2017年03月01日

今シーズンの活動 休業のお知らせ 〜人生のポーテージ・タイム〜)

〜〜〜安曇野のリバークルージング「わんだぁ えっぐ」の活動 休業のお知らせ〜〜〜



2000年以来、16年にわたり皆様に支えられ励まされ、休まずに「川くだり」という営みを続けてまいりました。
ここにあらためて厚く御礼、深く感謝申し上げます。

この度、誠に勝手ながら、一身上の都合により、しばらくの間(今シーズンの活動を)お休みさせていただくことをご報告いたします。




毎回、毎夏、まるで故郷への里帰りのように、この小さな営みを目指し、私共に会うことを楽しみに来てくださっている家族のような常連の皆様、ご厚意をいただいている多くの「わんだぁファン」の方々、この小さな営みにご紹介ご協力いただいた業者の皆さま・・・、このささやかな営みに関わってくださった全ての関係者様に、心から感謝とお詫び申し上げます。
これを記しながらも、皆さま方おひとりおひとりのお顔や、お声が聴こえてくるようで、寂しくも哀しくも、苦しくもなります。



想えば、この16年の間にどれほどたくさんの方々に出逢い、どれほどたくさんの想いを寄せていただいたことでしょうか・・・。この小さい営みながら、数えれば延べにして15000人近くの方々を安曇野の大自然の中にご案内させていただきました。距離にしたら恐らく延べ4000km以上(それでも世界一長いナイル川6650kmに達していない)を漕ぎ下ってきたかと思います。その間いろいろあっても万事が無事で、こうして無事故無違反にて今日までを漕ぎ下れたこと、それは何よりもボクの大きな自信であり、誇りです。これも一重に皆様のご理解とお力添えのおかげでございます。ありがとうございます!



また、ここまで漕ぎ続けてこられましたことは、ある時は影となり、ある時は光となり、この活動を全面的に支えてくれた素晴らしい仲間やスタッフ、母港となってくれた大切な人に恵まれたおかげです。心から感謝申し上げます。ほんとうに、これまでありがとうございます!



そして、いつも黙って見守ってくれていた「わんだぁえっぐ」の大社長、お天道様。「地・・水・火・風・空」すべての宇宙の恵みに心から感謝申し上げます。ありがとうございます。







〜〜自分という名の船のポーテージ・タイム〜〜


川旅の途中で、倒木や滝などでこれ以上は航行困難になった時、ボートやカヤックを一度陸に担ぎ上げて、安全な処まで歩いて移動して、再び漕ぎ出すことを、業界用語で「ポーテージ」と呼んでいます。

誠に勝手ながらこの休業は、人生という川を下る、自分という名前の船のポーテージ・タイムだと思っています。これからまだまだ続く長い旅の途上の、大切な瞬間だと考えて一旦陸に上がるのです。

すっかり汗と涙に濡れた心の地図を乾かし、もう一度ルートを見つめ直し、岩で傷ついた船底を修復して風の声を聴いて再び人生の流れに漕ぎ出すまでの心のポーテージ・タイムです。

皆様には、本当にご迷惑をご心配をおかけいたしますが、どうかご理解の上、温かく見守っていただけたならば幸いです。きっと、この陸路移動(ポーテージ)を成功させて、新たなヴィジョンを構築した後、再出発してゆく所存でありますから・・・。

つきましては、
これまでの活動に関しましてのご意見やご感想、想い出などをお寄せいただければ幸いです。また、資金、人力、アイデア等の提供、こんなこと一緒にしたい!などなど・・・、今後もみなさまからの叱咤、ご支援、ご指導をいただけますようお願い申し上げます。





お近くにお越しの際は是非ともご連絡の上(不在の時が多くなりますから)、お気軽にお立ち寄りくださいませ。


今後の再出発情報、その他の活動につきましては、このブログ上で「報告」アップして参りますので、引き続きご覧いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。




力をつけて、みなさまにとびっきりの笑顔で再会できます日、楽しみにしております!

皆様方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、今シーズンの活動休業のご挨拶とさせていただきます。


これまでに ありがとうございます。
そして、
これからも ありがとうございます。





わんだぁ えっぐ ネイチャー&レクリエーションズ

代表:吉沢真@くま












  
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2016年08月19日

お元気ですか

16年ぶりの夏休み。


夏は幻のように過ぎてゆく。


いや、幻を見せて過ぎてゆくんだ。


こんなまぶしい満月過ぎの夜に、地上低く星がひとつ流れた。


この夏、いつものようにお会いすることができなかった方々、みなさんお変わりなく、お元気ですか。
  
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2016年02月08日

週末介護 〜映画『ベトナムの風に吹かれて』〜

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いつもの週末介護。


今日は小雪舞い散る寒い日。こんな日は、認知太郎さんと花子さんを何処に連れ出そうか思案のとき。


太郎は、「俺は寝てる」というけれど、年寄りが1日布団から出ずにいたら老けるのは目に見え、さらに昼夜逆転で深夜に騒動がおきる可能性がある。なんとしても連れ出さねば、と。


東京インテリアさんを散策して運動量を稼いだ。りっぱなソファーやらベットがあって、歩き疲れた父には絶好の休憩場となり、満足げ。


それから思案の末、思い切って映画をみてみようと心を決める。


近頃はまっている長野ロキシーさんで、昨日から『ベトナムの風に吹かれて』の公開がはじまっている。


これは、絶対観にいこうと決めていた。


以前に上映予告ポスターど、多かれ少なかれ介護という現実と向き合う人には、きっと一見の価値があると感じていたからだ。


主演が松坂慶子さんというのもなんだか嬉しい。


学生の頃、『蒲田行進曲』で魅了された女優さんだからだ。久しくその姿を目にしていなかったし。 


しかし、まさかこの映画を映画嫌いの母と父を伴っていかがなものか?


