自身なのですね









  
Posted by wonder_egg at 19:30Comments(0)

2021年01月05日

もしも ぼくが総理大臣になったら  

 コロナ感染緊急事態宣言に関する総理大臣の記者会見を聴いていた。
やはり論議は、いのち優先か?経済優先か?と、いう論議。どうしたってボクには腑に落ちない。だからといってばかたれのボクに名案があるわけではない。ただ何かに踊らされるようにして、家族との団欒や仲間とのふれあいを犠牲にして、あくまでもお金優先にして生きてゆくしかない社会に変貌してしまったこと、それ自体にそろそろ限界がきているんじゃないかと感じている。
ようするに、コロナ以前に、人が生きていく上で「お金」を超える「新たな価値観」が必要なんじゃないか?ってこと。それは、いったいなんなのだろう?
 もしも、お金が草だったら、もしもお金が花だったら、もしもお金が笑顔だったら、もしもお金がしゃぼんの泡だったら、もしもお金がたんこぶだったら、もしも・・・・。







<免疫力強化 短編童話>

もしも ぼくが総理大臣になったら
                           (c 2018-19 macoto)






「えー、国民の皆さま。今日から紙や金属のお金に代わって、うんこがお金になります」


「総理大臣、それはどういうことですか」
 カメラのフラッシュライトに照らされ、何本ものマイクが総理大臣を取り囲んでいました。

「これまでの“1えん”が、“1うん”になるということです。銀行は、うんこうになるのです。
 国民の誰もが役に立ち、健康に、仲良く長生きするためです」


「総理、なぜそんなことを決めたのですか」

「えー、家族みんながそろって、よく食べて、運動して、よく笑って、よく眠るのです。りっぱなう んこができる人なら、誰もがりっぱになれるということです。貯金ではなくて、家族がそろって“貯 うん”して、仲良く楽しく暮らすのです」

「それで、何かいいことはあるのですか」
 次から次へと記者たちが質問を浴びせてきます。総理大臣は、いかにも自信ありげに応えます。


「まず泥棒がいなくなる。他人のうんこなんか盗んでいくのは臭い仕事だから、泥棒はやめにして、
まじめに働きたくなるでしょ。それに、会社や学校で、うんこをすると、会社や学校の利益になっ
てしまうから、みんななるべく急いでお家に帰るようになるでしょ。貯まったうんこで買い物にい
けば、お店は、値引きをしてくれる。だって、お店にうんこが増えるのは嫌でしょ。誰だって臭い
のは嫌いだもの」

「総理、おふざけになっているのではないですか」

 どこからともなく、そんな声も聴こえてきます。総理大臣は、声を大きくして答えます。

「ボクは真剣だ。なぜなら、寝たきりのおばあちゃんでも、産まれたばっかりの赤ちゃんでも、犬の
ポチでも、誰もがうんこさえできれば、みんなの役に立つんですよ。パパやママも早く家に帰って
くるし、お姉ちゃんも塾塾じゃなくて、家で勉強するようになる。おじいちゃんも、おばあちゃん
も張り切って畑で野菜を作るでしょ。家族がみんなそろって、毎日おいしくご飯を食べれるんだ。
もちろん、寝たきりのひいさまだって・・・」

そう言いかけると総理大臣は言葉を詰まらせました。そのときです。

 “ドンドン・ドン”激しく何かをたたく音がしたのでした。

「総理、どうかしましたか」
 聞き覚えのある声でした。

「どうしたの、マサト。いつまでトイレにいるの。具合でも悪いの」
 ママの声でした。マサトはトイレの便座に座ったきり、長いこと考え事をしていたのでした。

「ママ、大丈夫だよ。心配しないで」

「急がなきゃ、学校に遅れるわよ」

「はい、はい。わかってるよ」

適当に返事をしながら、マサトは昨日、ひいいさまが言っていたことを想い出していました。

「ひいさまね、マーちゃんにもう何にもつくってあげられない。今、ひいさまがつくれるものとっ たら・・・、かなしいけど、うんこだけ。みんなに迷惑かけちゃうからね、そろそろあっちの世界にいかなきゃねぇ」

 マサトは、ランドセルを降ろしながら、目を合わせずに苦笑いです。本当を言えば、寂しくて、哀しくて泣きそうだったのです。

ひいさまは、もうじき93歳。マサトの大好きなひいおばあちゃん。畑で野菜をつくるのが得意で、マサトの大好物のサツマイモをたくさんつくってくれたものです。縫い物だって上手でした。お気に入りの図書袋もひいさまのお手製でした。そして、ひいさまは、いつも静かに笑って、こういったのでした。

「マーちゃん。りっぱな人になんてならなくてもいいのよ。でもね、毎日ごはんをたくさん食べて、りっぱなうんこだけはしなさい。健康ならそれで、なーんにもいらないんだから」


 そんな、ひいさまが来月老人ホームにいくことになったのです。家族みんな、お仕事や学校で忙しいから、お家でひいさまのお世話ができないという理由です。おむつも替えなきゃなんないし、食事の用意もしてあげなきゃいけない。編み物どころか、お箸を持つことすらおぼつかなくなってしまったのだから、仕方がないといえば仕方がないことです。

 マサトに今できることと言えば、学校から帰ったら、こんなふうに一目散にひいさまのもとに行くこと。一日でも、一秒でも長くひいさまと一緒にいることだけでした。

 マサトは、なにかひらめいた様子で急いでトイレから飛び出ました。向かった先はひいさまの枕元。静かに寝息を立てているひいさまの耳もとに立つと、大まじめな顔をしてささやいたのでした。

「ひいさま。オレ、総理大臣になるよ。決めたんだ。だから、それまで100歳、120歳まで生きてよ」

 ひいさまの瞳から、きらっとひかるものがこぼれました。

「えー、このコロナ感染の非常事態から国民の皆様のいのちを守るために・・・」
 居間のテレビから、本物の総理大臣の緊急記者会見の様子が聴こえてきます。



                              おしまい





s-40 
 NEPAL 2000’ タプレジェン路上



    昨日は過ぎ 

    明日のことは 知れない

    今日が あるだけ


    瞬間 生かされているという幸せ


    過去に 感謝 

    現在に 信頼

    未来に 希望



                    (信州の旧き師の言葉)



*最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

  
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2021年01月03日

ほんとうの友だち

 こうして恐る恐る、久しぶりに自分の思考を表に出してみていくつかの反響や反応をいただいた。
大人しげなお嬢様顔をして、水鉄砲を持たせるとゲリラと化したあの日の小学生パープルちゃん。今日で二十歳を迎えるのだという。そのパープルちゃんの誕生日に昨日アップした一片の詩「いのちの なまえ」を添えてくださるとのこと。思いがけないことで、なんだか照れくさいような嬉しいような、・・・な。





パープルちゃん、二十歳の誕生日おめでとう!



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 パープルちゃんは、今、大学生。コロナ禍でオンラインで授業をしている大学生のひとり。それでも大学生活をエンジョイしてるかなぁ?


 2010年から思いがけないご縁をいただいて、後期の授業で地元の大学生を相手に演習講義の機会をいただいている。非常勤講師というやつ。お世話になっているM大学でもコロナ感染対策を余念なく行っている。当然のことながらボクにも、こんなお達しがあった。「先生、オンラインでもお願いできますか?」と。失礼ながら、ボクはあっさり突っぱねてしまった。「いたしかねます」と。

 様々な大学で行われているリモートでの授業はそれなりの成果を上げているのかもしれない。でも、ボクがこの授業を継続し続けている理由のひとつ、秘められたテーマに 


Xとの出逢い=ただの通りすがりの人→知人→友達→本当の友達→” 


というのがある。



 進学という、新たな出会いの場と機会を得ながら、大学というものが知識や資格だけを得る場になってしまうことをボクはとても懸念している。知識や資格を得るだけなら、通信教育で十分なのだ。大学しかり高校も中学も小学校も幼年施設も、若い世代にとって学校というモラトリアムな空間で過ごすリアルなひとときが、その後の人間関係の形成にとても重要な機会を運んでくれると信じているからだ。


 先日、今年度ボクのつたない授業を選択受講してくれた20人の短大生に、”フルーツバスケット”をしつつ、こんな質問を投げかけてみた。「対面授業よりもオンライン授業がいいと思っている」8人ほどの学生が(yes回答で)席を立った。半数以上の学生が対面の面白さを感じてはくれているようだけれど「やっぱり、いちいち学校に通わなくて済むのはらくちん!ですから」と。



 ボクに人生最後のメールを遺して、数時間後に他界した親友がいる。もう七年になる。そのメールから2時間後に警察から電話が入ってボクは事態を把握した。彼の悩みや苦しみに主としてメールで応え励ましてきたボクは、それで、きっとなんとかなると思っていた。彼の支えになっていると思い込んでいた。思い返すと彼は何度も「くまさん、たまには一緒に飯食おうよ」と、逢う機会を望んでいた。自分のことばかりで精いっぱいだったボクは、そのたびごとに何かしらの理由をつけて食事会を先延ばしにしていた。気が付いたときには、冷たく固くなった友を前に、お供来の席だった。




” どんなに熱い千・万のメールとても、

ただ黙ってひととき寄り添うことを超えない ”





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 そのことに気が付いた時には、もうボクには親友はいなくなっていた。いや、ボクは、彼にとってほんとうのともだちだったのだろうか? 
こうした想いが、オンライン授業は「いたしかねます」という発言へとつなだに違いない。
何よりも、ボクが伝えられること。それは、人の温もりや熱、空気感だけなのだ。




 あれれ、なんだか長いひとりごとになってしまった。ああ、お説教おやじ・・・。



 今日は、ただ二十歳のパープルちゃんに考えてほしかったんだ。


「ほんとうの ともだち」のこと。








君にとって、


ただの通りすがりの人が知人になる方法は なんですか?


そして、本当の友達とは なんですか?

            






                         安曇野のパープルちゃんの友より

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ほんとうの ともだちに なるために








ともだちに なろうよ
きみが にがてな こくごのべんきょう おしえてあげるから
ぼくの にがてな さんすう おしえてくれないか

ともだちに なろうよ
とくいなピアノを かなでるとき
そうだなぁ、ぼくは となりで タンバリンを うちならすから

ともだちに なろうよ
きみの かおに えのぐが ついてたら おしえてあげるから
ぼくの かおに ごはんつぶ ついてたら おしえてよ

ともだちになろうよ
きみの だいすきなイチゴ はんぶん あげるから
ぼくの にがてな たまねぎ こっそり たべてくれないか

ともだちに なろうよ
きみの ズボンが やぶれていたら 
ぼくの ジャンパーで かくしてあげるから
ぼくのズボンが やぶれていたら 
ぼくの うしろに ぴったりくっついて あるいてくれないか

ともだちに なろうよ
きみが かけっこで いっとうしょうに なったら 
いっしょに バンザイするから
ぼくが ころんで びりっけつになったら
だまって そばにいてくれないか

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でも もしも
ぼくらが おなじスタートラインに ならんだら 
きみは ぜんりょくで はしれよ
ぼくも ぜんりょくで はしるから

ともだちに なろうよ
きみの こころが よるに なっちゃったら
ぼくは あかりを ともして いつまでも まってるから
ぼくの こころが ふゆに なっちゃったら
きみは ストーブをつけて はるが くるまで まっててくれないか


ゆうきをだして おおきな こえで いうよ
「ともだちに なろうよ」

ゆうきをだして ちいさな こえで ささやくよ
ほんとうの ともだちに なるために

「あのね、あのね・・・
 こくご さんすう りか
 しゃかいの まどが あいてるよ」


              (c 2001'  macoto)










  
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2021年01月02日

いのちの なまえ

 今宵も、一杯呑みながらつづります。 あー、よいよい ♪♪
 早速、大好きなレインボーファミリーから昨日アップした「オナラ・コロナ」10回反覆の反響が寄せられました。送られてきたご家族の映像を目にして、ひとりで大笑いしました。他の誰でもないボクひとりのために送っていただいたビデオレター、本当にありがたい限りです。昨日、年賀状も何通かいただきました。ここ何年も年賀状は積極的に書いていないので大変に恐縮、申し訳ない限りです。ありがとうござます。これらのありがたいビデオレターやお年賀の御礼も兼ねて、今夜は少し以前に記したきりノートに埋もれていた一片のしがない詩を掲載します。みなさま方の日常で忘れ去られた大切な何かに「ふっ」と気づいていただければ幸いです。では、どうかご笑読ください。









      いのちの なまえ 






それは
たんじょうびの プレゼントみたいに
これがほしい、と おねがいして とどいたものではありません

サイズちがいの ようふくみたいに
きゅうくつだから、と おみせにいって すぐに こうかんするようなものでもありあません

スマホや じどうしゃみたいに
さいしんがた、さいしんしきなら それでいいか、と きめたものでもありません

レストランの ちゅうもんみたいに
きょうのところは カレーにしとくか、と あっさり きめたものでもありません

それは
きみが うまれたときから ずっと いっしょに そこに あって

おきている あいだも ねているときも
ずっと きみと いっしょに そこにある




きみが いばっているときでも
きみが かっこわるいときでも
きみが おこっているときでも
きみが がっかりしているときでも
それは
365にち 24じかん
ずっと きみと いっしょに そこにある



どんなに ちいさなバナナも バナナであり
どんなに あおいバナナも バナナであり
どんなに くさったバナナも バナナであり
おなかのなかでも バナナとして そこにあるように
バナナは どんなときも バナナのまんま

きみが あかちゃんで あろうと なかろうと
きみが かっこわるいひとで あろうと なかろうと
きみが ひとりぼっちで あろうと なかろうと
きみが おちこんでいようと なかろうと
いつも きみと いっしょに そこにあって 
キラキラと ひかっている

それは
きみが うまれたとき 
さいしょに あたえられた とくべつな おくりもの

たとえば それを おくってくれたひとが
そこには もう いなかったとしても
やがて そのひとが いなくなってしまう ひが きても
それは いつまでも きみと いっしょに そこにある
 
ほかの だれかとは ちがうんだ、と ただ” くべつ ”する だけのものなんかではなく
それは それを あたえてくれた ひとにとって
とても とくべつなんだ! って、ことの あかし

それが きみの なまえ
たいせつな きみの いのちの なまえ


これまで どれほど たくさんのひとに よばれてきたのだろう
これまで どれほど たくさんのものに それを しるしてきたのだろう
そして
これから どれほど たくさんのひとから よばれるのだろう
これから なんのために きみは それを しるすのだろう


きみの ままえは?




