July 2008

July 29, 2008

千葉の海とビーチ・ボーイズ


音楽と街。

音楽と景色(風景)。

これは、
切っても切れない関係にある、

と、私は思っています。


初めてニューヨークに行ったとき。(1978年)

深夜、やっとの思いで、
マディソン・アベニュー(4番街)の、
古いホテルの部屋に到着した私は、

スプリングの壊れているベッドや、
お湯の出ないシャワーに、
ガク然としたものの、

すぐに、あの、
『グレン・ミラー物語』や『ベニー・グッドマン物語』
の一シーンが浮かんできて、
逆に、とても嬉しくなりました。

(おお!これだ。
 これが、映画で観たニューヨークだ!!)


そして、
窓を開けると、

街の薄明かりと、月明かりの中に、
いろんなビルの裏側、屋上が、
目の前いっぱいに拡がっている。

すぐさま、私の中には、
マイルス・デイヴィス『ラウンド・ミッドナイト』の、
クールなトランペットや、
ビル・エヴァンスの知的なピアノが、
鳴り響いていました。

(やっぱり、ニューヨークはジャズそのものだ。
 ニューヨークという街がなければ、
 ジャズは生まれていないのだ!!)


今だに、あのときの感動を、
忘れることはできません。


さらに、

初めてロンドンに行ったときのこと。(1983年)

空港まで迎えに来てくれた、
地元のお兄ちゃんの、
カー・ラジオから流れて来る、
『ポリス』や『デュラン・デュラン』や『レベル42』

もう、ドンピシャで街の風景と、
マッチしているんですね。

オックスフォード・ストリート、キングズ・ロード、
ピカデリー・サーカス、ハイド・パークetc.
などを見ながら(通りながら)、
聴こえてくる彼らの音楽は、

まさに、

‘ロンドン’そのものなんです。


残念ながら私は、
ウィーンやザルツブルグには、
行ったことがありませんが、

本場で聴く、
モーツァルトやベートーヴェンやマーラーは、
東京で聴くよりも、
ずっとずっと、

‘本物の香り’なんでしょうね。



では、

この場合は、

どうなのでしょう……?



『千葉の海とビーチ・ボーイズ』


夏ですね。

夏といえば海。

あの開放感は、たまりませんねえ。


最近は、
ほとんど行かなくなりましたが、
(なにせ、もう年ですから、億劫で…。)

10年くらい前までは、
毎年のように、
どこかの海に、
遊びに出かけておりました。


ある夏の日のこと。

私と、スタッフのショーちゃんと、
私の大親友のO氏と、
彼の仕事仲間のT君の4人は、

千葉県は外房にある、
U町というところに、
泊まりがけで、
海水浴に出かけることになりました。


ショーちゃんの運転する、
ご自慢のワン・ボックス・カーに乗り込んで、
いざ出発。

都心を抜け、
千葉県に入り、
しばらくしてから山道に入り、
房総半島を横断するようなコースで、
外房の海に出る。

我々は、そんなコースで、
一路、千葉の海を目指す。


と、ここで、
大親友のO氏が…、

……。


そうそう、
彼はこのブログにも、
ずいぶん登場してますねえ。

(『忠臣蔵と私』『松山商業』『学園紛争』
 『レコード買いまくり時代』etc.
  まだの方、ぜひ読んでみて下さい。)


ともに父親の転勤で、
中学校の2年間を、
三重県の四日市というところで過ごした、
クラス・メートです。

それ以来、
ずっと親交の厚いO氏が…、

O氏…、
(もう面倒だなあ…)

O氏……、

ええい、本名を明かそう。

このO氏、

小原(おはら)さんと言います。

(アハハ、すまん、小原。)



この小原さん。

この日も、朝からすこぶる上機嫌で、
得意の関西弁が早くも全開。

「さあ、みなさん。
 夏やでー。夏休みやでー。海やでー。
 夏の海にピッタリの音楽といえば、
 何でしょうねー。何でしょうねー。
 はい、そうです!
 ビーチ・ボーイズです!!
 シュン、コレかけて。」

と、一本のカセットを、
前の座席の私に渡す。

それは、

『ビーチ・ボーイズ・ベスト・セレクション』



ビーチ・ボーイズといえば、
私たちの青春時代の音楽。

私も中学生の頃から大ファンで、
それこそ、
レコードが擦り切れるほど聴きました。

これぞ、アメリカン・ポップス。
軽快なロック・ビート。
カッコいいギター・サウンド。

そして何よりも、
スカッとするコーラス。
美しいハーモニー。


そりゃ夏にピッタリなことは、
あんたに言われなくてもわかっている。


しかし、この時ばかりは、

私はすぐに、異議を唱(とな)えました。

「あのね、小原さん。
 ビーチ・ボーイズてのはね、
 明るい太陽がふりそそぐ、カリフォルニアの音楽よ。
 サンタモニカ大通りを、
 オープン・カーでドライブしてる感じよ。
 ヤシの木立の間を、
 爽やかな、カリフォルニアの風を浴びながら、
 快適なドライブの雰囲気よ。

 ビーチには、
 カッコいいヤンキーなお兄ちゃんと、
 ドキッとするようなビキニの、ピチピチのヤンキー娘が、
 楽しそうにビーチ・バレー。
 そんな感じよ。

 あるいは、ハワイのワイキキ・ビーチ。
 でも、この場合は、
 ベンチャーズの方がハマってるな。

 しかし、俺たちが行くのは、
 外房の海だぜ。千葉だぜ。
 しかも今は山林の中を走ってるし。
 全然、雰囲気が違うんじゃないの…?」
  
  
しかし、小原さんは譲りません。

「何言うてんねん。
 カリフォルニアもハワイも外房も、
 おんなじ太平洋や。
 かまへん、かまへん。
 ビーチ・ボーイズやビーチ・ボーイズ。
 海や、海や、夏や、夏や。
 アハハハハ。」

(……?)



