February 01, 2012

ついでにマスタリングのお話


みなさん、こんにちは。


ジャミン・ゼブ『Garden』リマスター盤。
おおむね好評のようで、
ホッと安堵の今日この頃でございます。

とは言いつつも、

ファンのみなさんの中には、
「マスタリングってなあに、何のこと?」という方も、
たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。


ということで今日は、
この「マスタリング」なるものについて、
少しばかりお話をしてみましょう。


「マスタリング」とは、

レコーディングにおける最終行程の作業です。


プロデューサーとエンジニアが、

「よし、これで完成だ。
 歌や楽器のバランスもよし。
 リヴァーヴ(エコー)の量もよし。
 100点満点の出来栄えだ。」

というところまで作り上げた最終マスター・テープ。
(今の時代はDVDかCD-R)


しかし、これで最後ではないんですねえ。

この段階ではまだ、
CDの生産には至りません。


この最終マスターを、
さらに「マスタリング」しなくてはいけないのです。

そして、この作業には、
その道のプロの力を借りなければなりません。

いわゆる「マスタリング・エンジニア」の力をね。


そして、私が、

「最高のマスタリング・エンジニア」
と信じて疑わないのが、

原田光晴さん。



かつて私は、

1990年代の何年かを、
ソニー・ミュージックの「契約プロデューサー」として、
様々なCD制作をしておりました。

「TOKIO」「宮沢りえ」といった、
アイドル物が多かったんですがね。


で、その頃、
同じくソニー・ミュージックで仕事をしていたのが、
この原田さん。

ま、私とはいわば旧知の間柄です。

お互いを知り尽くしたプロの仲間です。



そして、ジャミン・ゼブに関して言えば、

「旧盤・Garden」「Sweet Sweet Live」「Summertime」

からが、原田さんの仕事になります。


いやあ、彼の手にかかれば、
私と須藤君(エンジニア)の作った完成品が、
さらに30%くらい輝きと迫力を増しちゃうから、

あらまあ不思議…?

どんな魔法を使ってるのかしらん…?



ということで今回も私たちは、

代官山にある、
「JVCマスタリング・センター」
を訪れました。

2011120714380000

エレベーターで地下まで降りると…、

2011120714390000

ええと、原田さんの部屋はどこだったかな…?

おお、あれは、原田さんの作品群だな。
山下達郎、クレージーケンバンドなんかに混じって、
左下には「Summertime」もあるな…。

うんうん。

2011120714110001

あっ、ありました、ありましたよ。

「原田ルーム」

2011120714110000

「こんにちは、原田さん。」

「やあ、いらっしゃい、お待ちしておりましたよ。」

2011120714100000

「ちょっとこのサウンドを聞いて見て下さい。
 中低音が前より豊かになったでしょ。
 歌もぐっと前に出て来ましたよね。
 これ新兵器なんですよ。あははは。」

「なるほど…。確かに…。」

2011120714100001

「ええと、この曲は少しだけレベルを上げるかな…。
 よいしょと。
 曲間は3秒でいいですかね、宮住さん。」

「そうですね。
 ボーナス・トラックの前だけは、
 5秒くらい空けましょうか。」

「わかりました。ええいこれで完成だ。」

2011120714400000


こうして、

「デジタル・エコライザー」を巧みに使いながら、
私たちのマスター・テープが、
さらに素晴らしいものになりました。


まさに職人芸です。

原田さん、今回もありがとうございました。


やれやれ、

これでようやくCDの大量生産が出来る、
とまあ、こういうわけなんですね。

よかった、よかった。

……。



では、ショーちゃん、

祝杯といこうじゃないか。

「どうだね、今回の出来栄えは。」


「バッチリじゃないっすかね。
 さすが原田さんすね。」

2012011121530000


おい、そりゃ、俺の帽子じゃないか。

……。



ま、いいか。

今日は許そう。


こうして出来上がりました。

『Garden』リマスター盤。

120125 Garden 2


この撮影は、

「東京工科大学」(日本工学院)八王子キャンパス、
そお借りしてのもの。

「東京ディズニーランド」とほぼ同じ広さという、
広大な、そして美しい自然の中で行われました。

スタッフのみなさまに感謝、感謝でございます。


ところで、ジャミン・ゼブ諸君、

どうだね調子は?


「バッチグーっすよ。あははは。」

2011102713390000


ん…?


……。



SHUN MIYAZUMI

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2012 エッセイ | jammin' Zeb インフォメーション

January 24, 2012

『Garden』リマスター盤のお知らせ


みなさん、こんにちは。

今日は特別版でございます。


ジャミン・ゼブに関するお知らせです。


ジャミン・ゼブHP(Staff Blog)、
ならびにZEBLOGにも、
ほぼ同じ内容が掲載されますが、

こちらにも…。


「jammin'Zeb(ジャミン・ゼブ)の大傑作『Garden』

 強力なリマスター盤として装いも新たに再登場!」


 120125 Garden 1

    120125 Logo 1

      120125 Logo 2

    『ガーデン』POCS-1049
    発売元:ZEB
    販売元:ユニバーサル ミュージック
    定価:¥3,150(税抜価格¥3,000)



2010年5月にこのアルバムを発表してからのジャミンは、
歌唱力はもとより、すべてにおいてスケール・アップ。

ステージはさらにエンターテインメント精神にあふれ、
端正なルックスには、
大人の男性の魅力も兼ね備わってきました。

(かな…?)


また同年末より、
東海地方限定ではありますがCMにも出演。
そのタイアップ・ソングとして、
初の日本語オリジナルも提供。

2011年6月には、そのCMソングの「Beautiful Smile」や、
渾身のアレンジ、
「Summertime」「La Mer」「Day Tripper」、
そして東日本大震災によって生まれたオリジナル「Rise」、
これらを含む話題のアルバム『Summertime』をリリース。

その「Rise」は、
NHK総合TVでも再三に渡って取り上げられ、
大きな反響を呼んだことは記憶に新しいところです。

(うんうん)


そんなジャミン・ゼブの最高傑作として呼び声の高い、
アルバム『Garden』を、
未だジャミン・ゼブの音楽に触れたことのない方たちに、
“より完璧なパッケージ”でお届けしたいという願いのもと、

再び制作費がかかるのも厭(いと)わず、
多少の困難や批判をも覚悟の上、

「ええい!」とばかりリニューアルしてしまったのが、

このリマスター盤なのです。

(なるほど)



日本を代表する最高のマスタリング・エンジニア、
原田光晴さんと、
JVCマスタリング・センターが誇る、
最新マスタリング技術によってもたらされたサウンドは、
旧作よりもさらに輝きと重厚さを増し、
熱心なオーディオ・ファンをも、
大いに唸らせる仕上がりになったのではないでしょうか。

(へ〜)


さらにアルバム・ジャケットも一新しました。

有名人気ブランド『JUN MEN』さまご提供による、
ベルベット・スーツや、
ヨーロピアン・センスに溢れるジャケット&パンツ。

これらに身を包んだ、
メンバー4人の美麗写真が満載のブックレットは、
さらに多くの女性たちを魅了することと確信します。

(キャーッ!)


そして今回はボーナス・トラックを用意しました。

デビューして間もない2008年に出演した、
TV朝日『題名のない音楽会』。

そこで披露した岩崎宏美さんの、
「好きにならずにいられない」ジャミン・バージョンは、
その後たくさんの方からCD化を渇望されていました。

今回ついに陽の目をみることとなりました。

これまたNHKでも取り上げられた「さくら」や、
「エヴリシング」「カケラたち」などと並んで、
ジャミン・ワールドにリメイクされたJ-POPカヴァーが、
さらに多くの方たちから評価されると信じております。

(わーい)



このように、

現在考えられる最高のスタッフを駆使して作られた、

最高に贅沢な「リマスター盤」!

