2007 エッセイ

【タイトル一覧】
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  • タモリ3「戦後日本歌謡史」その4
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December 07, 2007

ぱしふいっくびいなす号 2007航海記その6 最終回


今朝のフジテレビ、

『ハピふる』

ご覧いただけましたでしょうか。


jammin'Zebが、
素晴らしい紹介をされておりましたね。

感激しました…。

キャスターの阿部知代さん、
スタッフのみなさん、

本当にありがとうございました。


このぶんだと、
12日の丸の内も、
大騒ぎになりそうですね。


まだ‘生ジャミン’を、
ご覧になってない方、

どうぞいらしてください!

なにせ無料ですから。

盛り上がりますよー。

癒されますよー。



さてさて、

長々と続いた航海記も、

いよいよ最終回です。



「ぱしふいっくびいなす号 2007航海記」 その6 最終回


10月17日 航海4日目の夜

屋久島を出てからというもの、
よく揺れること。

今宵のライブは、
ユラ〜〜ッ、
「おっとっと」
の連続。

しかし、
スイート・ボイスも、
我々トリオも、

快調に演奏です。


私の書いた大作を含め、
この日のライブは、
手応え充分なジャズ・ナンバーが中心。

最後は、
スイート・ボイスのおハコ、
マンハッタン・トランスファーの
「Birdland」で、
華やかに締めくくりました。

200人を超えるお客さんからは、
ヤンヤの大喝采。

よかった、よかった。


こうして、すべての仕事を終え、
「メイン・ダイニング」で、
乾杯!!

そしてきょうは最後の夜、
ということもあって、

全員参加で、
私の部屋で打ち上げ。


お酒の飲めない、
MAKO、KAOも、
今日だけは参加。

もちろん、
酒豪のBABI、JUNは、
グビグビ。

楽しい宴会は、
果てしなく朝まで、

続いたのでした。

……。



10月18日 航海最終日


「おはようございまーす」

きょうは、
最終目的地、名古屋まで、
ひたすら海景色です。

相変わらず私は、
「スモーキング・ルーム」
を行ったり来たり。

すっかりお友達になった、
スモーカーの人たちと、
にこやかに談笑しながら、

プカ〜〜ッ、
プカプカ〜〜〜〜〜〜ッ。

そんな一日でした。


そして、

その間も気になったのが、

昨日(10月17日)発売になった、
ジャミン・ゼブ/デビュー・アルバム
『Smile』
の動向。

陸地が近づいたときには、
多少電波が良くなるので、
たくさんの留守電メッセージを、
必死で聞きました。


それによると、

どうやら、
HMVやタワレコの大型店では、
かなりのディス・プレイが、
なされてるようです。

ホッ…。


そして夜の7時半。

無事に名古屋港に着岸。

そのままタクシーで名古屋駅。

新幹線に飛び乗り、
私ひとり「喫煙車」でプカプカ。


そのまま、
私のホーム・グラウンド、
学芸大「A'TRAIN」に直行。

いつもの仲間と、
楽しく語らい、
いつもの「焼酎」を飲み、
思う存分煙草を吸い、

1時過ぎに帰宅したのでした。


これが、
今回の航海記でした。


ん?


なんだか、

煙草の話ばかりでしたね。

……。


でもね、


やはり船旅は、

いいもんです。


そして思うに、

これって、
みなさんが考えてるほど、
高いものではありません。


一番安い部屋だと、
お一人様、一泊38,000円。

食事込みです。

朝、昼、夜、夜食。

豪華なホテル・レストランの、
フルコースの食事です。

デザートも、
コーヒーも、
ケーキも、

みんなタダ。


そして、
プールや展望風呂、
映画、ジムなど、
あらゆる施設、
各種エンタテインメントも、

みんなタダです。


なにより、
雄大な海を眺めながら、

時を忘れて、
本当にリフレッシュできます。


まさに、現代の、

『竜宮城』

です。


みなさんも、

いかがですか?


私は心からお薦めします。


船酔いの激しい方と、


‘ヘビー・スモーカー’を除いて。


……。



(おわり)



嬉しいことに、

今朝の『ハピふる』放映直後から、

いろんなところから、
出演依頼のメールが、
たくさん届きました。


その中には、


またまたお船の話も……。



どうするジャミン!?



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 19:12|この記事のURLComments(4)TrackBack(0)

November 29, 2007

ぱしふいっくびいなす号 2007航海記その5


ぶるるる。

今日は寒いですねえ。

みなさん、
お風邪など召しませぬように。

ジャミンのみなさんも、
お願いしますよ。


さてさて、
26日(月)のNHK「首都圏ネット・ワーク」

ご覧になりました?

Jammin'Zebが、
いい感じで紹介されてましたね。

おかげさまで、
彼らのブログの訪問者数も、
日に日にうなぎ上り。

テレビの力は凄い…。


この後も、
ジャミンのTV出演は続きます。

前回からの変更もありますので、
ここで改めて、

おさらい。


11/30(金) NHK BS-1「列島ニュース」
       (13:15〜14:00)
       <11/26放送「首都圏ネットワーク」
        の再放送。全国ネットです。>
12/02(日) テレビ東京「ブランニュー」
       (06:20〜06:30)
12/07(金) フジテレビ「ハピふる」
       (09:55〜11:25)
       <前回11/30放送と書きましたが、
        一週間ずれました。
        その分内容もパワーアップ?>


そして、きょうはこれから、
テレビ朝日「題名のない音楽会」収録です。

出かけるまで、
まだ時間があるので、

竜宮城の続きを更新しちゃいましょう。

急げ、急げ…。



「ぱしふいっくびいなす号 2007航海記」 その5


10月17日 航海4日目

午前7時

ブルブルブルブル!!
ガッガッガッガッガッ!!!

けたたましいエンジン音で、
ガバッと飛び起きる。

船は屋久島港に着岸しました。


眠い目をこすりながら、
「スモーキング・ルーム」で一服。
プカ〜〜〜〜。

そのまま「メイン・ダイニング」へ」行くと、
今日はみんな元気に揃っていましたね。

そしてみんなで朝飯。


ここの朝飯はいいですよー。
洋風バイキングと和定食の2本立て。

ま、洋上の「豪華ホテル」
ですからね。

このくらいは、あたりまえ。


それにしても恐るべしは、
ベースの佐藤有介の食欲。

朝、昼、夜、夜食と、
ここまで完全制覇。
おまけに酒も人一倍飲む。

若いんですねえ。


そしてみんなは、
元気に屋久島見物に出かけました。

私?

もちろん行きません。

疲れるから。

もっぱら昼寝です、昼寝。

なにせ船が停止している間が、
寝る絶好のチャンスですからね。


「もったいなくない?」

いいえ、全然。


ハワイに行ったって、
私はどこにも行きません。
ホテルのプール・サイドで、
一日まったり。

ウオッカ・トニックを飲み昼寝。
汗だくで目が覚めたら、
ドボーンとプールに飛び込み、
また酒を飲んで、また寝る。

これの繰り返し。

ちょうどサウナと水風呂の関係ですな。

観光だの、
アラモアナで買い物だの、

私にはまったく興味がない。


ただし、夜は元気です。

美味いものを食い、
よさそうなバーを探し、
心ゆくまで酒を飲んで、
リフレッシュ。

典型的、夜型人間。

でも、
ハワイもほとんど禁煙だそうですから、
もうあんまり行きたくないな…。


で、結局3時のリハーサルまでは、
部屋でグースカと、
「スモーキング・ルーム」でプカ〜〜
の繰り返しをやっておりました。


航海も4日目ともなりますとね、
この「スモーキング・ルーム」に集まる人たちと、
自然と交流が深まります。

なにせ来る人は限られてますからね。
男女半々くらいでしょうか。

自然とお友達になります。


「いや、どうも。」
「またお会いしましたな。」

「きょうもいいお天気ですな。」
「ほんといいお天気。」

「屋久島は初めてですか。」
「いや、前にも一回あるんですが、
 船からは降りませんでしたね。
 雨だったし。」
「そうそう、屋久島は雨が多いんですって。」

「私もきょうは船でノンビリしますよ。
 家内は出かけましたがね。」
「あらお寂しい。」

「それにしても、不便な時代になりましたなあ」
「喫煙者にとってはつらい時代ですよね」


なーんてな、
とりとめのない会話をしながら、
自然と出来上がって行く、

『喫煙者友の会』

またの名を、

『禁煙ブームを呪う会』


そうこうするうちに3時。

みんな元気に戻って来たので、
リハーサル開始。

きょうのメインは、
私がスイート・ボイスのために、
特別に書き下ろした、
ミシェル・ルグランの「町から町へ」
という曲。

スコアにして27枚。
リズム譜にして5ページ。
演奏時間7分を超える、
大作です。

しかもあちこちに仕掛けがいっぱいあって、
難易度ウルトラCのアレンジ。

かく言う私も、
ちゃんと演奏するのが大変。

リハーサルは、
ほとんどこれに費やされました。

そんなリハーサルをやってる間に、
船は名古屋に向けて、
最後の出港。

ぶお〜〜〜〜〜〜。


そして本番の8時半。

きょうはよく揺れます。

ピアノを弾いてる間も、
ユラ〜〜〜。

「おっとっと…。」


歌ってるスイート・ボイスも、

「おっとっと」

ぐらぐら〜〜。


でも、これが、
船の上での演奏の醍醐味、
かもしれません。


これって、
船酔いの激しいミュージシャンには、


お薦めできませんね…。



(つづく)



おっと、もう時間だ。

なんだかあわただしい航海記で、
すみません。

では、行って来ます。


急げ、急げ…。



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 13:17|この記事のURLComments(14)TrackBack(0)

November 25, 2007

ぱしふいっくびいなす号 2007航海記その4


わおっ、久々の休日だ!

そして今日は、
いいお天気でポカポカ。

さっそく駒沢公園を、
散歩してきました。

たくさんの人が、
思い思いの休日を、
楽しんでおりました。

犬も…。


さて先週も、
ジャミン・ゼブには、
実りの多い一週間でしたね。

関係者のみなさん、
ありがとうございました。


なかでも私にとって、
とりわけ印象深かったのが、


ハリー・ウインストンのダイヤモンド!!


ジャミンのブログ(ZEBLOG)にもありますが、

23日(金)は彼らとともに、
「世界で最も高価な宝石」と言われている、
ハリー・ウインストン(HARRY WINSTON)
の名古屋店オープニング・セレモニー、
に行ってまいりました。


そこで、店内に陳列されている数々の宝石を、
見せていただいたのですが、

いやあ驚きました…。

素人の私が見ても、
その素晴らしさはわかります。

びっくりするようなまぶしさでしたね。


すごく大きなダイヤモンドから、
小さなブローチやピアスにいたるまで、
どんな角度から眺めても、

ピカーーッ。
ピカピカーーーッ。

お値段もビックリ〜〜〜…。


さらには、あちこちに飾られてる、
HWのダイヤを身につけた、
有名なハリウッド女優や、
エリザベス女王の写真の数々。

聞くところによると、
「アカデミー賞授賞式」に参加する女優は、
このハリー・ウインストンから、
‘どれだけ高価なダイヤをレンタルできるか’

これで格が決まるんだそうです。


これはいけません。


世の男性諸氏にご忠告致します。

ここだけは、
ご自分の奥方、彼女、

絶対に連れて来てはいけません。


ここは、男性にとって、

この世で最も、


Dangerous(危険)な場所です!!!


……。


そんな夢のような空間から、
現実に舞い戻って来たわけですが、
今週もジャミンにとっては、

あわただしい一週間になりそうです。


特に今週は、
さながらテレビ・ウィーク!

いろんなテレビ番組に出演します。


ちょっとおさらいしますと、

11/26(月) NHK総合「首都圏ネットワーク」
       (18:10〜18:59)
11/30(金) フジテレビ「ハピふる」
       (09:55〜11:25)
11/30(金) NHK BS-1「列島ニュース」
       (13:15〜14:00)
        <11/26放送分の再放送ですが、
         こちらは全国ネット。>
12/02(日) テレビ東京「ブランニュー」
       (06:20〜06:30)


どうぞ、見てやってください。



さて、私にとって、

もうひとつの夢の空間。


竜宮城…。



「ぱしふいっくびいなす号 2007航海記」 その4


10月16日 航海3日目

ルーム・メイドに起こされ、
気絶状態から現実に戻った私。

時計を見ると朝の10時。

「これはいかん」
とばかりに、
昨夜メイン・ショーを繰り広げたラウンジに行く。


今朝は、
スイート・ボイスによる
「歌の教室」

大勢の年配のお客さんに、
なつかしい文部省唱歌を歌ってもらい、
それをスイート・ボイスが進行・指導していく、

という、
この船の人気プログラムのひとつです。


ま、私がなにをやる、
ということでもないのですが、
私たちの仲間がやるわけですからね、

応援です、応援。

ベースの有介も、
ドラムの金井塚くんも、
眠い目こすりながら、
やってきました。

感心、感心。

そして私たちも、
一緒に大きな声で歌いました。

文部省唱歌…。


それが終わると、
「メイン・ダイニング」で、
優雅にランチ。

そして船は、1時に、
「種子島港」に着岸。


8Fのデッキから眺めると、
港ではちょっとした歓迎セレモニー
をやっておりました。

さらには、
日本に初めてやってきた鉄砲、火縄銃、
‘種子島’の実演大サービス。

5人の若者が、
戦国武者の格好をして、一斉に、

グワ〜〜〜〜ン!

あたり一面、
火薬のにおいがたちこめる。


そして次の出港が4時半。

ひと仕事終えたスイート・ボイスの面々、
有介、金ちゃんらは、
島内観光に出かけました。

出不精の私は、
もちろん行かない。

ここぞとばかりに、

昼寝。


前回も書きましたが、
私は動いてるものの中では、
全然眠れない。

しかし、停まってるものの中では、

いくらでも眠れます。


幸せな気分で目を覚ますと、
まだ3時。

せっかくだから私も下船して、
港のまわりだけでも、
散歩することにしました。

幸い携帯がつながったので、
東京に電話すると、
ずいぶん寒いんだそうです。

しかしここはまだ初夏。

ちょっと歩くと、
汗ばむような陽気です。

種子島も、

いいお天気でした。


さわやかな潮の香りと、
静かな南方の海景色を堪能して、
船に戻る。

「展望風呂」でひとっ風呂あびて、
「スモーキング・ルーム」でまったりしてるうちに、
船は「屋久島」に向けて出港。

ぶお〜〜〜〜〜。

そしてディナー。


ディナー後は、
もうひとつのエンタメ・グループの仲間、
桂歌若師匠の落語を聞きに行く。

ここでひと笑いして部屋に戻り、
ベースの有介とTVを見ながら一杯やって、

きょうは早めに就寝。


船は、
波の無い洋上を、
プカプカと漂っておりました。


おだやかな一日でした…。



「えっ? 仕事で行ったんじゃないのか?」

ですって?


ええ、こんなもんですよ、

お船の仕事って。


ちなみにこの船には、
ほとんど時計というものがありません。

部屋にもありません。


みんな高いお金を払って、
「時間に追われない自由」
を求めて乗るんですね。

これが、

竜宮城の、
竜宮城たる魅力、

といったところでしょうか。


では、おやすみなさい。

グ〜〜、ス〜〜、ピ〜〜。


……。



(つづく)



面白いもんで、

前回「煙草」の話ばかり書いてたら、
むしょうに煙草が吸いたくなりました。

今回「昼寝」の話を書いてたら、
むしょうに眠くなってきました。


というわけで、
これからひと眠りします。

きょうは久々の、
完全休養日ですからね。


では、おやすみなさ〜い。


これが本当の、


二度寝…。



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 16:09|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)

November 17, 2007

ぱしふいっくびいなす号 2007航海記その3


横浜大桟橋。

ここんとこ、よく行くなあ…。


最初は、
「ぱしふいっくびいなす号」の
「種子島・屋久島クルーズ」(10/14)


お次が、
ジャミン・ゼブ
プロモーション・ビデオの撮影。(10/29)

撮影クルーが選んだ場所が、
偶然ここでした。

そうそう、
このPVは現在、

渋谷数カ所のヴィジョン
(ハチ公交差点・三千里薬品の上etc.)
丸の内エリアのヴィジョンなどで、

派手に流れていますよー。


そして昨日は、
テレビ東京「ブランニュー」の撮影で、
これまた横浜大桟橋集合の連絡。

ジャミンとともにクルーズをしたのでした。

ZEBLOGでも、
シモンが楽しそうに書いてますねえ。

これは、
12/2(日)朝6:20〜6:30に放送されます。

どうぞ見てやってください。


そんなわけで、
思いは再び‘ぱし’の船旅へ…。



「ぱしふいっくびいなす号 2007航海記」 その3


10月15日 2日目の朝8時

けたたましいエンジン音で、
目が覚めてしまいました。

ブルブルブルブル!!!
ガッガッガッガッガッ!!!!!

そして、
船長の声が、
船内に響き渡ります。

「みなさん、おはようございます。
 当船はこれより、
 名古屋港に着岸致します。」


「しまった…。」

翌朝がゆっくりだと思って、
4時まで深酒をしたのですが、
8時に名古屋に着岸することと、
その際のエンジン音の凄まじさを、

すっかり忘れていました。

思い起こせば、
過去にも、こんな経験は、
いっぱいあったのに…。


仕方なく着替えて、
とりあえず、
「スモーキング・ルーム」に行き、
朝の一服。

「プカ〜〜〜ッ」

「昔は部屋で吸えたのになあ、
 ブツブツ…。」

そして、2、3本吸ったあと、
フラフラの状態で、
「ダイニング・ルーム」に、
行ってみる。


すると、
さっきまで一緒に飲んでいた、
ベースの佐藤有介が、
さわやかな顔をして、
美味そうに朝定食を食べておりました。

「おはようございまーす。」

若いんだなあ…。
と、しみじみ実感。

私なんぞ、
みそ汁、お茶、茶碗蒸し。

流動食しか入らないのに…。


そして、
気持ち悪いのをグッとこらえて、
再び「スモーキング・ルーム」ヘ。

……。


ところでね、

このお部屋は、

とても快適に出来ておりましたよ。

大きな窓越しに見る景色も素晴らしいし、
綺麗だし、ソファもゆったりだし、
新聞や雑誌もいっぱい置いてあるし、

なにより換気が抜群。

大勢のスモーカーがプカプカやっても、
全然煙くならない。

新幹線の喫煙車とは大違い。


そこから、
次々と乗船してくるお客さんを、
しばし眺めておりました。

聞くところによると、
横浜から乗った方が100人。

名古屋では、
250人もの方がお乗りになったそう。

あっというまに、
船内はにぎやかになってしまいました。

世の中、
優雅な方が多いんですねえ。

うらやましい…。

そして10時に出港。

ぶお〜〜〜〜〜。

種子島に向けて、
明日の午後1時まで、
ずっと航海が続きます。


そして、そういえば、
きょうはライブの日。

というより、
私はこのために来たんでしたね。

アハハハ。


でも、こんな二日酔い状況で、
ちゃんと演奏できるのでしょうか。

不安になった私は、
3時のリハーサルまでの間、
なんとか昼寝を試みますが、

これがダメ。

実は私、
動いてるものの中では、
眠れんのです。

飛行機、電車、車。

みんなダメ。

これもすっかり忘れておりました。


結局は、
何度も着替えて、
何度も「スモーキング・ルーム」へ行く。

ただただこれを繰り返すうちに、
早くも3時のリハーサル。

スイート・ボイスのお姉さん、
いやお嬢さんたちは、
みな元気、元気。

快適な船旅を楽しみながら、
快調にリハーサル。

私は、
「おえっ…。」


リハ後は、
「展望風呂」でひとっ風呂あびて、
やっぱり「部屋」と「スモーキング・ルーム」
を行ったり来たりしながら、
ショーの開演を待つ。

気合いを入れる。

ま、ピアノの前に座れば、
人格の変わる私ですから、
コンサートは、つつがなく終了。

大勢のお客さんも、
たいそうお喜び。

よかった、よかった。

そして、
「スモーキング・ルーム」で、
たちどころに4、5本をプカプカ〜〜。

演奏のあとの煙草は、
また格別ですな。


部屋に戻り、
ミニ・バーのビールをぐいっと開けると、

再びいつもの自分を取り戻す。
とたんに元気になる。

「さあきょうも宴会だ。」
と、氷と水を用意し、
みんなに電話しようかな、

と、思ったところで、

……、

…………。


ドヤドヤと入って来た、
ルーム・メイドのお姉さんが、
「あっ、失礼しました。」

「い、いや、なに?
 ん?
 ムニャムニャ。」

電気つきっぱなしの部屋で、
ソファの上で、
気絶したまま、

朝を迎えたようです。


これが二日目。


そしてこの日も、

普段の倍くらい、


煙草吸いました…。



(つづく)



煙草の話ばかりで恐縮ですが、

やっぱり煙草の話です。


ここんとこ、
ジャミン・ゼブの活動の中心になってる

丸の内。


ここは千代田区にあります。

そして、
千代田区は、
路上では一切煙草が吸えません。

煙草の吸える場所を探すのが、

本当に大変です。


それでも、
「丸ビル マルキューブ」
の近くでは、
何ヶ所か見つけましたが、

きのうライブをやった「オアゾ」

この周辺では、
ついに見つけることができませんでした。

5時から8時頃まで、

私は一本も吸うことができませんでした。


なんとかしてください、


千代田区。



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 21:16|この記事のURLComments(12)TrackBack(0)

November 10, 2007

ぱしふいっくびいなす号 2007航海記その2


いやあ、
お久しぶりでございます。

更新をする時間も体力もなく、
あっというまに、
2週間がすぎてしまいましたね。

そのくらい、

忙しかった…。


なにをしていたかというと、

ZEBLOG = jammin' Zeb・ブログ

を観て、
ご推察ください。


ええ、

ジャミン・ゼブのプロモーションと、
ライブ・フォローと、
アレンジに奔走しておったわけです。

ま、充実の日々でしたがね。


それにしても、
激しく更新してますなあ、
あっちは。

4人いるからな…。

ファンの方々のコメントも、
日に日にすごい盛り上がりのようです。


それにしても、

幸せな連中ですよ、
ジャミンは。

新人のデビュー戦で、
こんな盛り上がったスケジュールなんて、

そうあるものではありません。


そして、これからこの騒ぎは、
ますますヒート・アップしていきます。

「睡眠不足だー。」
「疲れたよー。」
なんて、
言ってられませんね。

ぐいぐい引っ張っていかねば…。


思い起こせば、
あの「ぱしふいっくびいなす号」の
優雅な船旅。

あれが私にとって、
今年最後の、
「ロング・ヴァケイション」
だったようですね。


まだ1ヶ月前なのに、

遠い昔のことのように、
思える。

……。


ん?