仕方なく私は、
ビーチ・ボーイズをかける。 

子供の頃から慣れ親しんだ、
懐かしいサウンドが、
鳴り響く。

『サーフィン・U・S・A』♪
『アイ・ゲット・アラウンド』♪
『ファン・ファン・ファン』♪
『カリフォルニア・ガール』♪
『ヘルプ・ミー・ロンダ』♪
『グッド・ヴァイブレーション』♪

窓の外は、
相変わらず、
房総半島の山林。

(ううむ…。なんか違うけど…。)



私は、再度、小原さんに食い下がる。

「あのさー、やっぱりさー、
 全然合ってないと思うんだけど…。」

しかし、小原さんは、ひるまない。

「だいじょう〜〜ぶ。
 もうすぐ海が見えてくるから。
 そしたらピッタリ合うがな。
 ええなあ、やっぱ夏はビーチ・ボーイズやなー。
 アハハハハ。」

(……。)



やがて車は、
山道を下りに入り、
ようやく、外房の海が見えてきました。

すると、
ますます上機嫌の小原さん。

「ほら、海が見えてきたでー。
 もうすぐやでー。
 ビーチ・ボーイズが、もっと合うでえ。
 ショーちゃん、ヴォリューム上げて。」

(……。)



さて、
山道を降りきった車は、
U町の、狭〜い道に入りました。

この道を抜けると、
我々の目指す「U館」という旅館があり、
明日は、ここの浜辺で海水浴、
ということになっています。

道の両側には、
古〜い、昔ながらの民家が、
建ち並んでいる。


と、ここで、ショーちゃんが急ブレーキ。

「危ない!」

地元の、
色真っ黒の子供たちが、
どろだらけのシャツに、半ズボンに、
ゴム草履を履いた、鼻たれ小僧が3人、

ゴム・ボールとゴム・バットで、
野球をしている。


私は窓を開け、
「ねえ、坊やたち、
 車が通るから、ちょっと道をあけてくれる?」

子供たちは、
すぐに民家の軒下に並んで、
不思議な生き物を見るような目で、
私たちを見ています。

車内では相変わらず、
エンドレス状態で、ビーチ・ボーイズが、

爆音で流れている。

……。


と、その時。

窓から飛び込んできた、

プ〜ンと生ぐさい臭(にお)い。


それは…、

干物(ひもの)の臭(にお)い…。


通りの左側の路地の向こうには、
浜辺と海が見えるのですが、
その浜辺で、
地元のおばさんたちが、

干物を並べている。

……。

そんな臭いを嗅(か)ぎながらも、
ビーチ・ボーイズの美しいハーモニーは続く。

……。。



「おっ、ここは駄菓子屋か。
 懐かしいなあ。
 昔、四国のおばあちゃん家の町(村)にも、
 こんな駄菓子屋があったなあ…。」

「あっ、あれは、雑貨屋だな。
 『タモリ3 戦後日本歌謡史』で、
 『くつひも〜、かみそり〜、田舎のお店〜♪』
 なんて、バカな唄作ったよなあ。ははは。」

のどかな、海辺の町に並ぶ民家を、
一軒一軒見ながら、
そんなことを考えながらも、
車は、ノロノロと走っている。

車内には、スピード感あふれる、
軽快なビーチ・ボーイズ・サウンド。

(もうこの曲、
 きょう、何度目だろう…?)



「あれは民宿だな。おっ、あそこにも。
 赤い字で 、『空室有り』
 と書いてあるから、
 明日の海水浴場は、すいてるかも…。」

その民宿の軒先では、
地元の、小太りのおばさんたちが、

けっこう胸の空いた、
ゆったりめのワン・ピースと、
サンダル姿で、
楽しそうに井戸端会議。
ひとりは、赤ん坊を背中に、おぶっている。


このおばさんたちも、
我々の車を、見つけると、
さっと道を空けてくれましたが、

やはり、さっきの子供たちと同じように、

不思議な生き物を見るかのような表情。

車内には、
相変わらず、
干物の臭いがプンプン。。

そして、ビーチ・ボーイズの、
爽やかなハーモニー。。。

……。



さらに進むと、

路地の角では、

手ぬぐいでハチ巻きをしたオッサンが、
赤銅色のたくましい腕をしたオッサンが、

ステテコ、腹巻き、くわえタバコ、
といった格好で座りこんで、
漁師網(あみ)の修繕かなんかをやっている。

……。


この風景には、

『風雪ながれ旅』や『舟唄』
の方が、

バッチリ合ってるように、

私には思える…。



(アハハ、やっぱアカンよ、小原さん。)


私は、最後に、もう一度言ってみました。

「ねえ、小原さん。
 やっぱり、ビーチ・ボーイズじゃないと、
 思うんだけどねえ…?」

さすがに、この頃になると、
さすがの小原さんも、
そろそろ観念したようで、

力のない声で、

「そうやなあ…。」

……。



誤解のないように言っておきますが、

私は、日本のこうした田舎の風景は、
大好きです。

私の母の実家のある、
四国は香川県の「庵治(あじ)」というところも、

このU町と同じような雰囲気の、
瀬戸内海に面した、
それはそれは美しい、のどかな漁村です。

(『松山商業』『四国』といったお話にも書きましたが。)

決して卑下してるわけではありませんので、
念のため。

あくまで、音楽と景色の話ですからね。



さあ、
U館に着いた私たちは、
さっそく大風呂に入り、
浴衣に着替え、

ビールで乾杯。

(く〜、たまらん。)

そして、
美味しい刺身や焼き魚に、
舌鼓を打つ。

いや、もう最高。

(う、う、うま〜〜い!)



翌日は、朝から海水浴。

目の前に広がる千葉の海。
太陽の熱をたっぷりと浴びた、
サラサラの浜辺。

右手の方に見える松林。
雄渾な岩場。

美しい日本の海景色。

そして、
ひと泳ぎして、
「海の家」で飲むビールがまた、

うま〜〜〜〜〜い!

ラーメンがなぜか、

うま〜〜〜〜〜い!!


私は、こんな日本の夏景色が、

大好きです。


でも…、

やっぱり…、


ビーチ・ボーイズじゃないなあ……。



『風雪ながれ旅』や『舟唄』
とまでは言いませんが、

やっぱり、
日本の夏の海には、

加山雄三やサザン・オールスターズ、

あるいは、

「まつば〜らとおく〜、き〜ゆるところ〜♪」
「う〜み〜はひろいな、おおきいな〜♪」

の方が、

合うんじゃないかな、

小原さん。


悔しいでしょうけど。



気持ちは、わかるけど…。



SHUN MIYAZUMI

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2008 エッセイ 

July 24, 2008

続・世にも不思議な物語


暑いですねえ。

みなさん、
夏バテしてませんか。


そんな暑さも、
このお話を聞けば、

納涼気分になること請け合い。


ま、そこまでではありませんが、

ちょっと恐〜い体験談をひとつ…。


ああ、思い出すだけで、

身の毛がよだつ…。


(あ、そうだ。
 食事中の方、
 これから食事の方は、
 のちほどお読みになることを、
 おすすめします。)



『続・世にも不思議な物語』


あれは、

忘れもしません、
1978年の夏のことでした。

当時、
アルファに在籍していた私にとって、
初めてのニューヨーク出張。


当時のニューヨークは、
今と違って、
世界にも名高い犯罪都市。

出発前から、
いろんな先輩に、

「ニューヨークは恐いぞー。」
「夜の一人歩きは絶対やめろよー。」
「金は持ち歩くなよー。」
「ハーレムやサウス・ブロンクスには行くなよー。」
「夜のセントラル・パークは危ないぞー。」

などなど、
散々おどかされていたので、
不安な気持ちでいっぱいでしたが、

行ってみると、

これが、

私には、ピッタリの街!!


