September 16, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」その4


いやあ、きのう今日と、
久しぶりの青空。

気持ちがいいですねえ。


そんななか、

きのう(土曜日)の、
「 ケンウッドスクエア・丸の内 」
『 jammin' Zeb ミニ・ライブ 』
にお越しのみなさま、

ありがとうございました。


さわやかな午後のひとときでした。

アカペラが中心だけど、
あんなライブもいいなあ、
と実感しましたね。


また、折りをみて、

やりたいと思います。



さて、まだまだ続く、

タモリ話。



タモリ3 「戦後日本歌謡史」 その4


せっかく苦心して作り上げたものの、
販売元ビクターの拒絶にあって、
またしても‘お蔵入り’となってしまった、

『 タモリ3 』


しかし、今度は、
タモリが黙っていませんでした。

ラジオやテレビの自身の番組で、
かけまくったり、
実演したりして、
このアルバムの存在を、

世にアピールしたのです。


そして、

その存在と面白さは、
次第に口コミで広がっていき、

近田春夫さんが
「タモリのレコードを発売せよ市民連合」
を名乗ったり、
ファンの間に発売を求める署名運動が起きたり、
といった事態に発展していったのです。

(レコード・コレクターズ 9月号)


そうした‘世論’の後押しのおかげもあって、

「新星堂チェーン」のみ、
という変則的な形ではありましたが、

このアルバムは、
ついに‘日の目を見る’
こととなりました。


やったあー!


TAMORI 3


しかしね、

この問題は、

そんなに簡単にはいかなかったようですよ。


実は、
ここから先は、

制作の当事者ではあるものの、
当時30才の私など出る幕も無いほどの、
大人どうし、トップどうしの熾烈な戦いが、

展開されていったようなのです。


無責任なようですが、

私は高みの見物。



まずは、

「作家はレコード会社の専属」
であった時代の、
古い楽曲を管理する、

コロンビア、ビクター、キング、テイチク

といった老舗レコード会社からの、
猛烈な抗議。

「これは、あきらかに著作権侵害である。
 かつ、許可も無く、
 偉大な先生方の偉大な楽曲を、
 このような無礼な扱いをするなど、
 もってのほか。
 これは重大な名誉毀損にあたる。」

として、

即刻発売中止と、
しかるべき著作権の使用料を求めて来た。


それに対してアルファは、

「これは欧米でも認められている、
 パロディという新しい文化。
 よく知られた作品を‘ひきおろす’
 ことによって生じる面白さが、
 パロディの良さであり、
 むしろ問題にする事自体、時代から遅れている。」

と、真っ向から対立。


私はひそかに、

「いいぞぉ、やれやれー。」


さらに、

「レコード・コレクターズ 9月号」には、
こんな記述もあります。

『この作品の被害?に遭った作家の反応も、
 一様ではなかった。
 騒ぎを報じた『週間読売』(81年11月29日号)に、
 自作詞をパロディにされた作家たちのコメントが、
 掲載されている。

 「売れればいいということで、
  何でもメチャクチャなことをやるレコード会社
  の姿勢も間違ってますよ」
  (石本美由起。「憧れのハワイ航路」の作詞者)

 「とにかく最高に面白かった。(中略)
  僕はちっとも不快じゃないし、
  最高にいいんじゃないかと思ってます」
  (橋本淳。「ブルー・シャトー」「君だけに愛を」
   の作詞者)

 また、「東京ナイトクラブ」を「東京ホストクラブ」に
 パロディ改変されたフランク永井のように、
 ステージにタモリを上げて一緒に歌ってしまう
 実演家まで出ていた。
 要するにパロディされた側の反応も、
 怒る者、楽しむ者に別れたのである。』


そうでした、そうでした。


そして、
今にして思えば、
販売を拒否した肝心のビクター内部も、

決して一枚岩ではありませんでしたね。


吉田正さん(作曲)、
佐伯孝夫さん(作詞)、
といった、黄金期を支えた偉大な作家、
を抱えるビクターとしては、

その先生方の名誉を守るとして、
法務部を中心に猛反発。


ところが、
当の実演家のフランク永井さんは、
最初聴いたとき、
椅子からころげ落ちるほど大笑いしたそうです。

そして「レココレ」にもあるように、
タモリをステージにあげて一緒に歌う、
といったことまでやってのけた。


さらに販売部は、
「他のレコード会社を敵に回すだけでなく、
 ‘新星堂’だけで売らせるということは、
 他のレコード店、チェーンから、
 総スカンを食らう。
 今後ビクターの商品を扱ってもらえない。」
と、変なところで消極的。