1月25日全国一斉発売です。

どうぞ手に取ってご覧下さい。


 120125 Garden 2



ただし、
ここでお断りしておかねばならないことがあります。

すでに旧盤『Garden』をお持ちの方に対してです。

(ここ重要です)


「リマスター」すなわち新しいマスタリングといえども、
音楽の本質が大きく変わったわけではありません。
収録曲はボーナス・トラックを除いて全て同じです。
演奏もすべて同じ物です。

また旧作のマスタリングが劣っているわけでもありません。
これも今回と同じく原田さんの手による作品ですから、
悪かろうはずがありません。


どちらにもそれぞれの良さがあって、
オーディオ的見地からみれば、
その違いを楽しんでいただくのも一興かと思います。

強いて言うと、今回のは、
「より中低音が充実した重厚なサウンド。
 ヴォーカルも旧作よりぐっと前にでて来た感じ。」
ということになるのでしょうか。


しかしながら、

「オーディオ的な専門分野はどうでもいい。
 同じ曲、同じ演奏のものばかりだったら、
 たった1曲のために新たに購入するなんて嫌だ。」

こう思われる方もいらっしゃると思い、
そうした方のために、
ボーナス・トラック「好きにならずにいられない」のみ、
各種配信サイトで購入(200円)できるように致しました。

どうぞご利用下さい。



人間は日々進化していくものです。

2010年時点では最良だと思ったものでも、
時を経てみると、
わがままな欲求が次々と首をもたげてきます。


今回「なぜそんなことまでして…」という、
疑問をお持ちの方も多いかと思いますが、
それに対しては、

「だって、そうしたかったから。」

という答えしか浮かばないのもまた事実。


どうぞくれぐれも、

「新譜だと思ったら、前のと同じじゃないか。」

というクレームの無きよう、

お間違えのなきよう、

よろしくお願い申し上げます。



ただし、このように、
ジャケットを変更させての再発売というのも、
この業界では珍しい事ではありません。

逆にそのアーティストが大成功をおさめた場合には、
初版というのは思わぬ価値が生まれる場合も多いのです。


どうぞ旧盤も、変わらずのご愛顧をお願い申し上げます。


(ふ〜…)



ではここで、

あらためて収録曲について、

簡単な解説を加えておきましょう。


01. HOW DEEP IS YOUR LOVE(愛はきらめきの中に)

ビージーズの美しいヒット曲を、
ビロードのようなジャズ・ハーモニーを散りばめながら、
スローボサのリズムに乗せて感動的に歌い上げています。


02. ROUTE 66(ルート66)

豪快なビッグ・バンド・サウンドを彷彿とさせる
コーラス・ワークとグルーヴは、
まさにジャズ・コーラスの醍醐味です。


03. さくら

アンコールでこの曲を演奏すると、
サイン即売会ではいつも長蛇の列。
NHK『歌謡コンサート』『金曜バラエティー』
でも取り上げられました。
今やジャミンを代表するア・カペラ・ソングです。


04. LADY MADONNA(レディ・マドンナ)

あのビートルズの名曲が、こんなに華麗な、
ジャズ・ファンク・ロックに大変身。
この曲が始まるとスタンディング、大盛り上がり。
最近のライブでは定番になりました。


05. ALFIE(アルフィー)

バート・バカラックの名曲も、
ジャミンの手にかかるとこんな風になってしまいます。
“バラード王子”の異名をとるコージローを中心とした、
美しい珠玉の逸品。


06. NOUS VOYAGEONS DE VILLE EN VILLE
 (町から町へ)


ミシェル・ルグランの代表的ミュージカル
『ロシュフォールの恋人たち』中の一曲で、
ここではフランス語に初挑戦。
あらゆるコーラス・ワークを駆使した驚異の作品で、
彼らの実力は既に世界的レベルと言っては、
言い過ぎでしょうか。


07. EVERYTHING(エヴリシング)

ご存知MISIAさんの大ヒット曲。
前半が「Singers Unlimited」後半が「TAKE 6」という、
世界の2大コーラス・グループを意識した、
あっと驚く二部構成によるアレンジと歌唱は、
大いに話題を呼んでいます。


08. ORANGE COLORED SKY(オレンジ色の空)

バーバーショップ・スタイルのア・カペラを、
若者らしく実に溌剌と歌い上げています。
さらに磨きのかかったシモンの迫力ある低音にもご注目。


09. THE SUMMER KNOWS(おもいでの夏)

06と同じ、ミシェル・ルグランのオスカー受賞曲。
美しくもせつないバラードが、
スティーブを中心に更に官能的、
かつドラマチックに仕上がっています。


10. SWEET SWEET LOVE
 (スウィート・スウィート・ラヴ)


最近メキメキと創作力を上げて来た、
レンセイが書き下ろした初のオリジナル。
R&Bが基調になった楽しいダンス・ナンバーで、
これもライブではいつも熱狂状態ですね。


11. POLKA DOTS AND MOONBEAMS 〜
            MOONLIGHT SERENADE
 (水玉模様と月光〜ムーンライト・セレナーデ)


古いスタンダード・バラードと、
有名なグレン・ミラー楽団の大ヒット曲を組み合わせた、
いわゆる“お月さまメドレー”。
ジャズ・ワルツでぐいぐいスイングする後半は、
まさに圧巻の仕上がりです。


12. MOONDANCE(ムーンダンス)

もう一曲、月にちなんだタイトルのア・カペラ・ナンバー。
都会的で洗練されたア・カペラ・ワークは、
まさにジャミンの真骨頂といえましょう。


13. カケラたち

若きシンガー・ソングライター、
松倉サオリさんの隠れた名曲を、
ジャミンならではのアレンジで見事に甦らせた大作。
アルバムの最後を飾る、圧倒的な仕上がりです。


14.好きにならずにいられない(ボーナス・トラック)

かつてTV朝日『題名のない音楽会』で大反響を呼んだ、
岩崎宏美さんのヒット曲のカヴァー。
これまたジャズ・ハーモニーを散りばめた、
ジャミンならではの斬新なリメイク。
J-POPの今後のあり方に一石を投じたと言うのは、
大げさでしょうかね。
ファンのみなさま待望のCD化です。



嬉しいことに、
2011年後半からは、
全国各地から出演依頼の絶えないジャミン・ゼブ。

再びこの強力盤をたずさえて、
飛翔していきたいと願っております。


どうぞ今後ともジャミン・ゼブを、

よろしくお願い申し上げます。


Producer

Shun Miyazumi



(あとがき)


とまあ、

こんなわけでございました。


早いところでは、

本日(1/24)にも入手可のようです。


このジャケットを眺めながら聴くと、

また違った印象に聞こえるから不思議 ♪


お楽しみいただければ幸いです。


今年はまだまだビッグなニュースが続きますよ。


お腹こわしてる場合じゃありませんね。


ガォ…。


Shun Miyazumi



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2012 エッセイ | jammin' Zeb インフォメーション

January 14, 2012

私の映画ベストテン 2011


この企画も今年で5年目になります。

でも、今年はちょっと迷いました。

やめようかとも思いました。


なぜならば、

3月11日の、あの大震災がもたらした惨状や、
福島原発の恐ろしい事態を見せられたら、
作り物の映画なんて、なんとも現実離れした、
絵空事に思えてきたからなのです。


したがって昨年見た映画(DVD)の大半は、

3月11日以前のものばかりです。


でもね…、

やはり映画を捨てることはできませんでした。


これもまた、

人間の英知と感性が作った、
なんとも贅沢で、人生に潤いをもたらす、
偉大なエンターテインメントだからです。


心から素直に映画を楽しめる生活もまた、

幸せなことなんだなあ…。


逆に改めて再認識させられた、

とまあ、こういうわけです。


ということで、

今年もやることにしました。


ではでは。



『私の映画ベストテン 2011』




1.エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜
 (La Vie En Rose)

 なぜか昨年は、ここ数年気になっていた、
 「有名な女性」を主人公にした、
 そんな映画をたくさん観た1年でした。
 
 なぜ、そんな心境になったのでしょうかねえ…?

 そんな中、この「シャンソンの女王」を描いた映画は、
 本当に素晴らしかったです。  

 マリオン・コティヤール扮するピアフは、
 まるで本人が演じてるのではないかと思わせる名演で、
 アカデミー賞主演女優賞に輝いたのも当然!


 わずか47年の短い人生を哀しくも奔放に生きたピアフ。

 過酷なまでの波乱の人生だったからこそ、
 今だに世界中を魅了し続ける、
 あの歌が生まれたのでしょうか。

 だとしたら、あまりにも皮肉…。


 そして、この映画を観て初めて知ったのですが、
 「エディット・ピアフ」というのは芸名だったんですね。
 なんとも印象的な名前だと思っていました。

 そんな、偉大な「エディット・ピアフ」を、
 かつてタモリは、『タモリII』というアルバムの中で、
 こうパロディっていたんですよ。

 「エビのピラフ」

  (いいのか…)



2.ココ・シャネル
 (COCO CHANEL)

 お次は、有名な女性デザイナーの伝記映画。
 これは2種類あったのですが、
 私が選んだのはシャーリー・マクレーンが出ている方。
 
 これもキャスティングが見事だったなあ…。

 若き日のココ(バルボラ・ボブローヴァという人)と、
 晩年のココを演じるシャーリー・マクレーンの、
 イメージが全く狂わないのです。

 伝記映画で一番がっかりするのは、
 役者の風貌やキャラクターの違いで、
 とても同じ人物の人生と思えないキャスティング。

 この映画は、それだけでも楽しめました。


 そういえば、
 「ココ」というのも変わった名前ですね。
 これまた、とても印象的な名前です。

 だから私、マヒナ・スターズと女性歌手が、
 その昔歌っていた曲を思い出しました。

 「ココ ココ ココがいいのよ
  あなたのそ〜ばが〜♪」
 
  (古すぎ…?)