だが意外にも…。



「認知症の母親を連れて、ベトナムで日本語を教える仕事をしている人の実話をもとにした映画だよ。松坂慶子もでるよ」と話すと、

花子さんは「そりゃ観てみたい!」と興味深々。


太郎さんは「ああ、なんでもいいわい」である。



ともあれ、静かで暗いあの空間でそれこそ何が起きるのか?それを自分ひとりで対処できるのか?ボクは何度もイメージトレーニングをしてみた。
太郎さんが、高いびきをかきだしたときのこと…。花子さんがトイレに行きたい、と言い出したときのこと…。などなど。



ロキシーさんのスタッフさんはとても温かな感じの方が多いから「大丈夫。行ける!」が答えだった。



ロキシーさんの上映場には、階段がないのでありがたい。劇場全体がスロープなのだ。スタッフさんが親切に座席まで動向してくださり、さらにお茶まで運んでくださった。感謝。



それにしても、まさか、認知症介護を題材にした映画を、認知症で介護され、車いすで介護が必要なご本人たちと観劇するとは予想だにしなかった。


しかし、思いの外花子さんも太郎さんも集中して観いっていた。


松金よね子さん演じる、主人公の母親も我が母同様に大腿部骨折で歩けなくなり、それからの介護が大変な重労となる。


歩けなくなった母親が、それでも「トイレに行きたい!」「おしっこしたい」と、一晩中せっついて、介護する側が眠れない夜に苦悩する。そのシーンこそ、多くの介護者が抱える苦しみのひとつだから、ぐっと胸につきささる。ふらりっと、どこかに出たきり戻ってこない迷子老人になってしまうシーンなども、切実な問題だから笑えない。時にはいらっときて、声を荒げてしまうのもよくあること。



うん、うん。そう、そう。


…なんて観てると、


太郎さんがもぞもぞとし始める。「トイレ?」と尋ねると、「うんたろうがしたい」と。トイレに連れ立ち戻って、暗闇の中で席につかせようと座った瞬間…。

「あぶない!」

映画館の座席は、自動で座席が畳まれてしまうんだった。危うく闇の中で太郎さんをひっくり返してしまうところだった。


認知症や歩行困難な年寄りの介護はベトナムだろうが、日本だろうがどこに行ったって大変。だけど、まわりの人たちの理解と協力でずいぶん救われる。そして、時には辛い介護とて、笑いや感動驚き発見、出逢いをもたらしてくれるもの…。それがこの映画だった。


大きな騒ぎもなく、映画はラストシーンを迎え、やがて劇場に明かりがともる。みな余韻にひたり静けさがただよう。


と、その瞬間だった。


「トイレいきたい!」と花子さん。


さっきまでの映画の1シーンとかぶったせりふ。

場内にくすくす笑い。


「えっ、嘘でしょ。ここ障害者用ないもの」
「大丈夫。歩いていくから」
「(歩けないよ)?」

臨席の人たちも、思わず吹き出しそうになって、笑いをこらえている。

そうこうしているうちな太郎さん。
「おい、ここはどこだ?
なにしにきたんだ?早く帰らなきゃ迷惑かけるぞ」
と、立ち上がる。
「大丈夫。映画観てたの。あわてなくても問題なし」
「なんだって?映画、そんなものは観てないがなぁ」と、太郎さん。
「早く、トイレ連れて行って」と花子さん。


なんだかいつの間にか、映画のつづきが観客席側の私たちになり、主人公が自分自身になり代わっていたのが、おかしくて、思わずボクは思い切り吹き出してしまった。まわりの方たちも、映画の続きをリアルにかいま見たみたいで、一緒に笑いだしてくれている。


予期せぬ、オチだ。


のちに花子曰く、


「わたしもあのばあちゃんみたいに、トイレで迷惑かけてんだね。それにしても映画いいわね。今度はもっと笑えるのをみたいよ」


内心、
俺は十分笑えたよ。
目の前の、ふたりの名役者さんのおかげでね…。





『ベトナムの風に吹かれて』

2月19日まで
長野ロキシーにて上映
開始ー10:50と16:40


11日午前の部には、原作者の小松みゆきさんの舞台挨拶があるそうです。


介護してる介護されてる方、同伴での観劇おすすめです。

ちなみに、障害者用トイレはないですが、洋式トイレと親切なスタッフさんがいますから、ご安心を。


(2月7日記)
  
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2016年02月07日

まっしろしろの しろ 



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2016年02月06日

『まっしろしろの しろ』

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まっしろしろの しろから やってきた おうじさまが、いいました。

おたんじょうび、おめでとう。  
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2016年02月02日

