2010 エッセイ

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December 30, 2010

トミー・リピューマ その6 最終回


トミー・リピューマというプロデューサーは、

ジャズやボサノヴァやフュージョン、
といった音楽を得意としていると言われております。


しかし…、

そんなに簡単に“くくれる”ほど甘いものではない、
と、私は思っています。


たしかに、
そうした音楽の要素を取り入れてはおりますが、

最終的に仕上がった作品は、
優雅で、ムーディーで、聴きやすく、耳ざわりが良く、
「BGM」としても充分成り立つように、
緻密に計算し尽くされているのです。


ゴリゴリのジャズ・ファンや、
熱狂的なラテン・ファンからすれば、
「商業主義に凝り固まった俗物」
と思われても仕方のないような一面も持ってはいますが、


その代わり…、

ジャズやボサノヴァといった音楽に馴染みのない人でも、
容易に楽しむことができる。


だから売れる。

もっと大きなマーケットを相手にできる。


つまり、

ひと言で言ってしまえば彼は、


“のようなもの”を作る達人なのです。


「ジャズ」と聞くと敬遠してしまう人も、

「ジャズのようなもの」と聞けば、
自分にも楽しめるのではないかと、
容易に入り込むことができる。


そのあたりを、

実に巧みに狙っている…。

……。



一例をあげると…、

天国にいるナット・キング・コールと、
最近のナタリー・コール(娘)が、
時空を超えて共演した『Unforgettable』というアルバム。

全世界に衝撃と感動を与えた超話題作。


「いったいどうやって作ったんだろう?」
と思った方も多いと思います。

私もそうでしたから。


しかし、私がもっと驚いたのは、
ミュージシャン・クレジットを見たときです。

なんと、
無名に近いミュージシャン(当時)ばかりが、
ずらりと参加しています。


しかし、音を聞いてみると、

これが、みな、上手い。


ピアノも、ベースも、ドラムも、ギターも、
みな上手い。


しかし、個性はない。


パッと聞いて、

「おっ、このピアノはハンク・ジョーンズだな。」

とか、

「おお、このベースはロン・カーターだ。」


といったことには、絶対ならない。



推察するに…、

そうした個性のある有名ミュージシャンの演奏では、
聴衆の耳がそっちに行ってしまう。


それでは困るのでしょう。


一部のマニアックなファンのために作ってるのではない。

もっと大衆に受けなければならない。


そのために、

聞いて欲しいのは主役の「歌」であって、
バックの個性が強すぎることは、
彼にとっては邪魔なのでしょう。


でも、下手でも困る。

だから一流のスタジオ・ミュージシャンの中から、
そうした人選を慎重にしたのでしょうね。


耳ざわりのいい、
良質なBGMこそ売りやすいと考える彼にとって、

偉大なジャズ・ミュージシャンのアドリブ合戦なんて、
まったく必要ないのです。

「ジャズのようなバッキング」
「ジャズのようなソロ」

つまり、

「ジャズのようなもの」こそ望ましい。


そう思っているのではないでしょうか。


何から何まで徹底していますね。


あくまで独断と偏見ですが…。


♪♪♪




そんなトミー・リピューマ氏は、

大変苦難に満ちた少年、青年時代を送ったそうです。


背が低く、小太りで、若くして頭髪もほとんど無く、
足が悪いのかいつもビッコをひいていました。

そしてユダヤ人。

だから「いじめられっ子」の要素は、
すべて備わっていました…。


音楽の道へ進みたかったが、
それもかなわなかった。

……。



しかし彼はあきらめない。

紆余曲折を経て、
(この辺は詳しくは書けませんが…)
彼はついに「A&M」というレコード会社に、
待望の職を得ることになりました。


それからあとの活躍は、
もはや言うまでもありませんね。


大変な苦労を積み重ねて得たポジションゆえ、

ヒットに対する執念、
商売に対するこだわりは、
人並み以上のものがあったのではないでしょうか。


「世に絶望という言葉はない」

か…。




1978年。

「アルファ・フュージョン・フェスティバル」が、
「紀伊国屋ホール」で開催された頃、

私は併行して、
「カシオペア」という新感覚フュージョン・バンドの、
デビュー・アルバムをレコーディングしていました。


エンジニアは、
トミー氏の作品には欠かせない、
アル・シュミット氏が担当してくれました。


だから、
時々トミー氏もスタジオに現れる。

足を引きずりながら…。


そして、
青二才の私のディレクションを見て、
いろいろアドバイスをしてくれたのですが、

緊張していたであろう私は、
その内容をほとんど覚えていません。


ただし、次のひと言だけは、
鮮明に覚えています。


「この間ね、
 ビル・エヴァンスのアルバムをプロデュースしたんだよ。
 それはそれは美しい演奏だったよ。
 この世のものとは思えない美しさだったね。
 来年あたり発売になると思うから、
 ぜひ、聴いてくれたまえ。」



そして、

半ば彼が予言したかのように、

1980年、この稀代の名ピアニストは、

突如この世を去ります。



彼の死後、

1981年に発売された、そのアルバムは、

ビル・エヴァンスの遺作となってしまいました。


BelieveInSpring


『You Must Believe In Spring』

と名付けられたこのアルバムは、

まさにビル・エヴァンスの「白鳥の歌」です。


トミー氏の言ったように、

この世のものとは思えない美しさです。


初めて聴いたとき、

私は涙がとまりませんでした…。



その4曲めのタイトルは…、

『We Will Meet Again』



ああ、なんというタイトルの曲を選ぶのだ…。


あなたも死を予感していたのか、

ビル・エヴァンスよ…。

……。



というわけで、

みなさんもぜひ聴いてみてください。


ただしCD化に際して加えられた、
3曲のボーナス・トラックは不要です。

だいたい、
曲をたくさん収録すればいいという最近の風潮には、
私は全く賛同できません。

オリジナル・アルバムに収められた、
珠玉の7曲こそが、
トミー・リピューマの選曲であり、
コンセプトだったはずなのですから。

……。




さあ、こんなことを書いているうちに、

今年もあとわずかになってしまいましたね。



今年も本当にお世話になりました。


2011年も、

楽しく有意義な1年になりますように。


ジャミン・ゼブも私も、

さらに上のハードルを越えるべく、

全力で駆け抜ける所存でございます。



では、では、

良いお年をお迎えください。


1年間のご愛読にも感謝して…。

……。



えっ?


来年は卯(うさぎ)年なんですか?



ということは、わたしって年男…?



ということは、5月には…、


か、か、かんれ…


き…、



ギャ~~~~~~ッ!



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 16:12|この記事のURLComments(16)TrackBack(0)

December 22, 2010

トミー・リピューマ その5


今年もあとわずかですねえ。


と言いつつも、
ほとんど毎日のようにジャミン・ゼブに帯同して、
「町から町へ」のライブ行脚をやってるせいか、

例年のように、
「ああ、今年ももう終わりだなあ…。」
という感覚には、まだなれません。


毎日、毎日、
その日のライブを成功させることで精一杯です。

忘年会なんてやってる時間は、
まったくありません。


こんな忙しい年の瀬は何年ぶりでしょうかね…。


でも、ありがたいことですね…。

……。



さあ、残りもあとわずか。

幸せをかみしめながら、
全力投球で乗り切ってみせましょう。


頼むぞ、ゼブラ!


がんばれオヤジ!!


ん…?




『トミー・リピューマ その5』


さて、

アメリカに帰ったトミー・リピューマ氏は、
さっそくA&Mの首脳陣に、
『Y・M・O』の存在を熱く語ったそうです。


で、

「そんなにすごいのなら、
 一度見てみようじゃないか。」

ということになって、
A&M社のVIP連中が、
ごっそりやって来ることになりました。


社長のジェリー・モスさん、
副社長のハーブ・アルパートさん、
弁護士のエイブ・ソマーさん、

そして再び、トミー・リピューマさん、

などなど、
アメリカ音楽界を代表するVIPたちが、
わざわざYMOを見に来ると言う。



ならばと…、

私たちはさっそく、
六本木にあるファッション・ディスコを借り切って、
このA&M社VIPたちのために、

YMOの特別ライブをセッティングしました。



結果は…、


大受け。


「うち(A&M)とアルファが半分ずつ出資して、
 全世界でライブ・ツアーをやろう。
 アルバムも全世界発売しようじゃないか。」

という、すごい話にまで発展してしまいました。



さあ大変。


アルファは一瞬のうちに大パニックになりました。


ペリーが黒船4隻を引き連れて浦賀に来航したときも、
こんな感じだったのでしょうか。

……。



あれほど無関心だった社長以下主要スタッフも、
急に手のひらを返したように、

「これからはYMOだよ、YMO。
 これは売れるぞ。すごいことになるぞ。」

と、ドンチャン騒ぎ。


あれほど酷評していた某役員も、

「俺は最初からYMOはいいと思っていたよ。
 やっぱり細野氏は天才だな、うんうん。」

(なにを今更言ってやがる)



最初は冷たかったマス・メディアも、
上へ下への大騒ぎ。


けっこうC調でしょ。

音楽業界って。

あははは。


ま、そんなもんです。

……。



というわけで、

みなさんご承知のとおり、

このあとYMOは大爆発するのでした。



でも…、

もしトミー・リピューマ氏が、

あのとき「紀伊国屋ホール」にいなかったら…。


あのグループは、

どういう歴史をたどっていたのでしょうか。

……。




さて、もう一人。

トミー・リピューマ氏によって運命を変えられた男。


それが、

あのジョージ・ベンソンです。



私が学生の頃、
ジョージ・ベンソンというのは、

おそろしく上手い黒人ジャズ・ギタリストであり、
ブラック・フィーリングがプンプンの、
ブルース・ギタリストでした。

かのB・Bキングですら、
「彼は自分だけのブルースを持っている。」
と絶賛したほどの名手でした。



ところが、

1976年、

トミー・リピューマ氏がプロデュースした、
『Breezin'』というアルバムで、
彼は大変身を遂げます。


Breezin'


爽やかなサンタ・モニカの風の如き、
都会的な洗練されたギター・サウンドが心地よく響き、

「This Masquerade(マスカレード)」
という曲では、

「おい、これはナット・キング・コールか?」

と思わせんばかりの見事な歌唱力で、
この甘い甘いメロディーを切々と歌いあげ、
またたく間に全米ポップ・チャートの1位に、
躍り出たのでした。



それに合わせて、

ルックスも大変身していきます。

……。



ん?

これが、あの、
いかついおっちゃんのジョージ・ベンソン…?


なによ、この、

モデルみたいにクールなお目目の、
鼻筋のピシッと決まったこのイカしたお兄さんは…?


これは、いったい、だ~れ…?


え~~~~~~~~~~~~~~~っ!?


うっそ~~~~~~~~~~~~~~!!??



そして、これ以降彼は、

“歌手として” 大活躍をするのでした。


♪♪♪




そうそう、

こんなこともありました。


やはり1978年でしたか。

私はこのジョージ・ベンソンのコンサートを見に、
カシオペアの連中と出かけました。


場所はロス・アンジェルスにある、
『グリーク・シアター(Greek Theater)』
という、その名のとおりの大きな野外劇場。


そのステージで、
あのジョージ・ベンソン氏は、

お洒落なスーツに身を包み、
白の長~いマフラーを首にかけ、

白人のリズム・セクションと、
美しい女性ばかりのストリングス・セクションをバックに、

ヒット曲の「マスカレード」を中心に、
コマーシャルなバラード・ソングを、
次から次へと歌い続けておりました。



でも、私たちは、

どちらかというと、

彼のギターを聞きたかった。

……。



しかし、彼はギターなんか弾いたりはしない。

ファン・サービスに旺盛な、
エンターテイナーを演じ続けておりました。



さらに驚くべきことは、

そこに集まった客層です。


ほとんどが、
若いトレンディな白人のカップルばかり。

(トレンディなカップル…。
 むむ、これはもはや死語か…。)



かつて、

ジョージ・ベンソンといえば、

黒いフィーリングで、
黒人のジャズ・ファンを唸らせた、
偉大なブルース・ギタリストだったはずです。


しかし、もはやそれは過去の話。


そんなものは儲(もう)かりゃしない。

彼はもう、
あのジョージ・ベンソンではないのです。

第2の「ナット・キング・コール」なのです。



そして、そのままコンサートは終わり、
彼は熱狂的な拍手のなか、
アンコールで再び登場。

そして遂に、
間奏でギターを弾いてくれました。

簡単なメロディーだけでしたが。



そのとき、

私のとなりの席にいた若い女性が、
驚くべき言葉を口にしました。


「えっ? ジョージ・ベンソンって、
 ギターも弾けるの?」

「……。」




これです。

これがトミー・リピューマのプロデュースなのです。


大きなマーケットを動かすには、
コンセプトを徹底することなんですね。


トミー氏にとって、

もはや偉大な歌手であるジョージ・ベンソンが、
マニアックなジャズ・ギターや、
黒人音楽のブルース・ギターを弾けるなどということは、

むしろ迷惑な話なのです。

邪魔なのです。



私はこのとき、

「商売に徹しきった」トミー・リピューマという人に、

戦慄すら覚えました。



すごいプロデューサーだ…。


……。



(つづく)




さあ、激動の12月も、

あと3日のライブを残すのみとなりました。


23、24日は「横浜」

25日は山形の「あつみ温泉」


チケットも、

すべてソールド・アウトと聞いております。


今年の最後を、

見事に盛り上げたいものです。


がお~~~~~っ!



そしたら、

来週は飲むぞ~!


ガオ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!


(そっちの方が張り切ってどうする)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 18:25|この記事のURLComments(11)TrackBack(0)

December 13, 2010

トミー・リピューマ その4


今年の総決算とも言うべき一大イベント

「ジャミン・ゼブ/X'mas Fantasy 2010」
(@日本橋三井ホール 2days)


おかげさまで、
大盛況のうちに終えることができました。

お越しいただいたみなさん、
ありがとうございました。


2時間をはるかに超える長丁場で、
メンバーにとっては、
大変な体力と精神力を要するコンサートではありましたが、
見事に乗り切ってくれましたね。

また一つ、
確かな成長を見せてくれたように思います。


ホッ…。

……。



とはいえ、

年内はまだまだ大きな仕事が、
たくさん残っております。

気をゆるめることなく、
万全の体調で臨んで欲しいものです。


たのむぞ、シマウマ!


♪♪♪




そんなわけで、このブログ、

気がついたら2週間も更新できずにいました。


大変失礼致しました。


このシリーズも年内に終わらせないと…。



ええと、


どこまで話しましたかね…?


……。




『トミー・リピューマ その4』


1975年から始まった、
アルファ主催による、
「新宿 紀伊国屋ホール 1週間興行」

75年「荒井由実&ハイ・ファイ・セット」
76年「吉田美奈子」
77年「タモリ&東京ヴォードヴィル・ショー」


これらは、みな大成功で、
「アルファ&アソシエイツ」という小さな原盤会社が、
「アルファ・レコード」というレコード会社に飛躍する、
大きな原動力となりました。



そして迎えた1978年。


晴れてレコード会社となった我がアルファは、
「3匹めのドジョウ」ならぬ、
「4匹めのドジョウ」を狙って、

『アルファ・フュージョン・フェスティバル』

という名の、
「紀伊国屋ホール 1週間興行」に打って出たのでした。



が、しかし…、

これは大苦戦でした。


調子こきまくっていたアルファが、

初めて味わう大苦戦。


なにしろ、

チケットが売れない。

……。




このときのアルファは、
「フュージョン」という音楽を流行らせようと、
そうしたアーチストをどんどん獲得して、
がんがんレコードを作っておりました。

渡辺香津美、深町純、横倉裕、
ベナード・アイグナー、大村憲司etc.


そんなアーチストたちを、
1日2公演に振り分けて、
1週間華々しく興行する予定だったのですが、

なかには、日本ではまったく無名の人もいたりで、
組み合わせによっては、
まったくチケットが売れない日もある。



記念すべき「アルファ・レコード」の第一弾は、
「渡辺香津美&リー・リトナー&ジェントル・ソウツ」

これは、10万枚の大ヒット。


第二弾は「ベナード・アイグナー/Little Dreamer」

これは、
素晴らしいアルバムだったのに、
まだあまり売れていない。

(どちらも制作は私)


ま、売れてないから、
ライブをやって、その素晴らしさを体感して欲しい、
という狙いもあって、
こうしたイベントを組んだわけですが、

知名度が無いんだからチケットが売れない、
とまあ、これも仕方のないことではあったわけです。


プロモーションの意味もあるイベントではありますが、
あまりにもチケットが売れないと、
大赤字になってしまう。


さあ、困った。

どうしよう…。



そこで白羽の矢が当たったのが、

『イエロー・マジック・オーケストラ』

という出来たばかりのバンド。




でね…、


今だから言えますが…、


当初このグループの評価は、

アルファのなかでは、

なんとも低かったのです。


というか、

誰も理解できなかった。



当時「最先端を行くサウンド」と、
自他共に認めるアルファのなかにあっても、

これを“売れる”と断言出来る人は、
社長からアルバイトの学生に至るまで、
皆無と言っていい状況でしたね。


担当はとりあえず私でしたが、

その私ですら、

「また細野さんが、
 おかしなものを作ったなあ…。」

というのが正直な感想でした。



しかし、

背に腹は代えられない。



「フュージョン・ミュージック」とは、
まったく無縁のサウンドではありましたが、

この『Y・M・O』に、
2回くらい出てもらおうではないか、
という案が持ち上がりました。


プロデュースは、
かの細野晴臣さんですから、
知名度的には申し分ない。

350人くらいの小さなホールですから、
細野さんの信奉者だけでも、
なんとか2日くらいはいっぱいになるのではないか。



というわけで、

苦肉の策ではありますが、

ポリシーからまったく逸脱した、
ハチャメチャなアイディアではありますが、

細野さんの人気だけが頼りの、
じつにズルイ作戦ではありますが、


アルファ・レコードは、

この『Y・M・O』に、
出演依頼をすることになったわけです。



期待どおり(?)、

『Y・M・O』の出演する2日間は、
あっという間に完売しました。


しかしそれは、
あくまで細野さんのファンであって、

相変わらずアルファ全体の評価は、
冷ややかなものだったのです。

(いいのかな、ここまで書いて…)


「これは、なんなんだろう?
 この奇妙な電子音楽は?
 ピキピキ、テケテケ、ポコポコ?
 ???」


とある役員は、

「これは音楽ではない。
 こんなまがい物、売れるわけがない。
 細野氏は狂ってる。」

と酷評しました。



ところが…、


これを最大級の評価をもって絶賛した人物が、

その会場に一人だけいました。



それが、

ジャズ・フュージョン界では泣く子も黙る、

アメリカを代表する大プロデューサー、


トミー・リピューマ氏だったのです。



これは驚くべきことです。



なにしろ、

トミーさんの作るレコードといえば、


ジャズやボサノヴァのエッセンスを取り入れた、
アコースティックなサウンドであり、
都会的に洗練された大人の音楽であり、
イージー・リスニング的なAOR、

そんなイメージだったからです。



『Y・M・O』の音楽は、

このトミー氏の作ってきたサウンドとは、

まさに対極に位置します。


本来なら、

彼が“最も忌み嫌う”べき音楽のはずです。


誰もがそう思ったはずです。



しかし、彼は乗った。


「これは、絶対売れる!」と言いきった。



はい、

これがトミー・リピューマ氏の凄いところなのです。


私が、このシリーズの冒頭で、

偉大な「商売人」と言った所以(ゆえん)なのです。



結果は…?



彼の言ったとおりになりましたね。




というわけで次回は、


このトミー・リピューマ氏のプロデュース術を、

不肖、この私が、

徹底解明してみようと思います。


独断と偏見ではありますが…。



これから音楽プロデューサーをめざす人。

音楽業界で働いてみたいと思う人。


これは必読です。



だからもう、

余談をしているヒマはありませんね。

……。




な〜んちゃって。


わからないんだな〜。


これが。



あははは。



(つづく)




週末の好天とうってかわって、

きょうは冷たい雨。

しかも寒い。

ぶるぶるぶる。


もう「雨男グループ」は、

完全に返上ですね。


でも、こんなときが、

一番風邪をひきやすい。


引き締めてかからねば…。

……。



さあ、休む間もなく、

水曜、木曜は、

四日市、名古屋遠征です。



四日市。


なつかしいなあ。


少年時代住んでましたからね。



私の住んでた家は、

まだあるのでしょうか…?


私の通っていた学校は、

どんなふうになっているのでしょうか…?


隣の家の、可愛かった○○ちゃんは、

どんなおばさんになっているのでしょうか…?


(何しに行くんだ!)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 17:50|この記事のURLComments(13)TrackBack(0)

November 28, 2010

トミー・リピューマ その3


1978年。

私が1974年に大学を出て就職した、
「アルファ&アソシエイツ」という、
小さな小さな原盤会社は、

この頃には、
「アルファ・レコード」という、
立派なレコード会社に成長していました。


赤い鳥、ガロに始まり、
荒井由実、ハイ・ファイ・セット、タモリ、吉田美奈子、
といった注目のアーティストを次々世に送り、

社員の数も急激に増え、

今では「A&M」という、
アメリカを代表する洋楽レーベルを扱うほどの会社に、
成長していたのです。



で、早くも余談ですが…、

「A&M」というレコード会社は、
まさに、「アルファ」のお手本とも言うべきレーベル、
レコード会社でしたね。


「ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス」
でお馴染みのトランペッター、
ハーブ・アルパートさんと、

超一流のビジネス・マンであるところの、
ジェリー・モスというおじさんが作った、

趣味のいい、常に最先端のサウンドを発表し続ける、
理想的とも言えるレコード会社でした。



そう、もうおわかりのように、

「A&M」とは、

アルパートのAと、
モスのMを文字ったネーミングなんですね。


セルジオ・メンデス&ブラジル66
カーペンターズ
クインシー・ジョーンズ
ポリス、スティクス、チャック・マンジョーネ
ピーター・フランプトン、ジョー・ジャクソン
etc.etc.


こんな人たちの音楽と青春時代を過ごした方も、
多いのではないでしょうか。

むろん私もそうですが…。


♪♪♪




さらに余談ですが、

ええと、あれはいつのことだったかな…。


1980年の12月だったでしょうか…。

……。



それは、

カシオペアのアメリカ・デビューが決まり、
彼らとレコーディングのため、
ロスに長期滞在していたときのこと。


私とカシオペアのメンバー4人は、

この「A&M」社のクリスマス・パーティーに、
光栄にもご招待を受けたのです。



いやあ、

ハリウッド映画や「刑事コロンボ」でしか見た事のない、
華やかな本場アメリカ上流界のパーティー。


なんと、

本物の「グレン・ミラー楽団」が、
優雅に演奏するなかを、

(といっても当のグレン・ミラーさんは、
 とっくにこの世にはいませんがね。)

美しく着飾った紳士、淑女が、
華麗にダンスを踊ったりしている。


まさに、目も眩むような華やかさ。


まだ20代の、
アジアからやってきた、
私ら小僧どもは、

どう身を対処していいのかわからず、
只只おろおろしておりました。



しかも、

クインシー・ジョーンズを筆頭に、
名だたるミュージシャンが、
あちこちで談笑している。


「うわっ、○○だ。」
「おい、あそこに△△がいるぞ。」
「ぎゃー、□□だ。誰かサインもらって来てよ。」

とまあ、
食事も酒もそっちのけで、
完全にミーハーなお上(のぼ)りさん集団の私たち。

……。



そんな中、

美しいドレスに身を包んだ女性たちに囲まれて、
格好よく振る舞う一人の長身の美男子が、
ひときわ目を引きましたね。

というか、
その男が行くところ、
キャーキャーと女性たちが追っかけていく。


それが、

ハーブ・アルパートさんでした。


映画俳優かと思わせるようなルックス、長身。

しかもヒット連発の著名なミュージシャン。

しかも有名レコード会社の副社長で超お金持ち。


もてないわけがありませんよね。


クソッ…。

(天は二物どころか、
 何物与えたのだこの男には…。)



いやあ、でもホント、

格好よかったですよ、

ハーブ・アルパートさん。



そうだ、だんだん思い出してきたぞ。


これはカシオペアの4枚目のアルバム、
『Eyes Of The Mind』
のレコーディングのときの話です。

(と、昔のアルバムを見てみると、
 1980年ロス・アンジェルス録音とありましたから。)


サウンド・プロデューサーは、
かの名ドラマー、

ハービー・メイソン氏でしたね。



そうそう、またまた余談ですが、

このときアルファは、
調子にのって、
アメリカにまで進出しようとしちゃったのです。


その名も『アルファ・アメリカ』


ま、これが結局は大失敗で、

逆に寿命を縮めることになったのですが、

その時はそんなこと知る由もなかった…。



で、わがカシオペアも、

そんな『アルファ・アメリカ』から、

アメリカ・デビューという光栄を授かったのでした。



そんな『アルファ・アメリカ』の社長に就任した、
ボブ・フィード(だったかな…?)とかいう人の家で、
これまた豪華なパーティーが行われるというので、

私も、ハービー・メイソン氏の車で、
お邪魔することになったのでした。

(ほんと、アメリカ人て、
 パーティーが好きだな。パーリィーが…。)



で、これがまた、

ハリウッド映画そのもの世界。



彼の家は、

ベルウェアという、
ビバリー・ヒルズと並ぶ、
ロスを代表する高級住宅地の山頂にありました。


曲がりくねった坂道を上って行く左右には、
映画でしか見た事のないような高級住宅が立ち並ぶ。


その度にハービーが、

「シュン、あれ、ハービー・ハンコックの家だよ。」

とか、

「あれは、バリー・マニロウの家だよ。」


と教えてくれるのですが、


この頃には、


「ふん、それがどうしたの…。」

て感じで、

もう慣れっこになってましたね。


さすがの私も。

……。



でも、到着したボブ社長の家が、

やっぱりすごかった…。


ベルウェアの頂(いただき)からは、
眩いばかりのロスの夜景が一望。


そして、

家に呼ばれたフランス料理のシェフたちが、
腕によりをかけた料理を次から次に作り、

ボーイたちがそんな料理やワインやお酒を運び、
招待された紳士、淑女らが、
あちこちで、グラス片手に楽しそうに談笑している。


これがまたハリウッド映画そのもの。



クソッ…、

ここでも私たちは、

アジアから来た小僧で、
おとなしくしていなければならんのか。

……。



「コロンボさ~ん、
 きっとこのなかに犯人がいるよ~。
 早く来てちょうだ~い。」

とでも言いたい心境の私。



と思うでしょ…?



ところが、

もうこの頃には、
厚かましい、態度のでかい、
いつもの私を取り戻していましたよ。



そんな時、

私は、

プール・サイドから夜景を眺めている、

一人の若い女性に気がつきました。



私はワイン・グラス片手に、その女性に近づき、

「ハーイ、
 マイ・ネーム・イズ・シュン、
 あなたお一人ですか…?」

と、英語で話しかける。

(あたりまえだ)



すると彼女も、

まんざらでもなさそうな感じで、

ニコニコ話かけてきたのでした。

(ウッシッシ)



と、そこに…、


ボブ・ジェームスという、
有名な作・編曲家でキーボード奏者が現れ、

私たちの中に割って入り、
彼女を口説き始めた。

(むむ、これはまずい…。
 おっさんとはいえ、
 やつも有名人だ。金もどっちゃり持ってるし…。)



ところが…、


ジャーン!


この勝負、私の勝ち~~~!!



彼女は私の手を取り、

「あたし、今シュンと飲んでるの。
 悪いけど、あっち行ってくださる~。」

と、あの天下のボブ・ジェームス氏を、
「シッシッ」と追っ払ったのです。


あは、

あははは、

あははははははははははは。


( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


(最近、連発しすぎだな…)


……。




ん…?


まてよ…、


なんの話でしたっけ…?


……??




おっと、そうか、



トミー・リピューマの話でしたね…。



……。




(つづく)




昨日は一日廃人でした。

というのも、
前の日(金曜日)が、
月末定例「A'TRAIN」ライブだったから。


いやあ、飲んだ、飲んだ。

ピアノを弾いた印象があまりなくて、
飲んでどんちゃん騒ぎばかりしていたような…。


いいんでしょうか…。

……。


ま、いいか。

あははは。



そんな私の月一ライブですが、

12月は変則スケジュールです。


12/31(金)はすでにお店がお休み。

12/24(金)はジャミンのお仕事なので、
これもダメ!


ということで、

12/28(火)の変則開催となります。

(7:30開店 8:30スタート
 は変わらず。)


どうぞ、お間違えのなきよう。



さ、明日は早起きして名古屋出張だ。


山本屋の「味噌煮込みうどん」

食べたいな…。


食べれるかな…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:00|この記事のURLComments(23)TrackBack(0)

November 21, 2010

トミー・リピューマ その2


私が大学を卒業してすぐに入社した、
『アルファ・レコード』

(入社したときは「アルファ&アソシエイツ」
 という小さな原盤会社)

には、一つのジンクスがありました。


それは、

「アルファが紀伊国屋ホールで1週間興行をやった
 アーチスト(プロジェクト)は、必ず成功する!」

というものでした。



今もあるのかな?

新宿の「紀伊国屋書店」

……。



その7階に、

「紀伊国屋ホール」という名の、
300人も入ればいっぱいの、
小さな劇場がありました。

普段はお芝居とか落語とか、
ま、ちょっとした文化的な出し物が主で、
音楽のコンサートというのは、
あまり無かったような気がします。


そこでアルファが最初にやったコンサートが、
荒井由実とハイ・ファイ・セットの、
ジョイント1週間興行。


さっき調べたら1975年となっていましたから、
ユーミンもまだブレイク前ですね。

「赤い鳥」が分裂して、
「ハイ・ファイ・セット」が誕生してすぐの頃。

ユーミンとセットで“一石二鳥ヒット”を狙った、
“アルファらしい”といえばいえる企画ですかね。



でも私、これって、

あまり覚えてないんですね。


おそらく、

入社2年目の、ぺぇぺぇの私は、

当日券の販売だの、
切符の“もぎり”だの、
レコードやグッズの販売だの、
弁当の手配だの、

ま、雑用にこき使われていたのでしょうね。


なにせ、
「アルファ&アソシエイツ」というのは、
小さな小さな会社でしたから。

でも、
「みんなで力を合わせて一緒に作り上げる」
という、家族的な雰囲気を持った会社でした。


ん? 

なんだか「シュン・コーポレーション」という会社と、
どこか似ているぞ…。

社長が雑用にこき使われるあたりも…。



ま、それはさておき、
このイヴェントは大成功でした。

この後、ユーミンもハイ・ファイ・セットも、
スター街道をまっすぐに歩んでいったわけですから。



さあ、これに味をしめたアルファ。

翌1976年には、
「MINAKO WEEK」という名の1週間興行で、
吉田美奈子の売り出しにかかりました。


これは私が担当ディレクターでしたから、
よく覚えています。

細野晴臣、大滝詠一、山下達郎、大貫妙子といった、
当時台頭してきていた、
ニュー・ミュージックの精鋭とも言える人たちが、
日替わりでゲスト参加して下さり、

毎日大いに盛り上がりました。



これは余談ですが、

この吉田美奈子のレコードの販売は、
東芝EMIではなく、RCAという会社でしたね。


で、毎日コンサートが終わると、
アルファ・スタッフvsRCAスタッフによる、
麻雀大会。

もちろん「雀豪」で知られる私は、
アルファ代表としてこれに参加。

新宿の「雀荘」で、
毎晩終電ぎりぎりまで、
「会社の名誉」と「売り上げの争奪」をかけた、
壮絶な戦いが繰り広げられたのでした。

(すごい余談だな…)



でもまあ、これも大成功。


だから、またまた味をしめたアルファちゃん。


翌年(1977年)には、
「タモリ&東京ヴォードヴィルショー 1週間興行」

などという奇妙奇天烈な企画を敢行。



かつて、
「タモリ/戦後日本歌謡史」というお話でも書いたように、
タモリは当初レコード・デビューだったのです。

そんなタモリを売り出そうと、
アルファは、
こんな大胆な作戦に打って出たわけです。



でも、これも大当たりでした。

ラジオの深夜放送で話題になっていた、
あの謎の怪人「タモリ」の、
「四カ国語麻雀」や「ハナモゲラ落語」が、
ナマで見られる。

ということで、
チケットはたちまち完売。


このときも制作担当は私。

1部が東京ヴードヴィルショーで、
2部がタモリの、

二本立て興行。


いやあ、この1週間も面白かったです。

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


(ひとりだけ思い出し笑いすんな!)



タモリの芸の数々も最高でしたが、
「東京ヴォードヴィルショー」という喜劇集団が、
これまた最高にケッサクでした。

当時はまだ無名の、
佐藤B作さんや、花王おさむさんや、
魁(さきがけ)三太郎さんらが繰り広げるギャグは、
まさに抱腹絶倒。


そうそう、

その「東京ヴォードヴィルショー」の演目で、
私は音楽監督に任命されたのでした。

(パチパチパチ)


なあに、

拍手なんかする場面じゃあありません。


音楽監督と言っても、

彼らのコントの味付けをする音楽を考えて、
いろんなレコードを引っぱりだしてきて、
「ここはこれ」「この場面はこれを使って下さい」

とまあ、
映画で言うところの「音効(おんこう)さん」
の役割を務めただけ。

(音効:音楽効果)



しかし…、

それだけではつまらない。

私は満足できない。


せっかくだから、なにか、
こう、ぱ〜っと、
面白いことがやってみたい。



そこで着目したのが、

男達が仕事を終えて、銭湯で汗を流しながら、

「あ〜あ、こんな風呂じゃなくて、
 ぱ〜っとトルコでも行きてえなあ。」

「いいねえ、おれも行きたくなったぞ〜。
 どうだ、これから、みんなで、
 ぱ〜っと行くか。トルコでも。」

という、おバカなシーン。



ちなみに「トルコ風呂」というのは、
当時流行(はや)っていた風俗店のこと。

トルコ大使館から、
「トルコという国名のイメージを損ねる」
というクレームがきて、
今は別の名前で呼ばれてるそうです。



えっ?

そんな説明なんかいらないから先へ行け、

ですって?


あっ、そう。。

(ちなみにこの部分のコメントは不要です。)



ということで、
演出の高平(哲郎)さんの注文もあって、

このシーンを長大にして、
15分くらいのミュージカルにして、

もっとバカバカしくしようではないか、
ということになった。



やった、やった。

ラッキー、ラッキー。

これで面白くなる。


私は、K大ライトのOBで、
当時アレンジャーとしても活躍していた、
田辺信一さん(故人)と協力して、

この部分を、
壮大なミュージカルに仕立て上げました。


こんな感じです。


下手の方から、男達が、
映画「ウエストサイド物語」さながら、
指パッチンしながら、

「トルコ、トルコ、トルコ、トルコ♪」

とやって来る。


すると、上手の方からも、

「トルコ、トルコ、トルコ、トルコ♪」

と、負けじとジェット団のような男達が登場。


最後はそこに働く女性達も加わって、

「トルコ万歳♪ トルコは素晴らしい〜♪
 この世はトルコ〜♪ トルコ、トルコ、トルコ〜〜〜♪♪」

と、歌って踊っての大合唱。


「ウエストサイド物語」も真っ青の、
「コーラス・ライン」や「42nd.Street」に負けず劣らずの、

感動のミュージカル巨編が出来上がったのでした。


そんな、この曲のタイトルは、

その名もずばり、


『トルコ行進曲』


♪♪♪




さあ、すっかり楽しくなった私は、

毎日のように、
高田馬場にある彼らの稽古場を訪れ、

この『トルコ行進曲』の完成に、
心血を注ぎました。


メロディを自ら歌って聞かせ、
コーラスを指導し、動き方の指示を出し、

本来、歌は得意ではないみなさんに、
口移しのように音楽を吹き込み、
振り付けをアドバイスし、

立派な作品に仕上げたのでした。

エヘン。



さあ、いよいよ初日を迎えました。

会場の「紀伊国屋ホール」は、
溢れんばかりの若者でいっぱいです。


そして、もちろんコンサートは大成功。

『トルコ行進曲』も素晴らしい出来でした。


「トルコ万歳♪ トルコは素晴らしい〜♪
 この世はトルコ〜♪ トルコ、トルコ、トルコ〜〜〜♪♪」
 トルコ万歳♪ トルコは永遠の楽園〜♪
 さあみんなで、トルコへ行こう〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪」



舞台裏でも、やんやの大受け。


と言いたいところですが…、


なんと…、


1部を務めた「東京ヴォードヴィルショー」の公演時間が、
1時間15分もオーバーしてしまいました。

……。



楽屋ではさっそく反省会。

そこにやってきた、
お笑い界では泣く子も黙る有名なプロデューサーが、
大幅なシーンのカットを進言。


そして、あろうことか、

真っ先にカットされたのは、

あの、

『トルコ行進曲』でした。



労せずして15分も節約できる、

という理由でね。


あ〜あ〜、、、


……。



もしも、このブログをお読みの方のなかに、
あの日、あの場面をご覧になった方がいたら、

それはもう、
奇跡に近いラッキーですよ。


なぜなら、

その後、この曲は、
一度も上演されていないのですから。


たった一度っきりの上演…。


人生とは厳しいもんですねえ…。


……。




ええと…、



何の話でしたかね…?