なるほど、

あちこちに酒ビンを持った浮浪者が、
すわり込んでいたり、

夏なのに、
よれよれの冬物コートを着た、
まるで、セロニアス・モンクのようなオッサンが、
ゴミ箱をあさっていたり。

安ホテルの前には、
「ヘイ、メ〜ン。」
といった感じで、
悪そうな黒人のガキが、
大勢で、たむろしていたり、

「けっこう、ヤバいなあ…。」
と思える光景は、
あちこちにありましたが、

でも…、


街中に活気があり、

いろんな映画で観たのと同じ、
古いレンガの高層ビルが建ち並び、

何よりも、
街中にジャズの香りがプンプンで、

私は、イッパツで気に入ってしまいました。


さて、

そんなニューヨークの、

暑い暑い、
夏の日の午後のこと…。


その日は、
レコーディングもなく、
完全オフ。

お天気もいいので、

私は、
マディソン・アベニューにあるホテルを出て、
五番街を、セントラル・パークの方に向かって、
散歩することにしました。


大都会ニューヨークの中でも、
ひときわ活気のある、
五番街(フィフス・アベニュー)は、
それこそ人種のるつぼ。

忙しそうに歩く、エリート・サラリーマンやOL。
思い思いのファッションに身を包んだ若者たち。
世界中から集まった観光客らで、

通りは、人、人、人…。


そんな中を、

摩天楼を見上げたり、
高級ブティックを覗いたりしながら、
まるで映画の主人公にでもなったような気分で、
ルンルンで歩いていた私でしたが、

急に…、

トイレに行きたくなってしまった…。

それも、大きい方…。

(困ったなあ…。)


しばらく我慢しながら歩いたものの、

通りにも、
反対側の通りにも、
用を足せそうなところは、
何一つ見当たらない…。

五番街には、

公衆便所はもちろん、
コンビニも、
コーヒー・ショップも、
パチンコも、ゲーム・センターも、
何一つありません。

(当たり前だ。)


もうダメだ、

もう限界だ、

と、我慢も限界に達した時、

私は、

『高級宝石店ティファニー』
のすぐ近くに、

『JAL(日本航空)』
が入っている、
オフィス・ビルを見つけました。

(そうだ!
 帰りの飛行機の確認に来た、
 ということにして、
 あそこでトイレを借りよう。)


そのビルに入ると、
ここも、すごい人で、
華やいでおりました。

忙しそうに働く従業員、スタッフ、
大勢のお客さんで、
たいそうな賑わいです。

しかし、

そんなことに感激してる場合ではない。

私は、
一人のスタッフをつかまえて、

「すみません、
 トイレを貸してもらえませんかあ?」


すると、

「(ちょうどオフィスのまん中あたりにある)
  あのドアを出て、
  廊下を左に少し行って階段を降りると、
  男性用のトイレがありますよ。」

と、そのスタッフは、
親切に教えてくれました。

(ふ〜。助かった…。)


大急ぎでトイレに行き、
ドアを開けると、

そこは、
左側に小用の便器が3つ縦に、
右側に、大用の個室が3つ横に並んでいる。

そして、

それらはすべて空いていました。


なぜ、ひと目で分かるかと言いますと、

アメリカの、こうした個室は、
扉の下が30cmくらい、
空いてるからなのです。


あれ、嫌ですねえ。

私は最初、
あれが大嫌いでした。

ダラ〜ッとズボンを膝までおろして、
用を足してる人の姿が見えるのも不快だし、
自分がああなってる、
という姿を想像するのも嫌だし…。


しかし今は、

そんなことを言ってる場合ではありません。

私は、大急ぎで、
一番手前の個室に入りました。

(ふ〜。)



そうこうするうちに、

しばらくすると、

ギーッと、
トイレのドアが開いて、

誰かが入って来た。


その男は、
ゆっくりとした足取りで、
こっちへやって来る。

コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。

そして、その、
ゆったりとした靴音は、
私の個室の真ん前で、

ピタッと止まった。

……。


私の目の前には、

足元には、

大きな黒い靴が2つ。

それも、
30cm以上はあろうかという、
本当に、化け物みたいな、

大きな靴が、

2つ並んでいる…。


それだけで、

この男が、

かなりの大男であることがわかります。


「やれやれ、用も済んだし、
 待ってる人もいるようだから、
 そろそろ出るとするか。」

と、ズボンに手をかけようかと思った私でしたが…、

……、


待てよ…。

 私が入って来た時、
 このトイレには誰もいなかったぞ。
 小用も、大用の‘個室’も、
 すべて空いていたよな…。
 その後入って来た人もいない。

 なのに、この男は、
 なぜ私の前にいる…?
 小用なら、あっちへ行けばいいではないか。
 大用なら、
 隣の2つの個室は、空いているではないか。

 なぜだ。
 なぜ、こいつは、ここにいるのだ……。


これだけの考えをまとめるのに、
5秒もかからなかったと思います。


その瞬間、私は、

言いようのない恐怖に襲われました。

何やら、自分の身に、
大きな危険が迫っているのを感じました。

そして、
あぶら汗がタラタラ…。


(いかん。
 今出てはいかん…。)


私は、

何度も水を流したり、
トイレット・ペーパーを使うフリをしたりして、
とにかく時間稼ぎの作戦に出る。

(誰かが来るまで待つのだ。
 今出ては危険だ…。)


しかし、

この男は、

なんら行動を起こすわけでもなく、

微動だにせず、

不気味に、私の前に立ったままです。


(いったい、こいつは何者だ。
 いったい何を企(たくら)んでいるのだ…。)


何度も何度も、水を流し、
トイレット・ペーパーを使う私を、
あざ笑うかのように、

相変わらずその男は、

無言のまま、立っている。

無言でいられることぐらい、
不気味なものはありません。

(待つのだ…。
 誰かが来るまで、耐えるのだ…。)


考えてもみて下さい。

今このトイレには、

あられもない格好で、
便座に座ってる私と、

目の前の扉一枚隔てて、
無言で立っている、
謎の大男の二人だけなのです。


今まで、味わったことのない恐怖…。

見えない、大きな敵に威嚇されてる恐怖…。

そして、どこにも逃げ場はない…。


その時間は、

10分…。

いや、もっと短い時間だったのかもしれません。


でも私には、

2時間にも、3時間にも、
感じましたね。

(頼む。早く誰か来てくれ…。
 こいつが何か行動を起こす前に…。)

………。



と、その時です。

ガヤガヤと楽しそうな笑い声とともに、
2、3人のサラリーマンらしき男たちが、
入って来ました。


その瞬間…、


足元の大きな靴が…、


スーッと消えた…。



「今だ!」

私は、大急ぎで支度をして、
個室の外に飛び出ました。

そこでは、
3人の若いサラリーマンが、
楽しそうに語らいながら、
手を洗っていましたが、

あの‘大きな靴の男’は、

もう、どこにもいませんでしたね。


そのうちの一人が、
「Are you al-right?(大丈夫ですか)」
と聞いてきましたが、

なるほど…、

鏡に映っている私は、
顔面蒼白。
汗びっしょり…。


その後オフィスに戻ると、

さっきまでと同じ、華やかさ。
大勢の人で賑わっておりました。

何事もなかったかのように…。


私は、
注意深く、
周りにいる男性の足元を、
片っ端からチェックしてみましたが、

あんな大きな靴の大男は、

いませんでしたね。

……。


私は思いました。

「やはり、ニューヨークだ…。」



ニューヨークは、
その後何度となく行きましたし、
今も私の大好きな街です。

もちろん、それなりに、
いろんなことがありましたが、
でも、これほど不思議で、不気味な体験は、

その後一度もありません。


いったいあれは、
何だったんでしょう…?