「ありゃ仕事だろうが。」(影の声)


そう、そうでした、そうでした。

仕事でしたね、


仕事…。



「ぱしふいっくびいなす号 2007航海記」 その2


10月14日午後5時

2年ぶりの客室に入った私は、
デスクの上に置かれている、
一枚の注意書きを見て、

愕然としました。


「受動喫煙防止のため、
 全客室禁煙です。」


「……。

 受動喫煙たって、
 この部屋には、
 わししかおらんではないか…?。」


今回で3回目となる、
ぱしの船旅ですが、

かつて部屋では、
パカパカ吸えた。

豪華な「メイン・ダイニング」で食事をした後、
「プロムナード」という、
優雅なサロンで、
海を見ながらコーヒーをいただき、
くつろぐ。

これも私の楽しみのひとつで、
ここでも、
タバコはOKでした。

今回は、

ダメ。


ありとあらゆるところが、

ダメ。


部屋を出て、
客室間の長〜い廊下を歩き、
船の中央部分、
螺旋階段の片隅にある、

「スモーキング・ルーム」


ここまで行かないと、

吸えない。


「まあいい。
 せっかくだから、
 これを機に本数を減らせば、
 健康にもいいだろう。」

と、自分をなぐさめ、
出港を待つ。


それ以外は、

やはり‘ぱし’でしたね。


出港のセレモニーは、
いつもいいものです。

デッキに出ると、
いつものようにシャンパンのサービス。

そして、
たくさんの見送りの人たちに、
思い思いのテープを投げる。

華やかなバンドの演奏に合わせて、
みんな楽しそうに踊り出す。

初めて乗る、
スイート・ボイスの4人や、
ベースの有介(佐藤)、
ドラムの金ちゃん(金井塚)も、

本当に楽しそうでした。

そして出港。

ぶお〜〜〜〜〜〜。


さてお次は、
「オリエンテーション」

私たちがメイン・ショーを行なうラウンジで、
「船中生活の心得、
 避難時の注意、
 種子島、屋久島での観光案内」
などのお話があります。

これ、けっこう退屈なのですが、
ま、規則なので参加。


これが終わると、
早くも自由時間。

もう、なんにもやることがありません。


食事までの30分、

私はすぐさま、
「スモーキング・ルーム」に直行。

そして、
たちまち2、3本をプカプカ。


すると、
わが一行のなかでの喫煙者、
金ちゃん、スイート・ボイスのBABI、
そして、ツアー・コンダクターの堀川さんが、
青白〜い顔をして入って来て、

おもむろに、

「プカ〜〜〜ッ」
「ふ〜〜〜っ」
「ああ、しんどかった…。」


そうこうするうちに夕食。

大きなメイン・ダイニングで、
みんなでテーブルを囲み、
ライブの成功と、
ツアーの無事を祈って、
乾杯!

結婚式の披露宴のような、
豪華なディナーを、
お客さんと一緒にいただき、
「ごちそうさまー。」


そして、
ダイニングを出て、
「サロン・プロムナード」でコーヒー、

といきたいところだが、
禁煙なので、
再び「スモーキング・ルーム」に直行。

たちまち4、5本をプカ〜〜〜ッ。

やはり、金ちゃん、BABI、堀川さんも来て、
プカプカ〜〜〜ッ。


ここで30分ほど過ごし、
部屋に戻って、
T-シャツと短パンに着替え、
TVをつけ、
焼酎の水割りを作ってくつろぐが、

またまたタバコが吸いたくなる。


「めんどくさいなあ」
と思いながら、
襟付きのポロシャツに着がえ、
ズボンと靴下と靴をはき、
長〜い廊下を渡って
「スモーキング・ルーム」へ。

またまた、
金ちゃんと、BABIと、堀川さんがいる。

ここで2、3本吸ったのち、

「そうだ、風呂に行こう。」

と、
有介と金ちゃんを誘って、
11階の「展望風呂」へ。


ここで湯船につかりながら、
海景色を眺める。
(この時は夜でしたが)

これは筆舌に尽くしがたい、
最高の贅沢。

ウシシ。

ああ、快適。


そして帰りに、
「スモーキング・ルーム」
に立ち寄って、
数本プカプカ〜。


部屋に戻って、
さあ今度は宴会です。

スイート・ボイスは、
下船後に大きなライブを控えてるとかで、
みなその準備で忙しく、
とりあえずリーダーのBABIだけが、
おつきあいで参加。

私が持ち込んだ焼酎で、
みんなでワイワイと飲み明かす。

参加者は、
BABIの他に、
金、有介、堀。


そうこうするうちに、
夜食タイム。

再びダイニング・ルームで、
「うどん」「そば」「おにぎり」
などのサービス。

フルーツ、ケーキなどもふんだんにある。

う〜む、デリシャス…。


それが終わると、
「スモーキング・ルーム」で一服して、

再び宴会の続き。

その間、
何度か着替えて、
「スモーキング・ルーム」でプカプカ〜〜〜。


そんなことを繰り返したのち、
解散して、
ベッドに入ったのが4時。

「おやすみなさーい。」

で、一日目終了。


でね、

結局わたし、

普段よりもいっぱい、


煙草を吸いました。


せっかく「スモーキング・ルーム」
に来たんだから、
まとめて吸っちゃおう、

と言う意識が働くんですね。

「せっかくだから、
 本数減らそう。」

なんて、

とんでもない。


人間、
「○○しちゃいけない。」
と言われると、

ますますしたくなるんですね。


先が思いやられる…。


そんな船旅の初日、


でした。



(つづく)



そういえば、

先日、丸の内で、
ジャミンがライブをやってるとき、

「A2」という、
「ぱしふいっくびいなす号」の倍くらい大きい、
豪華客船の方が、
挨拶にいらっしゃいました。

「いや、素晴らしいですねえ。
 今度ゆっくりお話でも。」


私は、思わず、
こう聞きそうになりました。

「あのお、
 おたくも、
 客室は禁煙ですか?」


いくらなんでも、

最初の質問が、
それじゃあねえ。


アハハハ。



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 16:29|この記事のURLComments(15)TrackBack(0)

October 26, 2007

jammin' Zeb インフォメーション あれこれ


あれ〜?

また台風ですかい。

明日(27日)の、
「大崎 Think Park / jammin' Zeb ライブ」
大丈夫でしょうか…。

これ、雨天中止ですので、
ご注意くださいませ。


というわけで、
きょうも、

『 jammin' Zeb インフォメーション 』から。


「ジャミン・ゼブ・プロモーション・ライブ」

激しく始まっております。

24日は、
「丸ビル マルキューブ」
昼夜公演でした。

さわやかな秋空のもと、
オフィス街にこだまする
ジャミンの美しいハーモニーは、
また格別でしたね。


071024 Jammin' Zeb


そんななか、
HMVのジャズ・チャートで、
5位にランクされたというコメントが…。

この日は、
2回目が夜の7時から、
ということもあって、
うちのスタッフのショーちゃんは、
さっそく銀座、丸の内、
CD店散策の旅。

そこで見つけた、
こんな光景をパチリ。


071024 HMV

         ( @銀座HMV )

なるほど…。

嬉しいなあ。

お店のみなさん、
ありがとうございます。


そんなジャミン、

なんと明日(10月27日)から11月4日まで、
9連ちゃんのお仕事。

そのなかから、
いくつか注目のものをピック・アップ。


10/27(土)大崎 Think Park 17:00〜18:00
     (雨天中止)

10/29(月)プロモーション・ビデオ撮影


10/30(火)ANA機内誌、機内放送 コメント録り

そう、ANAの国際線の機内で、
ジャミンが聴けるそうです。


10/31(水)NHK-FM「サンセット・パーク」生出演
      18:00〜19:00

関東地区、ラジオ初出演です。
ぜひ聴いてあげて下さい。


11月 2日(金)丸ビル マルキューブ 
       12:00〜13:00


11月 3日(土)& 4日(日)
銀座・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル

ただしこれ、
予約受付終了してしまったようです。
「これから予約しよう。」
と思ってた方、
申しわけございません。


そして特報!


TV初出演が決定しました。

テレビ朝日『題名のない音楽会』!

詳細は追って。


しかし、
喉大丈夫かなあ…?

ちょっと心配になってきましたが、

ま、若いから。

イケイケ〜〜。


で、ついでに、
私のピアノ・ライブも、
インフォメーション。

「なに、またか!」

まあまあ、
そうおっしゃらずに。

アハハハ。


10/30(火)「代々木ナル」
私の大好きなジャズ・シンガー
『 CHIHARU 』
とのコラボです。

久しぶりに、
スイング、スイング!

ベースは河野秀夫。

こちらのほうも、
ぜひ、よろしく!

このシンガーも、
本当にお薦めですから。


きょう(26日)は、
学芸大「A'TRAIN」です。

盛り上がりますよー。


おっと、

もう出かける時間だ。


「ぱしふぃっくびいなす号 航海記」

の続きは、また次回に。



それにしても、

雨ひどいな。


明日は、ダメかな…。



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 17:38|この記事のURLComments(12)TrackBack(0)

October 21, 2007

ぱしふぃっくびいなす号 2007航海記


ただいま竜宮城より、
戻ってまいりました!


なーんちゃって。


本当は3日前に戻ってたんですがね。


お天気にも恵まれ、
いいクルーズでした。

ただひとつ、

気がかりなことを除いては…。


海の上では、
ほとんど携帯がつながりません。

10月17日に発売になった、
「 jammin' Zeb 」の状況が知りたくて、
うずうずしていたのですが、

帰ってくるなり、
いろんな方から、

「おめでとう」
「どこのCDショップでも、
 すごい扱いだよ。」

という、
お電話をいただきました。


きのう、
ようやく2軒覗いたのですが、

本当でしたね。

試聴機までついてたりして。


Smile in HMV 1

        (渋谷・HMV)



Smile in TowerRecord

      (渋谷・タワーレコード)


そして、
いよいよ始まりましたよ。

CDプロモーションを兼ねた、
すさまじい、
ジャミンのライブ攻勢が。


きのうは、その初日。

丸の内 丸ビル1F「マルキューブ」

女性雑誌『Dear』の創刊イベントです。

大勢のお客さんの前で、
約45分のライブ。
そして、
初めてのサイン即売会。

これも行列ができるほどの賑わいでした。

ちゃんとサイン、
できたのでしょうか…。


その模様は、

ジャミンのブログ『 ZEBLOG 』に、
詳しく掲載されていますので、
ぜひご覧下さい。


そんなジャミンの今週は、

22(月)大手町 サンケイ・ビル 1Fフラット 12:00
24(水)丸ビル1F マルキューブ 12:00、19:00(2回)
27(土)大崎駅前 Think Park 17:00(雨天中止)

いずれも無料です。

いずれも即売を致します。


どうぞ、お越し下さい。



さて、ここんとこ、

CD発売に合わせて、

「jammin' Zeb」のニュースばかり
お送りしていた当ブログですが、


そろそろ、
普段の姿に戻しますね。


(ジャミンの情報は、
 「jammin' Zeb インフォメーション」
 のコーナーで、
 細めに更新していきますので。)



きょうは、


ぱしふぃっくびいなす号 航海記 』



誰ですか?

「そんな話聞きたくない!」
と言ってるのは?

まあ、まあ、

そうおっしゃらずに。

ウシシ。



10月14日(日)

ぱしふいっくびいなす号
「秋の種子島・屋久島クルーズ」

出発当日。


17:00
いつものように、
横浜港大さん橋集合。

今回は、
女性ジャズ・コーラス・グループ
“ SUITE VOICE ”が、メイン。

彼女たち、
初めてのクルーズとあって、
現れたときから、
もうルンルンでしたね。

バックは、
佐藤有介(ベース)と金井塚秀洋(ドラム)
そして私のピアノという、
目下私のお気に入りトリオ。

そして今回もツアー・マネージャーは、
極度の‘心配性’の、
堀川さん。

さらには、
桂歌若さんという、
落語家さん。


この総勢9名が、
今回のエンターテインメント・チーム

というわけです。


そして集合時間の17:00には、
きちんと勢揃い。

と言いたいところですが、

例によって、
時間にファンキーな金井塚くんは、
集合時間の5分が過ぎても、10分が過ぎても、

現れない…。


早くも、
堀川さんは、
心配で、心配で落ち着きのない様子。


私は、

「心配性の堀川さんのことだから、
 どうせ30分くらいは余裕をみてるだろうよ。」

と、思ってましたから、

さほど心配はしていない。

金ちゃんの遅刻は慣れてるし…。


そこへ、
15分遅れで金井塚氏、

奥さんと、
生まれたばかりのベイビーを連れて、
何事もなかったかのように、
悪びれもせず、

「いやあ、すみませんなあ。ハハハ。」

と、

悠然と現れる。

堀川さん、
一応ほっと胸をなでおろす。


ま、よかった、よかった。

これで予定通り出港だ。



さて、
この「ぱしふぃっくびいなす」号。

日本では2番目に大きい客船だそうで、
総トン数:26,518トン
旅客定員:644名
乗組員:220名
12階まである巨大豪華客船。


私にとっては、
今回で3度目のクルーズとなります。


前回は2年前の12月、
「パラオ・サイパン 南洋の島巡り」
というクルーズでしたね。

私は、
あのときの楽しかった日々を思い出し、

2年ぶりの彼女の勇姿
(なぜか船は女性名詞)
を、感慨深く眺め、

「おお、ぱしよ。
 元気だったか。
 今回もよろしくな。」

と、意気揚々と乗船。


そして、
カード・キーをもらって、
自分の客室に入ったのですが、

ここで一転!


奈落の底にたたき落とされました。



‘全客室禁煙!’


(い、いつから;…?)



豪華客船というのは、
いわば‘一流ホテル’。

‘一流ホテル’が、
あたかも、
‘ひょっこりひょうたん島’
の如く、

航海して行くわけですね。


したがって、
旅館のように、

浴衣、スリッパといった格好で、
風呂に行ったり、
卓球に行ったり、

というわけにはいかない。


自分の部屋では、
T-シャツ、短パン、スリッパ、
なんでもありですが、

ひとたび部屋を出るにあたっては、

きちんと襟のついたシャツ、ポロシャツ、
長ズボンに靴、
といった格好に着替えなくてはならない。


「ぱしふぃっくびいなす」号
の素敵なところは、

仕事をきちんとやって、
かつ‘お客さまを優先する’
というルールさえ守れば、

我々エンタメの人間にも、
一人一部屋のツイン・ルームが与えられ、
食事もお客さんと同じように、
ダイニング・ルームで同じメニュー。

つまり、

お客さんと同じ待遇で、
すべての施設を、
利用することができることなのです。


さらに、
愛煙家の私は、

この快適な自分の部屋で、
T-シャツ、短パンといった格好で、

プカプカと煙草をくゆらせながら、

丸窓から見える海景色を楽しみ、
衛星放送でTVを観たり、
音楽を聴いたりしてくつろぐ。

これも、

大いなる楽しみでした。



まあね、

今は圧倒的に‘禁煙ブーム’で、
パブリック・スペースは、
ほとんどのところで禁煙。

我々喫煙者は、
肩身の狭い思いをしながら、
過ごしているわけですが、


「ぱしふぃっくびいなす」号
の利用者は、
圧倒的に老齢の方が多い。

昔ながらに、
愛煙家も多いでしょうから、

客室まで禁煙にしたら、
大いに苦情が来るだろう、

と、タカをくくっていたわけですが、


まさか、

全客室禁煙、

になってるとは…。


私は思わず、


心のなかで、


こう、ののしっていました。


「ぱしよ、お前もか…!。」


……。



(つづく)



さてさて、

ジャミンのライブにばかり気をとられていたら、
今週の26日(金)には、
月末恒例の、

学芸大「 A'TRAIN 」
ミッドナイト・セッションがありますね。

ひさしぶりのリーダー・ライブなので、
意気揚々と参ります。


みなさん、

大いに盛り上がりましょうね!



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 23:08|この記事のURLComments(4)TrackBack(0)

October 13, 2007

jammin' Zeb ライブ情報


jammin' Zeb インフォメーション No.3


いよいよですね。

10/17(水)。

jammin' Zeb の、
記念すべきデビュー・アルバム

『 Smile 』が発売になります。


“ jammin' Zeb 号 ” の
輝かしい船出です。

長〜い航海が始まります。


途中、嵐に遭うこともあるでしょうし、
なかなか前に進めなくなることも、
あるかもしれません。

でも、この4人のことですから、
きっと難なく乗り切ってくれるのでは、
ないでしょうか。


どうぞみなさん、
末長く、
暖かい応援を、

よろしくお願い致します。


070815 jammin' Zeb 2


というわけで今日は、

現在決まっている、
あるいは仮でBOOKされている、
ライブ・スケジュールを、

一挙公開します。


なお、
これにはいくつかの注意事項があります。

1)このなかには、
  少々流動的なものがあります。
  中止、変更、そして追加など。

  変更があり次第、
  細めに修正をしますので、
  お出かけの前に、
  今一度このブログの、
  「jammin' Zeb インフォメーション」コーナーで、
  確認をお願い致します。


2)(MC:○○○○円)と書かれたライブ・ハウス、
  (MC=ミュージック・チャージ)
  そして、
  コンサート、ディナー・ショーの類いを除いて、
  原則的に無料のものがほとんどです。

  どうぞ、お友達やご家族もお誘いの上、
  わいわいとお越し下さい。


3)※印は、一般の方が “ 入場不可 ” のものです。
  どうぞお間違えなきよう。
    

4)さらに詳しい情報は、
  このブログの「 最新ライブのご案内 」、
  およびジャミンのブログ、「 ZEBLOG 」などで、
  随時お知らせしてまいります。



では、いきましょう。


《 10月 》

 20日(土)1 丸の内 丸ビル1F マルキューブ
        14:00〜14:45 
       (女性雑誌『 ディア 』発刊記念)

      ※2 コージロー・学校イベント 
        18:00〜

 22日(月)大手町サンケイビル 1F フラット
        12:00〜13:00

 24日(水)丸の内 丸ビル1F マルキューブ
        12:00〜13:00
        19:00〜20:00

 27日(土)大崎 Think Park
 「 ヴァージン・カフェ・プレゼンツ jammin' Zeb 」
        17:00〜18:00
         (雨天中止)

※28日(日)自由が丘 ホーム・パーティー



《 11月 》
 
 ※1日(木)新宿伊勢丹
      (女性雑誌『 STORY 』パーティー)
        17:00〜18:00

  2日(金)丸の内 丸ビル1F 外
        12:00〜13:00

  3日(土)銀座ジャズ・フェスティバル 
        12:30〜13:30
     (at 三菱東京UFJ銀行PBO)
       予約受付、終了致しました。

  4日(日)銀座ジャズ・フェスティバル 
        14:00〜15:00
     (at メトロ銀座駅「銀座のオアシス」) 
       予約受付、終了致しました。

  6日(火)丸の内 丸ビル1F マルキューブ
        12:00〜13:00
        18:00〜19:00

  9日(金)スターバックス「銀座マロニエ店」 
        17:00〜17:30 
        18:00〜18:30

 16日(金)丸の内 オアゾ
      「クリスマス・ツリー・オープン・イベント」
        18:00〜18:45

 21日(水)丸の内 丸ビル1F マルキューブ
        12:00〜13:00
        18:00〜19:00

※22日(木)帝国ホテル「三田会」パーティー

 30日(金)丸の内 丸ビル1F マルキューブ
       「British Airway」イベント・ゲスト 
        12:15〜12:45
        18:15〜19:15


《 12月 》

 ※2日(日)芝浦アイランド・バグースバー広場
        14:00〜15:00
       
 ※4日(火)札幌 企業パーティー

  5日(水)丸の内 丸ビル1F マルキューブ
        12:00〜13:00
        18:00〜19:00

 ※7日(金)ビクター・カフェ「会員限定ライブ」
        19:30〜20:30

 11日(火)代々木ナル “ クリスマス・ライブ ”
       (MC:4,000円)
        
 12日(水)丸の内 丸ビル1F マルキューブ屋外
        12:00〜13:00

※15日(土)日野グリー・クラブ主催 コンサート
       (午後)

 23日(日)丸の内 オアゾ
       「クリスマス・イベント」
        13:00〜14:00
        18:00〜19:00


《 2008年 》

 1月19日(土)府中の森 コンサート

 2月12日(火)六本木 スイート・ベイジル
         (MC:5,000円)

   14日(木)名古屋 ブルーノート
         (MC:5,000円)

 5月31日(土)千葉県 白井市民会館大ホール 
         コンサート



さて、ついでに、
“ パブリシティー&プロモーション情報 ”も、
お知らせしておきますね。

書店で手に取ったり、
街頭でビジョンをご覧になったり、

こちらのほうも、
どうぞ、お楽しみ下さい。


【音楽専門誌・店頭配布誌】

・『 スイング・ジャーナル 』(10/20)
・『 JAZZ LIFE 』(10/14)
・『 AD-LIB 』(10/13)
・『 Magi 』(日程未定)


【一般誌】

・『 Dear 』(10/12)
・『 Hanako 』(10/25)
・『 エスクァイア 』(10/24)
・『 Pea 』(10/15)
・『 Ginza 』(10/12)
・『 マリクレール 』(9/23)
・『 共同通信 』(日程未定)
・『 Story 』(日程未定)

このあたりは、
レビューとコラムが中心のようです。

この他にも、
随時掲載されていく予定です。


【ラジオ】

・NHK-FM『 サタデー・ホット・リクエスト 』
     (日程未定)
・NHK-FM『 サンセット・パーク 』(日程未定)
・RADIO-i(愛知国際放送)『 R-i JAZZ 』


【街頭ビジョン】

・丸の内、77ヶ所のビジョンにて、
 1時間に1回、プロモーション・ビデオが流れます。
 (11月)

・渋谷、街頭ビジョン数ヶ所にて、
 1時間に1回、プロモーション・ビデオが流れます。
 (11月)

詳しくは、
追ってご案内します。


さらに、

ビクターエンタテインメントが、
ジャミン・ゼブ・スペシャル・ウェブサイト』を、
立ち上げました。

ここでは、
「 BYE BYE BLUES 」という曲の、
ナマ・アカペラ映像も、お楽しみいただけます。



というわけで、

おかげさまで、

まずは、
素敵な船出になりそうですね。


彼らの、長〜い航海に

幸あれ!!