『おには そ』 〜節分にはなぜ豆をまくのか? もうひとつの逸話〜 




<1幕>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 

「わしも、お前さんたちのように、自由に空を飛んでみたいものじゃのぉ」
 
 山奥ふかくの石のほこらに、青鬼がひとり暮らしておりました。花や野菜を育て、山ぶどうや山菜をとっては、ときおり訪れる鳥たちを友に、それはおだやかに暮らしていたのです。


 
 季節はめぐりめぐって、また冬がやってきました。ピシンッと、ほこらの外からなにやら音が聞こえてきます。
「だれだい? チュンかい?」
 ほこらの外に出てみても、だれもいません。
 ピシンッ・ザザーっとはげしい音といっしょに、とつぜん空から雪のかたまりが落ちてきました。木の枝が雪の重みで折れたのです。


「ああっ、もう、ひと月もあおいそらを みておらん。」
 青鬼は、まっしろなため息を吐き出すと空を見上げました。すっかり姿をみせなくなった鳥たちのことを考えていたのです。なにしろ、その年ときたら、これまでだれも体験したことのない、とんでもない寒さと大雪ですから、心のやさしい青鬼は、なかよしの鳥たちのことが心配でならないのです。



 ある朝、青鬼は、ほこらにたくわえていた豆と山ぶどうをたっぷりと袋につめると、あたたかなほこらからでまさした。鳥たちのようすをみに、山をおりて里をたずねてみることにしたのです。

 歩き出してはみたものの、行けども行けども思いのほか雪は深く重く、青鬼の行く手をこばむのでした。しずかな雪原に、青鬼の荒い息づかいだけがひびきわたります。
と、そののときです。


「おや?」
 それは、真っ白な地面にちらばる赤い点でした。まだ生あたたかい血のようです。かたわらには、けものの足あとがつづいています。

 おそるおそる、足跡をたどってゆくと、青鬼はいっしゅん地面から目をそらしました。真っ白な雪の上に、見おぼえのある美しい鳥の羽がちらかっていたからでした。青鬼は、それを一枚手に取ると、もう夢中で足跡を追いかけて、雪の中を泳ぐように走り出したのでした。


 やがて雪原に一匹のきつねの後ろ姿をみつけると、青鬼は力の限りにさけびました。
「おい、まて!」
 きつねは、一瞬ふりかえると、何かをくわえなおして、なに食わぬ顔でさっさとどこかに消えていってしまいました。

 青鬼は、雪の上にしゃがみこんで、手にした羽を強く抱きしめました。
 きつねがくわえていたもの、それは青鬼と一番なかよしのこすずめのチュンだったのです。胸の中の一枚の羽、それはかけがいのない友だちのずっしりと重い、命のおもさでした。
 しずかな雪原に、おいおいと泣きじゃくる青鬼の泣き声だけがひびきわたるのでした。






<2幕>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 青鬼は泣き止むと、なにかを思い立ったようすで、ふろしきの隅っこを引き裂いて一本のひもをつくりました。目をきりりとさせると、自分の角にチュンの羽を固く結びつけて、また里に向かって歩き始めました。

いくつもいくつも谷を越え、山を越えると、ようやくニンゲンたちの家々がみえてきました。田も畑も一面の雪におおわれて、草木ひとつ見えず、どこもかしこもまっ白です。

ところが、よくみると、その白い雪のうえに今度は黒いちいさな点が、そこここにあるのでした。それは、すっかりやせこけたカラスたちが、こおりついた田んぼの地面をつっついて、、なんとか落ち穂をほりおこそうとしていたのでした。

「しばらくだったね」
青鬼が声をかけると、
「カー」と、
 なんとも力のないひと声だけがかえってきただけでした。みな、もうなんにちも食べ物にありつけていないのですから。

青鬼は、ふろしきの中から豆やら山ぶどうをつかみとって
「さあ、お食べよ」と、やさしくいうと、白い雪の上にばらばらとそれをまいたのでした。

カラスたちはさっそく山ぶどうに食らいつきました。腹を空かせた鳥たちもいつしか、どこからともなくあつまってきました。みんなすっかりやせこけています。青鬼は、ふろしきの中のありったけの豆と山ぶどうを雪の上にひろげました。とうてい、この腹をすかせた鳥たちの元気を取りもどすのに足りるものではありません。
チュンは、このようすを知らせようと、力をふりしぼって青鬼のもとに行くとちゅうだったのです。

「チュンよ、すまなんだなぁ。しかし、それにしてもどうしたものか」
青鬼はしばらく考えると、ひとりうなづいたのでした。
「よし、思い切ってニンゲンに相談してみよう」






<3幕>−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 いざニンゲンの家の前に立つと、鬼とはいえ足がふるえます。青鬼は角の先につけたチュンの羽にふれると、勇気を出すと、おそるおそる、


トントン・トントン、っと扉をたたいたのでした。

「どなたさんかな?」
 扉の向こうから、気のよさそうなニンゲンのおばあさまの声が聞こえてきました。青鬼は、思わす背すじを伸ばすと、できるだけていねいに、できるだけゆっくりと、