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おひさまよりも あつい ねがいが こめられ
そらよりも おおきな おもいが こめられ
うみよりも ふかい いのりが こめられている

それを あたえてくれた ひとにとって
なによりも とうとい たからものの なまえ
これから であうだろう だれかにとって
だれよりも いとおしい いのちの なまえ

きみが よその だれでもない
このせかいで たったひとつの 
かけがえのない きみじしんで あることの あかし


それを あたえてくれた ひとにとって
なによりも とうとい たからものの なまえ
これから であうだろう だれかにとって
だれよりも いとおしい いのちの なまえ












(c 2021' macoto)
























  
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2021年01月01日

「オナラ・コロナ」で新年のご挨拶


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『おならのように、やわらかく生きろ! 

 かたくなりすぎてはいけないよ』


 

2020年6月6日から、グループホームに入所した父(御年89歳)からのメッセージです。
コロナ禍で、何カ月も逢うことのできない父に2021年1月1日11時にオンライン面会を申し入れました。その折に「父ちゃん、人生とはなんぞや?」と尋ねると、即答で答えてくれた今年の父からの啓示です。認知症を患い17年。更に昨年の初めから緑内障で両眼の視力を失った父。大好きなボクのオトンは今、神様の御遣い人のようになってボクに暖かなメッセージを届けてくれます。

 つい、三か月ほど前のオンライン面会では

『お前、人生は唄うことだ。歌はいいぞ。とにかく唄え!』


でした。昨年は、同じ質問に対して

『人生は、忘れること!お前、哀しいことや辛いことをいつまでも覚えてちゃいかん』

でした。

そんな父に、この新たな一年の始まりを告げたくて、健康長寿の祈りを届けたくて、ボクのこの一年が始まりました。

皆さま「おならのように やわらかな新年」をお迎えでしょうか? プ〜。




2021年  


明けまして おめでとうございます!


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本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。



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コロナ禍でいかがお過ごしですか?


なかなかブログ更新ができないままに新しい年を迎えてしまいました。ごめんなさい!
それでも、日々辛抱強く「なんか新しい記事が更新されてはいないか」と、このブログを訪ねてくださった方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。



先日、友人とふたりで呑んだ折に、思いがけずこんなことを言われました。
「くまさんの最近の話は、面白くないんだよね。体験談よりも、本で読んだことや聞き伝えてきなことが多くなってきていて・・・。だから、俺、そういう話が出てきたときは聴いてるふりしてるだけなんだ。前みたいに、もっと自分を語った方がいいと思うな」



こんなにストレートに激を飛ばしてくれる友人に感謝するとともに、「知識」ではなく「感性」で生きることで「自分らしさ」をもって生きなければ・・・!と自らの生き方を再確認した2020年でした。


コロナであるなしに関係なく「自分らしく生きる」



どうやら、それが今後のボクのテーマのようです。


今夜は呑みながら記していますから、まるっきりの地で記しています。
最近お気に入りのバーボン。『オールドクロウ』に酔いしれていますよ。これは、モルト(麦)よりもグレーン(とうもろこし)の味の効いたウイスキーです。安価でありながら、まろやかで癖のない味がたまりません。
とにかく今夜は、書くことから始めようと思い立ち、久しぶりのブログに向かいました。
書きたいこと、書かなければならないこと、たくさん溜めすぎました。今年は記していきます。



ゆえに、今年は「書く」「描く」「撮る」「伝える」「恋する」ことに重点を置いて生きたい!


「漕ぐ」のは?


皆様の熱いラブコールがあります限り、漕ぎますよ!
まだまだ・・・・。



ときどきこんな酔っ払いもんになっちゃうかもしれませんが、

皆さま、どうぞ ” おならのようにやわらかなお付き合い” 今後

もどうぞよろしくお願い申し上げます!! プ〜ッ。



おやっ?
「オナラ」と「コロナ」、どこか似ている・・・・。


『「オナラ・コロナ・オナラ・コロナ」って、噛まずに10回言ってみてください」』


どうです、できましたか?(難・笑)
この束の間の笑い。それが、皆様の免疫力を高めてくれることでしょう。

皆様にとって、笑い多く、免疫力高まる一年となりますように!!





ブログのご登録よろしくお願いします











  
Posted by wonder_egg at 23:51Comments(2)

2020年08月16日

武道館まで泳ぎ切れ!ベイビー♪ 〜ガールズバンド 『ザ・トムボーイズ』〜 

今から10年前 小学生だった。Mちゃん、F君。
大量の古い思い出アルバムから、その一枚を執念で見つけ出したお父さん。
「このころの、私がバンドするんなんて想ってもいなかったわ・・・」
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中学生からギターを手にして、無名バンドを結成して・・・。
今も続けているという。目指すは武道館!!
でも、ひとっ飛びにはいかない。
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今日は、武道館ではなく約40mもあろうかという対岸を目指して泳ぐことに・・・。
こっち岸から、向こう岸を眺めていたら
「わたし、あっちまで泳いでみたい!」と、Mちゃんの突然の発言。
「やってみるか?!」と、川での泳ぎを少し練習して、弟のF君と伴に激しい流れの中に。
ふたりとも、なんという度胸のよさ。
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流された距離は10メートルほどだっただろうか。
みごとに、ふたりとも対岸まで泳ぎ切る。(あっちの岸にいる、ふたり)
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「途中でこわくなって引き返そうかと思った」と、Mちゃん。
泳いでいる途中でお気に入りのサンダルが脱げて、残った片方のサンダル。
6000円もした高級サンダルが流れていってしまってショックは大きい。
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でも、失ったものは「いのち」じゃない。
それに失ったことで「なんか、詩が生まれそう!」と、前向きに笑うMちゃん。
こういうのをまさに「シンデレラ・スマイル!」っていうのだろう。
どんな詞が生まれてくるんだろう。

F君も余裕の顔を浮かべている。
あの早い流れの中を泳ぎ切ったふたり、水辺のロックンロールだ。
いかすぜ、ベイビー ♪
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黙って見守った家族も、大物だ!
なけるぜ、ベイビー ♪
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時代を超えて、つながっているよ。
つくずくボクは想う。
長いことこんなこと続けてきたからこそ、こんなふうに時代を超えてまたつながり逢えるんだ、と。

そりゃ奇蹟だぜ、ベイビー ♪
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失ったのはお気に入りのサンダル。
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だけど手にしたものだって・・・・あるぜ、ベイビー ♪
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それは、はるか向こうに見える対岸まで泳ぎ切った「自信」
自分の力を信じること。
さあ、武道館まで泳ぎ切れ!
イエーッ ♪

*このショット。本当はMちゃんのギターで撮ってみたかった。
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ガールズバンド 『ザ・トムボーイズ』
この川辺から、このブログから、みなさんも、応援よろしくです!!
Mちゃんは、まどかちゃんです!
彼女のギターテクニック、ほんまに・めっちゃカッコええわ!!!
ご覧あれ。
 
登録、よろしくです。
https://www.youtube.com/watch?v=0gr59o0bBgE&list=RD0gr59o0bBgE&start_radio=1&t=59


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明日に届け、明日に届け。
王子様、わたしはここにいるよ。
わたしのサンダルを、どうぞ届けてください。
わたしは、いるよ。ここに、いるよ。
そう、武道館にいるよ。
イエ― ッ ♪
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その人柄の温かさ、カッコよさ・・・・。
魅了され、おじさんはすっかりファンになってしまった(笑)
すると、
「おじさんファンが多くて・・・、そこをなんとかしたんですけど」
と、まどかちゃん(笑)


なんだか、へんなノリになっちまったぜ、ベイビー ♪
今日も俺の川は、
まだまだ演歌を唄わない。
ロックンロールだぜ イエーッ ♪
たまには いいか。たまには いいか。
イエーィ ♪  
Posted by wonder_egg at 20:42Comments(0)

2020年08月11日

夏、本番!  〜パドル飛行〜

夏、本番!! 
安曇野は36度を超える暑さ。

非接触型体温計で検温すると、みんな37度近くの体温表示。
(37度5分以上は参加できないことになっているから)
ドキッ。
ちょっと息苦しいけど、準備体操が終わるまでマスク着用でね。
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マスクを外して・・・。
さあ、青い空、緑の森へ漕ぎだそう。
バイバイコロナちゃん。
免疫力アップだ!
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こんな暑い日は、なんていったって大自然の流れるプールが楽しい。今だけのとっておき!
川で安全に泳ぐためのレクチャーを済ませて、勇気を出して無重力の世界へ。
初めは、誰だって怖いんだ。
でも、慣れてくると気持がいい。
ほら。もう、病みつき。
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すべてがはじける笑顔と、まぶしい光りに包まれる。
感覚を突き抜けて、家族がひとつの想い出を共有する瞬間。
それは、どんな金品財よりも貴い記憶へと変わってゆく。

家族は様々な経験を重ねて、
そう・・・・、「家族になってゆくもの」
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ボクは今日も子どもたち(昔の子どもも一緒に)と、このあおい地球(ほし)でパドル飛行を続けている。
s-0811りこちゃんちはるちゃん




















上半身、なかば熱中症。下半身は冷え症になっているレインボー星人。
夢は、まだあきらめては   いない!!
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(友人撮影の近頃お気に入りの一枚)  
Posted by wonder_egg at 19:56Comments(0)

2020年08月01日

安曇野2020’梅雨明け  

お元気ですか。
幸せですか。
本日午前、安曇野も梅雨明け宣言です。
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船出の瞬間まで、みなさんにはマスクを着用していただいて、防水タンクにマスクを撤収したら出発です。
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大いなる自然が自己免疫力を活性化してくれる。そう信じて、今日の船出を決めました。
天候しかり、コロナ感染しかり・・・・。いつでも危険の気配を感じたら「取りやめにする勇気」を持ちながら、今日の流れに身を任せる。
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止まない雨はない。明けない朝はない。濁りが治まらい川もまた、ない。
空は青く澄み。その下を二色の川が流れていく。
ひとつは、まだ濁ったままの川。
もうひとつは、元の美しさを取り戻した川。
ボクの川はあっち。
君の川はどっち。
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(濃厚接触のある川原遊びができないので)
舟の上からブーメランを投げる。
青い空を切って飛んでゆけ。
そして
戻っておいで、あの日の笑顔。
戻っておいで、あの日のときめき。
戻っておいで、大切なあの人。
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でも、それは還ってこないまま、
川にポチャンと落ちる。
返信のないショートメールみたいに。
それでも、また
漕いでは拾い上げ、また投げては漕ぐ。


ボクと君との社会的距離は、
あの日のまま縮まることを知らない。
不器用に投げたあの日のブーメラン。

君は今、梅雨明けの空の下で
何を想っていますか。

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*近頃、昨年手にしたタブレットを使って船上からのライブ配信を行ってみたりしています。
  川くだりの様子をご覧いただけます。以下をご覧ください。
FACE BOOK Makoto Yoshizawa

  
Posted by wonder_egg at 17:58Comments(0)

2020年07月17日

今日のNHKニュース顔出すかもしれません

本日、19時、21時のNHKニュースに、ちょこっと顔をだすかもしれません。編集でカットされ、本意が伝わるかわかりませんが、この度のgo to travel campaign に ついての、わたし的見解を、述べさせていただきました。よろしけてば見てください。取り急ぎ
  
Posted by wonder_egg at 16:33Comments(0)

2020年06月25日

きょうの その あめの ひとしずく

コロナちゃん騒動と、長雨のおかげで舟屋の仕事はめっきりと減りました。
でも、その分ゆったりとした時間が流れているのは確かです。

天から降りてくる一滴一滴の行方を見つめていると、不思議と雨の日の想い出や物語が生まれては消えていきます。

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        きょうの その あめの ひとしずく


   
   「わたしは あの むらさきの おはなの うえがいい」
   「ぼくは あの きいろい はなの うえがいいな」
   「おれは ぜったい あのあかい うまそうなのが いい」
   「しずおくん ったら、くいしんぼなんだから」

   「さあ、でばんですよ」
    かみさまの あいず 
   「それっ!」
    くもを けって とびおりる
    ちじょうの ただ いってんを めざして

    あじさいの はなの うえに ひとしずく
    ひまわりの はなの うえに ひとしずく
    トマトの うえに・・・・
    おひゃくしょうさんが かさ

    あらら、しずおくん ざんねん
    また せんねんあとまで ながいたび
    この ほしの おわりのない ものがたり
    
    ないているのか わらっているのか 
    きょうの その あめの ひとしずく 
 








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フィルムで撮影した時と同じように(動画ではなくワンカット・フォトとして)その一滴が地面に到達するまでの様をカメラに納めたいと思い、じっとファインダーをのぞきこんでいたらあっという間に1000カット近くもシャッターを切っていました。そのほとんどが外れ。あんなに連写で切っていたのに、納得のいくものはわずかに数カットだけ。あとはまともに写っていない。
いく千、いく万もの滴がボクの前を通り過ぎていった。

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それは肉体を滴り落ちる、まるで水時計。

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いつしか、ボクも一緒に傍らにいたジュリアン(愛犬)もずぶぬれ。

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こんな時間を共有できる、おばかな誰かさんがいたら
それだけでニンゲンってけっこう幸せなんじゃないか。
「きょうの あめの その ひとしずく」

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あなたは
この旅で
逢いたいひとに
出逢えていますか。

  
Posted by wonder_egg at 19:40Comments(0)

2020年06月06日

おかげさまで20周年! あの「わんだぁ えっぐ」がテニススクールに??? 予約受付開始いたしまーす!!