おっと、そうか…、



トミー・リピューマの話でしたね…。



……。




(つづく)





毎年この季節になると、

各地で「クリスマス・ツリー点灯式」

というのが行われます。


あれ、いいですねえ。

なんかこう、

世の中がぱ〜っと明るくなるような感じ。


ジャミン・ゼブも、

今年は2度お呼びをいただきました。


ジャミンの歌で、

ぱ〜っと世の中が明るくなるといいなあ、

そんな願いをこめて、

こうしたイヴェントには積極的に参加しております。



そんなわけで、

そろそろクリスマス・ムードになってきましたよ〜。


ジャミンも、

ぱ〜っと、いっぱい、曲を仕込みましたよ〜。


年の瀬を、

ぱ〜っと楽しく過ごしましょうね〜。



きょうは、


ぱ〜っと、のオン・パレード…。



(ちょい悪、お下劣、ご容赦)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 22:28|この記事のURLComments(14)TrackBack(0)

November 14, 2010

トミー・リピューマ


私自身が、
同じような稼業を営んでいることもあって、

音楽プロデューサーについて「ああだこうだ」と語るのは、
いささか気がひける思いがするのですが、

ま、たまにはそんな話題もいいかなとも思い、

きょうは、こんな人を採(と)りあげてみました。



トミー・リピューマさん。
(Tommy Lipuma / 1936年7月5日〜)


アメリカを代表する、
有名な音楽プロデューサーです。


一口に「音楽プロデューサー」と言っても、
その仕事の内容は千差万別で、
なかなかその定義付けや評価は難しいのですが、

この人の場合は、
ひと言で言ってしまえば、

偉大な「商売人」ですかね。



作曲、編曲や、演奏をするといった、
音楽家タイプの仕事人ではなく、

レコード会社上がりの、
企画マンであり、制作マンであり、
しかも宣伝プランが優れており、

売れそうなアーティストを発掘しては、
優秀な音楽家と組み合わせて、
独自のサウンドやコンセプトにまとめあげて、
ヒットさせてしまう、

といったタイプのプロデューサーです。


ま、それはそれで、

すごい職人とも言えますがね。



得意分野は、

ジャズ、ボサノヴァ、AOR、

といった、いわゆる大人の音楽。


「お洒落で洗練された都会の音楽」

というのが売り。


だから、
私から見れば、
まさに偉大なお手本であり、

近づくことすら容易でない、
すごい大物であり、

ヒット・アルバムを星の数ほども持つ、
うらやましいくらいのお金持ち。


ま、私のように、
興味のあるものは、
何でもかたっぱしから手を出すという雑食ではなく、

終始一貫していますね。


「この分野は彼にまかせておけば安心」
というイメージを、

見事に作り上げました。



クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)
フィル・スペクター(Phil Spector)
アリフ・マーディン(Arif Mardin)

らと並んで、

私の大好きなプロデューサーであり、

アメリカのポップ・ミュージック界に燦然と輝く、
大プロデューサーです。



そんな彼を一躍有名にしたのは、

ジョージ・ベンソンの『Breezin’』というアルバム、
でしたか…。


マイケル・フランクスも彼の仕事。

『Antonio's Song(アントニオ・ソング)』
なんて甘い甘いボサノヴァ・タッチの曲を、
覚えてる方も多いと思います。

ああいうのやらせると、
彼の右に出る人はいませんね。


最近では、

ナット・キング・コールをあの世から呼び戻し、
娘のナタリー・コールとデュエットさせた、
『Unforgettable』という前代未聞の企画を成功させ、

全世界に大きな衝撃と感動を与えました。


ダイアナ・クラールという、
カナダの美人ジャズ・シンガーを世に送り出したのも、
この人の仕業です。



ま、そうした作品のあれこれについては、

いずれゆっくり掘り下げてみるとして、


そんなトミー・リピューマさんに、

私は光栄にも、

お会いしたことがあります。



あれは、

1978年の暮れのことでしたか…。



私はアルファのディレクターとして、

いわゆる『フュージョン・ミュージック』の制作に、

毎日精を出しておりました。



このブログでも、

過去そうした話題をランダムに書き綴ったので、
興味のある方は覚えてらっしゃるのではないでしょうか。

渡辺香津美&リー・リトナーとジェントル・ソウツ
深町純&ニューヨーク・オールスターズ
ベナード・アイグナー、吉田美奈子、
大村憲司、横倉裕&デイヴ・グルーシンetc.etc.


いやあ、
まだ20代の若僧のくせに、

よくもまあこんな大物アーティストたちと一緒に、
仕事をさせてもらったもんだと、

今にして思えば、
アルファという会社の、
「怖いもの知らずさ」と「大胆さ」に、
冷や汗タラタラの思いがするのですが、

ま、それも「若さ」というやつなのでしょう。


私も若かったが、

アルファという会社も若かった。

……。




そう、そんなアルファが、

この時期(70年代後半)は、

「『フュージョン』という音楽を売り出そう」

という一大目標を掲げておりました。


そして、

その制作を一手にまかされたのが、

僭越ながら、

この私というわけ。



ホント、大胆だなあ…。

と今更ながら思いますね。


失敗しても知らないから…。



そして、

そうしたフュージョン系のアーティストを集結させて、
新宿にある「紀伊国屋ホール」というところで、

『アルファ・フュージョン・フェスティバル』

とかいう、
確かそんな名前のライブ・フェスティバルが、
1週間に渡って繰り広げられたのでした。


ただしカシオペアは、

まだデビュー前だったので、

参加させませんでした。



そのとき、

このトミー・リピューマさんも、

自身がA&Mのなかに立ち上げたフュージョン・レーベル
「ホライズン(Horizon)」の新人アーティスト、
ニール・ラーセンのライブをサポートするために、
来日していたのです。


当時このA&M社のレコードは、
アルファが日本での販売を扱っていたために、
社長の村井邦彦さんと、このトミーさんは、
とても仲がよく、

不肖この私にも紹介してくれたのでした。


いやあ、緊張しましたねえ。

なにせ相手は大物ですから。

ドキドキ…。

……。



そんなトミー・リピューマさんが、


数あるアルファの出演者のなかで、

「ん? これは?」

と、特に注目したアーティスト(グループ)。


「これは売れるよ。」

と太鼓判を押したアーティスト。



それは…、


それまでの彼の音楽性やキャリアからすると、

じつに意外な名前でした。



それは…、


イエロー・マジック・オーケストラ(Y・M・O)


という名のグループでした。


……。




(つづく)





先週末は愛知県の岡崎で行われた、

「岡崎ジャズ・ストリート」


そして、この週末は、

岐阜県は各務原(かがみはら)というところにある、
「村国座」という、
130年の歴史を持つ芝居小屋での、
ジャミン・ゼブ・コンサートに同行してまいりました。


どちらも、
たくさんのお客さんに、
熱狂的な拍手をもって迎えられました。

みなさん、ありがとうございました。


なんだか、

一気に中京地区に活動を拡げた感がありますね。


そして、この先も、

なんだかそんな感じが続きそうなのです。


楽しみです。

はい。

♪♪♪



それにしても、

いささか疲れましたね…。


でも、

そんなことを言ってられないスケジュールが、

これからも続きますが…。



ああ、また栄養ドリンクが手放せない季節だ…。


う〜む…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:25|この記事のURLComments(11)TrackBack(1)

November 03, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』その6


ジャミン・ゼブの初DVD
『SWEET SWEET LIVE』が発売になって、
早や1週間が経ちました。

みなさん、
もうご覧になっていただけましたか。


先日の新百合ケ丘のフリー・ライブでも、
ファンの方から、
いろんな反響がありました。

どれも楽しいものばかりです。


「1日6時間も見ちゃいましたよ〜。」

「見過ぎて、擦り切れちゃうよ〜。」

「毎日家に帰るのが楽しみなんですよ。」

「何度見ても飽きないですねえ。」



なかには、

「私、映ってたんです。だから、
 私が死んだら一緒に棺桶に入れてくださいね。」

な〜んてのもあったようです。


( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \



ま、いずれにしても、

おおむね良好のようでひと安心です。


山野楽器さんのDVD販売ランキングでも、
見事第1位にランクされたようで、
まずは、幸先よいスタートと言えますかね。

http://www.yamano-music.co.jp/




はい、これから頑張ってプロモーションして、

ジャミンを知らない人たちにも、

どんどん見てもらいましょう。



と、そんなときに、

こんな話題でいいのでしょうか。

……。



でも、このシリーズ、

最後まで行ってませんでしたからね。


あのまま終わってしまうのもどうか、

と思いまして、


いささかタイミングを逸した感はありますが、


きょうは、ちょっとだけ、

『Garden』を振り返ってみることにしましょう。



--------------------------------------------------
♪MOONDANCE(ムーンダンス)♪
--------------------------------------------------

この曲は、

結成当初からの古いレパートリーなんです。


ちょっとこれを見てください。

----------------------------------------
1st Set

・Lazybones
・How High The Moon
・It Had To Be You
・Waltz for
・You Raise Me Up
・Moondance
・Fun, Fun, Fun

2nd Set

・You've Got A Friend In Me
・Paradise Cafe
・When We Make A Home
・Take The 'A' Train
・Seasons
・Yesterday
・When I Fall In Love

Encore:

Bye Bye Blues
----------------------------------------


じつはこれが、

ジャミン・ゼブが初めて人前で演奏した、
ライブのセット・リストなんです。


2007年2月28日。

六本木のジャズ・クラブ
「ALL OF ME CLUB」というところでのライブでした。


ね、ちゃんと入ってるでしょ。

『MOONDANCE』



それが、3年後の今年(2010年)になって、
ようやくCDに収められることになった。

これは、表の解説でも述べましたが、
シモンの成長が大きいんですね。


リードはコージローですが、
このアレンジでは、
ベースのランニングが大変重要なパートになっています。

野太い声で、
グイグイみんなを引っぱっていく迫力ある低音が、
たまらなく重要なんですね。


だから、シモンの成長を、
待った甲斐があるというものです。

最近のシモンは、
ソロにベースに大活躍ですからね。



そして前回も述べましたが、

『Take The 'A' TRAIN』
『You Raise Me Up』
『When I Fall In Love』

といった人気曲も、
ちゃんと名を連ねていますね。


これらは、最新DVD『SWEET SWEET LIVE』で、
ようやく、その成長を、
見せる(聞かせる)ことが出来ました。

なんとも嬉しい限りです。


それにしても懐かしい…。


といっても、

まだ3年前なのか…。



はい、この曲はこのくらいの話題しかありません。


ご容赦。


……。




---------------------------------------------------
♪カケラたち〜KAKERATACHI〜♪
---------------------------------------------------

これも、結成当初のレパートリーです。

レンセイが来日して、
ようやく4人のメンバーが揃い、

練習を始めた頃にアレンジをしました。


この曲を作曲したのは、
松倉サオリちゃんというシンガー・ソングライター。


かつてファンハウスというレコード会社に所属。

そのとき、
ディレクターをやってたWという男が、
ある日彼女の最新デモ・テープを聞かせてくれました。


そのなかに、

この『カケラたち』は入っておりました。


いやあ、なかなかの才能だと思いましたね。

とくに、サビが英語になっていて、
これはジャミンにピッタリだと思い、
アレンジしたわけです。



いやあ、このアレンジは、

なかなか独創的ではないかと自負しています。



まず、前半部分は、

わりと原曲に忠実。


いわゆるJ-Popの手法で、
オーソドックスな展開。



しかし、

ピアノ・ソロが終わると、
いよいよジャミンならではの、
一筋縄ではいかない世界が待ち受けています。


霧に覆(おお)われた、
幻想の森に迷いこんだ少年が、
いつまでもそこから抜け出せないでいる。


そんなイメージですかね。


いろんなパーカッションが、
これでもかこれでもかと登場。

不思議な世界感を演出します。



ま、なにはともあれ、

松倉さんの美しくも抽象的な詩の世界を、
うまく音楽でカバーできたらいいなあ…。

黒澤監督の映画『夢』のような世界を、
なんとか音楽で表現できたらいいなあ…。


そう思い、

かなり力を込めて書きましたね。



そして…、

さまざまなパーカッションの展覧会が終わると、

ようやく霧が晴れてきます。


ジャミンの美しいコーラスが、

再びくっきりと姿を現します。



このあたりは、

何度聞いてもゾクゾクします。


私だけかな…。



そして、ドラムの強烈なフィル・インで、

圧倒的なクライマックスに…。


小さな子供の世界が、

なんともダイナミックな作品になったというわけでした。



このアレンジをライブで再現するのは、

なかなか大変ですね。


ま、次の課題といったところでしょうか。



ちなみに…、

私にサオリちゃんを紹介してくれた、
このWという男。


この男の顔は、
漫画「巨人の星」に出てくる、
左門豊作(こんな字でしたかね…?)にソックリ。


それもそのはずで、
彼、徳島県の池田高校出身なんですね。


池田高校といえば、かつて、

「さわやかイレブン」
「山びこ打線」

の愛称で甲子園を湧かせた、
高校野球の強豪校ですね。


そして、このW君も、
もちろん野球部出身。


そして、なんと、

畠山、水野で全国制覇を成し遂げた時の、
レギュラー三塁手なんですね。


すごいなあ…。



えっ?

『カケラたち』と、なんの関係もないだろ、

ですって?



おっとそうか、、、


……。




はい、

というわけで、

『Garden』の表と裏。


ようやく完成致しました。


長い道のりでした。

……。




えっ?

『SWEET SWEET LIVE』の裏はいつか、

ですって?



いえいえ、

前回のが裏なんです。


表は書くまでもないでしょう。



みなさんの方が、

ずっとお詳しいはずですから。

……。




さ、いよいよ「冬の陣」に突入ですね。


きっと楽しいことが、

いっぱい待っていますよ。



あんなことも…、


こんなことも…、


アレも…、


コレも…、



……。




(おわり)




おっ、

「Zeblog」が更新されてますね。


彼ら大阪に行ってたんですね。



そうか、

きょう(11月3日)は、

「文官の日」でしたか…???



私はお留守番でした。

作曲とアレンジに没頭しておりました。

♪♪♪



作曲は難しいですねえ。

時間をかければいい曲が出来るとは限らないし…。


でも2曲も書いちゃいましたよ。


年内には発表する予定ですがね。

1曲はクリスマス・ソングです。

詞は日本語。


どんな反応があるんでしょう…?



楽しみなような…、


怖いような…、


ドキドキ…、


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:33|この記事のURLComments(11)TrackBack(0)

October 23, 2010

SWEET SWEET LIVE


いよいよですね。

ジャミン・ゼブ初の「ライヴDVD」が発売になります。


その名も『SWEET SWEET LIVE』!!


「どこが “スウィート・スウィート” じゃい。
 看板に偽りあるんじゃないの〜?」

と言われても仕方のないくらい、
熱気溢れる、ほとばしる若さが眩(まぶ)しい、

ジャミンのライブの素晴らしさを、
あますところなく収録したDVD。


2010年10月27日。

いよいよベールを脱ぐ日が近づいて来ましたよ。

ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!


  SWEET SWEET LIVE



はい、というわけで今日は、

Zeblogに先駆けまして、

いつものようにプロデューサー的見地から、
このDVDについて、
面白可笑しく解説しちゃおうと思います。

(待ってましたー!)

(パチパチパチ)



さて、このDVDは、

全11曲からなる本編(61分)と、
楽しい楽しいボーナス映像(17分)の、
二部構成になっております。


まずは本編。

その曲目リストを見て下さい。

ジャミンのファンの方なら、
すぐにお気づきになるであろう、
ある特徴がありますね。

……。



そうなんです。

デビュー・アルバム『Smile』からの曲と、
オリジナル楽曲がやけに多いんですね。


実は、ここが今回、
私が一番こだわったところでした。



ジャミン・ゼブは、
2006年8月25日に結成され、
2007年の10月17日にメジャー・デビューをしました。


その記念すべきファースト・アルバム『Smile』には、
今なおライブでガンガン演奏し続けている、
4曲の人気曲があります。


「Take The "A" Train」
「Smile」
「You Raise Me Up」
「When I Fall In Love」

の4曲です。



この3年半で、

おそらく300回を超えるであろう様々なライブで、
彼らはこれらの曲を、
何度も何度も歌い、

今では、
レコーディング時よりも、
はるかに進化、レベル・アップした歌唱を、
聞かせてくれています。


だから、これだけは、
どうしてもやっておきたかった。

デビュー時より、
はるかに高いクオリティーのこれらを、
どうしても収録しておきたかったのです。



あとは…、


セカンド・アルバム『Dream』から
「So In love」「New York Life」

クリスマス・アルバム『GIFT』から、
「Peace On Earth」

最新アルバム『Garden』から、
「Route 66」「さくら」「Sweet Sweet Love」


と、まんべんなく散りばめた上に、

アルバム未収録の「I Do」を加えた、

そんな11曲です。


オリジナルが4曲というのも光りますよね。

(と自画自賛)



贅沢な選曲ではないかと思います。

何度もライブに足を運んで下さったみなさんには、
いろんな思い出がいっぱい詰まった、
人気のある曲ばかりです。


そして、

これからジャミンを聞いてみよう、
ライブに足を運んでみよう、
という方には、

「これが噂のジャミン・ゼブだ!」

そんな、
入門編としても最適な選曲になっております。


♪♪♪



さあ、前置きはこのくらいにして、

さっそく楽曲解説といきますか。


とはいえ、

ここは「ユニーク」を売りにする、
私のブログです。


いずれ本家「Zeblog」でも、
中身に関しては、
詳しい説明がなされるでしょうから、

ここは、
私ならではの特別企画でいきたいと思います。



題して、

「この曲の初演はいつ?どこで?」

……。



ね、面白そうでしょ。


今日の午後は、
「Zeblog」の記事やHistoryをほじくり返して、
記憶に間違いがないか資料を集めたので、
まず正解ではないかと思うのですが、

万が一、
「そりゃ違うよー」
を発見した方は、
どうぞ積極的に投稿して下さいね。

それはそれで、
楽しそうだから。

……。



では、いってみましょう。


1. Sweet Sweet Love

 最近のライブでは、
 オープニングを飾るのがすっかり定番になりましたね。
 そんな、この曲が初演されたのは、
 昨年(2009年)4月7、8日の「STB 139」2daysでした。

 初演では、2セット目のオープニング。
 作曲者レンセイが、
 自らピアノを弾きながらの熱唱でしたね。

 今回のライブでは、
 ステージ狭しと派手なパフォーマンスで、
 場内のボルテージを一気に上げてくれました。



2. Take The "A" Train

 2007年2月28日。
 初めてジャミンが人前で演奏した記念すべき初ライブは、
 六本木「All Of Me Club」という、
 小さなジャズ・クラブでした。

 まだレコード会社も決まっていませんでしたが、
 そのライブのセット・リストには、
 この曲がしっかり入っておりました。

 この時のピアノは不肖私。
 「いいグループが出来たなあ…。」
 と、感慨無量で演奏していたのを記憶しております。



3. Smile

 これまたデビュー前の2007年5月22日。
 「代々木ナル」という、
 これまた小さなジャズ・クラブが最初のお目見えでした。
 この時もピアノは私で、ベースは佐藤有介。
 
 この頃には、ビクターからデビューというのが、
 決まっておりましたね。
 だから、デビュー・アルバムのタイトルは、
 絶対「Smile」でいってやろうと、
 心に決めておりました。

 横浜大桟橋でのPV撮影も、楽しい思い出です。
 「韓流ドラマの撮影ですか?」て聞かれたし…。
 ね、スティーブ。



4. New York Life

 これは確かな記憶がありません。

 でも、おそらく、2008年8月21日の、
 「帰ってきた!丸の内マルキューブ・フリーライブ」
 が、最初ではないかと思います。

 前日に発売された、
 セカンド・アルバム『Dream』の記念ライブでしたね。

 楽しい曲ではありますが、
 演奏するのは至難の業という難曲で、
 なかなかアルバムのクオリティーに到達せず、
 メンバーも四苦八苦しておりました。

 もちろん2年を経た今回の出来は最高です。



5. I Do

 せっかくのリリースなので1曲くらいは新曲を。
 と思い、たくさんあるCD未発売の曲のなかから、
 こんなア・カペラを選んでみました。
 この曲の初演は今年(2010年)の6月16、17日。
 青山「草月ホール」での、
 「Garden/Release・Live」でした。

 作曲に編曲に、
 著しい成長を見せるレンセイの書き下ろしナンバーで、
 適材適所に各自のソロを散りばめたりしながらの、
 密度の濃い、美しい小品です

 レンセイくんは、ちゃんと、日本人特有の、
 きめ細やかさも併(あわ)せ持ってるのです。
 ま、当然といえば当然か…。



6. さくら

 これは、昨年(2009年)の3月8日。
 渋谷にある「東京メイン・ダイニング」での、
 初めてのファン・ミーティングでお披露目しました。

 続く「日本橋三越」でのフリー・ライブ(4/1)では、
 拍手が鳴りやみませんでした。

 だから、当初は春限定の予定だったのに、
 1年中歌うことになりました。
 
 だから、当然これをはずすわけにはいきませんでした。

 「あっと驚くタメゴロ〜」な映像も登場しますよ。
 むふふ…。



7. So In Love

 これって、いつの初演だかわかりますか?

 なんと、群馬県は伊香保にある、
 「松本楼」という温泉旅館が最初なんです。
 2007年12月24日のこと。
 バックは私のピアノ、有介のベース、
 そして、はたけやま裕ねえさんのパーカッションでした。

 リハと本番の間が随分空いたので、
 当然大浴場にドボーン、うい〜〜〜〜っ。
 だからその後、当然ビールをグイ〜〜〜ッ。
 そして、おいしい懐石料理をパクパク〜〜。

 だから、当然、ピアノはメロメロでした。
 この頃から、ジャミンのライブで弾くのはやめようと、
 真剣に考え始めた私でした。



8. Route 66

 この曲の初演も、昨年(2009年)の4月7、8日。
 六本木の「STB 139」2daysでした。

 このときはとにかく初演ラッシュ。
 「Route 66」に「Lady Madonna」
 コージローの美しいリードにため息がこぼれた「Alfie」
 そして前述した「Sweet Sweet Love」
 「さくら」もライブ・ハウスではこれが初演でしたね。

 「何かが変わった!?」
 そんなジャミンのエポック・メイキングなライブでした。

 さて、今回のテイク。
 シモンくん、カッコいいですよ〜。
 今のジャミンを代表する曲の、
 圧倒的な出来栄えかも…。



9. You Raise Me Up

 これも初演は2007年2月28日の「All Of Me Club」
 つまり、ジャミンの初ライブの時でした。

 そのときから、ジャミンのライブには欠かせない、
 超人気曲になってしまいました。

 丸の内でのフリー・ライブでは、
 いったいどれほどの人が、
 この曲に足をとめ、聴き入ってくれたかわかりません。

 だから、これも今回、はずすわけにはいきませんね。
 功労賞をあげたいくらいの曲ですから。



10. Peace On Earth

 さあ、これだ。
 これが一番わからなかった。

 いったい、いつ、どこで初演したんでしょうね…?

 で、いろんな資料を集めて検証した結果、
 私はひとつの結論に達しました。
 
 これは、2008年11月22日。
 「秩父宮ラグビー場」における、
 「日本-アメリカ」戦での、
 ハーフ・タイムではなかったでしょうか。

 大型スクリーンに彼らの写真と紹介が映し出され、
 ラグビーのユニフォームに身を包んだジャミンが、
 高らかにこの歌を鳴り響かせ、
 観客席のあちこちに陣取ったファンのみなさんが、
 手を振り、目一杯声援を送ってくれたのが、
 嬉しかったですねえ。

 作曲者冥利に尽きるというものです…。
 はい。



11. When I Fall In Love

 もう最後はこれしかありませんね。

 これもジャミン初ライブの2007年2月28日が初演です。

 さらに付け加えるならば、
 2008年の6月16、17日の「代々木ナル」

 これが、私がジャミンと一緒に演奏した、
 最後のライブになりました。

 なぜならば、体力的に無理だとわかったからです。

 もう二日目は、
 途中で呼吸が荒くなり、目の前が黄色くなり、
 生命の危機を感じながら、
 最後にこの曲を演奏したのでした。

 だから、こいつは、
 私に引導を渡したにっくき曲なのです。
 あははは。
 
 でも、このテイクは素晴らしいですよ〜。
 若いって素晴らしい〜♪
 〜んだから〜…。

 (やや自虐的…)




はい、そんな11曲でございます。


どうぞお楽しみに。



さらに!


このDVDには、

楽しい楽しいボーナス映像(17分)が収録されております。


1年をかけて、

いろんな映像を撮りまくり、

素晴らしい編集で、この上もなく楽しいものを作り上げた、

映像スタッフのみなさんに、

改めてお礼を申し上げたいと思います。



さあ、もうこれ以上書くのは野暮というもの。

あとは、みなさんで、

存分に楽しんでいただけたらと思います。



最後に、

このDVDには、

ファンのみなさんの表情もたくさん入っております。


「不本意にも映ってしまった方」

「不本意にも映らなかった方」

どうぞ、大目に見て下さい。


1年がかりで撮影した、

膨大な映像のなかから、

綿密に構成した結果、

こういう仕上がりになっただけのことですから。


「ジャミンの記念すべき初DVD」

ということで、お許しいただければ幸いです。



そして…、


このDVDを見て、

また新たなファンの人が増えてくれればいいなあ…。

……。



そんな切実な思いも抱きながら、


さ、カウント・ダウンといきますか。



5、4、3……。


……。




(おわり)





あ、そうだ!

ここだけの耳よりな情報を、
ちょっとお教えしますね。


間もなく「Zeblog」は、大変身をします。

大変立派でゴージャスなホーム・ページに、
華麗な変身を遂げます。


現在、最後の仕上げに、
突貫工事の真っ最中と思われます。

そのため、
時おり、画面に不具合を起こしますが、
どうぞご了承ください。


そして、この秋から来年にかけて、

素敵なライブ情報、イベント情報、○○情報が、
続々とアップされていくものと思われます。


どうぞ、今まで以上に、

ひんぱんに訪問していただきますよう、

お願い申し上げます。



えっ?

こっちはどうなんだ、

ですって?


こっちは、なにも変わりません。


あいかわらずのマイ・ペースで、


のんびりやっていきますわ。


( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


(笑うところか…)



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:43|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

October 16, 2010

ばらの騎士


「芸術の秋」ですねえ。


そしてこの秋、

私は、とてつもないものに、

ブチ当たってしまいました。


まさに衝撃の出会いです。



それは…、


『ばらの騎士』というオペラ。



リヒャルト・シュトラウスというドイツの作曲家が、

1911年に発表した大傑作です。



私が、
デアゴスティーニ社から発売されている、
「DVDオペラ・コレクション」シリーズに、
ハマってしまったことは、

年明け早々からこのブログでも、
5回にわたって熱く紹介させていただいたので、
覚えてらっしゃる方も多いと思います。



じつは、その後も、

続いていたのですよ、

定期購読。


飽きっぽい私にしては、
珍しいことです。

今現在、30作目。



でもね…、

有名な、馴染みやすい、
“傑作”と言われている作品から、
順次発売してきたようで、

そろそろ、
玉石混淆の感も否めなくはなってきました。


なかには、

「筋がつまらない」

「曲がつまらない」

「歌手のキャスティングが悪い」

「演出がダサい」

「演奏が二流」


なんて作品も、
稀(まれ)に出てくるようになってきたことは事実。



ところが…、


22番目に登場した、

これはどうでしょう、


『ばらの騎士』


……。


101016 Opera


いやあ、驚きました!


もうもう素晴らしいのひと言です!!



なんと上品でカッコいい音楽なのでしょう。


時折、ヨハン・シュトラウスばりの、
優雅なウインナ・ワルツも混ぜながら、
息もつかせぬ見事な作曲テクニックで、

これでもか、これでもかと、
舞台はスピーディーに進行していきます。


さらに、それを支える、
ロココ調の18世紀ウィーンを見事に再現した演出。


キャスティングがまたすごい。


宝塚歌劇団のお手本ともいうべき、
男装、女装を繰り返しながら、
見事な歌唱と演技で魅せてくれる、
美しいことこの上ない、
アンネ・ゾフィー・オッターという名ソプラノ。

もう大ファンになってしまいました。
あなた女優でも立派に主役やってけますね。


そのオッター扮するオクタヴィアンと不倫の関係ながら、
最後は、彼(男役)とその若き恋人の幸せのために、
事態を見事に収拾してさっと身を引く、
フェリシティ・ロット扮する元帥夫人。

ああ、この人も、なんて素敵なんだろう…。

今度一緒にお酒でも飲みたいなあ。
だめですか…?


そして、騒動の発端となる、
女好きで下品なオックス男爵を演じる、
クルト・モルという素晴らしいバス。

この人も適役中の適役で抜群の歌唱力。
おっさん、歌も演技も上手(うま)すぎるよー。



そして…、


名指揮者カルロス・クライバーが指揮する、
ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団の、

一糸乱れぬ、
美しくもダイナミックな演奏。



いやあ、こんな贅沢があっていいものでしょうか。


もう完璧な作品です。


まいりました。


♪♪♪





さて私、クラシック音楽では、

オーケストラ物が一番好きです。


メロディもさることながら、

いろんな楽器を巧みに組み合わせながら、
ドラマチックにサウンドを展開していく、
そんな「アレンジ能力」に秀でた作曲家が好み。


ざっと挙げると、

ベートーヴェンは別格として、

バルトーク、マーラー、ブラームス、ワーグナー、
ストラヴィンスキー、ブルックナー、ラヴェル、

あたりをよく聴きます。



でも、

このリヒャルト・シュトラウスだけは、

なぜか敬遠していました。


(ちなみに、このリヒャルト・シュトラウスと、
 ワルツ王ヨハン・シュトラウスちゃんとは、
 なんの関係もありません。)



そのリヒャルト・シュトラウスが、

前述した大作曲家たちと、
なんら変わらぬ評価を得ている、
大巨匠であることは知っていましたが、

なぜか敬遠していた…。


バルトークやマーラーやラヴェルと、
ほぼ同じ時期の作曲家なのに、

なぜか、この人だけは馴染めなかった。



その原因が、

これを観て、

ようやくわかりました。



これは「大人の音楽」なのです。


そして、

「大人のお芝居」なのです。



つまり、

私は、


ようやく大人になったのです!



59才にして、

ようやく、

大人の仲間入りができたのです。



若かりし頃は理解できなかった、

リヒャルト・シュトラウスが、

ようやく楽しめる年になったのです。



ヤッター!ヤッター!ヤッター!


わ〜い!わ〜い!わ〜い!


(どこが大人だ…)




ま、これからご覧になる方のために、

これ以上筋書きを教えるのは、
差し控えるますが、

とにかく、
ぜひこの作品を手に取ってみてください。



決して難解な音楽ではありません。
むしろわかりやすいチャーミングな音楽です。

ジャミン・ゼブがお好きなら絶対大丈夫です。
この上もなく上品でカッコいいですから。

だからジャズが好きな人ももちろんオーケー。
優雅なジャズ・ハーモニーのようなものも、
ふんだんに登場します。


宝塚ファンはもう文句無しね。


映画好きのあなたも、

演劇好きのあなたも、

少女コミック好きのあなたも、


絶対いけます。



無責任な私が、

責任を持っておススメする、

この秋最大の収穫。


超ど級の芸術作品。



ああ、生きていて良かった…。



というわけで、


きょうはオチがありません。



リヒャルト・シュトラウスさんに敬意を表して。


……。





ちなみに、

1911年1月26日。

この作品が初演されるや、
たちまち大評判となり、

公演が行われているドレスデンに向けて、
毎日、ドイツ各地から、
特別列車が運行されたといいます。



100年も前に、

こんなすごい作品を生み出し、
すぐさま理解してしまう、
ドイツという国の芸術レベルの高さには、

今さらながら脱帽です。


こちらも改めて、

敬意を表したいと思います。



こんな美しさや優しさを理解できる国が、


なぜあんな戦争を…、


……?



(おわり)





昨夜の私…。


学芸大にある、
「珈琲美学」というお店に、
秋元直子ちゃんのライブを見に行きました。


お目当てのもう一つは、
ベースが、
あの、岸徹至(てつゆき)君だったから。


岸君といえば、
ジャミンのCDでお馴染みの、
若手を代表する、
素晴らしいベース奏者です。


その岸君が、
あの忙しい岸君が、
わが町学大にやってくる。

これはもう、
行かずばなりますまい。


で、当然のことながら、
数曲セッションしてきました。

あははは。


ああ、楽しかった。


突然の飛び入りで、
お客さんには失礼しましたが、

楽しかったから許してください。

アハハハハ。




ピンポーン♪


おっ、

なにか来たぞ。

……。



おお!


なんとジャミン・ゼブ『Sweet Sweet Live』の、

サンプル盤ではありませんか!


うん、なかなか綺麗に出来ましたね。



そうか…、


発売まであと10日余りなんですねえ。


……。



では次回は、


このDVDのお話でもしましょうかね。



表裏取り混ぜながら…。



SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 22:05|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

October 08, 2010

無責任流芸術論 最終回


さて、

過去4回にわたってお送りした、
「無責任流芸術論」ですが、

最後は、
こんなお話で締めくくりたいと思います。



今日の主人公は、

戦後のパリの画壇に君臨した、
すごい美術評論家の先生です。


いやあ、この人はすごいです!