どうぞ、みなさんも、

暖かいエールを送ってください。



(おわり)



ところで、

私も明日(14日)から
船の旅に出かけます(18日まで)。


影の声A「なに、それ?」

   私「いや、そのぉ…、
    ‘ぱしふいっくびいなす号’という、
     豪華客船で、
    ‘屋久島・種子島クルーズ’というのに、
     出かけるんだけどね。」

影の声B「じゃあ、なに、
     ジャミンの記念すべき発売日に、
     優雅にお船で遊んでるってわけ?
     あんた、ジャミンのプロデューサーで、
     かつ事務所の社長でしょ。
     そんなことで、いいわけ〜〜?」
 
   私「あ、遊びじゃありませんよ。
    ‘SUITE VOICE’という、
     これも仲のいい女性コーラス・グループ
     とのお仕事ですよ。
     そう、お仕事なんだな、これが。」

影の声C「あたし知ってるんだぁ。
     お仕事ったって、ほんのちょっとで、
     あとは、
     お客様とおんなじ美味しい料理を食べて、
     お酒飲みまくって、
     そりゃ優雅な生活をしちゃうんだから。
     そうでしょ?
     可哀想なジャミン。」

   私「ま、そう言われればそうだけど…。
     でも、今年は働き詰めだったし、
     夏休みも返上で、一生懸命
    ジャミンのレコード作ってたんだよー。
     このくらいのことがあっても、
     いいと思うんだけどなあ……。」

影の声D「『海の上のピアニスト(映画)』みたいに、
     ずーっと船に乗ってればー。
     仕送りさえしてくれれば、
     それでいいから。」

   私「;…。」


ちなみに、最後の「影の声D」とは、
約30年間、同じ屋根の下で、
私と一緒に暮らしている、

とある女性の声です…。



というわけで、

10月17日は、

遥か南方の島より、
ジャミンの無事の出港を、
祈っておりますよ。



さ、荷造りしよーっと。


ウシシ…。



SHUN MIYAZUMI


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October 07, 2007

jammin' Zeb 「Smile」


jammin' Zeb インフォメーション No.2


きょうは、
10 / 17 に発売される、
ジャミン・ゼブの記念すべきデビュー・アルバム、

「Smile 」

について、
プロデューサーの立場から、
詳しくお話したいと思います。


 SMILE


収録曲は、全12曲。

うち「ア・カペラ」が、3曲。


そして、バックのサウンドは、
すべてアコースティック。

シンセサイザーはもとより、
エレキ・ベース、エレキ・ギターの類いも、
一切使っておりません。

“ナチュラルな響き”に趣きをおくことで、
彼らの美しい声やハーモニーを、
より楽しんでいただけるのではないか、

これが、全体のサウンドにおける、
最大のテーマでしたから。


ヴォーカルのレコーディングも、
4人同時に行ないました。

ソロ(リード・ヴォーカル)も、
基本的には同時です。

こうしないと、
共通のグルーヴ感や、
全体の一体感が出ないからです。

彼らのライブをご覧になった方は、
お分かりでしょうが、
彼らのもうひとつの持ち味は、
“若さ”と“エネルギー”ですから、

ただ美しいだけではつまらない。

あのライブの熱気とグルーヴを再現するには、
どうしても4人同時で録音しなければ、
意味がない。

これには、
一人づつ録音するより、
はるかに困難とリスクを背負いますが、
まずは立派にやってのけたと思います。


こうして、

若さと、みずみずしさと、

そして何よりも、
彼らの持ち味である、
“清潔感”と“楽しさ”に満ち溢れた、

とても美しいアルバムが出来ました。

ブックレットも、
美しい写真が満載ですよ。

どうぞお楽しみに。


そして、これから、
このアルバムを引っさげて、
精力的なライブ活動に向かう彼らですが、

まずはその鑑賞の手引きとして、
個々の楽曲について、

私なりの解説をしてみようと思います。



  ★☆★ ━━━━━━━━━━━━━ ★☆★



01. HOW HIGH THE MOON
 lyrics: Nancy Hamilton
 music: Morgan Lewis
 arrangement: Shun Miyazumi

 エラ・フィッツジェラルドの熱唱でもお馴染みの、
 有名なスタンダード・ナンバー。
 快適なテンポで、グイグイ突き進んでいく、
 爽快なビッグ・バンドの手法を取り入れたアレンジで、
 特に渾然一体となったクライマックスは、
 実にスリリング。

 ジャミンが初めて取り組んだ記念すべき楽曲です。
 ソロはコージローで、時おりスティーヴがからみます。


02. IT HAD TO BE YOU
 lyrics: Gus Kahn
 music: Isham Jones
 arrangement: Shun Miyazumi

 前半は、ジョージ・シアリング・スタイルの、
 エレガントなダンス・ミュージックの雰囲気。
 そして後半は、一転してビッグ・バンドのごとく、
 ゴージャスにスイングしながらクライマックスを迎える、
 という美しくドラマチックな構成になっています。

 甘くセクシーなレンセイのリード・ヴォーカルも、
 若さに似合わず、極めて完成度の高いものです。


03. BYE BYE BLUES
 lyrics & music: Frederick Hamm, David Bennett,
        Bert Lown & Chauncey Gray
 arrangement: Greg Volk

 快速テンポで聴く者を圧倒する、
 驚愕のア・カペラ・ナンバーです。
 このあたりの爽快さも、まさにジャミンの真骨頂。
 通常はバリトンを歌うケースが多いスティーヴが、
 ここでは、すさまじい高音のファルセットで、
 ぐいぐいメンバーを引っ張っています。

 ライブではアンコールで歌われることが多いですね。
 いつも強力な低音でコーラスを支えるシモンが、
 最後に見せる超ロング・ノートも聞きものです。


04. SMILE
 lyrics: John Turner & Geoffrey Parsons
 music: Charles Chaplin
 arrangement: Shun Miyazumi

 喜劇王、チャップリンが自ら作曲。
 名画『モダン・タイムス』の公開以降、
 全世界で愛され続けている名曲です。

 通常はバラードで演奏されますが、
 ここでは、ボサノバと16ビートを混合した、
 新しい感覚のリズムに挑戦してみました。
 前半は、コージローとスティーヴのソロを中心に。
 後半はフォー・フレッシュメンばりの、
 美しいコーラス・ワークを、たっぷりと聴かせます。


05. YOU RAISE ME UP
 lyrics: Brendan Graham
 music: Rolf Lovland
 arrangement: Shun Miyazumi

 フィギュア・スケートの荒川静香さんが、
 トリノ・オリンピックのエキシビジョンで、
 この曲をバックに美しく舞い、
 日本でも一躍有名になりました。

 ジョシュ・グローバンやケルティック・ウーマン
 のバージョンが有名ですが、
 レンセイのリードを中心としたジャミン・バージョンも、
 感動的な美しさに満ちあふれています。


06. WHEN WE MAKE A HOME
 lyrics: Richard Wittenmyer
 music: Sadao Watanabe
 arrangement: Shun Miyazumi

 ジャズ・サックスの大御所、渡辺貞夫さんは、
 実は膨大な数の「歌もの」も作曲されております。
 そのなかから、“これはジャミンに合いそうだな”
 と思ったこの曲を、アレンジしてみました。

 歌詞は「もしも〜私が〜家を建てたなら〜♪」
 と、まさにあんな内容ですね。
 暖かくて、アット・ホームな雰囲気は、
 リードを歌うコージローにぴったり…?


07. YOU'VE GOT A FRIEND IN ME
 lyrics & music: Randy Newman
 arrangement: David Harrington
 Additional lyrics by Holly and David Harrington

 ディズニー映画『 TOY STORY 』のテーマ・ソング。
 映画のなかでは、主人公たちが一緒になって歌う、
 というシーンが印象的ですが、
 ならばと、ジャミンもア・カペラで挑戦。

 メンバー4人が交互に、ソロにバックに、
 出たり入ったりの見事な七変化を見せます。
 誰がどこを歌ってるか、当ててみてください。


08. TAKE THE "A" TRAIN
 lyrics & music: Billy Strayhorn
 arrangement: Shun Miyazumi

 デューク・エリントン楽団のテーマ・ソング
 として、あまりにも有名な楽曲ですね。
 カバーも、数えきれないほどありますが、
 ここではラテン・ビートと4ビートの融合、
 という新しいスタイルでアレンジしてみました。

 スティーヴのソロに始まり、
 時にはトランペット・セクションの如く、
 時にはサックス・セクションのソリの如く、
 そして豪快な、迫力たっぷりの全体演奏の如く、
 とこれまた、ビッグ・バンドさながらの爽快さで、
 スリリングに展開していきます。


09. OVER THE RAINBOW
 lyrics: E.Y.Harburg
 music: Harold Arlen
 arrangement: Shun Miyazumi
 
 映画『オズの魔法使い』のなかで、
 ジュディ・ガーランドが熱唱して以来、
 全世界を魅了した、あまりにも有名なスタンダード曲。

 ここではコージローをリードにした、
 バラードで演奏されますが、
 間奏では一転して、
 またもや豪快なビッグ・バンド・スタイル。
 そして再びバラードに戻り、
 感動的なクライマックスを迎えます。


10. WHEN I FALL IN LOVE
 lyrics: Edward Heyman
 music: Victor Young
 arrangement: Shun Miyazumi

 『80日間世界一周』や『マイ・フーリッシュ・ハート』
 などで有名な大作曲家、ビクター・ヤングの名曲です。
 ほとんどの場合、美しいバラードで演奏されますが、
 ここでは誰もやっていないであろう、
 ゴスペルを基調とした、ファンク・フィーリングで、
 大胆にアレンジしてみました。

 いきなりの4声コーラスでテーマが始まり、
 メンバーひとりひとりがソロを取る第二パート、
 カシオペアばりの強烈なリズム・コーラス・ワークで
 圧倒する第三パートを経て、
 感動的な最終章へと突入していきます。
 ライブでも、最後に演奏することが多く、
 いつも大変な盛り上がりをみせています。


11. WHEN YOU WISH UPON A STAR
 lyrics: Ned Washington
 music: Leigh Harline
 arrangement: Aaron Dale

 これも有名なディズニー楽曲ですね。
 映画『ピノキオ』の主題歌で、
 1940年度のアカデミー賞作曲賞に輝きました。
 邦題は『星に願いを』

 これまたスティーヴを最高音に、
 極めて難度の高い、
 ア・カペラ・コーラスを聴かせます。
 それにしても、彼の音域の広さは、
 本当に驚くべきものがあります。


12. EVERYTIME YOU GO AWAY
 lyrics & music: Daryl Hall
 rhythm arrangement: Yoichi Murata

 アルバムの最後は、ボーナス・トラック的な一品。
 ホール&オーツ、ポール・ヤングなどがヒットさせた、
 1980年代を代表するヒット曲のひとつ。
 
 ジャミンのレパートリーとしては異色ですが、
 こうしたポップスでも、
 非凡なヴォーカルを聞かせられるのも、
 彼らの魅力といったところでしょうか。
 特に、Aメロを歌うシモンのパワフルなリードは、
 実に豊かな大器の片鱗を感じさせます。



さて、最後に、
ミュージシャンと、
レコーディング・データです。


  ★☆★ ━━━━━━━━━━━━━ ★☆★


jammin' Zeb are : Kojiro, Steve, Lensei, Simon


Musicians:

Piano: Shun Miyazumi( M-1, 2, 5, 6, 8, 9, 10 )
Fender Rhodes Piano: Shun Miyazumi( M-4 )
Hammond B-3 Organ: Yasuharu Nakanishi( M-12 )
Bass: Tetsuyuki Kishi( M-1, 2, 4, 5, 6, 8, 9, 10 )
Bass: Vagabond Suzuki( M-12 )
Drums: Akihito Yoshikawa( M-1, 5, 6, 8, 9, 10 )
Drums: Jeremy Gaddie( M-2, 4 )
Drums: Yasuo Sano( M-12 )
Guitar: Yama-Ani( from "sen no kotori" )( M-4 )
Percussion: You Hatakeyama( M-2, 4, 6, 7, 10 )
Sax: Taka Kawashima
       ( M-4 Tenor, M-5 Soprano, M-6 Alto )


  ★☆★ ━━━━━━━━━━━━━ ★☆★


PRODUCED BY SHUN MIYAZUMI


Associate Producer: Shoji Yuasa


Recording Engineers:
Takashi Sudoh, Ryuichi Misawa, Rie Mimoto

Mixing Engineer: Takashi Sudoh

Recorded & Mixed at:
ZERO STUDIO, ZAK STUDIO, SUNRISE STUDIO,
Sony Music Studios Tokyo, KAOS Studio

Assistant Engineers:
Toshiaki Ueda ( ZAK STUDIO ),
Ryohei Kurihara ( ZERO STUDIO ),
Nobuyuki Murakami ( Sony Music Studios Tokyo )

Mastering Engineer: Hiroshi Kawasaki

Mastered at:
FLAIR Mastering works / Victor Studio

A&R Producer: Sumio Jono

Art Direction & Design: Manabu Koyama
Photography: Yuki Kawanoto
Styling: Tatsuhiko Marumoto
Hair and Makeup: Hirotaka

Sales Promotion: Akihiko Tsuchiya

Supervisors: Koji Niwa, Seiji Fueki

Artist Management: SHUN CORPORATION

Special Thanks:
All Of Me Club,
KAOS ( Akinori Kumata & Ayumi Okada ),
Shigeo Kurimoto,
Koichi Tsuruyama ( "A-TRAIN" )


  ★☆★ ━━━━━━━━━━━━━ ★☆★


(お問合せ)

 ビクターエンタテインメント洋楽部
         03-5467-6601




さ、『ジャミン伝説』のはじまりだ…。



SHUN MIYAZUMI


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September 29, 2007

jammin' Zeb(ジャミン・ゼブ)



素晴らしいヴォーカル・グループが誕生しました。

今や業界では、
ちょっとした話題になりつつあります。


そのグループの名は、

jammin' Zeb(ジャミン・ゼブ)


070815 jammin Zeb


ジャズ・コーラスがメインですが、
ポップス、ファンク、ゴスペル、ラテンから、
日本語のオリジナルまで、
見事に歌ってしまいます。


平均年令 23才
平均身長 180.5cm

若くて、爽やかで、グッド・ルッキング。

そして、
本当に歌うことが大好きな、
素敵な若者たちです。


このグループは、
昨年の8月25日に結成されました。

そして、
この10月17日に、
ビクターエンタテインメントより、

SMILE

というアルバムで、
メジャー・デビューです。


そのプロデュースからマネージメントまでを、
総合的に、
私が取り仕切っているわけですが、

私の過去の経験からも、
結成から1年で“メジャー・デビュー”
というスピードは、
ちょっと記憶にありません。


すさまじい練習をする人たちで、
リハーサルの休憩中も、
誰かがちょっとしたフレーズを歌い出すと、
すぐにコーラスが始まってしまう。

「これじゃ、休憩になってないじゃないか。」

と、思わず苦笑する場面が多々あるのですが、

ほっておくと、
一日中でも歌ってるんですね。

それが、とても自然な感じで、
見ていて本当に気持ちがいい。


そんな彼らのライブ・デビューは、
今年の2月28日。

場所は、
六本木「 ALL OF ME CLUB 」という、
こじんまりとしたジャズ・クラブ。

ここではジャズ・ナンバーが中心。


すると、その一週間後には、
新宿「 スペース・ゼロ 」(キャパ300人)
というところで3日間、
日本美容学校 」の卒業イベントにお呼ばれ。

今度は日本語のポップスを中心に歌い、
学生やご父兄の方々から、
大絶賛を浴びました。


jammin' Zeb at SpaceZero



さらに、5月8日には、
渋谷「 CCレモン・ホール 」(旧・渋谷公会堂)での、
「 DANKS ヘア・ショー 」にゲスト出演。

2500人のお客さん(2回廻し)の前で、
『“オペラ座の怪人”メドレー 』を堂々と歌う。


6月2日は「 両国国技館 」

旭鷲山関の引退・断髪式セレモニー。

なんと土俵の上で、
『 君が代 』を歌う、
という光栄な仕事を、
立派にこなしました。


Kokugikan 3



そして、8月22日は、
丸の内「 コットン・クラブ 」で、
ビクター・コンベンション 」。

マスコミや、大型レコード店のディーラーさんら、
150人あまりで溢れかえる会場で、

国府弘子さん、NOONさんといった、
素晴らしい先輩アーティストに交じって、
臆することなく、
ア・カペラを中心に4曲ほどご披露。

これも、
すこぶる好評のようでした。


おかげさまで、
“幸運すぎる”スタートが切れたようです。


というわけで、

いよいよ、これから、
いろんな場所で、
いろんなライブを、

ガンガンやって行く予定です。


お近くに行った折は、
ぜひ覗いてやって下さい。

きっと、

心癒されると思いますよ。



そんな彼らも、
一応 “ ZEBLOG(ゼブログ)
という、ブログを持っています。

私の、このページにも、
リンクを貼ってありますので、
こちらも時々見てやって下さい。

ただし、あまり更新しません。

更新力は弱いです。

どうぞコメントで、
「もっと更新しろ!」
と、叱ってやって下さい。(笑)



そのブログにも、
個々のプロフィールが載っていますが、

ここでは私なりの、
メンバー紹介をしてみようと思います。


■コージロー(本名:鈴木宏二郎)

070815 Kojiro

1981年3月24日生まれ 身長182cm
ジャミン・ゼブのリーダーです。
統率力、運営力があって、
立派にメンバーをまとめてくれています。
コーラスでは主にセカンド・テナー。
ソロ・シンガーとしても非凡で、
のびやかな美しい高音を聴かせてくれます。


■スティーブ(本名:仲光甫 なかみつはじめ)

070815 Steve

1982年3月13日生まれ 身長180cm
まさに「コーラスの申し子」といった感じで、
クラシックからジャズまで、
ありとあらゆるコーラス・ワークに精通。
すさまじい高音から、バリトン、バスといった、
どのパートでも歌えるスーパー・マンぶり。
ア・カペラをまとめる能力も素晴らしく、
渋いソロもなかなかのものです。


■レンセイ(本名:西澤連聖)

070815 Lensei

1984年8月16日生まれ 身長175cm
父が日本人、母がオーストラリア人のハーフ。
美しくてパンチのある高音が魅力で、
コーラスでは主にトップを歌っています。
ジャズ・スタンダードからロックン・ロールまで、
どんな曲でもスラスラと歌ってのけるほどの曲通で、
これがまだ23才かと、
驚いてしまうほどの完成度の高いシンガーです。


■シモン(本名:西脇史門)

070815 Simon

1987年12月31日生まれ 身長186cm
父が日本人、母がメキシコ人のハーフ。
まだあどけない19才の大学生ですが、
その太くて、力強い低音は、
ちょっと驚異的なものがあります。
もの静かで、温厚な性格ですが、
ひとたびライブになると、
バイタリティー溢れるステージで圧倒します。



本当に将来が楽しみな4人組です。

心暖まる応援のほど、
よろしくお願い致します。


というわけで私のブログでは、
これを機に、新たに、

「 jammin' Zeb インフォメーション 」

というカテゴリーを設けました。


今後もジャミンの情報を、
せっせとお送り致します。


次回は、
彼らのデビュー・アルバム

『 SMILE 』

について、
詳しくお話しようかと思っています。



きょうはスペシャル版でした。



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 14:37|この記事のURLComments(4)TrackBack(0)

September 22, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」その5 (最終回)