あの男は、
誰だったんでしょう…?

何を企(たくら)んでいたんでしょう…?


本当に不思議な出来事ですが、

ひとつだけ言えることは、
「あれが日本式のトイレだったら…?」
ということですね。

相手は見えてないわけですから、
私は用が済んだら、
さっさと出ていたでしょう。

それを考えただけでも、

ゾーっとしてしまいますね。



あれ以来、私は、

あの、アメリカ式の個室を見ると、

なぜか微笑んでしまうんですね。


そっと、感謝したりもする…。



可笑(おか)しいですか…?




SHUN MIYAZUMI



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2008 エッセイ 

July 19, 2008

チビ太



  CHIBITA


これが、奇跡のワンくん
現在のチビ太です。

アハハ、
やっぱ年取ったなあ、
チビ太。

20才か…。

人間だと、100才くらいだそうです。


でも、いいぞチビ太。

アハハハ。

もっと生きろ〜!



SHUN MIYAZUMI




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2008 エッセイ 

July 16, 2008

世にも不思議な物語 その4 最終回


あ痛ッ。

ただ今、
腰痛で苦しんでおります。

(いかんなあ…。)

ちょっと慢性化してきましたね。

まずいです…。


どなたか、


U崎を探して来てくれませんかー。


……。



『世にも不思議な物語 その4 最終回』


その後のチビ太の話をしましょう。


翌朝、10時頃。

事務所に行ってみると、
段ボール箱の囲いの中に入れておいた、
チビ太がいません。

出入り口を開けておきましたからね。

(おや、どこに行ったんだろう…?)


私は、
「チビ太〜」「チビ太〜」
と、呼んでみました。

すると、
フロアの左側にある、
キッチンの奥から、

のろのろと、
チビ太が出て来た。

そして、
私を見つけると、
ゆっくりと歩いてやって来た。


その足取りは、
まだ、おぼつかないものの、

(そりゃそうだ。
 頭蓋骨を骨折してるんだから…。)

その目は、
黒々としており、
しっかりと私を見つめています。

きのうの、
あの灰色の、
焦点の定まらない、
力のない目ではありません。


私は、

買って来たミルクと、
簡単なドッグ・フードを、
チビ太に与えました。

すると、チビ太は、

おいしそうにミルクを飲み、
ドッグ・フードを食べ始めたのです。


きのうのチビ太は、

何かに取り憑かれたように、
クルクルと時計回りに歩くことしかできず、
食事や水には目もくれない。

おそらく、
事故にあってから、
この2日間、

彼は、
食事はおろか、
水一滴飲んでいないはずです。

というか、
脳細胞が破壊していて、
そうした思考回路すら、
遮(さえぎ)っていたのでしょう。


私たちが、

「もう、この犬はダメだろう…。
 まず助かるまい…。」

と懸念していたのは、
この事だったんですね。


しかし、
今、私の目の前でチビ太は、
おいしそうにミルクを飲んでいる。

私は安堵しました。

(もう大丈夫だ。)


私は、I嬢に電話をして、
もうしばらくチビ太を、
ここに置いておくよう、
勧めてみました。

幸い、
私と不動産屋との契約は、
あと一週間残っており、

しかも、
人の出入りは、もはや無く、
荷物もすべて運び出してあるので、
危ないものは一つもない。

小犬を預かるには、
最高の環境なのです。


彼女は、
「自分の仕事もあるし、
 そうしていただけるなら、
 こんな嬉しいことはない。」
と、喜んでおりました。


さあ、
それからのチビ太の回復ぶりが、

これまた、
奇跡的とも言える早さでした。


一日一日と、
見る見るうちに元気になり、
食欲も旺盛になり、

信じられないような、
回復を見せたのです。


そして、5日目のこと…。


私が事務所に現れるやいなや、

猛烈なスピードで、
チビ太は、ダッシュして来た。

ちぎれるんじゃないかと思うくらい尻尾を振り、
私の足元で飛び跳ね、
全身で喜びを表現し、
猛烈なスピードで走り去る。

そしてまた、
猛ダッシュで、やって来る。

さらに、

猛烈な勢いで階段を駆け上がり、

猛烈な勢いで駆け下りる。

……。


今度は、
ちょっと心配になりましたね。

あまりの勢いで、
階段から足を踏み外して落下して、
頭を打ったり、
首の骨でも折られたりしては、
元も子もありません。

私は、I嬢に連絡をして、
早々にチビ太を、
引き取ってもらいました。


はい、こんなお話でした。

世の中には、
不思議な能力を持った人間が、
いるもんです。


しかし…、

私が、もっと不思議に思うのは、


ここに到るまでに起こった、

奇妙に重なり合った、

3つの偶然です。


そう、3つの偶然…。


1つ目は…、

I嬢が私に、
「一日だけ、チビ太を預かって欲しい。」
という電話をしてきたことです。

ご承知のように、
私の事務所は、
引っ越しの準備が、ほぼ完了していて、
危ない荷物もなく、
人の出入りも、もはや無く、
彼女の申し出を受けるには、
絶好の環境にありました。

なによりも、
ここに連れて来なければ、
U崎と会うことも無かった…。


2つ目は…、

言うまでもなく、
あの時、
あの‘絶妙の’タイミングで、
U崎が、
「これからちょっと、
 遊びに行ってもいいですかあ…?」
という電話をしてきたことです。

3年前に一度だけ仕事をした、
それほど親密でもない関係の私のところに、
なぜU崎は、
“あの時に限って”
電話をしてきたのでしょうか…?


そして3つ目は…、

それを私が、
スンナリ受け入れてしまったことです。

前にも書きましたが、
私はあの3日間、
引っ越しを理由に、
こうした「訪問要請」の電話を、
すべてお断りしていたのです。

しかし、なぜU崎だけには、
「ああ、いいよ。来れば。」
と、あっさり受け入れてしまったのでしょうか…。

もちろん、彼に、
あんな超能力があるとは、
知る由もありません。


そして、

奇跡は起こった…。


この一連の流れを、
科学的に証明するのは、
まず不可能でしょう。

さらに私は、

‘無神論者’です。


でも…、

もしかすると…、

あの時ばかりは…、

神様は、やっぱりいて、
ヒマつぶしに、
ちょっと可愛いイタズラを、
してくれたのでしょうか…?


