November 2012

November 22, 2012

実りの秋


今年は本当にツアーが多いですね。

月初めの岡崎に続いて、
先週は西日本ツアーを観光、
いや敢行してまいりました。

ん…?


その充実したレポは「ZEBLOG」で、
スティーヴ君が書いてくれてますので、

私はそれ以外の秘蔵写真を中心に、
ふりかえってみようと思います。


まずは山口県の宇部市。

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山口県でのライブは、
ジャミンにとって初めてでしたが、
私もここを訪れるのは初めてなのです。

そして、ここ宇部市は炭坑の町。
その創始者がこの方らしいですよ。


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羽田を出るときは暖かかったのですが、
宇部は真冬なみの寒さでした。

これはホテルの部屋から撮ったものですが、
ね、寒そうでしょ。

北風ピューピューで、
遠く工場の煙も真横に流れていますね。

そして、正面(右側)に見えるのが、
今日のコンサート会場です。


通りにはこんな掲示板も。

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初めての場所でライブをやるときは、
いつも期待と不安で胸が高鳴ります。

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さて、そのコンサートですが、
暖かく歓迎してくださってるのが、
後ろから見ていてもよくわかりました。

終了後のサイン会でも、
送ったCD(約100枚)がほとんど売れてしまう、
という盛況でした。

みなさん、ありがとうございました。



翌日は、宇部音鑑の人に送ってもらい、
「新山口」から新幹線で広島に移動です。

おや、鉄道マニアのスティーヴ君は、
さっそく電車の入線をパチリしようとしてますね。

うししし、そんな君を撮ってやろ〜っと。

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と思ったら、逆にこっちが撮られてました。
(ジャミン・ゼブ「Facebook」参照)

これは「相打ち」といったところでしょうか。

この人に油断は禁物です。

あぶないあぶない…。



さて、そんな広島でのコンサートも、
ジャミン・ゼブには初挑戦。

モリゴン、ユースケ、ジーン、
というおなじみのメンバーも駆けつけてくれて、
熱いライブになりました。

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暖かい歓迎。

スタッフのみなさんの心づくしのおもてなし。

そしてここでも、
終了後のサイン即売会は、
パニックのような騒ぎでCDはほぼ完売。

嬉しい誤算が続きます。

(果たして、蕨で販売するCDは残るのだろうか…。)



翌日は昨日とはうってかわって、
いいお天気。

ホテルの部屋の窓からは、
「平和公園」「原爆ドーム」が良く見えます。

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「どうだみんな、
 せっかくだからちょっと行ってみようじゃないか。
 おれ原爆ドームって、
 行ったことないしさ。」

「行きましょう、行きましょう。」

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そして…、

「原爆ドーム」を目にした途端…。

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こ、これは…。


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言葉にできないほどの衝撃を受けました。

いまにも涙があふれそうなのを、
必死でこらえながら、
食い入るように見て回りました。


あの日も、今日のように、
雲一つない晴天だったと聞いております。

一瞬にして全てを奪われた多くの人たちの無念を、
戦争の悲惨さを、人間の愚かさを、
この瓦礫の一つ一つは物語っています。


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今にも泣き出しそうな顔の私…。


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たぶん、この人も…。


これだけは、
人類が残した「負の遺産」として、
永遠に保存して欲しいものです。


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さあ、平和の鳩くんたちよ。

これからも平和な世の中のために歌い続けよう!

『Peace On Earth』を高らかに響かせよう!


私は、

何度も何度も心に言い聞かせたのでした。

……。



「さあ、元気を取り戻して、
 そろそろお腹がすいてきましたね。
 おや、あそこに、
 「広島風お好み焼き」の店がありますよ。
 行ってみませんか。」

「そうだね、それも私は経験がないからねえ。」

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「広島風は中に中華麺やうどんが入るんですよ。」

「へ〜、そりゃボリュームたっぷりだねえ。」

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「ね、おいしそうでしょ。」

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あんた、レポーターか!?

……。



そんな広島を後にして、
今度は兵庫県の三木市にお邪魔しました。

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姫路から車で北に行くこと約1時間。

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ここでも大歓迎を受けました。

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スタッフのみなさんとの集合お写真。

(この2枚は三木労音様のブログより拝借)


おや…?