3.永遠のマリア・カラス
 (Callas Forever)

 過去の偉大な歌手のなかで、
 「一度でいいから生で聴いてみたかった…。」
 そう思える一人が、このマリア・カラスさん。

 ま、ピアフもそうですがね…。

 マリア・カラスと親交の厚かった、
 斬新なオペラ演出でも有名な映画監督、
 フランコ・ゼフィレッリさんの愛と思い入れが、
 伝わってくるような気がします。


 もっとも印象的なシーンは、
 晩年、かつてのような声が出なくなったカラスが、
 往年の彼女を収録したレコード、
 蝶々夫人「ある晴れた日に」を聴きながら、
 泣き崩れるところ。

 でも、それも仕方ないこと。
 誰でも年はとるのですから。


 それでも彼女は、
 神から与えられた素晴らしい声と歌唱力で、
 「史上最高のソプラノ・シンガー」の勲章を、
 手に入れたではありませんか。

 悲観することなんか一つもありません。

 私は彼女に、こう言ってやりたかったです。

 「カラス なぜ泣くの?」
 
  (もういいから)



4.負けざる者たち
 (Invictus)

 これも実話をもとにした、
 クリント・イーストウッド監督の感動作。

 1994年、南アフリカ初の黒人大統領に就任した、
 ネルソン・マンデラさんは、
 それでもなお、白人と黒人の対立が続く国を、
 「スポーツの力で一つにしたい」と考えたんですね。
 
 そして、幾多の困難を乗り越え、
 翌1995年、自国南アフリカで開催された、
 ラグビー「ワールド・カップ」大会で、
 なんと、南アフリカ・チームを優勝に導く。

 とまあ、まるでドラマのような本当のお話。

 
 しかし昨年、
 わが日本の「なでしこジャパン」も、
 女子のサッカー「ワールド・カップ」で優勝しましたね。

 震災で落ち込んだ日本に勇気を与えてくれました。

 だから人生は、面白いんですね。



5.シービスケット
 (Seabiscuit)

 これも実際にあったお話。
 私、どうやら実話の方が好きみたいですね。

 といっても、この主人公はお馬ちゃん。

 気性が荒く、とても競走馬にはむかない、
 不遇の馬「シービスケット」号を、
 限りない愛情と、粘り強い調教で、
 ついに一流の競走馬に育てるというお話。


 そして、これまた大不況にあえぐ、
 1930年代のアメリカに、
 夢と希望を与えたというのですから、
 今の日本にも望みたいものです。
 
 出よ、第二の「シービスケット」!

 「シマウマ」もがんばれ!

 (ん…?)


2012 C


(お前の出番は、終わったんだって!)



6.パリより愛をこめて
 (From Paris with Love)

 ん? なんか聞いたことがあるようなタイトルだぞ…。

 1年前のこの特集では、
 同じスタッフが作った、「96時間」という、
 超ど級アクション映画をご紹介しましたが、
 昨年観たアクション映画のなかでは、
 これがダントツに爽快でした。

 ジョン・トラボルタが、
 メチャメチャ危ない刑事野郎に扮して、
 悪党どもを次から次へとぶっ殺すという、
 なんとも野蛮なハード・ボイルド・アクション。

 
 この人も年をとるにつれて、
 どんどんカッコいいオッサンになっていきますねえ。

 憧れちゃうなあ…。

 無理だけど…。



7.パブリック・エネミーズ
 (Public Enemies)

 大恐慌に喘(あえ)ぐ1930年代のアメリカには、
 お馬の「シービスケット」号とならぶ、
 庶民のヒーローがいたんですねえ。

 それが、ジョン・デリンジャー君。

 といっても、この人は犯罪者です。

 でも、国家の金しか狙わず、
 国家権力をあざ笑うような強盗と脱獄を繰り返す、
 これまた映画のような人生を送った、
 アメリカ版「鼠小僧次郎吉」。。


 昨年は、映画のようなお話の映画ばかり…。

 わかるような、わからないような…。
 
 ……?


 ジョニー・デップ君、快演でした。

 愛人役のマリオン・コティヤールも、
 「これが、あのピアフを演じた人?」
 と思えるような名演でした。



8.エル・カンタンテ
 (El Cantante)

 この映画もずっと探していたんです。
 ようやく観ることができました。

 伝説のサルサ・シンガー、
 エクトル・ラボーの波乱の生涯を描いた音楽映画。

 この人も、薬漬けの人生。
 おまけに最後はエイズにもかかってしまう。

 もう、どうしてみんな、そうバカなんでしょう。

 ジミ・ヘンも、ジャニス・ジョプリンも、
 ジム・モリソンも、ブライアン・ジョーンズも、
 エディット・ピアフも…。。。

 ま、そういう時代だったんですかね…。


 演じているのは、
 これまたサルサ(ラテン・ミュージック)の大スター、
 マーク・アンソニー君。

 音楽伝記映画というのは、
 俳優は口パクで吹き替えシンガーがいるもんですが、
 これは、きっと、
 マーク・アンソニー自身が歌ってると思います。

 格好いいですよ。
 歌も抜群です。

 憎いぞ。



9.英国王のスピーチ
 (King's speech)

 ああ、これも実話だ。

 英国史上最も気弱な国王(ジョージ6世)が、
 「ナチの台頭許さじ」とばかり、
 ドイツに対しての宣戦布告と、
 国民にむけて奮起を促す歴史的なスピーチを、
 涙ぐましい努力の末、成功させるというお話。
 
 でも、いいのかな…。

 仮にも一国の王さまを、
 こんなコミカル・タッチで描いたりして…。

 現エリザベス女王の父上なのにねえ…。


 日本だったら、
 絶対許可されないでしょうね。

 イギリス王室の寛容さを見たような気がします。

 ちなみにこれ、
 昨年(2011年)のアカデミー賞最優秀作品賞を獲得。
 
 そこまででもないような気もしますが…。



10.スラムドッグ$ミリオネア
 (Slumdog Millionaire)

 1970年代の後半から80年代にかけて、
 私は毎年のように仕事でアメリカに行っておりました。

 その度に、驚いたのは、
 日本でもヒットしているクイズ番組と全く同じ物が、
 アメリカにもあることでした。


 これって、日本のテレビ局が真似してたんですねえ。

 そして司会役のキャラクターも、
 そっくりに真似していたのです。

 「クイズ100人に聞きました」の関口宏さんも、
 「クイズ$ミリオネア」の、みのもんたさんも、

 アメリカのそれと同じような口調、同じような間(ま)。

 「なあんだ」って感じでした。

 
 ところが、これはインドにもあったんですね!

 とまあ、そんなお話。

 ちなみにこれは2009年のアカデミー賞最優秀作品賞。

 これは納得です。




そんなわけで、

映画の本数こそ少ない2011年でしたが、


その代わりに私を楽しませてくれたのが、

『オペラ・コレクション』(もうすぐ完結)と、

やはりD社から出た『名探偵ポワロ』シリーズ。

そして『刑事コロンボ』のDVD全巻。


みんな、ありがとう!


でも今年はまた、

映画をいっぱい観るつもりです。


パニック映画はイヤだけど…。


……。



SHUN MIYAZUMI

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2012 エッセイ 

January 04, 2012

私の10大ニュース 2011


みなさん、

あけましておめでとうございます。

2012年が幕を開けました。


2012 F


東京は今年も晴天続き。

さぞやみなさん、

穏やかなお正月を過ごされたことと思います。

2012 J


それにしても、

昨年は、本当に大変な一年でした。

新しい年を、こうして健康で迎えられることを、

何よりも感謝したいと思います。



2012 D


おっ、出たな。

そうか、今年は辰年なんですね。

わがジャミン・ゼブも、

昇り龍のごとく大いに活躍してもらいたいものです。


2012 C


そう、辰年ね。

わかってますよ〜。

私の卯(うさぎ)年は去年終わったんですよね〜。

はい、はい…。


2012 B


おい、わかってるって言ってるだろ!

くどいよ君たち!!


2012 A


あ、あのね…。

……。。。



というわけで、

どうぞ本年も、変わらずのご支援、ご声援のほど、

よろしくお願い申し上げます。


みなさんにとりましても、

素晴らしい1年になりますように。


2012 I




では、今年もこの話題からスタートです。

今年で早や6回目を迎えます。

私をとりまく、

なんともバカバカしい、でも心暖まる10大ニュース。


(ん…?)


2011年の私は、どんな1年だったのでしょうか。

ジャーン、早速いってみましょう。




『私の10大ニュース 2011』



1.ノロ・ウィルスの来襲(1月)

 あれは1月中旬のこと。

 深夜に突如私を襲った強烈な吐き気と下痢。
 それはそれは、筆舌に尽くし難い苦しみでした。

 聞くところによると、
 これぞ、当時巷(ちまた)を騒がせていた、
 ノロ・ウィルス(ロタ・ウィルス)という奴のしわざ。

 もうもう、一晩中ゲーゲー、ピーピーのありさま。

 (すみません、正月早々汚い話題で…。)


 で、その2日後、
 今度は息子が同じ症状にかかってしまいました。

 真夜中、トイレでゲーゲー吐きながら、
 彼は私に、こうののしったのです。

 「くそー、うつしたなー。」


 そう、あれは強烈な感染作用を持っているのです。


 でも…、
 やはり同居しているもう一人の女性…。

 なぜか彼女だけは感染しませんでした。

 (なぜだ…?)