まさに「究極の無責任」の域まで到達した、
「究極の評論家」であり、

わが「無責任党」の名誉会長にでもなっていただきたい、

そんな人物であります。



さっそくいってみましょう。



「芸術の都パリ」


ここに、一人の著名な美術評論家がいました。


とにかく、

当時のパリの画壇で、
絶大な影響力を持つこの先生が推薦すると、

その画家の絵は飛ぶように売れ始め、
たちまち一流の芸術家の仲間入り。


ですから、

パリの無名の若手芸術家たちは、
なんとかこの先生に認めてもらおうと、
それはもう必死に売り込み作戦を展開。

でも、幸運の女神が微笑むのは、
ごくわずか。


芸術の道は厳しいものなんですね。



で、ここに、ご多分にもれず、

一人の売れない画家の青年がいました。


毎日、毎日、
一生懸命絵を描くのですが、

誰も評価してくれず、

描いても描いても一向に売れない絵が、
貧しいアパートの一室にたまっていくだけ。


でも彼は、あきらめることなく、
アルバイトでコツコツためたお金で、
個展をひらくことにしました。


不安と期待が入り交じった、
そんな気持ちのまま、

さあ、個展の日がやってきました。



でも…、


やはり…、

訪れる人はほとんど無く…、


たまに訪れるお客さんも、

一通り、急ぎ足で眺めただけで、
なんの反応もなく、
また出て行く。

……。



青年は、絶望にも近い気持ちで、

さみしい個展会場にひとり、

ぽつんと佇んでおりました。



そして、無情にも終了の時間がやってきました。

彼は、ため息まじりに、
まったく売れなかった絵を、
1枚1枚、壁からはずし、
さみしく後片付けを始めました。



と、そこに…、


なんと…、


あの美術評論家が現れたのです。



泣く子も黙る、

あの大物評論家が…。



そして、

まだ展示してある絵を1枚1枚、
丁寧に見て廻りはじめたのです。


彼の胸は、
もうもう張り裂けそうでした。

(わかるわかる)



やがて、

一通り見て廻ると、
この先生、彼のところにやってきて、
信じられないようなことを言ってくれたのです。


「この絵を描いたのは君かね?
 いやあ、なかなかいいじゃないか。
 僕には、君の並々ならぬ才能がわかるよ。
 僕が主宰している美術誌で紹介してあげるから、
 もう少し頑張って個展を開いていたまえ。」

「……。」




そして…、

奇跡が起きたのです。


その先生が紹介するやいなや、

個展には、連日多くの人が訪れ、

彼の絵は、あっと言う間に完売。

……。



「これは夢か…。」

彼は、天にも昇るような気持ちでした。



そして、その先生は、
ニコニコしながら最後の日にも来てくれ、

「いやあ、見事に売れたねえ。
 僕の言ったとおりだろ?
 良かった、良かった。
 ま、これからも頑張りたまえ。」

と、またまた信じられないような言葉を、
かけてくれたのです。


青年は、紅潮した顔で、
こう答えました。

「ありがとうございます。
 先生のおかげです。

 で、お礼と言ってはなんですが、
 僕の一番の大作をプレゼントしたいのですが、
 受け取っていただけませんでしょうか。」


そして、裏から1枚の大きな絵を持って来ました。

「この絵は、僕の最高作で、
 これだけは売らずに置いておいたのです。
 これを、ぜひ先生に差し上げたいのですが…。」



すると先生、

ますます満面の笑みになり、

「いやあ、こんな立派なものをくれるのかい。
 そりゃ、ありがとう。
 さっそく我が家の居間に飾っておくよ。」


そして、その大きな絵を抱えて去って行きました。



よかったですねえ。

この青年の喜びが伝わってくるようです。



さらに数日後、

この先生から青年のところに、
またまた信じられないような電話がかかってきました。

「いやあ、君かね。僕だよ。
 実は今度の日曜日に、
 家(うち)で、ちょっとしたパーティーをやるんだがね。
 パリ中から、いろんな著名人が、
 たくさん集まるんだよ。
 もしよかったら、君も来ないかね。」

「ほんとですか!?」


……。




そして、日曜日の当日。

彼は緊張の面持ちで、
この先生の邸宅を訪ねました。


予想どおり、
大きなサロンは、
おびただしい数の来客であふれ、
その中には著名人もたくさんいました。

彼は、どうふるまったらいいのかわからず、
ただただ呆然と、
華やかな社交界の光景を眺めておりました。


と、そのとき、

先生が彼を見つけ、
ニコニコ顔でやって来てくれたのです。

「やあ、君か。来てくれたんだね。
 ほら、あそこを見てご覧。
 ちゃんと君の絵が飾ってあるだろ。」


なるほど、

大きなサロンの一角に、
確かに、この青年がプレゼントした絵が、
堂々と飾られておりました。



しかし…、


それを見て…、


彼は大いに落胆してしまいました。



なぜなら…、


それは…、



上下が逆さまだったからです。


……。





どうです。


これぞ、“究極”、ではありませんか。


みんなが幸せになれる、

究極の無責任!!



えっ?

でも、この青年は大いに傷ついたのだから、
「1.人を傷つけない」
の、無責任3大原則に違反してるじゃないか。

ですって?



なんの、

彼はこの先生のおかげで、
世に出ることが出来たのですから、
傷つくなんて、もっての他です。

感謝以外に、なにがありましょう。


そもそも、

どっちが上で、どっちが下だか、
わからないような絵を描く、
この青年のほうが悪いのです。


それに、

ひょっとすると、

上下を逆にしたほうが、
芸術的には価値のある構図だったのかも、
しれないではありませんか。

……。




はい、こんなお話でした。



このように、

芸術とは曖昧なもの。

そして、無責任なものなのです。


でも、それでいいのかも…。


その作品を「芸術」とみるか、
「そうでないもの」と見るかは、

個人の自由であって、
人にとやかく言われるものでは、
ないように思います。

……。




さあ「芸術の秋」ですよ。


みなさん、

かって気ままに、

いろんな芸術に触れながら、

大いに有意義に過ごそうではありませんか。


(パチパチパチ)




それにしても…、


本音を言わせてもらえば…、


いくら芸術には、

「逆転の発想」が必要だといっても…、



こりゃ、あんまりだわ。


あははは。




とまあ、



無責任に締めくくってみました。



……。




(無責任流芸術論 おわり)






さて次回ですが、


この秋、私が遭遇した、

素晴らしい一品を、

ぜひ、ご紹介させてください。


いやあ、これにはまいりました。

いまだ興奮冷めやらずです。


こんなすごいものにブチ当たっただけでも、

生きていた甲斐があると言うもんです。


乞うご期待です。

……。



では、アレンジに戻るとしますか。


たくさんありますからねえ。



せっせ、せっせ。


いそげ、いそげ。



ふう〜。


………。。。




SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 13:04|この記事のURLComments(9)TrackBack(0)

October 02, 2010

無責任流芸術論 その4


ようやく秋らしい気候になってきましたね。


今朝は久しぶりに、
「駒沢公園」を散歩してきました。

なんとも清々(すがすが)しい気分です。


いいですねえ、秋。

特に今年は猛暑の連続でしたから、
いつもの年よりよけいに有難みを感じます。


「スポーツの秋」

「読書の秋」

「食欲の秋」

「芸術の秋」



そうだ、忘れてはいけない。

「芸術」だ。


「芸術とはなにか」だ…。

……。



前回のコメントの中に、
やや結論めいたものがあったので、
これはノンビリもしていられなくなりました。

先を急がねばなりませんね。


じつは私も、

同じような考えを持っておりましたから。



つまり、

「芸術」とは、

本来無責任なものではないか。



なぜ、そう思うかといいますと、

最初に私が提起した3つの命題。


1.「芸術」とはなにか?

2.「芸術」と「そうでないもの」の境界線はどこか?

3. それを決めるのは誰か?


この問いに、
明確に答えられる人がいないからです。


もしも、明確に答えられる人がいたら、
その人もまた、
極めて無責任な人ではないかと、

逆の意味で、私は尊敬します。


ええ、私は「無責任崇拝者」ですから。



かつて、
「無責任教育講座」でも触れましたが、

芸術家の大半は、
崇高な「無責任」の発想にもとづいて、
作品を作り続けたはずです。


「だって、やりたかったんだも〜ん。」

この発想です。


でも、これでいいんです。

あとは受け手の問題です。


受け手もまた、

無責任に評価していればいいのです。



さらには、

その芸術家と受け手の間を仲介する、
「評論家」という名の先生たちや、
「評論」という行為。


これがまた、

なんとも無責任な存在ではないか、
と、私は思いますね。


あっ、誤解のないように言っておきますが、

私は、「評論家」や「評論という行為」を、
断じて否定するものではありません。


芸術の発展のために、
彼らがいかに貢献してきたかは、
歴史を見ればわかることです。

彼らの慧眼(けいがん)と正しい紹介により、
どれほどの埋もれた才能が開花したことか…。


しかし、一般的に見れば、

他人の作ったものに「ああだこうだ」と言う、
「評論」というのは、
そもそもが無責任な行為と思われがちです。


でも、それはそれで、

いいのではないでしょうか。


作り手も受け手も無責任な「芸術」という分野を、
仲介、紹介する「評論」という分野だけが責任を持て、
というのは酷です。


むしろ、

この「評論家」の先生こそは、大いに開き直って、
“究極の無責任”であって欲しい、
というのが、

私の持論です。


作り手の無責任と、
受け手の無責任を超える度量と実力が必要な、
「これぞ無責任!」の旗手でなくてはならない。

私は、そう思います。


だからこそ、

「無責任の3大原則」は、

絶対に守ってもらわねばなりません。


無責任の3大原則:

1.人を傷つけない
2.人に迷惑を与えない
3.人に損害を与えない


これをクリアしない「無責任道」は、
まだまだ未熟です。

私なんぞは、
まだまだ道半ばですから、
この「究極の無責任」には到底到達しておりません。



さて、

このシリーズの一回目で、
私は2人のクラシックの評論家先生を、
ご紹介しました。

もう一度、思い出してみましょう。


一人目は、
一刀両断のもと、
作品をバッサリと評論する先生。

「ベートーヴェンの第9は、ずばりコレだ。
 これ以上の名演を、私は未だ知らない。」

「モーツァルトの○○は、これがベストだ。
 この曲は、これ1枚あれば事足りる。」
 

そして、
クラシック音楽のビギナーだった頃の私は、
この先生の言葉を信じて、

ずいぶんつまらない物を、
たくさん買わされてしまいました。


この先生が正しいかどうかは別にして、
少なくとも私にとって、

「3.人に損害を与えない」

という原則には違反しているわけですから、


私は、この先生は、
まだまだ「無責任」を極めてはおらんなあ、
と言いたい…。


どうせなら、ここまで言って欲しかったですね。


「ベートーヴェンの第9は、ずばりコレだ!

 この演奏の良さがわからない者は、
 はっきり言ってベートーヴェン、
 いや、そもそもクラシック音楽などを、
 聞く資格はない。

 私は、自分こそが、
 世界で唯一、本物を聞き分けられる耳を持ってると、
 自負している。

 しかるに、
 私が推薦したレコードがつまらない、
 と苦情を言う輩(やから)の、なんと多いことか。

 そんな輩は、
 自分には芸術を理解する能力が無い、
 と自ら認めているようなものだ。
 哀れとしかいいようがない。

 そんな奴らは、
 くだらない商業音楽を聞いておればいいのだ。

 だから、ごく稀(まれ)に、
 私のことを褒めてくれる人に出会うと救われる。

 この連中だけが、
 私が神に使(つか)わされた、
 真の音楽の伝道師であることを、
 理解している人たちだ。
 
 そんな私が言うのだから間違いはない。

 第9は、ずばりコレだ!!」



ここまで言われたら、
仮にその作品がハズレでも、
私は怒りません。

むしろ「自分の耳は神の使者に勝った!」
と、誇らしく思うでしょう。

もちろん、それが素晴らしかったら、
永遠にこの先生を崇拝し、
人に薦めてまわるでしょうね。



もう一人は、
ハイドンのチャーミングな音楽を、
ヘーゲルの哲学書よりも難解な文章で紹介した、
あの先生です。


「ソナタ形式における諸問題ー
 即ち1楽曲内での2主題性、
 各主題を連結する経過部の有機的な進行、
 小結尾部の確立、」

「主題の楽想展開的即ち
 有機的な分解と再結合による立体的な展開部、
 再現部における省略と演釈の方法」

「2主題の葛藤に対する統一的な意味を持つ結尾部
 (しかも結尾部は展開部の膨張と共に、
  主調確立という調的な意味においても、
  亦その重要さを増すべき性質のものであった)。」


……。



クラシック音楽の評論家は、

その作曲家や作品を正しく紹介すると同時に、

クラシック音楽を食わず嫌いの人たちに、
一人でも多く、その素晴らしさを教えてあげるのが、
使命ではありますまいか。

一人でも多く、
クラシック・ファンを増やすのが、
仕事ではないのでしょうか。


でも、こんな紹介をされたら、

みんな引いちゃいますよね。


「クラシック聴こうと思ったんだけど、
 なんだか難しそうな音楽だなあ…。
 やめとこかな…。」

「そうね、ハイドンて、
 もっとわかりやすい音楽だと思ってたんだけど、
 ちょっと私には無理だわ…。」



だから私は、

この先生も、

「究極の無責任」には、

まだまだ到達していないのではないかと思います。



えっ?

でも、3大原則には違反してないじゃないか、

ですって?



たしかに、

「1.人を傷つけない
 3.人に損害を与えない」

これはクリアです。


でも、

「2.人に迷惑を与えない」


これは、どうでしょうね?



私は、この評論、紹介によって、

一番迷惑を被(こうむ)っているのは、


当の、ハイドンさんではないかと、


思うのですが…。




(つづく)





7〜9月のジャミンと私は、

北の方にご縁がありましたね。


アラスカやロシアは言うまでもなく、

山形、仙台、金沢etc.


で、どうやら、

来月からは、

中京地区あたりから風が吹いて来そうです。

そよそよ、そよそよ…。



さ、五線紙もいっぱい作りました。

明日からは、

せっせせっせと書いていかないと、

この秋、冬を乗り越えられません。


やりますからね。


飲んでる場合じゃありませんよ…。

誘惑に負けてはいけませんからね…。


だから、みなさん、

誘わないで下さいね。


ほんとに…。


誘っても、ちょっとだけですよ。

ほんの一杯だけですよ。



ええ、


本当に…。



じゃ、ちょっとだけ…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:36|この記事のURLComments(16)TrackBack(0)

September 25, 2010

無責任流芸術論 その3


さて、

「近代美術館」が美術の殿堂なら、
そこから歩いてほど近い「カーネギー・ホール」は、
ニューヨークを代表する音楽の殿堂でしょうか。


私が、『Black』(黒)という、
およそ理解に苦しむ絵画(?)を見せられた、
ちょうどその頃、

こんな演奏会が「カーネギー・ホール」であったと、
当時の新聞に書いてありました。


それは、
当時(70年代後半〜80年代)を代表する、
現代音楽作曲家の新作の初演でした。


そして、その日のコンサートのチケットは、
早々と完売。

耳の肥えたニューヨークの音楽ファンは、
この作曲家の新作を聞き逃すまいと、
続々と「カーネギー・ホール」に集まっていました。


やがて、オーケストラの団員がステージに勢揃い。
指揮者が熱狂的な拍手の中、登場します。


そして、おもむろに、
指揮者がタクトを振り始める。

オーケストラが演奏を始める。

♪♪♪



と…、

ところが…、


音がまったく聴こえてこない…。

……。



初めは、おそろしくピアニシモで始まったのだと、

みんな思っていたのでしょうが、


5分たっても、

10分たっても、


な〜んにも聴こえてこない…?



しかし、指揮者は一生懸命タクトを振る。

オーケストラも必死に演奏をする。


というか、

しているように見える。


……???



そして、こんな異様な状態が30分経ち、

こんな不思議な状態が1時間にも及んで、


ようやく指揮者はタクトを降ろし、

演奏(?)は終わる。



この曲のタイトルは、

『Silence』(沈黙、静寂)

……。



ねえ、これも芸術なんでしょうか…?


こんなのまで、有りなんですか〜?



この後、会場がどうなったのかまでは、
新聞には書かれてありませんでした。


ストラヴィンスキー『春の祭典』が、
1913年にパリで初演されたときは、
(5月29日だったそうですよ)

それはそれは、
ケガ人まで出る大変な騒動になったそうですね。


それまでの常識を覆す、
すさまじい不協和音と強烈なリズム。
前衛的なバレエの演出。


もうもう怒号の嵐。

ステージには物が投げ込まれ、
ついには警官隊が出動するという、
前代未聞の騒ぎになったそうですが、


この『Silence』の場合はどうだったのでしょうか。


とても興味のあるところですが…。


いずれにせよ、拍手、喝采の嵐で、
カーテン・コールがいつまでも続いた、

とは、とても思えませんがね…。


ましてや演奏会の後で、

もしも、

「いやあ、素晴らしい曲だったねえ。」
「ほんと、演奏も素晴らしかったわ。」
という御仁がいらっしゃったら、

私は即座に、
病院に行くことをおすすめしたでしょうね。

……。




それにしても、

ますますわからなくなってきましたよ。



『Black』といい『Silence』といい、


いったい「芸術」とはなにか?

「芸術」と「そうでないもの」の境界線はどこか?

それを決めるのは誰か?


……???




私は、

当時よく一緒に仕事をしていた、
作・編曲家の深町純さんに、
思い切って聞いてみることにしました。


なぜならば彼は、
ポップスの世界では珍しく、
「東京芸術大学」なんていう、
いかめしい名前の大学を卒業していたからです。

(ん? 中退だったかな?)



すると彼、

平然と、こう言ってのけました。


「なあに、宮住くん、
 そんなの簡単だよ。

 何でも最初にやったものは、
 “芸術”として評価されるんだよ。

 『Black』にしろ『Silence』にしろ、
 今まで誰もやったことがないアプローチだから、
 認められたんだよ。

 だから、君が真似して、
 『Yellow』(黄)だの『Red』(赤)
 なんて絵を描いたところで、
 誰からも相手にされないってわけさ。

 アハハハ。」



わかりません…?


ぜ〜んぜん、わかりません…??


……???




でも、こんなこと言われると、
私は、俄然燃えるのです。


よーし、ならば私も、

誰もやったことがない、
“芸術”と認められるようなものを、
考えてやろうじゃないか…。

……。



しばらく考えていた私は、

ふと妙案を思いつきました。


(うん、こりゃいけそうだ。ウシシシ。)



「ねえ、ねえ、深町ちゃん。
 こんなのどう?

 曲のあたまから演奏しても、
 終わりから逆にあたまに向かって演奏しても、
 まったくおんなじ曲ってのはどう?

 つまり「たけやぶやけた」とか、
 「わたしまけましたわ」
 みたいな曲よ。

 どうよ、これ。

 誰もやってないんじゃないの。

 アハハハハハ。」



すると彼、

またしても平然と、冷たく、

こう言い放ちました。


「ふん。

 そんなのモーツァルトが、

 とっくにやってるよ。」


(……。)



ああ、わからん?



「芸術」って、


いったい…?



………???




(つづく)





ニューヨーク、美術館といえば、

こんな写真を見つけたので、
お恥ずかしながら掲載しますね。


もっともこれは、
「近代美術館」ではなく、
「メトロポリタン美術館」。


ね、ここでも、
ロープなんか張られてはおりません。

触ろうと思えば触れるような感じで、
この、ルノワールの有名な絵画が、
無造作に展示されておりますよ。

しかも、こんな撮影をしているのに、
警備員もおかまいなしです。

(もっとも、今はどうだかわかりませんが…)


84年というと、
この人、33才ですか…。

DSC00297



もう1枚。

やはり80年代のニューヨーク。

カシオペアのレコーディングをやってたスタジオがある、
ダウンタウンの、
とあるビルの屋上で撮ったものです。


これ、すごいですよ。

私も久しぶりに見て、
ビックリしました。


右遠方に見えるのは、

もしかして…、

今は無き…、

DSC00296

(写真はいずれもクリックで拡大)



それにしてもこの人、


ずいぶん若いなあ…。



あ〜あ…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:02|この記事のURLComments(16)TrackBack(0)

September 21, 2010

無責任流芸術論 その2


そもそも「芸術」とはなにか?

「芸術」と「そうでないもの」の境界線はどこなのか?

それを決めるのは誰か?

……。



おや?

私にしては珍しく、
難(むずか)しそうなことをしゃべっておりますね。


ま、「芸術の秋」って言いますからね。

たまには真面目に、
そんなことを考えても、
バチは当たらないのではないでしょうか。

……。



というわけで、


これからしばらくは、

“無責任”を承知の上で、

私なりの「芸術論」を、

かましてみようと思います。

(パチパチパチ…)



いいですかぁ、無責任ですよ〜〜。

(パチパチパチパチパチパチパチ…)




さて、私は、

1970年代の終わりから80年代にかけて、
毎年のように、
ニューヨークに行っておりました。


とは言っても、
メインはレコーディングなので、
スタジオに籠(こも)りっきりで、
ほとんど観光などはしておりません。


でも、毎回、
2週間〜1ヶ月という長期滞在ですから、
たまにはオフもある。


そんなオフを利用して、
よく出かけたのが、

「近代美術館」(The Museum Of Modern Art)


そして、1978年。

その「近代美術館」に初めて行ったときの衝撃は、

忘れることができません。



大して高くはない入場料を払って、
(確か10ドルぐらいだったように記憶しています)
さっそく中に入った私の目に、
いきなり飛び込んできた1枚の大きな絵。


ガビョ〜〜〜ン!!!

うそだろ…???


なんと、

それは、

ピカソの『ゲルニカ』でした。

……。



いやあ驚きましたね。


この絵はスペインにあるものとばかり思っていましたから。


しかし、もっと驚いたのは、

そんな世界的に有名な絵が、
さして物々しい警備もなく、
無造作に飾られているという点です。


「これ以上近づいてはいけません」
といった警告があるわけでもなく、
縄が張ってあるわけでもなく、

触ろうと思えば、
容易に触ることができる距離にある。


もちろん触ったりはしませんが。


しかも平日だったため、
人もまばら。


普段から、
トップクラスの芸術に慣れ親しんでいる、
ニューヨークの人たちは、

「ふ〜ん、これが『ゲルニカ』か。」

てな具合に、
別段大騒ぎすることもなく、
さっと眺めて通り過ぎてしまいます。



これ、日本だったら、
大騒ぎでしょうね。

おそらく、朝から美術館の前は、
長蛇の列。

物々しい警備のお兄さんたちで、
溢れかえっていることでしょう。


そして、

高い入場料を払って、
何時間も待って、
ようやく自分の番が来ても、

「どうか立ち止まらないでください」
な、アナウンスにせかされて、
後ろの人にどんどん押されて、
もみくちゃになって、

ま、ほんの30秒くらい見れるのが関の山でしょうね。


しかし、さすがニューヨークは違いました。


私は、かれこれ30分も、

『ゲルニカ』の前に立っていたでしょうか。


ああ、幸せ…。



さらに奥に進むと、

スーラだの、
ゴーギャンだの、
ゴッホだの、
ダリだの、

かつて本で見たことのある名画が、
ズラリと展示してありました。


3Fには、

モネの『睡蓮』までありましたよ。

感動しましたね。



しかも、みな、

「触りたければどうぞ」
「なんなら、持って帰ってもいいですよ」
てな感じで、

(そんなわけないだろ)

なんとも無防備に展示されてるわけです。


警備のお兄さんもほとんどいない。

……。



いやあ、まいりました。


当時のニューヨークは、
世界でも有数の「犯罪都市」と言われておりました。

実際私も、
怖い思いをしたことが何度かあります。


でも、

ここへ鑑賞に来る人のなかに、
そんなことをするような奴は一人もいないことを、

この街は、ちゃんと知ってるんですね。


こと「芸術」に関しては、
日本よりもずっと「大人」だと思いました。


恐るべしニューヨーク。

……。




さて、前置きが長くなりましたが、

これからがメインのお話です。


そんな名画に混じって、
私は、こんな絵(?)を発見しました。


それは…、

ただ真っ黒に塗りつぶされただけの絵。


タイトルは『Black』(黒)


ん…?

なんでしょうね、これ…?


???…。



いいんでしょうか。

こんな、人をバカにしたようなものが、
シャガールやセザンヌの隣に飾られても…。


当然、私のような凡人には、
この絵の価値など、
これっぽっちもわかりません。


1978年というと、
私はまだ27才の青二才です。

私は、憤懣やるかたない思いでいっぱいでした。


(芸術というのは、
 人の心を癒すものではないのか。
 人生に潤いと感動をもたらすべきものではないのか。

 しかるにこの真っ黒いだけの絵はなんだ。
 この絵に、なんの感動がある。
 どう癒されよというのだ。
 これの、どこが芸術なのだ。

 こんな絵を飾るくらいだったら、
 黒鉄ヒロシさんの『乙子園』でも展示しろ。
 そのほうが、よっぽど、
 人生にとってプラスになるというもんだ。

 そうだそうだ。

 ブツブツブツ…。)




私が、


「そもそも「芸術」とはなにか?

 「芸術」と「そうでないもの」の境界線はどこなのか?

 それを決めるのは誰か?」


という疑問を持ったのは、


じつは、



このときが初めてだったのかもしれません。


……。




(つづく)





いやあ、すさまじい1週間でした。


シュン・コーポレーションのみなさん、

よく働きました。


先週末の仙台遠征から帰ると、
休む間もなく、
ライブDVDの編集。

画と音を別々の場所で編集しながら、
最後はドッキング。


その間に「青山ブルーノート・チャリティ・ライブ」


16、17日は、
音の最後の仕上げ(トラック・ダウン)。

そして私は、
朝の5時までスタジオをやって、
急いでタクシーを拾って帰り、
シャワーをして、荷造りをして、
一睡もしないで7時半の新幹線で金沢へ。(18日)

一方Y浅ショージくんは、
18日はその音のマスタリング。

私はジャミンの金沢コンサート。


19日に帰ると、
そのまま新橋の映像スタジオに直行、
Y浅くんと合流して、

画と音を最後に調整していく、
「MA」という作業に立ち会い。


きのう(20日)も同じ。


そして、きょう、

ようやく「オーサリング」という、
最後の作業にこぎつけることができました。


ふ〜。


私、この1週間は、

ろくに睡眠を取っておりませんね。

(よく持ったもんだ…)



でも、

なんとか、

完成にこぎつけることができましたよ。


ジャミン・ゼブ待望の、

初ライブDVD『Sweet Sweet Live』!!


なにしろ、

なにかトラブったら、
1日でもダメになったら、
発売延期という、
ギリギリのところでの作業でしたからね。


すごいプレッシャーでした。

はい…。



というわけで、みなさん、

10/27の発売日を、

楽しみにお待ち下さいませ。


「ボーナス映像」を含む、

大変楽しいものになっておりますので。


♪♪♪




で、気がついたら、

もう、今週の金曜日(24日)は、

学芸大「A'TRAIN」ではありませんか。



そうか、もう最終金曜日なのか…。

……。



あっというまの9月でしたね。


でも、「STB 139」にはじまり、

この9月は、

大変実りのある月でした。



というわけで、

ようやく一段落です。


金曜日は、燃えますよー。


あ、今回から時間が繰り上がってるので、

くれぐれもお間違えなきよう。


7時半開店

8時半スタート

ですからね。



さ、寝るぞ〜。


起きるまで寝るぞ〜。



ん…?



……???




SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 13:41|この記事のURLComments(15)TrackBack(0)

September 12, 2010

無責任流芸術論


ああ、また一人逝ってしまった。

偉大な『ハナ肇とクレージー・キャッツ』
のメンバーが…。


谷啓さん。

……。


あなたの「ガチョ〜ン」は、
最高でしたよ。

数年前、一緒に仕事をした、
韓国の歌姫『WAX』(ワックス)嬢にも、
この「ガチョ〜ン」は、
しっかり伝授しておきましたよ。


私の命ある限り、
この「ガチョ〜ン」は、
決して消え去ることのないよう、
若者に伝授していきます。

海の向こうの韓国でも、
WAXが、しっかり伝授していくことでしょう。


どうぞ、安らかにお休み下さい。


合掌…。

……。




さて、何度も言うように、

私は熱烈な、
「クレージー信奉者」です。

「無責任崇拝者」です。


昨年書いた、
『無責任教育講座』でも、

“無責任”の持つ素晴らしい効用について、
熱っぽく語らせていただきました。


「“無責任”とは、

 粋な遊び心であり、
 人生のチャーム・ポイントであり、
 豊かな発想の源であり、
 人生を楽しくする知的ゲームであり、
 苦境や困難から脱出する『武器』でもあるのです。」



覚えてらっしゃる方も多いと思います。


そして不遜にも、

ベートーヴェンやセロニアス・モンク、
あるいはピカソを例に出して、

偉大な「芸術」には、
“無責任”は不可欠な要素であると、

はっきりと言いきったわけです。



しかし、その一方で、

こうも書きましたね。


「ただし、
 3つの原則を守ることが絶対条件です。

 1)人を傷つけない
 2)人に迷惑を与えない
 3)人に損害を与えない


 この3原則を守らないと、
 今度は、みなさんが、
 世間から非難を浴びることになりますからね。
 
 “無責任”は、
 時に『凶器』にも早変わりするので、
 くれぐれもご注意下さい。」




さあそこで、問題になってくるのが、

芸術に対する「批評」「評論」

といった類いの分野です。



私は、

自分が物を作る人間の端(はし)くれゆえに、
人の作品を「批判」「批評」するのを、
好みません。


なぜならば、

人、あるいは人の作品を批評、批判するには、
“無責任”であってはならないと、
かたく戒めているからです。


さらには、

私が「論争」ということを、
極めて嫌う体質であることも、
関係するかもしれませんね。


「自分が良ければ、いいんじゃな〜い。」

「人にはそれぞれ好みというものがあるからね〜。」


これで片付けてしまって、
それ以上その話題に踏みとどまらない、

そんな体質だからでしょう。


(つらぬけ無責任道)




ところが、

『徒然草』ではないけれど、
新しい分野、未知の分野に興味を持ったときは、
やはりその道の「先達」といったものは必要なわけで、

そこで重要になってくるのが、

「芸術評論家」
といった類(たぐ)いの先生なんですね。


クラシックが好きになったら、
何から聴けばいいのか。

ジャズに興味を持ったら、
どのように楽しめばいいのか。


絵画は?

彫刻は?

文学は?



そして、その「道標(みちしるべ)」たるべき、
この先生たちだけは、

絶対に“無責任”であってはならないと、
ずっと思ってきました。


つまり先生たちは、私たちに、

その「作品」や「作家」の、
真の素晴らしさや深さを、

正しく、丁寧(ていねいに)に、わかりやすく、
導いていただかなくては困ると、

ずっと思ってきたのです。



が、しかし…、


実際はどうなのでしょうか…。


……。




一例をあげましょう。


ここに、
クラシックの世界では有名な、
とある音楽評論家の先生がいます。


この先生は、
とにかく好みがはっきりしていて、
いつも一刀両断。

「ベートーベンの『第九』は、
 ○○に尽きる。
 これ以上の名演を未だ私は知らない。」

とか、

「モーツァルトの△△は、
 この演奏が歴代ナンバー・ワンだ。
 この曲は、これ1枚あれば事足りる。」


といった具合に、
胸のすくような評論が人気なんだそうです。



でもね…、

私、この先生の推薦したものを、
ずいぶん購入してみましたが…、


全部ハズレでした。


私の感性には、

まったく合いませんでした。


むしろ、
この先生が酷評した物のほうに、
心打たれる作品が多かったように思います。

私にはね。


だから今では、
反面教師的に利用させてもらっています。

この先生が、
お好みでなさそうなものは、
「チャンス!」とばかり聴いてみるわけです。


つまり、ここでも、

『逆転の発想』です。


あははは。



あっ、誤解しないでくださいよ。


私は、この先生を“批判”しているのでは、
ありませんから。


さっきも言ったように、
私は「批評」「批判」を好みません。

「人にはそれぞれ好みというものがあるからね〜。」
で納得してますから、別にいいのです。


もちろん、この先生と、
「芸術論」を交わそうなどという考えも、
毛頭ありません。

そんな面倒くさいこと。


「自分がいいと思えば、それでいいじゃ〜ん。」

ただそれだけのことです。



ただし、

私にとって、
価値のわからないレコードを、
ずいぶん買わされたことだけは事実ですから、

これは、


「無責任の3大原則

 3)人に損害を与えない」

には、立派に該当することになりますね。


少なくとも私にとっては。

……。



それから、

こんなものも発見しました。


これまた、
クラシックの大評論家と言われてる(らしい)、
とある有名な先生の書いた、

「ハイドン」に関する評論です。



余談になりますが、

先日ジャミン・ゼブは、
「STB 139」において、
『ドイツ国歌』を歌いました。


あれ、実は、
ハイドンの作曲なんですね。

弦楽四重奏曲『皇帝』の一部なんです。

(どおりで、いい曲だ)


それをジャミン用にアレンジした手前、
ちょっと「ハイドン」を研究しようと思いましてね、

家捜しして、
こんな文献を見つけたというわけなのです。



ご承知のように、
ハイドンといえば、
『交響曲の父』と言われております。


ということは、すなわち、
「ソナタ形式」なるものを生み出し、
それを完成させた、

偉大なるパイオニアとも言うことが、
できるわけです。


そんな、ハイドンの偉業について、
この先生は、
こう解説しております。


危険を顧(かえり)みず、
原文のまま、
ここに引用しますね。


「前略…(ハイドンは)
 これまで徐々に積み重ねた実験、
 即ちソナタ形式における主題とその展開の方法とを、
 完全に実現することが出来たのである。」

 (ふむふむ)

「ソナタ形式における諸問題ー
 即ち1楽曲内での2主題性、
 各主題を連結する経過部の有機的な進行、
 小結尾部の確立、」

 (ん? ま、わかるような気もするが…)

「主題の楽想展開的即ち
 有機的な分解と再結合による立体的な展開部、
 再現部における省略と演釈の方法」

 (???)

「2主題の葛藤に対する統一的な意味を持つ結尾部
 (しかも結尾部は展開部の膨張と共に、
  主調確立という調的な意味においても、
  亦その重要さを増すべき性質のものであった)。」

 (???????)



これ、

私のような凡人には、

なんのことだか、


さっぱりわからないんですけど…??



どなたか、


教えてくださいませんかぁ…。



……。




(つづく)





はい、

仙台に行ってきました。


いやあ、美しい街ですねえ。


綺麗に区画された街並。

広い道路。

美しい緑の街路樹。



そんな中で繰り広げられる、

『定禅寺ジャズ・ストリート』


20年前に始まったときは、

わずか25バンドの参加だったそうです。


それが今年は、750バンド!


プロ、アマ入り乱れて、

街中に音楽があふれる2日間。


本当に素晴らしいイベントです。


久しぶりに会った、仙台在住の、

学生時代の音楽仲間に連れられて行った、

小さな「ジャズ・クラブ」でも、

楽しいセッションが繰り広げられていました。


だから、私も飛び入りで、

2曲ほどピアノを演奏してきました。


ああ、楽しかった…。



「牛タン」も最高に美味しかったし、

また行きたいな。


仙台のみなさん、

ありがとうございました!



さ、今週末は金沢だ。


今年の夏は、

本当に旅ざんまいですね。



でも、


体力的には、


そろそろ限界かな…。



年だから…。



ううむ……。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 16:52|この記事のURLComments(17)TrackBack(0)

August 28, 2010

乙子園 その2


黒鉄ヒロシさんの読み切り漫画、

『乙子園(おつしえん)』とは、

いったい、いかなるものだったのでしょうか…?


ちょっと思い出してみることにしましょう。


ただし、今は手許になく、記憶も曖昧なので、
高校の名前とかは、
適当につけさせてもらいました。

ま、だいたいこんな感じということで、
ご勘弁くださいませ。



さて、ここは、
「甲子園球場」(だと思われる)。

夏の全国高校野球選手権大会。
(だと思われる)

ギラギラとした真夏の太陽のもと、
きょうも全国から集まった球児たちが、
熱戦を繰り広げております。


両軍応援団や観客の声援、笛太鼓、歓声。

テレビのアナウンサーの熱のこもった中継ぶり。


と、ここまでは、

私たちが毎年楽しんでいる、

高校野球「夏の甲子園」と、

なんら変わりはありません。



ところが…、


何かがおかしい。

……。



まず、

その試合内容。


これが、

おそまつ極まりない。



凡プレーにつぐ凡プレー。

まあ、みんな、下手なのなんの。

これが、厳しい予選を勝ち抜き、
全国制覇をめざす地区代表同士の戦いか、
と思わせるような、

ひどい泥試合。


「あ〜あ、そんな球も打てないのかよー。」

「あ〜あ、またトンネルだ。
 おまえら、ちゃんと練習したのかよ、ええっ?」

「うそだろ〜、なんでそっちに投げるんだよ〜。」

「おい、ベンチであくびなんかしてんじゃねえよ、
 おまえらヤル気あんのかよ、やる気、ええっ?」


そんな凡プレーのたびに、

観客席や応援団席からは、
情け容赦ない罵声が、
ひっきりなしに浴びせられます。

(ん、これは…?)



一方、アナウンサーや解説者の中継といえば…、

ア「いやあ、○○さん、
  なんといっても全国大会ですからねえ、
  両軍選手には、
  もっともっと頑張ってもらいたいですねえ。」

解「そうですよ。
  なにしろ、ここで負けたら、
  全国に恥をさらすことになるんですからねえ。」

(ええっ? いくらなんでも大げさな…?)
  


そして試合終了のサイレン。

アナウンサーの高らかな声がブラウン管に響き渡る。

ア「試合終了です。
  大本命のLP学園、山松商を押さえて、
  2回戦に進出です!」


そして、

LP学園の選手と審判員たちが、
ホーム・ベース上に整列して、
同校の校歌が流れ、校旗が掲げられる。


と、ここまでは、

これまた「甲子園」と同じ。



ところが…、

勝ったはずのLP学園の選手は…、

みな、がっくりとうなだれ、
しょぼ〜んと、しょげかえり、
なかには、悔し涙でぐしょぐしょの選手もいる。

(???)


一方、ベンチ前に整列した、
敗者のはずの山松商の選手たちは、
みな一様に安堵の表情。

みなニコニコ顔。

なかには、
抱き合って喜びを爆発させてる選手たちもいる。

(な、なんなの、これは…?)