19日(水)は、
jammin' Zeb を引き連れて、
前橋に行ってきました。

ジャミン・ゼブ初遠征です。


「音羽倶楽部」という、
小高い丘の上にある、軽井沢を思わせるような、
美しい景観に囲まれた、
素晴らしいクラブ・ハウス。

その建物の奥にある、
円形の、美しいダイニング・ルームが、
コンサート会場。


音羽倶楽部 ‘ソサエティ’
約100人の会員のみなさんの暖かい拍手と、
スタッフのみなさんの、
至れり尽くせりのサポートのおかげで、
本当に素晴らしいライブとなりました。

ピアノは私で、
競演が、はたけやま裕(PER)と岸徹至(B)。


コンサート終了後は、
スタッフのみなさんと、楽しい打ち上げ。
そして、クラブハウス内のホテルで、
みんなでそのまま一泊。


お天気にも恵まれ、
楽しい遠征となりました。

みなさん、
ありがとうございました。

また行きますよー。



さて、長々と続いたタモリ話も、

いよいよ最終回。


タモリ3 「戦後日本歌謡史」その5(最終回)


販売元のビクターに断られ、

レコード会社数社からの
猛烈な抗議が続くものの、

アルファはへこたれない。


いろんな試行錯誤を繰り返したのち、

ついに、
大手レコード店チェーン「新星堂」が、
販売をしてくれるところまで、
こぎつけてしまいました。

そして、
発売後1ヶ月あまりで、
3万枚近く売ったといいますから、

全国規模、全レコード店で売ったら、
すさまじい数字になったのでは、
ないでしょうか。


さあこれで事態は、

いよいよ泥沼に…。


レコード会社数社は、
ついに訴訟の準備を始めるとともに、

「日本著作権協会(JASRAC)」と、
「日本レコード協会」に、
抗議文を提出。

これに同意した両協会は、
アルファに対し、
発売中止を求める要望書を提出。


これに対してアルファは、

「当初の予定通り、
 法廷闘争も辞さず。」

「パロディという新しい文化を認めさせる、
 絶好のチャンス!」

と、あくまで徹底抗戦の構え。


「レコード・コレクターズ 9月号」には、
社長の村井邦彦さんの、
こんなコメントも掲載されています。

「レコード発売は文化事業であり、
 時代を映す鏡でありたいと思う」

「‘パロディや川柳は読み人知らずで、
 宴会などで歌うべきもの’
 という意見もあるが、
 現代は川柳を作りたくなるような
 時代なんだよね」

(ともに、『朝日新聞』81年11月21日付夕刊)


村井さんが、
そんな事を言ったのは、
ついぞ知りませんでしたが、

その村井さんのもとには、

実際パロディされながらも、
好意的なご友人の作家の方たちから、
激励の電話があった、
と聞きますし、

私のもとにも、
数多くのミュージシャンから、
同様の電話がありました。

とりわけ、

曲の改変を担当した、
鈴木宏昌(コルゲン)さんなどは、

「裁判になったら、俺も戦うぞー。」
と、やけに張り切ってましたし、

大瀧詠一氏も、

「俺もずいぶんパロディをやったけど、
 こんなスゴイことをやられたら、
 もうお手上げだよ。(笑)
 これを世に出せないなんておかしい。
 いざとなったら俺も一緒に戦うから。」

といった内容の電話を、
私にくれました。

これも「レココレ」にありましたね。


さあ、面白くなってきた。

ワクワク…。


アルファの中には、
「もうやめたほうがいいのでは…。」
という消極的な意見も出始めてましたが、

若い私は、

「イケイケ〜〜。」

て感じでしたね。


困ったやつ…。



ところが事態は、
思いがけず、

あっというまに終焉を迎えることに…。


「唯一の取り扱いルートである新星堂が、
 レコード会社数社からの申し入れを受けて、
 ギブアップしてしまったため、
『タモリ3』は事実上廃盤となってしまう。」

 (レコード・コレクターズ 9月号)


そうか、
今度は「新星堂」に圧力がかかったのか…。

さらに、
こんな話も聞きました。

ビクターに対し、
他のレコード店から、
猛烈なクレームが来たらしいのです。

その理由が、
けっこう笑えるのですが、

「そんなに面白くて、
 かつ売れてる商品だったら、
 なぜ新星堂だけに売らせる。
 うちにも売らせろ。
 じゃないと、今後ビクターの商品は、
 扱わないよ。」


「……。」



もうダメですね。

パロディ論争とはなんの関係もない、
ビクターの販売部や新星堂まで、
巻き添えになってしまったようです。


こうして、
この稀代の問題作は、

「幻のレコード」として、

市場から消え去ってしまいました。



あれから25年か…。


「レコード・コレクターズ」の、
『アルファの宴』という特集は、
私の若かりし日の記憶を、
鮮明に呼び起こしてくれました。


今にして思えば、

村井さんとしては、
この論争を法廷まで持ち込んで、
パロディ文化の存在と、その意義を、
もっともっと、
世に問いたかったのではないか。

仮に敗訴するにしても、
多額の違約金を払うにしても、

そこまではやりたかったんじゃないかな。


私はそう思います。



今、あの騒ぎを思い出してみて、


あのときのアルファの主張は、
本当に正しかったのか、

このアルバムは名盤だったのか、
はたまた愚作だったのか、

実のところ、
私には未だにわかりません。

(‘迷盤’であったことは確かですが;…)


ただ言えることは、

私には、
とてつもなく面白かったということ。

今もって「ありゃ最高だよ」
と言ってくれる人がたくさんいること。

これより数年後に、
嘉門達夫さんが、
「替え歌」を花開かせたこと。


これらを考えると、

一応の存在意義は、
あったのでしょうね。


そして、はっきり言えることは、

あれは、
「アルファ」でしか作れなかった、

ということです。


アルファというのは、

そういう新進気鋭の会社であり、
レコード業界の革命児であり、
常に新しいものにどん欲で、
冒険を恐れない。


つまりは、
『タモリ3 戦後日本歌謡史』
が問題児だったのではなく、

アルファそのものが、

問題児であったわけです。


新しいものは、
つねに敵をつくる。

トラブルもいっぱい起きる。

事実ほかにもいろいろありました。

(いずれ折りをみてお話しますが)


しかし、
それに立ち向かう、
若さとエネルギーがありましたね。

面白い会社でした…。



連載『アルファの宴』も、
そろそろ終わりが近づいてる、
と聞きました。

この取材を受けた、
あるいは、この特集を読んだ、
かつての幹部や社員は、
みな一様に、

あの面白かった時代を、
感慨深く思い出していることでしょう。


「レコード・コレクターズ」誌と、
ライター田山さんに深く感謝して、

ひとまずこの稿を、

閉じたいと思います。


謝謝…。



(おわり)



現代。

パソコンの普及と、
インターネット時代になって、

著作権なんて、
完全に無法地帯になってますよね。


それに比べると、

『タモリ3 戦後日本歌謡史』
をめぐる攻防なんて、

可愛いもの。

そう思いませんか?


ということは、

そろそろ復活が許されてもいいのでは…。


どうでしょう?


だめ?



(誰に向かって言ってる…?)



SHUN MIYAZUMI


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September 16, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」その4


いやあ、きのう今日と、
久しぶりの青空。

気持ちがいいですねえ。


そんななか、

きのう(土曜日)の、
「 ケンウッドスクエア・丸の内 」
『 jammin' Zeb ミニ・ライブ 』
にお越しのみなさま、

ありがとうございました。


さわやかな午後のひとときでした。

アカペラが中心だけど、
あんなライブもいいなあ、
と実感しましたね。


また、折りをみて、

やりたいと思います。



さて、まだまだ続く、

タモリ話。



タモリ3 「戦後日本歌謡史」 その4


せっかく苦心して作り上げたものの、
販売元ビクターの拒絶にあって、
またしても‘お蔵入り’となってしまった、

『 タモリ3 』


しかし、今度は、
タモリが黙っていませんでした。

ラジオやテレビの自身の番組で、
かけまくったり、
実演したりして、
このアルバムの存在を、

世にアピールしたのです。


そして、

その存在と面白さは、
次第に口コミで広がっていき、

近田春夫さんが
「タモリのレコードを発売せよ市民連合」
を名乗ったり、
ファンの間に発売を求める署名運動が起きたり、
といった事態に発展していったのです。

(レコード・コレクターズ 9月号)


そうした‘世論’の後押しのおかげもあって、

「新星堂チェーン」のみ、
という変則的な形ではありましたが、

このアルバムは、
ついに‘日の目を見る’
こととなりました。


やったあー!


TAMORI 3


しかしね、

この問題は、

そんなに簡単にはいかなかったようですよ。


実は、
ここから先は、

制作の当事者ではあるものの、
当時30才の私など出る幕も無いほどの、
大人どうし、トップどうしの熾烈な戦いが、

展開されていったようなのです。


無責任なようですが、

私は高みの見物。



まずは、

「作家はレコード会社の専属」
であった時代の、
古い楽曲を管理する、

コロンビア、ビクター、キング、テイチク

といった老舗レコード会社からの、
猛烈な抗議。

「これは、あきらかに著作権侵害である。
 かつ、許可も無く、
 偉大な先生方の偉大な楽曲を、
 このような無礼な扱いをするなど、
 もってのほか。
 これは重大な名誉毀損にあたる。」

として、

即刻発売中止と、
しかるべき著作権の使用料を求めて来た。


それに対してアルファは、

「これは欧米でも認められている、
 パロディという新しい文化。
 よく知られた作品を‘ひきおろす’
 ことによって生じる面白さが、
 パロディの良さであり、
 むしろ問題にする事自体、時代から遅れている。」

と、真っ向から対立。


私はひそかに、

「いいぞぉ、やれやれー。」


さらに、

「レコード・コレクターズ 9月号」には、
こんな記述もあります。

『この作品の被害?に遭った作家の反応も、
 一様ではなかった。
 騒ぎを報じた『週間読売』(81年11月29日号)に、
 自作詞をパロディにされた作家たちのコメントが、
 掲載されている。

 「売れればいいということで、
  何でもメチャクチャなことをやるレコード会社
  の姿勢も間違ってますよ」
  (石本美由起。「憧れのハワイ航路」の作詞者)

 「とにかく最高に面白かった。(中略)
  僕はちっとも不快じゃないし、
  最高にいいんじゃないかと思ってます」
  (橋本淳。「ブルー・シャトー」「君だけに愛を」
   の作詞者)

 また、「東京ナイトクラブ」を「東京ホストクラブ」に
 パロディ改変されたフランク永井のように、
 ステージにタモリを上げて一緒に歌ってしまう
 実演家まで出ていた。
 要するにパロディされた側の反応も、
 怒る者、楽しむ者に別れたのである。』


そうでした、そうでした。


そして、
今にして思えば、
販売を拒否した肝心のビクター内部も、

決して一枚岩ではありませんでしたね。


吉田正さん(作曲)、
佐伯孝夫さん(作詞)、
といった、黄金期を支えた偉大な作家、
を抱えるビクターとしては、

その先生方の名誉を守るとして、
法務部を中心に猛反発。


ところが、
当の実演家のフランク永井さんは、
最初聴いたとき、
椅子からころげ落ちるほど大笑いしたそうです。

そして「レココレ」にもあるように、
タモリをステージにあげて一緒に歌う、
といったことまでやってのけた。


さらに販売部は、
「他のレコード会社を敵に回すだけでなく、
 ‘新星堂’だけで売らせるということは、
 他のレコード店、チェーンから、
 総スカンを食らう。
 今後ビクターの商品を扱ってもらえない。」
と、変なところで消極的。


ところが、制作・宣伝部はどうか。

この騒ぎの最中に、
ビクターの制作部に、
遊びに行ったときのこと…。


ある人に、
「ところで(新米)ディレクターの、
 K君はどこにいる?」
と聞いたところ、

「ああ、あいつならコピー室にいるよ。」
と教えてくれた。


当時はまだカセットの時代。

正規のサンプル盤が出来るまでの間、
宣伝用のサンプル音源として、
せっせとカセット・コピーをする、

そんな時代だったんですね。


コピー室に行くと、
K君が、
数十台のカセット・デッキを同時に回して、
何かを大量コピーしている。


なんとそれが、

『 タモリ3 』


しかも、
コピーの大元になってる一本が、
すでにコピーのコピーの孫みたいなヤツだから、
音質が劣化していて、
「シャーーー」
というノイズがあからさまで、

なんとも聴きにくい。


私はK君に、

「なんでこんな音の悪いのしか無いの?」


するとK君、

「いやあ、これ今、
 なかなか‘上物’が手に入らないんですよ。
 これでも状態がいい方でね。
 
 そうだ!
 これ宮住さんが作ったんでしょ。
   
 もっと音質のいいの下さいよ。
 もう社内の注文が多くて、
 自社の他の物そっちのけで、
 コピーしてるんだけど、
 間に合わないんすよー。」


「……。」



ま、どこのレコード会社へ行っても、
こんな感じでしたね。

(なにが著作権侵害だ。)


こうして、

業界も世論も、

まっぷたつ。


そして、事態は、

ますます悪化の様相を、


呈していったのです…。



(つづく)



先日、

森進一さんが、
「おふくろさん」
を勝手に改変させたとして、
当の作家の川内康範さんが大激怒。

そして世論は、

どうやら川内さんに同情的なようですね。


してみると、

この『 タモリ3 』などは、

今出しても、

まだまだ大変だということでしょうか。



ううむ…。



SHUN MIYAZUMI


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September 12, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」その3


猛暑から開放されたかと思うと、

今度は、じめじめとした秋雨前線が、
どかっと居座る日本列島。

なんかこう、
スッキリしませんね。


そんななか、

この人たちのコーラスは、
スカッと爽やか。

今週の土曜日に、
こんなミニ・ライブがありますよ。
場所は「ケンウッドスクエア・丸の内」


日時:
9月15日(土) 14:00〜15:00 (開場13:45)
出演:
『 Jammin' Zeb 』
内容:
国際フォーラムで開催される
「 東京ジャズ 」( 9 / 20 〜 23 ) の関連イベントです。

予約:
TEL:03-3213-8775
(ケンウッド スクエア・丸の内まで) (要予約)


場所の概要はこちらをご覧ください


お近くの方、
散歩がてら、いかがですか?

(無料ですが、要予約)



というわけで今日も、
「タモリ3」のつづき。


タモリ3 「戦後日本歌謡史」 その3


さて、

そんな紆余曲折を経て、

我らスタッフとタモリは、
再びこの、「稀代の問題作」
のレコーディングに突入しました。


不思議なもので、

2年のブランクと、
一度味わった挫折(発売不可という)、
が、かえって、
みんなの力をみなぎらせる結果となり、

次から次へと、
傑作(???)が生まれていきました。


『ビキニ・スタイルのお嬢さん』
(ダニー飯田とパラダイス・キング)
       ↓
『テキ屋スタイルのお兄さん』

初めて‘テキ屋’の格好をした、
チンピラのおにいちゃんが、
恥ずかしくて海辺に出られない、
という唄。


『高校三年生』(舟木一夫)→『放浪三年生』

♪僕ら、草とワラしか食べないが、
 暮らす仲間は、椅子まで〜も〜♪

腹が減って仕方なく、
椅子まで食べちゃう、
という貧乏学生の唄。

キタナイですよ、コレ。


『バラが咲いた』(マイク真木)→『ハラをさいた』

「この唄に感化されて、
 作家木島由紀夫(三島由紀夫)は、
 ハラをさいたのです。」

などという注釈付き。
あぶない;…。


『UFO』(ピンク・レディー)→『USO』

♪USO(ウッソー!)♪

おなじみピンク・レディーの大ヒット曲が、
ここでは、

♪USO(ウソ)というより、
 ‘つわり’なのね
 もしかしたら、もしかしたら、
 そうなのかしら〜♪

手当たり次第やりまくったおねえちゃんが、
「もしかして、妊娠しちゃったのかしら」
という唄になってしまう。

これを、ピンクになりきって歌うタモリは、

本当に気持ち悪かった…。



ほかにも、


『ブルー・シャトー』→『ブルー・エンペラー』

『勝手にシンドバッド』→『勝手にダイドコロ』

『長崎は今日も雨だった』→『長嶋は今日もダメだった』

そう、このときは長嶋新監督の時代。
毎日、毎日、負けてばかりでしたね、
巨人。


『くつひもカミソリ』
     ↑
『よこはまたそがれ』(五木ひろし)

なんてのもケッサク。

♪ゴムひも〜は、売って売ってしまった
 ゴムひも〜は、売って売ってしまった〜
 もう、おしまいね〜♪

という、田舎の雑貨屋のお話。


『モッキンバード街道』
     ↑
『ロックンロール・ウィドウ』(山口百恵)

これも名作(?)ですねえ。
ぜんぶ鳥の名前で作られてる。

そして、

♪カッコカッコカッコばかり口走る〜
 モッキンバード街道 ホホケキョ♪

と締める。

うまい!?


詞を担当した高平さんも、
もう手がつけられないほど、
ノリノリでした。


こうしたレコーディングの模様も、
「レコード・コレクターズ 9月号」に、
私の話が掲載されているので、

ちょっとそれを、
そのまま借用。

『(前略……)
 自分はパロディにした元歌の音質、音色まで、
 そっくりに作ることが役割でしたね。
 あのLPは戦後の復興から現代までの、
 日本の社会情勢と流行歌がシンクロしている
 という作りでしょう?
 ということは、レコード制作技術の発展史でも
 あるわけです。
 だから戦後間もない頃の「サンゴの唄」
 (「リンゴの唄」のパロディ)
 だったらくすんだモノラルの音色で、
 それがだんだんステレオの時代になって、
 音質が良くなってくるところまで
 グラデーションをかけて再現しなきゃ
 感じが出ないわけです。

 あとは唄のディレクションですね。
 パロディは原曲が匂わなくてはならないんですが、
 タモリは声色上手だから
 同じメロディだったらそっくりに歌えるんですけど、
 パロディだからメロを数カ所で、
 変えなくてはならないでしょう?
 そうすると歌のプロじゃないから
 どこか似なくなってしまう。
 そこで僕が発声、歌唱指導をしたんです。
 何というか…成り切ってもらうためにね。
 例えば最後の山口百恵ちゃんの歌真似をするときは、
 ‘マイクのコード挟んで女になったつもりで
 やったらいいんじゃない’なんて言って(笑)。
 タモリも本当に脚の間に挟んで、
 ‘あ、きたきた!’って(笑)。
 だから歌唱というより、
 一曲ずつに対する芸の指導というか、
 成り切り誘導だね。

 あれ、歌入れ30数曲を二日間でやったんですよ。
 誰か管理の人が入ってきたらヤバイと思って
 スタジオ‘A’に鍵をかけて、
 酒をがんがん持ち込んで(笑)。
 アルファの女子社員ふたりに接待係をお願いして、
 一曲終わるたんびに
 ‘タモリさん、すてきよー’
 なんてお酌してもらったりしてね。
 スタジオ‘A’で宴会しながら、
 それはもう楽しくやったんです。
 あのレコードにはその雰囲気が詰まってるよね。』
 (宮住)

それに対して、
インタビュアーのライター田山さんが、
こう受ける。

『「タモリ3」の狂躁的なまでのテンションの高さは、
 二日間の‘宴会レコーディング’
 でもたらされたものだった!
 何という無茶をするのだろうか。
 このエピソードを聞いた時は、
 あまりに破天荒なアルファ魂に呆れ、感心し、
 笑ってしまった。』


私も、この記事を読んだ時、
思わず笑ってしまった。

アハハハ。


しかしまあ、

これは、あたりまえのこと。


こんなバカバカしい物を、
シラフで、
真面目くさって、

やれるわけがありません。


さらに後日、

再びタモリに来てもらって、
こうした楽曲のつなぎ役をつとめる、
いくつかの挿話を録音。

これがまた即興性に満ちた傑作ぞろいで、
改めて、
タモリの‘天才’を見る思いでしたが、

きりがないので、
もうやめておきます。


そして、前述したように、
一曲ずつを、
オリジナルと同じような感じに、
緻密にトラック・ダウン。

さらに、効果音を加えたり、
いろいろな加工をほどこしたりして、

とにもかくにも、

この‘大作’は完成しました。


ところが、ここに、

またしても大きな壁が……。


今度は、
新生「アルファ・レコード」の販売元、
ビクターが、

「やっぱりこれは、
 お引き受けできない」

と言ってきたのです。

(ビクターよ、おまえもか…)



さあ、今度は、


タモリが怒った。


ラジオやテレビにおける自分の番組で、
これらの音をかけたり、
実演したりして、
このレコードの存在を、

世に知らしめたのです。


そしてこれが、

さらなる波紋を、


大きな波紋を、


呼ぶことになりました…。



(つづく)



最近、会う人ごとに、
この「タモリ3」の話になります。

レココレか、はたまたこのブログか。

でも、
意外とみなさん、
読んで下さってるみたいで…。

ありがたいことです。


きのうは、
某有名広告代理店の社長から、
「俺の持ってるのはカセットで、
 もう伸びきっちゃったよ。
 シュンちゃん、コピーしてよー。」

と言われました。


ううむ…。


これはいいのか…。



SHUN MIYAZUMI


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September 07, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」その2