2. 膝が痛いよ〜(1〜6月)

 ノロ・ウィルスが去ったと思ったら、
 その次に私を襲ったのが「膝痛」。

 いやあ、これも大変でした。
 医者へ行っても、整骨院に通っても、
 一進一退を繰り返すばかり。

 「普通に歩ける」ことが、
 こんなに有難いこととは考えもしませんでした。

 
 で、結局、治療に最大の効果があったのは、

 「禁酒」。

 
 だから…、

 なんだかんだで、この「膝痛」は、

 完治するまで半年もかかってしまいました。(…?)

 (ツイストもダメよ〜。)



3. ついに地デジのテレビ買う(2月)

 2月末。
 ついにあきらめて、
 我が家の居間にも地デジのテレビを導入しました。

 (強情なY浅ショージん家(ち)は、
  7月以降、テレビ無しの生活です。
  ぐぁははは、この意地っ張りめ。)


 それにしても、今のテレビって薄いんですねえ。
 だから42型でも、ちっとも場所を取らない。
 そして、きれい…。


 と、そこへ、
 あの大地震が起きました…。(3月11日)

 我が家は3人とも外出中です。

 私は真っ先にテレビのことが心配になりました。

 (無事だろうか…。倒れて壊れてはいまいか…。)


 私とY浅ショージは、
 代々木公園から延々歩いて帰って来たのですが、

 あのショージめは、
 「どうしてもお宅の惨状が見たい。
  特に壊れたテレビがね。ウッシッシ。」
 と、わざわざ家(うち)に立ち寄ったのでした。

 (性格悪いから。)


 しかし、我が家は信じられないくらい、
 何も被害はありませんでした。

 テレビも無事でした。


 そのとき、あいつは、こう呟いたのです。

 「なあんだ。」

 「……。」



4. 帰宅難民になる(3月)

 2011年…。

 どうしてもこの話題を避けては通れませんね。


 3月11日…。

 私たちとジャミン・ゼブは、
 代々木公園の近くにあるスタジオで、
 来るべき『STB 139 4Days』公演に向け、
 快調にリハーサルをしておりました。

 そこへ、あの大地震。
 ……。


 都内の電車はすべて運転中止です。

 仕方なく、私とショーちゃんは、
 まず渋谷まで歩きバス停に行ってみる。
 が、そこは、人、人、人、人、人…。
 しかもバスなんて一向に来る気配もない。

 あきらめて、今度は恵比寿まで歩き、
 駅前で「用賀」行きのバスを待つ。
 このバスは駒沢通りをまっすぐ、
 家の前まで行ってくれる便利なバスです。


 が、しかし、30分くらい待ったあと、
 その前に満員で発車したバスが、
 わすか30m先でまったく動けないのを見て、
 これも断念。

 今度は中目黒まで歩き、
 3時間程「焼きトン屋」で一杯飲んで時間つぶす。
 というか「東横線」の運転再開を待つ。

 
 しかし、それも叶わず、
 私たちは駒沢通りをテクテクと歩く。
 ま、同じような人がたくさんいたので、
 寂しくはありませんでした。

 そして、環七の近くまで来たときに、
 親友の小原さんがこの辺に住んでいるのを思い出す。

 私たちは、小原さんちに駆け込んだあと、
 酒をふるまってもらい、
 約2時間、ここで時間をつぶす。

 で、このとき私たちは、
 この地震がもたらした凄まじい現状を、
 初めてテレビを通して知ったのでした…。


 結局我が家に着いたのは深夜の1時。

 代々木を出てから、
 8時間の苦難の行軍だったわけです。
 
 (うそつけ、実質は3時間じゃないか。)


 それにしても、膝が少し良い状態だったので、
 助かりました…。

 ……。


 あらためまして。

 被災者のみなさまに心よりのお見舞いと、
 被災地の1日も早い復興を、
 心よりお祈り申し上げます。
 


5. 手羽先三昧(4、7、10、12月)

 東日本大震災によって、
 予定されていた仕事が次々とキャンセル、
 または延期になってしまった2011年前半。

 私たちは、
 中京地区から再び活動を開始。

 CMでもお世話になっている、
 「クレール」さんのご協力を得て、
 度重なる名古屋ライブを敢行したのでした。


 そして、ここで私は、
 もうひとつの名古屋名物「手羽先」を知ったのでした。

 いやあ、何本食べたかなあ…。

 4回の遠征で100本は食べたかなあ…。

 あははは。


 今年もいっぱい行きますよ〜。

 もう決めたも〜ん。

 (目的はそっちか…?)




はい、ここで、ちょっと休憩。

お正月ですからねえ。

うぃ〜〜っと。

2012 H



では後半。



6.ピーター・フォーク死す(6月)

 1970年代。

 軽妙な演技で日米のお茶の間を楽しませてくれた、
 刑事コロンボこと、ピーター・フォークさんが、
 お亡くなりになりました。


 小池朝雄さんによる吹き替えも楽しかったなあ。

 「うちのカミさんがね。」

 「よござんすか?」


 舞台はロスなのに、なぜか江戸っ子弁だし。

 あはは。

 
 で、私、追悼の意味もあって、

 Amazonにて、
 「刑事コロンボ大全集」ならぬ、
 現在発売中のDVDを全て購入したのです。

 約50話にも及ぶ傑作ぞろい。

 おまけに、すごい安かったです。


 ま、この話はいずれまた。

 (合掌…)



7. さらに…(10〜12月)

 2011年は、
 私が高校生の頃から憧れ、敬愛していた方々が、
 次々とお亡くなりになりました。

 北杜夫さん。
 あなたの軽妙なユーモア溢れる文章が大好きでした。

 立川談志さん。
 あなたは先代古今亭志ん生、三遊亭円生とならぶ、
 真の天才でした。

 西本幸雄監督。
 熱狂的な阪急ファンだった私には、
 あなたの勇姿を永遠に忘れることはできません。


 ああ、寂しいなあ…。

 ……。
 

 (合掌…。合掌…。合掌…。)



8. ボルト、世紀のフライング(8月)

 昨年、韓国テグで行われた「世界陸上」。

 世界中が注目したのは、
 男子100メートル決勝に出場する、
 驚異的世界記録保持者、史上最強のスプリンター、
 ジャマイカのボルト選手。


 なにしろ、準決勝までは、
 一人だけジョギング状態でしたからね。

 それで軽々と10秒を切ってしまう。

 真面目に走ったら、
 いったいどんな記録が出るのだろう…?
 どのくらい他の選手をぶっちぎるのだろう…?


 そして…、

 その時はやってきた。


 位置について…、

 用意…、
 
 パーン!


 ところが…、

 「おっと、ボルトがフライングです!」

 「なんと、ボルトが失格です!」


 あ〜あ…。

 がっかりさせてくれるよなあ、ボルト君。
 そんなに慌てなくたって、
 ぶっちぎりの優勝は間違いないじゃないか…。

 ……。


 ま、若さが出ましたね。

 ということで、
 今年の「ロンドン五輪」に期待しましょう。
 

 スプリンターといえば…、

 名馬シンボリルドルフも亡くなりましたね。(10月)

 (ん…?)


 昨年、オルフェーブルが、
 史上7頭目の三冠馬に輝きましたが、
 私はあなたこそが “史上最強馬” と、
 かたくなに信じておりますよ。

 (これも合掌だ…。)



9. イチローの記録、ついに途絶える(10月)

 私のアイドル、
 大リーグ「シアトル・マリナーズ」のイチロー選手。

 彼が2001年の渡米以来打ち立てて来た、
 数々の偉大な記録がすべて途絶えてしまいました。


 11年連続200本安打ならず。
 11年連続3割ならず。
 11年連続オールスター出場ならず。
 11年連続ゴールデン・グラブ賞ならず。


 あ〜あ、もったいない…。

 ……。


 限界説もささやかれていますが、
 私はそうは思いたくありません。

 がんばれイチロー!

 もう一度、よみがえれイチロー!

 (今年は真面目に応援するからね。)



10.ジャミン、悪天候予想をことごとく覆す

 かつて、

 「ジャミン・ゼブのライブの日はいつも雨が降る」

 「ジャミン・ゼブには雨男がいる」

 と、よく言われたものでした。


 しかし、

 2011年のジャミンは、
 そんな悪天候予想を、
 ことごとく覆(くつがえ)したのです。


 圧巻は、9月のファンミでした。

 前々日まで、
 台風は関東直撃の予想。

 今度ばかりは私もショーちゃんも諦めかけました。

 
 しかし…、
 前日になると…、
 台風は大きく左に旋回。

 四国から中国地方に向けてその進路を変え、
 当日の東京はピーカンという奇跡まで起きたのです。

 (四国、中国地方のみなさん、ごめんなさい…。)


 さあ、お天気までも味方し始めたジャミン。

 今年も大いに活躍したいと思います。

 なにしろ昨年は、

 半分しか活動できませんでしたからね。


 1年間フルに活躍できますように…。

 ささやかながら今年の私の願いです。


 行け〜〜〜! ジャミンガーZ!!