こんな光景が幾度となく続き、

私には、何が何だかわからないまま、

いよいよ決勝戦を迎えます。


LP学園と浜横高校の一騎打ちです。


中継のアナウンサーの声にも熱がこもる。

ア「いやあ、○○さん、
  いよいよ決勝戦の日を迎えました。
  泣いても笑っても、
  今日で日本一が決まるんですね。」

解「そうですよ。どっちも負けられない一戦ですよ。
  ここで負けるということは、
  この上も無い屈辱ですからね。」

(ん、屈辱? この人は相変わらず手厳しい…。
 たかが高校野球ではないか…。)



そして試合が始まる。


さすが決勝戦だけあって、

素晴らしいプレーの連続。


と思いきや…、


これが、

空前の、

おばかなプレーの連続。


両軍応援団のボルテージも最高潮。


「おい、どこ投げてんだよ、どこ〜。」

「バカ〜、なにやってんだよ〜。」

「うそだろ〜、なんでそっちに走るんだよ〜。」

「このヘタくそ、死んじまえ〜。」

「おまえのかあちゃん、でべそ。」

「彼女が見たら、泣くぞ〜、アハハハ。」

「おまえら、当分、メシ抜きだあ〜。」


とまあ、

罵声を通り越して、

怒号、嘲笑の嵐。

(ひどい、ひどすぎる…。)



そして凡プレーのたびに、

スタンドからは物が投げ込まれたりして、

もう球場は騒然とした空気に包まれる。


(いったい、黒鉄さん、なにが言いたいのよ〜?
 これはいったい、何なのよ〜?)


アナウンサーも解説者も、
呆(あき)れかえった口調の中継が続く。

ア「いやあ、○○さん、
  今の回のLP学園の攻撃をどうみますか。」

解「アハハハ、もうアホらしくて見てられませんね。
  さすがに本命のLP学園だけあって、
  期待を裏切らない、珍プレーの連続攻撃。
  いやあ、見事といえば見事ですか。」

ア「しかし、相手の浜横高校も、
  負けてはいませんね。」

解「そう、激戦区の神奈川代表だけあって、
  これも有力な優勝候補ですよ。
  いったい、どんな練習をしてきたのか、
  私には想像もできませんがねえ、アハハハ。
  あ、またエラーだ。ひどいなあ、こりゃ。」


(こ、これは、あきらかに甲子園大会ではない…。)



そして、試合終了。

「LP学園、日本一!!」


そして、同校の校歌が流れ、

校旗が掲揚される。



が…、


ホーム・ベース上に整列した選手たちは…、


がっくりと肩を落とし、

うなだれ、

泥まみれの腕で悔し涙を拭き、

なかには、膝から崩れ落ちる選手もいる。

……。


同校の応援団席からは、

「ばかやろ〜、もう帰ってくんな〜!」

「お前らの親は、みな泣いてるぞ〜!」

「恥を知れ、恥を!」


とまあ、ひどい罵声の嵐。


空飛ぶカラスも「カカカカ〜」

アホウドリも「アホウ、アホウ」

とあざ笑う。



一方、日本一を逃した浜横高校の選手たちは、

ベンチ前で整列し、

みな抱き合って、

喜びを爆発させているのです。



そこで物語は終わり。

……。



何なのでしょうね、これ?

……???




はい、もうおわかりですね。


でも、20代後半の青二才だった私には、

ここまで読んでも、

まだ、チンプンカンプンでした。


いったいこの漫画は何なのか?

なんのことやら?

黒鉄さんは、何を言おうとしているのか?


さっぱりわかりませんでした。


彼自身による最後の解説を読むまでは…。

……。



つまり、

こういうことなのです。


夏の「全国高校野球選手権大会」というのは、
まず都道府県別に予選が行われます。

その地区予選を勝ち抜いた49代表が、
「甲子園球場」に集(つど)い、
日本一をめざして、
トーナメントで勝ち抜き戦をやる。


その戦いの軌跡をグラフにすると、
ピラミッドの形になりますね。

4028校が1回戦をやると、
半分の2014校が消えて行く。

回を追うごとに、
ピラミッドの山が三角形に積み上がっていきます。


こうして、
予選までさかのぼると、
膨大な数のトーナメント戦を戦い、

そして最後まで勝ち抜いた、
ピラミッドの山の頂上の一校が、

栄えある優勝校というわけです。


これが『甲子園」。



ところが…、

この『乙子園』というのは、

回を追うごとに、下に積み下がっていく、


「逆ピラミッド」だったんですね。



つまり、こういうことです。


地区予選の1回戦で負けた同士で2回戦をやる。

また負けた方が次に進む。

つまり敗者のトーナメント。


で、地区予選の決勝、

(この場合は「決敗」と言ったほうが正しいか…)

まで行って負けた学校が、


栄えある、

ではなく、

“屈辱”の全国大会に出場。


そして、全国大会でも、
負けたチーム同士がトーナメントを戦い抜き、
そこでも負けた学校がどんどん進出し、
最後の決勝でも負けた1校が、

『乙子園』大会でのチャンピオンになる、

というわけなのです。

(この場合は、LP学園)



ということは…、


この「乙子園大会」のチャンピオンこそは…、


『日本で一番“野球”の弱い高校』


ということになるんですね。


……。




いやあ、すごい発想です。


まさに「逆転の発想」!!


日本で最も人気のある、
「国民的イベント」とも言っていい、
高校野球を見ながら、

こんなことを思いつく人は、

まず、いないんじゃないでしょうかね。


30年以上も前のことなのに、
はじめて読み終えたときの印象は、
私の中では、今だに、

強烈に残っております。


たかが「漫画」と侮(あなど)ることなかれ。



そして、

この「逆転の発想」こそ、

私のなかでは、
『バイブル』とも言える教訓として、
今でも、大切に崇(あが)めているのです。


何かを創造する人間にとって、

何よりも大切なのではないかと、

ね…。



というわけで、

次回は、


そんな「逆転の発想」をさらに掘り下げて、


私の独断と偏見による、
(また出たな)

『無責任流芸術論』を、

軽〜くかましてみたいと思います。


ええ、


あくまで、


“無責任流”ですがね。


……。



(乙子園 おわり)





いやあ、昨夜も楽しいライブでした。

月に一度のスポーツ・ピアノ。

学芸大「A'TRAIN」の狂乱ライブ。


私、絶好調で、

久しぶりに最後まで快調にスイングしましたよ。


お越しいただいたみなさん、

ありがとうございました。



そして今日は、

重大なお知らせがあります!


昨夜もご案内しましたが、

次回からこのライブ。


時間が変更になります!!


「2セット目も見たいのに、
 帰りが遅くなるので見れないわ〜。」

といった、
たくさんの方の声にお答えして、

30分ほど繰り上げることにしました。

(パチパチパチ)


つまり、

7:30(p.m.)開店

8:30〜9:30 1回目
10:00〜11:00 2回目
0:00〜1:00 3回目

その後は、
ジモッティー、深夜族の方たちと、
フリー・セッションでワイワイ。

そして2:00(a.m.)にはおひらき〜。

♪♪♪


これならば、

2セットを見ても、
みなさん楽に帰宅することができますね。


寄る年並で、
しだいに体力がきつくなっている、
私やマスターにとっても、

ありがたい時間変更というわけです。


どうぞご理解の上、

お間違いのないように、

お出かけください。


次回は、9月24日(金)です。



さ、

明日からは再びジャミン・ゼブだ。

「ジャミン・ゼブ 秋の陣」だ!


9/2、4、5の「STB 139」もほぼ完売だそうです。


燃えてきましたよ。


久しぶりにやりますかね。



ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:36|この記事のURLComments(28)TrackBack(0)

August 22, 2010

乙子園


あ〜あ、終わっちゃった。

夏の甲子園…。

高校野球…。


でも、素晴らしい大会でした。


今年も、球児たちの熱い戦いを、

存分に楽しませてもらいました。


「伊勢志摩ロイヤル・ホテル」の部屋で。
山形は余目の旅館の食堂で。
庄内町「響ホール」で。
甲府の実家で。
エコ協力、冷房なしの暑い暑い我が家で。

そして、きのうの決勝戦は、
「丸の内オアゾ」にて、
自分のワンセグで見ておりました。


えっ?

その時間はジャミンのライブじゃないか、

ですって?


おっと、そうか…。

……。



興南高校(沖縄)春夏連覇!

いやあ、強かったですねえ。


春も圧倒的でしたが、
この夏はさらにパワー・アップ。

「絶対本命」の重圧を、
むしろ楽しんでたような余裕すら感じました。


圧巻は、準決勝の「報徳学園」戦ですかね。

序盤にあっと言う間に5点を取られたときは、
正直「興南もここまでか…。やはり人の子だな…。」
と、思いました。


しかし、終わってみれば、

6−5でキッチリ逆転勝ち。


あんな「負け試合」を勝ちにもっていけるなんて、
並のチームに出来ることではありません。

驚きました。

歴代の優勝校のなかでも、
間違いなくトップ・クラスのチームだと思います。


東海大相模もよくやりましたが、
一二三(ひふみ)投手は連投の疲れが見えましたね。

万全の状態でやらせてあげたかったが、
これもまたトーナメント、一発勝負の、
「甲子園」ですから…。

仕方ありません。


ここは素直に、

興南の素晴らしさを讃えることにしましょう。


沖縄のみなさん、おめでとうございます。


♡♡♡



というわけで、

毎年「甲子園」が終わると、
一気に秋のムードになって、
なんともいえない寂寥感におそわれるのですが、

今年は別です。


歴史的な猛暑、炎暑ですからね。

早く涼しくなってください。

もう体が持ちませんよー。

……。



と、そんな中、

こんなものを思い出してしまいました。



『乙子園』(おつしえん)


ん?


なんですかね、これ?


……???



これ、

かつて黒鉄ヒロシさんが発表した、

「書き下ろし短編漫画」のタイトルなんです。



ずいぶん昔の話。

私がまだ20代の若僧で、
アルファ・レコードのディレクター、
をやってた頃の話。


私は、この、黒鉄(くろがね)先生と、
一度だけ、
仕事をご一緒させてもらったことがあります。



打ち合わせのため、
渋谷のご自宅を訪ねてみると、

いましたよ、いましたよ、

黒鉄ヒロシさん。


和室の仕事部屋で、
大きなテレビをつけっぱなしにしながら、
せっせと、お馴染みの漫画を書いておりました。

(おお、こうやって書いてるのか…)


なにせ、私、
この先生の大ファンでしたからね。

「よのすけ」「赤兵衛」「結作物語」etc.


その新作を、
今、目の前でご本人が書いている。

いやあ、興奮しましたねえ。



ちょっぴりエッチでお下品だけど、
なんともいえない可愛い画で、
大笑いさせてくれる軽妙なタッチが最高でした。


とくに、

「困ったとき」
「邪(よこしま)なことを考えてるとき」
の、主人公のとろ〜んとした目つきが、

なんともユーモラスでケッサク。


だから、当時は大変な売れっ子で、
なんでも、週に13〜4本の連載を抱えていると、
おっしゃってましたね。

超人的な活躍です。



ちょうど私が訪れた時は、
「大相撲」が中継されていました。

と、突然、なにか閃(ひらめ)いたらしく、
いきなりこんな話を、
初対面の私にしてくるのです。


「そうだ、宮住くん。
 こんな話はどう?

 この相撲取りはね、
 初日に勝って、あと全部負けてるのね。
 つまり初日だけ白丸で、あと13個黒丸なのよ。

 で、ついに千秋楽まで来てしまった。

 親方はカンカンでね。
 “おまえ、やる気あんのか”って叱るのね。

 そしたら、その力士、
 笑いながら平然とこう言うのよ。
 “なあに親方、千秋楽に勝って白丸がついたら、
 真ん中の黒丸は、
 全部白に変わるんですよー”。

 親方 “バカ! そりゃオセロだろ”。

 どう、面白い?

 ねえ、どう思う、宮住くん?」



もちろん私は、

「最高じゃないですか。
 よくそんなバカなこと思いつきますねえ。」

と、ほめ讃える。


すると先生、ニコっと笑い、
「よし!」とばかりに、
テーブルの上にあるメモ帳に、
そのアイディアを書き付けると、

また、連載漫画の執筆に戻る。


その間に、併行して、
私との打ち合わせを進める。

ずっとうつむいて漫画を書きながら、
口では私との打ち合わせ。


で、何か面白いアイディアが浮かぶと、
メモ帳に書き付けて、
また執筆、
併行して打ち合わせ。


なんとも気さくな方で、

私のような初対面の若僧にも、
どんどんアイディアを披露し、
意見を求める。


その傍(かたわ)ら、
おそろしいスピードで、
せっせと連載漫画を片付けていく。

それも楽しそうに。


すごいでしょ。

いっぺんに3つくらいのことを、

平気で進めていくんです。



さあ、また、

なにか閃いたようです。


「ねえ、こんなアイディアがあるんだけどさあ。

 ○○の△△△ってどう思う?

 ○○△△△ってつなげると、
 別の意味になって最高だろ。

 アハハハ。」



ところがそれは、
別の歌手が、すでにやっていて、
レコードにもなっていて、
大いに話題をよんだのですが、

あまりにも過激なので、
発売禁止、放送禁止になってしまった代物でした。

(ここで、○や△でごまかしているのは、
 そのためです。
 ええ、書けませんとも、そんなこと。だめです。
 だめよ、ムフフ、ニヤニヤ、ククク…。)



どうやら黒鉄先生、

ご存知なかったようですねえ。


で、私がそのことを告げると、


「ええっ?

 もうあんの?

 くそ〜、一生懸命考えたのになあ。

 残念、無念…。」


と、本当に悔しそうでした。



ところが、

その数週間後。


「ビッグ・コミック」だか、
「漫画アクション」だかを手に取ってみると、

まったく同じアイディアで、
もっとナンセンスで可笑しいものが、
掲載されておりました。


私は、思わずほくそ笑みましたね。

「さすがだ。あきらめなかったんだな。

 しかも、これがまた、ケッサクだなあ。

 アハハハ。」



いずれにしても、


とてつもないアイディアを生み出す力。

あくなき創造への執念。


やはり並の人ではありませんね。

天才だと思いました。



こうして私は、

ますます黒鉄ヒロシさんの、

大ファンになったのでした。



それから数年後のこと。


「漫画アクション」だか「ビッグ・コミック」

だかの宣伝文句に、

私は、こんな一文を発見したのです。

 
「黒鉄ヒロシ・書き下ろし新作!

 超ナンセンス・ギャグ漫画 『乙子園』

 一挙公開!!」


 
『乙子園』


なんじゃそれ?


……?



また黒鉄先生が、

おかしなものを書いたようですね。


さっそく本屋で手に入れた私は、

その『乙子園』なるものを、

一気に読んでみました。



と…、


これは…、



す…、


すごい…、


……。



(つづく)




はい、ご存知のかたは、

黙っててくださいね。(笑)



さあ、甲子園も終わり、

「ジャミン・ゼブ秋の陣」にむけて、

本格始動です。


まずは、

9/2(木)、4(土)、5(日)の、

「STB 139」3 Days!!


これ、すごいですよ。

何度もジャミン・ライブを見ている方なら、

度胆をぬかれるであろう構成になっております。


こちらも、大変なプレッシャーですが、

進化するためには、

つねにチャレンジしないとね。


9/2と9/5は、

まだ若干お席があるようです。


どうぞお早めに。



これは見ないと損です。


ホントに…。



と言って、


ますます自分にプレッシャーをかける私…、


ううむ…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:37|この記事のURLComments(17)TrackBack(0)

August 16, 2010

狂言


早いもので、

船(飛鳥II)を降りて、
もう一ヶ月が経つんですねえ。


その後も、なんだか旅ばかりしていたような…。



でも、行く先々で、
ジャミンは、しっかり足跡を残せたような気がします。

私も、行く先々で、
しっかり美味しいお酒を頂いたような気がします。

(ん?)



さて、ZEBLOGでも紹介されておりましたが、

先月私たちは、その「飛鳥II」のクルーズで、

大蔵流若手狂言「SHIN」のみなさんと、
ご一緒させていただきました。


そして私は、お恥ずかしながら、

この『狂言』というものを、
初めて、じっくり見させていただきました。

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P1060451

(写真はクリックで拡大)


いやあ、こう言ってはなんですが、

とても感動しました。

新鮮な体験でした。



時代が700年前にタイム・スリップしたかのような、
なんとも不思議な空間。


客席の中に、
豊臣秀吉や足利義満がいて、
大笑いしているのではないかと、

そんな錯覚を覚えてしまうかのような、
なんとも不思議な感覚。

……。



最初に、長男の大蔵千太郎さんが出て来て、
「狂言とはなにか」の前口上。

(上の写真:向かって右から二人目)


千「狂言とは、ひと言で言うとショート・コントです。」

  (なるほど)

千「我々の主な舞台は『能楽堂』でして、
  ここでは、能と狂言が交互に演じられます。
  従って、私たちの正式名称は、
  『能楽師 狂言方』と言うんですね。」

  (へぇ〜)

千「そして、能のテーマが、
  『平家物語』などの史実であるのに対し、
  狂言は、その辺にころがっている、
  庶民の暮らしがテーマなんです。」

  (ふむふむ)

千「さらに、言葉は昔の語り口調です。
  ですから、なんのことやらわからない言葉も、
  ふんだんに出てきますが、
  深追いしないで下さい。
  深追いすると、もっと筋がわからなくなります。」

  (おいおい)

千「そして、面白かったら、
  腹の底からワーッハッハッハと笑いましょう。
  では、今から笑いの練習をします。
  私がワーッハッハと笑ったら、
  みなさんもワーッハッハと笑ってください。」

  (よーし、来い)


千「ワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハハハハ」

私「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」

 (ん?)



そして、舞台が始まりました。

いやあ、見事に、
700年前(室町時代)にタイム・スリップです。


で、私は、

「へぇ〜、昔の人はノンビリしゃべるんだなあ…。」

「「こはなそ」か。
 「これはなんだ」だな。たしか古文で習ったぞ…。」

「なんか、のどかでいいなあ…。」

「おそらく、ここは、笑うところなんだろうなぁ…。」

「おや、もう終わりなの?
 どこでワーッハッハッハをやればよかったんだろ…?」


と、変なところで感心したり、

チンプンカンプンになったりしてる間に、

そのお話は、

いつしか終わってしまう。


(……???)



しかし、これでいいんですね。

現代人が、逆についていけない、
ゆるやかすぎるテンポの寸劇が、
なんとも平和な気分にさせてくれるのです。


どこで「ワーッハッハッハ」ではなく、

この“平和な気分”そのものが、

「ワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハハハハ」

なんですね。



さらに、その数日後、
彼らによって行われた「狂言ワークショップ」なる講座は、

この「狂言」を、
もっと身近に感じることができました。


「芝居」という言葉の由来。

「紋付羽織はかま」の由来。

などの説明にも、
「目から鱗(うろこ)」状態だったのですが、


なによりビックリしたのが、

彼らが伝統を守るために、
日々、とんでもない訓練をしているということ。

これがまさに「目から鱗」だったのです。


「コント55号」も顔負けの、
全身パフォーマンス。

扇を膝のところにおいて、
その扇を前後にまたぐ屈伸跳び。

自分の体重より重い人をかつぎ、
「すり足」で歩いたり跳んだり。


これ、みんな平然とやってのけるんですねえ。

まさに、スポーツの世界です。


そしてもちろん、

「謡(うた)い」

「舞(ま)い」

「演じる」

これらも、一級品でなければなりません。



まさに総合芸術。

総合エンターテインメント。


毎日のように、彼らと接していたジャミン君たちにも、

大いに刺激になったのではないでしょうか。



その「SHIN」のメンバーの中でも、

とくに基誠(もとなり)さんことナリちゃんとは、
何度も一緒に飲みながら、
いろんな話をしました。

(上の写真:向かって左から二人目)



とにかく感心したのが、

700年の伝統を受け継ぐことを、
誇りに思っているということですね。


ロックやラップが大好きな現代っ子でありながら、
日本古来の古典芸能の素晴らしさに心酔している。

これを命がけで演じ、
後世に伝えようとしている。


というよりも、
一人でも多くの人に、
この「狂言」の素晴らしさを知ってもらいたいと、

何度も熱く語ってくれました。


そして嬉しかったのは、

「自分たちは、とにかく本物をめざしている。
 でも、ジャミンの4人にも同じようなものを感じる。
 素晴らしいグループだと思います。
 本物をめざす同士で、
 いずれなにかコラボをやりたいですねえ。」

と言ってくれたことです。



ええ、やりましょうとも。


ええ、私の中には、

今とてつもないアイディアが浮かんでおりますぞよ。



その「大蔵流」には、
豊臣秀吉公から直々に贈られた衣装があって、
(写真で見せてもらいましたが)

毎年、正月には、
奈良の春日大社にて、
その衣装で舞うんだそうです。


「衣装は眺めて楽しむのではなく、
 着て楽しんでもらうものだ。」

これが、「大蔵流」の伝統だとか。


この発想も素晴らしいですね。



そんな太閤秀吉は、

自身が熱心な「狂言」の支援者のみならず、
こんなことを言ったと、
司馬遼太郎さんの本で読んだことがあります。

「いやさ、この世は、
 いわば長い狂言の場ではありますまいか。」


いやあ、ここまで開き直られると、
どんなに騙(だま)されても、
腹も立たないというものです。

生きる名人というやつですかね。


見習おう〜っと。

(おい)



いずれにしても、

いい出会いでした。


なによりの収穫は、

彼らが「芸」のために、
日々体を鍛えているのを見たジャミンが、

負けじと、
トレーニングに励んだことでしょうか。


おかげで、

我々の心配をよそに、
スリムな体型で「DVD Shooting Live」
に臨めたことでしょう。


いやあ、よかった、よかった。


私は心の底から大声で、

こう叫ばずにはいられません。


では、みなさんもご一緒に。



「ワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハハハハ」


……。



(おわり)





いやあ、それにしても暑いですねえ。

きょうの東京は38°とか。


まるでサウナか蒸し風呂のようでした。

ふう〜〜。


こんな中で、

毎日熱い戦いを見せてくれている高校球児諸君には、

毎年のことですが、

「ごくろうさん」と言いたいですねえ。


彼らには、熱中症なんてないんでしょうか。


おじさんは、もうフラフラだというのに…。



そういえば、


ジャミンも元気だなあ…。



♪若い〜ってすばらしい〜♪


か…。


ヵ……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:39|この記事のURLComments(12)TrackBack(0)

August 09, 2010

旅週間


暑中お見舞い申し上げます。


7(土)、8(日)と、
伊勢志摩に行って来ました。

ええ、もちろんジャミン・ゼブの仕事です。


私は元来出不精なので、
休暇を利用して旅行などという経験は、
まずありません。

家でごろごろしているのが1番好き。

家に飽きたら、学芸大をプラプラ。
「A'TRAIN」や「Kacky's」で、
気の合う仲間たちとワイワイ飲むのが好き。


でも、この夏は、
どうやらそうもいかないようです。

『飛鳥II』の船旅気分がぬけないうちに、
今週は旅ざんまい。


「伊勢志摩」から帰ってきたと思えば、
明日から3日間(10〜12)は山形遠征。

そして、
13〜15は甲府に行かなければなりません。

ま、これは父の墓参りと、
老母のご機嫌伺いといったところですが。

(私の家は甲府とは縁もゆかりもありませんが、
 わけあって、そういうことになっております。)


日頃、仕事にかまけて、
母など放ったらかしの親不孝ものですが、
この季節くらいは行ってあげないとね。


というわけで、
今週珍しく東京にいる今日も、
打ち合わせなどで忙しく、
きちんとした更新ができません。

飛鳥の話でも書こうかと思ったのですが、
あちら(Zeblog)で、
マルコメXさんに派手にやられましたからねえ。

アハハハ。


また、新たなネタで、
しっかり書こうと思ってはいますが、
ちょっと時間が足りませんね。


はい、というわけで、
今日は、近況報告程度のことしかできません。

あいすみませぬ。


でも、みなさんも今週は夏休みなんでしょうね。

思い思いの休暇を、
存分に楽しんでらっしゃることでしょうね。

なにか素敵な思い出話ができましたら、
ぜひ、コメントお待ちしております。


でも、「伊勢志摩」はよかったです。

久しぶりに近鉄特急に乗って、
懐かしい四日市の街も見る事ができました。

(私、小学校の4年生から中学校の2年生まで、
 四日市に住んでいました。)


そして、明日からは山形。

(その後、中学校の3年生から高校1年生までは、
 山形に住んでいたのです。山形市内ですが…。)


そして、わけあって父の眠る、
母が一人で暮らしている甲府に行く…。


おやまあ、なにか因縁めいた場所ばかりですねえ。

……。


期せずして、こうなってしまったのですが、

そんな縁も、
シマウマ君たちが作ってくれたのでしょうか。

ありがとう、ワンワン。


そう思うと、
なんだか楽しくなってきましたね。

ワンワン。

(シマウマは、こう鳴くんだそうですよ)


そして、山形でお会い出来るゼブ・ファンも、
たくさんいらっしゃるのでしょうね。

楽しい時間が過ごせるよう、
がんばりたいと思います。


では、みなさんも、

素敵な夏休みをお過ごし下さい。


今日は臨時便でした。



それにしても、


仕事と遊びの区別が全くついてないなあ…、



今に始まったことではありませんが…、


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 12:46|この記事のURLComments(11)TrackBack(0)

July 31, 2010

ベビー・フェイス


いやあ、あちら(Zeblog)でも始まりましたね。

『しまうま航海記』


謎のレポーター、
マルコメXさんの力の入った紀行記。

写真をふんだんに使った、
かなり本格的なもので、
しかも激しい頻度で公開しそう。


ですから、
今後「紀行記」はあちらにまかせるとして、

ここでは、

この旅の間に感じた印象的な出来事をいくつか、
私なりに振り返ってみようと思います。



きょうのテーマは、

「白人女性から見た日本男性は、
 童顔(ベビー・フェイス)に見える?」



ん? なんですかねコレ?


はい、こんなことがありました。

7月3日
シアトルへ向かうデルタ航空内でのことです。


ご承知のように、
「デルタ航空」というのは、
アメリカの飛行機会社です。

ですから、
パーサーもスチュワーデスも、
ほとんどアメリカ人。


そんなアメリカ人スチュワーデスのお姉さんが、
食事を運んできて、
「何かお飲物は?」

はい、私はビール。

そして、
私の隣に座っていたコージローは、
「赤ワイン下さい。」
と言いました。


すると、
そのお姉さん、
コージローの顔をまじまじと見て、

「あなた、20才(はたち)過ぎてるんでしょうね。」

と聞いたのです。


これ、ビックリしましたね。


彼は今年29才です。

日本だったら、
こんなこと言われたことないはずです。

ま、確かに可愛い顔はしてますが、
でも、間違っても未成年には、
絶対見えません。


とても、不思議な気がしました。



お次は、アンカレッジでのこと。

前回も掲載しましたが、
この写真をもう一度見て下さい。

P1060293


右側に赤いネオンで「OPEN」
という文字が見えますね。
(クリックで拡大できます)


これ、酒屋なんですね。


じつは、私、

アンカレッジの街へ出たら、

絶対にお酒を仕込もうと思っていました。



「飛鳥II」の船内では、

すべての食べ物(「高級寿司屋」を除く)と、
ソフト・ドリンク(コーラを除く)は、
すべて無料です。


しかも、

夜中を除いては、
いつでも何かしら食べられるし、
いつでも飲む事ができます。


朝食は「和食」か「洋食バイキング」

昼食は「日替わり」のメニュー
   (「麺類」だったり「うなぎ」だったり)
    か、「洋食バイキング」

夕食は毎晩「日替わり」のフル・コース
   (和食の日もあれば、フランス料理もあれば、
    まあまあ、毎日結婚式の披露宴のような、
    ゴージャスさですの。おほほほ。)


さらには、

11F「リド・ガーデン」というところへ行くと、
「ハンバーガー」だの「ざるそば」だの「焼きそば」だの、
いつでも食べられる。

夜食も23:30までオーケー。
「うどん」「そば」「おにぎり」「パン」「フルーツ」


また、6Fの「ビストロ」というところでは、
ケーキやお菓子やフルーツなどが、
やはり、いつでも食べられます。


飲み物も、な〜んでもタダ。


どこでコーヒーやジュースを飲もうと、

ぜ〜んぶタダ。



だから…、


私は恐れていたのです。



たとえば朝食。

5Fの「メイン・ダイニング」では和食です。
11Fに行くと「洋食バイキング」がオープンしています。


これ、時間的に、
両方食べることも可能なのです。

昼も同じ。


さらには間食に夜食。



で、2年前、

初めて「飛鳥II」に乗ったとき、

なんと、ジャミンのメンバーのなかに、


1日に8食、

食ったやつがいるのです。


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?


……。




あれ? なんの話でしたかね?

……。



そうだ、お酒の話だった。


そんな素晴らしい「飛鳥II」さんですが、

アルコールだけは、

お酒だけは、

有料なのです。


それも、
普通に陸と同じようなお値段です。

「生ビール」700円とか。

「ウイスキー水割り」800円とか。


船内には「バー」もいくつかありますが、
そんなところで毎晩酒量を満たしていては、
お金がいくらあっても足りません。

(そりゃ、飲み過ぎだからだろ)


ショップにもウイスキーのボトルは売ってますが、
好きなものがあるかどうかは、
わからない。


ここへ来るまでの空港で手に入れることも可能ですが、
今回は荷物が多いので、
なるべく目的地(スワード)の最短距離で、
手に入れたい。


となると、

ここアンカレッジしかありません。



はい、というわけで私は、

食事のあとここへ寄って、
ウイスキーのボトルを1本買おうと、
心に決めておりました。


あら、レンセイ君も、
同じ考えだったの?

あれ、コージローさんも?

ええっ? スティーブも?

おいおい、シモンもかよ。

……。




というわけで、

私たちはお店に入って、

「どれにしようかなぁ?」


で、私が決めかねてるとき、

レジのほうが何やら騒がしい。


「何ごとか」と行ってみると、

レジのお姉さんが、
「あんたたち、未成年でしょ。
 だからお酒は売れないわ。」
と、言ってるようなのです。


レンセイとコージローは、
運良くパスポートを持っていたので、
すんなり買えましたが、

スティーブとシモンは、
パスポートを持っておらず、
どう説明しても信用してくれません。



そうですかねえ…?

スティーブ、未成年に見えますかねえ…?

彼も今年28才ですよ。


結局彼らは、

往復で30分もかけて、
もう一度パスポートを取りに、
ホテルまで戻るハメになったのですが、

これも、なんとも不可思議な出来事でした。



さらに、

「飛鳥II」の船内には、
私の大のお気に入りスポットがあります。

それは、

『シガー・バー』


そこに、初めてシモンを連れて行ったときも、
同じことが起きました。


そこのウェイトレスちゃんは、
クロアチア人の可愛い子。


で、シモンが、
「ジントニック下さい。」
と言うやいなや、

「あなた、20才(ハタチ)過ぎてますか?」

……。




ジャミン・ゼブの4人が、
童顔なのでしょうか。

それとも、
白人女性から見て日本人は、
子供っぽく見えるのでしょうか。


今もって、

私のなかでは謎です。


……?



ちなみに、

我々グループのなかで、
最高のベビー・フェイス(童顔)は、

なんといっても、
マネージャーの、
Y浅ショーちゃんです。


彼はおそらく今でも、

アメリカの酒屋では、

パスポートの提示を求められるでしょうね。



アハハハ。



ショーちゃん、


もうすぐ50才になるんだっけ?



うっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??




SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 16:43|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

July 24, 2010

白夜(アンカレッジの夜)


かつて、

アメリカ東海岸やヨーロッパへ行くには、
必ずと言っていいほど、
ここを経由していた、

アンカレッジ(Anchorage)空港。


私の記憶によれば、
成田から7時間ほどのフライトのはずでした。


ところが…
送られて来たチケットは…、

まずシアトル(Seattle)まで8時間飛んで、
5時間のトランジットの後、
アラスカ・エアライン(Alaska Airlines)に乗り換えて、
さらに3時間のフライト。

所要時間16時間という、
えらく手間のかかるものでした。


時の流れを感じずには、
いられませんね…。


だからきっと、
「アラスカうどん」なんて、

もう無いんだろうな…。

……。



というわけで、

はい、ようやく到着しました、


アンカレッジちゃん。


空港の外へ出てみると、

ぶるるる、

こりゃ寒いわい。


出迎えに来ていただいた、
「郵船クルーズ」さん手配のバスに乗り、

とりあえず、
今宵1泊するホテルに向かう。


15分ほどで到着。



おや…、

これは…、

なかなか素敵なホテルじゃありませんか。


というわけで、

さっそく写真を1枚パチリ。

P1060289



で、

うまい具合にお腹も減っていたので、
荷物を部屋に入れた私たちは、

とりあえず街に繰り出そうじゃないか、
ということになりました。

(見た感じ、この辺りにはなにもない)



さあ、ここで、
が然、力を発揮するのが、
英語の得意なレンセイ君。

(あたりまえだろ)


そしてこのとき、

私はレンセイに、

「アメリカ隊長」の称号を与えました。


「エヘン。
 いいかい、レンセイ。
 きょうは君が隊長だ。
 さっそくフロントに行って、あのお姉さんに、
 お薦めのレストランを幾つかと、
 その行き方を聞いてくるのだ。
 できればシーフード料理がいいな。
 ここはアラスカだからね。」


「ワカリマシタ。
 マカセテクダサイ。」

と言うやいなや、
彼は意気揚々とフロントへ駆けて行った。

P1060283


数分後、
ニコニコ顔で戻って来たレンセイくん。

「ハイ、ワカリマシタヨ。
 ココカラアルイテ 15フンモイクト、
 ダウンタウンデス
 イイオミセガ タクサン アルミタイデスヨ」

と、ご丁寧に地図までもらって来てくれました。


「でかしたぞ、レンセイ!」


とりあえず褒められて、
嬉しそうなレンセイくん。



いやあ、素晴らしいチームですね。

どこへ行っても、常に適材適所。

完璧な布陣だ。


アハハハ。



というわけで、

喜々としてナビを務めるレンセイ君の後を、
金魚のフンのようにくっついて行く私たち。


「エエト、アノムコウアタリガ、
 ダウンタウン ミタイデスヨ
 サ イキマショ イキマショ」

P1060291


「エエト、コノミチヲ マガッテ ト…」

P1060292


「ハイ ミナサン コッチデスヨ コッチ コッチ」

P1060293



そして、

フロントのお姉さんが、
地図に赤丸を付けてくれた幾つかのお店のなかで、

私たちが選んだのは、

わりと大衆的な、
オープンな感じのシーフード・レストランでした。


メニューを見ると、
どれも美味しそうなシーフードがズラリ。

カニ、エビ、サーモンetc.


く〜〜〜ッ。



大して高くなさそうなので、
それらをごっそり注文して、

さあ、いただきまーす。

……。



う、

う、

うま〜〜〜〜〜〜〜〜い!!




えっ?

料理の写真がないじゃないか、

ですって?



あたりまえです。

この人たちと食べるときに、
「写真を撮る」などという、
悠長なことをしている暇はありません。

危険極まりないことです。


なにしろ、
ハイエナがエサに群がるようなスピードで、

「あっ!」という間に、

無くなってしまうんですから。


こっちも空腹ですからね。

ええ、必死ですよ、必死。



というわけで、

あっという間に、

ほら、こんな感じです。

P1060295



なぬっ!?

まだ足りないだと。


まだ食う気か…?

……。


しょうがないなあ…。

じゃ、最後に肉でもいくか。


というわけで、

ええい、きょうは大奮発。

特大スペアリブだ!


わ〜い、いただきま〜す。

P1060297


で、これも、

あっという間に…、

P1060296


あ〜あ…、、

あ、あ、…、

……。。。


(画像はすべてクリックで拡大。
 というか、拡大すると、
 面白さが倍増します。)



ところで…、


このレストラン、

ずいぶんと明るいでしょ。

時折、陽の光が降り注ぐオープン・レストラン。


日本だったら、まだ午後の3時とか4時。

そんな感じですか。


でも…、

このとき…、

実は…、

……??



驚いちゃいけませんよ。


なんと…、

夜の10時なんです。


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?