それとも…、

メリー・ポピンズやハリー・ポッターが、
そっと現れて、
可愛いチビ太のために、
ちょっとした魔法を、
かけてくれたのでしょうか…?


そんな突飛な発想も、

この場合に限っては、

そんなに的外れじゃないかもしれませんね。


うん…、


そうかもしれない…?



(おわり)



先日、

本当に久しぶりに、
I嬢に連絡をしたところ、

なんと、このチビ太、

まだ元気で、
生きてるんだそうです。

今年で、20才になるんだそうです。

(私の記憶に、
 ちょっとだけ誤りがあったようですね。)

犬の20才って、
人間にすると何才ですか…?

いずれにしても、
驚くべき長寿ですね。


一方のU崎は、

……、


そうだU崎だ、

あいつを探さなくては…。


なにしろ、


腰が痛くて、


たまらんのだから…。



SHUN MIYAZUMI



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2008 エッセイ 

July 12, 2008

世にも不思議な物語 その3


昨夜、
学芸大のジャズ・バーに行ったら、

何人かの人に、

「宮住さん、
 チビ太、どうなるんですかあ。」

と聞かれました。

……。


えらいもん書き始めちゃったなあ、
と苦笑したのですが、

もう遅い。


あんまりみなさんを、
じらすのも申しわけないので、

頑張って更新します。


(ああ、二日酔いだ。気持ち悪い…。)




『世にも不思議な物語 その3』


目の前に繰り広げられている光景。

それは、
世にも不思議な光景でした。


つい先程まで、

完全に壊れてしまっていた小犬。

頭蓋骨を骨折し、
脳細胞や三半器官も損傷し、
医者からも見放された小犬。

愛する飼い主の呼びかけにも反応できず、
食事や水の存在にも気づかず、
まっすぐ歩くこともできず、

ただ、
何かに取り憑かれたように、
右回りにクルクルと回ることしかできない、

誰の目からも、
「スクラップ同然の壊れたおもちゃ」
にしか見えなかった小犬が、

U崎の呼びかけだけには反応し、

彼の手のひらに導かれ、

左回りに歩きはじめたのです…。


それまで、
「超能力」「超常現象」といったものには、
かなり懐疑的な私でしたが、

U崎の不思議なパワーに圧倒され、
ここは静かに、
見守るしかありませんでした。


さて、

「よし。今度はまっすぐ歩かせてみましょう。
 すみませんが、
 段ボールを動かして、
 出入り口を作ってくれませんか。」

と、U崎は次なる作戦に出る。

私とショーちゃんは、大急ぎで、
手前の段ボール2つを左右に動かして、
左右に開いて、
出入り口を作りました。


するとU崎、

再びチビ太の頭上
10cmくらいのところに手を置き、

ゆっくり、ゆっくり、
チビ太を誘導して囲いの外に出し、

そのまま、
私たちのいる、
デスクのある、
こちら側に向かって、

まっすぐ歩かせ始めたのです…。


一歩、一歩、
その足取りはおぼつかないものの、

U崎の手のひらに導かれながら、

チビ太はゆっくりと、
まっすぐ歩いて、

まっすぐ歩いて…、

まっすぐ…、

ついに、

こちら側までやって来た。

……。



さらにU崎は、
こちら側までチビ太を誘導すると、

驚くべき行動に出る。


そのまま、
手のひらをチビ太の頭上、
10cmくらいのところに置いたまま、

ゆっくりと、
右回り、
すると今度は左回り、
その次はまっすぐ、

まるで魔法使いのように、
自由自在に、

チビ太を動かし始めたのです。

相変わらずその手は、
一切チビ太に触れません。


まるで、
磁石に吸い寄せられるような感じで、
チビ太は、
U崎の手のひらが動くところに、
ただひたすらついて行く…。

黙々とうつむきかげんで、
歩く。

……。


I嬢とショーちゃんと私は、
目を丸くしながら、
互いに顔を見合わせ、

この受け止め難い現実を、
どう表現していいものかわからず、
ただ呆然と見守るしかなかったのですが、

次第にI嬢の頬に、
赤みがさしてくるのも、
感じ取れました。

「絶望」が「希望」に変わって行くのが、

はっきりと、
見て取れたのです。



そしてクライマックス…。


「よし。今度は自力で歩かせましょう。」

と言ってU崎は、
チビ太を玄関先まで運び、
置いて来た。

(……。)


そして、
7、8メートルくらい離れたこちら側から、

「さあチビ太。
 こっちへおいで。」

時には手を叩き、
何度も何度も、
まっすぐ歩いてこちらへ来るように、
呼びかけたのです。


するとチビ太は、

その声に促されて、

ゆっくりと動き始めた。

歩き始めた…。


「よし。いいぞチビ太。
 こっちだ。
 そうそう。いいぞチビ太。
 さあ早くおいで。」

絶え間なく、
U崎は呼びかける。

絶え間なく手をたたく。

その声に、
吸い寄せられるように、

時にヨロッと、
転(ころ)びそうになりながらも、
がんばって立ち直り、

チビ太は、

ついに、

自力でゴールインしたのです。

(信じられない…。)



「さあ、今度は飼い主の番だ。
 Iさんが直接、やってみて下さい。」

と、再びチビ太を玄関先に置いて、
U崎は、飼い主のI嬢に、
同じようなことをやるように、
促しました。


「さあチビ太。
 こっちへおいで。
 早くおいで。
 こっちよ。こっちよ。」

U崎がやったように、
手を叩きながら、
何度も何度も、
I嬢は呼びかけた。

最初は、
U崎の時のようには反応せず、
ずっと下を向いたまま、
動こうとしなかったチビ太ですが、

やがて、

ゆっくりと、

歩き始めた。


何かを思い出したのでしょうか。

愛する飼い主の声がわかったのでしょうか。

壊れていた脳細胞が、
再び活動を始めたのでしょうか。

……。


そして、

ゴールイン…。


「チビ太、よかったねえ。」
と、チビ太を抱きあげて、
大粒の嬉し涙を流すI嬢。

それは本当に、
美しい涙でした。


「ああ、疲れた。
 今日はこのくらいにしておきましょう。」

と、U崎。

私たちは、
心からの感謝の気持ちを伝えると、
チビ太を再び段ボールの囲いの中に戻し、
(出入り口は開けたままで)

みんなで食事に行くことにしました。



食事中の話題は、
もっぱら、
「このU崎の不思議な能力について」
なのですが、

実のところ、
彼にもよくわからないんだそうです。

何年か前から、
自分に、そんな能力があることに、
気づいてはいたものの、

なにせ、
ここまでの経験はないので、

正直、自分で自分に驚いている。

そう言っておりました。

(なるほど…。)