というわけで、

2012年のはじまり、はじまり〜。


最後は、いつものあいつの登場です。


Oshogatsu 2


昨年、この「招き猫」ちゃんの名前を募集しました。

おかげさまで、

数名の方から応募がありました。


で、熟慮に熟慮を重ねた結果、

ここに名前が決定しました。

「宮ちゃん」です。


おい、今年も頼むぞ、宮ちゃん!



ではでは、改めまして、

「謹賀新年」。


今年もよろしくお願い申し上げま〜すにゃ〜。


(ん…?)



SHUN MIYAZUMI

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2012 エッセイ 

December 31, 2011

ゆく年くる年


大晦日に、

「これだけは絶対観なくちゃ!」

と心に決めている番組…。


それは、

NHK「ゆく年くる年」(23:45〜0:15)。。


特に感慨深いのが「ゆく年」の方ですかね。

子供の頃から、これだけは欠かさず観ています。


全国各地のお寺や神社を中継で結び、
住職たちによる「除夜の鐘」の儀式や、
新年を迎えようとする各地の「今」が映し出される。

日本の風物詩とも言えるこの番組を見ていると、
普段はチャランポランな私も、
なぜか厳粛な気持ちになってしまうのです。


「ゴ〜〜〜ン♪」

「ゴ〜〜〜ン♪」



普段「信心深い」とはほど遠い無神論者の私も、
このときばかりは、

「来年はいい年でありますように!」

な〜んて、
厚かましくもテレビに向かって、
手を合わせたりしちゃうのです。


でも、この一瞬だけ。

0時を過ぎると、すぐに我に帰ります。

あはは。


初詣なんか行かないし、

(寒いから)

お正月らしいことはなんにもしない。

(面倒くさいから)


そして、行きつけの学大のお店が始まる日を、

心待ちに数える…。

(ええと、あと3日、あと2日、あと…)



でもね、

今年はちょっと違う思いがあります。


「来年は!」「来年こそは!!」という前に、

まずは、

「生きてること」「元気で今年を終えられること」

その安堵感のほうが大きいのです。


というわけで、

今年は例年以上に厳粛な気持ちで、

観させていただこうと思っております。


「今」をこうしていられる幸せをかみしめながら…。

……。



みなさん、

今年も1年ありがとうございました。


来たる年も、
みなさんに喜んでいただけるよう、
素敵な音楽作りに精一杯頑張りたいと思います。

2012年版「ジャミン・ワールド」に、
どうぞ、ご期待下さい。


よいお年をお迎え下さい。


感謝…。



SHUN MIYAZUMI

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2011 エッセイ 

December 24, 2011

ルネ・シマール その3(最終回)


1974年の「第三回東京音楽祭」において、

その美しいボーイ・ソプラノで熱唱し、
見事にグランプリを獲得、
一夜にしてアイドル・スターになってしまった、

カナダの美少年ルネ・シマール君。


さあ、この年の後半から、
翌75年にかけてのルネ旋風は、
それはそれは凄いものでしたね。

デビュー曲の『ミドリ色の屋根』を皮切りに、
リリースするシングルやアルバムはみな、
オリコン・チャートの上位にランク。


そして、そのプロモーションのために来日すると、

どこで嗅ぎつけたのか、
宿泊先のホテルや、はたまたアルファのビルの前までも、
小さな女の子たちが大勢待ち受けていて、

さながらビートルズやベイ・シティ・ローラーズの如く、
キャーキャーと大騒ぎ。

「ルネ〜〜」「ルネ〜〜」「ルネ〜〜〜〜」

「……。」



ところが…、

1975年の後半になると、

早くも、その人気に翳(かげ)りが出て来ました。


無理もありません。

常に日本にいるアイドルたちと違って、
彼はカナダに住んでいるのですから。


アイドルというのは、
一度売れたら、テレビやラジオ、
あるいは芸能雑誌や新聞など、
とにかくメディアに出続けなければなりません。

(そう、出続けること)

でないと、すぐに忘れられたり、
次々と現れる他のアイドルに、
その人気を奪われてしまいます。


でも、ルネの場合には、それが不可能です。

日本人アイドルと比べたら絶対的に不利です。


「このままルネは終わってしまうのか…」

アルファ上層部は頭を抱える。

……。


と、そんな時、

素晴らしい企画が舞い込んで来たのです!

♡♡♡



翌1976年には、

カナダのモントリオールで、
オリンピックが開催されます。

その主題歌を、
ルネが歌うことが決まったというのです。


これはナイスな企画ですね。

打つ手がなくなっていたCBSソニーも、
これには大乗り。


で、これは私が担当することになりました。

曲は村井さん自らが書く。


いい曲でしたよ。

「Welcome to Montreal ♪
 Welcome to Montreal ♪ 〜〜」


今でもこの部分だけは口ずさむことができます。

スポーツの祭典にふさわしい、
明るく、力強い感動をもった曲でした。

それにふさわしい荘厳なオケも出来上がりました。


タイトルは『モントリオール賛歌』!!

(だったかな…?)


ま、いずれにしろ、この曲をルネが、
あの張りのある美しい声で歌ったら、
大ヒット間違いなし!

誰もがそう信じて疑いませんでした。



歌入れ録音はカナダで。

そしてこれには、
CBSソニーの金塚さんという女性ディレクターに、
立ち会ってもらいました。


その数日後、彼女は帰国。

そして、アルファのスタジオで、
「みんなで出来上がった音を聴きましょう。」
ということになりました。

わくわくですねえ。

ワクワクワクワク。

♪♪♪



ところが…、


「ん…? なにこれ…?」

「こ、これ、ルネなの…?」

「これは誰…?」



そうなんです。

スピーカーから流れて来る声は、
およそルネの美声とはかけ離れた、
ダミ声の、しかも全く “少年の声” ではない。

「……???」


すると、金塚さんが、

うつむき加減で、
元気のない声で、
こう言ったのです。


「変声期なんですよ…。」

「……。」



ああ、これでは発売中止もやむをえませんね。

そして、日本における「ルネ・プロジェクト」も、
もはやここまでということになってしまいました。

残念ながら…。

……。


そう、少年にはこれがあったんですね。

私はこの時、
ウィーン少年合唱団を描いた映画、
「青きドナウ」というのを思い出しました。

あそこも、変声期を迎えた少年は、
退団しなければならないんですね。

非情だ…。

ううむ…。

……。



それから7、8年が経ちました。

私がアルファを辞めたのが1984年ですから、
その少し前のことです。


あのルネに、
ナタリーという妹がいて、
これが、風貌といい、声といい、歌唱力といい、

当時のルネにソックリだというのです。


そしてアルファは、

再び『東京音楽祭』を舞台にして、
「夢よもう一度作戦」を展開することになりました。

これも私が担当することに…。


これが、そのときに作ったシングル盤です。

ね、そっくりでしょ、ルネに。

声もそっくりだし、歌もうまかったんですよ。

スキャン 6


しかし残念ながら、

今回はなにも起こりませんでした。

世の中、そんなに甘くはないということでしょうか…。

……。



最後に、そのときのエピソードをひとつ。


ナタリーが来日するとすぐ、
私は彼女をアルファの会議室に呼んで、
ミーティングを持つことにしました。


出席したのは、

村井社長の秘書でフランス語の堪能なE女史、
そして現場でフランス語の通訳をお願いする女性、

それに、ナタリーのマネージャーらしき青年、
そして、ナタリーと私の5人。


ここで私は、

明日からのスケジュール、
レコーディング楽曲、
東京音楽祭での段取りなど、
細部にわたって丁寧に説明をしていきます。

それを、通訳の女性が、
マネージャーらしき青年に伝え、
さらにその青年が、子供のナタリーに、
もっとわかりやすいように説明していく。

とまあ、こんな感じで進められていきました。


そして1時間あまり。

ミーティングもつつがなく終わり、
「さあ、明日からがんばりましょう。」
ということで散会。


そして私は、
そのマネージャーらしき青年と初めて握手。

青いジャンパーを着た、
どちらかというと目立たない地味な感じの青年です。


私は彼に、こう尋ねました。

「ところで、あなた、お名前は…?」


すると彼は、ニコッと笑ってこう答えたのです。


「ルネです。お忘れですか…?」


「……。」



(おわり)




12/22、23「@恵比寿ガーデン・ホール」における、

ジャミン・ゼブ『X'mas Fantasy 2011』
も、つつがなく終えることができました。


メンバーの思い、スタッフの思い、
そして、みなさんの思いがひとつになった、
心暖まる素晴らしいライブだったように思います。

本当にありがとうございました。


さ、明日は、山形の「あつみ温泉」で、
今年最後のライブです。

なんだか今年も大雪みたいですね。

でも、どんな手段を使っても行きますよー。

みなさん待ってて下さいね。


それが終わると、

27日(火)は「A'TRAIN」で、
今年最後の私のピアノ・ライブ。

今月は変則開催ですので、
くれぐれもお間違えのなきように。


気がついたら…、


今年も、あとわずか…、


か…。


……。



SHUN MIYAZUMI

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2011 エッセイ | マイ・ディスコグラフィー

December 17, 2011

ルネ・シマール その2


「東京音楽祭」か…。

なつかしいですねえ。


その年の国内外のトップ・アーティストたちが、
東京は『日本武道館』に一堂に集まり、
最も優れた楽曲とパフォーマンスを競うという、

なんとも絢爛豪華で贅沢なイベントでした。


その当時、

「テレビ音楽業界のドン」と畏(おそ)れられていた、
TBSの大プロデューサー渡辺正文さんが提唱し、
1972年に始まった音楽祭で、
その第一回のグランプリは、
雪村いづみさんの歌った「私は泣かない」という曲。