そう、白夜(びゃくや)ね。


ニューヨークやロサンゼルスでも、
この季節は日没が9時くらいで、
最初は、随分と驚いたものですが、

そんなの可愛いもんです。


結局、夜らしい夜になったのは、

深夜の1時くらいでしたか。


そして、

これから約10日間、

我々はこの“白夜”というものを、

イヤというほど味わうことになるんですね。


だから本来なら、

「こうしてアンカレッジの夜は更(ふ)けていった。」

と締めくくりたいところなのですが、



「こうしてアンカレッジの夜は、

 いつまでも更けないのであった。」


これが正解です。



地球は広い…。


……。




(つづく)





それにしても暑い。

暑い、暑い、暑〜〜〜い!!!


あちこちで、

熱中症で倒れる方が続出とか。


そんな中、
明日は越谷で屋外フリーライブ。

みなさん、
暑さ対策は万全で、
お出かけ下さいね。


かつても書きましたが、

私が思うに、

暑さに負けない食べ物は、
「鍋焼きうどん」か「釜揚げうどん」


暑さには熱さで対抗するのです。


「暑さなんかに負けないぞー」

と、汗だくになって、
食って、食って、食いまくるのです。

(やっぱり食うんだな)


ん?


……。



SHUN MIYAZUMI



PS:さっき、マネージャーのY浅ショージ君から
  連絡がありまして、
  あしたは屋内だそうです。
  ホッ…。


woodymiyazumi at 11:44|この記事のURLComments(21)TrackBack(0)

July 19, 2010

アンカレッジ


アンカレッジ(Anchorage)というのは、

アメリカ合衆国の最北端にある、

アラスカ州の州都です。


そして、

アンカレッジの名前を聞いて、
「ああ、懐かしい…。」
と、即座に反応する人は、

おそらく年配の方でしょうね。


今の若い人には、

あまり馴染みのない地名ではないでしょうか。



でも、

1970年〜80年代、
私がアルファ・レコードにいた時代、
ニューヨークやロンドンへ出かける時は、
今のように直行便など無く、

このアンカレッジを経由、
1〜2時間の途中休憩の後、
(おそらく給油のため)

再び飛行するというのが、
最短コースでした。



そんな時代、

このアンカレッジ空港に降り立つと、
真っ先に目に飛び込んでくるのが、

「アラスカうどん」

という “のぼり”。



ま、

今や日本料理は、
アメリカ人の間でも大ブームで、
ニューヨークなんか行っても、
困ることはありませんが、

当時は、
ひと苦労でした。


やっとの思いで見つけても、

2、30代の若者には手の出ない、
高級日本料理屋だったり、

「ラーメン」の、「メ」の字が、
左右逆の怪しげな店だったりで、

とても入る気がしない。


そんな感じでしたね。



ところで、

昨年『夏の6週間』
というお話でも書きましたが、

私は海外に出ると、
あえて日本食を好みません。


せっかくのチャンスなのだから、
その土地、その土地の美味しいものを探して、
食べ歩きたい。


これは、当時も今も、

私の変わらぬポリシーです。



しかし、

レコーディングという長丁場で、
3〜4週間も海外にいますとね、

やはり、
日本食は恋しくなる。


それも、
「うどん」「そば」「カツ丼」「カレーライス」

といった、
庶民的な日本食がね。



そんな、日本人の弱みにつけこんだのが、

この「アラスカうどん」という代物。


どう見ても、

日本人が作ってるとは思えない代物。


そして、

これが、

やはり、


とてつもなく、


まずい…。



これのどこが「うどん」じゃい、

と言いたいくらいまずい。

……。



しかし、

日本食に飢えてる私たちは、

思わず手を出してしまう。


あと7時間も我慢すれば、

日本へ帰れるのに、

ちゃんとした「うどん」が食べられるのに、

思わず注文してしまう。



そして…、


あ〜あ…、


あ、あ……。




そんな、

思い出のアンカレッジを、

再び訪れることになりました。


しかも、

かつては空港内までだったのが、

市内で1泊することになったのです。



4月4日に横浜を出港した豪華客船、

『飛鳥II ワールド・クルーズ2010』

最後のエンターテインメントとして、

ジャミン・ゼブがご指名を受けたのです。


行程は、

7月4日、
アラスカは「スワード」の港で乗り込み、

ベーリング海を渡り、
ロシアを経由して、

7月15日横浜までという航路です。



はい、

というわけで、

行ってまいりました。


写真もいっぱい撮ってきました。



アラスカ、ロシアといった北の大地。

凍りつくようなベーリング海。


そして、

「竜宮城」とでも言いたい、

豪華客船での優雅な毎日。



で、

せっかくのチャンスですからね。


これからしばらく、

このブログとゼブログでは、


視点を変えて、

この航海記を、

たくさんの写真を掲載しながら、


お送りしてみようと思います。



まずは、小手しらべに、


こんな写真を1枚。


P1060308



どうです。


私にしては、

よく撮れてるでしょ。


今後が期待できるでしょ。


というわけで、

もう1枚、


P1060313


(画像はクリックすると拡大)



あははは。


シマムの真似。



(これ、楽しそうだな)




(つづく)





さて、昨日(7/18)、

ジャミン・ゼブ「DVD Shooting Live」

にお越し下さったみなさま。


熱い声援に拍手に盛り上がり。

本当にありがとうございました。


おかげさまで、

映像も音も、
迫力のある、
満足のいくものが収録できたのではないかと、

思っております。



さ、これから私は、

映像の編集に立ち会い、
音の完成のためにスタジオにこもり、
素晴らしい作品を完成させるために、

この夏を頑張ります。


すさまじい「夏の陣」ライブの間隙をぬって、

頑張ります。


夏バテなんかしている暇はありません。



「ガオ〜〜〜〜」


炸裂です。


……。




それにしても、


暑いな…、


ニッポン…。



恋しいぞ、


アラスカ…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 18:45|この記事のURLComments(13)TrackBack(0)

July 10, 2010

海の上のピアニスト


みなさん、こんにちは。

東京を出て、早や一週間が過ぎました。
なんだか東京でも豪雨があったみたいですね。
お見舞い申し上げます。

そう、昨日あたりから、
NHKのニュースも入るようになって、
そちらの事情も手に取るようにわかります。

サッカーの決勝が、
「スペインーオランダ」というのも、
ちゃ〜んと知っています。

すごい時代ですねえ。


ただし、著作権の関係で、
動画は見ることができません。

残念。


さて今宵は、このクルーズ最後のショー。

明日から4日間は、
完全にオフとなりますが、
なあに私は、
この鬼マネージャーは、
遊ばせやしません。

午後は毎日、
新曲の練習、練習、練習!


というわけで、
海の上からは、
とてもお金がかかるので、
きょうはこのへんで失礼致します。

さ、リハーサルがはじまるぞ。


SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 11:34|この記事のURLComments(18)TrackBack(0)

June 29, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』その5


さっそくいきましょう。


う〜〜ら〜〜が〜〜で〜〜〜ん。


♬その5♬



--------------------------------------------------
♪SWEET SWEET LOVE♪
 (スウィート スウィート ラヴ)
--------------------------------------------------

この曲のリズム・トラックは、

ライヴでお馴染みの、
あのトリオに、
演奏をお願いしました。


そう、

森丘ヒロキ(ピアノ)
佐藤 有介(ベース)
ジーン重村(ドラム)

あの3人です。


そして、

このレコーディング風景は、

なんとも、のどかな雰囲気で、
進行していきました。


まるで、

あの落語を彷彿とさせるような…。


そう、

題名は忘れましたが、


何をやるにも、
超スロー・テンポの男と、
気が短くて、
せっかちな男を対比させた、

あの、ケッサクな落語を…。

……。



その落語のなかで、

超スローな男は、
話すのも超ゆっくり。

 「は〜〜や〜〜い〜〜は〜〜な〜〜し〜〜が〜〜、
  は〜〜ら〜〜が〜〜へっ〜〜た〜〜ぞ〜〜。」


すると、
せっかちな男が、
もうもうイライラしまくりで、

 「く〜〜〜! な〜にが早い話だ、べらぼうめ。
  もっと、てきぱきとしゃべりやがれ、
  この、唐変木め。」

と早口でまくしたてる。


しかし超スロー男は、
終始マイ・ペースで、

 「そ〜〜ん〜〜な〜〜に〜〜、
  お〜〜こ〜〜ん〜〜な〜〜い〜〜で〜〜よ〜〜。」


せっかち男、
ますますイライラして、

 「くそ〜〜〜〜〜〜!
  イライラすんなあ、
  もっと早くしゃべれねえのかよ〜、てめえ!!」



とまあ、

そんなお話なのですが、


このレコーディング風景は、

まさにそんな感じでしたね。


♡♡♡



私とジーン君は、
どっちかというと早口な方。


それに対して、

有介とモリゴン(森丘君)は、
どちらかというと無口な方で、
ゆったりとした、
穏やかなマイ・ペース派。



そして、この曲に関しては、

私はあまり細かいことを言わずに、
レンセイを含めた彼らの自主性に、
まかせてみました。



さて、

レコーディングは順調に滑り出し、
何テイク目かに
いい感じの演奏が録れたので、

仮唄を歌ったジャミンの4人も含めて、
私はみんなを、
コンソール・ルームに呼びました。

「いやあ、良かったよ。
 さっそく聴いてみようじゃないか。」


みんな、真剣な表情で、
プレイ・バックに聴き入る。


そして聴き終わったところで、
私がこう切り出す。

「いいテイクだと思うよ。
 どう、みんな。」


すると3人とも、
「うん」とうなずく。


「よし、1曲出来た。
 じゃ、次の曲行こう。」

と、『ALFIE』を準備しかかったところへ…、


有介が、
ゆったりとした口調で、

「あ〜あ〜、そ〜〜だ〜〜、
 ぼ〜く〜、い〜っか〜しょ〜、
 コ〜〜ド、ま〜〜ち〜〜が〜〜え〜〜て〜た〜。
 も〜う〜い〜っかい、
 や〜ってもいい〜です〜か〜。」


「なーんだ、早く言えよー。」
と、私とジーン。


そして、

有介くんだけ、もう一回やり直し。


ズンズン ボンボン


♪♪♪



「オッケー。
 良かったよ有介。
 聴いてみよう。」

と私。


「は〜〜い〜〜。」

と有介。


またしてもみんなで、
プレイバックを聴く。


「どう有介?」

「い〜い〜と〜お〜も〜い〜〜ま〜〜す〜〜。」


「よし、次の曲だ!」



と、ここで…、


モリゴンが、

ゆっくり口を開く。


「そ〜〜だ〜〜。
 ボ〜〜ク〜〜も、
 ま〜〜ち〜〜が〜〜い〜〜、
 はっ〜〜け〜〜ん〜〜しちゃ〜った〜〜。
 も〜〜いっ〜〜か〜〜い〜〜、
 や〜〜り〜〜た〜〜い〜〜な〜〜あ〜〜。」



ずっこけるジーン。


「なーんだ、君もか。
 じゃいいよ。
 納得いくまでやろうじゃないか。」

と、寛容な私。


そしてモリゴンが、

もう一回挑戦。


パラパラ ゴンゴン


♪♪♪



満足げに弾き終えて来たモリゴン、
真剣にプレイバックを聴く。


「う〜〜ん〜〜、
 い〜〜と〜〜お〜〜も〜〜い〜〜ま〜〜す〜〜。」


「よし、これで完成だ。
 みんな、今度こそいいね。」

と、念を押す私。


と、ここで、

またしても有介が、


「あ〜〜、そ〜〜う〜〜だ〜〜、
 お〜〜も〜〜い〜〜だ〜〜し〜〜た〜〜。」


「……。」



こんな、

なごやかな雰囲気で、

やり直したり、

プレイバックを何度も聴いたり。

……。



元気溢れる爽快な楽曲。

パンチの効いた、
スピード感溢れるリズム・トラック。


とはウラハラに、


そのレコーディング風景は、

なんとも、ゆったりムードの、

おだやかな光景だったのです。



そして…、


私たちが、

こんなやりとりをしている間も、

真剣にプレイバックを聴いてる間も、


この曲の作・編曲者でもある、

当のレンセイくんは、


後ろのソファーで、

スヤスヤと気持ち良さそうに、

眠りこけておりました。


平和だ…。


……。




-------------------------------------------------------
♪POLKA DOTS AND MOONBEAMS♪
 (水玉模様と月光)
-------------------------------------------------------

スタンダード曲をアレンジするにあたって、

コード進行を微妙に変化させながら、
新しい世界を創ることに心血を注ぐことは、

まさに、私の生き甲斐。


そして、これこそが、

独特のジャミン・サウンドの、
秘密ではないかと、
かってに自惚れております。


第一回の「ファン・クラブ会報」でも、

具体的な譜例をあげて、
細かく解説したのは、

記憶に新しいところ。



というわけで、

この曲でも、
同じようなアプローチを試みたのですが、


いやあ、これは、

思ったより苦労しましたね。



この曲も、
「A-A'-B-A"」
という、
オーソドックスな構成。

ゆえに、
私の腕の振るいどころ。


AとA'とA"では、
スティーヴの歌う主メロはおんなじでも、

コードもハーモニーも、
どんどん変わっていくのが、
おわかりいただけるかと思います。



ところが…、


サビ(B)が終わった直後、
A"に戻った最初の4小節間に、

よせばいいのに、
とあるアイディアが浮かんでしまった。


歌詞で言うところの、

「Now in a cottage built of lilacs laughter
 I know the meaning of the words〝Ever after"」

あの部分です。



あそこを、

スクランブルのようなハーモナイズで、
劇的な感じにしたくなったのです。


つまり、


DEF♯GABD

と上がって行くスティーブのメロディに対し、

残りの3人は、
上から降りて来る。


しかも、
4声のハーモニーは崩さずに。

という離れ業(わざ)をやってみたくなった。



ところが…、


スクランブルですから、

どこかで4人が交差するわけです。


その交差点は、

どうやっても、

ユニゾンになってしまう。


音が重なって、

ひとつになってしまう。


つまり、

4声でハモりながら、

交差することが、

できなくなってしまうのです。



しかし、

1度決めたことですから、
死にものぐるいで、
その方法を模索しました。


このアレンジの大半の時間を、
この4小節のために使ったと言っても、
過言ではありません。


「なんと愚かな」

と、笑わば笑え。


わっはっは。



でも…、

悪銭苦闘の末…、


私はついにやり遂げたのです。


耳に自信のある方は、
採譜してみて下さい。

見事に、
ハーモニーで交差しているはずですから。


では、

どうやったか…。


……?



いやいや、


それは企業秘密です。


わっはっは。


(もったいぶんな)




----------------------------------------------
♪MOONLIGHT SERENADE♪
 (ムーンライト・セレナーデ)
----------------------------------------------

昨年のエッセイ、
『グレン・ミラー物語』
でも書きましたが、

この映画は、
私の人生を決定してしまいました。


そして、

その主題歌『ムーンライト・セレナーデ』もまた、
私の運命を、
決めてしまったのです。


「俺は、なにがなんでも、
 音楽で食べていくぞ〜。」



中学1年生にして、
そんな決意を抱かせてしまった、
おっかない曲。

失敗したら、どう責任とるんだ、
と言いたい曲。



だから、

ジャミン・ゼブにも、
歌ってもらいましょう。

一緒に運命を共にしましょうね、
シマウマ君たち。

ね、ね。



そんな思いをこめて、

心をこめて、

書きました。



もちろん、
原曲どおりにやったら、
勝てないのはわかっています。


ムーディーなビッグ・バンド・サウンド。

甘いトロンボーンの調べ。

切ないクラリネットのメロディー。


素晴らしすぎるオリジナルですからね。



だから…、


思い切って、

ジャズ・ワルツにしてみました。


これなら、

勝てないまでも、

「こんなバージョンがあってもいいかな」
という評価くらいはあるかもしれない。


との思いで、

大胆にも挑戦してみたわけです。


♪♪♪



というわけで、

これは、

優雅な舞踏会のイメージです。


止まりそうになっては、
また始まる、
あの感じが、
とても気に入っています。


華やかな舞踏会を、
ちょっと抜け出して、
ベランダに出てみると、

初夏(6月)の爽やかな風がそよそよ。


そして、

美しい月明かりのもとで、
もう一度優雅に踊るカップル。



う〜〜〜〜ん、

もう〜〜、

ロマンティックなんだから〜〜〜♡



と、


焼酎を飲みながらアレンジしてる私って、


どうよ。


……。



(つづく)





ご存知の方はご存知でしょうが、

(なんやそれ?)


私、

7/3〜7/15の間、

ちょっと日本を離れます。


だから、

その準備で、
大変な忙しさです。


さらには、
9月の大きなライブのために、
たくさんの新曲も用意しました。

そのライブのFC受付チェックや、
プロモーションの手当、
居ない間の伝達事項の整理等、

サッカーなんか見てる時間もないほど、
仕事に追われております。

(嘘つけ、毎晩見てるじゃないか!)



いやいや、

アハハハ、

やっぱり4年に一回ですからねえ。


なので、


「裏・ガーデン」だけは、
終わらせてから出発したい、
と思っていますが、

もし出来なかったら、
ごめんなさい。

(だったら言うな)




さ、

パラグアイ戦まで、

あと少しだ。


行け〜〜〜〜〜、

岡田ジャパ〜〜〜ン!


ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!



(きょうは、〜〜が大活躍)


……。



SHUN MIYAZUMI



3時間半後です。


いやあ、よくやりました、
日本代表。

このチームは最高でした。

拍手、拍手です。



SHUN MIYAZUMI

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June 22, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』その4


あらためまして。


「草月ホール」にお越しのみなさま、

本当にありがとうございました。


また「ZEBLOG」に寄せられた、

温かいお言葉の数々にも、

力強い勇気をいただきました。


感謝…。



ジャミン・ゼブ号は、

まだまだ前進あるのみです。


がんばっていきますよー。



はい、

というわけで、

ちょっとリラックス・ムードで、


「裏庭シリーズ」



今日も、


いってみますかね。



------------------------------------------------
♪EVERYTHING♪(エヴリシング)
------------------------------------------------

このアレンジは、
ジャミン・ゼブのレパートリーとしては、
極めて特殊なものです。


「あっと驚く2段構成」?


ま、それも変則的ではありますが、

もっと特殊な点は、

「リード・ヴォーカル 対 3人のバック・コーラス」
というスタイルが、
終始貫かれているところです。



ジャミンのレパートリーでは、

どの曲にも(と言ってもいいのかな)、

必ず4声でハモるセクションがあります。


ときには頭からガツ〜ンと、
ときにはサビで感動的に迫り、
ときにはクライマックスで大盛り上がり、

と言った具合に…。


でも、このアレンジでは、

最後の最後に登場する、
「やさしい嘘ならいら〜ない〜♪」
の2小節を除いては、

まったく4声でハモりません。


だから、特殊なのです。

完全に、
ソロ・シンガー対バック・コーラスによる、
がっぷり四つの炸裂大作戦。


まるで、

「沢田研二とタイガース」のようだ。

「前川清とクール・ファイブ」のようだ。

「デイブ平尾とゴールデン・カップス」のようだ。



えっ?

あっちがノーマルで、

ジャミンのスタイルの方が特殊なんじゃないか。

ですって?


おっと、そうか。


♡♡♡



さて、私が今回やってみたかったのが、

世界的黒人コーラス・グループ、

『TAKE 6』風、

ドゥワップ(Doo Wap)コーラス。


コージローがリードをとる、

後半部分に出て来るコーラス・ワークを、

あんな風にやってみたかった。



と、ここで種明かし。


私はまず、

『TAKE 6』の、
とある曲で、

彼らが使っているシラブルを、
全部書き出してみました。


シラブルというのは、
歌詞ではない、
いわゆる、

「ダバダバ」「パッパラー」「ドゥバドゥバ」

といった類いのものです。


ジャズ・ヴォーカルのアドリブや、
ジャズ・コーラスには、
欠かせない重要なものですね。


すると、彼らは、

以下のようなパターンを組み合わせて、
歌っていることがわかりました。

「トゥ」
「ルー」
「アー」
「ウー」
「ワー」
「パッ」
「ティ」
「ヤー」
「ラー」
「リー」


私は、これらをメモった紙を机の左に置いて、
このコーラスを書き始めました。

「これ以外の言葉は絶対使わないぞー」
と心に決めて。


まず、
普段は頻度の多い「ダバダバ」は、
一切使わない。


ここは「ドゥバドゥバ」と歌わせたいな、
と思っても、
メモには無いので、

「トゥルルル」
とやる。


「ダッダダッダ」と書きかけたところで、
メモを見たら、やっぱり無いので、

「トゥットゥッ」
と訂正。


「サバダー」と書く代わりに、
「ティヤラー」



こんなふうに、

こうすることによって、

ちょっぴり、

『TAKE 6』風サウンドが体感できました。


ヤッター、ヤッター。


とまあ、


こんな遊び心を持って、

楽しく書いた曲なのですが、


うまくいってるのかなあ…。


みなさんは、


どう思われますか…。




-----------------------------------------
♪ORANGE COLORED SKY♪
  (オレンジ色の空)
-----------------------------------------

この曲には、

コレといった裏話がありません。


いつもの、

おもしろ“オチ”も、

思い浮かびません。


しかし、

それでは私の面目がたたない。

(なんで?)



というわけで、

ひとつだけ、

印象的なエピソードを…。



あれは、

2008年の10月。


八王子にある、
「南多摩高校」で行われた、
PTA懇親会という名のライブでの出来事でした。


ようやく日本にも慣れてきたレンセイが、
ステージの上でも、
大胆不敵に、
変な日本語を得意げに喋り始めていた、

そんな頃のライブ。


いつものように、

この『ORANGE COLORED SKY』を、
颯爽と歌い終わると、

その日は、
コージローだかスティーヴだかが、

「レンセイ、
 今の曲はどんな内容だったか説明して。」
と、振った。


するとレンセイ、

もったいぶった講談口調になり、

こう言い出したのです。


「アルヒノコト。

 ミチヲ、アルイテイタラ、

 トツゼン、

 ソコニ、

 オンナガ!!!」


この「オンナ」の「オ」に、
強いアクセントをつけて言ったもんだから、

これが、

吹き出してしまうような可笑しさ。


すかさずコージローが、
例の、妙にオジサンぽい口調で、

水戸黄門か千利休のような口調で、

「これこれ」

と諌(いさ)める。


ここで、場内、

どっと大爆笑。



この頃からレンセイは、

自分の日本語は、“笑いが取れる”

ということを自覚したようです。


そんなこともあってか、
このライブは大成功。

200人のお客さんに対して、
80枚の即売という、
驚異的な数字が、

それを物語っていますね。


そして、

11月の「浅野学園」
12月の「聖光学院」

といった、学校ライブの記録的な成功へと、
繋がっていったのでした。


「聖光学院」での、
800人に対して、
660枚という即売記録は、

ちょっと信じられないような数字です。


というわけで、私が、

この曲で、真っ先に思い出すのは、
まさに、あのシーンなわけです。


レンセイにとっても、
メンバーにとっても、
我々スタッフにとっても、

じつにエポック・メイキングな、
瞬間だったのではないでしょうか。


♡♡♡



最後に…、

ちょっとだけ真面目に締めくくると、


私、

このア・カペラは、

世界的レベルに近づいているのではないかと、

思っています。


メンバーが増長するといけないので、

あんまり言いたくはなかったのですが…。


みなさんは、


どう思われますか…。




----------------------------------------
♪THE SUMMER KNOWS♪
  (おもいでの夏)
----------------------------------------

ええい、もう1曲いっちゃえ。


このアルバムでは、
私の大好きな、
フランスを代表する作曲家、

ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)

の曲を2曲も取り上げました。



『ロシュフォールの恋人たち』

『シェルブールの雨傘』

といったミュージカル映画の音楽で、
世界に名をとどろかせたルグランですが、

もう一方で、
素晴らしいジャズ・ピアニストであることも、
忘れてはいけませんね。


早くから、
『ルグラン・ジャズ』なるアルバムを発表し、

本場アメリカのジャズ・ミュージシャンや、
ジャズ評論家からも、
高い評価を得ました。


マイルス・デヴィス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
ビル・エヴァンス(p)

こういった巨匠たちを、
ごっそり揃えたビッグ・バンドのアルバムを、
パリで録音したくらいの、

スゴ腕なのです。



私は常々、

ジャズに対する造詣の深さ、
その普及度では、

1位 アメリカ
2位 フランス
3位 日本

ではないかと思っています。


ジャズ・ハーモニーが持つ、
“お洒落”“優雅さ”“気品”

(ま、これは、
 ジャミン・ゼブが理想とするキー・ワード
 でもありますが…)


これまた、

フランスの音楽にも、
共通する部分ではないかと、
思っているのです。


ま、ドビュッシーやフォーレや、
ラヴェルを生んだ国ですから、
当然と言えば当然。

ひょっとすると、
先祖帰りしたのかもしれませんがね。



話を戻すと、

ルグランの曲もまた、
単に甘く切ないだけではなく、

ジャズのエッセンスが、
それとなく、
ちりばめられているのです。


だから、
僭越ではありますが、

アレンジしていても、
この上もなく楽しい。


でも、これが、
フランシス・レイまでいってしまうと、
甘さばかりが先行していて、

私には、

どうも具合が悪い…。

……。



というわけで、

ルグランさんの曲は、

まだまだ、やってみたいと思っています。


あと5、6曲はやってみたい。

最後はそれでメドレーも作ってみたい。


でも、できるかなあ…。


こんなこと宣言しちゃっていいのかなあ…。



みなさんは、


どう思われますか…。



(つづく)




「草月ホール」が終わって、

またまた、
猛烈な勢いで、
創作を始めました。

この3日間で、
2曲アレンジしました。

まだまだ行く予定です。


秋、冬のライブ・ラッシュにむけて、

やりたいことが山積みなのです。


さらには、


『Garden』のプロモーションも、
まだまだやること、いっぱいあるし、

「DVD 収録ライブ」の準備もあるし、

ファン・クラブ会報第二号もあるし、

ホーム・ページ・リニューアルもあるし、


今週は「A'TRAIN」ライブもあるし、

遠征もいっぱいあるし、


今夜は「フランスー南アフリカ」戦もあるし、


週末には「日本ーデンマーク」戦もあるし、


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 23:59|この記事のURLComments(30)TrackBack(0)

June 15, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』その3


いやあ、

燃えましたよ、

ワールド・カップ。


やりましたね、

岡田ジャパン。

パチパチパチ。


下馬評が低く、
対戦相手を見て、
今回は望み薄だなあ、

と、あきらめ半分で見ていただけに、
勝利のホイッスルを聞いたときは、

「まさか」

と思いました。


本田君のシュートも素晴らしかったし、
守りも最後まで頑張りましたね。

あの、最後まであきらめないで、
頑張り抜く姿には、
本当に心打たれました。


オランダ戦もがんばれよ〜。

おじさんも、応援してるからね〜。



はい、


というわけで『裏庭』のつづきです。



----------------------------------
♪ALFIE(アルフィー)♪
----------------------------------

映画『アルフィー』をご覧になった方は、
おわかりでしょうが、

このアルフィーというのは、
若きプレイボーイの青年の名前なんですね。


1966年のオリジナル版では、
英国の名優マイケル・ケインが、

そして、2004年のリメイク版では、
ジュード・ロウが見事に演じていました。


なにしろ、美貌をエサに、
狙った獲物は逃がさない。

次から次へと、
女性を食い物にしていく。


でも、結局中身がないわけですからね。

最後は、どんな女性からも、
相手にされなくなってしまう。

でも、イケメンのアルフィーちゃんは、
なんでフラれるのかが、
最後までわからずじまい。


そんな彼に、

「人生はそういうもんじゃないと思うよ」

「愛こそ何よりも尊いものなんだよ」

と、歌って聞かせる。


♪♪♪



ま、そんな内容の歌です。


だから、これは、

本来は女性が歌う歌。


そんなアルフィーに、

女性が優しく“愛”というものを、

説いてきかせる歌なのです。



映画のサントラとなった、
オリジナル盤では、

作曲家バート・バカラックが、
自らピアノを弾きながら、
オーケストラを指揮。

歌うは、
シラ・ブラックという、
うら若きイギリスの新鋭女性シンガー。


そしてプロデューサーは、
あの、ジョージ・マーティン。

ビートルズのプロデューサーです。


いやあ、

なんとも豪華な顔ぶれですね。



その貴重なレコーディング風景は、
今も映像として残っています。

レコーディング・スタジオは、
ロンドンにあるEMIのスタジオ。


そう、

あのビートルズの名作、
『ABBEY ROAD』
で、一躍有名になった、

イギリスを代表する、
あのスタジオです。


ビートルズの4人が、
通りを渡っているジャケット写真は、
あまりにも有名ですが、

(ポールだけが裸足というのも、
 話題になりましたね。)

あの通りはまさに、
その、EMIスタジオの真ん前なんですね。


今じゃ、
ちょっとした観光名所です。

かく言う私も、
カシオペアを連れて行った際、
あのジャケットと同じポーズをさせて、
写真を撮ってきました。

信号がないので、
車がビュンビュンやってきて、
命がけの(?)撮影でしたがね。

あははは。


ま、今を去ること、

20以上も前の話…。



そのお宝映像のなかで、

今やふっくらと貫禄たっぷりになった、
シラ・ブラックおばさんが、
インタビューに答えて、

当時を、こう回想していました。


「このテイクは36本にも及んだのよ。
 歌もオーケストラも、
 毎回真剣勝負でしょ。
 (そう当時は同時録音の時代)

 最後はみなくたびれ果てて、
 もうこれ以上は嫌だ、
 という雰囲気になってきたのね。
 (わかる、わかる)

 でも、バート(バカラック)は、
 納得がいかないらしく、
 やめようとしないのね。
 (うん、うん、それもわかる)


 そこでジョージ(マーティン)が、
 こう助け舟をだしたのよ。

  “バート、いったい何を探してるんだい?”

 するとバートは、
 こう答えたのよ。

  “いや、なに、ちょっとした魔法を、
   探してるんだけどね”


 それに対するジョージがまた傑作でね。

  “それなら、テイク3で見たよ。”

 ですって。ふふふ。」



どうですか。


素敵なエピソードでしょ。


♪♪♪



ならば私も、

と、僭越ながら、
この作品に、
ちょっとした魔法を、

かけてみたくなりました。


原曲にはない、
お洒落なジャズ・ハーモニーを、
随所にちりばめ、

ビロードのようなコーラス・ワークが欲しくて、
彼らには、何度も何度も、
歌入れを要求し、

さらには、
“光り物”パーカッションで、
さりげない装飾やお化粧をほどこす。



私の求めるサウンドを理解したジャミンの4人は、

何度も何度もトライし、

懸命に取り組んでくれましたね。


おそらく、このアルバムで、

もっともたくさんのテイクを録ったのが、

この『ALFIE』ではなかったでしょうか…。



そんな、私とジャミンがかけた魔法が、

ちゃんとかかったかどうかは、


知る由もありませんが…。




------------------------------------------------------------
♪NUOS VOYAGEONS DE VILLE EN VILLE♪
 (町から町へ)
-------------------------------------------------------------

これはもう、

私自身が魔法をかけられたというしかない作品です。


普通アレンジをする場合、

「あの曲をこういう風にしよう」
とか、

「こんなリズムとコンセプトで、
 あの曲をやったら、
 面白いだろうなあ」
といった具合に、

あらかじめ方針が決まった上で、
書き始めるのですが、


これは…、

何も考えないで…、

出たとこ勝負で書き始めていた…。


そして書いていくうちに、

何かに取り憑かれたようになって、
我を忘れて、夢中になって、
3日間これに没頭。

気がついたら、
総スコア枚数29枚という、

とんでもない大作が出来あがっていたのです。


♪♪♪



さて、このアレンジを、

ひと言でジャンル分けするのは、

至難の業でしょう。


ジャズ、クラシック、ポップス、
シャンソン、ラテンetc.

それこそ、
いろんな音楽の要素が、
万華鏡のように出ては消え、
消えては出てくる。


そして、
気がついてみると、これが、
クラシックで言うところの、

「ソナタ形式」のようになっている。



ま、私は、

クラシックの専門家ではありませんが、

それをお許しいただいた上で、


おこがましくも、

「ソナタ形式」のクラシック用語に例えて、

分析をしてみますと…、


まず、
イントロが終わって、
スティーヴがテーマを歌うところから、
ピアノのインターバルまでの2コーラスが、
「提示部」

(と言うんだそうです)


そのあとの、
メンバーによるかけあい(フーガ)に始まり、
ビル・エヴァンスが好みそうなコード進行から、
ついにはビッグ・バンドのような、
強烈なコーラス・サウンドに発展していく、
「展開部」


ピアノ・ソロを挟んで、
ピアノがテーマを弾き始めたあたりから、
4人が一体となって朗々とサビを歌う、
いわゆる感動のクライマックスまでが、
「再現部」


そして、
3拍子が4拍子に変わり、
劇的に終わる最後までが、
「結尾部」すなわち「コーダ」



ま、これも別に、

はじめから計算したわけではありません。


でも気がついたら、

そうなっていた…。


なんとも面白い構成になっていた。

……。



だから、

やはり、これは、

私に魔法がかかっていたとみるのが、


妥当な解釈なんでしょうかね。


……?


♡♡♡




はい、そんな、

行き当たりばったりのアレンジですが、


ジャミンの4人が、

これまたすごい意気込みで取り組み、

この作品に素晴らしい力を与えてくれました。


とくに、

フランス語に関して、
シモンとスティーヴが中心になって、
何度も何度も研究、
討論をしていたのが、

なんとも印象的でしたね。


二人とも、

別にしゃべれるわけでは、

ないんですがね。

……。



Si「その“イエー”の“エ”は、
  もう少し“オ”に近いと思うんですけど、
  レンセイさん」

St「いやシモン、
  それよりも、“プレ”の“レ”が、
  俺は気になるなあ。」


そんな議論になると、
すぐにレコーディングを中断して、
もう一度オリジナルを聞いて、
真剣に発音を研究。

そしてまた、
レコーディングに戻る。


そんなことを、

何度も何度も繰り返しながら、


ほとんど休む場所のない、

五線譜にビッシリ書き込まれたオタマジャクシを、

必死になって歌い込んで行く、

若きシマウマたち。


いやあ、

頼もしかった。


本当に、

彼らと一緒になって作ってるんだなあ、

と、嬉しくなりました。



でも、待てよ…。


ひょっとすると…、


彼らにも、

なんらかの魔法が、

かかっていたのでしょうかね…。


もちろん、

そんなこと、


知る由もありませんが…。



(つづく)




さあ、

いよいよ「草月ホール」2Days。


こちらも、

岡田ジャパンに負けるわけにはいきません。


みなさん、

サッカーに負けじと、

熱く燃え上がりましょう!


「草月」を、

真っ赤に炎上させましょう!


いざ出陣!!