9 / 5(水)& 6(木)の「代々木ナル」
『 jammin'Zeb 2days 』
にお越しのみなさん、

ありがとうございました。


両日とも満員の大盛況。

特にきのう(6日)は、
台風直撃のなか、
ほとんどキャンセルもなく、
最後まですごい盛り上がり。

みなさん、
無事に帰宅されましたでしょうか…。

でも本当に、

ありがたいことです。

グシュン;。


そのジャミンの情報は、
このブログでも
随時インフォメーションしていきますので、

ときどきチェックして下さいませ。



さて、きょうも、

タモリの話。



タモリ3 「戦後日本歌謡史」 その2


現在市販されている音楽専門誌
「レコード・コレクターズ 9月号」に、

『アルファ最大の問題作とは?』
といった形で紹介されている、

このアルバム。


いったい、
いかなる物だったのでしょうか…。


1978年頃。

私がまだ、
アルファにいたときの話です。


タモリを我々に紹介し、
今や‘お笑いの世界’では、
重鎮のプロデューサー、
高平哲郎さんから、

一本の電話がありました。


「宮住、面白い企画があるんだけど、
 乗らない?」


なんでも、

戦後最初のヒット曲「リンゴの唄」に始まり、
78年当時の最大の人気歌手、
山口百恵までの歌謡曲のヒット30数曲を、
全部‘パロディー’にしてタモリに歌わせ、

その曲間を、
大橋巨泉やら、竹村健一やら、
東北から集団就職でやって来た名もない一青年、
などに扮したタモリが、

もっともらしく、
そのヒット当時の世相を語る、

という壮大な構想。


お調子者の私は、
一発で乗った。

新しくて面白いものが大好きな社長、
村井邦彦さんも、

乗った。


かくして、
私と高平さんは、
すぐさま選曲に入る。

詞は高平さんが担当。

「リンゴの唄」→「サンゴの唄」
「野球小僧」→「お灸小僧」
「憧れのハワイ航路」→「たそがれのオワイ航路」
「東京ナイトクラブ」→「東京ホストクラブ」


「夕焼けトンビ」(三橋美智也)なんて、
こうでした。

「夕焼けトンビ」

夕焼けぞらが真っ赤っかあ〜
トンビがくるりと輪をかいた
ホ〜イのホイ
そこか〜らこっちが
見える〜かあ〜〜い♪

     ↓

「ぐらぐらコンブ」

ぐらぐら釜が真っ赤っかあ〜
コンブがくるりと輪をかいた
ホ〜イのホイ
底か〜らこっちが
見える〜かあ〜〜い♪


次々と出来上がっていく、
こうしたバカバカしい詞に、

今度は、
今は亡き鈴木宏昌(コルゲン)さんと一緒に、

原曲がにおいながらも、
ちょっと、なんか、違うぞ、

といったメロディーを付けていく。


そして今度はスタジオで、
原曲とそっくりなアレンジを、
スタジオ・ミュージシャンに
演奏してもらい、

タモリには、

灰田勝彦やら、岡晴夫やら、三橋美智也やら、
フランク永井やら、松尾和子などなどの、
オリジナル歌手になりきってもらって、

唄入れをする。


こうして私は、
数曲が出来上がった時点で、
社長の村井さんに聴いてもらいました。


いやあ、もう大受け。

社内の会議でもバカ受け。


こうして、

前年の77年に、
『タモリ』というアルバムで、
レコード・デビューし、

(そう、タモリは最初、
 レコード・デビューだったのです。
 今の彼からは想像もつかないでしょうが…。)

その後またたく間に茶の間の人気者となった、
タモリの、
セカンド・アルバムとして企画した、
このレコーディングは、

どんどん進んで行きました。

楽しかったなあ、コレ。



ところが…、

ここで大問題が起こってしまいました。


当時のアルファは、
「アルファ・アンド・アソシエイツ」という、
小さな原盤制作会社。

したがって、
その販売、宣伝は、
「東芝EMI」に委託しておりました。

その東芝から、
クレームが来たのです。


「これを発売するのは、無理です。」


理由は、

「全レコード会社を敵にまわす。」

というもの。
  


今は、
作詞家、作曲家はフリーですが、

昭和30年代までは、
レコード会社の専属でした。

ビクターの吉田正さん、
コロンビアの古賀政男さん、

といったように。


その先生方のお作りになった名曲を、
面白可笑しく変えてしまい、

ある意味茶化し、
ある意味バカにしながら、
やっちゃうわけですから、

重大な「名誉毀損」にあたる。


なおかつ、
現著作権は各レコード会社にあるのだから、
きちんとした許可をもらわなくてなならない。

おそらく許可すまい。


このへんの事情も、
「レココレ」には詳しく書いてありましたね。


当時東芝を代表するプロデューサーで、
アルファの作品をこよなく愛してくれていた、

あの渋谷森久さん

かつてブログにも書きましたが、
「ハナ肇とクレージー・キャッツ」の、
一連のコメディ・ソングを、
世に送り出した、

あの破天荒な、ハチャメチャな、
渋谷さんまでもが、

「クニ(村井さん)、シュン(私)、
 こりゃ危険だ。
 わるい事は言わない。
 これはヤメたほうがいい。」

と、止めに入ったくらいですから、

この企画の強烈さが、
わかろうというものです。


やむなく、この企画をあきらめ、
より安全な企画で、
『タモリ2』を発売した私たちでしたが、

その「アルファ・アンド・アソシエイツ」は、
その直後、
「アルファ・レコード」というレコード会社に、

出世しました。


販売こそ、
ビクターに変わりましたが、

制作に加え、
宣伝の機能も持ち、
以前よりはずっと、
「発売」に関する発言権を持ちました。


そんなある日、

社長の村井さんが、

「シュン、
 あれ面白いから作っちゃおう。
 続きをやりなさい。
 責任は俺が取るから。」

と、言って来たのです。


心配よりも何よりも、

私は狂喜しましたね。


あんな面白い仕事が、


再開できるわけですから…。



(つづく)



ところで、

この7日間で、

私は4回もライブをやりました。


私のスポーツ・ピアノ・スタイルでは、
これは自殺行為ですね。

きのうも、
演奏の途中から、
血圧が急上昇するのが、
わかりましたよ。

年かな。

自重しなくては…。

トホホ。


というわけで、


しばし休養…。



SHUN MIYAZUMI


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September 02, 2007

タモリ3「戦後日本歌謡史」


ああ、楽しかった…。

8/31(金)の、
「 学芸大 A'TRAIN 」ライブ。


なにせ、
一ヶ月ぶりのライブですからね。

ちゃんとピアノが弾けるのか、
いささか心配でしたが、

常連のみなさんの、
暖かい拍手と声援に支えられ、
いつも通り、
楽しく盛り上がることができました。

感謝…。


さて、
ご存知のかたも多いと思われますが、

この夏は、
休み返上で、
ほとんどスタジオにこもり、

『 jammin' Zeb 』
のレコーディングに追われていた私。


そんな彼らのデビュー・アルバムも、

ようやく完成致しました。

パチパチ。


詳しい事は、
このブログで、
随時インフォメーションさせていただきますが、

なにはともあれ一段落。

ふ〜…。


というわけで、
スタジオから開放されるやいなや、

今週はいきなり3本のライブです。


9 / 3(月) SUITE VOICE 「六本木 ALL OF ME CLUB」

         

9 / 5(水)& 6(木) jammin' Zeb 「代々木 N A R U」

         
(詳しくはこのブログ、
「 最新ライブのご案内 」をご覧下さい。)


それにしても、

みごとに ‘コーラス・ウィーク’ だこと…。


がんばりますよー。


みなさん、

どうぞいらして下さい。



さてさて、

先日、私のもとへ、
こんな雑誌が送られてきました。

「 レコード・コレクターズ 9月号 」

RecordCollectors0709


以前、
「 インフォメーション 」のカテゴリーでも、
ご紹介しましたが、

この雑誌では、
昨年の4月から、

私がかつて在籍した、
「 アルファ・レコード 」
の特集を連載しております。


題して『 アルファの宴 』


私も何度か取材を受けましたが、
今回のテーマは、

「『 タモリ3 』発売の紆余曲折 」


そう、

かつてレコード業界を騒然とさせた、
空前の問題作、

『 タモリ3 戦後日本歌謡史 』

というレコードに、
スポットが当てられています。


冒頭から、
こんな書き出しです。

「タモリLPにクレーム
 パロディーは著作権侵害 」

「81年11月10日、こんな記事が
 『 毎日新聞 』に大きく掲載された。
 問題となったのは
 同年9月20日に発売された
 『 タモリ3 戦後日本歌謡史 』
 という企画もののLPである。」


この担当ディレクターは、
何をかくそう、この私でしたから、
私の話も、
あちこちに掲載されております。


例えばこうです。

「まずは、このアルバムの成り立ちから、
 順を追って説明しよう。
 『 タモリ3 』は、
 『 タモリ 』(77年)、『 タモリ2 』(78年)
 に続くアルバムだが、
 2枚目から3年間のブランクを置いた
 81年に発表された。
 その経緯について現場担当ディレクターだった、
 元アルファの宮住俊介が次のように語ってくれた。」

「『 戦後日本歌謡史 』は、
 もともと東芝で出ていた1枚目(『 タモリ 』)
 の続編として作りかけてたんだよね。
 でも東芝側が‘全レコード会社を敵に回すから
 お受けできませんって(笑)、
 断ってきたんですよ。
 それで急遽、その次の企画だった
 ‘音楽の変遷 その1’
 というネタを中心としたものを、
 『 タモリ2 』として繰り上げ制作したんです。」


なるほど、

そうだった、そうだった。


しかし、

アルファは作ってしまった…。


「でも村井さんがある時、
 ‘あれ面白いから作っちゃおう。
 責任は俺がとるから’って。
 それでプロデューサーの高平哲郎さんと
 セッティングして、
 発売の目処も立ってない時点で、
 数日間でレコーディングしました 」(宮住)


こうして、

この問題作の制作過程や、
レコード業界を騒然とさせたいきさつ、
その社会的反響、

そして、
ついには裁判沙汰にまで発展した経緯が、

こと細かに書かれていきます。


なかには、
私の知らなかったことまで、
詳しく書かれてあり、

ライター田山さんの、
並々ならぬ取材力がうかがえるのですが、

まずは、
書店にて、
一度手に取ってご覧になって下さい。


というわけで、
せっかくのタイミングですから、

次回はこの、

『 タモリ3 戦後日本歌謡史 』

について、

当事者たる私が、
もっと詳しくお話してみようと思います。


さらに、
これを機に、

「 マイ・ディスコグラフィー 」

というカテゴリーを設けてみました。


私のプロデュースした作品のなかから、
面白いエピソードのものを抜き出して、
随時ご紹介してみよう、

というものです。


その一回目が、

この、

『 タモリ3 戦後日本歌謡史 』


では、この、

アルファ最大の問題作とは、



いかなるものだったのでしょうか…?



(つづく)



そういえば、
この「 レコード・コレクターズ 9月号 」には、

『 ドアーズ(doors)』
の特集も組まれています。


ドアーズといえば、

かつて「 レコード買いまくり時代 その1〜4
でも書いたように、

私にジャズを目覚めさせてくれた、
衝撃のロック・バンド。

この特集も見事でした。


お早めに書店に…。



SHUN MIYAZUMI


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August 19, 2007

桐生第一


甲子園も、
いよいよクライマックス。

新鮮なベスト8が出揃いましたね。


ところで、
前回の私の予想は大ハズレ。

というか、
「帝京」「常葉菊川」「大垣日大」
なんかも押さえてるあたり、
ちょっぴりずるい予想なんですけどね。

アハハハ。

でも東北勢、
強いと思ったんだけどなあ…。

この異常なまでの暑さに、
やられちゃったかな。


さてこのブログ、

昨夏は、
「松山商業」のお話で、
大いに盛り上がったわけですが、

今年は、

こんな高校を、

回想してみました。



1999年の夏…。

私は野暮用もあって、
群馬県桐生市の知人を訪ねました。


この年、
甲子園の群馬代表は、
「桐生第一高校」

かつては織物の町として栄えた桐生も、
ここ数年は、
深刻な過疎化が進んでいるそうで、

そういえば、
どこでも賑わうはずのメイン・ストリートも、
ここだけは、
人もまばら…。

そのなかで、
「頑張れ! 桐生第一高校」
と掲げられた垂れ幕だけが、

寂しそうに、
風にゆらゆら揺れていました。


ところが、この桐生第一。

ここまで快進撃で、
私が東京を出る直前に観た3回戦では、
優勝候補の静岡を4-3で破り、
見事ベスト8に勝ち残っていたのです。

私は、桐生に着くなり、
地元の人たちに、
「すごいねえ、桐生第一。
 優勝するんじゃないのぉ。」

ところが、みなさん、
「まさか、ゆ、優勝だなんて…。
 もうそろそろ終わりますよ。」
と、かなり弱気。


それもそのはずで、
群馬代表は、
それまで春夏通じて、

一度も全国制覇がありません。


しかし、
エースの正田(日本ハム〜現・阪神)を中心に、
攻撃力も多彩で、
私は本当に、
「このチームはおそるべし。」
と思っていましたから、

「そうかなあ。
 もっと自信持っていいと思うんだけどなあ…。」

と、あまりの気の弱さに、
ちょっぴり苛立ったものの、

ここは、おとなしくしていた。



さて夜は、
魚が美味しいという、
とある大きな割烹に案内されました。

カウンターのなかで、
大将らしき人が魚をさばきながら、
ほぼ満員のお客たちと、
もっぱら高校野球の話をしている。

奥の座敷もほぼ一杯で、
やはり野球の話に花が咲いてるようだが、

どうも私には、
消極的な話ばかりが聞こえる。

「そろそろ終わりだろうな。」
「いやあ、よくやったんじゃないの。
 なんたって、ベスト8だもん。」

「……。」


私のとなりの夫婦に話しかけたところ、
「実は息子が桐生第一の野球部にいましてね。
 明日は甲子園に応援に行くんだけど、
 ま、明日あたりで終わりでしょうがね。」

と、これまた超弱気。


さあ、もういけません。

プロフィールにもある私の性格
「小心にして大胆」
が、にわかにその実体を現し、

さらに、

酒が進むと大口をたたく、
心の師匠「植木等」なみの、
無責任極まりない私の悪癖が、

むくむくと顔を出してきました。


私は店内を見渡し、

大きな声で、

「えへん、みなさん!
 私は東京から来たよそ者です。
 だから客観的に物が見えます。

 しかも私は、
 自他ともに認める野球通です。

 その私からみれば、
 現在残った8校のなかでは、
 桐生第一が最強ですよ。
 優勝確率70%。」

と、やってしまった…。


すると、
お店にいたお客さんが、
一斉にこっちをみます。

「ほんとに、桐生は勝てますかねえ。」
という質問が奥座敷から。

私「ええ、間違いありませんね。
  私は春夏優勝校を全部言えるんですよ。
  正田のカーブは一級品です。
  高校生では打てません。」

と、自信満々に、
その奥座敷の紳士を指さす。


そのうち、お酒を持って、
「先生」などと言いながら、
お酌をしに来る人もいる。

「先生、ま、ひとつ一杯。
 そうですか、桐生は勝ちますか。」

私「あっ、こりゃどうも。
  ええ。さっきは70%と控えめに言ったけど、
  本心は90%ですね。
  唯一の心配は、正田の疲れだけど、
  彼はクレバーだから、
  省エネ投法も、ちゃんとわきまえてますよ。
  アハハハ。」

なにが、アハハハだ。

もうこうなると、
植木師匠も真っ青の無責任ぶり。


私「私は元阪急の山田投手とも知り合いでね。
  ま、相当の野球の試合を見てるわけですよ。
  間違いありません。
  優勝は桐生です!」

とまあ、

ただの野球観戦オタクにすぎないのに、

知ったかぶりの知識を、
もっともらしく、

次から次へとひけらかす。


すると、

いつの間にか目の前に、
うまそうな、
「大トロの刺身」と
「焼きタラバ蟹」の足が数本。

私「ん? 大将、これなに?」

大将「お客さん、サービスだ。
   食べてくれ。」


こうしてお店は、

いつしか私の独壇場。

……。


そして、
みなさんの笑顔と拍手に見送られ、

すっかり気持ちよくなった私は、

「桐生第一バンザ〜イ!」
「桐生バンザ〜イ!」
と叫び、

意気揚々と店を後にしたのでした。



翌朝。

すっかり正気に戻った私は、
事の重大さに気づき、
おそるおそる、
ホテルの部屋のテレビをつけました。


「桐生第一 4-0 桐蔭学園」


ふう〜…。


もし負けていたら、

生きて桐生を出れないところだった…。


そそくさとチェック・アウトを済ませ、
逃げるように帰ってきた私でしたが、

その桐生第一は、

その後も勝ち続け、

見事に全国制覇を成し遂げたのでした。


ああ、よかった…。


この年は、
そんな思い出の夏でしたね。


それにしても恐いのは、

飲んで気が大きくなったときの、

私の悪癖。


これまた、

「わかっちゃいるけどやめられねえ。」


か。


……。



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 10:53|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)

July 22, 2007

ハンク・ジョーンズ その2


ご心配おかけしましたが、

ようやく腰も治ったようです。
(そんな気がするだけですが…。)


ということで、

今週のライブ2連発、


7/26(木)「 代々木ナル 」
大好きな‘CHIHARU’との競演

7/27(金)「 学芸大 A'TRAIN 」
ミッドナイト・セッション


では、

いつも以上に、
‘腰ふり満開’
で臨みたいと思います。

スイングしなきゃ損損!


ということで、

お待ちしてますよー。



<偉大なジャズメンたち・シリーズ>

ハンク・ジョーンズ その2


デビューから半世紀以上も経った今なお、
精力的な演奏活動を続けている、
名ピアニスト、

ハンク・ジョーンズ。


さっき調べたら、
1918年7月31日生まれ、
となってましたから、

もうすぐ89才ですね。


しかし、
そのプレイぶりは、

「今のほうが、
 若々しいんじゃないの?」

と思えるほど、
相変わらずエネルギッシュ。


恐れ入りました。

腰なんか痛めてる場合じゃない…:。


そして前回も書きましたが、
その参加したレコードの数も、
ジャズ・ピアニストとしては、

もうひとりの名人、
「トミー・フラナガン」と並んで、
史上最も多いのではないでしょうか?

とにかく膨大な数です。



そうそう、

トミー・フラガンと言えば、

こんな話を思い出しました。


私の友人のサックス奏者、
土岐英史(ときひでふみ)くんが、
ハンク・ジョーンズに会ったときの話です。


どんなセッションも、
どんな相手でも、
楽々とこなしてしまうハンクに、

土岐くんは、

「いったいあなたは、
 何曲くらい知ってるんですか?」

という質問をしました。


するとハンクは、
平然と、

「そうだね、
 10,000曲くらいは、
 譜面を見なくても弾けるかな。
 ANY KEY(エニー・キー)で。」

と答えたそうです。

ちなみに‘ANY KEY’とは、
12のKEY(調性)全部ということです。
CからBまで。


い、い、10,000曲…;?

しかもエニー・キーで…;?


私の場合だったら、
せいぜい数百曲…?
(そんなに知らないかも)

しかもエニー・キーだったら、

0(ゼロ)かもしれないなあ…?


土岐くんも、
さすがに驚いたそうですが、
彼はめげない。

「おそらく、これは誰も知るまい。」
という曲名をあげて、

「じゃ、もちろん○○という曲も、
 知ってるんですよね?」

と、追い打ちをかける。


するとハンクさん、
何事もなかったように涼しい顔で、

「いや、さすがにその曲は知らないが、
 おそらく、トミー・フラナガンだったら、
 知ってると思うよ。」

「……。」


アメリカの、
エンターテインメント界の層の厚さと、

そのなかで、
ずっとトップでやってきたひとたちの、
並々ならぬ努力と凄さを、

思い知らされたような話でしたね。



さて、
そんな私も、

一度だけ、
このハンクさんに、
お会いしたことがあります。


80年代の半ば頃でしたか、

カシオペアを連れて、
ニューヨークに、
レコーディングで行ってた時のこと。


たまたまその日はオフだったので、
みんなで‘ヴィレッジ’というところへ、
ジャズを聴きに繰り出しました。

で、最初に腹ごしらえを兼ねて、
とあるレストラン・バーに入った。

そこに出演していたのが、

ハンク・ジョーンズ・トリオ。


小気味よくスイングする、
彼の軽やかなピアノを聴きながら、
美味しい食事(ほんとはマズかった)
と酒を楽しむ、
若き日のカシオペアと私。

そして、
ワン・ステージが終わると、
このハンクさん、

各テーブルのお客さん、
ひとりひとりに、
愛想良く挨拶回り。

「Welcome!(ようこそ)」
「Did you enjoy?(楽しかった?)」
「Have a good time!(楽しんでってね)」


そしてついに、
私たちのテーブルにやって来ました。

私たちは、
この大先輩に敬意を表して、
とりあえずナイフとフォークを置いて、
立ってお迎え。

するとこのハンクさん、

私の顔を見るなり、
ニコッと笑って、
渋〜い低音で、

こう言ったのです。


「OH! You look Jazz!」
(おお、お前、ジャズの顔してるな!)


すると、
カシオペアのキーボード向谷くんが、
つたない英語で、

「そ、そうなんです。
 か、彼は学生時代、カレッジ・バンドで、
 ジ、ジャズ・ピアノを弾いてたんです。」

と、すかさずフォロー。


しかしハンクは、
ニコニコ笑って、
片手でそれを制し、

「I know. I know.(わかってる。わかってる。)」


そして再び私の方を見て、

「You look Jazz!」


その後、
一通り挨拶回りをすませると、
このハンク・ジョーンズさんは、
私のとなりの席に戻って来て、

「日本のジャズはどうなってる?」
とか、
「サダオ・ワタナベは元気か?」

などなどと、

楽しそうに、
次のステージまで、
ずっと話し込んで行ったのです。


嬉しかったですねえ。


これ、
自慢話のように聞こえたら、
大変申し訳ないのですが、

私にとっては、

‘宝物’にも等しい、

大切な思い出話です。



先日は、
101才にして、
今だに毎晩飲み歩いてる、
元気な爺さんの話を書きました。
(「あっと驚くタメゴロ〜」)

このハンクさんも、
100才を超えても、
元気に弾きまくってるんじゃ、
なかろうか…。

そんな気がしてきましたね。

でも、こうなったら、
‘ギネス’をめざして頑張れ、

と言いたいところ。


こうして、幸運にも、
有名な「ジョーンズ3兄弟」のうち、

長男のハンクさん、
次男のサドさん、

には、
お会いすることができた私ですが、

こうなりゃ、
末弟のエルヴィン・ジョーンズさんにも、
お会いしたかった…。
(2004年に他界)


もっとも、
今の私を見たら、
間違いなく彼は、

こう言うでしょうね。


「OH! You look Woody Allen!」
(おお、お前、ウディ・アレンの顔してるな!)