「あのぉ、おそれいりますが、あおおにともうします。あなたさまに ごそうだんがありまして」
「どなただって?」
「は、はい。あ・お・お・に、ともうします」
「はぁ、はて・ あおおにさんとはなぁ」
 ばああさま、なにげに扉をあけたものの、角をはやした鬼が立っていたものだから「ぎゃーっ」と、悲鳴を上げるなり腰をぬかしてしまったのでした。ばあさまの悲鳴を聞きつけた息子が奥座敷からかけつけるなり、
「この鬼め。何をする気じゃい!さっさと出て行け」と、
 玄関先のつけもの石やら、草かりがまやら、わらじやら、手当たりしだいに青鬼めがけて投げつけてきたものだから、さあ、たいへん。
「あー、いたたた!」
青鬼は傷だらけ。あざだらけ。


 それでもと、次の家をたずねても、また次の家をたずねても、どんなにていねいな言葉をつかっても、ほほえんでみたたころで、おんなじ。
 ニンゲンたちは、鬼がたずねてきたというだけで、何でもかんでも手当たりしだいに何かを投げつけてきたたり、逃げたりの大さわぎです。おかげで青鬼の顔もからだもすっかり傷だらけです。


「おらぁ、なんの悪いこともしてないんだがなぁ」

 とぼとぼ村はずれを歩いていると、鳥たちが集まってきました。

「すまねぇな。おらには、もうなんにも食べ物がないんだ」
 そういって頭を下げると、米粒がぽろりっ。

「おや、おや。これは思いもよらぬ」
 青鬼は、もじゃもじゃ髪をかきむしってみました。
 すると、米粒やら豆粒がいくつもこぼれ落ちてくるではありませんか。どうやらニンゲンたちが投げつけてよこしたものは、何も漬け物石やら、草刈がまやらばかりではなかったのです。
「この痛い想いとひきかえに、わずかながらもお前さんたちに食べ物をもたらすことができたわい」
 青鬼はさっきの騒ぎで痛めた頭の傷口をおさえながら、「そんでも、どうしたものか?」と、かんがえるのでした。





<4幕>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ニンゲンも鳥たちも眠りについたしずかな晩のことです。青鬼は、こっそりと村に戻ると村の集会場の前に行くと、ふろしきを取り出して、中にわずかに残った山ぶどうの実を手に取ると、その実汁で看板にこう書きました。




『 ーーーー 鬼よけの おふれーーーーーー  近ごろ、村の家家に鬼があらわれて、村人たちをおびえさせておる。鬼というものは、漬け物石やら鎌を投げつけたところで、怖がりも逃げたりもしない。けrど、豆を当てたならすぐさま逃げる。鬼は、豆が怖いのだ。鬼よけをしたいものは、大きな声で「おには、そと! おには、そと!」といって、庭先にたくさんの豆をまいて鬼をよけるがいい。    山の行者より 』





 このうわさは、すぐさま家から家、村から村へと広まり、やがて、あちこちの家家から
「おには そと!」
「おには そと!」
という声が聴こえてくるようになりました。
庭先にはもちろん、たくさんの豆がまかれています。腹を空かせた鳥たちには、それはそれは思いもよらぬ冬のごちそうの雨です。

「おには そと!」
「チュン チュン」

「おには そと!」
「カー カー」

「おには そと!」
「チュン チュン。カー カー」



その声を、遠くで耳にした青鬼は、ほっとしてほほえむと、そっと村を後にしました。
ひどい痛みと空腹が、ほこらまでの長い長い道をいっそう長く遠くするのでした。






<最終幕>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 やがて春がきて、
 どうにか長くきびしかった冬をしのいだ鳥たちが、青鬼のもとにお礼をいおうとほこらをたずねてきました。
「チュン チュン あおおにさん」
「カー カー あおおにさん」
 よんでも、さけんでも青鬼の返事はありません。ほこらの中は、きつねにすっかりあらされてしまっています。
どこをさがしても青鬼のすがたはありません。


 いちわのスズメが空から何かをみつけたようすで、みなを呼びました。
 それは、まだとけ切らない白い雪の上に残された見覚えのある一枚の羽でした。青鬼が角にしばりつけたチュンの羽でした。その羽のすぐわきで、雪をわって名もないあおい小さな花が咲いています。晴れた日の青い空をうつしたような、それは、きれいな花です。



子すずめが、ぽつりといいました。
「おにさん、これからは、わたしたちといっしょにとべるわね。おには、そ・・・・ら、だね」



すると、鳥たちはいっせいに声をあげました。

「おにはーーーーー、そ・ら」
「おにはーーーーー、そ・ら」


あたたかな風が、
一枚の羽と一輪の花をいっしょにゆらして、
そっと通り過ぎていきます。








作: 吉沢真 2010’


















  
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2016年01月25日

週末介護

9e12db80.jpgいつもの週末介護。
外は零下。


仕事の都合でいつもより思いがけず早く帰路につく私に、車いすの母はまるで子供みたいに目頭を熱くしていた。

認知太郎さんの父は、これから一時間ばかり電車に乗って家に帰る私と、こんな対話…。



父:おまえ気をつけて帰れよ。

私:ああ、またくるよ。

父:おまえ、どうやって帰るんだ?

私:電車だよ

父:自転車か?!

私:電車だってば!

父:自転車か。なら、この雪じゃたいへんだな。
私:電車だってば。

父:そうか自転車か。何時間かかるんだ?

私:(もう、あきらめて笑いに転じ)そうだな、5時間くらいかな。

父:えっ、そんなにかかるのか?

私:だって長野から松本だよ。

父:暗いんだからな。電灯は点くのか?