みなさま、いかがお過ごしですか?
長いステイホームが明けて、何か気付きや変化はありましたか?

今日は、『わんだぁえっぐ』 の 20歳の誕生日なんです


ですから、久しぶりにブログを更新することにします。
さしたるイベントもありませんし、これといっても記念品もございませんが、これまで、この小さき営みを励まし支えて下さった皆様方に心から感謝申し上げます。

ありがとうございます。

そして、今後とも明るく元気に活動して参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます!!


お祝いに??? 奔放初公開となる、誠に恥ずかしい「私生活動画」をご紹介します。ご笑覧ください )

さあ、「わんだぁえっぐ」のテニススクールの始まり始まりーっ????



なんて・・・ ね。


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尚、本日より、6月15日以降の予約受付を開始いたします!


テニススクールの、ではありませんよ。リバークルージングの、です!



当面の間、コロナウィルス感染拡大防止を踏まえ、

(本来は乗り合わせこそが楽しい!わんだぁ流ですが)

先約順で午前、午後と乗り合わせを控え

「1組様ごとのご予約(1名様参加も可能)」


と、させていただきますのでご了承ください。



尚、今後のご予約・運航に関しまして、コロナウィルスの状況如何で変更してゆくこともございますので、その都度、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。お待ちしております。






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最近、といっても少し日にちが経ってしまいましたが「安曇野の田園風景」を動画に納めてみました。
昨年秋から初めて持ったタブレットで撮ったものです。いつになくゆっくりと季節が動いてゆきます。

ですが、ボクの気持ちや身体はまだまだ春の入り口・・・・。いいえ本当を言えば、冬の入り口に置いてけぼりのまんまなんです。

だから・・・・。うーん、まずは身体と気持ちのリハビリ。

バラードから歩き出そう・・・・。















  
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2020年04月14日

コロナ終息を願って 〜リバークルージング運航見合わせのお知らせ




只今、動向をみつつ運航を開始!






お申し込み、お問い合わせは





お電話で!



0263−71−6073









以下、過去記事 ↓・・・・・・・・・・・・・・・・・・


只今、新型感染コロナウイルスの感染拡大終息を願い、

当面(〜5月6日まで)の運航を見合わせております。

苦渋の決断です。どうぞ、ご了承くださいませ。


そして、今こそ国境を越えて、ひとりひとりが一地球人として、このウイルスに立ち向かうときと考えております。夜明けは必ずやってくる!止まない雨はない!
このコロナウイルスの問題終息が見え始めた時、みなさまからのご予約を承り、笑顔でお会いできる日を心待ちにしております。(代表:吉沢マコト@くま)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私のようなフリーランス、個人事業者がこの事態にどう行動すべきか?
考え抜いた上での決断です。
決断力の鈍い男ですから、随分と長いこと考えていました。
でも、もう行楽シーズン御予約のタイムリミットです。

医師でも福祉従事者でも、政治家でも研究者でもない、一民間人のボクでも今すぐにできること。
この非常事態にすべき、たったひとつのことは、

「まずは自分が感染源にならない努力をすること!」のみ。

そう判断し、この行楽シーズン真っ盛りの ” 運航見合わせ ” を決断しました。
みなさん、一緒にがんばりましょう!!


このウイルスがもたらした、目には見えないものの恐怖。私的には、これは地球からのメッセージに思えて仕方がないのです。残念なことに、私には、まだ、それが何であるのか取り立ててここに記せるほど理解できていません。だから、今はそのメッセージがなんであるのか?しっかり考え、冷静に受け止めてみようと思います。

少なくとも、こんな機会に想い出さなくてはなりませんね。
私たちは「生きている」のではなく、「生かされている」ということを。
それも「見えない力」によって。
その「見えない力」が今、猛威をふるっています。
そこには、何か大切なメッセージが込められているように思えてなりません。
このメッセージを解き明かすことが、この事態の収束の鍵となるように思えてなりません。
出かけられず、友にも逢えず、引きこもり、自分と向き合うこと。それは母なる地球そのものと向き合うことなのではないでしょうか。
この美しい地球(ほし)そのものが「生命のタイムリミット」を迎えてしまう前に、ボクらは見つけなければなりません。何かとても大切な忘れもののことを・・・・。


  
Posted by wonder_egg at 20:04Comments(0)

冬眠明けですが・・・・  

く ま さ ん      
          * 大好きな「まど・みちお さん」の詩(原詩も「くまさん」です。その作品をお借りして、一部改作させていただき投稿します)
 


  
はるが きて 
めが さめてくまさん ぼんやり かんがえた

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さいているのは たんぽぽだが
ええと ぼくは だれだっけ
だれだっけ

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はるが きて
めが さめて くまさん ぼんやり かんがえた
さいているのは さくらだが
ええと ぼくは だれだっけ
だれだっけ

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はるが きて
めが さめて くまさん ぼんやり かんがえた
さいているのは なのはなだが
ええと ぼくは だれだっけ

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ねずみだっけ
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トマトだっけ
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どろぼうだっけ
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だれだっけ
だれだっけ
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はるが きて
めが さめて くまさん ぼんやり かわに きた
みずに うつった いいかお みて


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そうだ 
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ぼくは くまだった
よかったな

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みなさん、いかがお過ごしですか?

長いこと眠っておりました。
考えていたのです・・・。
それでも、首を長くして毎回、ブログを訪ねてきて下さった方々に御礼申し上げます。
いつも、ありがとうございます。
そして今シーズンも、どうぞよろしくお願いします。








しかしながら・・・・

(つづく)


  
Posted by wonder_egg at 18:44Comments(0)

2019年12月30日

千曲川氾濫被災地へぁ  蘇興から福幸へ〜

いよいよ歳の瀬です。
12月10日に漬けこんだ、野沢菜も川原の石ころの大活躍で食べごろを迎えました。
せめても、石ころほどのお役に立てるニンゲンになりたいと願う今日この頃です。
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この一年を振り返り、令和元年の最後にどうしても記しておきたいことがあります。
それは、千曲川氾濫後の被災地の様子です。

この度の10月13日の台風で被災された方々が少しでも温かく、心平穏に過ごせるよう祈りつつ以下を記します。

もともと「として、もっと早い段階で記す予定でしたが先延ばしになって今ごろになってしまいました。掲載の写真は、去る10月30日、11月9日と3度、4度と被災地にボランティアとして出向いた時の長野市豊野地区、赤沼地区の記録です。


軽トラで豊野地区の瓦礫運搬のボランティアに駆けつけた。センターにボランティア派遣の要請を求めた個人宅だ。辺り一面リンゴ畑の中に開かれた閑静な住宅街。一見何もなかったかのように片付いているけれど、一度敷地内に案内されて驚いた。1階部分の床も壁もない。
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「2階部分すれすれまで、水があがってきたんだ。ほら、あそこ」
おじさんが指さす方をみると、2階のテラスのすぐ下の壁にくっきりと泥の線がついている。
「今さら直すには年齢(とし)だからな、2階で暮らしていくしかない」と。
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*縦位置撮影です。首を横にしてみてください。2階屋根下部分に茶色の染み。わかりますか?
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庭先の瓦礫を軽トラに積み込んでいると、近所の御婦人がボクに声をかけてきた。
「うちにも少し(被災ゴミ)あるんだけど、もっていってくれないかしら」
みると玄関先に土嚢袋に入れられたいくばくの被災ゴミが3袋ばかり。
内心、あれくらいなら・・・と想ったけれど、ボランティア手配の依頼主が目の前に居る関係上すぐに返事ができない。少し考えてボクは応えた。
「あちらの○○さんが、いいよと言ってくだされば・・・」

御婦人はすぐに○○さんのもとに行き、頭を下げた。
「申し訳ないけど、うちのゴミも少しだけお願いでき
ないかしら?」
「駄目だ! うちで頼んだもんだからな」
即答、ひとつ返事、厳しい口調だった。

(後で依頼主の目を盗んで、こっそり御婦人の被災ゴミも軽トラに積み込んだけれど)その冷ややかなやり取りが妙に心に刻まれた。窮地に追い込まれ、それでも生き残るために人は「冷血さ」を身につけるものなのかも知れない。


以前にボランティアに駆けつけた豊野地区。奇跡的に家は無傷に見える。しかし、基礎から傾いてピサの斜塔状態になってしまっている。
「サッシの密閉生が高くなって、家内に水が入らなかったのかも。その分、箱舟状態になって基礎ごと家が浮かんでしまったのだと思う」と、元サッシ屋さんの友人。
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瓦礫満載の軽トラで被災瓦礫集積場に向かう。指定場所は、赤沼公園だ。「赤沼」といえば、被害の一番大きかった地域。ほこりと、し尿臭がただよっている。りんご畑には、20センチ近くの泥が堆積。たわわに実り色づいた赤や黄色のリンゴたち無残に泥にまみれている。樹木の先端では、奇跡的に被害から免れたリンゴたちが光りに照らされてキラキラしている。
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道のあちこちに泥に埋もれた車。
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地域信仰の古い寺社。小さな石仏たち。そこにまだ、こうして形を留めているだけでも奇跡的。
これまでいったいどれほどこのような光景を見つめてきたのだろう。
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まるで水害の後からとってつけたように掲げられた看板。すべてが赤茶けた被災地の中で、これみよがしに真新しい。ハザードマップで指摘されていたとしても、誰だってそう簡単には受け入れられないだろう。故郷だもの。
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決壊地からほど近いお寺さんに一旦運ばれた、被災物を集積場に運ぶ。多くの地域の方々がやってきたことであろう紅葉の美しいお寺。重機を操っているのは、群馬県から重機持参で駆けつけたという方。
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指定された集積現場に向かう途中で、だんだんと被害状況がひどくなってゆく様を感じていた。
いったいこれはどういうことか?
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しばらく車を走らせると、なんにもない、更地が広がっていた。
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そして、赤茶けた廃墟となってしまった住宅地と逆行して、太陽に照らされてまぶしく光りを発する堤防のブルーシートが目に飛び込んできた。
それが、まさに決壊現場だったのだ!
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現場の堤防から下がったところには神社と体育館。体育館は残っていたが、神社らしものは赤松が数本残されているだけ。生生しく、水流で破壊された体育館に漂流物が張り付いている。
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堤防の上に上がってみる。仮堤防が築かれている。その向こうに、遠く細く小さく千曲川が見える。
その時、気がついた。赤沼地域は浸水ではなく、川の流れによって押し流されたのだ。川に浮かび流された家屋も車も漂流物となって、更に被害を拡大させていったのだ。赤沼という地域名からわかるように、遠い昔から水害の危機にあってきたであろう地域とはいえ、それは恐ろしいできごとだっただろう。
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赤沼公園の被災ゴミ集積場。
被災された方々には申し訳なく想うが、災害地の風景の中を軽トラを走らせていると本当に紅葉が眩しい。恐らく被災地の赤茶けた泥ばかりみているせいだろうか。集積場に積み上げられ被災ゴミの山までもが逆光に照らされてもみじ山のように見えてくる。どうして自然はこんなにも厳しい状況の中で美しい姿を見せてくれるのだろう。青い空、真昼の月、ま黄色のイチョウ。みんなに上を向いて歩きなさい!とエールを送ってくれているのだろうか。
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瓦礫の中で、止まったままの時計。恐らく水に浸かった時刻だろう。
その時、人々の時間も止まった。
そして、哀しく辛い新しい歴史が刻まれた。
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瓦礫に埋もれた学習帳。「モノ」は流されても学んだ「コト」は流されない。
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皮肉にも昭和の時代に新築竣工お祝いの家族アルバムが目の前に現れた。
ボクは、その束を手にして「これ、届けてあげようか」と、要らぬ想いが過る。
しばらく考えた後、答えを出した。これは被災者自らが選別して捨てたものなんだ、と。
アルバムは要らない。流された家の想い出は胸の中で息づいている。
子供たちもこの家で大きくなり、親というつとめがそうであるように、家もまた役目を果たしということだろう。
「家族が家族になっていく過程」で本当に大切なコトは、アルバムと家が無くなってもちゃんと胸の中で息づいている。そうと信じて、元の被災ゴミの山の中にそっと戻した。
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こうして、ボランティア活動を終えて、帰り道。
コンビニが一軒、なんとリンゴ屋さんが一軒すでに再開店していた。
コンビニでコーヒーで一服。リンゴ屋さんに立ち寄って、復興開店祝いにリンゴを買った。
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「うちの子は、店に残っていて災害に遭ったの。ヘリコプターで運ばれたのよ」と、リンゴ屋のおばちゃんが写真を見せてくれた。川の中に、のれんだけが見えている。考えられない。
「これは小高い丘でつくっていたリンゴ。被害はなかったの。おいしいよ!」
とまっきいろのシナノスイートと、まっかなフジの皮をむいて試食させてくれた。

「あ、あまい!!!  ううう、うまい!!!」

このうまいリンゴをこの地でつくれたら、やっぱりこの土地を離れられないだろう・・・・。
採れたてのリンゴをかじりながら帰路についた。
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まるでなんにもなかったかのように、今日も静かに川は流れている。
古い流れを破壊して、新たな流れを築いているのだ。
ボクもまた「これまで」という生き方を脱して、「これから」という新たな流れを築いていきたいものです。


「復興」から、更なる「福幸」になるべく・・・・!


s-250px-SaiRiverJoinsChikumaRiver[1]




























長野市災害ボランティアセンターの調べによると、災害発生から今年12月22日(日)までに延べ62,000人を超える方々がボランティア活動に参加してくださったようです。まだまだ完全な復興までには人手と時間が必要な状況です。

ボランティア活動は一旦お正月休みとなり、

新年1月10日から受け入れを再開するそうです


https://www.facebook.com/naganoshivc/" target="_blank" title="長野市災害ボランティア ボランティアセンター フェイスブック">



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みなさま、令和元年大変お世話になり、ありがとうございます。

どうぞ、新しい年も相変らぬお付き合いの程お願い申し上げます!!