(おわり)



今回のシリーズはこれで、
とりあえずひとくくり。

また折りをみて、
こうしたジャズメンの、
よもやま話を、
私らしく書いてみたいと思ってますので、

そのときはまた、
よろしく、

で、ございます。


なお、かつて書いた、
「エロール・ガーナーの思い出」
というお話を、

この「偉大なジャズメンたち」
というカテゴリーにも入れておきました。

‘まだ’の方は、
どうぞご覧になってください。


それにしても、

老人パワー。

すごいです…。


負けちゃいられまへんな、


こりゃ……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 23:09|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)

July 15, 2007

ハンク・ジョーンズ


やっちゃいました…。

ギックリ腰…。

これで、通算3度目。


MLBオールスター戦で、
イチローが打ったランニング・ホームランに、
思わず興奮。

「行ったあ〜〜!」

と、勢い良く立ち上がった瞬間に、

ギクッ…。


ところが幸いにも、
わが陣営に、
「鍼灸師」の免許を持つスタッフがいて、

翌日‘鍼’をやってもらったところ、

かなり良くなりました。

(かつて「名古屋ケントス」というエッセイで、
 私に、得意満面で「ひつまぶし」を食わせた、
 あの丹羽くんです。)


ま、とにかく私は、
腰をやられると、
完全にお手上げ。

ピアノも弾けないし、
座ってアレンジをするのもつらい。

ということで、
途方に暮れかかったのですが、

助かりました。

丹羽くん、ありがとう。


でもまだ完治したわけじゃなく、
油断は禁物。
(実はまだ、長く座っているとつらいのです。)

来週も忙しいですからね。

がまん、がまん…。


というわけで、
この週末はおとなしくしてます。

台風も来てることだし。


さて、前回まで、
熱く熱くサド・メルを語ったついでに、
(‘ついでに’と言ってはなんですが)

そのサド・ジョーンズのお兄さん、

「ハンク・ジョーンズ」のお話を、

きょうは、
してみたいと思います。



<偉大なジャズメン・シリーズ>

ハンク・ジョーンズ
(1918〜  )

H.J.


ビ・バップ全盛の頃から今日まで、
精力的な演奏活動を続けている、
名ピアニストです。

サドのときにも書きましたが、
このハンクは、

有名な「ジョーンズ3兄弟」の長男。


T.J.2


 次男があの、
 サド・ジョーンズ
 (1923〜86)




E.J.

  そして末弟が、
  ジョン・コルトレーン・
  カルテットのドラマー、
  エルヴィン・ジョーンズ
  (1927〜2004)




いやあ、改めて、

凄いブラザーズですよ、
これは。

ルックスは、
あまり誉められた兄弟ではありませんがね。
アハハハ。


でも、
音楽家としては、
3人とも、

ジャズの歴史に燦然と輝く存在です。


そして、
下のふたりが早々と世を去ったのに、
この長男のハンクだけが、

88才にしていまだ健在。
(もうすぐ89才…?)


先日、
私の友人の音楽プロデューサー、
伊藤八十八(やそはち)さんのオフィスで、

彼が主宰するレーベル、
「88(エイティ・エイト)レーベル」
(まんまやないか)

のアーティスト、

「ティファニー(Tiffany)」
という女性ジャズ・シンガー、
の新譜を聴かせてもらいました。

ピアノが、このハンクさん。


いやあ、
「これが90近い爺さんのプレイかよー。」
とビックリするような、

若々しい、
エネルギッシュなピアノを、
弾いてましたね。

1918年生まれというと、
私の父(1999年に他界)
と同い年ですからね。

驚きました。

敬服の極みです。


でも、

もともとこの人は、

リーダーになって、
がんがんバンドを引っ張る、
といったタイプではなく、

どちらかというと、
人のバックに廻って、
小気味よくサポートをする、

といった、

職人芸を聴かせるのが持ち味。

どちらかというと、
‘通’好みの、
渋い存在ですかね。


一度だけ、
お会いしたことがあるのですが、

やはり、
人柄も実に温厚でした。


とにかく、
唄の伴奏なんか、
実に上手い!

したがって、
参加したレコードの数も、
ハンパじゃない。

同類のピアニストで、
やはりこれも‘名人’の誉れ高い、

「トミー・フラナガン」と並んで、

史上もっともたくさん、
レコード・ジャケットに名前が載った、
ピアニストではないかと思います。

評論家ではないので、
詳しいことはわかりませんが…。


そういえば、

それにまつわる、
面白い話があるのですが、

ちょっとまた腰が痛くなってきたので、

それは次回に…。


(つづく)


そういえば、
最近忙しさにかまけて、
ちっとも運動してませんでした。

そのせいでしょうか。

このギックリは…。

腰が治ったら、
また「駒沢公園」でも、
歩かなくちゃ。


でも、

これから暑くなるし…。


あっ 痛ッ…。


まいったな…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 18:59|この記事のURLComments(7)TrackBack(0)

July 08, 2007

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その4(最終回)

7/4(水)の「代々木ナル」
にお越しのみなさん、
ありがとうございました。

久しぶりに大人なムード。

ちゅうまけいこさん、
素敵でした。

また、やりましょう!


7/6(金)は「秋葉原・初音鮨」
jammin' Zeb のライブ。

定員50人と聞いていたのですが、
なんと80人ものお客さんで、
カウンターの中までギッシリ。

これがほんとの、
‘すし詰め’

……。

おっと失礼。


なにはともあれ、
最後まで盛り上げていただき、
本当にありがとうございました。

また、お会いしましょう!


そしてきのうは、
ジャミンのレコーディング。


というわけで、
きょうは、
いささかグッタリ・ムード、

ではありますが、


元気よく、

サド・メル話の最終回、


といきましょう。



<偉大なジャズメンたち・シリーズ>

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その4
(最終回)


私が‘最高のジャズ’として、
今なお敬愛してやまない、
サド・メル楽団。

(正式には、
 THAD JONES・MEL LEWIS / JAZZ ORCHESTRA )

その最盛期、最強メンバーの、
『 VILLAGE VANGUARD 』における、
2枚のライブ・アルバム(67年、68年)が、

日本においてCD化されていないのは、
かえすがえすも残念ですが、


幸いなことに、

ほぼ同時期に制作された、
素晴らしいスタジオ録音盤が2枚あって、

どうやらこれはCD化されているようです。


ライブの熱気こそ無いものの、
録音も素晴らしく、

今聴いても、

「これが40年近くも前の作品…?」

と感心させられてしまいます。


1枚目は、

『 CENTRAL PARK NORTH 』(69年)

CPN


「セントラル・パーク・ノース」
(セントラル・パーク公園の北側)
とは、すなわち、‘ハーレム’のこと。

タイトルも粋だなあ…。

この時期、早くも、
ロック・ビートを取り入れた曲もあったりして、
サド・ジョーンズの並々ならぬ創作意欲、
がうかがえます。

特に、
『 Quietude 』という優雅な曲の、
ローランド・ハナのピアノ・ソロは絶品!


もう1枚は、

『 CONSUMMATION(極点)』(70年)

Consummation


堂々たる風格の作品で、
超一流レストランでのディナーのような、
高級感を味わうことができます。

有名なサドのオリジナル、
『 A CHILD IS BORN(誕生)』は、
これが初演…?。



さて、
前回も書きましたが、

70年代の半ばくらいから、
この偉大なバンドにも、
翳りが見えてきます。


相つぐ主力メンバーの脱退により、
しだいにその質が低下。

そして、あろうことか78年には、
当のリーダーたるサド・ジョーンズが、
メンバーにひと言も告げずに退団。

単身デンマークに渡り、
そのままコペンハーゲンで、
86年に、

帰らぬ人となってしまいました。(享年63才)


もう一方のリーダー、メル・ルイスは、
残されたメンバーをまとめ、
『メル・ルイス・オーケストラ』
と改名して演奏活動を続けますが、

再びかつての輝きを取り戻すことは、
ありませんでした。

そして90年、
そのメルも、
これまた61才という若さで他界。

今では、
黄金期のメンバーの大半が故人…。


こうして、
「サド・メル」の名前は、

知る人ぞ知る、
‘伝説のバンド’として、

歴史の彼方に、
消え去ってしまいました。

悲しいことに、
今はその名前すら知らない、
ジャズ・ファンも多かろうと思います。


でも、

本当に素晴らしいバンドでした。


今日ご紹介した、
現在日本で入手できる2枚のアルバムを、
聴いていただければわかります。

特に、
これからジャズをやろうとする若者には、
なおさら聴いてもらいたい。

「あなたたちが生まれる前に、
 もう、こんな凄いことをやってた人たちが、
 いたんだよ。」

ということを、

知ってもらうためにも…。


ともあれ、

サド・ジョーンズのアレンジは、
今なお私の追い求める、
最高の‘アレンジ’であり、

最盛期のメンバーによるプレイの数々は、
今なお私の理想とする、
‘ジャズ演奏’であることに、

変わりはありません。


“ わがサド・メルは、永遠に不滅です。”

(ん?どこかで聞いたことのあるフレーズ…?)



と、

本来なら、


ここで終わるはずでした。


ところが最近、
私のお仕事のパートナー、
‘湯浅のショーちゃん’が、

インターネット上で、
とんでもない映像をみつけてきました。

たった3分ほどですが、
まさに最盛期のサド・メルをとらえた、

ライブ映像です。


わずか3分ですから、
ほんとにほんとに‘サワリ’、
ほんの‘片鱗’しか、うかがえませんが、

最盛期のサド・メルは、
ほとんど映像が残ってないので、

これは貴重です。


著作権上は違法なのでしょうが、
敢えてここに掲載します。

ひとりでも多くの方に、
私の熱い思いを、
届けたいという、

願いをこめて…。


というわけで、みなさん。

どうぞご覧になって下さい。


これが、


在りし日の、


『サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ』


です…。





SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 19:01|この記事のURLComments(3)TrackBack(0)

July 03, 2007

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その3


暑くなってきましたねえ。


しかし、

そんなもん、

ライブの熱気で吹き飛ばしてしまえ!


というわけで、
今週は2本のライブ。


7/4(水)は、
「代々木ナル」で、
大好きな美人シンガー、
『ちゅうまけいこ』
と競演。

7/6(金)は、
秋葉原「初音鮨」で、
男声コーラス・グループ
『jammin' Zeb』


ぜひ、ご一緒に、
暑気払い…!

(詳細は「最新ライブのご案内」を。)



さて今日も、

「もっと熱い男たち」

のお話。



<偉大なジャズメンたち・シリーズ>

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その3


このバンドは、

サド・ジョーンズの作・編曲が素晴らしい、
ということは言うまでもありませんが、

それに加え、
個々のプレイヤーの力量が、

ケタ違い!


例えば、

「カウント・ベイシー楽団」や
「グレン・ミラー楽団」
の譜面が、
ここにあるとします。

もちろん、
オリジナル・メンバーと、
‘全く’同じような、
素晴らしい演奏をすることは不可能ですが、

ちょっと優秀なプレイヤーが集まれば、
‘似たような’サウンドにはなりますね。


ところが、

「サド・メル」は、

そうはいかない。


アンサンブルはなんとかなっても、
ソロ(アドリブ)が違うのです。

ただ上手いだけではない。

‘名人の落語’を続けざまに聴かされてるような、
そんな味わいがある。

そしてみんな、

個性豊かで、
テクニックが凄くて、

熱い!


興味のない方にも、
ちょっと我慢していただくとして、

ここで全盛期の、
代表的なプレイヤーを挙げてみましょう。


トランペットでは、なんといっても、
「スヌーキー・ヤング」

ベイシー楽団のリード・トランペッターを、
長年に渡って務めた名手です。

アンサンブルでは、
強烈なハイ・ノートで
トランペット・セクションを引っぱり、

一方では、
古今亭志ん生の‘くるわ話’を思わせるような、
茶目っ気たっぷりの色っぽいソロで、
楽しませてくれます。


トロンボーンでは、

バルブ・トロンボーンの名手、
「ボブ・ブルックマイヤー」

驚愕のプレイヤー、
「ガーネット・ブラウン」

あたりが代表的。

特に「ガーネット・ブラウン」は、

前回ご紹介したアルバム、
『LIVE AT VILLAGE VANGUARD』の中の、
『A THAT'S FREEDOM』という曲で、

人間業とは思えないような、
すさまじいソロを吹いています。


サックス・セクションは、
ちょっと信じられないような顔ぶれですね。


アルトが、

クインシー・ジョーンズ楽団でも活躍した、
「ジェローム・リチャードソン」と、
「ジェリー・ダジオン」

テナーに、

後にモダン・クラリネットの分野で、
革新的なアルバムを発表し、
グラミー賞にも輝いた、
「エディ・ダニエルス」

ジョン・コルトレーンの後継者と言われた、
「ジョー・ファレル」

ファレルが抜けたあとにも、
これまた若手のホープとして話題になった、
「ビリー・ハーパー」


そしてバリトンに、

ハリー・カーネイ、ジェリー・マリガンと並んで、
3大バリトン・サックス奏者と言われている、
「ペッパー・アダムス」


最後に、
リズム・セクションが、

これまた凄い。


一方の旗頭、
「メル・ルイス」のドラムは、

‘スカッと爽やか’
‘決めバッチリ〜’
といった、
そんじょそこいらの、
‘ビッグ・バンド・ドラマー’
とは、ひと味もふた味も違う、

コンボとビッグ・バンドを混合させたような、
複雑かつシャープなサウンドを叩き出します。

この「メル・ルイス」の新しい奏法が、
このバンドのサウンドを、
他のバンドとは違う域にまで高めてる、
と言っても過言ではありません。


それから、

「あーた、
 ひとりで半拍くらい先に行ってんじゃないの?」
というくらいのビートで、
ぐいぐいバンドを引っ張る、
強烈なベースの、
「リチャード・デイヴィス」


そして、

酌めどもつきぬ名人芸の味わいを聴かせる、
「ローランド・ハナ」
のピアノ。

この人は、
小編成のコンボよりも、
ビッグ・バンドに廻ったほうが、
ずっと面白い。

この辺の才能を見抜いて起用したあたりにも、
サド・ジョーンズの並々ならぬ嗅覚が、
うかがえます。


というわけで、
いささかマニアックになっちゃいましたが、

本当に凄い布陣です。

まさにオール・スター。

NBAバスケット・ボールの
「ドリーム・チーム」
も真っ青…。


そして、
こんな凄い連中を自由奔放に操る、
リーダー、

「サド・ジョーンズ」
の指揮ぶりが、

実にカッコいい!

「スマイリー小原」なんかより、
ずっとカッコイイ〜〜!!

(ん…。誰それ…?)



こうして一時期、

世界中のジャズ・ファンを湧かせた、
サド・メル楽団でしたが、

70年代の半ばあたりから、
しだいに翳りが見えてきます。

各人が、
‘バンド・リーダー’としても充分な、
実力派の連中ですから、
そのうち、
ひとり抜け、ふたり抜け。

その度に新しいメンバーを補充するものの、
やはり質の低下は否めません。

スター軍団のもろさでしょうね。


特に、
ピアノの「ローランド・ハナ」が抜けてからは、
私から見れば、

‘普通に上手いバンド’
に、なってしまいましたね。


そういう意味でも、

前回ご紹介した、
2枚のライブ・アルバムこそは、
まさに最盛期の、
最強メンバーによる、

夢の饗宴でした…。

これをCDにして発売しないとは、
何事だ!

文化的損失だ!

と私は言いたい。


なによりも、

早く出してくれないと、

私の持ってるアナログ盤が、


すり切れてしまうではないか…。



(つづく)



次回はいよいよ、

悲しい結末を迎える、

最終回です。


グシュン;。



SHUN MIYAZUMI


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June 29, 2007

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その2


<偉大なジャズメンたち・シリーズ>

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ その2


これは私見ですが、

私にとって‘最高のジャズ’とは、
次の4つの条件を満たしたもの、
を言います。

くどいようですが、
あくまで私見です。


1.強力にスイング(グルーヴ)する。

2.サウンド(ハーモニー)が斬新である。

3.インプロヴィゼーション(ソロにおける即興演奏)
  が、クリエイティヴ(創造的)かつ熱い。

そして、
私にとってはこれが最も重要なのですが、

4.文句無く楽しい!


この「サド・メル・オーケストラ」が、
私にとって‘最高のジャズ’たる所以は、

まさにこの4条件をすべて満たしてるから、
なんですね。

しかもすべてが、
トップ・レベルの水準で…。



1965〜66年頃。

それまで月曜日はお休みだったはずの、
ニューヨークのジャズ・クラブ・シーンに、
突如出現した、
謎のビッグ・バンド。

老舗ジャズ・クラブ『ヴィレッジ・ヴァンガード』
の月曜の夜に繰り広げられる、
今まで聴いたことのないような、
強烈なバンドの演奏(サウンド)は、

あっという間に話題になり、

ニューヨークのジャズ・ファンは、
この‘MONDAY NIGHT’
に殺到したのです。


T&M V.Vanguard

T&M M.Night


ここに掲載した2枚のアルバムは、
その時のライブを収録したもの。

その後10年近くにわたって、
世界のジャズ・シーンに君臨した、
この偉大なバンドの、

最盛期、最強メンバーによる熱い演奏と、
観客の熱狂ぶりが聴ける、
名盤中の名盤なのですが、

なぜか日本では、
CD化されておりません。


理由はわかりませんが、

「カウント・ベイシー楽団」や
「グレン・ミラー楽団」
のように、
リーダーはもとより、
メンバーが全員変わっていても、
いまだに演奏活動を続けているバンドと違って、

素晴らしいプレイヤーたちの、
‘個性’が創り出していた集合体であったこと、
その大半が故人となってしまったこと、

などにより、

「今更CDで出しても、
 売れるんかね。」

というレコード会社の判断なのでしょうか。


だとしたら、嘆かわしい…。



当時、
この「サド・メル」に狂喜したのは、

ジャズ・ファンだけではありません。

日曜日の昼下がりには、
ニューヨーク最大の公園、
『セントラル・パーク』
にも、ときどきその勇姿を現し、

全盛期には、
なんと50万人もの人が熱狂した、
と言われています。

いくら無料とはいえ、
およそ‘ジャズ’というジャンルで、
50万人もの聴衆を集める…。

そんなバンドは、

もはや空前絶後でしょうね。



さて、

このバンドの魅力は、
大きくわけて、
2つあります。


ひとつは、

サド・ジョーンズの作品の素晴らしさ。

前にも書きましたが、
彼の作・編曲家としての才能は、
ベートーベンを代表とする、
クラシックの偉大な作曲家と比べても、
なんらひけをとるものではありません。


もうひとつは、

個々のプレーヤーの素晴らしさ。

今、この2枚のアナログ盤に記された、
メンバー・プロフィールを見ているのですが、
改めて、

「よくもまあ、
 こんな凄いメンバーが揃ったことよ。」

と感心してしまいます。


ゆえに、
今聴き直しても新鮮かつ、

「これが40年も前の音楽か!」

と驚嘆してしまうほどの、
クォリティーなわけです。

……。


いかん、

ますます興奮してきた…。


(つづく)



さて、

今日、6/29(金)は、
2ヶ月ぶりに、

「学芸大 A'TRAIN」
ミッドナイト・セッションです。

偉大な先輩たちにあやかるべく、
熱い演奏になるといいなあ…。

お待ちしてます。



SHUN MIYAZUMI

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June 25, 2007

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ


いやあ、
忙しい一週間でした。

四国から帰ってから、
疲れをとる間もなく、
朝早くから夜遅くまで、

‘働きおじさん’の毎日。


で、きょうは久しぶりに、
待望のお休み、

ということで、

のんびり、
ブログの更新でも、

させていただきますか。



<偉大なジャズメンたち・シリーズ>

サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ


ML&TJ


もし私が誰かに、

「あなたにとって、
 最高の‘ジャズ’とは何(誰)ですか?」

と尋ねられたら、

私は迷わず、
こう答えると思います。

「それは、サド・メル です。」


1974年の春。

私の大学時代のサークル
「K大ライト・ミュージック・ソサエティ」
の卒業コンサートに、

あのサド・ジョーンズが来てくれたことは、
再三述べました。


実はあの翌日、
ところも同じ、
芝「郵便貯金ホール」では、

このサドがリーダーのビッグ・バンド、

「 サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ 」
(通称サド・メル)