私:ああ。つくよ。

父:じゃあ、くれぐれも電灯点けて、気をつけて帰れよ。

私:大丈夫だよ。ゆっくり帰るから。


介護な1日は、時にはイライラも募る。けれど気持ち次第で笑えることも多々あるもの。
  
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2016年01月04日

介護には正月も盆もない

今回の年越しの泊まり先、親戚の家で深夜ひとりではトイレを探せなかった父…。自称、認知太郎さんの外出は何かと大変だ。介護するがわも大変だが、本人はもっと辛かったろうに。


しかし、先月未明、父は初めての徘キング(徘徊?)に出かけ、おまわりさんのお世話になった。


この件以来、日々の介護をしている姉と顔を合わせる度に、「あなたは、たまの介護。私は毎日。もうお手上げ!あなたが引き取ってみない限り、施設…!」という話題ばかりだ。


辛い…。



昔、3ヶ月にわたる旅をしたときに、必然か偶然かインドのコルカタにたどり着いていた。


夜、屋台で食事を終えて暗い階段を上り、ゲストハウスのドア口に向かうと、何か大きな白い塊に蹴つまづいた。

白い塊は「うっ」と声を上げて、また白い塊のまま、そこにあった。


「すみません」と言って、その塊に触れるとそれは確かに人であった。寝息を確認して、ドアをぬけ、自分の部屋に向かう。


インドはカースト制のために、こうやってクローズした店の軒先で眠る路上生活者が多いようで、ボクはそのひとりに気がつかず、蹴つまづいてしまったというわけだ。


その人たちが眠っているのか、はたまた死んでいるのかは時に不明瞭きわまりない。ただ白いシーツにくるまる塊は、夜のコルカタの路上に毎晩あふれていた。



そのコルカタで出会った多くの旅人が、

「君もマザーハウスのボランティアにきたの?」
と、問いかけてくる。


「えっ、あのマザーテレサのマザーハウスだって?!」
ボクはネパールからガンジス川をたどり、当てもなく旅をしていただけだった。

ボランティアに来ている何人かの話によると、マザーハウスのボランティアは、たとえ1時間でも、10年でも本人の希望次第ということらしい。ただし、その前にシスターたちから事前のレクチャーを受けなければならないという約束があるのだそうだ。

いそぐ旅ではなかったので縁に任せて、マザーハウスを訪ね、早速シスターの話を聞いた。マザーの生前からそこで使えている日本人のシスターだった。

いきなりシスターは(たくさんの実例をお話になり、マザーの精神を話聞かせてくれ、私に問うてきた。


「あなたがお遣えすることになった施設で、ベットに横たわる方が、お茶をもってきてくれないか?と、頼まれたとします。あなたがお茶を届けますね。でも、もしも、その方が、俺はこんなまずいお茶は頼んでない!と、あなたに唾をかけたとします。その時、それでもあなたは乱すことなく笑顔でその方にお遣えすることができますか?」

と。

ボクは小さく心の中でつぶやいた。
「できません。たぶん、むりです」


30分ほどのレクチャーの最後にシスターが、少し厳しい表情になって、生前マザーがいつも口をすっぱくして言っていたことばを、そのレクチャーのまとめとして告げた。

その最後のレクチャーの後、ボクはしっぽを巻いて、その場を立ち去った。


今回の年越し(両親の)介護、ときどきボクはいらっときていた。その度に、ボクはボク自信に問いかけていた。あの日のことば。


「大きな愛(どんなときも、やってあげる、ではなく、やらせていただく気持ち)と感謝とほほえみをもって行いなさい。それができなければ、おやめなさい。今すぐに、ここを立ち去りなさい」


悔しくも哀しいけれど、介護とは、本当にきれいごとだけですまされないのだ。



同じように介護に悩む人たちは今、どう過ごし、何を想っているのだろう?
  
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2016年01月01日

天あおく、地しろく

あけましておめでとうございます!

被写体はともあれ、カメラを片手に年を越しました。


いとこのコンパクトデジカメを手に取ると、認知症の父は、液晶画面をのぞき込んで
「なんだ、こりゃピントが合わないなぁ。俺はもう目がだめだから…」
そりゃ当たり前。父が目を近づけてのぞき込んでいるのはファインダーじゃないのだから。

新聞記者として長年フィルムとカメラとともに生きてきた父に、昨今のデジタル事情など理解できるわけもない。


それから…

しばらく、カメラのことで元旦の宴席に花が咲いた。やがて深夜二時。

「俺は今夜どこに泊まるんだ?早く帰るぞ」

父がそう言うものだから

「今夜泊まるんだよ。おじさんちに!」と、ボクが応える。すると、ちょっと驚いた様子。


「なんでだ?ここはカメラ屋だろう?!なんでカメラ屋に泊まるんだ?!」


両親を連れ立ち、以前はよくお世話になった親戚の家でのお年越し。しかし、認知症の父の心には、いつしかここはカメラ屋になってしまっていたというわけだ。


なんとかなだめて、寝かしつけたが、よなよな父は目覚め、隣で眠る母に、ひそひそ声でこう言ったという。


「おまえ、このカメラ屋はなんだかいかがわしい。俺たちを泊めて、安月給でこき使われちゃ、かなわんからな、ちゃんと(ここでは世話にならないと)断れよ」


夜が明けて、当の本人はそんなことを言ったことも、カメラ屋のことも忘れてしまっている様子。


外は一晩で真っ白な雪世界へと変わっていた。


こうして年始早々の初笑い。とても笑えないほど介護は大変なものだと想い知ったけれど、笑える自分に笑えたもの。


こうして両親を連れ立ち、小さな旅を重ねられるのはあと何度ほどだろう?