いつも見かける関西方面ジャミン・ファンも、
何人かいらっしゃいますねえ。

はい、もっともっと関西でもやりましょうねぇ。

♪♪♪



というわけで、

駆け足で、
西日本ツアーを振り返ってみました。


あちらでもスティーヴ君が書いてるように、
どの会場も、スタッフのみなさんによる、
「手作り」の暖かいコンサートの連続でした。


たくさんの出会いに包まれた、
素晴らしいツアーとなりました。

まさに「実りの秋」になりました。


みなさん、ありがとうございました。

また呼んで下さいね。



最後に、

これは広島コンサートの後、
スタッフのみなさんが開いてくれた、
「交流会」でのひとコマです。

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で、最後にリクエストで、
メンバーが立ち上がって、
ア・カペラを1曲ご披露したのですが、


そのとき…、

なぜか…、

ひとりの男が、

猛烈な勢いで笑い始めました。

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このピアニスト君は、
いつも、ほんの少しのお酒だけで、
あっという間に昇天してしまうのですが、

この日も「あさりの酒蒸し」を二つ食べただけで、
「珍獣」と化してしまいました。

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なにが、そんなに可笑しいのでしょう…?

……???


このツアーで最大かつ唯一の謎です。


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森丘さん、


なんであんなに笑ってるんだろう…?


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 12:52コメント(23)トラックバック(0) 
2012 エッセイ 

November 08, 2012

大相撲小研究 その4(最終回)


大相撲のメッカといえば、

なんと言っても「両国国技館」です。


ま、個人的には、
その前にあった「蔵前国技館」の方が、
江戸情緒をかもし出していて好きでしたがね。

……。



あれは1980年代の初めでしたか…。

その「両国国技館」で、
当時プロデュースをしていた、
『カシオペア』というバンドのコンサートを、
開催したことがあります。


で、そのときの楽屋が、

なんと、力士の「支度部屋」。


そこに足を踏み入れた瞬間、
なにもかもが想像をはるかに超える大きさに、

いやあ、ビックリしましたねぇ。

(むむ、これは……?)


東西の力士が出番を待つ「支度部屋」は、
コンクリートで作られた凹型の大きな部屋で、
一番奥が横綱が控える場所です。

私は力士の気分になって、
ちょっと腰をかけてみることにしました。


ところがです。


あははは、

全然足が地面につきません。


まるで子供のように足がぶらんぶらん状態。


でもテレビで見ると、
みなしっかりと地面に足をつけて、
堂々と座っているではありませんか。


(やっぱり相撲取りというのはデカいんだなあ…。)

改めて実感させられたというわけです。



さらに、滅多にないチャンスだから、
この際ちょっと、いろいろ探索してみようかな、
と、長い廊下を歩いていると…、

今度は、大きな畳の部屋を見つけました。


奥に大きなテレビがあって、
紫色の座布団がうず高く積まれている。

どうやら親方衆がここで翌日の取り組みを決めたり、
テレビで観戦する部屋のようです。


で、その「座布団」がまた、

大きいのなんの。


あははははは。

と、思わず笑ってしまうくらいのデカさ。


小柄な女性だったら、
4人くらいが座っても、
まだ余裕があるのではないか、

と、思わせるほどの大きさなのです。

(いやいや、こりゃ想像以上だな…。)



極めつけが、

トイレの「便器」。


ひぇ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!

な、な、なんだこの大きさは!!!


実は私…、

そのとき…、

ちょっと大きい方の用を足したかったのですが…、


普通に座ることができません。

ズボッとのめりこんでしまう。

(まいったなあ、こりゃ…。)



悪戦苦闘したあげく、
なんとか用を足すことは出来ましたが、

その方法はご想像におまかせするとして…、

ん…?


ま、いずれにしても、

すべてにおいて、

「ガリバー旅行記・巨人の国」

に来たような気分でしたね。


不思議な体験をさせてもらいました。

……。



それから20数年を経た2007年の5月。

今度は、わがジャミン・ゼブに、
その「両国国技館」の土俵の上で、
「君が代」を歌うという、
名誉ある仕事が舞い込んできました。

モンゴル出身力士のパイオニア、
「旭鷲山(きょくしゅうざん)」関の、
引退断髪式セレモニーでした。


結成からまだ半年とちょっと。

CDデビューも果たしていない彼らにとっては、
とてつもなく大きな仕事です。


しかも土足厳禁の「土俵の上」で、靴を履いて、
赤いマットを敷いてのパフォーマンスというのは、
極めて異例のことだと聞きました。

よくよく私は「相撲」に縁があるのかもしれませんね。

うふふ…。


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でも、がんばりました。

当時まだ平均年齢23才の若さでしたが、
臆することなく、

“立派に土俵をつとめました”。

ん…?