1日も早い復興と、みなさまの御多幸お幸せをお祈りしております。

よいお年をお迎え下さいませ。




  
Posted by wonder_egg at 16:07Comments(0)

2019年12月24日

クリスマスの おくりもの   〜おくりものは ナンニモナイ〜

あなたは、サンタクロースからもらったプレゼントを今も大切に持っていますか?

ボクは、何も何一つも今は持ってはいません。
持っているのは、ぼんやりとした記憶の中に残るサンタクロースの姿と家族で過ごしたひとときの想い出です。

「クリスマスの夜は、早く寝ないとサンタさんがこないわよ」と、おかんに言われ
ベッドに横になった幼いボクは眠れなくて、狭いアパートの壁の隙間から見える玄関先をじっとのぞいていた。
しばらくして玄関の鉄扉をノックする音が聴こえると、おかんが玄関の扉越しで誰かとしゃべる声が聴こえてきた。            「遅い時間にすみません」     
そのひとは白い口ひげをたくわえ、年寄りには不似合いな真っ赤な帽子と真っ赤な洋服を着ていた。まさに、それはボクが知っている、まさにそのひと。サンタクロースの姿だった。おかんが、そのひとから何かを受け取ると、その赤い人は忙しそうに玄関の向こう側に消えていった。
「やっぱりいたんだ!ほんとういに!」ボクは、そう想って胸を躍らせて眠りについた。
朝、目覚めると、枕元にサンタさんからのプレゼントが置いてあった。
そのプレゼントがなんであったのか今は想い出せない。
けれど、ボクの中で長いことサンタクロースは存在し続けていた。
いや、今も存在しているんだ。
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かなうならば、今度生まれ変わったらサンタクロースになりたいと思う(笑)
なぜって、一年に一回だけ大忙しのシーズン仕事で、高齢になっても誰からも求められ、そして与えれる存在。
加齢臭が漂う年代になっても、派手な服を着て、煙突から家に侵入するみたいな泥棒まがいなことをしても嫌われることも、お咎めをうけることもなく、感謝されてしまうのだから。
何よりも、子供たちだけじゃなくて、人々の喜ぶ顔に出逢えるのですからね。

「サンタさん、きてくれるかな」と、枕元に靴下を置いて眠りに着いた幼いころの友人。
朝目覚めると、靴下の中に干し柿がみっつ入っていたという。
哀しくも笑える話だけれど、靴下の中に干し柿を入れているサンタさんの姿を想像すると、なんとも微笑ましくも、せつなくもなってくる。

「おいおい、サンタさんからプレゼントがとどいているぞ。開けてみるか」
と、息子の喜ぶ顔が早く見たくて、ついぞ前日にプレゼントを開封してしまった別の友人のお父さん。もともとサンタさんが親に変装しているだけなのか、親がサンタさんなのか誰にもわからないけれど、子供それぞれに、人それぞれに、サンタさんそれぞれに想い出があるものなのですね。
                                   あなたのクリスマスの想い出は、どんなですか?                                 あなたの元に現われたサンタさんは、どんな様子でしたか?
                                 
あわてんぼうのサンタクロース
用意周到のサンタクロース
季節外れのサンタクロース
さびしがりのサンタクロース
わすれっぽいサンタクロース
時間にルーズなサンタクロース
なきむしなサンタクロース
忙しがりのサンタクロース
プレゼント準備に一所懸命で3年も、10年もかかった後に届けるサンタクロース
この世界には、いろんなサンタクロースがいるのでしょうね。

でも、どのサンタクロースも想いは同じ。

大切な誰かの喜ぶ顔がみたいってこと!

毎日がクリスマス!

「きょうは、なにかいいことあるかな?」から、

「きょうは、だれを笑顔にしようか」

そんなふうに日々生きてゆきたいものですね。



メリー・クリスマス!!



おくりものはなんにもないけれど、大好きな一冊の絵本の読み聞かせをお贈りします。
どうぞご笑聴くださいませ。





  
Posted by wonder_egg at 11:50Comments(0)

2019年12月14日

つき の うた


お元気ですか?
先日、今年最後の満月(コールドムーン)が美しい光りの余韻を残して行ってしまいました。
毎日寒さ厳しくなりますが、いかがお過ごしですか?

ますます空が美しさを増していることにお気づきでしょうか。

ボクは、ついつい寒いのも忘れて、ファインダーの向こう側に見える空の世界に心を奪われている今日この頃です。都会の片隅で見つけた「真昼の月」。まるでカクテルのように色を映す夕暮れの空。月の光を受けて唄う夜の万水川。雲の間から顔をのぞかせ白い雲に夜の虹を映す月。雪明りで富士山のように夜に光る(安曇富士)有明山。名も知らない無数の星星が今日も上空を通りすぎていきます。そして、これらの景色にカメラを向けると驚くことばかりです。
デジタルカメラを受け入れるのに、あまりにも時間を要したボクでしたが、この夜の撮影にはいささか脱帽しました。なにせフィルムで美しく星空を映すのはボクには困難なことでしたから。

近頃あまりにも星空がきれいなものだから、オリオン座を撮りたいと思い立ち、感度を上げ、三脚を据えて撮影に挑みました。何枚か撮り終えて、モニター確認をしてびくりしたものです。肝心のオリオン座が映っていないのです。三脚が風で動いたかな、ともう一度撮影してみるとまた同じこと。おや?と思いじっくりモニターを確認してみると、あった!あった。オリオン座・・・・。実は目には見えていなかった無数の星に埋もれて、どれがオリオンかわからなくなってしまっていたというわけなのです。ようするにデジタルカメラはニンゲンの目には見えないものをとらえて見せてくれるのですね。どなたも御存じなのかもしれませんが、ボクには衝撃的でした。
随分前、何かのブログで「目に見えないものを大切にする社会」と「目に見えるものを大切にする社会」と、あなたはどちらの世界観を重視して生きていますか?的なことを書いて、ボクは前者の社会の在り方が好きだと応えました。その観点から、古いものを大切にしたくて、なかなかデジタルを受け入れられなかったボクでしたが、今回のできごとを通じ、ようやくデジタルの良さを知ることができた気がします。

今、あなたの見上げている空はどんな空ですか?
そして、その空にどんな想いを映していますか?
目には見えていない、大切なものが今も息づいていますか?

すっかり寒くなりました。
御自愛くださいませ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




   
つきの うた                       *引用  作詞:MactoA より

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「どうしておつきさま あたちに ついてくるの」
まだ きいろいぼうしの ボクに こたえられなかったこと
いまなら わかるよ こたえられるよ

きみのこと だいすきなんだ
いつも どんなときでも みまもっていたいから
きょうも いるんだ きみの そらのうえ


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「どうして おつきさま ひるまなのに おそらにいるの」
こうえんの しばふに ねころんで きこえてきた かいわ
ボクなら わかるよ こたえられるよ  

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きみのこと だいすきなんだ
なんだか しんぱいで よるまで まてなかったんだ
いつも そばにいたいんだ きみの そらのうえ

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「どうして おつきさま こんやは きてくれないの」
だれかが こんやも ベッドのうえで おもっていること
ボクなら わかるよ こたえられるよ

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きみのこと だいすきなんだ けど
ときには さびしくなるんだ はなれているからね
でもね みえないけれど いるんだよ きみの そらのうえ 

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「どうして きみは そんなに とざしてしまうの」
ふたつで ひとつの いのちになることが こわいから
ボクラなら できるよ こえられる 

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ことばなんて なにもいらない
このほし(ちきゅう)と あの おつきさまと おんなじ
むすうの ほし とおりすぎても ひきよせあい ずっと そばにいる

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きみのこと だいすきなんだ
たとえば きみが やみにとざされ つかれても
わすれないで まんまる まるごと ずっと あいしてる

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わすれないで まんまる まるごと ずっと あいしてる

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わすれないで いつも きみは ひとりじゃない

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まんまる まるごと ずっと おもってる
まんまる まるごと きみを まもってる

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まんまる まるごと きみを まもってる

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まんまる まるごと いまも だいすきさ

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きみに とどけ この ひかり

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きみに とどけ つきの うた

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Posted by wonder_egg at 19:37Comments(0)

2019年12月06日

本日、安曇野は雪天なり

静寂の朝。
目覚めると、外は一面の銀世界。
とうとう冬がきてしまった。
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ひと冬を越すだけの薪はそろった。
冬服もブーツも、帽子も手袋もそろえた。
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はだかんぼさんのままの心に
これから何を着せようか・・・。

  
Posted by wonder_egg at 13:33Comments(0)

2019年11月28日

「2019’川じまい」に寄せて  〜過去に感謝、現在に信頼、未来に希望〜

北アルプスの峰々が雪化粧を始めました。
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そして今日、前山の有明山(標高2268m / 安曇富士と呼ばれています)も、うっすらと雪化粧を始めました。
*下の写真は、まだ雪が降る前の有明山
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いよいよ冬の訪れです。寒風の中、まだ十分でない冬支度を急がなくてはなりません。ボートの片づけやら薪の支度など残された宿題は山積みで、まるで夏休みの終わりがきても片付かない夏休み帳を前にもがいている小学生時代のように日々が過ぎてゆきます。
昨日ようやく、ご参加いただいた方々で、グーグルフォトでうまく共有できなかった方々にお約束の「忘れたころにお届けします。夏の想い出写真CD」を送付しました。
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そして、11月が終わる本日、ドラバーの小林さんとふたり、おごそかに「川じまい」を行いました。
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おかげさまで、今シーズン19年目のこのささやかな営みを無事に終えることができましたことを御報告いたします。

これも、一重に皆様方の応援、御支援があってのこと。こころから感謝申し上げます。

ありがとうございます。



今シーズンも多くの方々にご来場いただきました。
この19年間ずっと欠かさず来てくださっているご家族、常連となって下さっている皆様を始め、
*すべての皆さまを掲載できませんが・・・。
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14年ぶりのご家族、
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*あのおちびちゃんが、こんなに立派なお姉さんになりました。
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ハンディキャップや病気を抱えながらずっとこの機会を待っていただいていたご家族、突然の一茂様、3歳から88歳の方々・・・、
s-2019818鳥羽まゆさんs-2019818鳥羽マユさん他素敵な乗り合わせ




















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s-◎高齢者の方も一緒にご参加いたでけますs-DSC_0457



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過去最多・・・。101匹以上、たくさんの“わんこちゃん”たちのご参加をいただきました。
*すべてのワンコちゃんたちを掲載できないのが残念です。
s-誰がボートを漕いでくれるのでしょう?s-DSC_9566s-DSC_6952s-DSC_6717s-DSC_7610s-DSC_5369s-DSC_6636s-_DSC0976s-DSC_4401s-DSC_4132s-◎日頃みられない姿も・・・s-_DSC1372s-_DSC1360




















































































































































































































































































相変わらずの同じ川を下りながらも今シーズンもまた一味違った緊張感や笑顔に触れ、
>s-DSC_6757s-DSC_6698









































こうしてし今シーズンも、しがない船頭として無事に漕ぎ続けてこられましたこと。
心より感謝申し上げます。ありがとうござます!




また、去る10月13日の台風では、多くの皆様にご心配のご連絡をいただきました。
おかげさまで、ここ安曇野は難なく無事でした。しかし、みなさんと下った犀川の水が下流の千曲川に流れ込み甚大な被害をもたらしたと想うと、とても他人事とは思えず胸が痛むばかりです。何度かボランティアに駆けつけました。決壊地近隣は一階天井まで浸かり、更にひどいところは決壊した川の流れによって住宅が跡形もなく流されてしまっているような状況です。収穫期を迎えたリンゴは、樹ごと水に浸かり根元には20cmもの泥土が堆積して窒息寸前です。瓦礫の撤去やこうした泥の後始末まで、全国から駆け付けていただいている多くのボランティアさんたちによって少しずつ確かに復興に向かっております。
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ここに来られなくとも、募金をしていただいたり、長野のりんごを買っていただいたり・・、人さまざまな形で想いや祈りを寄せていただいていることに、長野県民として、“川と共に生きてきた者のひとり”として心から感謝申し上げます。重ね重ね、ありがとうございます。
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*現在、被災地域から全国に向け、出荷しているリンゴは、こうした被害から難を逃れた奇跡のりんごちゃんたちです。安心してお買い求めいただけます。




*まだまだ農業ボランティアが必要です。


お時間ありましたら、長野までお越しください。(ボランティア参加の場合は、何処からいらしても高速道路利用料金が無料です。詳しくは『ネクスコ東日本』他で検索を)



この災害を機に、
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全国の至る処で残念な堤防工事が加速することでしょう。川とても、今は「流れている」のではなくて時代の流れによって「流されている」のですね。人のそれとは逆行して、川はいつだって素直に、ただひたすらに低い処、低い処に向かって流れ流れているだけ。汚れも哀しみも嘆きすら、憎しみすらも受け入れ、それでも文句も愚痴もこぼさずに、そっと地上の生命の営みを支えるこの地球(ほし)で一番謙虚な生き物。そんな「川」が、こんなにも大暴れしてボクら人間に伝えたいことはいったい何なのでしょうか。川と共に生き、生かされて来年20周年を迎えるこの小さき営み。心新たに航海を始めるための、その集大成へのヒントがそこにあるような気がしてなりません。


これからも、ボクなりきに、浅き川も深く渡ってまいりたいと思います。
今後ともお力添えをいただきたくお願い申し上げます。

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 この災害で、1階部分全壊のご家族のおうちのお母さんが山積みとなった被災物を見つめながらポツリとつぶやいた言葉を思い出します。「物を持ちすぎたわ。哀しいけど“自然がくれた断捨離”だと思って片づけてるの」。被災ゴミの山に捨てられたいくつかの泥まみれの家族のアルバムを目にしました。
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確かに存在した。愛した証。として「想い出」があれば本当はカタチなど何ひとつ要らないのかも知れませんね。しかし、ひとは想い出だけでは生きられないもの。それも確かなことです。

昔大切にしていた、こんな言葉を思い出しました。



過去に感謝。


現在に信頼。


未来に希望!


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ボクらにとって本当に大切なもの、

みなさんにとって本当に大切なものとは、いったどんなものですか?