天はあおく、地はしろく
その天と地の間に写る一瞬一瞬を、ボクはしっかりと心のファインダーを通し、心のフィルムに焼き付けておこうと思う。

新しい一年。再び表現者と生きること。なにがあろうが前向きに生き直す
ことに、専心して歩いてゆこう!

みなさま、どうぞ本年もよろしくお願いします。
  
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2015年12月31日

逆風の2015から順風の2016へ

735e97ed.jpg自分流を貫こうとするがゆえに、大きな船に身をゆだねることはできず、今年もまた不器用ながら手漕ぎ舟のままの自分。それでも大波越えて一年が過ぎようとしています。

羅針盤を失い、今は大海に漂う、漂流舟のごとく 息をひそめ時を待つ一介の舟人。

新たな年は、新たな目標点を決め、再び漕ぎはじめよう。


時には闇を照らす星明かりとなり、時には風となり、おてんとう様となり、見えない力を与えて支えてくださったみなさまに心から感謝申し上げます。ありがとうございます!


波が鎮まり、順風が吹ききたりとき、さぁ全速前進です。


新しき一年、笑顔多き一年にします! みなさまにも順風が吹きますように、ご健康とお幸せをお祈りしております。

よいお年をお迎えくださいませ。
  
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2015年12月23日

クリスマスに贈る物語

3a2d4ced.jpgおくりもの

それは、
かならずしも目に見えるものとはかぎらない。

それは、
かならずしもクリスマスの日にとどくとはかぎらない。

(サンタジアの長老のことば)





こどもの頃、クリスマスの前の晩に不思議な手紙が届いた。みたこともない文字だったので、図書館に行くと、古びた本が一冊、棚からこぼれ落ちた。その本の巻頭に書かれていた忘れられないことばである。


表紙には見覚えのある、絵文字が描かれていた。 あの手紙の文字だ。「これだ!」と、思ってページをめくってみるとすっかりその古い本の虜になった。


タイトルは『まぼろしの島 サンタジア』
著者は探検家・小島とほ・と書かれていた。


その探検家、小島氏の記述によると、幻の島を探し求めて航海をしていたある日、北極圏に近い氷の島に漂着したという。


この島こそが小島氏が探していた幻の島、サンタジアであったという。

この記録は、偶然に漂着し、この島で暮らした氏の記録であった。



サンタジアの住民はだれも皆、唐辛子のような真っ赤な帽子をかぶり、真っ赤な洋服をまとい、日々、魔法の手袋で白い雪と氷をプレゼントにつくりあげているのだそうだ。


サンタジアには学校もあり、若いサンタジア人が一人前のサンタクロースになるために毎日、勉強と訓練を積んでいるのだという。


トナカイやソリを操る訓練したり、トナカイのことばや、世界中の人々が話す言葉や文字を理解する勉強をしたりしているのだという。それは世界中からこの島に寄せられる、子供たちからサンタへの手紙を解読しなければならないからなのだ。


変装なりすまし訓練などというのもあるようで、小島氏は興味深くこの訓練をみつめていたようだ。
お母さんになりすましたり、お父さんになりすましたり、宅急便のお兄さんになりすましたり、ケーキやのお姉さんになりすましたり…、ありとあらゆるものになりすます力をつけるのだ。
それは、いくらクリスマスとはいえ、真夜中に煙突や窓から赤い服を着た人がこっそり侵入したら、ただの不法侵入、不審者で警察につかまってしまうからなのだ。そんな大変なことがおきてしまわないように、サンタの学校が特に力を入れている訓練のひとつらしい。


こうした訓練や勉強を終えたサンタジア人はやがてサンタの学校を卒業して、サンタクロースを名乗れるようになるのだ。


卒業式には相棒となるトナカイとソリ、そして海の向こうから送られてきた子供たちからの願い事の書かれた手紙を、校長サンタ先生から手渡されるのだという。


こうして、一人前のサンタクロースになったサンタジアの人々が、クリスマスの前夜、プレゼントを携えてソリに飛び乗り、遠く北極圏のサンタジアの島から配達の旅を始めるのだという。


中にはおっちょこちょいで、地図が苦手で迷子になったり、プレゼントをちょっぴり間違えたりして、配達が1日遅れになることや、半年も1年も、5年も10年も遅れてしまうこともあるあるようだ。


だからなのだろうか?

僕の友人が子供のとき、クリスマスの朝に、なぜか枕元にプレゼントとして置かれていたのが干し柿だったりしのは。
また別の友人は、「おまかせしますから何かください」と手紙を書いて、クリスマスツリーに長靴をぶら下げておいても、一度も何も入ってなかったのは。
「青い長靴がほしい」と手紙を書いた女の子、包みを開いたらピンクの長靴だったりしたのは…。
「飛行機のプラモデルがほしいです」と書いたのに、20年後、プラモデルではなくて本物の飛行機を前にパイロットになっていたのは…。


人もさまざまであるように、サンタクロースもさまざまで、それぞれに、ちょっとした失敗やハプニング、事情があるようだ。


さてさて、クリスマスを待ちわびる人々に、今年はどんなプレゼントが届くのだろうか?はたまた今年も願いは、どこかで迷子になっている「らくだい級のサンタ」のおかげで、あなたの胸元には届かないのだろうか?