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場内割れんばかりの拍手歓声。

今思い出しても感動のひとコマです。

……。



さて、最後になりますが、

昨今、大相撲人気にも翳りが出て来たと、
心配する声も聞こえてきます。


その理由は、なんといっても、
日本人力士の衰退と、
モンゴルをはじめとする外国人力士の台頭です。

日本人の幕内優勝は、もう5年も出ていません。
日本人横綱も久しく出ていません。


でも、それも、

致し方のないことと考えるようになりました。



このセレモニーの前に、
ジャミンのメンバー共々、
旭鷲山関にお会いする機会があったのですが、

そのときの彼の発言がそれを物語っています。


メンバーの一人が彼にこんな質問をしました。

「旭鷲山関は、初のモングル出身力士ですが、
 さぞやご苦労があったんでしょうね。
 言葉もわからないし、厳しい稽古の連続だし、
 つらい思いもされたでしょうし、
 いじめもあったんじゃないでしょうか?」


それに対して彼は、
平然とこう答えました。

「つらいだって? 苦労だって?

 とんでもない。

 だって、メシが腹一杯食えるんだよ。

 たとえば君たちが子供の頃、
 外で目一杯遊んで、お腹ペコペコで家に帰って、
 冷蔵庫を開けたら、
 何でも食べるものがあっただろ?

 でも、僕たちの国は貧しいから、
 なんにも食べるものが無いんだよ。

 でも相撲の世界に入ったら、
 とりあえず腹一杯メシが食える。

 一生懸命がんばって強くなったら、
 お金もいっぱいもらえる。

 つらいことなんかあるもんか。

 モンゴルから来た力士は、
 みなそう思ってがんばってるよ。

 まだまだ来たがってるモンゴルの若者は、
 いっぱいいるんだよ。」



(ああ、これじゃ日本人力士は当分勝てないなあ…。)

と、正直思いました。

ハングリー精神が全然違うのです。


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このままいくと、

相撲界は外国人ばかりになってしまうのか…。

……。


でも、それでもいいではないか、

と考えるようになってきました。


野球の大リーグも、
最初はアメリカの白人だけで行われていました。

しかし今では、全世界から、
最高の舞台をめざして、
最高の野球選手が集まって、
素晴らしいプレーを見せてくれています。


アメリカが門戸を開放しなかったら、
私たちはイチローやダルビッシュの勇姿を、
あの舞台で見ることは出来なかったのです。


大相撲も大いに世界をめざして、
世界中から愛される、
世界中の力自慢の若者たちが憧れる、

そんなスポーツになればいいのではないでしょうか。


そして日本の若者も頑張って欲しい。

……。



「はっけよーい、のこった、のこった、のこった。」


私はこの「残った、残った」という響きが好きです。


「土俵際でふんばる」

「土俵際で残った」


いかにも日本人ならではの言葉ではありませんか?



大相撲の長い歴史が教えてくれている…。


肝に銘じたいものですね。


うんうん…。


(たまには真面目に終わろう)




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ん…?



(「大相撲小研究」 おわり)




いやあ、久しぶりの更新なので、
一気に最後までいこうと思ったら、
こんな長さになってしまいました。

失礼しました。

あははは。


さて現実に戻って、
週末の岡崎ジャズ・ストリート。

3日間ともお天気に恵まれ、
毎回たくさんのお客さんにいらしていただき、
最高の遠征となりました。

ありがとうございました。


その余韻に浸ることなく、
来週は初の西日本ツアーも控え、
クリスマス・コンサートの準備も始まり、

休む間もなく働くおじさんです。


えっ?

あれを忘れてないか、

ですって?


そういえばあれも、

待てよ、あれもやらなくては、

そうそう、あれを忘れるところだった、

ええと、あれはどうなったかな、

あれも、

あれも、

……、、

………、、、



ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!


…….。



Shun Miyazumi



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2012 エッセイ