のコンサートがあったのです。

もちろん私たちは、
全員揃って見に行きましたよ。


いやあ、凄かった…。


いまだかつて、
あれほど凄いジャズ・コンサートには、
お目にかかったことがありませんね。

あの時の感動と興奮は、
今も私のなかに、
強烈に残っています。

文句無く、

私の生涯ベスト・スリーに入る、

コンサートです。



カウント・ベイシー楽団の、
花形トランペッターとして、
名を馳せていたサドは、

一方で、
凄腕のコンポーザー&アレンジャー
としても有名な存在でした。

そして、

ベイシー楽団の仕事の合間を縫って、
新しい発想に基づく斬新な作品を、
せっせと書きためていたそうです。


ある日サドは、
それらの作品群を、
おそるおそる、
御大のベイシーさんに見せました。

しばらくの間、
それらのスコアに目を通していた
ベイシー親分は、

ため息まじりに、
こう言ったそうです。

「いや、実に素晴らしいよ、サド。
 でも、こりゃうちのバンドじゃどうかな…。

 これをやるには、
 もっと若くて、
 テクニックの旺盛なメンバーじゃないと、
 無理じゃなかろうか…。」


あの、
天下のベイシー楽団をもってしても、
完璧な演奏は不可能と思われるほどの、

高い水準の作品群だったわけですね。


ベイシー楽団を退団した彼は、
この音楽を世に問うべく、
あらゆる方法を模索。

そしてついに、
友人でもある名ドラマー、
メル・ルイスと意気投合。

当時、ニューヨークで活躍していた、
名だたるプレイヤーを、
ごっそり集めて、

リハーサルにまでこぎつけました。

1965年頃のこと。

ただし、
みんなバンド・リーダー級の連中ですから、
なかなかスケジュールが合わない。

みんな生活かかってますもんね。


ところが、

幸いにも、

当時、
ニューヨークのジャズ・クラブは、
月曜日がお休み。
(今は知りません)


そこで、
月曜日に集まって練習。

そしてそのまま、

有名なジャズ・クラブの老舗、
「ヴィレッジ・ヴァンガード」
に出演したところ、

またたく間に、
ニューヨーク子のハートを、
ガッツリとらえてしまいました。


これが、あの、

歴史的な、


『MONDAY NIGHT』


伝説の、


はじまりでした…。


(つづく)



サド・メルの話を始めると、
一回じゃ済まないだろうな、

とは思ってましたが、

やはり…。


ジャズに興味の無い方には、
申し訳ないのですが、

ま、私にとっては、
神のような存在ですから、

次回も、
勝手に興奮させていただきますが、

なにとぞ、


ご容赦…。



SHUN MIYAZUMI

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June 19, 2007

四国


この週末、
四国に行ってきました。

なんと30年ぶりです。


かつて、
「松山商業」というエッセイにも書きましたが、

私の母の実家は、
香川県の「庵治(あじ)」というところ。

「庵治石」と「平家の落人村」として有名な、
瀬戸内海に面した風光明媚なところ、

でした。


夏休みになると、
いつもこの‘おばあちゃん家’を訪れ、
美味しい‘瀬戸内の魚’や‘うどん’をいただき、
すぐ裏の海での海水浴や、
船を借り切って、瀬戸内の釣りに興じる。

これが少年時代の私の、
何よりの楽しみだったのです。


でも、
社会人になり、結婚をし、子供もでき、
仕事やら何やら追われるうちに、

気がついたら、

30年という、

膨大な時間が過ぎていました。


しみじみ感無量…。


ところで、

なんで行ったかといいますとね、

これまた、
エッセイ「松山商業」シリーズにも登場した、
私のひとつ年下のいとこ、

‘おさむちゃん’

の長男の結婚式に参列するため。

幸い、3日ほど時間が取れたので、
思い切って行くことにしたわけです。


で、せっかくだから、
飛行機じゃ味気ない。

懐かしい旅の景色を楽しもう、
と、新幹線で行ったわけですが、

あまりの速さに、

それどころではない。


昔だったら…、

朝の10時頃家を出発。
東京駅から岡山まで5時間半、
そこから、
ローカル線で宇野までタラタラと1時間。

さらに、
「宇高連絡船」という船に乗り換え、
瀬戸内の船旅が約1時間。

高松からタクシーに乗り約1時間、
険しい山道を越えると、
ようやく海が見えはじめ、

‘おばあちゃん家’に着くころには、
もう日が暮れかかってる、

といった感じでしたね。


ところが今回は、

私の家から新横浜まで30分。
すぐに来た「のぞみ」で岡山まで3時間。
「マリン・ライナー」という快速電車で、
瀬戸大橋を渡り、
高松まで1時間弱。

家を出てから4時間半後には、
もう高松駅にいましたよ。


そして、駅もその周辺も、

何もかもが変わっており、

まるで私は浦島太郎…。


そこから‘おさむちゃん’の車で、
海岸線を約20分も走ると、
なんとそこは、
もう庵治。

ところが、
家のすぐ裏に広がっていた海がありません。
(これも「松山商業」に書きましたね。)

あたり一面、
埋め立てられたあとに出来た、
住宅街。


……。


改めて、
30年という月日の長さを、

思い知らされました…。


さて、
翌日は朝から結婚式。

幸せそうな若いカップルを見るのは、
ほんとにいいもんです。

披露宴では、
‘おさむちゃん’に頼まれて、
一曲ピアノを弾きました。
(星に願いを)

ところが、

光栄にもアンコールをいただき、
さらにもう一曲。
(THE WEDDING)


そして、
幸せな気持ちと、
懐かしさと、
複雑な思いが交錯したまま、

きのう帰って来た、

とまあ、こういうわけです。


おさむちゃん、
おめでとう!

新郎のタケシ、
新婦のタカコちゃん、
お幸せに!

そして、
みなさんお疲れさまでした。

またひとつ、
素敵な思い出を、
ありがとうございました。


それにしても、

変わらないのは、

雄大な屋島と、
瀬戸内海の島々の静かな佇まいと、
海に落ちていく夕陽の美しさ。

源平合戦のころから変わらない、
風景ですかね。


30年か…。


長いなやはり……。



SHUN MIYAZUMI


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June 14, 2007

サド・ジョーンズ その2


6/11(月)をもちまして、

1年2ヶ月に及んだ、
恒例「 六本木 ALL OF ME CLUB 」の、
ピアノ・トリオ・ライブも、

ひとまず終了の運びとなりました。


最後にふさわしく、
本当にたくさんのお客さんが、
駆けつけてくださり、

感無量です。

グシュン;。


いつも歌いに来てくれた、
若手シンガーのみなさん、

常連の佐藤さん、

高校時代の学友のみなさん、

社長以下、
お店の従業員のみなさん、

ありがとうございました。


しばらく休憩したあと、
またなにか、
おっぱじめるつもりですので、

そのときはまた、

よろしく、

で、ございます。


さてさて、

前回から始めた、

「 偉大なジャズメンたち 」

シリーズ2回目。



サド・ジョーンズ その2


1974年の春。

私たちの卒業コンサートに来てくれた、
偉大なジャズメン&コンポーザー、

サド・ジョーンズ。

T. J.

(おそらく、
 サド・メル・オーケストラを指揮してるもの。
 ガッツ石松ではありません。)


彼に会えただけでも幸せなのに、
その数週間後に発売された、
ジャズ専門誌
『 スイング・ジャーナル 』で、
彼によって書かれた、
このコンサートの感想文を読んでビックリ!

私は狂喜しましたね。

要約すると、
こんな内容です。


「先日、日本を代表する、
学生ビッグ・バンドの演奏を数曲聴いた。

 正直、日本の学生ジャズ界の
 水準の高さに驚いた。

 特にリズム・セクションは、
 世界的レベルだと思う。」


ビッグ・バンドにおけるリズム・セクションとは、

ピアノ、ベース、ギター、ドラム
のことを言います。

ということは…?

私も入ってるじゃありませんか!

お世辞とはいえ、
嬉しくないわけがありません。


大学4年当時、
私の両親は、
またしても父親の転勤で、
金沢にいました。

私は興奮気味に電話で、
このことを母に伝えました。

すると母は、
さっそく本屋に行ったそうです。

そして、
『 スイング・ジャーナル 』を見つけ、
そのページを一生懸命探した…。

ところが!

周りにいた若者たちが、
不思議なものでも見るかのように、
ジローっと母を眺めていたそうなんですね。


アハハ、

そりゃそうだ。

ネギとか、
大根とかが、
にょきっと出てる買い物袋を持った、
‘普通のおばさん’が、

こともあろうに、

ジャズ専門誌
『 スイング・ジャーナル 』を、
立ち読みしてる。

確かに、
ちょっと不思議な光景ですわね。


その若者たちは、
こう思ったでしょうね。

「 このオバハン、何者? 」

さすがに母も、
いたたまれなくなって、

そそくさと店を出たそうですが。

……。



ま、そんなことはさておき、

話をサド・ジョーンズに戻しましょう。


トランペッターとしても有名な彼ですが、

それにも増して彼の、

コンポーザー(作曲家)
アレンジャー(編曲家)

としての才能は、

今なお、
ジャズの歴史に燦然と輝く存在、
ではないかと、
私は思っております。


というより、
私から見れば、

ベートーベンやブラームス、
マーラーやバルトークやストラヴィンスキー、
などと比較しても、
決して劣るものではない。

ジャズに限っても、
わずかにデューク・エリントンくらいが、
比較対象かな、
と思えるほど、

それほど私は、

彼の音楽を崇拝しております。


その彼の才能が遺憾なく発揮されたのが、

あの伝説のビッグ・バンド、

『 サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ 』


通称、サド・メル。


次回は、この、
サド・メルの話を、

熱く語ってみたいと思います。

というより、


語らせて下さいな。



SHUN MIYAZUMI


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June 08, 2007

サド・ジョーンズ

6/6(水)の「 代々木ナル 」
『 jammin' Zeb 』ライブにお越しのみなさん、
ありがとうございました。

予想をはるかに超えるお客さんの入りで、

立ち見を余儀なくされた方、
また今回も、
お断りをせざるを得なかった方、
大勢いらっしゃいました。

この場を借りまして、
深くお詫びを申し上げます。

今後、一人でも多くの方に、
ますます楽しんでもらえるよう、
ライブ・プランを
しっかり立てなくてはいかんなあ…。


と、大いに肝に銘じたところで、


きょうは、


新シリーズ

『 偉大なジャズメンたち 』


私の大好きな、偉大なジャズメンと、
それにまつわるエピソードなどを、
私らしく、
面白可笑しく書いてみたいと思います。


その一回目は、


『 サド・ジョーンズ 』


エッセイ「 ジャズまくり時代 」の最終回で、
私の学生生活最後の演奏会
「 K大ライト・ミュージック・ソサエティ 」
の卒業コンサートの写真を掲載しました。

1974年3月のことです。

場所は、
芝「 郵便貯金ホール 」


実は、この会場には、
ひとりの偉大なジャズメンが、
お客さんに混じって、
私たちの演奏を聴いていました。

その人の名は、

サド・ジョーンズ!
( Thad Jones:1923-1986 )


50年代には、
カウント・ベイシー楽団の名トランペッター、
兼、凄腕のアレンジャーとして大活躍。

その後コンボでもいくつかの名盤を残し、
66年に、あの伝説のビッグ・バンド
『 サド・ジョーンズ & メル・ルイス・オーケストラ 』
を結成。

全世界を興奮の渦に巻き込んだ、
偉大な偉大なジャズメンです。


このサド・ジョーンズ。

有名な「 ジョーンズ3兄弟 」のまん中。

お兄さんが、
名ピアニストのハンク・ジョーンズ

弟が、
ジョン・コルトレーン・カルテットのドラマー、
エルヴィン・ジョーンズ

まったくもって、
凄いファミリーですね。


折しも彼は、
この『 サド・メル(通称)オーケストラ 』
を率いて来日中であり、

そこを、
日本における友人で、
我がライト・ミュージックの名誉会長でもある、
牧田清志医学部教授が、
(「牧 義雄」というペン・ネームで、
  ジャズ評論家としても有名 )
コンサート会場に連れて来た、

とまあ、こういうわけですね。


私たちは、
何も聞かされてなかったもんですから、

コンサートが終わって、
幕が下りたステージ上に突然、
彼が‘満面笑み’で現れたときは、
本当にビックリしました。

これはそのときの写真です。


with TJ 1

画面向かって右端にボンヤリ写ってるのが私。
画面向かって、サドの左で大笑いしてるのが、
今も私のベースの相棒、河野秀夫氏。


ええい、もう一枚。

with TJ 2
          【拡大版

画面向かって、
サドのすぐ右下にいる美少年(?)が私。
画面下のほうに牧田先生。
右のほうには、
やはりライトの先輩で、ジャズ評論家の、
いそのてるヲ氏と本多俊夫氏の姿が…。


それにしても、

私たちのアイドル、
憧れの、サド・ジョーンズさんは、
スターぶらない、
本当に気さくな人でしたね。

終始ご機嫌で、
我々一人一人に、
暖かい激励の言葉をかけてくださいました。

「良かったよ、良かったよ、ウンウン。」


さらに、

それから数週間後に発売された、
ジャズ専門誌
『 スイング・ジャーナル 』には、

このコンサートの感想記が、
彼によって書かれていたのですが、

そこには、

私(たち)を狂喜させるような内容が、


書かれてあったのです…。


(つづく)


さて、6/11(月)は、
六本木「 ALL OF ME CLUB 」にて、
ピアノ・トリオ・ライブです。

「 ライブのご案内 」にも書きましたが、
種々の事情により、
このライブは、
今回をもちまして、
しばらくお休みとします。

ということで、

最後にふさわしく、
ガンガン盛り上がるつもりです。

歌手のみなさんも、
どしどし歌いに来て下さいね。


ところで、

私の思い出の写真ときたら、
圧倒的にモノクロが多いですね。

もうカラーはあったと思うのだが…。


ううむ、

年を感じる…。



SHUN MIYAZUMI



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June 03, 2007

国技館

きのう(6/2)は、
さながら『相撲デー』

旭鷲山の「引退・断髪式セレモニー」

Kokugikan 2

Kokugikan 1

私は、
朝の9時から夕方6時頃まで、
ずっと『両国国技館』にいました。


午前11時半。

光栄にも、
jammin'Zeb の「君が代」から、
セレモニーは始まりました。

場内が暗転になり、
その後司会者の紹介とともに、
土俵上のジャミンにスポットがあたる。

美しかったですよ。

そして、

実に立派に歌ってくれましたね。

館内は割れんばかりの拍手、歓声。


Kokugikan 3


さあ、この日の仕事はこれだけ。

午前中で終わり。


あとは、ジャミンとともに、
一般のお客さんに混じって枡席で、
「断髪式」「幕内力士の取組み」、

そして、久しぶりに揃った、
‘東西の’横綱による「土俵入り」
(白鵬はこれが「国技館」初の土俵入り)

などを堪能させてもらいました。

やはり横綱は、
二人いないとつまらないな、
などと思いながら。


Kokugikan 4
   (旭鷲山関の髪を切る新横綱・白鵬)

Kokugikan 5
        (横綱対決!)


その後パーティーにも参加。

間近にいる「朝青龍」「魁皇」「白鵬」
といったスーパー・スターたちを見て、
まるで子供のようにはしゃぐジャミンの連中。

「アハハ、まったく子供なんだから。
 しょうがないなあ。」

などと、大人ぶって、
ニコニコしていた私ですが、
実はこっちも童心に帰って、
すっかりミーハー気分。

内心はドキドキと興奮のひととき。

ジャミンに悟られないように、

「あっ、魁皇だ!大きいなあ。」
「あれはかつての横綱、旭富士ではないのか。」
「安馬ってけっこうデカイなあ。」

などと、赤ら顔で、
秘かにときめいていたのですが、

ジャミンは知るまい。

ウッシッシ。


おっと、もうバレたか…。


でも、

私だけではありませんよ。

なぜか乱入してきた、
私より年上の‘栗ちゃん’も、
童顔だけど、けっこうなお年の、
‘湯浅のショーちゃん’も、

いい年して、
子供のようにはしゃいでいました。


プロフィールにもあるように、
実は私は、
相撲も大好き。

歴代横綱がスラスラ言えるくらいの角通。

そして、
ナマの相撲は、
本当に久しぶりだったのですが、

この日、
私はふたつのことを再認識しました。


ひとつは、

今や相撲界は、
完全に‘モンゴルの時代’
であるということ。

館内には
「モンゴル語」が飛び交ってました。

日本のデブの若者諸君、
もっとガンバレ!


もうひとつは、

お相撲さんというのは、
いくつになっても、
我々男子を、
‘少年’に戻らせてしまう、

ということですね。

不思議です。


そんなわけで、

いい一日でした。


また、行きたくなりました。

どなたか誘って下さい。


できれば今度は、


「砂かぶり」の特等席で…。



SHUN MIYAZUMI

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April 04, 2007

あっと驚くタメゴロ〜〜♪


ここんとこ、

植木等さんを偲んで、

昔の映画
『無責任シリーズ』
ばかり観ております。

バカ笑いしたり、
感傷的になったりしながら…。

でも今観ても、やっぱ最高!


かつてこのエッセイでも書きましたが、
『クレージー・キャッツ』というのは、
ある種‘時代の寵児’でしたね。

強烈な存在でした。

そんなとき,
今度はふと、
リーダーのハナ肇さんが演じるところの、
ある強烈なキャラクターを、
思い出してしまいました。


これも高校のときでしたが、

ある日、
それまでのTVの常識をはるかに超えた、
90分という長さの、
とんでもないバラエティー番組が出現。
しかも生放送。

洒落たギャグやコントの連発に、
それこそ90分笑いっぱなし。

明日は試験だっちゅうのに、
あまりの面白さに、
「あと少し…。」
「このコントだけ…。」
と、自分に言い聞かせながらも、
結局は最後まで見るハメになる困った番組。

それは、

『巨泉・前武のゲバゲバ90分』(日本テレビ)


こりゃホント傑作だった。


そのなかで、

ひとつのコントが終わって、
CMの直前になると、
突如、変なオヤジが登場する。

ときにはドテラを着、
ときにはヒッピーの格好をし、
TVの前に座り、
この『ゲバゲバ』を見ながら、
大笑いしている。
(最初はいつも向こう向き)

そして、突然こちら側を振り向き、
こう叫ぶのです。


「あっと驚くタメゴロ〜〜〜♪」


これだけ…。

これだけなのに抱腹絶倒。

そしてこれが‘ハナ肇’。


で、先週の金曜日のこと。

まさにこの‘タメゴロー’も真っ青の、

あっと驚くことが、

あったのです。


「A'TRAIN」のライブの前に、
腹ごしらえと景気づけの一杯のために、
学芸大の、
とある小料理屋に飛び込んだ
私と友人の栗ちゃん。

いつもはすいてるお店なのに、
この日はけっこう混んでいて、
カウンターの席に案内される。


そこへ、ひとりの小柄な老人が現れ、
「ここ、空いてますか?」

「ええ、どうぞどうぞ」
と、隣りの席の荷物をどける私。

そしてこの人、
日本酒の熱燗と‘しめさば’を注文。
美味そうに飲みながら、
「こちらは、はじめてですか?」
と気さくに話しかけてくる。

「いや、ときどき来るんですがねえ。」
と私。

「そうですか、
 私は週に5回は来てるんですよ。
 なにせ3年前に女房に死なれて、
 人恋しいってやつですかね。」
と、その老人。

「そうですか。そりゃお寂しい。」
と私。

「でも、一人暮らしも
 けっこういいもんですよ。
 ま、最近年のせいか
 耳が遠くなった以外は、
 いたって元気ですからね。」
と言い、
たちどころに2本目の酒を注文。

いたって明るい。

確かに、耳に補聴器は付けている。
しかし、肌の色はつやつやで、
おつむりは薄いものの、
シワひとつなく、
しゃべる言葉も実に明晰。

ま、70才くらいか、
ひょっとすると60代後半かな、

と、私は思いましたね。

毎日欠かさず、
日本酒5合は飲んでると言うし、
引退して悠々自適の初老の人、
くらいにしか思わなかった。


ところが私が、
「奥様はおいくつで亡くなられたんですか?」
と聞いたところ、

この人、
「ええ、88才でした。」
と答えた。

「ん……?。
 じゃ、先輩はおいくつなんですか〜?」
と、おそるおそる聞くと、

この人、平然と、

こう答えたのです。


「この間、101才になりました。」


なぬっ!?

ひ、ひ、

101才…?