大切なのは、本当に願い
、待ちわびる力。

多くの人はいつしか、こどもの頃の夢や願いを忘れてしまうから…。



「クリぼっち」なんて、しょぼくれてないで、ちゃんと明かりを灯して、あの日願ったことを再び唱えてみよう。


頼んだ本人が、待ちわびたプレゼントをあきらめたり、忘れてしまったとき、ひとりのサンタが失業したり、迷子になってしまうらしいですからね。




写真はサンタジアで使われている文字。

なんて書いてあるのでしょうね。


それは今もどこかの図書館の片隅にあるかもしれない、ないかもしれない『サンタジアの物語』にある『サンタジア語辞典』でしか解明できないのです。




きょうも
あしたも
あさっても
こどもの頃のクリスマスのように
わくわくする
かがやく一日でありますように
そして、
あなたの待ちわびる贈りものが、近いいつの日にか、必ずあなたの胸に届きますように!


祝福がもたらせますように、心からお祈りしております。


Every merry Christmas!
  
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2015年12月18日

特別な日

68ae0d17.jpgまだ僕らが生まれる
何万年も何万光年も前から旅をしてきた光の使者


朝の光に
真昼の月に
夜の星に
そっと
語ろう


特別な日の
特別な話を…
  
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2015年12月17日

詩の贈りもの

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『洗う』   石垣りん




母親は洗う
家族の衣類を
子供のからだを。
食器を洗う。
母親は洗う
泥のついた野菜を
魚や鳥の血を洗う。


それらは台所や井戸端
いつも家のうしろがわで
人目にたたないところで 洗う。


ことに人間のからだから にじみ出る汚れなどは
自分の目にふれるのさえ恥ずかしいほどに、
こっそり洗い流そうとする。


キレイにしようとする。 母親はそうして
よぶんなもの
不潔なもの
暮らしの中で取り去ったほうがよいものを
せっせと洗う。


外で働く人は一生懸命世間を駆けぬけ
獲物を下げて帰ってくる。


それが富であり
必需品であっても
一日が終わるとき世の中はすこしよごれる。


母親は笑顔で
ときには不機嫌に
朝着せて出したものをぬがせ
ひろげた腕の中に受け取る。


お母さん
あなたが洗い続けたものは何と何でしたか?
おかげさまで
まだまだ新しい。
風も新しい。


あなたが
抱きかかえた赤ん坊の顔を洗うとき
その手のひらに不確かな首筋をもたせかける。
ちいさい地球のようなものは
「明日」です。




───────────


may your hands always be busy, may your feet always be swift,

may you have a strong foundation When the winds of changes shift.

may your heart always be joyfl,may your songs always be song.

may you stay forever young.



『forever young』
(ボブ・デュラン)



祈りとありがとう!
を込めて。
  
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2015年11月27日

野沢菜漬け

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独り手に
水の冷たき
菜っぱ漬け
昼の満月
彼手愛しき





菜っぱ漬け
樽を知りてぞ
足るを知る
子らの声なく
大きすぎ樽
  
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2015年10月12日

安曇野は秋晴れ

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空あおく
川面あおく
世界があおに染まる
大きく翼をひろげて
つかめ!
上昇気流
  
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2015年09月24日

pax intrantibus,salus exenutibus.

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pax intrantibus,salus exenutibus.

訪れる者に安らぎを
去る者に安全を


※出典:ドイツ、ローデンブルグのジュピタール門に刻まれた格言
  
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2015年09月18日

〔CMブログ〕安曇野・観光リバークルーズの裏メニュー

8b990a2b.jpgシルバーウィークを前に、多くの方々が「さて何処に出かけようか?」と試行錯誤を始めていることでしょう。


長野の観光と言えば、やはり上高地・乗鞍が筆頭。次いで黒部や白馬。ついでながらに安曇野なるところに寄ってみようという方が多くいらっしゃる感じがします。


そして安曇野の一番の観光スポットが東京ドーム12個分がすっぼりと収まる巨大わさび園、大王わさび農場。


この他に安曇野といえば、アートライン沿いの美術館や体験コーナー。ちひろ美術館に(わたしのお気に入り)の絵本美術館・森のおうち、アートヒルズミュージアム、バナナムーンさん、ジャンセン美術館。忘れてはならない禄山(ろくざん)美術館など、多々くつろぎ眼と心を楽しませてくれる空間が広がっています。


近頃では、子どもさん連れは、国営アルプス安曇野公園(有料)に行かれる方も増えているようですが、わたし的には烏川渓谷緑地に鳥をみつけに双眼鏡をもって出かけるのがおすすめです。


このシルバーウィーク、ここに名を連ねたところ、特にわさび農場さんや上高地は渋滞の可能性が高いと考えられます。交通情報に気をつけてくださいね。


その点、川には渋滞はないのでのんびりとアウトドアを満喫できること間違いなしです。


安曇野の清流は激しい川ではありませんから、そのままの服装で濡れずに川に繰り出せるというのが特徴です。そして、秋の澄んだ空気と鳥達のさえずり、とんぼたちの歓迎の中で、疲れた日常を忘れさせてくれるはずです。