その大切なもののことを、

今日は何度 心に映しましたか?

どんなに小さくとも、

その「希望の光」を見失わずに生きてゆこう・・・







そこから、今夜の月が見えますか。
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https://www.youtube.com/watch?v=2LcnEuHQdKE&list=RDjAPPXzmHHuE&index=7>(三日月 - 絢香(フル)





                                 
美しい三日月夜です。
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満ちてゆく月です。
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もしも人生をやりなおせるなら

If I Had My Life to Live Over Again

                             
If I had my life to live over again,        
I’d dare to make more mistakes next time.  
I’d relax.                       
I’d limber up.                    
I’d be sillier than I’ve been this trip.
I would take fewer things seriously.       
I would take more chances,        
I would eat more ice cream and less beans.       
I would, perhaps, have more actual troubles but fewer imaginary ones.
you see, I’m one of those people who was sensible and sane,
hour after hour,
day after day.

Oh, I’ve had my moments.
If I had to do it over again,
I’d have more of them.
In fact, I’d try to have nothing else- just moments,
one after another, instead of living so many yeas ahead of each day.
I’ve been one of those persons who never goes anywhere without a thermometer, a hot-water bottle, a raincoat, and a parachute.
If I could do it again, I would travel lighter than I have.

If I had to live my life over,
I would start barefoot earlier in the spring
and stay that way later in the fall.
I would go to more dances,
I would ride more merry-go-rounds,
I would pick more daisies.



原文  Nadine Stair
(An amazing 85-year-old woman, from Louisville, Kentucky, who provided the words above after someone asked her how she would have lived her life differently if she had a chance.)

抽出: http://projectbebold.com/archives/807






ある日ポチンとへこんでいるボクに、その人は手にしていた一冊の本を贈ってくれました。その人が自らの為に買った本。大切な一冊を贈ってくれたのです。そのおかげでボクの今日があるのです。本当はいつかその人を前にしてやりたかったことを、今回はだいぶくたびれてきた一台のカメラと、安曇野の冷たい風と、ひどくお腹をすかせ手お行儀の悪いワンコを観衆にお迎えして読み聞かせを行いました。




つたない読み聞かせ、最後までご笑聴いただき誠にありがとうございます。






まだまだ失敗が足りないボクら。

まだまだ思い出に浸るには若すぎる。

どの道、人生にはふたつの後悔がつきものだから。

「あんなことしなきゃよかった」「あれをやっておけばよかった」 と。

ならば、できるだけ後者の想いを少なくして生きたい。

都合よくだれかの創った地図を頼りにただ長生きするのではなく、

少しくらい険しくても自らのココロの地図に従ってわくわくして生きたい!

この体、この時代を生きる人生は一回だもの!

そう!「もしも・いつか・どこか」 ではなく 「たしかな・いま・ここ」 から 

人生の新たな章が始まるのだと信じて。

その人が、

肩の力を抜いてゆったりと今日の風に吹かれついることを祈りつつ。

ありがとうの気持ちを込めて。

スタバにて 



  
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2019年11月22日

誰も知らない星

        誰も知らない星




北アルプスの峰々が 少しづつ厚化粧を始めています。

夜明けは深い霧と突き刺さるような霜です。
手はポケットの中です。

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透き通った空気が宇宙を透かせて、
真昼の月がそっとこちらの世界を覗いています。

暮れゆく空に 星星はそれぞれの指定席に点いて、
それは、まるであの日観たプラネタリウムのようです。

ひとつだけ指定席にいない星があります。
待ってもそこに現れないのは流れていってしまったからでしょうか。

この宇宙の扉を開ければ
探しているものはそこにあるのでしょうか。

ポケットの中から手を出して
代わりに真昼の月に向かって真っ赤なフリスビーを投げてみた。

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枯れ葉のように芝生の上に落ちたのは
お月さまの手もポケットの中だったせいでしょうか。

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お月さまだって寒いですものね。
今日もお疲れさま、どうか風邪をひかないようにしてくださいね。

やがて また暮れゆく宇宙の片隅で
空席の隣に腰を降ろして その星の名前を呼んでみる。

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星座盤にも 天文年間にもない
誰も知らない 私だけの星の名前を・・・。

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この星星の中で 一番大切な星の名前・・・・。
  
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2019年11月21日

11月23日オンエア! 志村動物園みてくださいね

さて、さて・・・
すっかり寒くなりましたがこの季に及んで、
この度、久しぶりにほんのちょこっとだけ、この営みが日テレさんの「志村動物園」で放映されることになりました。と、言ってもあくまでも船頭としてなので、ちらちらっとほんの数秒画面をかすめるだけだと思いますが、よろしければ今は遠い記憶となった想い出の場所、想い出の時間をなつかしんでいただくつもりでご覧いただければと思いここに御報告申し上げます。


11月23日(土曜日)志村動物園の午後19時オンエア 「一茂さんぽ」
日本テレビ/志村動物園⇒http://121.95.99.61/zoo/



・・・・・・・・・・撮影日記・・・・・・・・・・

★体調不良?どんなひ弱なタレントさんなの?


撮影は、去る8月28日 9月16日、17日と三日間。

初めから番組名や、お越しいただくタレントさんは伏せた形で行われました。
総勢10人近くになる撮影クルーがやってきました。それは、これまで経験したロケとは違って、その数もさることながら何よりも緊張感が高いものでした。

お天気もなんとか回復した昼過ぎ。ボクら舟のクルー、撮影クルーも準備万端で迎えタレントを乗せた車の到着を待ちました。ところがプロデューサーさんの元に一本の電話。まるで伝言ゲームで内容が伝えられるようにして、その度にスタッフさんたちの表情が唖然と化していったものです。一番最後に、ボクの元にデレクターさんがやってきて伝えてくれました。「タレントさんの体調が優れなくて、今日は撮影できなくなりました。すみません」と。この日は、結局リサーチと前撮りで、撮影クルーを乗せて舟を出しました。体調不良のタレントさん、それはいったいどんなひ弱な方なのでしょう?


★一茂さんは一茂様

16日。ついに本番の時がやってきました。前撮りの時にスタッフさんたちの会話からおおよその番組と、ご来場いただくタレントさんのことが分かっていました。せっかくだものミーハーだけど、色紙の2枚も用意しておこうと、事務所に隠し準備しておきました。

黒いウィンドマスクで覆われたハイエースが何台もやってきました。
「今日はやりますからスタンバイお願いします」と。
せせらぎの小路を歩いてくるがたいのいい青い服の大男。打ち合わせ通りにボクは、日ごろのボート準備作業をしながら、何も知らないふりをして出番を待ちました。役者さんたちの出番待ちというのは、こういう緊張感が走るのだなぁなんて考えながら。

ベースキャンプに近づいてきた青い服の大男が、ワンコのリードを携えながら表情も変えずに言ってきました。
「こんにちは・・・・」と。
ボクはすかさず「あれ、一茂さん、なんでこんなところに・・・」と、切り返して収録が始まりました。
正直言ってあまりテレビを観ないボク。事前に一茂さんとわかっていなかったら、たぶんうっかり「修三さん(松岡修三さん)」と呼んでいたに違いありません。

カメラを止めている間に、川くだりに出かける準備をすすめながら一茂さん。
「俺、川くだりとか初めてなんだよな。怖いし。寒いだろ。それに船酔いしたりしないの?」
「大丈夫ですよ。海の舟とは違いますから」と、ボク。
すると、すかさずスタッフ。
「一茂さん、あまりよくないみたいなときはすぐに止めにしますから・・・」
「そう。そうしてよ。頼むよ」
なんだかんだ一茂さんとスタッフが会話している間に、足元のクロックスの履き換えから救命具のフィッティングやらヘルメットのフィッティングを進めました。座席にもたれたままの青い王様の御召換えでした。
写真を撮らせていただく間も、色紙を持ち出すタイミングも、個人的な会話を交わす間もなく時が流れて行ったものです。

ボートが岸を離れると、いつもの旅番組の撮影の時のように解説を始めるとデレクターさんがボクに向きなって唇の前に指を一本立てました。「しゃべらないでください」という相図でした。この番組は、どうやらこれまでのものとは趣旨が違っていることに気がつきました。そして、もうひとつ気がついたのでした。
ボクは今、ひとりの船頭に過ぎないことを。
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今シーズン多くの参加者を陥れ、楽しませてくれた中州の底なし沼に彼を陥れることには失敗しましたが、一茂さん、スタッフの予想以上に(保護犬)ゼーレとの川旅を楽しんでくれたようです。
日ごろハワイの海を愛する一茂さんには、ここの川の水はあまりに冷たかったのでしょう。ボートを降りると「お疲れ様」の一言もなく、大急ぎで黒覆面のハイエースにそそくさと乗りこみました。
一茂さんは、やはり噂に聞いた一茂様でした。

先に東京へと向かう一茂さんを乗せた黒覆面のハイエースが見送るボクの脇で動きを止めると、黒マスキングの窓が空きました。思いがけずひょっこり顔を出してくれた一茂様。
「楽しかったよ。お疲れ様。ありがとう!」
今日初めて見た王様の笑顔にほっと肩をなでおろし、救われた気持ちになったものです。
窓から出てきたでっかい手で握手を交わしロケは無事に終わりを向かえたのでした。
「さぞ冷え、さぞお疲れになったことでしょう・・・・」

後日、ADさんからの電話。
『一茂さん、「車の中でもう少し安曇野にいたかった」と言っていたそうですよ』と伺いました。


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★保護犬ゼーレ君の犬生、新飼い主Kさんの人生

「ロケ中はゼーレ君とは会えないし、写真も撮ることができないのですよ」
と淋しげなゼーレの飼い主さん、Kさん。
翌日はジュリアンとゼーレ君の出逢いのシーンを撮り直してから、本当の飼い主Kさんとゼーレ君、デレクターさんたち数名を乗せて下りました。
Kさんに甘えているゼーレ君。昨日とは違ってはしゃぎまわっていました。
一茂さんがボールを投げてもなかなか興味ももたなかったゼーレ君。水辺の棒っ切れに向かって走る走る。川にも飛び込む。底なし沼にもはまる。楽しくひとときをすごしました。
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今回でゼーレ君と一茂さんの旅が終わるということを知りました。
打たれ、閉じ込められ、食べ物もろくにもらえず虐待を受けて辛い犬生を送っていた保護犬ゼーレ。
よくみると顔やお腹にたくさんの痛痛しい傷が残っています。この志村動物園のおかげで、犬生が好転したことでしょう。そして、何よりも飼い主さんとなったKさんの人生も思いがけず好転したということです。
Kさんとゼーレのお幸せを心から祈るばかりです。


肝心の一茂様とゼーレ君・・・。
どんな深いつながりができたのでしょう。




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一茂様、スタッフのみなさん、Kさん、ゼーレ・・・。お疲れさまでした。
そして手を振り見送って下さったお客様、陰ながら力を貸していただいた仲間、ドライバーのKさん、伴漕艇を出してくれた友人S君、いろいろ相談にのってくれたAさんのご協力に感謝申し上げます。ありがとうございます。




なお番組では、ゼーレ君にリードをつけっぱなしです。制作側の要望で、社会理念上そのようにせざるを得ませんでしたが、一般参加のわんちゃん方々には基本的には安全上、ボートの上ではノーリードをお勧めしております。リードがついたままの落水、転覆が一番リスクが高いと判断してのことです。

  
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2019年11月13日

万事福治   〜週末介護つれづれに〜

「あのな、くまさん。この世の中に、要らない生命(いのち)なんてただのひとつもないんやで。にわとり一羽、ありんこ一匹やって・・・、みんな必要とされて生まれてきたんやで」

 小さなキャンピングカーの中で大きな金剛仏像を拝みながら、毎日お念仏を唱えながら暮らしていた御近所のHおばちゃんの言葉だ。コリアンなまりの大阪弁。もう十年以上も前に耳にした言葉を、ボクはふいに想い出していた。

いつも陽気でポジティブな父。
認知症に加えて近頃、視覚障害をおい、生きることに少し弱気になっている。
「こんな誰にも役に立たない男は、生きていたって仕方がないなぁ・・・」

そんな父の、いつもの週末介護。

父:「俺はいくつになったんだ?」
ボク:「120歳」
父:「バカこくんじゃない。いくらなんでもそんなに生きられない」
ボク:「ほんとうは102歳」
父:「えー、そんなに長く生きたかぁ? 昭和6年9月生まれだぞぉ」
ボク:「じゃあ、いくつくらいだと思っているの?」
父:「そうだなぁ、82歳くらいか?」
ボク:「ブブー。残念。米寿でした」
父:「はち・はちか。蜂ぶんぶんだな」

 こんなやり取りを一日に何十回も繰り返している。
父が認知症を患ってから18年になる。記憶と視力はてんでダメだけれど、体はいたって健康である。

 特に、歯が丈夫である。未だに日々の咀嚼を自前の歯で行っているのだ。入れ歯が一本もないのだ。
「6男4女、10人兄弟の9番目だったから、いわしの(身ではなく)骨をいっぱい食べていたからな」だと本人は言う。確かに骨太だけれど、それだけではない気がする。

 父の歯が、今日までなぜに健康な状態を保ってきたのだろうかと、以前から日ごろのデンタルケアを観察している。歯磨きは、朝食後に一回のみ。その他に歯のケアらしきことはしていない。けれどなぜに88歳のその年齢まで自前の歯で食生活が送れているのだろうか。
 それは何気ない父の生活習慣の中に隠されていた。父は毎食後、無意識に必ず水分を口に含むと軽く1、2回クチュクチュと口をゆすぐのだ。水分とは、お茶だったり、薬を服用すための水だったり、朝のコーヒーだったりする。食卓で口をクチュクチュなんて下品な行為かもしれないけれど、ボク的には、どうしたってこの行為こそが父の歯の健康長寿の秘訣だと確信している。