ところが、制作・宣伝部はどうか。

この騒ぎの最中に、
ビクターの制作部に、
遊びに行ったときのこと…。


ある人に、
「ところで(新米)ディレクターの、
 K君はどこにいる?」
と聞いたところ、

「ああ、あいつならコピー室にいるよ。」
と教えてくれた。


当時はまだカセットの時代。

正規のサンプル盤が出来るまでの間、
宣伝用のサンプル音源として、
せっせとカセット・コピーをする、

そんな時代だったんですね。


コピー室に行くと、
K君が、
数十台のカセット・デッキを同時に回して、
何かを大量コピーしている。


なんとそれが、

『 タモリ3 』


しかも、
コピーの大元になってる一本が、
すでにコピーのコピーの孫みたいなヤツだから、
音質が劣化していて、
「シャーーー」
というノイズがあからさまで、

なんとも聴きにくい。


私はK君に、

「なんでこんな音の悪いのしか無いの?」


するとK君、

「いやあ、これ今、
 なかなか‘上物’が手に入らないんですよ。
 これでも状態がいい方でね。
 
 そうだ!
 これ宮住さんが作ったんでしょ。
   
 もっと音質のいいの下さいよ。
 もう社内の注文が多くて、
 自社の他の物そっちのけで、
 コピーしてるんだけど、
 間に合わないんすよー。」


「……。」



ま、どこのレコード会社へ行っても、
こんな感じでしたね。

(なにが著作権侵害だ。)


こうして、

業界も世論も、

まっぷたつ。


そして、事態は、

ますます悪化の様相を、


呈していったのです…。



(つづく)



先日、

森進一さんが、
「おふくろさん」
を勝手に改変させたとして、
当の作家の川内康範さんが大激怒。

そして世論は、

どうやら川内さんに同情的なようですね。


してみると、

この『 タモリ3 』などは、

今出しても、

まだまだ大変だということでしょうか。



ううむ…。



SHUN MIYAZUMI


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2007 エッセイ | マイ・ディスコグラフィー

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コメント一覧

1. Posted by 只野 通行人   September 16, 2007 23:19
5 連続しての書き込み、恐縮です。キング、ビクター、コロムビアと言えば、SP盤、軍歌のイメージ。ガンコそうですなァ。でも石本センセのお孫さんあたりはキャッキャ喜んで聞いてたりして。
けれども、秀逸なパロディだからフランクさんも認めたんですよ。安っぽいオチャラケだったら「コラァッ!」と言ってたでしょうね。
2. Posted by asa   September 17, 2007 02:40
業界を揺るがしている当人が、ひょうひょうと相手の会社に現われるあたり、宮住さんは当時から大物だったのですね。
・・・若さ故、もしくは知らぬが仏ですか。

昨日のJ'Z mini Liveに連れて行った知人二人は、j'Zと同年代。
内一人はJAZZのJの字も聞いたことありませんでしたが、ライブを聞いて、感激で鳥肌が立ったそう。
良いものは良い、伝わるのですね。

次のライブも楽しみにしています。
3. Posted by SHUN MIYAZUMI   September 17, 2007 12:00
只野さん>

いえいえ、
書き込み、大、大歓迎でございますよ。
「レココレ」にもありましたが、
当時は「貸しレコード屋」が台頭してきて、
著作権があいまいになってくるということで、
これ自体が業界を揺るがす大問題になっていた。
それと一緒にされたのも不運だった…。
ちなみにアルファ(村井さん)も、
「貸しレコード」には猛反対でした。(笑)


asaさん>

当時はビクターのほかにも、
東芝、コロンビア、キャニオンあたりには、
知人も多く、情報収集も兼ねて、
よく遊びに行ってました。
騒いでるのは主に法務(契約、著作権、出版)
といったお硬いセクションで、
私とは直接関係ありませんでしたからね。
むしろ制作、宣伝の連中は、
「あれ最高だねー。コピーちょうだいよ。」
と、どこでも大受けでしたよ。
まったく、どうなってんだか…(笑)。
4. Posted by asa   September 19, 2007 12:00
お硬いセクション・・・

会社でそのお硬いセクション系の仕事している私は、ちょっと複雑な気持ち。
決まりは決まり。でもね・・・ってのもよ〜くわかりますし。
5. Posted by 只野 通行人   September 19, 2007 12:32
5 有り難うございます。
その昔、アルファの製品の裏面には、「発売:アルファレコード、販売:ビクター音楽産業」と書いてありましたが、
「タモリ3」に関しては、「発売:アルファレコード、複製:キャニオンレコード」とか、「複製:コロムビアレコード」という、ヴァージョン違いが各種存在していた訳ですね(笑)。
6. Posted by SHUN MIYAZUMI   September 21, 2007 10:41
asaさん>

法務がお硬いのはあたりまえで、
そうじゃなくちゃ、
会社はもちませんよね。
私じゃ、絶対つとまらない。(笑)
いずれ書きますが、
私、音楽の世界に進むのを反対した父が、
とある大手銀行に就職させようとしたことがある。
想像できますか?私が銀行マン?
ムリだ、ムリ、ムリ。アハハハ。


只野さん>

ええ、それはもう。
それどころか、
「複製:ニッポン放送」「複製:文化放送」
「複製:フジテレビ」「複製:平凡社」などなど。
もう業界中に、
この「タモリ3」のコピーが氾濫していました。
これで「著作権がどうのこうの」
と表向きは大騒ぎだったわけですから、
よくわかりませんね、この業界。(笑)
でもこのチャランポランさが、
たまらなく好きですわ、私。アハハ。

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