「あっと驚くタメゴ〜ロ〜〜〜〜〜♪」


あたしゃ確信しましたね。

このひと絶対、
ギネス・ブックに載りますよ。

だって、まだ20年くらい、
軽くいけそうだもん。


いやあ、元気をもらいました。


この人に比べたら、
私なんてまだ、
鼻タレ小僧。
青春まっ盛り。

人生これからだ、
と思った。

「酒は百薬の長。」
とも、おっしゃってたし。

ときどきお会いしなくちゃ…。


というわけで、

4/6(金)は『SUITE VOICE』

4/9(月)は『ピアノ・トリオ』

ともに、
「六本木 ALL OF ME CLUB」
でのライブ。
(詳細は「最新ライブのご案内」に)

どうぞ、青春まっ盛り(?)の私の、
溌剌としたプレイを、
聴きにいらして下さいませ。


それにしても、

ホント驚いたぜ、タメゴローよ…。



SHUN MIYAZUMI


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March 17, 2007

わかっちゃいるけどやめられねえ


きのう、

2007年3月16日(金)の日記。


今日は、久しぶりに、
これといって何もない日なので、
ゆっくり昼頃起きる。

今週もなんだか忙しかった。

それに、
この2週間のライブ・ラッシュの疲れが、
まだ残ってる。

やはり年かな。

ま、
月末の「A'TRAIN」までライブはないので、
しばらくはピアノの鍵盤を見るのもやめよう。

休養だ、休養。

と、

仕事の業務連絡を何本かしたあと、
午後は散歩をしたり、
昼寝をしたり、
のんびり過ごす。


夜は「代々木ナル」へ。

美人若手シンガーの大城蘭嬢を、
ママに紹介。
ついでに、5/22「 jammin' Zeb 」
ライブの打ち合わせ。

そこへ友人の栗本さんが合流。
3人で「代ナル」でメシを食う。

いつもは出演者なので分からなかったが、
ここの料理は、
こんなに美味かったのか。


そして、きょうのライブは、
なんと、CHIHARU(チハル)だった。

私の大好きなジャズ・シンガーだ。

共演は、

先週も一緒にライブをやり、
そのあと中野の「焼き鳥屋」で朝まで痛飲した、
パーカッションのはたけやま裕。

それに、初めてだけど、
城田有子さんというピアニスト。

で、どちらかというと、
ラテン&ポップスがメインのライブ。
金曜日ということもあって、
ほぼ満席の盛況。

私とやる時のCHIHARUは、
ジャズ・スタンダードばかりなので、
「こういうCHIHARUも新鮮だなあ。」
と感心。

それにしても、
やっぱ彼女はうまい。
最高だ。

蘭ちゃんも、びっくりしていたなあ。


2ステージをたっぷり堪能したあと、
9時半頃店を出て、
蘭ちゃんと別れて、
栗ちゃん(栗本さん)と学芸大へ。

ちょっと飲み足りないので、
栗ちゃんと二人で、
「きんちゃん」でさらに食ったり飲んだり。
ここも、
安くて美味くて大好きな店。


12時頃栗ちゃんと別れ、
いつものように、
ひとりで「A'TRAIN」へ。

金曜日なので、
ここもほぼ満席。

常連の仲間たちと、
楽しく語らい、2、3杯飲んで、
「今日は休養日のつもりだから、
 飲み過ぎないうちに早く帰ろう。」

と、勘定を払ったところへ、
私の相棒のベーシスト、
エディー河野こと河野秀夫が来る。

「えっ、もう帰んの。」
と河野。
「じゃもう一杯だけ」
と私。

「しかし、激しいライブ週間だったなあ。」
と河野。
「そうそう、少し休めないと、
 俺のスポーツ・ピアノはきついよ。」
と私。
「そうだよ、もうそんなに若くないんだから、
 適度な間を空けてやんなくちゃ。」
と河野。

などと、30分ほど語らい、
「じゃ、今度こそ帰ろう。」
と席を立ちかけた1時半頃、

なんと、CHIHARUが来た。


「おや?
 面子がそろっちゃいましたよ…。」

と思うまもなく、

河野さんは、
もうベースの支度をしている。

CHIHARUも、なんだか、
やる気まんまんの表情。

「じゃ、久しぶりにやるかー。」

と、
1/31「代ナル」以来の3人で、
セッションが始まってしまった。


さあ、もういけません。

なんたって、
このメンバーで始まったら、

もう止まりません。

アドリブの応酬。
ほとんどバトル。
スイング!スイング!


で、結局、

10分くらいの休憩を挟んで、
3時頃まで1時間半、

「代ナル」一晩分くらいのライブを、
やってしまった。

お客はみな、ヤンヤヤンヤ。
「きょうは来て、得した。」
と口々に。

そりゃ、そうだ。
ノー・チャージで、
CHIHARUが聴けたんだから。


その後、みんなで飲みまくり。

そのうち、

「うちは2時閉店なんだから、
 もう、みんな、お願いだから、
 帰って〜〜〜〜〜。」

というマスターの悲鳴が、
何度も聞こえたので、

「しょうがない、帰るか。」
と、店を出たのが4時。

この日のCHIHARUは、
二晩分のライブをやったことになるな。

でも、
「まだ歌い足りな〜〜い。」
って顔してた。

おそるべきやつだ…。

若さか。

きょうの私は、


廃人だというのに…。


それにしても、
「わかっちゃいるけどやめられねえ。」
とは、よく言ったもんだ。


ジャズは麻薬だな。


(おしまい)



というわけで、

エッセイのつづきは、
次回にします。

一回とばし。



SHUN MIYAZUMI


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February 26, 2007

MINT JAMS その2


金曜日の「学芸大 A'TRAIN」ライブ。

いやあ、
‘狂乱の夜’とは、
まさにこのこと。

お店がパンクするんじゃないかと、
心配になりました。

でも、ありがたいことです。

感謝…。

また、来月も、
盛り上がりましょうね。


それにしても、

どんどんヒート・アップする、この夜。

……。



さて、

カシオペア『MINT JAMS』
のお話のつづきです。


2日間にわたって行なわれた、
築地「中央会館」でのライブ録音。

熱狂的なお客さんの後押しもあって、
素晴らしい演奏が収録できました。

その中から、
7曲ほど選び出し、
さらに、演奏の出来のいい方を選び、
(2日間、同じメニューでしたから)

今度はスタジオで、
仕上げ(MIX DOWN)作業。


ここからは、
さも「スタジオ録音」のような、
クオリティーの高い、音作りを目指します。

というか、
これこそが、

この企画の重要なところ。

単純な「ライブ・ミックス」ではない。

私も、
かつて経験したことがない作業。


まずは、
ホールの残響、拍手、歓声、
これらをすべてカット。

しかし、それだけでは、
せっかくのライブ演奏の迫力、
臨場感が出ないので、

これ以上レベルを上げると、
拍手、歓声が再び聞こえてしまう、
ギリギリのところまで、
ホールの残響を戻していく。

しかも、
個々の楽器の音質は落とさずに。


このあたりの、
エンジニア吉沢さんのお手並みは、
それは見事なものでした。

吉沢さんといえば、
「赤い鳥」「ガロ」「ユーミン」「Y・M・O」
などなど、

アルファの歴史の根幹をなす、
重要な作品、アーティストにすべて関わった、
天才エンジニア。


そして、彼が
「300人くらいのホールが一番いい。」
と言ったのも、
ここへきて納得。

大きなホール、大観衆では、
ドラムにかぶった残響を消すことが、
困難になるんですね。

ステージの高さ、
ステージと客席の距離、
ホールそのものの残響、

いろんな条件を考えての、
会場選びだったのです。

やはり、天才は違う!


余談ですが、
ライブ初日、MCの向谷実(キーボード)が、

「きょうのライブはレコーディングされます。
 みんなの歓声がレコードになります。
 みんな盛り上がっていこうぜー!!」

と言ったのは、

大ウソです。


さあ、今度は、
ひとつひとつの楽器の音を、
入念に作っていく。

ライブの迫力を残しつつも、
スタジオ録音に負けないような、
高度で良質なサウンドを目指して。

スタジオにある、
高価なリバーブ装置、エフェクター、
などなど、
ありとあらゆる機材を使っての音作り。

ドラムのサウンド作りだけで、
3日くらいかかったんじゃないかな。


こうして、
スタジオに缶詰になること、
丸一週間。

「これだ、これこれ。
 これがカシオペアだ!」

と思える作品が出来上がりました。

大満足。


さあ、今度は、
「価格をいくらにするか」
で、アルファの会議は大モメ。

「これだけ立派なものが出来たんだから、
 堂々と、通常価格の
 ¥3,000でいいではないか。」
という意見と、

「いくら演奏がいいとはいえ、
 すでに既発売の楽曲ばかりだし、
 アレンジも、
 そう変わってるわけではないのだから、
 ¥3,000は高い。

 今までのファンの皆さんには感謝の意味で、
 また、これからのファン拡大のためには、
 買いやすい¥2,000でいくべき。」

という意見に、

まっぷたつ。

(実際「ASAYAKE」なんて曲は、
 早くも3度目の登場ですからね。)

結果は、
「AD-LIB」編集長などの助言もあって、
¥2,000というお買い得価格に決定。


となると、
レコード会社(アルファ)としては、
そんなに利益をあげられない。

したがって、
ジャケットにもあまりお金をかけられない。

「¥3,000でいこう」
を強く主張していた、
社長の村井(邦彦)さんなどは、
ちょっとスネた感じで、

「その辺のひとに、
 パパっとイラストでも画いてもらったら、
 いいんじゃないのぉ。」


私も、¥2,000支持派でしたから、
「ま、このくらいは譲歩するか。」

と、ほんとにその辺の誰かに
画いてもらった。

安く。

で、誰だったんだろう?

忘れてしまいました。


前にも言いましたが、
私はレコード、CDの類いの管理が、
きわめて悪く、

自分の作ったものですら、
持っていないものが数多い。

この『MINT JAMS』も、
見つけることが出来ませんでした。

ひょっとすると、
リーダーの野呂一生かなあ。

彼は画もうまかったから。

誰か覚えてるひとがいたら、
教えて下さい。

(ジャケットは前回のエッセイに
 掲載してあります。)


そんなわけで、

だまてらさんが、コメントで指摘した、
「手抜きっぽいジャケット」というのは、

ある意味、正解なわけです。


さあ、とにもかくにも、
こんな感じで、
めでたく発売と相成りました。

そして、

本当によく売れました。


さらに、このアルバムは、
イギリスでも発売され、

この後の「ロンドン公演」や、
「ヨーロッパ各地のジャズ・フェスティバル」
などでの、
記録的な大成功につながっていくのでした。

めでたし、めでたし。


さて最後に、
(あともう少しのご辛抱)

この『MINT JAMS』という
アルバム・タイトルについてひとこと。


これを考えたのは、
当時アルファの「海外担当」として勤務していた、
エドワード・リーマン君というイギリス人。

MINT:ハッカ
JAMS:(ジャズ)即興的なライブ演奏をする

‘ジャム・セッション’なんて、
ジャズの世界ではよく言いますよね。

まさに、このアルバムの内容にピッタリの、
素晴らしいタイトルだと、

海外スタッフの間でも大受けでした。


しかも、これ、
メンバー4人のイニシャルで、
構成されているのです。

Issei Noro:野呂一生(ギター)
Minoru Mukaiya:向谷実(キーボード)
Tetsuo Sakurai:桜井哲夫(ベース)
Akira Jimbo:神保彰(ドラムス)


リーマン君、
お手柄でしたね。


ああ、長くなった。

だまてらさん、
こんなところです。


しかし、この話。

カシオペアを知らないひとや、
興味のないひとには、

つまらなかったかもしれませんね。


ま、

私だって、
  
たまにはちゃんと仕事をするんだぞ。

というところも、


見せないと…。



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 10:32|この記事のURLComments(12)TrackBack(0)

February 23, 2007

MINT JAMS


きのうの「 代々木ナル 」

なんだか、
またまた、

盛り上がっただなあ〜。


みなさん、
ありがとうございました。

佐藤有介(ベース)
イェ〜イ!

お前はやっぱりいいぞ!


ちゅうまけいこ(ヴォーカル)
可愛〜〜〜い!


ということで、
このセッション、


5 / 8(火)に再演でございます。

今回、お見逃した方、

ぜひ!!



さて、今日は、

「 カシオペア・デビューよもやま話 」
の番外編として、

彼らの数多くのアルバムの中で、
最も人気の高いもののひとつ、

『 MINT JAMS 』


このアルバムについて、
お話をしたいと思います。


Mint Jams


これは、彼らにとって、
7枚目か8枚目のアルバム
だったと記憶しているので、
1982、3年頃の作品でしょうか。

ちょうど彼らの人気が絶頂に達しようかと、
いう時期ですね。

そして、この作品は、

「 ライブ盤 」といえば「 ライブ盤 」だし、
そうではないといえば、
そうではない、

という、

妙チクリンなもの。


この頃の彼らは、

年に2枚のペースで、
オリジナル・アルバムを作り、
そのニュー・アルバムをひっさげて、
全国4、50ヶ所のライブ・ツアーを、
年2回行なう、

という、
驚異的なスケジュールを
繰り返していたのですが、

そのうちに私は、
ある種の‘もどかしさ’を覚えるように
なっていました。


どういうことかと言いますと、


カシオペアというのは、
圧倒的なライブ・バンドでしたから、

コンサートを繰り返すうちに、
演奏がどんどん良くなっていくんですね。

当たり前といえば当たり前ですが…、

彼らの場合は特に‘そう’。


毎回、
ツアーの最後のほうになると、

「 ああ、今のこの演奏で、
 もう一度全部録り直したいなあ。」

という欲求がつきまとう。

この‘もどかしさ’の連続であったわけです。


そのうち、

「 この、熱気溢れるライブ演奏と、
  スタジオ録音の緻密さが一緒になったもの、
  そんなアルバムが出来ないかなあ…。」

「 でも単純なライブ盤だと、
  音が悪くて売れないし…。」


そんな漠然とした思いが、

次第に現実のものとしてどんどん膨らみ、

ついに、

このアルバムの企画が生まれた、

と、こういうわけです。


さて、

この企画を、
社内の会議で通すと、
私はまず、
ライブ会場を探すことから始めました。


いつも私とコンビを組んでいただいてた、
エンジニアの吉沢(典夫)さんの助言によると、

300人くらいのホールが、
音響的には、
いちばん録音に向いている、らしい。


そこで私は、
都内及び東京近郊にある、
その規模のコンサート・ホール情報を、
たくさん取り寄せ、

その中から、
良さそうな数カ所を選び、
吉沢さんと一緒に下見。

その結果、

残響その他、
いろんな条件にピッタリということで、

築地にある、
「 中央会館 」という古びたホールで
2日間興行をやることにしました。


さあ、今度は集客の問題。

当時の彼らは、

東京だと、
「 NHKホール 」(4,000人収容)2日間が、
あっという間に完売、

という人気でしたから、

通常のインフォメーションだと、
大混乱になるおそれがある。


そこで、

ファン・クラブ会員だけを対象に、

「 ハガキによる応募。
  抽選により、600人(2日間で)を無料招待。」

という形でいくことに。


そして、
コンサート内容は、
まったく通常のライブと同じやり方。

人気のある楽曲を中心に、
1時間40分のプログラムを組み、
MCもいつものような感じで、
2日間同じライブをやる。

それをそのまま録音。


お客さんは熱狂しましたねえ。


降って湧いたような企画。


彼らもいつも通り、
熱い、素晴らしい演奏を
繰り広げました。


さあ、今度は、

その中から、
ベストな楽曲、演奏を
7曲(だったかな?)選んで、
スタジオに持ち込み、

手直し、オーバー・ダビング一切無し。

拍手や歓声は全部消して!

一日一曲のペースで、
スタジオ録音のような緻密さで、

『 MIX DOWN(ミックス・ダウン)』

(この‘MIX DOWN’の説明は、
 過去ログ、「 ベナード・アイグナーの思い出 」
 を参照してください。)

をするのですが…。


やっぱり長くなってきましたねえ。

2回に分けましょう。

ということで、

次回をお楽しみに!


(まだ、だまてらさんの質問に、

 全然答えてないし。)



(つづく)



さあ、きょうは、

学芸大「 A'TRAIN 」

ライブ。


連ちゃんだ。


盛り上がりまっせえー。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 12:10|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)

January 16, 2007

臨時ニュース!


きのうの訃報から一転。

きょうは素敵なお知らせです。


このブログでもご紹介し、

そのレコーディング秘話、
名古屋 ↔ 東京 ‘珍道中’ のあれこれを、
エッセイ「 名古屋ケントス1〜10
にも書きまくった、

あのオールディーズ・バンド!


Revels.CD


『 gemi II with REVELS 』

が、


なんと、


1/26(金)

TBS『 筑紫哲也 NEWS 23 』

に出演します。


しかも、
彼らのホーム・グラウンド

「 名古屋ケントス 」

からの生中継で、
2曲をご披露。


もちろん全国ネットです。


おおよその時間帯は、
24:20〜24:30
(つまり、明けて1/27ですね)

どうぞ、ご覧になって下さいませ。


ただし、

私はその時間、

「 学芸大 A'TRAIN 」

で、

狂乱ライブの真っ最中。


ビデオを仕掛けて、
臨もうかと思ってます。

ライブにいらっしゃる方は、
どうぞビデオのご用意を!


毎日、こんなニュースばかりだと、

いいなあ…。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 13:19|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

January 15, 2007

哀悼 マイケル・ブレッカーさん

今朝の新聞を見てビックリ!

「名テナー・サックス奏者の、
 マイケル・ブレッカーさん死す」

とある。

まだ57才。

若い、若すぎる…。


私はかつて、
アルファのディレクター時代に、
「深町純&ニューヨーク・オールスターズ」
というライブ・アルバムを作ったことがあります。


NYAllStarsLive


「ニューヨーク・オールスターズ」


今思い出しても、
すごいメンバーでした。


ランディ・ブレッカー(TP)
デヴィッド・サンボーン(AS)
マイク・マイニエリ(VIB)
スティーヴ・カーン(G)
リチャード・ティー(P)
アンソニー・ジャクソン(B)
スティーヴ・ガッド(D)

そして、このマイケル・ブレッカー(TS)


フュージョン時代を先駆けた、
スーパー・スターたち。

この手の音楽が好きなひとが見れば、
信じられないような顔合わせでしょう。


これを他に例えると、
アメリカのバスケット・ボール協会(NBA)が、
バルセロナ・オリンピックに送り込んだ、あの

「ドリーム・チーム」

そんなイメージでしょうか。


いずれにしても、
すごい顔ぶれでしたね。

演奏もすごかった…。


毎日、
それこそリハーサルから、
彼らの演奏を間近に聞くことができ、
本当に幸せな仕事だったのですが、

このマイケルさんのプレイも、
それはそれは素晴らしいもの。

「火を噴くサックス」
とはこのことですかね。

フレーズ、音色、テクニックetc.

格の違いを見せつけられたものです。


グラミー賞を11回も取ってるんですね。


謹んで、
ご冥福をお祈りいたします。


きょうは「私をスキーに連れてって」
の続編を書こうと思ったのですが、

思わぬ訃報に接したゆえ、
おバカな話はやめておきます。

一日、喪に服することにしました。


合掌。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 12:13|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)

January 04, 2007

私の10大ニュース 2006

Oshogatsu 1

みなさん、

明けましておめでとうございます。

お天気にも恵まれ、
穏やかな、
いいお正月だったのではないでしょうか。


というわけで、

今年もみなさんにとって、

素晴らしい一年でありますように!


私も、
プロデュースにライブに、
例年以上に、がんがん行きますよー。



そんな私のブログ、

今年最初の更新は、


『 私の10大ニュース 2006 』!


2006年の私は、
どんな年だったのでしょうか?

これをいってみたいと思います。


1.『健康診断で、すべての値が正常。
  医者から、「こりゃ30代の人の数字ですよ。」
  と言われた!』

 (11月のエッセイ「ホームズとポワロ その2」参照。)

  ただしその後、別の検査で、
 「血圧は相変わらず高い」と診断されました。
  世の中そんなに甘くない…。


2.『長年の宿敵、ピロリ菌退治!』(7月)

  しかし、その間、
  一週間に及ぶ「禁酒生活」は地獄でした。
  ワールド・カップがなければ死んでいた!?


3.『このブログの、一日の訪問者数が、
  170を超える日があった!』

 (9月。「白線流し(学園紛争 最終回)」の直後。)

 「おおッ、俺の読者も増えたものよ。」
  と喜んだのもつかの間、
  その後の調べで、
 「TOKIO 長瀬」や「松山商業」
  の検索で引っかかったのが大半、と判明。
  ガクッ。


4.『学芸大「BOOK OFF」の“お年玉抽選会”で、
  なんと「特賞」が当たる!』(1月)


  店員の、
 「おめでとうございます。特賞です!」
  のひと言で、
  店内にいた客が一斉にこっちを見る。
  なんたる優越感!
  しかし賞品は、ただの「マガジン・ラック」。


5.『韓国の歌姫「WAX」に‘ガチョ〜ン’を教える!』

  彼女には他にも、‘なぬッ’ ‘こりゃ一本とられた’
  などなど、変な日本語をいっぱい教えました。
  実に見事にやってのける、
  私の可愛いギャグの弟子です。

  今年は彼女を唄でヒットさせ、
  同時に変な‘新語’をもあみだして流行らせ、
 「流行語大賞」を狙うつもりです。


6.『敬愛する青島幸男さん亡くなる!』(12月)

  エッセイ、
 「クレージー・キャッツのお話続編最終回
  でもさんざん書きましたが、
  この人は本当に天才でした。
  もちろん‘ガチョ〜ン’も彼の作。
  ある時期、政治家になったのだけが惜しいなあ。
  合掌!


7.『ジダンの頭突き!』
 (7月。W杯決勝、対イタリア戦での出来事。)

  これを見て、
  我々には分からない、人種差別の根深さを、
  まざまざと思い知らされたのでした。
  なくそう「人種差別」! 
  なくそう「いじめ」!
  なくそう「お腹(なか)のぜい肉」!


8.『BS番組が見られなくなった!』(夏頃から)

  となりの駐車場に突如現れた一本の木。
  私の家のBS電波を見事にさえぎり、
  冬になってもその葉っぱは、
  青々と茂っております。

  おかげで、私はBS番組が見られなくなった。
  4月のMLB開幕までには、
  なんとかしないと…。(切実)


9.『六本木「三州屋」閉店!』(12月)

  芋洗い坂にあった、
  魚の美味しい、大きな居酒屋「三州屋」が、
  突如閉店してしまいました。
  あの極太「焼きたらこ」が、
  もう食えないのかと思うと、
  さみしい…。


10.『とっても素敵な「男性コーラス・グループ」
   が出来ました!』(8月)


   最後はちょっと真面目なお話。

   現在「グループ名」募集中です!



やれやれ。


しかし、

こんなもんかなあ…。


ちょっと冴えない感じですかね。



さあ、

2007年も始まりました。

今年は、
どんな「10大ニュース」になるんでしょうか。


大いに期待しましょう!


なにはともあれ、


本年もよろしくお願い致します。


Oshogatsu 2

SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:06|この記事のURLComments(11)TrackBack(0)