 耳も、歯も、身体も丈夫な父は医者いらずなのだけれど、眼科だけは長いお付き合いをしている。 
先日眼科に同行診察に出かける車中でのこと。いつもの調子。

父:「俺はいったいいくつになったんだ」
ボク:「32歳」
父:「バカを言うな。いくらなんでもそんなわけがない」
ボク:「88歳」
父「そんなに生きたかぁ。そりゃえらい長生きだなぁ。ありがたい。ありがたい」

 父は、いつもどんな状況でも感謝を忘れない。なにかしらのストレスを抱えて脳がパニックに陥っていない限り怒りを露わにすることも徘徊することもないのだ。
 昨年おかんが亡くなった折、初めの2か月ほどボクらは父にそのことを正直に伝えていた。そのうちに最愛の人が亡くなったことを認知して落ち着くだろうと思っていたからだった。ところがだ。それまでなかった徘徊行動が始まり、挙句の果てに行方知れず。あわやのところで警察やらご近所さんにお世話になって大事に至らずに済んだのだった。以来親族一同、一丸となって父にはおかんの逝去のことをひた隠しにしている。
「おっかぁは何処いったんだ」
 ときどき母のことを思い出しては、寂しそうに尋ねてくる父。ボクらは口裏を合わせて哀しい嘘をつき通している。
「きょうこさんは入院中。いつもの喘息治療と歩行のリハビリをしているから家にはいません」
「そうっか。元気か。生きているか」
「生きてるよ。生きてるよ」

 それからというもの父の徘徊はすっかりなくなった。
一難去ってまた一難。徘徊騒動が収まったと思ったら今度は眼が見えない。点眼治療の成果も空しく、眼圧が上がり緑内障によって左目、最近になって右目を失明してしまったのだった。先日もお気に入りのデイサービスの外出の折に、皆で紅葉見学に出かけたというのだけれど、父の心にどんな景色が映ったことだろうかと想うと、ちょっと切なくなる。
 光を観ると書いて「観光」だけに、光の観えない視覚障害の方々の「観光」とはいったいどのようなものなのなのだろうか。
「楽しかったみたいよ。第三の目が開いたのかしらね」と、姉。


 そんな父に、眼科までの道中でこんな問いかけをしてみた。
ボク:「おとん。健康に長生きできている秘訣はなんだい」
 間髪入れずかえって来た、父の応えにボクはまた目から鱗だった。

父:「それはだな。他人の悪口を言わないことだ。想うのもよくない」

 あまりに意外な応えだったからだ。
ボク:「どうして」
父:「人さま誰にもみんな、それぞれ事情ってものががある。だから悪く想う必要もない」

 考えてみるとボクは生まれてこの方、父が誰かの悪口や愚痴をこぼしているのを耳にしたことがない。どこまでも深い人間愛に満ちた父を実に誇りに想った。


 眼科の診断はやはり頼りの右目も失明。
「認知太郎(認知症)で頭はダメだし、眼もダメじゃあ、もう生きている価値もないな」と、父。
 先生も息子のボクも励ましの言葉をさがしていた。ひらめいたのは父の方だった。
「そうは言っても、こうやって生きているだけでもありがたいなぁ。奇蹟が起きて、また見えるかもしれないですよね、先生」
 先生はボクの方を見ながら首を横に振りながら、やさしく応えてくださった。
「そうですね。奇蹟がおきるかもしれないですからね。これ以上ひどくならないように治療を続けましょう」
「それで、先生。わしはいったいいくつになるんだね?昭和6年9月生まれ」
「88歳ですよ」
「そろそろ、俺はウンたろう所(トイレ)へいかなければなりません。お世話になりました」

 と、まあ父はこんな調子の人である。
その名前は「福治(ふくじ)」。”産めよ!増やせよ!”の国家政策の折、多産の最後の子供の予定として生まれてきたから、「福に(産み)治める」という意味で名づけられた名前らしい。ボクが子供だった頃、「福治なんて」なんか昔の変な名前!と思ったけれど、今は父の生きざまにも名前にも頭が下がる。その生きざまは、自らを認知太郎と名乗り、認知症を認知し、最愛の妻に先立たれても理解できず(いや、理解しようとせず、いつかの帰りを待ちわび)、視力を失おうとも、それでも生かされた命に感謝してあるがまま・・・・。時に笑いと、おならををもたらしたかと思うと、ぽつりと胸に響く言葉をももたらす。
全身全霊で息子のボクに自らをさらけ出して、「生きるとは何か」を伝えようとしてくれている気がしてならない。

それは「万事福治」ということ。
万事(すべての事)が福に治まるということ。
「スベテハ ウマクイッテイル」ということなのだ。

 まだまだ父から学びたいことはある。要らない生命なんてやっぱり何処にもないにきまってる。
父が眼科のウンたろう処に出向いている長い時間、ボクはそんなことを考えていた。

 それにしても、父の心に映っている息子の姿とは、いつの、どんなボクの姿なのだろうか?
あの人、その人、そのわんちゃん、その景色・・・。
一瞬一瞬の出会いの中で、しっかりと焦点を合わせて心のシャッターを切っていこう。
どんなに遠く離れても、瞳を閉じれば、大切なその人が見えも、聴こえもするように。

 トイレにお迎えに出向くなり
「俺は、いくつになったんだ」と、父。
 その質問、本日32回目。
 生きている。ただそれだけで、毎度おおきに・・・・。


 さてさて「私」というこの生命。これから誰の何のお役に立てるだろう。
 「あなた」というその生命。それは、かけがえのないとても大切な生命。
 忘れないでいてほしい。

 どんな屈強に立っても、『万事福治』 ということを。








  
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2019年11月11日

千曲川氾濫被災地へ ァ  漸鸛曄

川はやさしい。
こんな私を何も言わずに大腕を広げ受け入れくれる
ゆりかごのように小舟を揺らし、
子守唄のようにせせらぎ唄ってくれる 

川はやさしい                       
山を、海を、世界を、宇宙を旅した話を聴かせてくれる                              
わたし達がまだ人ではなかったとき、
一日だって離れることなく寄り添って生きていた遠き日々の話を聴かせてくれる

人と川の間に隔たりはなく言葉を交わせた時代       
その記憶を内包しながら川は今日も生きている
その記憶を内包しながら人は今日を生かされている

私たちはこんなにも器用に
言葉の壁を越えられるようになったというのに
宇宙へとつながる大気の壁すら超えられるようになったというのに                           
どうしてだろう
川との壁は高く厚くなってゆくばかり

川だってさびしい
コンクリートで自由を奪われ孤独な旅でも
涙をぐっとこらえて海へと向かう
だけどついこらえきれなくて幼子のように暴れ狂い泣き叫ぶ                                 
もう誰の耳にも川の声は届かない           


人は想う。
怖ろしいことなど忘れてしまいたいんだ、と。

川は想う。
私があなたを忘れてしまうことの方がもっと怖いんだ、と。
この流れがやがて止まり乾いてしまったとき
あなたと私
そして、この地球(ほし)の終わり

世界が砂漠と化し、残った一滴
それは地上の最後の涙
大切なものを失ったときに初めて人は気づく
やさしいものは みんな怖いんだ、と。



  
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2019年11月07日

千曲川氾濫被災地へ   〜被災者の声 「水には勝てない!」〜

                 ハザードマップがあっても やっぱり考えられない出来事


10月22日、2度目のボランティアに出向いた。
ラジオで、連日全国から多くのボランティアの方々が駆けつけて下さっていることを聴く。
故郷長野のために、本当にありがたいことだ。
考え方を変えなければならない。故郷は、この日本そのもの。この地球そのものだってこと。
自分の家がピンチの時は誰だって仕事を投げ出してでも救済に駆けつけるだろうに・・・・。
みなそれぞれの想いと、長靴、角スコップ、ゴム手袋・マスクに防護メガネを抱えて駆けつけて下さっている。
多い日にはボランティアさんの応募が5000人を超え、ボランティアセンターが混乱に陥り、一時ボランティアさんの受け入れが困難になったという。集積場に軽トラの渋滞ができて活動が困難に陥ったとも聴いている。
だからボクのような自営業者は、あえて平日ボランティアに徹しようと考えている。

今回の派遣地は、豊野地域。角スコ部隊は5人ひと組のチームになって派遣地に移動するけれど、軽トラひとり参加のボクは、ひとりで現地に向かう。豊野といえば、千曲川が決壊し一番被害が大きかった穂保(ほやす)地域からわずか下流で、浸水被害が一番大きかった地域だ。何度も報道された新幹線水没現場(赤沼)の辺り一帯だ。災害当日から一週間が経過していたので、辺りに水は見当たらず、信号も作動して、ものものしさも治まっているかのように見えたけれど・・・・。一度、現場に入ると災害の傷跡が生生しく視界に飛び込んでくる。思わず軽トラのハンドルを握りながら、胸が締め付けられるような想いが込み上げてくる。多くのボランティアの力で泥はかき出されていても、なんとも言えない汚泥の臭いと埃りが立ち込めている。


よく知っている処だけに、ただただ、考えられない! まるで現実とは思えない風景が続く。



長野市豊野地域。昔からたくさんの「りんごのもぎ取り体験」の場所として有名なアップルライン(国道18号線)と呼ばれる道路。子供の頃、よくリンゴ狩りに来たところだ。そこから一歩路地に入ると銀行、支所、交番、住宅、学校、ショッピングセンターやらが立ち並ぶ。みんな自然災害がもたらした大きな水たまりの中にあの日、水没した。水が引いた今、なにもなかったかのように静まり返っている。
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介護老人施設から運び出された被災物。完全に水没したピアノ。再び音を奏でることはないのだろうか・・・。
被災物は、やがて「被災ゴミ」と名前を変える。そのひつつひとつに深い想い出が刻まれているに違いない。
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水没したリンゴたちが、そこらじゅうにに散乱している。
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数ある種類のりんごの中でも、一番稼ぎ頭の「ふじ」と「シナノゴールド」の収穫時期と重なった。枝枝が折れ、木も実も赤茶けた泥がこびりついている。
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川の水は軽トラの屋根よりも高く浸水した。
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りんご畑には処によっては10cm〜20cmの泥が堆積してしまっている。泥の除去、土壌洗浄、苗木の洗浄など、問題・課題は山積み。
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                    自然のダンシャリ

                    



豊野支所前に開設されたボランティア集約所に行くと、白板に地域住民から寄せられてニーズが目いっぱいに記されている。今回ボクが任されたのは「ゆたかの地区」という処。「ここの地域の土嚢を運んびだしてください」とのこと。
支所からすぐの新興住宅地。
いってみると、きれいな家ばかりが並んでいる。ボランティアさんたちがちらほら居て、泥のかき出しやら葉がした壁材の運びだしやらを黙々と行っている。ひとり出動のボクは軽トラの前面に「ボランティア車両」と書かれた看板を上げて指定地区をゆっくりと軽トラを走らせる。前回のように個人宅ではないので、どれが土嚢なのか、それらしきものを勝手に運んでいいのやら、どしたものか困惑する。
いっそスピーカーでもつけて「えー、土嚢集めにまいりました。御不用の土がありましたらお声掛けください!」と廃品回収業者まがいのことをしたくなる。

道端に放りだされているそれらしきものやら、そのものを運んで3回集積場を往復したところで土嚢らしきものが見当たらなくなった。さて。どうしたものか・・・。

辺りを見渡せば、ボランティアもなく黙々と荒れた家内を片付けているご家族と一瞬目があった。
「何か、お手伝いしましょうか?」
「助かります。では、庭先のこれらを運び出して持っていってくれませんか」と、御主人。眉間に深いしわが入って笑顔を忘れた疲れた表情だった。家の中を少しのぞかせてもらうと、一階部分は壁が一枚もなくなっていた。聴くと、天井すれすれまで水が入ったのだという。濡れ汚れたホワイトボードは壊さざるを得ないのだ。ベッドやテーブル、椅子、奥様が以前使っていたというリラクゼーションサロン用の施術台なども泥だらけ。
「これも、これも持って行ってください」
「これも、なんとかできるといいですけどね」と、お母さんが、指さす方向を見ると・・・。
何やら四角いものがひっくり返っている。

「物置が浮かんで、流れて、ひっくりかえって空を見上げちゃったのよ。
浮き上がってひっくり返って隣の敷地の倉庫に突き刺さってしまったの」

「物を持ちすぎたから、これは自然がもたらせたダンシャリと思うしかないわ」

緊迫した状況の中で、お母さんの言葉の表現にどれ程救われたことだろう。
しかし、もうひとつの心中は、

「この家を建ててくれたのはお父さん(旦那さん)だから、その気持ちを考えると辛いですけど・・・」

である。すべての家財が泥に埋もれてしまっても、家族の『愛・絆』は、けっして埋もれはしないのだ。
人は「家」で生きているのではなく、「家族」によって生かされているのだ。
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                       水には勝てない


被災地に行ったら、どうしても聴いてみたいことがあった。
川に対する想いだ。この機会に聴いてみようと尋ねてみた。
「今、川に対してどんな想いが込み上げてきますか?」
お母さんは、しばらく考えると、すこし強い口調できっぱりと応えて下さった。

「水には勝てない!!」

川ではなく、水。
避難警報が出たのは、午前12時ころだったいう。1階にあったパソコン2台と貴重品数点を念のため2階に上げて、おやつを持って軽い気持ちで避難所に一旦避難
したけれど「大丈夫だろう」と帰宅したのだそうだ。眠りに就こうと2階で過ごしていると、夜明け方、5時だったか、6時だったか・・・・。半鐘やらアラームやら、避難警報やらがけたたましく鳴ったのでテラスからまだ暗い、遠くを見渡すと・・・・・。

「ねえ、あっちから光るものが流れてくるけど・・・」
「ビニールハウスjか何かが風に舞っているんじゃないか」
「でも、まてよ。どんどんこっちに近づいてくる!!」

「あれは、水だ。水が押し寄せてきているんだ!急いで、急いで車に乗って・・・」

どうやらこの時、千曲川決壊情報は地域に知らされておらず、ご家族自身が2階からの目視で始めてこの非常事態に気がついたとのこと。大急ぎで車に乗り込んで高台の方に避難し、命拾いしたということだという。
水はただひたすらに低い処、低い処を目がけて流されるまま流れ下る。まさに人の生き様とは逆行しているのだけれど、そのことがどれ程強い力を帯びていることか。自然はいつだって無口だけれど、態度で示す怖さを備えている。お母さんの言った「水には勝てない」という言葉の奥深くには、そんな意味が含まれているのではないだろうか。