(おまえは黒澤明か)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 17:58|この記事のURLComments(26)TrackBack(0)

June 08, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』その2


お待たせしました。

『裏庭 その2』


今日は前口上なしで、

さっさといっちゃいましょうね。


ちょっと長めですが。


ご容赦…。



--------------------------------------
♪さくら(ーSAKURAー)♪
--------------------------------------

ジャミン・ゼブが、
人前で初めてライブをやったのが、
2007年の2月28日。


以来、3年と3ヶ月にわたって、
いろんな所で、
本当にたくさんのライブを、
やってきたわけですが、

「最も印象に残ったシーンはどれ?」
と聞かれたら、


私は迷うことなく、

あの日本橋三越本店での、

あのシーンを思い浮かべます。



それは、

昨年(2009年)4月1日のこと…。


日本橋三越本店の1Fロビーには、
その日も、
たくさんの方が、

ジャミンを見よう、
ジャミンの歌を聴こう、

と、朝早くからお集りでした。


通りすがりの人も、
「あら、なにがあるのかしら」
と、その輪の中に加わり、

ロビーはまさに、
人、人、人であふれんばかり。


そんな中、
大歓声の中、
ジャミンが登場し、
いつものように軽快に歌い始める。

手拍子、歓声、笑い、足踏み。


ライブは快調に進んで行きました。


そして、数曲めに、
コージローだかスティーヴだかが、
こんな風に、

次の曲紹介をしたのです。


「ええ、次の曲は、
 僕たちにしては珍しい日本語の曲です。
 この季節にピッタリの曲です。
 レンセイがアレンジしてくれた、
 ア・カペラの曲です。
 ではお聴き下さい。」



そして彼らは、
この「さくら」を、
情感たっぷりに歌い上げました。

聴衆はみな、
息をひそめるように、
その歌声に耳をかたむけておりました。


そして、

静かに曲が終わる…。


♪♪♪



そのときです。


割れんばかりの拍手が起きました。



ロビーのお客さんはもちろんのこと、

2階、3階から見下ろしていた大勢の方からも一斉に、

拍手、拍手、拍手。


そして、その拍手は、

いつまでたっても終わらない…。


メンバーが、

「ありがとうございます。」
と言っても、

「ええ、次の曲は…」
と、言いそうになっても、


それを遮(さえぎ)るかのように、


その熱い拍手は、


止まらない…。


……。



あれ、いったい、
どのくらい続いたのでしょうか。


ステージ上のメンバーは、
一番後ろで立って見ている私に、

「このあと、どうしましょう。」
と、救いを求めるかのように、

苦笑しておりましたね。



いやあ、

私の長いプロデューサー歴のなかでも、

あんなことは初めてです。


以来、この曲は、


彼らの重要なレパートリーになってしまいました。


♡♡♡




ご承知のように、

ジャミン・ゼブは、
洋楽を歌うグループです。


過去3枚のアルバムに収められた曲は、
すべて英語の曲です。

私の書いた2曲のオリジナルも、
英語の詞です。


有名なスタンダードやポップスを、
お洒落なジャズ・ハーモニーをちりばめながら、
新しい解釈のアレンジで聴かせよう。

そんなコンセプトをもとに始めた、
ヴォーカル・グループです。



したがって、

この「さくら」は、
当初は、軽い、
“お遊び”のつもりだったのです。

ま、日本語の曲も、
実験的にやってみるかな。

そんな感じの軽いトライだったのです。


しかも季節限定。

毎年、この季節だけ、
ちょこっとやるのも悪くないな。


そんな意識のもと、
軽い気持ちで始めたわけなのですが、


が…、


季節限定どころか…、


真冬を除いて、
ほとんど毎月のように、
彼らはこれを歌うことになりました。


昨年にかぎって言えば、

彼らが最も数多く歌った曲は、
ひょっとすると、

これかもしれません。



そして、

私たちの意識も変わりました。


「ようし、
 そんなに喜んでもらえるなら、
 これからも恐れずに、
 積極的に日本語楽曲に取り組もう。」



私たちに、

そんな決意をさせてくれたのが、


他ならぬ、

まだ、たどたどしい日本語の、

あの、オーストラリア出身の、

レンセイ君であったことも、


なんとも、

おかしな話ではありませんか。



だから、

このグループは、


面白いんです。




----------------------------------------------------------
♪LADY MADONNA(レディ・マドンナ)♪
----------------------------------------------------------

今、私の手許にある、

『LADY MADONNA』
の、オリジナル・スコア(総譜)は、

ちょっと変…。


これ、

全部で18ページあるのですが、
12ページまでと、
13ページ〜18ページでは、

あきらかに、
五線紙の色が違うのです。


12ページまでの五線紙は、
ややセピア色に変色しております。

13ページ以降は、
真っ白い、普通の五線紙。


これって、

どういうことだか、

おわかりでしょうか。

……。



じつはですね、

私がこの曲のアレンジを始めたのは、

なんと、2006年の冬なのです。


2006年というと、

ジャミン・ゼブが結成した年。


まだ、
レコード会社も決まってない状況のなか、

どんどんレパートリーを増やしながら、
練習、練習、練習、
に明け暮れていた頃です。


だから私も、

毎日のように、
せっせ、せっせと、
アレンジをしておりました。


そんなとき、
閃(ひらめ)いたのが、

この『LADY MADONNA』の、

ごった煮ファンク・バージョン。


♪♪♪



まずは、
なんの問題もなく、
2コーラスを書き上げる。

「よ〜し順調だ。
 ここで、パーパーパーパーとやって、
 間奏に突入だ。
 ウシシシ、カッコいいぞ、こりゃ。」

スラスラ、スラスラとペンは進む。



「そしてここで、スティーヴの、
 ボイス・トロンボーン・ソロだ。
 あいつはいつも、
 楽器のマネをして遊んでるからなあ。
 きっとうまくいくだろう。
 ウシシシ。」

ここも難なく通過。



「よ〜し、お次は、
 またまたコーラスのソリだ。
 テクニカルでリズミックな、
 カッコいいパートをこさえよう。
 これは、ジャミンにしかできない技だからな。
 ウシシシ。」



というわけで私は、

例の、

「パーヤッパー パーヤッパー♪」
で始まる、

このアレンジの聴かせどころ、
彼らのテクニックを存分にアピールできる、
あの、難所(4コーラスめ)に突入したのです。


「パラッパーダバダバ
 パラッパーダバ パラッパーダバ
 パラッパラッパラッパラッパラッ
 パーダバパーダバーダバダ♪」


と、ここまで順調にきて、

私のペンは突然止まってしまった。

……。


私は考え込んでしまいました。

ううむ…。

………。



なぜかというと…、


この一つ前に書いた曲が、

あの『Scarborough Fair』


間奏後の、
めくるめく展開するコーラス・ワークは、
壮絶なものがありますよね。

実際あの曲は、
完成までに1年を要し、
レコーディングまでにさらに半年かかった、

という、
稀代の難曲です。


それを、メンバーが、
必死になって、
練習していた時期です。

ううむ…。



さらに、

その一つ前に書いたのが、

『When I Fall In Love』


あれも、3コーラスめは、
大変ですよねー。

「ドゥッパッ パッパッパ パーパッ
 ドゥパッ パッパッ パーッパッ パラ
 パッパッ パラパ パドゥ パラパ♪」

なーんてなフレーズで始まる、
おそるべきコーラス・ワークの嵐。


これも、

苦戦しながらも、

真剣に取り組んでいるシマウマくんたち。


ううむ…。



さらに、さらに、

その一つ前は、

『Take The ‘A’ Train』


これも大変。


「パーパパパッパッパッパッ
 take the take the ‘A’ train
 サバダダバッ パールパッパー
 サバダパッパー
 Hill way up in Harlem♪」


……。



私は、

自己嫌悪におそわれてしまいました。


メンバーが、

可哀想になってきました。


「こんな難曲ばかりじゃ、
 いくら聡明な彼らとはいえ、
 脳みそが破裂するのではないか…。」

「それに、聴く方だって、
 こんな大作ばかりじゃ、
 疲れてしまうのではないか…。」

「こんな難曲を強(し)いるなんて、
 ひょっとして、俺の中には、
 マルキ・ド・サド公爵の血が、
 流れているのではないか…。」


(……。)




そして私は、

考え抜いたあげく、

この曲のアレンジを放棄。


ここまで書いたスコアを、

部屋のなかの、

資料や譜面が雑然と散らかっている一角に、

追いやってしまいました。


つまり、

お蔵入り。



そして年が明けると、


『When We Make A Home』

『You Raise Me Up』

『Smile』


といった、

聴きやすい、歌いやすい、

ポップな楽曲とアレンジに方向転換。


この『Lady Madonna』の存在は、

すっかり記憶から消えてしまいました。


♡♡♡

 

それから2年あまり経った、

2009年の年明け。


私は、
来るべき4月7、8日の、
「STB 139」2Daysに向けて、

新しい曲を、
せっせとアレンジしておりました。


『How Deep Is Your Love』

『Route 66』

『Alfie』

etc.



そんなとき、

ふと、

あの曲の存在を思い出したのです。


「そうだ。
 『Lady Madonna』だ。
 あれも、そろそろいいかもしれない。
 ええと、どこにあるかなあ…。」

と、部屋の中を家捜し。


悪戦苦闘の末に、
ようやく見つけた12枚のスコアは、
ホコリをかぶった上に、
黄色く変色しておりました。


そして、
続きを書き始めたわけですが、
当然こっちは、
真新しい、白い五線紙。


このスコアが、
前半と後半とで色が違うのは、
こんなわけだったのです。


完成日は、

2009年2月4日

と書いてありました。

……。



2年越しの大作というわけですね。


はい、そんなお話でした。


ちょっと疲れましたね。

アハハハ。



それにしても、

結成して間もなくというのに、
こんな難しい曲ばかりを、
書く方も書く方ですが、


「へえ、これやるんですかあ。」
と平然と言ってのけ、
しばらく譜面を眺めたあと、

何ごともなかったかのように、
文句ひとつ言うことなく、
楽しそうに、
ルンルンと、

練習を積み重ねていく彼らも、


いったい、

どうなってるんでしょうね。



だから、

このグループは、


面白いんですけど…。


……。




(つづく)





怒濤の横浜フリーライブ週間も、

大盛況のうちに、

無事終えることができました。


お寒い中、

お暑い中、

駆けつけてくださったファンのみなさん、


通りすがり、足を停めて、

熱心に耳を傾けてくださったみなさん、


本当にありがとうございました。



さあ、仕上げは、

6/16(水)、17(木)の、

青山「草月ホール」


なんたって、

CD発売記念ライブですからね。


これもお祭りです。

ワッショイ、ワッショイです。


明日からまた、

気合いを入れて、

リハーサルに挑みます。


ワッショイ、ワッショイ!

ワッショイ、ワッショイ!

ワッショ…、

ワッ…、


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 14:57|この記事のURLComments(30)TrackBack(0)

June 01, 2010

ジャミン・ゼブ『裏・ガーデン』


ジャミン・ゼブのニュー・アルバム、

『Garden』が発売になって、

早や1週間が過ぎようとしています。


山野楽器さんを筆頭に、
大型CDショップでの、
店頭ディスプレイも華やかですし、

ご購入のみなさんからは、
数々の絶賛のお言葉をいただきましたし、

誕生日もありましたし、

まあ、あわただしくも、
“夢見心地”の1週間でした。


とはいえ、

勝負はこれからですね。


一歩一歩、

ゆっくりでも、

着実に前進したいと思います。


今後とも、

温かいご声援、

よろしくお願い致します。


♡♡♡



とまあ、
前口上はこのくらいにして、

本編よりもリクエストの多かった(ん?)
お待ちかね(ん?ん?)

裏シリーズ!


今回もいってみましょうか。


楽曲の知られざる逸話、
アレンジ上の種明かし、
制作過程におけるエピソード…。


私なりの、
独断と偏見に満ちた解説を、
面白可笑しく一挙大公開。

面白くも可笑しくもない話も、
一挙大公開。

(ん?ん?ん?)



ということで、


いきますよー。



ジャーン!


『ジャミン・ゼブ/裏・ガーデン』


(これが本当の、裏庭…)



--------------------------------------------
♪HOW DEEP IS YOUR LOVE♪
 (愛はきらめきの中に)
--------------------------------------------

ビージーズというのは、

本当にメロディ・メーカーですね。

素晴らしいです。


中学生の頃(だったかな?)
高校生の頃(だったかな?)

いずれにしても、大昔の話ですが…、


ラジオから流れて来る、
美しいメロディとサウンドは、
たちまち私のハートを、
鷲掴みにしてくれちゃいました。

「ニューヨーク炭坑の悲劇」
「マサチューセッツ」
「ラヴ・サムバディ」
「ワーズ」
「ホリデイ」

などなど♪


で、ちょっとブームが去ったかな、
と思い始めた大学生の頃(だったかな?)

映画『小さな恋のメロディ』のサントラで、
またまた脚光を浴びる。

「メロディ・フェア」
「イン・ザ・モーニング」
「若葉の頃」

さすがだ…。


でも、もうそろそろ終わりだろう、
と思っていた70年代後半(だったかな?)

映画『サタデイ・ナイト・フィーバー』が、
またまた大ヒット。

「ナイト・フィーバー」
「ステイン・アライヴ」

そして、この、

「愛はきらめきの中に」


いや、まいりました。


メロディアスなロック・バンドとしては、

ビートルズに次ぐ、

ビッグなやつらだ。

……。



でね。

結成当初から私は、
このビージーズの曲を、
何かジャミンでやりたいな、

と、ずっと思っておりました。


で、考えに考えたあげく、
白羽の矢を立てたのがコレ。

いやあ、

実にうまくハマりましたね。


♪♪♪



さて、

このトラックの成功に欠かせないのは、
なんと言っても、

山木秀夫さんのドラムでしょう。


全編にわたって、
繊細で美しいシンバル・ワークが、
サウンドを支配しております。

さらには、
スネア・ロールを駆使しながら、
お洒落なビートを刻むセンスの良さ。

ここぞとばかりのダイナミクス。

そして、
メトロノームと寸分違わない、
完璧なリズム・キープ。



「ひょっとすると世界一じゃないの。」

と言ったら、彼、嬉しそうでしたね。


いや、本当に素晴らしい。


山ちゃん、ありがとう!



まだまだ一緒にやりたいから、


僕より先に、死なないでね。



--------------------------------------
♪ROUTE 66(ルート66)♪
--------------------------------------

ジャズ・ヴォーカルを歌う人にとって、
この曲はまさに入門編。

これを知らないと、
ジャズ・ヴォーカルは始まらない。
誰にも相手にされない。


そこまで定着してしまった、
超スタンダード曲ですが、

詞はいたって単純です。


シカゴからロス・アンジェルスに、
車で行くなら、
この道が一番ですよ〜。

ただ、それだけのこと。

その沿線にある地名を、
ただ、ズラズラ並べただけ。

ただ、それだけのこと。



「汽笛一声新橋を〜♪」

そう、あの『鉄道唱歌』の、
まさにアメリカ版ですね。


えっ? そんな曲知らない?

(ううむ…)

……。



もうひとつ。

この曲が人気なのは、
シンプルな「ブルース」のコード進行、
が基盤になっているからなのです。


そう、ブルース。

これぞまさに、
ジャズやロックンロールの基礎とも言える、
アメリカの黒人たちが開発した、

偉大な音楽フォーム。



で、ちょっと専門的になりますが、

きょうは、この「ブルース」について、

ちょっと解説をしてみましょう。


ジャミンが歌ってるキーは、
「F(エフ)」
つまりヘ長調なので、
このキーで解説しますね。


ブルースというのは、
12小節でひとくくり。

最もシンプルなコード進行は、
こうなります。


| F7 | F7(B♭7) | F7 | F7 |
| B♭7 | B♭7 | F7 | F7 |
| C7 | B♭7 | F7 | F7 (C7) |

(註:括弧を使うこともある)


これが原型。

初期のシカゴ・ブルースや、
ロックン・ロールは、
みな、この形です。


しかし、

ジャズでは、
これをもっと細分化したり、
テンション(コード・トーン以外の音)
を上手く使って不協和音にしたりして、

より、カッコいい、
より、豊かなサウンドをめざして、
いろんなジャズメンが、
いろんなアプローチをしてきました。


その、

もっとも凄い成功例が、

私の崇拝する、

サド・ジョーンズ&メル・ルイス楽団。


先日お亡くなりになった、
名ピアニスト、
ハンク・ジョーンズさんの弟、

サド・ジョーンズさん、
のアレンジするブルースは、
この常識をはるかに超えるモダンなサウンドで、

ブルースを、
芸術の域まで高めてしまいました。


私が、今回やってみたかったのは、
この、サド・ジョーンズ風アプローチの、
モダン・ブルースでした。

とくに、
全員が華々しいコーラス・ワークを聴かせる、
2コーラスめに、
それが顕著に表れていると思います。


そして、
誰もが知ってる曲だけに、
その効果は絶大だろうと思ったわけです。



一例をあげると、
最初の12小節は、
こんなコード・チェンジです。

| F7 | A♭7/ B♭7 | F7(6) | F7(♯11) |
| B♭7(9) | D♭7 | F7 | F7 |
|D♭7/ D7(6・9) | E♭7/ E7 |
|F7/A♭7 | G7 /G♭7(6) G♭7(9・♯11)|


どうでしょう。

最初の原型と比べてみてください。


もう、この2コーラスめは、
こんなサウンドの炸裂です。


だから、メンバーは大変。

とくに、内声を歌う、
コージローとスティーヴのパートは、
すさまじい難しさ。

バルトークなんて可愛いもの。

まるで、
シェーンベルグの無調音楽のような、
気持ちの悪いメロディの連続なのです。


しかし、合体すると、

なんともモダンで、

カッコいいサウンドになる。


だから、がんばってもらいました。

ちょっぴり可哀想ではありましたが、
心を鬼にして、
がんばってもらいました。


この譜面を見せたとき、
みんなから、一様に、

「ゲエ〜〜〜ッ」

という声があがったのが印象的でしたね。


コージローが笑いながら、

こうも言いましたか。

「宮住さん、ひょっとして、
 サドなんですか?」



いや、そういうわけではありませんが、

決してイジメてるわけではありませんが、

でも、この場合は、

言い得て妙ですかね。


だって、私がお手本にしたのは、

サド(ジョーンズ)なんですから。


(うまい!)



(つづく)




わりと最近の映画で、

『キャデラック・レコード』

というのをご存知ですか?


1950年代に実在し、
シカゴを中心に一世風靡したレコード会社と、
黒人ブルース系ミュージシャンをテーマにした、
素敵な音楽映画です。


マディ・ウォーターズ、
リトル・ウォルター、
チャック・ベリー、
エタ・ジェイムズ
etc.

といった、
歴史上、有名なシンガーたちが、

人種差別の激しいアメリカで、
この新しい音楽や人生と、
どう向き合っていったか。


ビヨンセ・ノウルズを筆頭に、
そうそうたる俳優陣が、
見事に演じております。

ブルースの話題ついでに、
ぜひ、ご覧になってはいかがでしょう。


♪♪♪



さあ、

「ゼブログ」も華やかになってきましたね。


『Garden』のプロモーションは、

まだまだ続きますよ。

お楽しみに。


「ディスプレイあれこれ 1&2」

も、ほんわか楽しいですね。


当社の新人スタッフのリポートです。


そういえば、

あのタッチ。


どこかで見たような…。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 11:12|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

May 24, 2010

jammin' Zeb『Garden』


お待たせしました!


2010年5月26日。

いよいよ発売になりますね。


注目の若きエンターテインメント集団、

『ジャミン・ゼブ』が、

満を持して贈る、

珠玉のニュー・アルバム。


その名も『Garden』!!

 Garden 1


さて、

そんなジャミンですが、


今作品から、

2007年のデビュー以来、
3作お世話になった、
ビクター・エンターテインメントを離れ、

ユニバーサル ミュージックと契約。



そして、これは、

そのユニバーサルの中に、
彼らが新たに立ち上げた、
自主レーベル「ZEB」からの、

記念すべき第一弾でもあります!



CDジャケットの帯原稿には、

こう書かれています。


“カラフルなハーモニーに彩られた音の花壇
 奇跡のヴォーカル・グループ
 待望のニュー・アルバム”



バラエティに富んだ選曲。

磨き上げられたコーラス・ワーク。

力強い成長を見せるソロ・ヴォーカル。

新解釈によるアレンジとサウンド。


そして、


あらゆるメディアから高い評価を受けてきた、

独自の“ジャミン・ワールド”は、

さらに輝きを増しています。



そう、

まさに、これは、

この上もなく美しい「音の花壇(ガーデン)」


1本1本の花を、
丹精込めて育てるかのように、

1曲1曲を大切に練り上げてきた彼らの、
この三年間の集大成とも言える、

大傑作ではないでしょうか。


♡♡♡



というわけで、

前置きが長くなりましたが、


今回も、このブログでは、

プロデューサー的見地から、

このアルバムに収められた楽曲の数々を、

解説してみようと思います。


相変わらず、

独断と偏見に満ちあふれてはおりますが…。


みなさんの鑑賞の手引きになれば、

嬉しいです。


それぞれの曲を、

お好きな花に例えながら聴くのもまた、

一興かもしれませんね。



では、


いってみましょう♪



--------------------------------------------
1. HOW DEEP IS YOUR LOVE
 (愛はきらめきの中に)

--------------------------------------------

 lyrics & music:Barry Gibb, Maurice Gibb, Robin Gibb
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 オーストラリアのポップ・グループ、
 「ビージーズ」が1977年に発表。
 ビルボード1位に輝いた大ヒット曲。

 ジャミンの得意技とも言える、
 16ビートとボサを巧みに組み合わせたサウンドで、
 優雅な世界を作り上げています。

 レンセイの情感溢れるリード・ヴォーカルを、
 ビロードのような美しいコーラスが包み込む、
 まさにジャミンならではの世界。

 今回もたくさんのナンバーに参加して下さった、
 世界的とも言っていい名ドラマー、山木秀夫さんが、
 全編にわたり、圧倒的に美しいドラムで、
 サウンドを彩ってくれています。


 Piano & Hammond Organ:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama



----------------------
2. ROUTE 66
 (ルート66)

----------------------

 lyrics&music:Bobby Troup
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 誰もが知っているスタンダード中のスタンダードを、
 あっと驚くアレンジで聴かせます。

 シモンのリードに始まる最初のコーラスから、
 独特のスリリングなコード展開が姿を現し、

 2コーラスめでは、
 私が神と仰ぐ往年のビッグ・バンド、
 サド・ジョーンズ&メル・ルイス楽団を彷彿とさせる、
 豪快なコーラス・サウンドとグルーヴが炸裂。
 
 そして最後は、オーソドックスなコード進行に戻り、
 伝統的ジャズ・コーラス、
 フォー・フレッシュメン・スタイルで、
 華やかなフィナーレを迎えます。
 
 
 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama


 (訂正)
  CDブックレットのミュージシャン表記には、
  どこをどう間違ったか、
  Bass:Yusuke Sato
  と記載されてしまいました。
  岸くん、佐藤くんにはご迷惑を掛け、
  この場を借りてお詫び致します。ゴメン!
  第二刷からは修正しますので。



----------------------------
3. さくら
 (ーSAKURAー)

----------------------------

 lyrics:Naotaro Moriyama, Kaito Okachimachi
 music:Naotaro Moriyama
 arrangement:Lensei & jammin' Zeb


 ジャミン・ゼブが初めて録音、発表する、
 日本語のア・カペラ・ナンバーで、
 ライブで発表するやいなや、
 大きな反響がありました。

 来日当初から、
 この曲を絶賛してやまないレンセイがアレンジ。
 それをみんなで「ああだ、こうだ」と、
 完成までに丁寧に時間をかけて、
 練り上げてきた佳作。

 このア・カペラを歌い終わると、
 あまりの感動に拍手が鳴り止まず、
 メンバーがステージ上で苦笑するシーンも、
 よく見られます。



---------------------------------
4. LADY MADONNA
 (レディ・マドンナ)

---------------------------------

 lyrics & music:John Lennon, Paul McCartney
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb

 
 「ビートルズ」初挑戦。
 あの曲が、こんな風に大変身してしまいました。

 6分を超える大作で、
 ジャズ、ロック、ファンク、フュージョンといった、
 さまざまな音楽の要素が、
 ごった煮のように混ざり合い、渾然一体となって、
 圧倒的なクライマックスを迎えます。

 スティーヴのボイス・トロンボーンも圧巻で、
 今では、この曲が演奏されると、
 熱狂的なスタンディングになるという光景も、
 珍しくなくなりました。

 初参加、モリゴン(森丘ヒロキ)のオルガン・ソロも、
 ファンキーですねえ。


 Piano:Shun Miyazumi
 Hammond Organ:Hiroki Morioka
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama
 Trombone?:Steve



------------------------
5. ALFIE
 (アルフィー)

------------------------

 lyrics:Hal David
 music:Burt Bacharach
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 1960年代に一世を風靡した大作曲家、
 バート・バカラックが大ヒットさせた、
 1966年発表、マイケル・ケイン主演の同名映画、
 『アルフィー』の主題歌。

 2004年には、ジュード・ロウの主演でリメイク。
 こちらも大ヒットでしたね。

 オリジナルはシラ・ブラックが歌っていましたが、
 ジャミンも負けてはいません。

 “バラード王子”の異名をとるコージローが、
 情感たっぷりに歌い上げ、
 他の3人が、時に優しく、時にドラマティックに、
 コージローを支えます。

 ライブではすっかりお馴染みになった、
 森丘ヒロキ(P)佐藤有介(B)ジーン重村(D)
 そして、はたけやま裕のパーカッションが、
 素晴らしいサポートをしてくれています。

 
 Piano:Hiroki Morioka
 Bass:Yusuke Sato
 Drums:Gene Shigemura
 Percussion:You Hatakeyama



---------------------------------------------------------------
6. NOUS VOYAGEONS DE VILLE EN VILLE
 (町から町へ)

---------------------------------------------------------------

 lyrics:Jacques Demy
 music:Michel Legrand
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb

 
 フランスを代表する作曲家、
 ミシェル・ルグランが書いたミュージカル、
 『ロシュフォールの恋人たち』の中の1曲で、
 ジャミンは、今度はフランス語にも挑戦です。

 ありとあらゆるコーラス・ワークを駆使した、
 極めて難易度の高い技術と感性を要求される、
 驚異の作品ですが、
 ジャミンの4人は、
 これを見事に歌いこなしてくれました。

 細かいアレンジの解説は、
 『裏・ガーデン』のほうでたっぷりとご披露しますが、
 これを聴くと、彼らの実力は、
 もはや世界的レベルにあると思うのですが、
 いかがでしょう…。


 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki



---------------------------
7. EVERYTHING
 (エヴリシング)

---------------------------

 lyrics:MISIA
 music:Toshiaki Matsumoto
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 ジャミンによる、日本語楽曲第二弾は、
 ミーシャさんの大ヒット曲、『Everything』。

 そして、このアレンジも、
 みなさんの度胆を抜くものではないかと、
 自負しておりますが、さて…。
 
 前半は、シモンをリードにしたバラードで、
 「Singers Unlimited」
 スタイルのバック・コーラス。

 後半は、一転してリズム隊が炸裂。
 コージローのリードに、
 「Take 6」スタイルのコーラスが、
 これでもかとばかり、ファンキーにサポートします。

 そんな、あっと驚く2部構成ですが、
 なかなか感動的な仕上がりになりました。


 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki



------------------------------------------
8. ORANGE COLORED SKY
 (オレンジ色の空)

------------------------------------------

 lyrics:Milton DeLugg
 music:William Stein
 arrangement:Greg Volk


 バーバーショップ・スタイルのア・カペラ曲で、
 結成当初から、ジャミンの、
 重要なレパートリーのひとつでした。

 この、Greg Volk氏のアレンジは、
 他にもいくつか取り上げていますが、
 ア・カペラ・コーラスを熟知した、
 無駄のない、素晴らしいものだと思います。

 ソロに、パワフルな低音に、
 成長著しいシモンが、ここでも大活躍。
 今回までレコーディングせず、
 温めておいて良かったなあと、つくづく思います。



--------------------------------------
9. THE SUMMER KNOWS
 (おもいでの夏)

--------------------------------------

 lyrics:Alan Bergman, Marilyn Bergman
 music:Michel Legrand
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 1971年のアメリカ映画『おもいでの夏』
 の主題歌で、作曲はまたしてもあの、
 ミシェル・ルグラン。

 映画のほうは、あまりヒットしなかったようですが、
 ルグランさんの主題歌は、
 アカデミー賞最優秀作曲賞を受賞。
 さすがです。

 ビル・エヴァンスやフィル・ウッズといった、
 知的なインプロヴィゼイションを得意とする、
 白人ジャズ・メンが取り上げて、
 一躍有名になった曲です。

 スティーヴの官能的なリード。
 霧深き北欧ムードのコーラス・ワーク。
 ドラマティックで感動的な構成。

 そして、西脇辰弥くんの、
 素晴らしいハーモニカ・ソロなど、
 聴きどころ満載のバラードです。


 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Yusuke Sato
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama
 Chromatic Harmonica:Tatsuya Nishiwaki



------------------------------------------------------
10. SWEET SWEET LOVE
  (スウィート・スウィート・ラヴ)

------------------------------------------------------

 lyrics & music:Lensei
 arrangement:Lensei & jammin' Zeb


 中島美嘉さんにも数々の楽曲を提供している、
 レンセイが、ジャミンのために書き下ろした、
 初のオリジナル(詞&曲)。

 かつてのR&Bの香りを彷彿とさせる、
 楽しいダンス・ナンバーで、
 レンセイのキュートかつスインギーなリードが、
 たまらなく魅力的な作品。

 この曲も、森丘くんを中心としたカルテットが、
 演奏しておりますが、
 ゲスト・プレイヤーとして、かつて学生時代に、
 同じバンドで私と演奏をしていた、淵野繁雄さんにも、
 テナー・サックスを吹いてもらいました。

 ダンス・パーティーにはうってつけの一品ですよ。


 Piano & Hammond Organ:Hiroki Morioka
 Bass:Yusuke Sato
 Drums:Gene Shigemura
 Percussion:You Hatakeyama
 Tenor Sax:Shigeo Fuchino
 


------------------------------------------------------------------------
11. POLKA DOTS AND MOONBEAMS
       〜MOONLIGHT SERENADE
  (水玉模様と月光〜ムーンライト・セレナーデ)

------------------------------------------------------------------------

 lyrics & music:Johnny Burke, Jimmy Van Heusen
 lyrics:Mitchell Parish
 music:Glenn Miller
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 “お月さま”をテーマにした、
 美しいスタンダード曲を2曲、
 メドレーにしてみました。

 『水玉模様と月光』の方はバラード。
 映画『グレン・ミラー物語』で一躍有名になった、
 『ムーンライト・セレナーデ』は、
 あっと驚く、ジャズ・ワルツのアレンジです。

 何を叩かせても、
 本当に唸ってしまうくらいのプレイを聴かせる、
 最高のドラマー、山木秀夫さん。
 若手バリバリの岸くんのベース。
 はたけやま裕さんの絶妙なパーカッション。
 淵野さんの官能的なソプラノ・サックス。
 etc. etc.

 そして、ソロにコーラスに、
 見事な七変化を見せるジャミン・ゼブ。

 素晴らしい「Moon Medley」が、
 出来上がりました。


 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama
 Soprano Sax:Shigeo Fuchino



------------------------------
12. MOONDANCE
  (ムーンダンス)

------------------------------

 lyrics & music:Van Morrison
 arrangement:Marshall Webb


 これも“月”にちなんだ曲。

 アイルランドのロック・シンガー、
 ヴァン・モリソンが、
 1970年にヒットさせたナンバーを、
 シモンのパワフル・ベースと、
 コージローのリードを中心に展開する、
 ジャミンならではのア・カペラ。

 楽しいながらも、緊迫感に溢れた、
 密度の濃いア・カペラ・ワークが堪能できます。

 こうした、都会的に洗練されたア・カペラもまた、
 ジャミンの真骨頂と言えるでしょう。



----------------------------------------
13. カケラたち
  (ーKAKERATACHIー)

----------------------------------------

 lyrics & music:Saori Matsukura
 arrangement:Shun Miyazumi & jammin' Zeb


 さて、アルバムの最後を飾るのは、
 北海道在住のシンガー・ソング・ライター、
 松倉サオリさんの隠れた名曲を、
 ジャミンならではのアレンジで、
 見事に甦らせたとも言える大作です。

 シモンとコージローが交互にソロをとる前半部分は、
 わりとオーソドックスな「J−POP」スタイルですが、
 中間部からは、一転してジャズ・ムード。
 そしてここからが、まさにジャミン・ワールド。

 ハービー・ハンコック『処女航海』の如き、
 リズム・パターンに乗って、
 めくるめくコーラス・ワークが、
 これでもか、これでもかと展開していきます。

 そして、劇的で感動的なクライマックス…。

 アルバムの最後を飾る、圧倒的な仕上がりです。

 
 Piano:Shun Miyazumi
 Bass:Tetsuyuki Kishi
 Drums:Hideo Yamaki
 Percussion:You Hatakeyama



-------------------------------------------

Produced by:Shun Miyazumi


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  ジャミン・ゼブ『ガーデン』(POCS-1032)
  発売元:ZEB
  販売元:ユニバーサル ミュージック合同会社
  ¥3,150(税込)


  今回も写真満載の豪華美麗ジャケット。
  日本語対訳付きです。

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



はい、そんなアルバム紹介でした。


なお、スペースの都合上、
レコーディング・データは割愛させていただきます。

CDジャケットを手に取って、
ゆっくりご覧頂きたいと思いますが…、


改めまして、


今回、長時間にわたって、
レコーディング・スタジオをご提供下さった、
日本工学院のスタッフのみなさまをはじめ、

このアルバムの制作にご協力いただいた、
すべてのみなさまに、

この場をお借りして、
厚く御礼申し上げます。


おかげさまで、

本当に素晴らしいアルバムが出来ました。


このアルバムをひっさげて、
日本全国を、いや世界を、
飛び回るであろう若きシマウマ軍団の、

今後の活躍を、
温かく見守っていただきたいと思います。


♡♡♡



さ、なにはともあれ、

ジャミン・ゼブ第二章の開幕です。


みなさん、

どうぞ、ご期待下さい。


そして、

大いに盛り上がりましょう。



感謝…。



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 00:19|この記事のURLComments(50)TrackBack(0)

May 16, 2010

学芸大学 東口篇


私の愛する学芸大学。

今日は、東口を散策してみましょう。


東横線「学芸大学」駅の改札口を出ると、
目の前に、大きな、
「東急ストア」があるんですね。

改修工事のため、
この2年間はずっと休業しておりました。


したがって、
駅を降りたときの“活気”がイマイチで、
少々寂しい気もしていたのですが、

5/20に、
待ちに待った「リニューアル・オープン」
なんだそうです。

ヤッター!


これでまた、
駅周辺の華やかさが、
戻ってきますね。

よしよし。


♡♡♡



さて、

その「東急ストア」の左隣にあるパチンコ屋と、
角の、くだもの屋さんの間に、
細い細い路地があります。

その路地を少し歩くと、
左側に「福吉」という肉屋があって、
その隣が、

『FUKUYOSHI』という洋風レストラン。


つまり、お肉屋さんが経営する、
レストランなんですね。


だから、
ここのお肉は新鮮かつ本物。

しかも安い。


<豚しゃぶ定食 1,500円>
  (そりゃ安い!)

<牛しゃぶ定食 1,800円>
  (ほんとに?)

<すきやき定食 1,500円>
  (ウソでしょ?)

<サービス・ステーキ 1,500円>
  (まあ、すてき!)


もちろん、
もっとお金を出せば、
さらに、デリーシャスなお肉が、
待ち構えておりますよ。

人のいい老夫婦が経営しております。

二人とも、
長生きしてね〜。

(火曜日定休)



その『FUKUYOSHI』の真ん前のビルの2階に、
わりと最近出来たホッピーな居酒屋、

『さいとう屋』さんは、

さらに驚愕のお値段。


「キンミヤ焼酎」のボトル 1,500円。
  (なんと!)

「薬味たっぷり冷ややっこ」 380円
  (なに、それ?)

を筆頭に、
どんな料理もみな、

300円とか、
350円とか、
380円とか。

……。


これで、
どうやって利益を出してるんだろう、

と、首をかしげたくなるような、
お値段です。

(今度聞いてみよーっと)



とまあ、手始めに2軒紹介したところで、

もう一度「東口商店街」に戻りましょう。



商店街を歩いて、わりとスグ。
右側のビルの地下に、

『珈琲美学』という喫茶店があります。


そう、ここは、“喫茶店”
という言葉がピッタリ。

「ドトール」とか「スタバ」じゃなく、
昔ながらの、
豆煎りたての「コーヒー」ね。

だから、
お値段はちょっと高め。


でも、木のテーブル、木の椅子。

広々とした、
山荘のロッジのような、
落ち着いた雰囲気のなかで、

私はよく、
本を読んで時間を潰すのが好きです。


そうそう、
ここのママさんは、
ジャズも大好きで、

週に2回(木、金)、
ジャズのライブも開催しています。

(えらいなあ…)


私の愛弟子(と言ってもいいのかな)の、
秋元直子ちゃんや、
パーカッションのはたけやま姉さんなんかも、
たまに出演しているので、

要チェック!