そんな会話をしているとき、

私はあることに気がつきました。


さっきからU崎は、
右手の人差し指を、
左肩に置いて、
その指を小刻みに左右に動かしている。

何やら小さい物体を、
撫(な)でているように見えました。


私は聞きました。

「ねえ、さっきから、
 何やってんの…?」


するとU崎、

「ああ、これね。
 アハハハ。」

と笑いながら、
その指を離した。


その瞬間、

U崎の肩から、

何かが、

ぷ〜んと飛び立った。


それは、


一匹の、


蠅(ハエ)でした…。



(つづく)



この食事の最中、
私はU崎に、

「なあU崎よ、
 お前、下手なギターなんかやめて、
 獣医でも開業したらどうだ。
 ハイパー獣医!
 ハンド・パワーで奇跡を起こす獣医!!
 ワイド・ショーにでも取り上げられたら、
 とたんに大金持ちだぜ。
 なんなら、投資してもいいぞ。」

と言ってみました。


するとU崎、笑いながら、
こう言ったのです。

「いやいや、
 僕が、そんな邪(よこしま)な欲望を、
 持った瞬間に、
 この能力は消えてしまうんじゃないでしょうか。
 僕が無欲だから、
 安心して動物たちが、
 寄ってくるんじゃないかなー。」


私はそんなU崎が、


ますます好きになりました。



SHUN MIYAZUMI



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2008 エッセイ 

July 09, 2008

世にも不思議な物語 その2


おや、もう更新ですか?

ずいぶん早いですねえ。


そうなんです。

前回あんな、
もったいぶった、
終り方をしたもんだから、

なんとなく責任を感じて…。

がんばって書いちゃいました。


さてさて、

チビ太の運命やいかに…?



『世にも不思議な物語 その2』


「やあ、宮住さーん、Y浅さーん、
 お久しぶりでーす。」

実にノー天気な感じで、
ロック・ギタリストのU崎君は、
やって来ました。


しかし、

その場の空気を、
すぐに察知したようで、

「あれっ? なんか暗いなあ。
 お二人とも、どうしたんですかあ…?」


私は、そっと目で合図。

目線の先には、
クルクル、クルクルと、
相変わらず力なく、
時計回りに歩いている小犬。

段ボールの囲いの外から、
しゃがみ込んで、
それを見守るI嬢の、
悲しそうな後ろ姿がありました。


「あの犬、どうしたんですか?」

と、U崎が聞くので、
私は事情を説明しました。


するとU崎は、

とんでもないことを言い出した。


「そりゃ、かわいそうだなあ。
 でも僕ね、
 動物と会話が出来るんですよ。
 さっきも、ここへ来る電車の窓から、
 トンボが入って来て、
 僕の肩に停まるもんだから、
 ずっと、撫(な)でてやってたんです。
 アハハハ。」


なーにが、アハハハだ。

この男は、
ギターの腕前はイマイチだけど、
実直な感じがしてて、
私もY浅ショーちゃんも好感を持っていたので、

「こんな大ボラ吹く男だったのか…。」
と、意外な一面を見た思いでしたが、

とはいえ、
他に打つ手も無いので、

「じゃ、あの犬、
 なんとかしてくれよ。」
と、冗談半分に言ってみた。


ところがU崎君、意外にも真顔で、
「わかりました。
 あの犬、名前は?」
  
「チビ太だよ。」
と、素っ気なく私。


すると、このU崎君、

段ボールの囲いのところまで行き、
クルクル円を描きながら歩いている、
チビ太にむかって、

「チビ太〜」

と呼びかけました。



すると…、


なんと…、


チビ太が…、


止まった。


反応した。


……。



それまで、

私やショーちゃんはもとより、
最も愛する飼い主のI嬢までもが、
いくら「チビ太〜」と呼びかけても、
全く反応しなかったチビ太が、

なんと反応したのです。


さて、

その場にいた私たち3人が、
あまりの驚きに、
しばし唖然としていると、

再びチビ太が歩き始めた。

ヨロヨロと。


そこにU崎がまた、

「チビ太〜」
と声をかける。



すると…、


またしても…、


チビ太が…、


止まった。


……。



驚きを隠せない私たちでしたが、
U崎は次第に、
真剣そのものの表情に。

今度は囲いの中に入り、

「ところで、
 なんでずっと右回り(時計回り)なんですか?」
と聞いてくる。

「いや、いくら反対向きにしてやっても、
 すぐに戻しちゃうんだよ。
 まっすぐも歩けないし、
 ずっとこんな感じなんだよ。」
と、私。
  

するとU崎、

手のひらを、

チビ太の頭上
10cmくらいのところに置いた。

ここで、
またしても、
チビ太が止まる。

(……。)


そして、
その手のひらを、
ゆっくり左回りに、
つまり、逆方向に動かして、
チビ太を誘導し始めたのです。

その手は、
いっさい、チビ太に触れずにです。

チビ太の頭上、
10cmくらいの距離を保ちながら、
ゆっくり、ゆっくり、
チビ太を誘導して行く。


すると、

チビ太は、

U崎の手のひらに導かれるままに、


左回りに歩きはじめたのです…。


この状況の驚くべきところは、

U崎は、
チビ太の体に、
一切触れていない、

というところでしょうか。



いったい、これは現実なのか…?

目の前に繰り広げられている、
今まで見たこともない、
不思議な光景に、

ただ只、呆然と見守る、

I嬢とショーちゃんと私でしたが、


さらなる驚きは、


こんなもんでは、

ありませんでした。



(つづく)



実を言うと、

それまでの私は、
「超能力」「超常現象」
といったものには、

かなり懐疑的でした。


しかし、

これを見て、
いささか考えが変わりましたね。


さて、物語はこのあと、

どういう展開を見せるのでしょうか…?