                      最新式の落とし穴


家財を運び出しているときに、道を挟んだ御近所さんのお宅が目に入った。立派な大きな、モダン住宅。同じ地域なのになぜか家がきれいなままなのだ。片づけている様子もなかった。でも、それより何より自分の目を疑った。なんだか家が傾いているように見える。ピサの斜塔みたいに・・・。自分の目がおかしいのかと思った。よく見てみると、家はそのままでも基礎土台ごと地面から持ち上がってしまっている。どうして、こんなことになってしまったのだろう。

これは、不動産を扱う友人の推測なのだが、最近のアルミサッシは密閉性がいいので家内には水が浸入しなかったものの、その分空気の箱と化した建物が基礎ごと舟のように水に浮かんでしまって、このような事態に陥ってしまったのではないか、ということだ。最新式、最先端の物にも、こんなふうな思いがけない落とし穴があるのだ。なんとか元の地面に着地して、復元できる方法が見つかることをお祈りするばかりだ。

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                  ひきこもっている場合じゃない
         

被災品を運び出しているときに、ひとりの青年と目が合った。
ボランティアさんかな?と思ってボランティアの名前シールを探したけれど見当たらない。
と、するとこのお宅の息子さん。あまりにも背が高い美青年なのでつい見上げて失礼ながら余計なことを尋ねてしまった。

聴くと身長は190cm、23歳だという。
名前を訪ねると、
「ど、どもるから。こ、こたえたくないです」と。
「どもっていても、ちゃんと応えられているじゃない。心配しないで」
「T、Tです」
「ボクは吉沢です。よろしくです」
そうやって、ふたりで庭先の重い荷物を一緒になって運んだ。あまりにも細い腕だけれど、ひとりよりふたり!やっぱり力強い。ありがたい。

「ひきこもってばかりなのですよ。だから白くて、細くて・・・・。ボランティアにでも行けたらいいのですけどね」
お母さんがぽつりとつぶやいた。やはりこのお宅の息子さんであった。

でも、こんな有事の時にはちゃんと動けている。やっぱり家族っていいものだなって想うと同時に、この災害でやむを得ずにん外に出ざるを得なくなったひきこもりの方々のことを考えた。

「ひきこもっている場合じゃない!」
自然が彼らを外へと誘ったのだ。
失った物は計り知れない。しかし、その中に得たものもきっとあるはずだ。
日ごろ一歩前に踏み出せない誰かを、この災害が、少しだけ前向きに歩きだせるきっかけとなってくれたならいいのにな、と。

機会が巡ってきたら、ボクの軽トラに彼を乗せて他の被災地に行くのも悪くないな。
などと想いながら、この日の作業を終えたのだった。





  
Posted by wonder_egg at 20:31Comments(0)

2019年11月01日

千曲川氾濫被災地へ◆~溺れている奴はどんな奴でも助けなきゃならない〜

人生は物語に満ちている。
例え、いても立ってもいられず何気に駆けつけた被災地ボランティアの現場だったとしても、そこには見えない力が働いていて、思いがけない出会いがある。

10月17日。ボランティアの受け入れ態勢が整ったことを知ったボクは、人生初めての公共ボランティア活動に臨んだ。


事前に友人から「軽トラックが足りないらしい」と情報を得ていたので、軽トラで被災地に向かうことを決めていた。軽トラは主に薪ストーブの燃料を運ぶために、この安曇野の田舎では何かと重宝な車だ。しかし、仕事で日ごろ必要な送迎用のハイエースの車検の折、借りていた代車をぶつけてしまい思いがけない痛手をおったので、どうしたって現金が必要になっていたボクは思い切って軽トラを売るつもりでいた。そんな折の、千曲川の氾濫。思いがけないところで軽トラが役に立つことが判明して、たとえ少額でも現金を手にすることを棚上げして現地に向かうことにした。

ケガと弁当(水分)は自分持ち。交通費も自分持ち。このほかに長靴とゴム手袋、マスクと防塵メガネ、手ぬぐいとスコップ、ロープを軽トラに積み込んだ。




  <耳より情報!  ~ボランティア車両 高速道路無料通行~>

   後から知り利用しましたが、2019年7月から制度が変わりわりと簡単な手続きで、居住地から被災地までの高速道路利用料金が往復無料になります。詳しくは以下。

*NEXCOの情報ページ (申請書ダウンロード)ご婦人の
災害ボランティア車両の高速道路の無料措置について





                  いざ、被災地へ


長野市社会福祉協議会が総括しているボランティアセンターに出向いて、簡単な手続きを済ませると、レクチャーを受けた後、被災物を運び出す依頼のあった担当地域に移動する。担当地域の支所で、更に被災地からのニーズに応えるべく活動場所が決まる。ボクの人生初の公式ボランティアの場所は、長野市篠ノ井の御幣川(おんべがわ)という地域。簡単な住宅地図を頼りに、ニーズのあった個人宅に向かう。この地域は千曲川の決壊現場からは程遠く、あまり報道では伝えられていない地域。昭和時代の集合住宅地の中にいくつもの新興住宅が建ち並んでいた。それぞれの住宅には、こんなポンコツ軽トラが恥ずかしくなるようなハイブリッドな車が何台も停められている。よくみると、家の軒先やら片隅に家具や調度品が不自然に置かれていて、ところどころの地面が白くなっている。土壌細菌の発生を抑えるための消石灰だ。それ以外に目立って大きな被害の爪痕は見受けられない。このような場所で何のニーズがあるというのかのか。
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                赤だから捨てるな!?


ご依頼のあったMさん宅がなかなか見つけられずにいた。Mさん宅を尋ねようにも人気がない。支所からいただいた地図を頼りに探すがそれらしい表札が見つからない。ようやく黙々と家財を運び出しているご婦人方を見つけて「ボランティアに来たものなのですが・・・。このたびは、たいへんでしたね。」と、お見舞いを申し上げた上でMさん宅を尋ねると「奥まったすぐそこだよ」と教えてくださった。夫人は「この辺りは、みんな床上よ。この車も、あの車もみんな水に浸かってしまって、もうあれもこれもただの鉄くずなの。こっちはひと月ほど前に買ったばかり。こっちは車両保険に入ってないからどうにもならないの」と、新品のハイブリッド車と軽トラを指さした。水が引いた今となっては表面的には目立った被害はないようにみえるのだけれど思いがけない大きな被害を負ったのは確かなこと。御幣川地区、みこと川と地籍にふたつもの川の名前が刻ままれているこの地帯だけれど、千曲川までは数キロ離れほど遠いので、まさかこんな処に川が溢れるなんて誰も考えもしなかったであろう。どうやらこの辺りは千曲川の増水による直接被害ではなくて、千曲川が増水して水の壁ができ、本流に流れたくても流れることができなくて後戻りをして溢れだした(バックウォーター現象を起こした)支流が内水氾濫を起こし被害を受けた地域と推測できた。


ご婦人の家から二軒隣がMさん宅。新しく建て直した住宅地から少し奥まった処に表札を見つける。
玄関の扉が開いたまま。「こんにちは、ボランティアにきました」と声をかけると、洗濯物を抱えた小柄なおばあちゃんが現れた。見ると、廊下は洗濯物の山、また山々。「床上まで水がついて、家中が泥だらけなの」ライフラインには問題がなかったとのことで、被災依頼ひたすら家の中の泥だしと、洗濯に追われているのだという。ご依頼は外に流れ着いた漂着物やら、濡れて使い物にならなくななった家財の片づけと引き取りだった。
「すまないですね。うちは年寄りふたりだから助かるわ」と裏庭に案内していただいた。どこからか流れつた木片が物置にへばり付きている。浸水した物置の中にあった本やら衣類、家具やら工具、古い新聞が泥にまみれて辺りに散らかっている。姉の一大事にお手伝いに駆けつけた、80歳のおばあちゃんが、黙々とそれらを袋に詰めている。それらを軽トラに乗せて集積場に持っていくのがボクのボランティア活動初仕事。

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玄関先の壁に、くっきりと浸水跡が残っている。

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「この辺りの物、あれもこれも片づけていってください。みんな濡れてしまったから」庭先の鉢植え、古タイヤ、角材、波板、金物・・・。被災ごみというより、どちらかというと日ごろから捨てられなかった生活ゴミにも見える。黙って笑顔でニーズに応え、言われた通りに次から次へと軽トラに積み込む。ボクがなんとはなく、裏庭の片隅で泥に埋もれた鉄くずに手をかけた時だった。
どこからか男性の太い声が聴こえてきた。
「・・・・は捨てるな!!」
鉄くずを抱えて顔を上げると、小窓から白鉢巻の男性が怖い顔をしてボクをにらみつけていた。
「赤は捨てるな!!」男性は、そう言っていたのだ。
「これですか?」
「それは、赤だから捨てるな!いつか、使うからな」
「はい。すみません。ではここに置いておきますね」
赤とは赤鉄のこと。銅のことらしい。古いエアコンのダクトホースか何かだ。
物のなかった時代の人たちには貴重な一品。銅は高価なものだ。
おばあちゃんが、あきれた様子で小声でつぶやいた。
「もう歩けないのに、まだ何かできると思っているんだから。そうやってなんでも取っておいたら、こんなになっちゃったのよ」
ボクが他の鉄の塊に手をかけると「それも、赤だぞ」と、男性が声を荒げる。
一通り作業を終えると、おばあちゃんが缶コーヒーを持ってきてくれる。被災地で頂き物をするのは心苦しいけれど、ありがたく頂くことにした。
小窓の男性をチラ見して、顔をのぞき込むと白い鉢巻が鉢巻でないことに気が付いた。それは汚れた包帯だった。顔にもまだ生生しい傷跡がうかがえる。男性は、転んだに違いない。にらんでいたのではなく、自分がこの非常事態に手も足も出せないからもどかしいだけなのだ。


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           出会い・小さいボートの船乗りと大きいタンカーの船乗り


「転んだんですか?」
「ああ。ひどいもんだ」
小窓際に近づいて声をかけると急に表情が緩んだように見えた。
堰を切るように言葉が溢れだした。あの日の夜明け、寝室に水が流れ込んできて、大急ぎで不自由な足で非難を試みた折に転んで頭を殴打したというのだ。翌日、病院に行ったのだけれどたいした処置もしてもらえず、帰宅させられたことに腹を立てているようだった。生命に支障のない傷に、被災地医療では時間をかけてはいられないのであろう。傷も痛痛しいけれど、その対応や、この思いがけない自然災害に心の傷が癒えていないのだと気が付いた。延々と男性の愚痴があふれ出すので意図的に話題をそらしてみた。
「あの、ボクは安曇野から来ました。川下りの船頭をしてます。安曇野知ってますか?」
途端に男性の瞳が輝いたかと思うと、小窓から身を乗り出した。
「おお。船乗りか!そりゃ奇遇だ。同士だな」
「えっ?」
「まあ、俺は海だがな」
おばあちゃんが、横から小声で教えてくれた。
「タンカー乗り。遠い昔の話よ」
「航海士の学校出てから50年も乗ってた。20tタンカーで石油やらを運んで、外国航路を回っていたもんだ。機関士だ」
それからというもの、タンカー乗り時代の話が延々と続いた。20tもあるタンカーを、わずか7、8人の乗組員で操船していた時のこと、厳しい航海士の学校時代のこと。もうそこには傷を負ったいじけた84歳の男性はいなかった。聴くことも重要なボランティア。初めは同情的に耳を傾けていたボクはいつしかすっかり男性の話に引き込まれていた。しかし、どこかで切り上げなければならない。この地域に初めてボランティアが来たことを知り、ご近所の方々が「うちもお願いします」と、声をかけてきてくださったのだ。30分も時が過ぎただろうか・・・。時計を気にするボクに、男性が力強く語ってくれた。

「いいか、兄さん。航海士はな、いくつか絶対に守らなければならない約束があるんだぞ。知ってるか?」
「いいえ」
「それはな、海で溺れている奴はどんな奴でも助けなきゃならないっ

てことだ。溺れている奴が、たとえ敵兵でも罪人でも見捨てちゃいけない。

川もおんなじだろう?!わしも昔は小型救助艇に乗って何人も救ってきたものだ・・・」

男性の言う、「海で溺れた奴」がボクには ” 災害で困っている人はもちろんのこと、この世界で溺れている人 ” のように聴こえてならなかった。きっとボクはここ来たのではない。見えない力に導かれて連れてこられたのだ。募金できる経済的な余裕はないけれど、軽トラと体力と、ここに来られる時間があることに感謝した。いつまでも男性の航海の話を伺いたかったけれど、次の依頼場所にいかなければならない。
「そろそろお隣のKさんの家にいかなきゃなりません。この話の続きをいつかまた聞かせてくださいよ。だから、これからもお元気でいてくださいね」
小さいボートの船乗りのボクと、元大きなタンカーの船乗りの男性。
「兄さん、今日はよく来てくれたなぁ。ありがとう」
ボクらは固い握手を交わして笑顔で別れた。





                 想いは、重い     
            

タイヤがぺちゃんこになった軽トラで被災ごみの集積場に向かう途中、
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ふいに先日テレビで目にした国連会議での16歳の少女の叫びが胸に落ちてきた。










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ここに積まれているもののどれ程が、ボクら人間が生きていくのに本当に必要な物なのだろうか。
そして、棚上げしたままのボクの代車修理(自分の車両保険に入っていなかった)の支払問題もまた、日常の中で積み上げられたまま未だ答えが出ないまま・・・。濡れた畳の重さを感じながら、自らの今と世界の今に、想いはめぐる。




       次のボランティア派遣先は、千曲川決壊によって水深3Mを超えた被災地へ





                                   つづく
  
Posted by wonder_egg at 20:22Comments(0)