♡♡♡



さてさて、

もう少し先まで歩いてみましょう。


『珈琲美学』から少し行った左側の角に、
立ち食いソバの『かしわや』があります。

ここも24時間やっているので、
なにかと便利だし、
立ち食いにしては、
けっこういけてますよ。


その角を左に曲がって、
2軒目の右側に、

大人気の「お好み焼き屋」があります。


その名も『キャベツ亭』。


何を隠そう、
あの『A'TRAIN』のマスターが、
このお店の創始者。


今はノー・タッチだそうですが、

さすがに、B級グルメの帝王、
マスターKが作ったレシピだけあって、
彼がいなくても、バッチリの味。


ここの「鰈(かれい)のホイル焼き」とか「げそ焼き」
といった一品がまたビールに良く合う。

脚本家の、三谷幸喜さんなんかも、
見かけたことがあります。


そして、
何を食べても美味しいのに、
これがまた、

激安!


だから、
夜の6時から9時くらいまでは、
いつも満席。

予約を入れてから、
行った方が安心です。



その、2、3軒むこうにある、

『きんちゃん』というメシ処。


ここがまた、

私の、大のお気に入りのお店。


ただし、
ジャミン・ファンの女性の方たちには、
ちょっと不向きかな…。


だいたい、
8時オープンなんて書いてあるのに、
8時に開いてたためしがない。

9時に行ったら、ゴミ袋の山で、
二日酔いでボロボロのマスターきんちゃんが、
「まら、買い物に、行ってないのれ〜す、うっぷ…。」
ということもあった。

10時に行ったら、
これから開店だというのに、
「バルサン」たいてたこともあった。

11時に行ったら、
客に厨房をまかせて、
飲みに行ってたこともありました。


初めてのお客さんが、
「ここは、何が美味しいの?」
て聞くと、

無愛想に、
「みんなまずいよ。」
て答えるし…。


狭いし、

お世辞にもきれいとは言えないし、

トイレは和式だし、

ヌード写真ペタペタ貼ってるし…。

……。


でも、料理は天才。


なにせ、この、きんちゃん。

元は、NHKのコック長だったのです。


NHKスポーツ・アナの大御所、工藤三郎と、
(私の大学のサークルの後輩)
「首都圏ニュース」でお世話になった、
阪本アナウンサーを連れて行ったとき、

初めてその事実が判明しました。

(やるじゃん、きんちゃん)


ま、こんな自由人だから、

お役所務めは向きませんわねえ。

アハハハ。


でも、私は大好き。

とくに、
「オムライス」「ナポリタン」「カツ丼」は、
最高です。

そして、ここも安い。


きんちゃん、

また行くからねえ。


♡♡♡



こうしてみると、

東口は、

さらに庶民的で、

安いお店が多いんですね…。



そんなことを考えながら、

また商店街を歩いていると、

ちょっと大きめの、

車が通れる道にぶつかりました。


そこを左に折れて、
少し行ったところ、
「Book Off」の真ん前に、

『王華』という、

ちょっぴり高級な、
中華料理店があります。


ここも、よく行きますねえ。


「エビそば」
「牛肉ピーマン麺」
「カニ炒飯」

あたりを、
よく注文します。

はい、どれも美味しいです。



そのお隣は、
うなぎ屋さんなんですが、

学芸大で「うなぎ」といえば…、


なんといっても、

この東口にある、

『宮川』

(西口にも「宮川」という別のお店がありますが…)


それは、

この大通りを、
いったん商店街まで戻って、
今度は反対側(向こう側)を、
ずーっと歩いた右側にあります。


日本家屋の2階の大きな座敷で、
昔ながらの、
なんとも風流な感じ。

明治な、大正な、昭和な、
そんな風情のなかで、
なかなかの「うなぎ」を堪能できます。


ちなみに、

「お手洗い」も、

超レトロ…。


♡♡♡



さあ、ちょっと急ぎますか。

まだまだ、

ありますからねえ。



今度は、

もう一度、
商店街に戻って、
さらに奥まで行った右側にある、

『やべ』というおでん屋さん。


上品な関西風のダシで、
けっこうなお味。

ただし狭いので、
窮屈で、長時間居られないのが難。



さらに行くと、
右側に、

『金華苑』という、

中国人のおっちゃんが経営する、
中華料理があります。


ここも安いですよー。


「こっちのメニューは、
 1,000円で3品選べますよー。」

「あっちのメニューは、
 どれも一品500円ですよー。」


な〜んてのをたくさん頼んで、
紹興酒を飲み上げる。


そう、ここは、
「食べる」よいうよりは、

中華をつまみにして、
「飲む」お店。


だから、ここも大好き。


♡♡♡



さて、商店街はこのくらいにして、

もう一度駅まで戻りましょう。


駅構内を出てすぐ右角は「くつ屋」さん。

狭い路地を挟んで、
「恭文堂」という本屋さん。
(私が「オペラ・コレクション」の、
 定期購読をお願いしているお店)


その狭い路地を少し歩いた左側に、

『串右衛門』

という、
お洒落な「焼き鳥屋」があります。


「焼き鳥」はオヤジの物。

というイメージを払拭して、
ジャズを流し、
高級ワインかなんかも並べる、

といったアイディアが受けてか、
若い女性たちで、
いつも賑(にぎ)わっております。


マスターのさめちゃん(鮫島くん)も、
『A'TRAIN』の常連。

やるねえ、さめちゃん。


♡♡♡



最後に、

線路に沿って、

都立大学の方に歩いてみましょう。


駅構内を右に出て、
すぐ左側にある、
大衆中華料理店、

『二葉』


ここは、

「もやしそば」(680円)
「タンメン」(680円)
「広東メン」(800円)

が、おススメです。


最近、西口に出来た、
『日高屋』のせいで、
少し苦戦してるようですがね。

ガンバレ、『二葉』。



さあ、あともう少し。


さらに、線路に沿って、
どんどん行きましょう。


おっ、大きな道と交差したな。

でも、気にせず行こう。


2本目の大きな道と交差しました。


とそこの、その左ナナメ前に、

『浅野屋』

と書かれた、
大きな居酒屋がありました。


ここも、最近お気に入り。

ここの「もつ煮込み」大好物。


大きなカウンターと、
たくさんのテーブル。

TVの野球中継やサッカーを見ながら、
常連の客たちが、
ワイワイ、ガヤガヤ。


昭和の良き時代の、
下町の風情を思わせる、
なんとも庶民的な、
居酒屋さんです。

もちろん激安。

ブラザー・トムさんも、
しょっちゅう来てますね。



そして、最後は、

『Kacky's』


その『浅野屋』さんの真ん前にある、
カウンターだけの、
小さなオールディーズ・バーです。


でも、中に入ると、

これが、仰天!


おびただしい数の、
シングル盤。
(もちろんアナログ。
 いわゆるドーナツ盤というやつです)

60年代、70年代を中心とした、
ヒット曲が、
洋楽、邦楽問わず、

ズラ〜リ。


どんな曲をリクエストしても、

まず、絶対と言っていいくらい揃ってる。

アナログ・プレイヤーでかけてくれる。


まあ、すごいコレクションです。


そして、

カウンター席の後ろの壁には、
懐かしい、そうしたシングル盤のジャケットが、
所狭しと貼られています。

私たちの青春そのものが、
ここにはあるのです。


えらいぞ、カッキー。

よくぞこんな店を作ったもんだ。


ま、いずれこのお店は、

写真入りで、

詳しく特集したいと思います。


♪♪♪



というわけで、

まだまだありそうだけど、

もう疲れたので、

今回はこのくらいにしておきましょう。



でも、どうです。


なんとなく素敵な街。

そんな感じがしませんか?



たしかに、

お金さえ払えば、

美味しいお店はいくらでもある。


しかし、

「この味にしてこの値段」

「初めての客どうしでも、
 すぐに仲良くなれる」


そんな、

庶民的な味わいのある店の多さでは、
学大の右に出る街は、
そうはないでしょうね。


私は、そう思います。


みなさんも、どうぞ、

学芸大学にお越し下さい。


忘れていた何かを、


思い出すかもしれませんよ。



何かをね…。



(おわり)





今年の私は、

ディアゴスティーニ社や、
イタリア政府観光局や、
学芸大学商店街組合から、

表彰されるかも…。


あははは、

冗談ですよ、冗談。


でも、いいものは、

自分だけで楽しまないで、
みんなで共有しないとね。


それが、

このブログの精神です。

(大きく出たな)




さあ、お待ちかね。

いよいよ次回は、


『Garden』大特集!!



ようやく、そのときが近づいてきましたね。

私も、このときを待っていました。

いよいよ、

ジャミン・ゼブ第2章の始まりです。



行けえ、ジャミンガーZ!


ガオ〜〜〜〜〜〜〜!



ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!


(うるさくなりそうだな、このオヤジ…)


……。



SHUN MIYAZUMI

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May 09, 2010

学芸大学 西口篇


私が住んでいるのは、
目黒区八雲(やくも)というところ。

近くに「駒沢公園」や「東京医療センター」があり、
環境は抜群。

もうかれこれ25年も住んでいます。


ところが…、

最寄り駅はみな遠いのです。


一番近い「都立大学」(東横線)でも、
ゆっくり歩くと15分近くかかる。

新玉川線の「駒沢大学」も同じくらい。

「学芸大学」(東横線)だと、
20分くらい、かかってしまいます。


でも、

そんな、

「学芸大学」

。。。



いやあ、

こんな素敵な街はありませんね。


なにしろ、飲食店の数は、
東横沿線でも断トツ。

「中目黒」や「自由ケ丘」よりも多いんですね。

毎日行っても、飽きることがない。

庶民的で、
魅力的なお店がいっぱい。


「世界で好きなところを3つあげると、
 それはどこですか?」

数年前、一緒に仕事をした、
韓国の歌姫『WAX』から、
こんな質問を受けたとき、

私は即座に、こう答えました。

「ニューヨークとホノルルと学芸大学だね。」


「それは、単位が違うでしょ。」
と、大笑いになりましたが、

でも、私にしてみれば、
言い得て妙。


それほど私は、

この街を愛しております。


その辺の “ポッと出”の街と違って、
庶民的ながらも、落ち着きがある。

華やかさはないけれども、
通(つう)好みの、
味わいのある店が多いのです。

しかも物価が安い。


フリーの生活が長く、
一人で食事をしたり、
飲みに行ったりする機会が多い私にとっては、

こんな街が近くにあることは、
本当にありがたい。

……。



というわけで、今回は、

私のホーム・タウンとも言うべき、
「学芸大学」の素敵なお店のあれこれを、

紹介してみようと思います。


きょうは、西口篇。


♡♡♡



「学芸大学」駅の改札口を出ると、

左右に商店街があります。

その左側が「西口商店街」。


その西口へ出てすぐにUターン。
5メートルくらい線路に沿って歩くと交番があります。
その角を右に曲がって3軒め。

夜の8時になると、
赤いネオンの看板が出て来ますよー。

はい、それは、
言わずと知れたジャズ・バー。
(ほんとか)

『A'TRAIN』


私が月末の金曜日にセッションをやる店で、
昨年(2009年)も、このブログで、
紹介させていただきましたね。

15人も入ればいっぱいの、
小さなジャズ・バーですが、
楽しいマスターや常連客たちと、
いつも笑いが絶えません。

私にとっては、
この上もなく安らげる、
至福の時を過ごせる場所…。


なにもなければ、
週の半分くらいはここで飲んでますかしらん♪

おーいマスター、
長生きして、
いつまでもやってくれよ〜。



『A'TRAIN』のお隣は、
どちらもマッサージ屋さん。


で、私がよく行くのは、
手前にある『やすらぎ治療院』

こじんまりと、落ち着いた感じで、
くつろげます。

<60分 4,200円>とおトクな価格。
慢性肩こりと腰痛の私には、
貴重なマッサージ屋さんです。


向こう隣は、
「タイ式マッサージ」

こちらは、いかにも高級そうで、
臆病な私は、
まだ、足を踏み入れておりません。

『A'TRAIN』常連のY恵ちゃんは、
よく行ってるみたい。



さて、交番まで戻って、
さらに線路に沿って少し行くと、
もう1本路地があります。

そこを右に曲がってすぐのところに、
『シネマ・カフェ』という、
小さな、お洒落な台湾料理のお店があります。


以前は、Y恵ちゃんが経営していたのですが、
彼女が祐天寺に、
『えほうさい』(漢字が難しくて検索できましぇ〜ん)
という大きなお店を出したので、

今は違う女性が経営しています。


夜も美味しいのですが、
私はもっぱら一人なので、
ランチ・タイムに出かけます。

いつも3種類のメニューがあって、
なかでも、
ちりちり、こしこし細麺の、
「担々麺」ランチがお好み。

ピリ辛「担々麺」に「生シューマイ」に、
「梅干しと高菜」がピクルス代わりの、
お洒落な組み合わせに、デザートが付いて、
1,000円。


飲み過ぎた翌日は、

「お粥」のランチもありがたいですわよ〜。


♡♡♡



では、もういちど駅の方に戻ってみましょうか。


「西口商店街」入り口角のビルの2階に、
『Scene(シーン)』という、
ブルーのネオン・サインが見えます。

カウンターだけの、
小綺麗な小さなバーですが、
ずらりと世界の名酒が並んでいます。

「美味しいお酒」にこだわるマスターが、
腕によりをかけて作ってくれるカクテルは、
まさに絶品。


お値段は、ちょっと高めですが、

量を飲むお店ではなく、
質を楽しむお店ということを、
常連のお客さんは、
みな理解しております。

親友の小原さんのお好みのお店です。


おーい、元気か〜、
小原さ〜ん。

早く「新年会」やらんと、
「忘年会」になるで〜。



さらに線路に沿ってしばらく行って、
(『A'TRAIN』と反対方向)
最初の路地を左に曲がると、

『闇市倶楽部』という、
大きなホルモン焼きのお店があります。


ここの、キャベツの量は、
ハンパじゃありませんよ。

今年は、キャベツが高いから、
大変だろうな〜。

……。



今度は、

「西口商店街」を歩いてみましょうか。


最近、この街には、
やたらと大型「ドラッグ・ストア」が、
オープンしていますね。

そんなに需要が、
あるんだろうか…?


そんなことを思いながら、
少し歩くと、左側に、
小さな、小さな、
CDショップがあります。

昔からここで営んでいる、
『小田レコード』さん。


ここの店主の小田さんとは、
何度か一緒に飲みましたが、
本当に音楽が大好き。

そして、本当に、
なんでも知っている。

クラシックからジャズからポップスから、
もう、すごい知識と見識をお持ちの素敵な方。

レコード屋のオヤジというのは、
こうでなくちゃ。


そういえば、
最近会ってないなあ…。

ジャミン・ゼブ、知ってるかなあ…?



さらにさらに行くと、
右側の角に、
『たかみ』という小料理屋があります。

ここ、最近よく行きます。

ここの「ポテト・サラダ」は絶品。


かつて、2007年に書いたエッセイ、
「あっと驚くタメゴロ〜〜♪」で、
101才のおじいちゃんと会ったのはここ。

(残念ながら、2008年の9月、
 102才でお亡くなりになったそうです。
 男性の長寿ギネス狙ってたのになあ…。)


先日も、
カウンターで一人で飲んでたら、
となりに楽しいおっちゃんが座って、
大いに盛り上がったのですが、

後から聞いたら、
往年のロカビリー歌手、
鈴木やすしさんでした。


誰とでも、すぐにお友達になれる。

そんな気さくなところも、
この街の魅力のひとつでしょうかね。



さて、その角を右に曲がってすぐのところに、
『舌雅(たんまさ)』
という、牛タン専門の、
カウンターだけの小さなお店があります。


ここの「舌料理」も抜群!

「舌ステーキ」なんぞ、
まるで、最高級サーロインの味わいですよ。


後ろにずらりと並んだ、
焼酎のボトルがまた圧巻。

一杯800円もするような、
日本中から集めた名焼酎がズラリ。

で、当然のことながら、
調子に乗って飲んでると、
「あっと驚くタメゴロ〜〜♪」
な、お値段になっているので、

ご用心。



その2、3軒隣に、
『市喜(いちき)』
というお寿司屋さんがあります。


「学芸大学」に寿司屋は5、6軒あって、
一通り入ってはみましたが、
なんといっても、
ここが一番ですね、私には。

小ぶりで、ネタもシャリも最高。
極上のお寿司が堪能できます。


ただし、10,000円はご用意下さい。

というわけで、
しょっちゅうは行けませんが、
つまらん寿司屋に3回行くのなら、
ここ1回のほうがずっとよろしい。

これが私の「寿司道」です。



その『市喜』を出て、
すぐ右の路地を曲がると、

『さぬき屋』
と言う、うどん屋さんがあります。


昨今「さぬきうどん」ブームらしく、
あちこちで、この看板は見ますが、
私に言わせれば、
ほとんどが、まがい物。

私、母が香川の出身だけに、
「うどん」にはうるさいんです。

ええ、私をだますのは大変です。
こと「うどん」に関しては…。


ところが、ここは本物。

つまみも安くて美味しい。

ここでひとしきり飲んで、
最後に「うどん」をつるつる〜。

く〜〜!



もう一軒『夢呆(むほう)』という、
高級「ソバ屋」があって、
ここもさんざん利用したのですが、

残念ながら、
昨年、閉店してしまいました。

……。



とまあ、ざっと駆け足で、

西口を紹介してみました。


次回は「東口篇」。


こっちも、素敵なお店が目白押し〜♪



そういえば…、


4/30(金)のライブ以降、

あんまり行ってないなあ…、

学大。



大風邪ひいて寝込んでたしなあ…。


決算でひぃひぃ言ってたしなあ…。



むずむず…。



(つづく)





いやあ、本当に久しぶりの更新です。

失礼致しました。


しかも、

あのイタリアから、

急激に現実に戻しちゃいましたね。

あははは。


ま、このダイナミズムも、

私の特徴といえば特徴。

……。



さ、決算もそろそろ終わりが見えてきたし、

サンプル盤もそろそろ出来る頃だし、

来週からは、

『Garden』のプロモーションを頑張らねば…。


気がついたら、

発売まで3週間を切ってるんですね。


わくわく…。

どきどき…。

むずむず…。


(ん? 最後のは、な〜に?)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 23:12|この記事のURLComments(34)TrackBack(0)

April 26, 2010

イタリア フィナーレ


なあんだ。

「階段を上るから手を貸せ。
 て、言ってたのか…。」


そんなこととは、つゆ知らず、
何度も断って、
ゴメンネ、

ね、

イタリアのおばあちゃん。



そんな、

可愛いおばあちゃんと別れて、
次に私が向かったのは、

大聖堂に向かって右側にある、
これまた歴史のありそうな、
隣接する二つの建物。


で、行ってみると、
これが、どちらも、

美術館でした。


うちひとつは、
「ダ・ヴィンチ美術館」
と書いてありましたか。


さっそく中に入ってみると、

そこは、
静かなたたずまいの、
小さな美術館。

比較的初期のダ・ヴィンチ作品、
それも小品の宗教絵画が、
多数飾られていました。

それらを、ゆっくり、
時間をかけて1枚1枚鑑賞。


そして、
もうひとつの美術館には、

これまた、
イタリア・ルネッサンスを代表する、
ラファエロやミケランジェロを中心に、
たくさんの、小さな宗教絵画が、

普通の、
どこにでもあるような、
サロンのような場所に、

所狭しと飾られてありました。

……。



そんな絵を、
1枚1枚眺めているうちに、

私は、このイタリアという国の、
芸術に対する造詣の深さと、

芸術や文化の面で、
いかに世界をリードし、
世界に貢献してきたかを、

改めて思い知らされたのです。


この3日間で、

私が見たり、聴いたりしてきた、

建築、彫刻、絵画、音楽。


それはもう、本当に、

すべてが圧倒的でした。


あらゆる芸術や文化の分野で、
イタリアという国が、
どれだけの偉業を成し遂げてきたか、

改めて、敬意を表さずにはいられない。

そんな思いでしたね。


えらいな、イタリア。


♡♡♡



さて、

そうこうするうちに、
ふと時計を見ると、

「いけない、もうこんな時間か…。」


楽しい時間はすぐ過ぎるんですねえ。

急がないと、
飛行機に乗り遅れそうな、

そんな時間になっていました。



私は、大急ぎで美術館を出ると、
大通りに出て、
1台のタクシーをつかまえ、

「MILANO LINATE(ミラノ・リナーテ)」

と言いました。


(余談。
 最近、ある友人が教えてくれたのですが、
 ミラノにはいくつか空港があって、
 この『LINATE(リナーテ)』という、
 空港名を覚えていたことは、
 本当にラッキーだったんだそうです。)


さて、そのタクシーの運転手のおっちゃん、

「Si(わかった)」と言って、
なんの問題もなく走り出したので、

やれやれ、

これで、ひと安心。


♡♡♡



と、思いきや…、

この運転手のおっちゃんが…、

とんでもない…、


「おしゃべり」だった。


しかも、

おそろしく、

ノロノロ運転。

……。



運転中、
何度も後ろを振り返っては、
私に向かって、

「ペチャクチャ、ペチャクチャ。
 ○○デヤーノ、△△デヤーモ。
 ガハハハハ。」

(あのう、私、イタリア語、
 わかんないんですけど…。)


そして、
ノロノロ、ノロノロ。

(あのう、今の黄信号だったら、
 行けましたよ、あーた。
 後ろの車も迷惑してますよ。)


そして赤信号の間も、
もちろん、

「ペチャクチャ、ペチャクチャ。
 ワハハハ、ガハハハ。」

(あのね、私、イタリア人に見えますか?
 えっ? 見える。
 あっ、そう。)


そしてまた、

ゆったりと走り出す。

(おっちゃん、もっと速く走れないの?)


そしてまた、

「ペチャクチャ、ペチャクチャ。
 ガハハハ、キャハハハ。」

(おっさん、しまいにゃ怒るで〜。
 ブツブツ…。)

……。



いやあ、

本当に、

困りました。


そして、

その間も、

時計の針は、

情け容赦なく進んで行く。

(まずいな、こりゃ…。
 このままだと、絶対間に合わないぞ。
 おっちゃん、頼むから、
 もっと真面目に走っておくれよ〜。)

……。



私は、あせりにあせる。

なんとか、この窮地を脱する方法はないのか…。


しかし、私の知っているイタリア語といえば、

「Buongirno(こんにちは)」
「Grazie(ありがとう)」
「Prego(どういたしまして)」
「Pel Favore(お願いします)」

それに数字の1から5。


それしか、ないではないか。


なんとか、この運転手に、

「早く行け」「速く走れ」
を、伝える方法はないのか…。


「早く…」

「速く…」

……。

…………。



と、ここで、

私には、ある考えが閃(ひらめ)きました。


「まてよ…。
 確か、音楽用語というのは、
 みなイタリア語ではなかったかな…。」


たとえば、

「Piano(ピアーノ)」は、
確か「弱く」だ。

「もっと弱く」は、
「Pianissimo(ピアニッシモ)」だ。


「Forte(フォルテ)」は「強く」で、

「Fortissimo(フォルティッシモ)」は、
「もっと強く」。


……。



そうだ、

これ、みんなイタリア語だ!


「アルペジオ」も、
「カデンツァ」も、
「カンタータ」も、

「クレッシェンド」も、
「ダ・カーポ」も、
「フェルマータ」も、
「ルバート」も、

「ヴィブラート」も、
「ピチカート」も、
「ダル・セーニョ」も、
「トレモロ」も、
「カンタービレ」も、


みんな、みんな、

イタリア語だ…。



すると、

速度表示はなんだったかな…。


ええと、

「Largo(ラールゴ)」
「Adagio(アダージヨ)」

あたりが、
「ゆっくりと」で、


「Andante(アンダンテ)」が「ゆったりと」で、


ええと、

「速く」が「Allegro(アレグロ)」で、


「もっと速く」が、
「Presto(プレスト)」

ではなかったか…。



(そうだ、これしかない!)


日本人の私が、
学校の「音楽」の授業で、
教わったくらいだから、

この、
イタリア人の運ちゃんにも、
なんとかなるのではないか。

……。



というわけで、

何度目かの赤信号で、
またしても、このおっちゃんが、
後ろを振り返って、
何かしゃべろうとしたとき、


私は、イチかバチか、

こわ〜い顔をして、
腕時計を指差し、


「きっ!」と強い口調で、

こう言ったのです。


「Allegro(アレグロ)!!!」



すると…、


これが…、


通じた…。



その運転手のおっちゃん、

急に真顔になり、

「Si(わかった)」と言って、


今度は脇目もふらず、

おしゃべりもやめ、

スピードをあげて、

ぐいぐい走り始めたのでした。



そして…、


滑り込みセーフ。



私が席に座ると同時に、
その飛行機は動き始めたわけですから、

どうやら、
私が最後の客だったようですね。


まさに、

「間一髪」とはこのことです。


ふう〜…。


♡♡♡



はい、そんなイタリア珍道中でした。



それにしても、

なんと素敵な国なんでしょう。


イタリア。



温暖な気候。

美しい石畳の街並。

歴史の重みを感じる数々の建造物。

彫刻や絵画や音楽における高い芸術性。

最先端を行くファッション。

手作りの美味しいパスタにワイン。

etc.etc.



でもね、

私が最も印象に残ったのは、

人(ひと)です。


陽気でチャーミングな、

イタリアの人たちです。



粗忽にも、机の上にスタンプを押してしまった、
ミラノの入国審査のおにいちゃん。

「モーニング・コール」を忘れていた、
ヴェニスのホテルのフロントのおにいちゃん。

「コカ・コーラ」「レモン・ソーダ」と発音して、
ローマ字の存在を思い出させてくれた、
ヴェニスのカフェの可愛い女の子。

突然私にガバっと抱きついてハグを始めた、
ミラノ大聖堂のおばさん。

ニコニコ顔で紅茶を運んで来てくれた、
ミラノのカフェの綺麗なおねえさん。

「階段を上るから手を貸せ」と言って来た、
ドゥオモ広場のおばあちゃん。

おしゃべりとノロノロ運転で、
私をやきもきさせたタクシー運転手のおっちゃん。



20年経った今でも、

彼(彼女)らのことは、

鮮明に覚えています。



陽気である、

チャーミングであるということは、

なんと素敵なことなのでしょうか。


なんと人生を楽しくするものなのでしょうか。



私は、ときどき、

こんな質問を受けることがあります。

「宮住さんは、お仕事柄、
 いろんな所で行かれたでしょうが、
 もう一度行ってみたいと思うのは、
 どこですか?」


そんなとき私は、

迷わずこう答えます。



「イタリアですかね。」



(おわり)





さて、

3日間にわたり変則開催された、
『ジャミン・ゼブ/ファン・ミーティング 2010』も、

おかげさまで、
昨日(4/24)をもちまして、
無事、大盛況のうちに終えることができました。


予想をはるかに上回るお申し込みをいただき、
日程の追加、
それにともなう参加日の変更依頼、

さらには、
限られたスペースゆえの、
人数の割り振りなど、

かつてない、
運営の難しさを痛感したイベントでした。


ご協力いただいた関係者のみなさん、
ご無理をお願いしたファンのみなさん、
そして、
「東京メイン・ダイニング」のスタッフのみなさん、

本当にありがとうございました。


そして、
ファンのみなさんの、
幸せそうなお顔を拝見していると、

「やってよかったなあ。」

「ジャミンは、
 本当に素晴らしいファンの方たちに、
 支えられているんだなあ。」

と、改めて実感した次第です。


(ニヤリ)



というわけで、

次回は、

どこで、

なに、やろうかな…。


いいアイディアがありましたら、

そっと、

教えてくださいね。


そっとですよ。


そっと。


ね……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 00:07|この記事のURLComments(40)TrackBack(0)

April 19, 2010

イタリア その8


「ミラノ・スカラ座だ…」


その名前を、
目の前にしたときの驚きと感動は、
筆舌に尽くしがたいものがあります。

(あのオペラの殿堂が、
 ドゥオモ広場の大聖堂の近くにあったとは…)

これは本当に嬉しい誤算でした。



その「La Scala」。

思ったほど大きな建物ではないので、
おそらく、
地下をぐっと掘り下げて、
作られてるのでしょうね。

(ああ、中に入ってみたい…)


そして、玄関口には、

かつて、ここで活躍した、
歴史的な歌手の名前が、
ズラリ並んでいました。

Mario Del Monaco(マリオ・デル・モナコ)
Maria Callas(マリア・カラス)
Renata Tebaldi(レナータ・テバルディ)

……。


さらには、

偉大なオペラ王「ヴェルディ」の肖像画も…。


さらには、

今日の演目も。

(「オテロ」だったか、
 「ドン・カルロス」だったか…。
 いずれにしても、
 ヴェルディの作品だったような記憶があります。)


ああ、見たいなあ…。

……。


ま、今回、それは、
かなわぬ夢ではありますが、

それでも私は、
しばらくの間、

ここで華々しく活躍したであろう、
あの全盛期のカラスやデル・モナコの勇姿に、

ひとり想いを馳(は)せておりました。


「いつか、絶対来てやるぞ」

と、心に誓いながら。


♪♪♪



さて、そうこうするうちに、

ちょっと喉がかわいてきたので、
「La Scala」に別れを告げ、

私はさっきのアーケードのガレリアに戻り、
小ぎれいな、
一軒のコーヒー・ショップに入りました。


で、

じつは、

ヴェニスを出るときに、
私は、簡単なイタリア語をいくつか、
仕入れておきました。


まずは、
日本語の「こんにちは」にあたる、
「Buongirno:ブォンジョールノ」

それから、
「Grazie:グラーチェ」(ありがとう)
「Prego:プレーゴ」(どういたしまして)

さらに、数字の1から5、
「1=Uno:ウノ」
「2=Due:ドゥエ」
「3=Tre:トゥレ」
「4=Quattro:クワートロ」
「5=Cinque:チンクエ」


ま、このぐらい覚えておけば、
なんとかなるだろう。

てな感じでね。

(安易すぎないか)



そうそう、もうひとつ。

それは、
英語の「Please」(お願いします)にあたる言葉。

これは、どうしても必要だと思いました。


たとえば、
「コーヒーを一杯お願いします。」

これ、英語で丁寧に言うと、
「Can I have a cup of coffee, please?」
みたいな感じですよね。


でも、
「A coffee, please.」
でも、充分通じる。


ところが、
この「Please(プリーズ)」がないと、

チンピラのおにいちゃんが、
「おい、コーヒー持ってこい。」
みたいな感じに聞こえるかもしれません。


だから、これは絶対必要。

で、これは、
「Pel Favore:ペル・ファヴォーレ」
と、言うんだそうです。

ま、これを語尾に付けてさえおけば、
殴られることはないだろう…。


たった、それだけの知識での、

ひとりミラノ行脚だったのです。

(やっぱり安易だ)



でもね、バッチリでしたよ。


私が席につくと、
可愛いウェイトレスのおねえさんが、
ニコニコしながらやってきて、

「ブォンジョールノ(こんにちは)」

はい、こっちもニコニコと、
「ブォンジョールノ」


そして、メニューを見て、
これが「紅茶」だと目星をつけ、
こう言うのです。

「Uno te, pel favore.」
(ウノ、テ、ペル・ファヴォーレ)


前々回も書きましたが、
イタリア語の発音は「ローマ字」でOK。

で、英語で紅茶は「Tea(ティー)」だから、
イタリアでは「Te(テ)」
これが紅茶だろうと思ったわけです。

だから、これを訳すと、
「紅茶を一杯お願いします。」


はい、なんの問題もなく、
紅茶がやってきました。

私は、またしてもニコニコと、
「グラーチエ(ありがとう)」

するとウェイトレスちゃんもニコニコと、
「プレーゴ(どういたしまして)」


ワハハハハ。

通じたぞ。

おれはイタリア語で会話したぞ。


(単純だなあ)


♡♡♡



さあ、こうなると、
気分はルンルン。

お店を出て、
通りで素敵な女性を見ると、
私の方からニコッと笑って、
「ブォンジョールノ」

すると、その女性もニコッと笑って、
「ブォンジョールノ」


あはは、いいなイタリア人。

日本だったら、
絶対こうはいかないよな。


「おっ、可愛い犬だなあ。」
と、その犬の頭を撫でてやると、
飼い主のおばさんが、ニコニコと、
「グラーチエ(ありがとう)」

私もニコニコと、
「プレーゴ(どういたしまして)」


アハハハ、

いいな、いいな、イタリアって。

……。




と、そうこうするうちに、

私はまた、広場に戻っていました。


そして、

石畳の大きな広場の端の、
3段くらいの石段の一番上に座って、

美しいミラノの建物や、
陽気なイタリア人たちを、
ぼんやり眺めていました。



と、そこに…、

その階段の下に…、

1人のおばあちゃんが、
杖をつきながらやってきて、
私の真ん前に立った。


そして、

「握手をしろ」
とばかりに右手を開いて、
私にむかって差し出し、

早口のイタリア語で、
ペチャクチャ喋りはじめたのです。


「ペラペラ、ペチャクチャ、
 ○○デヤーノ、△△ダモーレ、
 ××ナノーネ、▲▲デヤーモ」

「……?」



私は、
そんな見知らぬおばあちゃんと、
握手をするなんて、
どうにも気味が悪いので、

手を左右に振って、
「かんべんしてよ。」
の意思表示。


しかし、そのおばあちゃん、

全然あきらめようとしない。


どうしても握手をしろと、
さらに右手を差し出す。

そして、

「ペラペラ、ペチャクチャ、
 ペラペラ、ペチャクチャ、
 ペラペラ、ペチャクチャ。」

「……???」



英語で「No」と言っても、
日本語で「なんで、あんたと握手すんのさ。」
と言っても、

全然あきらめない。

右手を引っ込めない。

あっち行ってくれない。

……。



しかたなく私は、

うす気味悪くはあったものの、

恐る恐る、

そのおばあちゃんと握手をしました。


すると…、


そのおばあちゃん…、


私の手をギュッと握りしめ、

私の手をてこ(支え)にして、


「よっこらしょ」

とばかり、階段を「一段、また一段」

と登り始めたのです。



そして、一番上まで上がると、

手を離し、

「グラーチエ(ありがとう)」

と、ぶっきらぼうに言うと、


杖をつきながら、

悠然と、

大聖堂の方へ歩いて行きました。


……。



なあんだ、そういうことだったのか…。


「階段を上るから、
 手を貸せ。」

て、言ってたんですね。


あははは。



やっぱり、


いいな、いいな、



イタリア人って。


……。




(つづく)




ね、

素敵なイタリア女性だったでしょ?


ま、こんなこと、

日本じゃ考えられませんよね。(笑)



さて、

そんな、楽しかったイタリア珍道中も、

次回が最終回です。


それにしても、

たった3日間の旅行を、

こんなに膨(ふく)らませる私って、


いったい何者…?


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 00:42|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

April 12, 2010

イタリア その7


ああ、やっと出来ました。


ジャミン・ゼブ『Garden(ガーデン)』

ようやく完成です!


ふう〜。

……。



思えば、長い道のりでしたね。


昨年の夏頃から、
スケジュールの合間を縫(ぬ)って、
ちょこちょこ始め、

今年に入って一気に加速。


「一音たりとも妥協しないぞ…」
と心に決め、

レコーディングと、
緻密な作業に明け暮れる、

そんな毎日でした。


♪♪♪



制作期間も、

楽曲数も、

収録時間も、


アレンジ・スコア(総譜)の枚数も、
音符の数も、
録音テイク数も、


スタジオに通う電車賃も、
駅で立ち飲みした栄養ドリンクの数も、

スタジオで食べた弁当の数も、
「崎陽軒」のシュウマイ弁当のシュウマイも、

帰りに食った「焼きトン」の串の本数も、
ビールとホッピーの杯数も、


いずれも、

過去最高ではないかと思います。


♡♡♡



でも、メンバーも私も、

現在の持てる力は、

すべて出し切りました。

(と思います。)



あとは、5/26の発売を待つばかり、

みなさんの審判を仰ぐばかりですが、


なにはともあれ今日は、

心地よい満足感に浸っております。


ホッ…。



ま、発売が近づいたら、

このブログでも、


毎度お馴染み、

私の独断と偏見による、


「『Garden』楽曲解説」

「『裏・ガーデン』制作秘話」


なるものを、

連載しようと思っておりますが、



とりあえず、


しばらくは、

私の、20年前の、

「イタリア珍道中」

を続けることにしましょう。



今回からは、


「ミラノ篇」です。



で、これがまた、


ケッサク…。


(ひとり受け…?)