あ〜あ、

自分で自分に、

プレッシャーをかけてる感じだ…。



SHUN MIYAZUMI



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2008 エッセイ 

July 06, 2008

世にも不思議な物語


ときどき、

「宮住さんはUFOの存在を信じますか?」
「幽霊はいると思いますか?」
「超常現象を信じますか?」
「ユリ・ゲラーは本物だと思いますか?」

といった内容の質問をされることがあります。


そんな場合の私の答えは決まって、

「わかりません。」


そう、
直接見たことがないし、
体験したこともないので、

「わかりません。」
と言うしかないのです。


ところが、そんな私にも、

「いったいあれは何だったんだろう…?」
「もしもあの時…?」

といった不思議な体験が、
一度や二度はあるんですね。


きょうは、そんなお話です。

題して、


『世にも不思議な物語』


あれは、
91年か92年頃のこと、
だったでしょうか。

当時の私は、
中目黒にある、
かなりお洒落な、
メゾネット・タイプのマンションに、
事務所を構えていました。

そこは、
上下2フロアをぶち抜いて作ってあって、
1階部分は大きなリビング。
2階には小さな部屋がいくつかあって、
なかなかに快適なオフィスでした。


もちろんお家賃も相当なもの。

私だけでは負担も大きいし、
こんなに広いスペースも必要ないので、

知り合いの、
映像関係の事務所や、
ライターの集団。
アパレル系のお店、
料理研究家、
といった個人事業主。
などに声をかけて、

みんなで家賃を分担して、
利用しておりました。


そのうち、
いろんな事情から、
一社抜け、一人抜け。

すると、
残った人(事務所)の家賃負担が大きくなる。

最後まで残ったのは、
私の事務所と料理研究家のF女史。

これじゃ、
家賃が高すぎるな、
もったいないな、
ということで、

ここはひとまず解散。

私と、スタッフのショーちゃんは、
近くに手頃なマンションを見つけて、
引っ越しをすることになりました。


3日くらいかけて、
引っ越し準備は完了。

ガランとしたフロアには、
デスクが1つと電話が一本。

あとは大きな段ボールが、
いくつも山積状況。


そんな時です。

一時期ここにいた、
アパレル関係のお店をやっている、
I嬢という女性から電話がありました。

なんでも、
彼女の飼っている愛犬が、

車に、はねられたらしい。


すぐに医者に連れていったところ、

一命はとりとめたものの、
頭蓋骨が骨折しており、
脳細胞や三半器官も、
かなり損傷している。

手術をしたいところだが、
まだ生後一才の小犬だし、
体力的に持ちこたえられまい。

残念だが、
当医院では、
如何ともしがたい。

ということで、
なんの治療も受けられずに、
追い帰された、

と言うのです。


自分の部屋に連れて帰ったものの、
まともに歩けないので、
あちこち頭をぶつけて、
とても危なくて見てられない。

明日、実家(栃木)に連れて帰るので、
一日、事務所で預かってもらえないか、

といった内容の電話でした。


私は、
「そんなことなら仕方がない。
 すぐに連れて来なさい。」
と言ったのですが、

実はこれが、

‘奇跡’のはじまりでした。



この犬。

「チビ太」と言います。

生後一才の、
マルチーズ系のオスの小犬で、
なんとも愛くるしい顔をしている。

何度か事務所に来たことがあるのですが、
とにかく元気がよく、
部屋中狭しと走りまくり、
誰にでも、じゃれて愛想をふりまく、
やんちゃな小犬。

本当に可愛いやつ。


ところが、

しばらくして現れたチビ太には、
そんな面影もありません。

床に置いてみると、
なるほどフラフラと力なく歩くものの、
すぐにデスクの角に頭をぶつけて、
倒れ込んでしまう。

(確かに、これは危ない…。)

あんなに愛していた飼い主のI嬢が、
いくら「チビ太〜」
と声をかけても、

無反応…。


そこで、
私とショーちゃんは、

たくさんの段ボールの箱で、
長方形の‘囲い’を作って、
その中にチビ太を入れてやりました。

こうしておけば、
ここからは出られないし、
ひとまず安心。


すると、このチビ太。

突然、時計回りに、
円を描くように、
クルクル歩きはじめたのです。

力なく、ヨロヨロしながら。


I嬢が、
いくら「チビ太〜」と声をかけても、
相変わらず無反応。

黙々と、
クルクル、クルクル、
円を描くように歩いている。

そして疲れると、
バタッと倒れて動かなくなる。

しばらくすると、
ヨロ〜ッと立ち上がり、
また、時計回りに黙々と歩き出す。

食事や水を入れてやっても、
まったく無視。
クルクル、クルクル。

反対側(左回り)に向きを変えてやっても、
すぐに自分で時計回りに戻して、
クルクル、クルクル。

そして、バタッと倒れる。

動かなくなる…。


目にも力がなく、
どちらかというと灰色。
視点も定まらず。

もはや、あの、
元気いっぱいで走りまくっていた、
やんちゃ坊主のチビ太は、

どこにもいません。


泣きじゃくりながら、
憔悴しきった声で、
「チビ太〜」「チビ太〜」
と、声をかけるI嬢の哀れな姿が、

なんとも痛ましい…。

そんな状況が、
2時間あまりも続いたでしょうか。


料理研究家のF女史も、
私の耳元でそっと、
「宮住さん、
 可哀相だけど、
 この犬は、もうダメね。」
と呟きましたが、

彼女のみならず、
私もショーちゃんも、

「この犬は、保(も)って3日。
 まず助かるまい…。」

そう思っておりました。



そこにかかってきた、
一本の電話。

ロック・ギタリストの、
U崎という男でした。

「宮住さーん。
 ご無沙汰してまーす。
 今、事務所の近くに来てるんですが、
 ちょっと遊びに行ってもいいですかー。」


このU崎君。

3年前に一度仕事をしただけで、
それ以来の電話。

どちらかというと、
その存在すら忘れていた。

そんな程度の関係だったのですが、

なぜか私は、

「いいよ。
 ただし、引っ越しの最中だし、
 なんのおもてなしもできないよ。」

と、訪問の要請に応じました。


実は私、

この3日間、

こうした、
訪問の電話は、
すべてお断りしていたのです。

「今、引っ越しの真っ最中だから、
 打ち合わせは来週にしませんかー。」
「引っ越しの最中なので、
 ロクにお相手もできないので…。」
「来週には、新しいオフィスに移るから、
 そこでゆっくりお話しましょうよ。」


ところが、

このU崎だけには、

「いいよ。来れば。」

と言ってしまったんですね。


今にして思えば、

このことは、

大変重要な意味を持つのですが。

……。



しばらくして、

U崎君は、やって来ました。


そして、


信じられないような、



奇跡が起きたのです…。



(つづく)



いやですねえ、
この終り方。(笑)

まるで、
一番いいところで、
CMが入るTV番組、
『アンビリーバボー』
のような感じ。


でも、

このあとに目撃した、

不思議な出来事の数々をお話すれば、

納得していただけると、
思うのですが…。


それにしても、
暑いですね。


もう、梅雨明けですか…?



SHUN MIYAZUMI



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2008 エッセイ 

July 01, 2008

山田投手と私 その5(最終回)


7月になりました。

ということは、
今年も半分が過ぎた、
ということですね。

なんだか、

あわただしい半年だったような…。


今の私は、

来るべき、
『ジャミン・ゼブ劇場 第二幕』
の開演に備えて、

じっと鋭気を養ってる。


ま、そんな感じでしょうかね。


レコーディングの疲れも、
とれたことだし、

いよいよ始動しなくては。


と、その前に、

野球の話で一服…。



2006年02月16日 No.128
「山田投手と私 その5(最終回)」


山田投手といえば、

下手から繰り出す、
精密機械のような絶妙のコントロール。
打者の心理を巧みに読んだ配球。

沈着冷静。
どんなピンチにも動じない、たくましさで、
先発すればまず完投。

押さえのピッチャーがピンチになると、
リリーフまで買って出て、
見事に押さえきってしまう。

(当時は、今のように、
 先発、中継ぎ、押さえ、
 といった完全分業制ではなかった。)