2019年10月31日

センチメンタル スカイ

タブレットの画面を なぞるみたいに
指先で そっと
夜空の星星を 並べ替え
誰かに メッセージを届けられるなら
今日の 夜空を 届けたい

センチメンタル スカイ
宇宙は いつだって こころを 映す

あなたは 今 
どんな 空を見ていますか


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                         (10月31日 ハロウインの夜・ふと見上げた空に、ウインクムーン)



宇宙に 祈りを 込める
おだやかな 夜が
どうか あなたを 温かく包み込んでくれますように







































  
Posted by wonder_egg at 19:53Comments(0)

2019年10月23日

ANYWAY (でも とにかく) 〜 千曲川氾濫被災地へ   繊  

 今日も大雨。千曲川の水位がまた上がり始めています。
せっかく乾き始めた搬出物の土嚢、畳や壁材、じゅうたんや布団、衣類や本がまたずっしりと重さを増したことだろう。あの重さや辺りに立ち込める”し尿”の臭いや、埃っぽい空気感は現地に足を踏み入れてみないとわからないものなのです。

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(写真)野球場、公園、憩いの広場、池、いたるところに被災ごみの山、また山。水と泥を含んだ家財は重い。

こんな雨の日は、被災地での支援活動もお休みとなるのです。

*長野市災害ボランティアセンター  https://www.facebook.com/naganoshivc/


とはいえ、被災された方々には心も体も休まることもないでしょう。心からお見舞い申し上げます。
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(写真)千曲川決壊地にほど近い長野市豊野近隣 収穫直前のふじりんご。果樹園は壊滅的。
     住宅地に2メートル近い水が流れ込んだ。ショッピングセンターも役所も交番もみな、水の底に浸かってしまった。千曲川からはほど遠く(歩いたら20分はかかるだろう)、日ごろ穏やか住宅地なのに、考えられない。
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・・・・・・・・・・・序章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 先日、人生初めての災害ボランティア活動に臨んできました。正直いって「ボランティア」というのが、どうしてかボクの中で腑に落ちなくて、これまで正式にそのような活動に参加したことはありませんでした。「そんな暇ないし」とか「偽善的な自己満足」とか「誰かがやってくれる」とか「たいした役に立たないだろう」のような否定語が先に立ってGOサインのじゃまをしていたのでした。しかし、今回はそんなことを考えている間もなく即行動に出たのでした。いや、出ずにはいられなかったのです。どうしたって「やらせていただきたくなった!」のです。
「やってあげたい」ではなく、「やらせていただきたい!」スイッチがONになったのでした。

 ボランティアに参加するか、しないかは、全く個人の自由。自由だから基準もへったくれもないのです。参加できない人は、祈ることだけでも十分なのです。へったれがないから、何かできることはないか?と、ざわざわする方もいるでしょう。そうこうているうちに、時の流れの中でちゃんと事は鎮まっていくのです。311の時もそうでした。祈りは届くのです。しかしボクには、この健康な身体で瓦礫ひとつ運び出せなかったことの後悔がいつまでも置き去りのままでした。それからというもの、頭で考えるのではなく、とにかく直感的に動き出せ!と、自らに言い聞かせているのです。

 先日までのボクがそうであったように、いまだに「ボランティア」というものに違和感を抱き、踏み出せない方がたくさんいらっしゃるのではと思います。ですから、それが、いかなるものなのか? 一緒に考えてみたいのです。

 ボクの場合、ボランティアという活動を考えるにつけ、インドのコルカタでの出来事を思い出します。
今となっては顔も声すらも思い出せない人なのだけれど、ひとりの日本人修道女との出会い。彼女が、亡きマザー・テレサの言葉を通してボクの生き方に強い影響を与えてくれたのでした。あの日の出来事、シスターとの一瞬のやりとりがボランティアをするか、しないか。行くか、行かぬかの迷いを振りほどいてくれる鍵になるのではと思い、その時のことを記すことにしました。

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・・・・・・・・・・・・・・千曲川からガンジス河。そして、マザーハウス・・・・・・・・・・・・・

 もう随分前の話になります。以前旅をしていたとき、インドのカルカッタ(コルカタ)に迷い込んでしまったことがありました。それは全く予定外に足を踏み入れてしまったのでした。
語りつくせないほど頭で理解できないような不思議なことばかり起こるインド。
まさに見えない力に導かれてたどり着いたのがマザーハウスだったのでした。

 ガンジス河の聖地バラナシで、水あたりを起こしてトイレからトイレへと旅をせざるを得なかったボクは、インド入りしてからたった2週間で頬がこけるほどに激やせしてしまったのでした。(帰国して体重を測ったら12kg減)。

「これはもう旅を断念せざるを得ない」
そう決めて、どこか近隣の空港からタイ辺りに脱出しようとして辿りついたのがコルカタでした。

 ゴミなのか、人なのか、眠っているのか、死んでいるのか判らないような人々が路上に溢れかえる街。見た目はもとより、カレーと生ごみの混じったような匂いも、車につま先をひかれたのに相手から怒鳴られる居心地の悪さも、まさに何もかもが「混沌」そのものでした。

 しかし、こんな何の観光名所もないような街で、なぜか多くの外国人を見かけるのでした。
情報集めに立ち寄った本屋でばったり出逢った若い日本人女性に「なんで、こんな処に?」と尋ねると、彼女は当然のような顔で応えたのでした。
「マザーハウスにボランティアにきています」と。
聴けば、もう3か月もこの街で過ごしているというのです。

 夜になると溜り場になる露店に出向いて、他の外国人にも話を聴いてみると案の定みな一応にして同じ返事が返ってきたのでした。
「マザーハウスにボランティアにきています」と。
なかには3年も、5年も安宿泊まりでマザーハウスに通っている方もいる。
当然のことながら「・・・・で、君は?」と、尋ねられる。
「ちょっと腹を壊して、トランジットで立ち寄ってみました」とも応え難く、結局ボクは話の種も兼ねて、ごろごろするお腹を抱えたままマザーハウスに行ってみざるを得なくなったのでした。







・・・・・・・・・・・・・ 唾をかけられても 微笑みを ・・・・・・・・・・・


 初めてボランティアとして参加する人たちは、まずはシスターからレクチャーを受けなければならないのです。
英語、ポルトガル語、フランス語・・・・、そして日本語。世界中からマザーテレサを慕ってここにやってきたシスターたちが、それぞれの言語でレクチャーをしてくれるから、安心して活動に参加できる様子でした。
無国籍にシスターたちが忙しそうに歩きまわっています。
「べっぴんさんはいるかな?」などと妄想すら赦されない清らかな空気感。そこはまさに真の聖域。
むろんボクは日本人のシスターの元に行き、何人かの日本人と共に日本語での事前レクチャーを受けたのでした。

「ここでのボランティアは、たとえ1時間でもけっこうです。みなさんの貴重なお時間ですからご自由に活動していただけます」

ー そっか。一時間でもいいんだ。それならお腹ごろごろのボクにでもできるかも知れない ー

「しかし、ここで、みなさんにお願いがあります。これは、生前マザーがおっしゃっていらしたことです。どんなことがあっても怒ること、嫌なお顔をみせることは、おやめ下さい!それは、たとえば、『死を待つ人の家』にゆき、その方がベッドからあなたをお呼びになって ”  どうかお茶をください ” と言ったとしましょう。あなたは、そのお茶を笑顔で運ぶことがおできになるりますか?」

ー できる。できる。そのくらいのことなら・・・  −

「せっかくあなたが運んだお茶を、その方が ” こんなものは要らない!” と、理由もわからずに、あなたに投げつけお茶を浴びせてきたとしても、それでも、あなたは笑顔でそこに居ることができますか?」

ー ・・・・・うーん、どうかな −

「では、お茶だけでなく、あなたの顔に唾をかけられても、あなたは笑顔で応じることができますか?」

ー 無理です。できかねます  −


「そうです。わたしたちは彼らに ” やってあげる ” のではなく ” やらせていただく ” のです。


彼らにお仕えさせていただくのです。もしもボランティアとして、ここでわずかでもお働きになっていただけるのでしたら、どうか忘れないでください」

「すべての人々に大きな愛と感謝とほほえみをもって行うのです。それができなければ今すぐここから、どうぞお帰りください。それが、マザーからのメッセージであり、私たちの勤めなのです」

ー ごろごろ。またお腹が暴れだした。やっぱり俺はただの腹こわし人。帰るしかない −
 
 あっさりと帰るボクのうしろ姿を、ドア越しで丁寧に見送りながらシスターがこう付け加えてくれた。
「マザーはいつもおっしゃっていました。” 何もこんなインドまで来てボランティアをするのではなくて、自分の国、自分の近しい人々のために動きなさい。困ってる人、苦しんでいる人はあなたの周りにたくさんいるのですからね ” と」



 あれからというもの、帰国して元通りの体重に戻っていったけれど、ボクの生き方は明らかにあの日から変わっていったのです。仕事の受け方も、誰かとの約束を交わしそれを果たす時も、両親の介護の在り方も、路上での立ち話すらも・・・。

 おこがましく、あるいは断り切れずに「やってあげる」行為はできる限りお断りするようになったのでした。そして、「やらせてください」と言える行為を積極的に受け入れて過ごす生活に変わっていったのでした。
 他者との関係性を陥める「のに」という言葉を使うことも少なくなった気がします。「せっかく○○してあげたのに」「あのとき○○してあげたのに」「○○をあげたのに」。

 さあ、どうぞ!と大腕を広げて受け入れる気持ちと、
「やらせていただけて、ありがとう」という気持ち、
そして、微笑み。

それができそうにない時にはかっこ悪くても、そのときは失礼でも引き下がる。そんな場面や相手から離れ、近づかない。そうやって自らの生命のバランスを量るようになってきたように思えます。

 何よりも大きな意味で「生きている」のではなく、「生かせていただいている(生かされている)」ことに気づかされたのです。

 被災地に出向くことだけがボランティアではないと思うのです。
すぐ近くの誰かの求めに対して、勘定や計算を抜きにして
「喜んで、やらせていただきます」と、応じることのできるすべてが
『真の(日々の)ボランティア』なのではないかと思うのです。



「大きな愛と感謝と微笑みをもってできないのなら、おやめなさい」
ということなのだ、と。




・・・・・・・・・・・・マザーテレサの言葉・・・・・・・・・・・・


 マザーテレサは、たくさんの名言を遺しているの。
その中のひとつに「ANYWAY」というのがある。
「でも、とにかく」だ。
 
 車椅子生活を余儀なくすることなっても(高度機能障害で)まだ歩けると思い続けていた母と、認知症の父の週末介護に出かけていたとき、介護疲れで疲れた姉貴とのぶつかり合いのとき、この言葉に随分支えられた。




          ANYWAY



People are unreasonable, illogical, and self-centered,
LOVE THEM ANYWAY

If you do good, people will accuse you of
selfish, ulterior motives,
DO GOOD ANYWAY

If you are successful,
you win false friends and true enemies,
SUCCEED ANYWAY

The good you do will be forgotten tomorrow,
DO GOOD ANYWAY

Honesty and frankness make you vulnerable,
BE HONEST AND FRANK ANYWAY
What you spent years building may be destroyed overnight,
BUILD ANYWAY

People really need help
but may attack you if you help them,
HELP PEOPLE ANYWAY

Give the world the best you have
And you'll get kicked in the teeth,
GIVE THE WORLD THE BEST YOU'VE GOT ANYWAY.

You see, in the final analysis, it is between you and God;
It was never between you and them anyway.



 
         でも とにかく



人々は道理に合わず 非論理的で 自己中心的になりがちです
でも とにかく 彼らを愛しなさい

たとえ あなたが いいことをしても
あなたを利己的な人だとか 秘められた野心を持つ人だとか言われるでしょう
でも とにかく いいことをしなさい

あなたの長い努力が生んだ良い実りも、人に無視され
明日には忘れ去られるでしょう
でも とにかく いいことをしなさい

誠実で正直であるために、あなたが傷つけられることもあるでしょう
でも とにかく 誠実で正直でありなさい

何年もかけて築き上げてきたものが、一夜にして崩れ去るかも知れません
でも とにかく 築き上げていきなさい

人々は 本当に助けを必要としています
しかし、実際に手助けすると、責められることもあるでしょう
でも とにかく 手助けをしなさい

持ちものの中で 一番いいものを人々に与えなさい
面と向かって苦情を言われるかも知れません
でも とにかく 持ちものの中で一番いいものを人々に与えなさい

人生の最後に振り返ってみると、あなたにもわかるときがくるのです
すべては あなたと他の人の間で起きたことではないのだと
すべてが あなたと 内なる神様との間に起きたことであったのだと




・・・・・・・・・・・・・・・・・わたくし 被災地支援 行かせていただきます!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


10月13日以来、ずっと胸の奥でざわざわが続いていた。
そのちょっと前に車をぶつけてしまったこともあり、財布が痛手を負ったからでもある。 
ANYWAY それどころではない。いつもお世話になっている川が暴れてしまったものだから・・・。なんと言おうか。自分の家族のひとり(千曲川さん)がとんでもない一大事件を起こしてしまったような、なんとも責任を感じる事態なのだ。冬支度もしなけれればならない。
 
ANYWAY それどころではない。
旅にも出たい。
デートもしたい。
ボランティアなんてボクの柄じゃない。
ANYWAY ざわざわが止まらない。
募金もしたい。
ANYWAY・・・・。

311の東日本震災のときもそうだった。
ANYWAY あのときは半年後の始動で時すでに遅しだった。
でもだからこそ、今回の千曲川の氾濫では同じ後悔は残したくはない。

「こんなボクの持てる力で、お役に立てるなら、やらせていただきたい!!」

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長野市の被災地では、軽トラが足りない!という情報を得ていた。
ポンコツだけれど、ANYWAY こんなときこそ活躍できる。
そんな思いを胸に人生初めてのボランティア支援に駆けつけたのでした。

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つづく
  
Posted by wonder_egg at 20:09Comments(0)