さてさて、
この安曇野リバークルーズ、公式には清流、犀川くだりがメインですが、実は裏メニューがあります。


普段は水なし川なので下ることができないのですが、この雨の季節に限って水が流れ、私たちを川旅へといざなってくれる幻の川旅コースがあるのです。


この川は、白馬大町を源流とする高瀬川といいます。背景に白馬の山々を望み、その川色は乳白色で、流れはほどよくせせらぎや、中瀬をたたえて
下る人々の心をときめかせてくれます。

こちらの季節限定裏ニューは濡れずにというわけにはいかず、途中川に入ってルートを確保しなければならないこともあり、クルーズというよりも、れっきとしたラフティングです。



今回下れる(先日ツアー開催しましたが、当日まで水量があるかドキドキでした)距離は11キロほでですが、川の蛇行が激しく、ゆうに2時間たっぷり、休憩をはさんで3時間近くかけて川三昧をたのしむことができます。ただし高齢の方やおちびさんたちには向きません。リピーターさんや、この際もっと冒険チックに川を下ってみたいというグループや、ソロ参加の方向けです。


このブログをみて興味を抱いた方はお気軽にお問い合わせください。


もちろん、定番の安曇野観光リバークルーズはいつも通り開催しております。まだまだご予約可能ですから、お気軽にお問い合わせくださいませ。

0263ー71ー6073
わんだぁえっぐ
  
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2015年09月15日

丘へ          〜新月13日〜

d7f0b558.jpg※写真は、長野市川中島古戦場






週末、おかんのおむつ替え。 出かけた先でも、介護用トイレに限らず、たいがいのトイレでなんとか工夫しておむつ替えができるようになった。


本当をいえば、こんなこと、こんなに器用にできるようになんてなりたくなかった。


でも今ではすっかり手慣れてしまった。


おどんは何処に連れて行っても、何を食べても記憶には残らない。
「俺は、だめだなぁ。なにもかも忘れてしまう。お父さんは寂しいよ。哀しいよ」
と、父。


それを口にしたことすら、次の瞬間忘れてしまっている。ほんとうをいえば、俺だって寂しいよ。思い出を共有できないのだから。



「出かけるのも食べるのも、こうして老いた両親と行動をともにするのは、実は、親孝行という名前の、自分のための思い出づくり。わかってる」
と、自らに言い聞かせる。


今ではそれもすっかり慣れてしまった。



思い出したいのに
思い出せないさびしさと哀しみを抱えるおとん。


忘れたいのに
忘れることができない寂しさと苦しみを抱える己




なんと無常なことか…。



青い空の下、
おかんの車いすを押して全力で公園の小高い丘を駆け上がった。


しかし勾配厳しく後退しそうになる車いす。その車いすを押す僕の背中を、父が後ろからさらに押し支えてくれた。


地上からわずか、5メートルばかり上がっただけのことだけれど、僕らには富士山登頂と同じくらいの喜びがあふれた。



「今日は本当に幸せ!生きてればいいことあるねぇ」と、おかん。


「バンザーイ!」と、おとん。



丘の上に立った僕ら三人を、西に傾いたお天道様が照らし出してくれていた。



その太陽の沈むあたりに暮らしているだろう、今も忘れられないひとのことを僕は思い出していた。


川があふれ
阿蘇が噴火し
九条審議国会
秋田の聖母の再涙


新月13日
世界が揺れている
平和が揺れている
わたしが揺れている








◇告知◇
このシルバーウィーク「安曇野のリバークルーズ
」で、認知症や介護、心にぽっかり空いた穴について、かく語りにやってきませんか。

ただいま、ご予約受付中です!
  
Posted by wonder_egg at 01:44Comments(0)TrackBack(0)

2015年09月09日

生きていることについて(ナンシー・ウッドの詩)

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生きているということ




生きているってどういうこと
と蛇に聞けば
腹に草をかんじることさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とブルーバードに聞けば
地上の上を高く飛ぶことさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
と木に聞けば
一カ所に根を下ろすことと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とアリに聞けば
踏まれないようにすることさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とコヨーテに聞けば
他のものたちよりも鋭敏であることさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とカタツムリに聞けば
自分のペースで行くことさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
と川に聞けば
一番荒々しい自由を見つけることさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
と風に聞けば
吹きたい方に吹くことさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とマキバドリに聞けば
知っている中で一番甘い歌を歌うことさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
とハリモグラに聞けば
自分自身であることを学ぶことさと答えるだろう。


生きているってどういうこと
と虹に聞けば
地球のまわりに美をかけることさと答えるだろう。


自然界のものはどれもみなまぶしいばかりに生きとし生きていて
創造主がなぜ
彼らをそれぞれの場所に配したのかを明快に物語っている。




◇出典◇

『今日という日は贈り物』(講談社)
ナンシー・ウッド作
井上篤夫訳
フランク・ハウエル装画
  
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2015年08月28日

安曇野ー絶好のアウトドア日和

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青い空
流れる川
心地よい風
静かなる日

本日、安曇野は絶好のアウトドア日和。

安曇野リバークルーズ予約受付中です。
  
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