February 13, 2007

カシオペア・デビューよもやま話


きのうの「 六本木 ALL OF ME CLUB 」
ピアノ・トリオ・ライブにお越しのみなさん、
歌手のみなさん、
演奏してくれたみなさん、

ありがとうございました。


休日なのに、
すご〜いお客さんの数でしたね。

びっくりしました。

みなさん、
ひとあし先に、
花見ですか?

ま、おかげさまで、
ノリノリで演奏することができました。

きょうは、指が痛いです…。


次回、このセッションは、
3/12(月)です。

3ヶ月ぶりに平日。



2004年03月16日 No.72
カシオペア・デビューよもやま話


1979年の正月スキーで、
ものの見事に骨折。

長い長い入院生活とリハビリを終え、
春爛漫の4月、

ようやく社会復帰を果たした私。


そんな私の帰りを、

とある新人バンドが、
心待ちにしてくれていたのです。


そのバンドの名は、


「 カシオペア 」


当時、
私が在籍していたアルファ・レコードでは、
「 フュージョン・ミュージック 」に、
やたら力を入れていました。


かつて、
このブログのエッセイでもご紹介した、

「 深町純&ニューヨーク・オールスターズ 」
「 渡辺香津美&ジェントル・ソウツ 」

の他にも、

ニューヨーク在住の才人「 横倉 豊 」
今は亡き名ギタリスト「 大村憲司 」

などなど、

ずいぶんいろんなアーティストがいましたね。


ま、とにかくこの会社は、
本当に新しもの好き。

そして、
私がこの手の音楽を、
好きだと思われていたのか、

アルファにおける
フュージョン・プロジェクトは、
ことごとく私が担当しておりました。


そんなアルファに、
ある日、
「 カシオペア 」というバンドのデモ・テープが
持ちこまれてきました。

いくつものレコード会社から断られて、
やってきたそうです。

アルファなら、
「 フュージョン・ミュージック 」に力を入れてるし、
商業的にも成功をおさめているし、
なんとか認めてもらえるのではないか。

ま、そんな期待をこめて、
来たのではないでしょうか。


ところが、
アルファの評価も、
それほど高いものではありませんでした。


なにぶん、若い。

オリジナリティーはありそうだが、
演奏が荒い。

でも、フュージョン物の流れのなかでは、
こういうのも一つくらいあってもいいのでは、
という程度の契約でなんとか成立。

プロ野球の世界でいうと、
「 ドラフト外入団 」「 契約金ゼロ 」
みたいな感じでしょうか。


ところが、

ライブを見て仰天!


ほとばしるエネルギー、
粗削りながらもハイ・テクニックの嵐。

そしてなによりも、

明るい!

しゃべりも面白く、
お客さんを楽しませるパフォーマンスは、
なかなかに大したもの。


そうそう、今思えば、

デビュー前の彼らは偉かったですよ。

ライブの前に渋谷駅前で、
自分たちで作ったチラシを配ったりしてました。

「 僕たちカシオペアというバンドです。
 今日ライブをやります。
 来て下さ〜い! 」

そのかいもなく、
渋谷の「Y」という、
安キャバレーの2階にある、
みすぼらしいライブ・ハウスに集まったお客は、

たったの5人…。


それでも頑張って演奏して、
自分たちで楽器を片付け、
3階の控室に戻ると、

泥棒が入って、
全員財布を盗まれている、

なんてこともありました。


そんな彼らに、
いつしか私は、
「 何とかこのバンドを応援してやりたい。」
という気持ちが芽ばえていったのです。


そんなカシオペアも、
無事デビューが決まり、

折しも来日していた名エンジニア、
アル・シュミットのサポートで、
とりあえず年内にリズム・トラックを録音、
残りは年が明けてから。

「 じゃあ、みんなよいお年を! 」
と別れて、

例の骨折騒動と相成ったわけです。


なんとも無責任なプロデューサー
がいたもんです。


この時の話は、

後に有名になった彼らが、
取材のたびに話すものですから、
その度に記事になり、
こちらはただ苦笑するのみ。

ははは。

仕方ありませんね。


それから、

ジャケットがまたひどかった。

ボンヤりした4人の写真の上に、
おびただしい数の錠剤(ピル)が。

「これでは、
 さわやかで溌剌とした彼らのイメージとは、
 ほど遠いではないですか。
 なんとか再販から、
 ジャケットを作り直して下さい。」

この直訴から、

私の仕事は再開です。


その直訴はめでたく取り上げられ、
その初版のレコードは姿を消し、

今市場にあるのは、
とりあえずこんな感じのもの。


Casiopea 1


作品も、
(私が言えた義理ではありませんが)
「 もっとポップに作れたはずだ 」

とここでも後悔の念。


ならば、
「 すぐに次を作ろう 」

と、

リーダーの野呂一生君をけしかけ、

次なるアルバム(スーパー・フライト)
の制作準備にとりかかったわけです。


というと、
聞こえはいいのですが、

今にして思えば、

さんざん迷惑をかけ、
失いかけた信用をとり戻そうと、


単に、


入れ込んでただけの話かも…。


(つづく)