聞くところによると、
これもアルファが絡んでいたそうです。


私がアルファに入社した1974年の第三回からは、
急激にその規模も巨大になり、
世の注目を浴びるようになったようです。


しかも、この年は、
スリー・ディグリーズという大物が、
「天使のささやき」という楽曲でエントリー。

また、特別ゲストに、
フランク・シナトラが参加するということもあって、
外国の音楽メディアもどっちゃり来日。

そして日本からは、
布施明、五木ひろし、ザ・ピーナッツ、
といった人気歌手たちが本戦出場。

いやあ、まさにお祭りムード一色です。


「ドン渡辺の春、ここに来たれり」という感じですかね。

(ここだけの話ですが…、
 この渡辺プロデューサーという人ね…、
 怒るとね…、
 ギョロ〜っと凄い目をひんむいて、
 あたりかまわず大声で恫喝するんです。

 恰幅もよく、
 まるで映画『ゴッド・ファーザー』の、
 ドン・コルレオーネみたい。

 だからアダ名は “ギョロなべ” と裏では囁かれている。
 いやあホント、恐かったですよ、怒らせるとね。

 だけど…、頭は…、ヅラ…。)


わ〜っ、言っちゃった。

どうしよう、どうしよう…。

……。。。


ま、いいか。

どうせ天国までは聞こえまい。

それに私、けっこう可愛がられてたし。

あははは。



というわけで、

この年のグランプリの本命は、
なんといってもスリー・ディグリーズです。

ま、今の言葉でいうところのガチ。

ガチもガチ。
ガチガチの大本命。


だから…、

各レコード会社は、
グランプリは早々にあきらめ、
それに続く金賞、銀賞狙いで、
様々なプロモーションや審査員対策に奔走。

とまあ、そんな感じだったようです。

……。



ところが…、

わがアルファがエントリーした、
カナダの無名の少年ルネ君が、
予想を大幅に覆(くつがえ)して、

なんと、グランプリを獲得してしまった!


そして表彰式で、

フランク・シナトラさんから、
グランプリのトロフィーを渡されると、
その愛らしいお目目からは大粒の涙がポロリ。。。


「わ〜〜〜〜〜〜〜っ。」

またまた場内、割れんばかりの大拍手。


でも、なにはともあれ、
これから私がお世話になる会社にとっては、
最高の結果になったわけですから、

よかった、よかったです。

めでたし、めでたしです。

うんうん。

♡♡♡



というわけで翌朝、

鼻歌なんぞ歌いながらお気楽気分で出社してみると…、


と……、


これが大変なことになっていました。

……。



とにかく、会社中の電話という電話が、

鳴りっぱなしなのです。


そして私より早く出社していた先輩たちが、

汗だくになって電話を取って応対しています。

(何ごとなの…?)


すると総務のS課長が大声で、

「宮住くん、何をモタモタしてるんだ!
 早く君も電話を取ってくれよ。
 もう朝から大変なんだから。」

「……???」



で、仕方なく私も1本の電話を取る。

「はい、アルファ&アソシエイツです。」


すると電話の向こうから、
小学生か、はたまた幼稚園かと思(おぼ)しき、
可愛らしい女の子の声で、

「ルネいますか〜。」

「……。」


私は、仕方なくこう答える。

「ル、ルネはここにはいないんですよ〜。」


すると、その女の子も負けてはいない。

「じゃあ、ルネはどこにいますか〜。」

「……。」


そんな間にも、
デスクの上の電話という電話は鳴りっぱなし。

リ〜ン、リ〜〜ン、リ〜〜〜〜ン、リ〜〜〜〜〜〜ン。

リ〜ン、リ〜〜ン、リ〜〜〜〜ン、リ〜〜〜〜〜〜ン。

リ〜ン、リ〜〜ン、リ〜〜〜〜ン、リ〜〜〜〜〜〜ン。


「あのお、ちょっと待っててね、
 別の電話も鳴りっぱなしだからね。
 はい、アルファ&アソシエイツです。」

と、また別の電話を取ってみると、
これまた女の子の声で、

「あの〜、ルネは今何してますか〜。」

「あのねえ、ルネはここにはいないんですよ。」

「じゃあ、どこにいるんですかあ?」

「……。」



そして、どの社員もみな、

同じような受け答えで苦闘しているのでした。


総務のS課長も、Mさんも、T女史も、
社長秘書のE女史も、
制作のA課長も、N君も、S君も、
ディレクターのAさんも、Kさんも、
録音課のY課長も、Sさんも、K君も、

みんなみんな、

「ルネは、今ここにはいませんよ〜。」
の応対に大わらわ。



そうなんです!

これはもう「パニック」といって差し支えありません!!


なにしろ取る電話、取る電話、みな、

「ルネ」「ルネ」「ルネ」「ルネ」「ルネ」……。


キャ〜〜ッ、助けてくれ〜〜〜。

(だめ)



で、学校が昼休み時間になると、
そのパニックはさらに凄いものになりました。

今のように携帯電話の無い時代ですから、
みんな学校の近くの、
公衆電話からかけてくるんでしょうか…。

「ルネは何が好きですか〜。」

「ルネは今、何食べてますか〜。」

「ルネは今日何時に起きましたか〜。」

「ルネの好きな食べ物はなんですか〜。」

「ルネの好きな番組はなんですか〜。」



あのね!

いい加減にしなさい!


と言いたいところですが、、、

彼女たちに情けは無い。

……。


次から次へと情け容赦なく襲って来る電話の嵐。

(す、すごい…。)



ひどいのになると、

「あの〜、ルネと代わってください。」

「…‥…。」


あのね、

あーた、フランス語しゃべれんの?


そう、カナダといっても、
ルネの住むケベック州はフランス語圏なのです。

もう、この大胆さといったら…。

……。



そんな中、
またしても電話を取ると、

「バカヤロー、お前の会社はどうなってんだー!
 朝から全然電話が繋がらないじゃないか!
 いいかげんにしろ!!!」

「あー、やっと繋がった。
 いったいアルファはどうなってんのよ。
 例の件はどうなってんのよ。えっ。
 ちょっと村井社長に代わりなさい。
 えっ?いない?
 バカヤローーーー!!!!」


たまに、繋がった仕事の相手先からは、

こんなお叱りを受けるありさま。

なにしろ携帯の無い時代ですからねえ。

……。



こうして、

この日のアルファ・スタッフは夜遅くまで、

誰一人まともに仕事をさせてもらえず、

食事にも行けず、


ヘロヘロになるまで、一日中、

少女たちのお相手をさせられたのでした。


あ〜あ…。

……。



もしも、これを読んでる女史のなかで、

あの時、アルファに電話した覚えのある方は、

大いに反省しましょうね。


私たちは、

まるで仕事にならなかったのですからね…。

(ブツブツ…)

……。



というわけで、

大学を卒業して音楽業界に入ったばかりの私は、

このとき…、


“一夜にして生まれるアイドル・スター” の凄まじさを、


嫌(いや)というほど思い知らされたのでした。


ふ〜…。


……。



(つづく)




ああ、やっと更新できました。

事故もあったし…。


でも、おかげさまでこの2週間、
最高に充実した日々を送らせていただきました。

名古屋地区では、
たくさんの新しいお客さんとの出会い。

久しぶりの手羽先ちゃんとの出会い。
(また30本食ったぞ〜。わははは。)


さらに、一昨日、昨日は、
これまた本当に久しぶりに、
関東圏のジャミン・ファンのみなさんに、
お目にかかることが出来ました。

至福のひとときでした。


感謝…。

……。



そして、

いよいよ、

12/22、23日「@恵比寿ガーデン・ホール」

『X'mas Fantasy 2011』が迫ってきましたね。


いろんなことがあった、
いろんなことが “ありすぎた” 2011年を、
最高の形で締めくくりたいと思っています。

ジャミンと私たちスタッフの今年の総決算です。


みなさん、来て下さいね。

感動の一夜(二夜?)をご一緒しましょう!


というわけで今宵は、

久しぶりに吠えたいと思います。

月に向かって…。


ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!