この人がいなかったら、
まず70年代後半の、
阪急黄金時代はなかった、

といっても、
過言ではありません。


ところが普段着の彼は、
何度も言うように、

実に気さくで、
人間味にあふれた人でした。

普通あれだけの大選手になると、
もっと構えてるでしょうし、
ブラウン管を通して見る彼は、
いかにも気難しそうな、
どちらかというと、
芸術家のような雰囲気があっただけに、

意外でしたね。


そして、

こんな失敗談まであります。


その日も私は、
山田さんたちと六本木で、
大いに飲み、語り、
楽しい一夜を過ごしておりました。

そして彼の、
「もう一軒行こう、もう一軒。」
の誘いに乗せられ、
私たちは朝の6時くらいまで痛飲。


ただしこの頃になると、
ちょっと心配になってきた私は、

「山さん、
 明日(というか、もはや今日)は、
 登板ないんですよねー?」
と聞きました。

すると上機嫌の山田さん、
「ないない。きのう完投したし。」

「でも、いま優勝のかかった大事な時期ですよ。
 危なくなったらリリーフとかも、
 あるんじゃないんですかー?」

ますますハイ・テンションの山さん、
「なあに、どうせ西武だろ?
 ショート・リリーフだったら、
 ひょいひょいと、軽いもんさ、アハハハ。」


こうして山田さん、

すっかり明るくなった六本木の街から、
フラフラになりながらタクシーに乗って、
西武戦の時の定宿がある立川に、
ご機嫌で帰っていったのでした。


家に戻って、
ひと眠りした私が起きたのは、
午後の1時頃。

その日は日曜日で、
新聞を見ると、
『阪急-西武』のデー・ゲームが、
2時半から放送されることになってます。

シーズンも終盤で、
優勝のかかった阪急には大事な試合。


ところがその日は、
阪急の先発が大不調。

これ以上の失点は避けたい中盤の5回、
(この辺の記憶はあいまいですが…。)

ノー・アウト満塁の、
大ピンチになってしまった。


ここで何を思ったか上田監督、

「ピッチャー交代、山田!」
と審判に告げました。

私は思わず椅子から飛び上がり、
ブラウン管に向かって、

「ばか、やめろっ!」


しかし、

私の心配をよそに、

山田投手は、
さっそうと(私にはそう見えなかったが…)、
マウンドに上がる。

ここでアナウンサー、
「おっと、上田監督、
 ここでエース山田の投入です。」

すかさず解説者、
「いやあ、これはビックリですねえ。
 彼はおとといも完投してますしねえ。
 この試合にかける上田監督と阪急ベンチの、
 執念が伝わって来ますねー。」

「……。」(私)


アナウンサー、
「ここをなんとかエースでしのいで、
 接戦のまま後半戦に持ち込みたい、
 ということなんでしょうね。」

解説者、
「ま、そのくらい大事な一戦ということでしょう。」

「……。」(私)



さあ、試合再開。

ピッチャー山田、第一球投げました。

その瞬間、

彼の体がよろっと
一塁側によろけたのを、
私は見逃さない。

ボール。

それも大きく外れた。

第二球投げました。

ボール。

「……。」(私)


結局、
一球もストライクが入らず
押し出しの1点。

次のバッターには痛打。

そしてまたフォアボール。
押し出しの1点。

投げるたびにヨロヨロ。

次のバッターにもまたまた痛打。

ヨロヨロ。

「……。」(私)


結局、
ワン・アウトも取れず、
なんと、この回、

7点を献上…。


たまらず上田監督、
ピッチャー交代。

すごすごとマウンドを降りる山田。

「だから、言わんこっちゃない…。」(私)


アナウンサー、
「いやあ、
 これは阪急にとっては大誤算ですねえ。」

解説者、
「まったく。
 しかしこんな悪い山田、
 初めて見ましたよ。」

アナウンサー、
「どこか体の具合でも悪いんでしょうか?」

解説者、
「そうですねえ…。
 でも、もしそうだとしたら、
 この大事な時期に、
 阪急としては大変なことになりますよねえ。」

アナウンサー、
「なんといっても、大エース。
 大黒柱ですからねえ。」


アハハハ。

これを聞いて、
私は大笑いです。

実はこの山田大乱調の秘密。

私だけが知っているのだ。

これが笑わずにいられましょうか。


沈着冷静、精密機械、
と言われたこの大投手にも、
実は、こんなに人間味溢れた一面がある。

私はこの一件だけでも、

いまだに山田投手の大ファンです。



その後、

福本、加藤秀、そしてこの山田と、
阪急黄金時代を支えた大選手達が続々引退。

80年代の終わりには、
オリックスに身売り。

私があれほど愛していた、
『阪急ブレーブス』は、
もはや過去の、
‘思い出のチーム’になってしまいました。


90年代には、
イチローという不世出の選手が現れ、
阪急を引き継いだ、
『オリックス・ブルーウェーブ』
も、熱心に応援してはいましたが、

そのイチローがメジャーに行ったあたりから、
急速にその興味は失われ
現在私の興味は、

もっぱらメジャー・リーグ。


山田さんはといえば、

『オリックス・ブルーウェーブ』
の投手コーチを経て、
『中日ドラゴンズ』
の投手コーチ、監督を務めた後、

現在は野球解説者。


六本木『N』と言うお店も、
今は無く、

お会いする機会も、

なくなってしまいました。


つくづく、

携帯電話の時代だったら…、

と思わざるを得ませんね。


しかし、
私にとっては、
素敵な思い出ばかり。

そして、
住んでる世界は違えども、
超一流選手と直(じか)に接することにより、

学んだことも、

少なくありません。


今一度、
今度はどこかのチームの指揮をとる、
「監督山田さん」と、

かつての『勇者たち』
の思い出話に華を咲かせてみたい。

ときどき、

そう願うことがあります。


これがまた、

夢のまた夢なのでしょうが…。



<山田久志投手>


1948年 秋田県能代市生まれ

1968年 ドラフト1位で『阪急ブレーブス』入団
1988年 引退

通算勝利:284勝(歴代7位)
通算防御率:3.18
最多勝利:3回
最優秀防御率:2回
最多勝率:4回

シーズンMVP:3回
日本シリーズMVP:1回

12年連続開幕投手
17年連続2ケタ勝利
オールスター戦15回選出(13回出場)

2006年 野球殿堂入り



眩いばかりの、

素晴らしい野球人生です。


拍手。


(おわり)



この山田さん。

高校時代は3塁手だったそうです。

そして彼が1塁に投げた豪速球(?)が、
暴投となってしまい、
甲子園への道が閉ざされた。

ところがそれを見て、
監督が「投手への転向」を勧めた。

そんな話を、
ご本人から聞いたような、
記憶があります。


このように、人生には、

「もしも、あの時…。」
といった瞬間が、

一度や二度はあるもんなんですね。


次回はそんなお話でも。


それにしても今日は、
さわやかな、
いいお天気だこと。


仕事は明日からだな。

……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 18:58コメント(11)トラックバック(0) 
〜2005 エッセイ 3