(感想 2007/2/13)


その初版のカシオペアの
デビュー・アルバム。

「 薬漬けジャケット 」のカシオペア。

5000枚くらい市場に出たそうですが、
今やファンの人のなかでは、
ひょっとして、
貴重なものかもしれませんねえ。


うちには、あるのかなあ…?


さらに、
このアルバムには、

先日お亡くなりになった、
マイケル・ブレッカー(TS)氏や、
お兄さんのランディ・ブレッカー(TP)
それに、
デヴィッド・サンボーン(AS)

といった、

ニューヨークのスーパー・プレイヤーたちも、
参加されている。
(あとでダビングしたのでしょうが。)

こんなことも、

ちっとも知らなかった。


ほんと、

無責任だわ…。



SHUN MIYAZUMI

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〜2005 エッセイ 2  | マイ・ディスコグラフィー

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コメント一覧

1. Posted by 浜田ゆき   February 13, 2007 16:27
昨晩は中溝ひろみさんと同行して歌わせていただきありがとうございました。
浜田ゆきです。

私はクラブ歌手なので セッションに行くことが大変リフレッシュになりまたライブミュージシャンになるための勉強になり宮住さんの演奏で歌えて大変楽しめました。
また勉強させて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

H.P
http://music.geocities.jp/jazzdivayuki/yuki.hamada2.html
2. Posted by だまてら   February 14, 2007 01:04
渋谷の「Y」ですね・・・。
>安キャバレーの2階にある、みすぼらしいライブ・ハウス・・・
言いえて妙だなー。79年頃そこで本田俊之さんと奥平慎吾くんの共演を聴いた事があります。さすがにその頃カシオペアはメジャーになってましたねー。北関東の某都市に似たような名前のお店がありますが、資本関係は無いようです。
3. Posted by SHUN MIYAZUMI   February 14, 2007 11:15
浜田ゆきさん

いらっしゃいませ。
毎月第二月曜日の「六本木 ALL OF ME CLUB」と
最終金曜日の「学芸大 A’TRAIN」は、
一般参加歓迎の、あんな雰囲気でやってます。
いつでも遊び(お勉強)に来て下さいね。

---------------------------------------

だまてらさん

ひょっとしてその「北関東の某都市」とは、
日本最古の学校があり、
室町幕府を開いた武将出生のあそこ、
でござるか?
4. Posted by だまてら   February 14, 2007 23:34
5 MIYAZUMIさん、ご賢察の通りでございます。
そちらの「Y」には、88レーベルでデビューしたヴォーカリスト、”ティファニー”が”鳥尾さん”との共演で3月18日に登場するそうです。
同じ面子は昨年のクリスマス・イブにイクスピアリの野外ライブで聴きましたが、”ティファニー”嬢は中々本格的で新人ゆえに未だ練れて無いところもあるけど、変な癖も付いてなく好感が持てました。
ところで、カシオペアは「MINT JAMS」が大好きでした。確かジャケットがちょっと手抜きっぽくて、そのかわりちょっとお買い得!って感じでした。ベスト風ライブゆえ純粋なオリジナル・アルバムでは無いという事でそんな風に値付けしたのかなー?と理解してましたが、さて真相(って大げさですが)はどんなもんでしょうか。
5. Posted by SHUN MIYAZUMI   February 15, 2007 10:51
だまてらさん

ご質問にお答えします。

と言いたいところですが、
これ、すご〜く長い話になっちゃいます。
ところが、
このコメント欄は、
文字数制限があるらしい。

そこで、特別にブログ本体のほうで、
詳しく説明することにしました。
おそらく更新は、来週前半あたり?

それまで、楽しみにお待ちくださいませ。

ところで、足利といえば、
蕎麦も美味いんだよね。
随分行ってないなあ。

「Y」で、
なんかライブ企画でも考えませんか。

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