(お前はオオカミか…)


……。



SHUN MIYAZUMI

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2011 エッセイ | マイ・ディスコグラフィー

December 04, 2011

ルネ・シマール


あれは、1974年の3月だったでしょうか…。


卒業も決まり、
4月からは「アルファ&アソシエイツ」という、
レコード制作会社に就職の決まっていた私は、

これといって刺激的なこともなく、
昼寝をしたり、鼻毛を抜いたりと、

まあ、なんとも退屈な日々を送っておりました。


そんな時、

そのアルファの社長でもあり、

「翼をください」(赤い鳥)や、
「ある日突然」(トワ・エ・モア)など、
数々のヒット曲でも有名な作曲家の村井邦彦さんから、

「ちょっとしたデモ・テープを作るから、
 ピアノを弾いてくんない?」
という電話をもらいました。



呼ばれたのは、

ちょうど卒業コンサートを終えたばかりの、
私が所属していたサークル、
「K大ライト・ミュージック・ソサエティ」の、
レギュラー・リズム・セクションの面々。

ドラムがS君(4年)
ギターがA野君(2年)
(かつて「犬猿の仲」というエッセイにも登場)
ベースは今も私の相棒、エディ河野(4年)
そしてピアノが私(4年)

というメンバーでした。


場所は、芝浦にあった「STUDIO ’A’」

真新しい、とても立派なレコーディング・スタジオで、
新進気鋭のアルファの「ホーム・グラウンド」
とも言うべきスタジオなんだそうです。


ということで、

「ま、他にやることもないし、
 暇つぶしに行ってみるか〜。」

とまあ、お気楽な気分で出かけて行った私。


もちろん、

この後(のち)、このスタジオで、
数々のレコード制作をやることになろうとは、

この時の私は知る由もありません。

……。



さて、スタジオに入った私たちは、
1枚の譜面を渡される。

そこには、こう書いてありました。

『ミドリ色の屋根』
(詞:さいとう大三 曲:村井邦彦)


そして、そこには私たちの他に、
この曲を歌う一人の女性シンガーもいました。

そして、レコーディングが始まる。

♪♪



いやあ、いい曲ですねえ〜。

両親の別離に胸を痛めた、いたいけな少年が、
一生懸命ママを励ますという歌のようです。

「泣かないで〜、僕がそばにいるから〜♪」


私は心をこめて弾く。

なんともいい気分で弾かせてもらう。

ルンルン。


何故ならば、

その時、ヘッドフォンを通して聞こえて来る、
その女性シンガーの声と歌唱力が、
なんとも素晴らしいから。

♪♪♪



で、あとからわかったことですが、

その女性シンガーは、
「赤い鳥」のメンバーで、
後の「ハイ・ファイ・セット」のリード・ヴォーカル、

山本潤子さんでした。

(そりゃうまいわけだ)



さて、レコーディングも順調に終わり、
コントロール・ルームに戻ると、
社長の村井さんが何人かのスタッフに、
きめ細かく指示を与えておりました。

「○○君、すぐにこの音を音楽祭事務局に届けるように。」

「△△さんは、譜面と一緒にカナダに送ってね。」

「□□君は、CBSソニーに連絡するように、頼むよ。」



と、どうやらこれはあくまでデモ・テープで、
実際に歌うのは、

ルネ・シマールという、
10才にも満たないカナダの少年なんだそう…。

そして、6月に行われる、
TBS「東京音楽祭」というビッグ・イベントに、
エントリーするんだそうです。


それにしても…、

デモ・テープごときに、
天下の「赤い鳥」の山本潤子さんを使うなんて、
なんとも凄いファミリーなんだなあ、
アルファって…。


私は、ちょっと身震いがするような思いでした。


(へ〜、俺、こんな会社に入るんだ…?)

……。




その翌月の4月に、私はアルファに入るわけですが、

そのときはまだ小さな原盤制作会社。


ユーミンのデビュー・アルバム「ひこうき雲」も、

まだ全然陽の目を浴びず、
サンプル盤がどっちゃりと、
オフィスに山積みされていましたね。


その後ヒットが繋がって、
「アルファ・レコード」
というレコード会社に昇格するものの、

このときのアルファは、
まさに手作り、手探りで、
新しい音楽作りに励んでおりました。


6月の「東京音楽祭」をめざして作られた、
このルネ(ルネ・シマール)のシングル盤も、

当時アイドルを売るのに絶対的な力を持っていた、
CBSソニー(現ソニー・ミュージック)で、
販売してもらうことになっていました。


スキャン 5

(左上にCBS SONYのロゴ、右下にALFAのロゴ。
 なつかしい…。)


そして、

いよいよ「東京音楽祭」(@日本武道館)が始まります。


駆け出しの私は、
現場には連れて行ってもらえず、
自宅のテレビで応援です。

TBSの放送を食い入るように見ていた私は、
その出演者の顔ぶれの凄さに仰天!


そしてグランプリの大本命は、
スリー・ディグリーズ「天使のささやき」。

カナダの無名の少年ルネなんて、
無印もいいところです。

(こりゃ、小さな敢闘賞あたりが関の山だな…)



が…、


が……、、


が〜〜〜〜〜〜〜〜、、、


(ん?)


このルネ君、

小さい頃から聖歌隊で鍛えた美しいボーイ・ソプラノで、
日本語の歌詞もなんら問題なく、
実に堂々と歌いきったではありませんか。

場内、もう割れんばかりの拍手です。


そして…、

なんと…、

大番狂わせもいいところの…、


グランプリまで取ってしまったのです!!


(へ〜、やったじゃないか〜…)



でもまあ、入社して早々、

これはめでたい出来事ではありませんか。


しかも、そのデモ・テープ制作に、

この私もひと役買っているのだ。

私の将来も明るいかもしれない。

うんうん…。


(ん…?)



そして翌朝、


いつものようにお気楽気分で会社に行った私ですが、



なんと…、


これが…、


大変なことになっていたのです。


……。



(つづく)




テレビといえば、

12/2の生放送、
NHK「〜震災に負けない〜お元気ですか日本列島」
に出演した、わがジャミン・ゼブ。

震災からうまれたオリジナル曲『Rise』を、
これまた見事に歌ってくれましたね。


私は別のスタジオで、
編集の仕事をしていたのですが、
この時だけは作業を中断して、
ワンセグ携帯で見させてもらいました。

NHKスタッフのみなさんの中には、
徹夜であのセットを作って下さったり、
CGの制作をして下さったり、
大変なご苦労があったと聞きました。


「少しでも、被災地のみなさんに、
 喜んでもらいたい。」

そんな、心のこもった、
素晴らしい番組でしたね。

みなさん、ありがとうございました。

……。



それにしても…、

見てる方も緊張しましたわ〜い。


でも、無事に大役がはたせてよかったです…。


だから今日は、

ホッとひと息の休日でした。


昼寝をしたり、鼻毛を抜いたり、

のんびり過ごさせていただきました。

(何年経っても、変わらんのぉ〜)


あ〜あ、

でも、もう終わりか、お休み…。


(何を言うか、これからが佳境だろ12月は!)


おっと、そうか…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 17:12コメント(26)トラックバック(0) この記事をクリップ!
2011 エッセイ | マイ・ディスコグラフィー

November 23, 2011

ルーツ その5(最終回)


私の祖祖祖父は、宮住千代吉さんという名前でした。


千代吉(ちよきち)ですって…?

いやあ、あなたも、
けっこう遊び人の名前ですなあ。

あははは。


そう、この人ですよ。

自分の子供に音太郎(おとたろう)なんて、
軟弱な名前をつけた張本人は。

世の中、維新の嵐が吹き荒れている江戸末期に、
まあ、なんてお気楽な名前をつけたもんでしょう。


とすると、この人も…、

小唄や長唄や三味線にうつつをぬかし、
夜な夜な、遊び歩いていたのでしょうか…。
お酒も大好きだったのでしょうか…。


おそらく、そうなんでしょうね。

じゃなきゃ、
音太郎なんて名前をつけたりしないはずです。


ま、あくまで私の想像ですが…。


「あ〜ら、千代さん、ちょっと飲んでかない?
 得意の小唄が聞きたいわ〜。」

「だめよ〜、千代さん、そんなお店に入っちゃ。
 うちで飲んでってよ、うちで。
 三味線も用意してあるわよ〜。うっふん。」

「千代ちゃんたら〜、こっちよ、こっち。
 今日の肴は美味しいわよ〜。
 さ、早く上がって、上がって。」


とまあ、音太郎の時と同じような光景が甦る。

……。


でも、やっぱり、

そんな画(え)しか浮かびません。


多分そうです。

いや、そうに決まってる…。

……。



となると、

この「千代吉」という名前をつけた先代は、

はたして、どんな名だったのでしょうか…。

……?



ところが…、

残念ながらこれ以前の戸籍は、

発見出来なかったそうです。


やれやれです。

逆に私はホッとしました。


さらにさかのぼってみたら、

宮住遊蔵(ゆうぞう)だの、
宮住酔吉(すいきち)だの、

果ては、

宮住飲ン兵衛(のんべえ)
なんてご先祖さまにも遭遇するかもしれなかった…。

ふ〜…。



しかし…、

これで宮住という家系の何たるかが、

おぼろげながら浮かんできましたよ。

……。



さて、このシリーズの冒頭で私は、
「宮住家は元々、源氏の落ち武者なのだ。」
と言ってはばからない、亡き父の話を書きました。

で、もしそれが本当だとすれば、
いや「本当だ」と仮定してみるならば、

私の説はこうなります。


ということで、私は、

遠い遠い平安の時代に思いを馳せてみる…。

……。



平清盛率いる平家に追われた我が先祖の宮住さんは、
瀬戸内海から豊後水道を、命からがら舟で逃げのび、

四国の最西端、
風光明媚で自然の幸に恵まれた、
伊予吉田(愛媛県)という温暖な所にたどり着いた。


その後、

奢(おご)る平家が圧倒的な武力で世を制圧するが、

やがて源頼朝の成人を待って、
全国の源氏は、再び頼朝の号令のもと立ち上がり、
今度は逆に平家を屋島、壇ノ浦に滅ぼしてしまう。


しかし…、

宮住家は立ち上がらなかったのです。

……。


戦(いく)さよりも、
歌舞音曲(かぶおんぎょく)を好み、

酒を愛し、
美味しい肴に舌鼓をうち、

何よりも美しい自然と、
この風光明媚な土地を愛した。


これが、

宮住家のたどった道だったのではないでしょうか。


幸い、伊予(愛媛)という所は、
政治の中心から遠く離れており、
いかなる政変が起きようとも、
あまり影響を受けないですむ土地でもあります。


戦国時代にも立ち上がらず。

天下分け目の関ヶ原もまるで興味なし。

明治維新もどこ吹く風。


「戦さで手柄を立てるより、こっちの方が楽だも〜ん。
 政治なんか興味ないも〜ん。
 お酒の方が楽しいも〜ん。
 美味しいもん好きだも〜ん。」


とまあ、

そんな姿勢を貫いたのではないでしょうか。



そして時は流れて…、

千代吉や音太郎という遊び人(想像)が生まれ、
しかも音太郎は酔っぱらって風呂で溺れ、
新太郎は酒で家を没落させ、
音重がオルガンに鍵をかけ、
父清繁が都々逸(どどいつ)を唸(うな)る…。


いやいや、

なんという人たちなのだ…。


なんと困ったDNAなのでしょう…。


ううむ…。



しかしまた、その一方で、

私の音楽好きやそれなりの能力もまた、
この軟弱な家系の産物だとすれば、

これはこれは、
なんとも皮肉な巡り合わせではありませんか。

……。



でも、よくよく考えてみれば、

音楽の創作や演奏に、

「遊び心」は不可欠です。


そして、私の中にもあるであろうこの「遊び心」が、
千代吉や音太郎、
いや、その先代や、そのまた先代たちから、
脈々と受け継がれてきたとすれば、

これはこれで、
大変有難いDNAと言うべきなのでしょうね。


最近、特にそう思うようになってきました。

……。



おや、もう時間ですか…?


では、そろそろ空想の世界から現実に戻って、
今宵も酒を飲むとしますか。

なんといっても「酒」や「遊び」は、
明日の創作の糧(かて)ですからな。

わっはっは。


では、出かけるとしましょう。


さ、今宵はどこに行こうかな。


あ〜、それ〜、それ〜〜〜〜〜〜〜っと♪


 (「血は争えぬものじゃのぉ…。」)
        ↑
   ご先祖さまたちのつぶやき…。

   Twitter…。
 


えっ…?


何か聞こえました…?


……???



(ルーツ おしまい)





いやあ、こんなことを書いてる間に、

もう11月も終わりなんですねえ。

時の経つのは早いもんです。


そして、今週の金曜日は、

月末恒例「A'TRAIN」ライブではありませんか。


でも、また楽しくなりそうですね。

どうぞお出かけください。

「あ〜、それ〜、それ〜〜〜♪」っと盛り上がりましょう。


(「どんなライブなのじゃ…?
  ワシらも連れてってくれぬか。」)



えっ…?


何か聞こえました…?


……???



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 23:03コメント(17)トラックバック(0) この記事をクリップ!
2011 エッセイ 

November 16, 2011

ルーツ その4


私の祖祖父の名前は、宮住音太郎さん。

そう、音太郎(おとたろう)。


プッ。

ずいぶん軟弱な名前だこと。


みなさんは、この名前から、

どんな人物像が浮かぶでしょうか。

……。



私の想像はこうです。


酒好きであることは、
祖父の話や父、そして私や息子をみても、
まず間違いはありますまい。

(いやな家系だな…)

さらには、
小唄や長唄の稽古にうつつをぬかし、
三味線なんかも上手に弾いたかもしれない。

(ま、俗にいう優(やさ)男…)

でもって、
毎晩のように遊興費を持ち出しては、
飲み歩く。

(つまり遊び人…)


「あ〜ら、音さんじゃないの。
 ちょっと寄ってかない?」

「おや、お○○ちゃん。
 そうねえ、じゃちょっと飲んで行くか。」


「ねえねえ、音さんったら、
 そんな店やめて、こっちにいらっしゃいよ〜。
 いつもの上手な小唄を聞かせてちょうだいな。
 ね、音さん。うっふん。」

「お△△ちゃんにそう言われちゃあ、
 しょうがねえなあ。
 じゃ、ちょっくら上がらせてもらうよ。」


「まあ、音ちゃんじゃないの。
 うちに来てよ〜、うちに。
 きょうは美味しい肴があるのよ〜。
 久しぶりに音ちゃんの長唄が聞きたいわ〜。」

「おっ、そりゃ美味そうだな。
 じゃぁ今宵は、お□□ちゃんちにしようかな〜。
 うししし。」


とまあ、どう考えても、

こんな人物像しか浮かびません。


そして気前良くポンポン金を使うので、

そこそこの人気者でもあったことでしょう。

これも、その子孫どもを見れば明らかです。


ん…?



そして、
ここが重要なところなのですが、
小唄、長唄、三味線などの腕前も、

かなりの物だったのではないでしょうか。


おい、音太郎、

さては、けっこうモテたな?

ん…?



ということは、

酒がたたって早死にした祖父の新太郎同様、
この人も、
まともな死に方をしていないのではないか…?

そんな不安が頭をよぎります。


で、私は母に聞いてみることにしました。

「ねえ、お母さん、
 この音太郎って人は、
 どんな死に方をしたんだろうねえ。」

すると、こんな返事が返ってきました。

「なんでも、
 酔っぱらって帰って来て、
 家族がとめるのも聞かずにお風呂に入って、
 心臓麻痺だか脳卒中で死んだらしいわよ。」


やっぱりです。

どうしようもない家系です。


あ〜あ…。

……。



しかし…、

私の音楽好きや、
少しばかりはあるかもしれない音楽的な能力は、
この音太郎さんから受け継いだのではないか…。

……。


このときから私は、

そう信じて疑わなくなりました。


小唄や長唄も音楽には違いない…。

そうでないと、つじつまが合わない…。

……。



そう言えば、
死んだ父も「都々逸(どどいつ)」
とやらだけは滅法好きで、
酔うとよく唸っておりましたが、

子供心にも、
「へえ〜、音程がしっかりしてるなあ…。
 なかなかやるもんだなあ…。」
と感心して聞いていた記憶があります。

これも、祖父ゆずりだったのでしょうか…。



きっと音楽が大好きな人だったのでしょうね。

音太郎さん。


孫に「音重」という名前をつけたのも、

この人だったのではありますまいか。


そもそも…、

「音太郎」などというふざけた名前をつけた、
その先代がいけないわけで、

よくよく考えてみれば、
音太郎さんにはなんの責任もありません。



そんな音太郎さんが生まれたのは、

「万延元年」と戸籍には書いてありました。


万延元年(1860年)というと、
明治維新前夜。

勝海舟や福沢諭吉らが、
咸臨丸に乗ってアメリカを訪れた年です。

国内では維新の嵐が吹き荒れ、
幾多の英雄たちが、
歴史に名を残していった時代です。


土佐の坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太。
長州の桂小五郎、高杉晋作、宮部鼎蔵。
薩摩の西郷隆盛(吉之助)、大久保利通。

エトセトラ、エトセトラ…。


みな凛々(りり)しい名前ばかりではありませんか。


そんな激動の時代に生まれた子に、

「音太郎」などという軟弱な名前をつけたのは、

どこのどいつだ!


きっとそいつも、

お気楽な遊び人の名前に違いない。

軟弱な名前に違いない。

(そうだ、そうだ。)



というわけで私は、

おそるおそる、

戸籍をもう1枚めくってみました。


と、そこには、

こう書かれてありました。


宮住音太郎  父:宮住千代吉 母:○○



ち、千代吉(ちよきち)だと…?


(やっぱりな…)


……。



(つづく)




いやあ想像以上に、

凄いものを見せてもらいました。

いろんな意味でね…。

サッカー「日本×北朝鮮」戦(@平壌)。


私は、野球ほどサッカーは詳しくないのですが、

「アウエーで戦うのは難しい」という意味が、

初めてわかりました。


そこへいくと、夜のプロ野球日本シリーズ、

「中日×ソフトバンク」戦は、

平和でしたなあ〜。


今日も白熱した、いいゲームでした。



えっ、

お前は今日一日何をしてたんだ、

ですって…?


たしかに…。


……。。。



SHUN MIYAZUMI

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