『イタリア その7』


美しい「水の都」を後にした私は、

一人、アリタリア航空の国内便に乗り、

ふたたび、
「MILANO LINATE(ミラノ・リナーテ)」
空港に到着。


そして、

計画どおり、
すぐに出国手続きなどはせず、

6時間のトランジット時間を有効に使うべく、
荷物を空港のコイン・ロッカーに預けると、
外に出てタクシーをつかまえ、

ヴェニスの現地女性スタッフが書いてくれた、
1枚の紙きれを、
運転手に渡しました。


そこには、
イタリア語で、
こう書いてあったはずです。

「ドゥオモ広場に行ってください。」


彼女はこう言っておりました。

「ミラノへ行くなら、
 ぜひ、ドゥオモ広場の、
 ミラノ大聖堂へ行くべきですよ。
 幸い、きょうは日曜日ですから、
 ミサをやってるはずです。」



30分くらい、
だったでしょうか?

ミラノの市街を左右に見ながら、
タクシーに揺られて到着したそこに、

私が見たものは…、


おお、

おおおおおお…。


……。



大きな広場。


そして、そこにそびえ立つ、

圧倒的な、

巨大な建造物。


それが、

「ミラノ大聖堂」でした。

(ご存知ないかたは、
 ぜひインターネットでご覧になってください。)



それは、

1386年に着工して、
500年後に完成したという、
世界で2番目に大きいという、

巨大なゴシック建築の大聖堂。


3段くらいの石段を上がり、
おびただしい数の鳩が群がる、
広い広い石畳の広場は、

日曜日とあって、
多くのイタリア人、
観光客などで、

たいそう賑(にぎ)わっておりました。


そんな中を歩いて、
「ミラノ大聖堂」の入り口に到着すると、

なるほど、

ミサをやってるということもあって、
すんなり、
中に入ることができましたね。



と…、


「こ、これは…」

……。



外観もすごいが、

聖堂内も圧倒的です。


1,000人は軽く収容出来そうな大きさ。
すさまじい天井の高さ。

にもかかわらず、
細部にまで神経の行き届いた、
その建築技術の見事さ。

左右のステンド・グラスいっぱいに描かれた、
数々の宗教絵画。

その芸術性の高さ。


イタリア、おそるべし…。

……。




そんな大聖堂では、

彼女の言うとおり、

厳粛なミサの真っ最中でしたね。



で、お恥ずかしながら、私、

無宗教なものですから、

こうした「ミサ」というものは、
初めてなんですね。


でも、せっかくですから、

2、300人はいたであろう、
イタリアの人たちに混じって、

長椅子の一角に陣取りました。


一応、

厳粛な顔をして。

……。



ステージ(と言っていいのかな?)では、

1人の神父さんが、
イタリア語で、
(あたりまえですが)

聖書の朗読をやっている。


そして、そばには、
制服(聖服?)に身を包んだ、
若い男女の合唱団が控えていました。

さらには、
パイプ・オルガンの席にもひとり。


みんな、

真剣に、

そのお話に耳を傾けておりましたね。


ま、これも、

あたりまえの話ですが。


そして、

神父さんの朗読がひと区切りすると、

パイプ・オルガンの伴奏に合わせて、


いよいよ、

混声合唱団が歌い始めました。


♪♪♪



ところが…、


その演奏水準の高さに、

私は仰天しました!


ミラノという一都市の、
教会専属の人たちでしょうから、

ほとんど、ボランティアに近い形で、
参加しているはずです。


でも、

みんな、

上手い…。


オルガンがまた、

上手い…。

……。



本当に、ビックリしました!


これ、日本だったら、

トップ・クラスの、
プロの合唱団として、
立派に通用するはずです。

オルガン奏者も。



いや、もう、今度は、

イタリアの音楽水準の高さに、

圧倒されてしまいましたね。


ヴェニスの彼女が、

「幸い、きょうは日曜日だから、
 ミサをやってるはずです。」


その“幸い”とは、

このことだったのかもしれません。


こんな美しい音楽が、

タダで聴けるなんて…。


またしても、


おそるべしイタリアですね。


♡♡♡



さて、

彼らが2、3曲歌うと、

また、神父さんの朗読が始まります。


と、そのとき、

みんなが一斉に立ち上がった!

(???)


だから、

なんだかわからないけど、


私も立ち上がった。



すると…、


なんと…、

私の右隣のおばさんが…、


ガバっと私に、

抱きついてきたではありませんか。


さらには、ハグハグ。

……?



「おい、おばさん、な、なにをする…。
 血迷ったか!」

と、狼狽してしまった私でしたが、

そのおばさん、
しばらくハグしたあと、
私から離れると、

今度は向こう側の人と、
ハグを始めた。

(この人、気でも狂ったのか…?)


すると、今度は…、

私の左隣にいたご夫婦の、
ご主人らしき男性が抱きついてきた。

そして、ハグハグ。

(ん? あなたはもしかして…?)



でも、

ふと見ると、

どこでも同じ光景が、

繰り広げられていました。


私は、ようやく事の真相が、
わかるような気がしましたね。


「なるほど。
 これは、
 『汝の隣人を愛せよ』 
 という、くだりなんだな…。」

とまあ、かってに解釈。



いやあ、それにしても、

ビックリしましたね。

(ああ、おどろいた…。)



さて、朗読が終わると、

また美しいバロック宗教音楽の調べです。


「これはバッハかな。
 いや、ヘンデルだったかな。
 いや待てよ、
 パレストリーナかもしれないぞ。
 ここはイタリアだからな。
 それにしても、上手いなあ…。」


と、うっとり聞き惚れる私。



と、そのとき…、

またしても、

みんなが一斉に立ち上がった!


「すわ、またしてもハグか…。」

と、私も立ち上がり、

今度は、自分から、
右隣のおばさんに抱きつこうとした私。

……。



ところが…、


そのおばさん、

今度はバッグから譜面か何かを取り出して、

合唱団と一緒に歌いだした。


他のみんなも、

一斉に歌いだした。


(なあんだ、
 ここは歌を歌う場面だったんだ…。)



いやあ、よかったです。


うっかりハグなんかしたら、

こっちの身が破滅でした。


(あぶない、あぶない…。)



そして、また朗読。

そして、また音楽。


私は、時のたつのも忘れて、

この素晴らしいミサに、

うっとりと身をまかせていました。

……。



と、そのとき…、

今度は…、

私の左隣のご夫婦が…、


ガバっと立ち上がった!


だから、

また、なにかあるのかと思い、

私も立ち上がった!



ところが…、


それは…、


な〜んだ、


ただ、帰って行った、

ただ、それだけのことでした。



1人だけ立っている私が、

いかにも滑稽に映ったのでしょうか。


私が、恥ずかしそうに席に座ると、

右隣のおばさん、

赤い顔をして、

うつむきかげんに、


「くっ、くっ、くっ。」

と、笑っておりましたね。


あははは。

(ぽりぽり)



こうして、

あっというまに1時間が過ぎたわけですが、

退屈なんかこれっぽちもしませんでしたね。


できれば、

もっといたかった。


あの素晴らしいオルガンと合唱を、

もっと聴いていたかった。


でも、時間がもったいないですからね。


このあたりには、

まだまだ面白そうなところが、

いっぱいありそうですから。


♡♡♡



というわけで、

教会を出て、
イタリアの眩しい太陽がふり注ぐ、
石畳の広場に再び出た私は、

今度は、
大聖堂から見て右側にある、
立派なアーケードの商店街を、
プラプラ歩いてみました。


お洒落なレストランや、
コーヒー・ショップや、
ブティックや、
素敵な民芸品のお店などが立ち並ぶ、

なんかいい感じの通りでしたね。

(よし、あとでここもゆっくり見てやろう)



そうこうするうちに、

アーケードの商店街も通り過ぎ、

車が行き来する大通りに出た私。


と、そのとき、

通りの向こうに、
なにやら歴史のありそうな建物が、
目に入りました。


私は、通りを渡って、

その建物の前まで行ってみました。


すると、そこには、

こう書いてありましたか。



『La Scala』



(ミラノ・スカラ座だ…)


……。



(つづく)




ところで、

このブログの左の方に、
ジャミン・ゼブが発表した、
3枚のCDジャケットの写真が、
掲載されてますよね。


あれ、

プチッとクリックすると、

私の書いた、
解説文が出てくるのですが、

ご存知でした?


私の憎っくき相棒の、
20年間ののしりあってる、
あいつの、

あの男の仕業(しわざ)です。

(ショーちゃん、ありがとう)



もうすぐ、あそこに、

『Garden』が、

加わるんですよね。

イエ〜イ!


そんな、楽しい初夏まで、

もうすぐだ。

イエ〜イ!


それにしても、

いつまで寒いのだ今年は。

ブ〜〜!


今年は、

「十九寒二十温」


ですか?



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 19:35|この記事のURLComments(17)TrackBack(0)

April 05, 2010

イタリア その6


いやあ、怒濤の一週間でした。


「STB 3Days」の余韻を味わう間もなく、
今度は「ファンミ」の準備と開催。

さらには次の大きなライブの案内や、
様々なイベントの企画ミーティング、
CDジャケットの校正、
プロモーション打ち合わせ、
etc.etc.


いやあ、今年は、
よく働きますねえ、
私たち。

私とY浅ショーちゃん。


おかげで、
ののしり合ってる時間など、
ありませんわ。

あははは。

……。



でも、

きょうは待望のお休み。


だから、あの、

眩(まぶ)しかったイタリアの太陽を、


久しぶりに、


思い出してみることにします。


デヤーノ。


……。




『イタリア その6』


何度も言うように、

「水の都」ヴェニス(ヴェネツィア)は、
本当に素敵なところでしたね。


美しい景色。
歴史の重みを感じる建造物。
温暖な気候。

そして、美味しい料理に、
陽気で楽しいイタリア人。


いやいや、

それはもう、最高でした。


「おい、お前は、
 イタリア観光局の回し者か。」

と言われそうですが、


本当なんだから仕方ない。


♡♡♡



でもね、


イタリアのいいところは、

まだまだ、あるんですよ。



まず、イタリア女性ね。

(ウシシシ)

……。



私、それまで、

イタリアの女性というのは、

みな、太ってると思ってました。


なぜならば、その昔、
私が少年時代、

ソフィア・ローレンや、
クラウディア・カルディナーレが、
活躍していた頃、

映画に出てくるイタリア女性というのは、

みな、グラマーだったから。

(ムフフ)


少年の私には、
あまりに刺激的すぎる、
目も眩(くら)むような、

豊満な胸をあらわにした、

グラマーな女性ばかりだったから。

(くわ〜〜っ)


そして、

中年のオバサンたちは、

みな、太っていたから。

(ぶよ〜ん)



ま、そりゃ、そうですよ。

とにかく、
イタリア料理の、
量の多さったら、

半端じゃないんですから。


オリーブ油ギトギトのパスタ。
肉料理に魚料理。
甘い甘いケーキ。

あんなものを、
あんなにたくさん、
毎日食べてたら、
太らないほうがおかしい。

と、思ってました。



ところが…、

ヴェニスで…、


道行くイタリア女性たちを見て、

そんな偏見は、

吹っ飛んでしまいましたね。


イタリアの女性は、

みな、

きれい…。

(うお〜〜〜っ)


みな、

スタイル抜群…。

(うひょひょひょ)


みな、

歌手の、

「マドンナ」みたい。

(ぐわ〜〜ん)



で…、

じつは、この数年後、

ロス・アンジェルスに行ったとき、
そんな話を、
親友のロック・ミュージシャンの、

ジム・インガーにしたんですね。

(過去ログ「ジム・インガーと私」参照)


すると彼、

別に驚いたそぶりも見せず、

こう言いました。


「なーに、シュン。
 俺は行ったことないけど、
 イタリアの女性が綺麗で魅力的って話は、
 アメリカのミュージシャンの間でも、
 有名だよ。

 俺の知り合いのミュージシャンでも、
 イタリア・ツアーに同行して、
 むこうの女性と恋に落ちて、
 帰って来なかった奴が2人もいるからね。
 綺麗かつ情熱的なんだろうな。

 そうそう、先日も、
 マドンナのツアーで、
 イタリアに行った有名なベースの○○が、
 イタリア人の女性とそのままできちゃって、
 結局、帰って来なかったんだぜ。
 アハハハ。」



でしょ〜。

よーく、わかりますよ〜。


だから…、

道行く、美しいイタリア女性たちを見ると、

隣を歩いているあの男に、

やっぱり、皮肉のひとつも言いたくなる訳です。


あの、Y浅ショージに。

……。



み「ねえ、なんで君はここにいるの?
  あんなにきれいな女性が、
  いっぱいいるのにさ。」

ゆ「それは、こっちのセリフです。」


み「あっ、あの子もかっこいいなあ。
  ハーイ、チャオ!
  あ〜あ、なんで俺は、こんなところで、
  君と歩いてなきゃいけないんだろうなぁ、
  ブツブツ…。」

ゆ「だからぁ、それも、
  こっちのセリフですって。
  ブツブツ…。」


み「ねえねえ、あの子も可愛いよねえ。
  おっ、あの子も…。
  まいったなあ。
  ねえ、やっぱりここは、
  君みたいな男と、
  来るとこじゃないんデニャーノ?」

ゆ「そのお言葉は、そっくりそのまま、
  お返しするデニャーノ。」


  (……。)




そんな、女性にたいして、

男性はイマイチでしたかね。


ま、平均して、
イタリアの男性は、
首が短い。

背もそんなに高くなく、
ややマッチョ系が多い。

チョビひげ男も多い。


だから、

ひとことで言ってしまえば、

『スーパー・マリオ』


そう、あんな感じです。


さらに、

私の経験から言うと、

C調で無責任な奴が多い。


ね?


だから、

イタリアの男性はおススメしませんね。

「ヤマトナデシコ」のみなさん。


日本の男性のほうが、

ずっといいですよ。


絶対です。


はい。


♡♡♡



さて、イタリアの素晴らしいところは、

まだあります。


それは、

言葉ですね。



3日目の午後。


きょうもまた、
とびこみのレストランで、
美味しいパスタをいただいた私たちは、

ちょこっとだけ仕事をして、

(なんの仕事だったかは、
 まったく覚えておりません。)

喉がかわいたので、
とあるカフェに入ってひと休み。


で、私はコーラを注文しました。


すると、

イタリア人の、
ウェイトレスの女の子が、

「Si(わかりました)」と言って、
大きな声で厨房にむかって、
こう叫んだのです。

「コカ・コーラ!」

(ん?)


さらに、誰かが、
レモン・ソーダを頼んだら、
その子、
またしても、

「レモン・ソーダ!」

(ん? これは…?)



じつは、

その「発音」も、
「イントネーション」も、
「アクセント」も、

まったく日本人と同じだったのです。

……。



で、このとき、

私は気づいたのです。


日本人が、
外来語を読み書きするために、
小さい頃から教わった

アルファベット表示。


あれは、

「ローマ字」

と言うではありませんか!


(だから「Coca-cola」はコカ・コーラで、
「Lemon Soda」はレモン・ソーダなんだ…。)



ツマーリ、

イタリア語は、
アルファベットを、そのまま、
「ローマ字」のように発音すれば、
いいのです。


たとえば、

「COME」

という単語がありますよね。


もちろん、
意味はまったく違いますが、

英語で「COME」は「カム」と発音します。


でも、イタリア語では、

「コメ」なのです。


「SUPERMAN」は、

「スーパーマン」ではなく、

「スーペルマン」なのです。


「NO」は、

「ノー」ではなく、

「ノ」


(オオ、こりゃ簡単デヤーノ)



さらに、イタリア語には、
英語における、

「r(あーる)」
「f(えふ)」
「th(す)」

といった、

とてもカナ表示できない、
難しい発音もありません。

日本語と同じです。

(ウレシイデヤーノ)



このように、

日本人にとって、
最も近い言語は、
最も習得しやすい言語は、

「イタリア語」であることが、
わかったのです。


このとき私は、

イタリアという国に、

さらに、

とてつもない親近感を覚えました。



「遠くて近い国」


それが、

イタリアだったんですね。


Bravo!(ブラーヴォ!)


♡♡♡



さて、

そんな楽しいヴェニス滞在も、
あっというまに3日が過ぎ、

私は、
彼らを残して、
一人日本に帰国することになりました。


最初にも申し上げましたが、

この後彼らは、
一ヶ月をかけて、
イタリア半島を一周する予定になっています。


しかし私は、
帰らなければならない。

一人寂しく…。


しかも、

帰りの行程を聞いて、
私は愕(がく)然としました。

まずミラノまで飛んで、
そこで、6時間も、
トランジットの時間があると、
言うではありませんか。


6時間…。


6時間も空港で、
ただボンヤリ過ごすなんて、

耐えられな〜い。



というわけで私は、

この6時間を利用して、

ひとりミラノの街を冒険してやろうと、

決意したのでした。


そう、ミラノ(MILANO)。



で、これがまた、



ケッサクだったんだなあ…。



(つづく)




そういえば私、

若い頃、

ニューヨークへ行くと、

よく「イタリア人」に間違えられました。


次がユダヤ人。


「日本人でしょ?」

というアメリカ人は、

3人に1人くらいでしたかね。



どこかに、

イタリア人の血が混じってるんでしょうかね。



そういえば、

基本的には、


ノー天気だし。

陽気だし。

C調だし。

無責任だし。


(そのうち、イタリア人に、
 殴られそうだな…。)



SHUN MIYAUZMI

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March 28, 2010

イタリア その5


「水の都」ヴェニス(ヴェネツィア)。


私にとっては、

たった2日間の滞在でしたが、


それは、それは、

本当に素敵なところでしたデヤーノ。

美しい街でしたデヤーノ。


(まだやるか)



そう、こうして書いていると、

次から次へと、

いろんなことが思い出されますね。



私たちはまず、
ホテルのオープン・カフェで、
優雅な朝食。


そんな私たちの目の前を、
石畳の大きな広場を、

大勢の観光客や、
陽気なイタリア人たちが、
楽しそうに通りすぎて行く。


そして、船着き場からは、
観光客や地元の人を乗せた、
「ゴンドラ」や「バス」や「タクシー」が、
海上を賑(にぎ)やかに航行していく。


さらに、対岸の島には、
これも写真で見たことのある、
有名な教会が、
凛々(りり)しき姿でそびえ立つ。


おお!

それは、まるで、

映画の一シーンのような、

美しい光景でしたデヤーノよ。


♡♡♡



で、最初にも申し上げましたが、

これは、

私とY浅ショーちゃんとの、
初仕事でもありました。


以来、私と彼は、
20年もの長きに渡って、

お互いを、ののしり合い、
さげすみ合い、
ここぞとばかりに“あげ足”を取り、
お互いの不幸を声高らかに笑う、

そんな、

美しい友情のもと、
今日まで一緒に仕事をしてきた仲なのですが、


思えば…、

そうした兆候は、
このヴェニスにして、
早くもあったようですね。


私は、

こんな美しいヴェニスの風景には、
まったくそぐわないと思われる、
彼にたいして、

こう言ってあげました。


み「ねえ、なんで君は、
  ここにいるの?
  こんなロマンティックなところにいるの?
  ここは、男同士で来るところじゃないでしょ。
  君が座ってるその席は、
  美しい女性じゃないとオカシイデニャーノ?」
  

すると、Y浅ショージは、

平然と、こう言ってのけたのです。


Y「フン、それは、こっちのセリフデヤーノ。」


 (………。)




さて、

午前中、ちょこっと仕事をしたあと、

(なんの仕事だったかは、
 よく覚えていません。)


私たちは、

ヴェニスの街を探索。



まずは、

有名な「サン・マルコ広場」。


そして、

中世の名残りをとどめる、
美しい寺院や建造物のあれこれを見物。

(おお、思い出すなあ、
 映画「ヴェニスに死す」。)



さらに進んで行くと、

街と街をつなぐ橋の下を、
若い、熱々のカップルを乗せたゴンドラが、

「カタリ〜、カタリ〜♪」
と、船頭さんの鼻歌とともに、
優雅に通りすぎて行く。

(おお、これは、
 「007 ロシアより愛をこめて」だ。
 くそ、ショーン・コネリーのやつ、
 うまいことやりやがって…。)



それにしても美しい、

グリム童話に出てくるような、

石畳の街並み。


古き良き時代をしのばせる、
工芸品のお店や、
ケーキ屋さんや、花屋さん。


そして、
きょうも元気に働く、
陽気なイタリア人たち。


「チャオ!」

「ハーイ、チャオ!」


もう、散歩しているだけで、

心ウキウキでした、


デヤーノ。


☀☀☀



と、そうこうするうちに、

あっという間にお昼デヤーノ。。


というわけで、私たちは、

またしても、
手頃なレストランを選んで、

「ボンジョルノー。」



恰幅のいいマスターが、
ニコニコしながら、
メニューとお水を運んで来た。

M「はい、いらっしゃい。
  まずは、ワインだね。
  うちの特製の赤ワインは絶品だよ。」

(ワ、ワイン…? 昼間っから…?)



ところが…、

周りを見渡すと…、

観光客はともかくとして、


いかにも地元の、

ビジネス・マンらしきスーツを着た男性や、
OLらしき女性も、

みなワインを飲み、
ペチャクチャ楽しそうに、

優雅に食事をしているではありませんか。


(こら、イタリア人!
 昼間っからワインとはなにごとだ。
 何を優雅に、メシなど食っているのだ。
 このあと、仕事はどうするんだ、ええっ!)



と、呆(あき)れそうになった私でしたが、

そのとき、

通訳を頼んであった、
イタリア通のS.I.くんが、
こんな説明をしてくれました。


「いやあ、イタリアの夏は暑いでしょ。
 だから、このあとみんな家に帰って、
 昼寝をするんですよ。
 そして、涼しくなった夕方の5時くらいから、
 夜の9時、10時まで、また働くんですよ。
 これを“シェスタ”って言うんですね。
 だから、あれは、
 “寝酒のワイン”ってわけなんです。
 許してあげましょうよ。」



な〜るほどデヤーノ。


そういえば、

私たちが行ったのは真夏でしたが、
日本とは、
暑さの“質”が違いましたね。


湿気の多い日本の夏もイヤですが、

イタリアのそれは、

ううむ…、

なんて言ったらいいんだろう…?


「太陽が、真上にある。」

って感じですかね。


体を直撃してくるような、

そんな強烈な太陽です。


太陽との距離が、

日本より、

ずっと近くに感じられる、


ま、そんなイメージですか。



だから、

イタリア人が、
「昼寝(シェスタ)をしないと保(も)たない。」
というのも、
わかる気がしましたね。

カミュだか誰だかの、
「太陽が眩しすぎて、人を殺してしまった。」
という小説も思い出しましたが、
わかる気がしましたね。

(それは、わかってどうする。)



さて、お待ちかねのイタリア料理。


まずは前菜。

そして、パスタ。


そう、本格的なイタリア料理では、

パスタは真ん中に来ます。

ま、今さら私が述べるまでもないでしょうが…。


そして、最後に、

肉料理か魚料理。


アンド、デザートの、

ティラミス。

(このときは、ティラミスが大流行でしたね。)



で、ここでも、

イタリア料理やヴェニスに精通している、
通訳のS.I.くんが、

こんなアドバイスをしてくれました。


「ヴェニスのレストランは、
 みな、手作りのパスタなんですね。
 だから、お店によって、
 ぜんぜん形も味も違うんだけど、
 それはそれは、どこでも美味しいので、
 自分で選ばないで、
 お店にまかせた方が得策ですよ。」



な〜るほどデヤーノ。


そういえば、

昨晩のレストランのお薦めは、
オリーブ油の効いた、
伝統的な細麺のパスタだったなあ。


で、ここのは、

やや太麺の、
名古屋のきしめんのような、
カルボナーラがお薦めという。


だから、

彼の助言どおり、

迷わずそれを注文する私たち。

……。



う、うまーい!

こ、これも、

うまいデヤーノ。


こんなもん、

毎日食べてるイタリア人。

うらやましすぎデヤーノよ。



でね、

結局このヴェニスでは、
昼夜合わせて、
4、5回レストランに行って、

そのつど、
そのお店自慢の、
さまざまなパスタをいただきましたが、


どれも、

絶品でした!!


………。




さて、パスタといえば、

Y浅ショージの大好物です。


というか、この男、

大の「麺好き」。


ウドンでもソバでもラーメンでも、
一日一回は麺を食わないと気がすまない、
というくらいの、

熱狂的な「麺好き」。


このときも、

満面の笑みでワインを飲み、
それはそれは美味そうに、
パスタをツルツルと食しておりました。


だから、ここでも、

ちらりと皮肉のひとつも言いたくなった私は、
こう言ってやりましたよ。


み「ショーちゃん、
  やっぱり、ここは君には不釣り合いデヤーノ。
  君のその席には、
  美しい女性こそふさわしいと、
  僕は思うんデヤーノよ。
  アハハハ。」



すると、この男、

「フン、それがどうした」とばかり、

黙々とパスタを食いながら、


またしても、平然と、


こう嘯(うそぶ)いたのです。



Y「だからぁ、それもー、
 
  こっちが言いたいセリフデヤーノ。。」



……。




(つづく)




サーテ、

もう一昨日になりますね。


月末金曜日恒例、

学芸大「A'TRAIN」ライブ。


長く、密閉された、
スタジオ・ワークから解放されたせいか、

いつになく、なめらかに指が動いて、
とても気持ちよく、
スイングすることが出来ました。


お越し下さったみなさん、

ありがとうございました。


また来月も、

お待ちしてますよー。



そして、

お待ちかねといえば…、


3/29(月)からの、

「STB139」3days。


ジャミン・ゼブ『春の祭典』。



いよいよですね。

ワクワクします。


チケットもほぼ完売だそうで、

こりゃ盛り上がるデヤーノ。


一気に桜満開デヤーノ。


♡♡♡




あ、そうだ。


オープニングに、

ちょっとした演出がありますので、


みなさん、

どうぞ開演時間までには、

頑張って、いらしてくださいね。



マッテルデヤーノ。



(ん? もういい?)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 20:19|この記事のURLComments(15)TrackBack(0)

March 22, 2010

イタリア その4


コリャ、オドロイターノ。

コレガ、ヴェニスナノーネ。


それは、

中世がそのまま残っているかのような、

“幻想的”とも言っていい光景でした。


まるで「カリブの海賊」を思わせる、

お伽話のような空間でした。

……。



サーテ、コーシーテ、

水の上に立ち並ぶ、
古い建物と建物の間の、
狭い水路をくねくねと、

あちこちの建物の窓からこぼれてくる、
ほのかな明かりと、月明かりだけを頼りに、
ゆっくりと進んで行った、
私たちを乗せた「タクシー」は、

ヤガーテ、

狭い水路とおさらばして、
大きな湾に出た。



スルート、

おお、そこは!

かつて、映画や写真で何度も見たことのある、
有名な、大きな船着き場。

美しくライト・アップされた、
白い壁の一流ホテルやレストランが立ち並ぶ、
ヴェニスで最も有名な船着き場。


そんな、素敵なところに、

その「タクシー」は止まった。

(あれまあ、こんなところにトマレルーノ?)


周りには、
おびただしい数の、

「ゴンドラ」やら、
「タクシー」やら、
「バス」が、

ずらりと停泊中。

(ムフフ)



で、

「タクシー」(船)を降り、
陸に上がると、
そこは一面の石畳(いしだたみ)の広場。

いやもう、いきなり、
ヨーロッパな感じですねえ。

(ロマンチックやなあ…)


ソシーテ、

現地スタッフの女性が、

そんな、立ち並ぶホテルの中の一つに、
私たちを案内してくれました。



ところが…、

そこは…、

ちょっと期待はずれの、

二〜三ツ星くらいのホテルでしたか。


(……。)



「あのお、私、
 隣のホテルの方がいいんですけど…。」

「あ、その隣も良さそうですよ。」

「ねえねえ、あそこ、
 ジェームズ・ボンドが泊まったとこですよ。
 映画で観たでしょ、素敵なとこでしたよ。
 ねえ、あそこにしましょうよ、あそこに…。」


と、私は、心の中で、

何度もおねだりしたのですが、


だめでした。


(シカタネーノ)


♡♡♡



でも、中に入ってみると、これが、

こじんまりとはしているものの、

なかなか、雰囲気のある、
昔のヨーロッパ・スタイルの、
落ち着いた感じのホテルでしたね。


そして、

一人のフロント・マンのおにいちゃんが、
若いポーターかなんかと、
楽しそうに談笑しておりました。


で、私たちは、

そこでチェックインをして、
それぞれの部屋に入って、
荷物を置いて、

ようやく一服。

ふ〜…。

……。



と、そこで、私は、

あることに気がつきました。


この部屋には、

時計がない。

……。


(ナンデネーノ?)



アノーネ、

ホテルの部屋に時計がないなんて、
想像もしていなかったので、
私は、目覚まし時計なんて、
持って来てネーデニャーノ。


マシーテ、

当時は携帯電話やアラームなぞ無い時代。


シカーモ、シカーモ、

翌日は、
朝の9時から大事なミーティングが、
アルンデヤーノ。

(これも、イタリアというやつか…)



さっそくフロントに電話すると、

さすがに一流ホテルではないので、

なかなか英語が通じない。


仕方なく私は、
ロビーへ降りて、
さっきのフロントのおにいちゃんに、

「8時にモーニング・コールするよう」

紙に書いたり、
さらには、英語や、身振り手振りで、
頼んでみました。

……。



はい、なんとか通じたようです。


そのおにいちゃん、

笑顔で、

「ハーイ、ワカッターノ、シニョール。
 8ジーニ、オコスーノ、
 ダイジョーブダモーレ、アモーレ。
 マカシテーノ。」

みたいなことを、
イタリア語で言った。

(と思う)



(なんか頼りないけど、

 ま、大丈夫だろう。)


ということで、

私たちは散歩がてら、
食事に出かけることにしました。

夜も10時を過ぎておりましたが…。


♡♡♡



さて、

ホテルを出てみると、
改めてその美しい景色に、
うっとりです。

目の前には、
おびただしい数の船やゴンドラが、
静かな波の上でゆらゆら。

そして、対岸の島には、
由緒ある教会らしき建物が、
ぼんやりではありますが、
見ることができます。


そして、私たちは、

広い石畳の道を、

近くにあるという、
有名な「サン・マルコ広場」のほうに、
歩いて行ったわけですが、


そこでも私は、

あることに気がついたのです。


普段、感じることのない、

普段とは違う、何かに…。

……。


それは…、


「ヴェニスの夜は暗い。」

ということでした。



当然のことですが、

ここには、

ビルのネオンも、
広告灯も明るい電灯もありません。

バーもキャバレーも、
終夜営業のコンビニも、自動販売機も、
銀行も、ATMも、公衆トイレもない。

「笑笑」も「つぼ八」も、
「立ち食いソバ」も「屋台のラーメン」も、
「スタバ」も「ドトール」も「A'TRAIN」も、
 
ない。

……。



つまり、

街全体に、

明かりという明かりが、

いっさい無いのです。


あるのは、石畳の上に、

ポツリポツリと置かれている、

「街灯」の淡い明かりだけ。


そして、これがまた、

古いヨーロッパ映画に出てくるような、

ロマンティックなやつで、

なんとも、いい雰囲気。



で、このとき私は、

気づいたのです。


「日本にしろ、アメリカにしろ、
 夜が明るすぎるのだ。
 これが、本来の、“夜”なのだ。」

とね。



たとえば、

六本木や学芸大で、
深夜の2時、3時に、
遠くの方を知り合いが歩いていても、
それが誰だか、すぐにわかりますよね。

街全体が明るいから。


ところが、

ヴェニスでは、

10メートルも離れると、

もう、それが誰だかわかりません。


暗いから。


でも、夜というのは、
本来こういうものなんですね。

こういう、
ロマンティックなものなんですね。


ここでも、
歴史が止まったままのヴェニスに、
拍手を贈りたい気分でした。

ビバ、ベネツィーア!!



さて、私たちは、

とあるレストランに飛び込みで入り、
ワインで乾杯。

美味しいイタリア料理を、
存分に楽しんだあと、

明日も早いので、
ホテルへ早々に帰って、
旅の疲れを癒すことにしました。

(ずいぶん長くなったので、
 イタリア料理については次回たっぷりと。)



というわけで、みなさん、

「おやすみなさ〜い。」


zzz……。

……………。




さあ、朝がやってきました。

コッケコッコーデヤーノ〜〜〜♪



「ん?」

何気に目が覚めた私。



で、

ふと、腕時計を見ると、

8時半を過ぎてるではありませんか。

(フロントから、電話無かったよなあ…。)



大慌てで支度をして、

ロビーに降りてみると、

フロントには、

昨夜のおにいちゃんがいました。


私は、こわ〜い顔をして、
そのおにいちゃんの所へ行き、
身振り手振りと、英語で、

「ナンデ、8ジニ、オコサネーノ!?」

と、詰め寄りました。


最初は、
何のことやらわからず、
不思議そうに私を見ていた、
その、おにいちゃん、

やがて、
「ハッ」と思い出したようで、
急に明るい顔に戻り、

両手を胸のあたりで揉みながら、

こんなようなことを、
イタリア語で言いました。

(と思う)


「キャーハハハ、
 オーソレ、ワスレテターノ、
 ゴメンナサイーノ、ユルシテーネノ、
 ペペロンチーノ、イタリアーノ。」


(こいつもか…)



(つづく)
 
 


おやおや、

ずいぶん長くなっちゃいました。


ま、きょうは、

久しぶりの休息日でしたからね。


明日からは、

またスタジオに戻ります。


でも、もうすぐゴールです。

もう見えました。

あと、もう少しです。


きっと素敵なアルバムになります。



タノシミニ、


マッテテーネ。


……。



SHUN MIYAZUMI

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March 15, 2010

イタリア その3


さて、今日も、

イタリア珍道中のつづきです。


これは、今を去ること20年前のお話。


陽気でおバカな、
ミラノの入国審査のおにいちゃんに、
なんとか入国させてもらった私が、

次に乗り込んだのが、

「ヴェニス(ヴェネツィア)」行きの、
アリタリア航空。



でね…、

これが、おそろしく小さな旅客機。


私は、一番前の座席だったのですが、
目の前を仕切ってあるカーテンを、
そっと、めくると、

なんと!

そこは、いきなり、
操縦士がいるコックピット。

……。



「こんな飛行機で、大丈夫かなあ…。」

と、少し不安になりましたね。

(スチュワーデスは美人だったけど)


ま、これは、
1時間くらいの短いフライトだったと、
記憶してますが、

でも、

カナーリ、コワカッターノ。

……。



ソレデーモ、

なんとか無事にヴェニスに到着。


もう、夜の7時か8時頃になっていたでしょうか。


ずいぶんと長旅でしたが、

やっと到着しましたね。

ヤレヤーレ。


♡♡♡



さて、私たちは、

空港のロビーを出ると、
1台の「タクシー」に乗り込む。


で、ヴェニスで、

この「タクシー」というのは、

“船”のことなのです。


それは、
5、6人乗りの、
かなりスピードが出る高速船。


チナミーニ、

ヴェニス市内では、

「船」と「徒歩」しか、
交通手段がないんだそうです。


自動車も、バイクも、ダメ。

(自転車も見なかったなあ…。)


いいですねえ。

排気ガス・ゼロだ。

交通事故もゼロだ。

究極のエコ・シティだ。


ウラヤマシーノ。

……。



というわけで、

私は、いきなり、

ここが「水の都」だということを、
認識させられたわけですが、


この「タクシー」とやら、

お値段は、かなり高いようです。



ちなみに、一番高いのが、
有名な「ゴンドラ」というやつ。

これは、カップル専用。

くれぐれも、
男同士で乗ったりしてはいけません。

間違えられますからね。


あと、乗合船のような、
2階建ての大きな船もあって、
これを「バス」と言うんだそうです。

これは安いので、
ほとんどの旅行者や地元の人は、
この「バス」を利用するんだと聞きました。



サーテ、サーテ、

そんな「タクシー」は、
私たちを乗せて、

真っ暗な海を、
かなりのスピードで進んで行く。


と、しばらくすると、

ようやく遠くの方に、
ボンヤリと明かりが見えてきました。

どうやら、あれが、
「ヴェニス」の市街みたい。


スルート、

「タクシー」はスピードを落とし、
建物と建物の間の、狭い水路に入り、

今度は、
ゆっくり、ゆっくり進み始める。


ト、ソノトーキ、

私の目に映った光景は…?

……。



いやあ、信じられませんでしたね。

地球上にこんなところが、

まだ、あったなんて…。


あたかも、
中世の建造物ではないかと思われるような、
古い、崩れ落ちそうな建物のあちこちの窓から、
こぼれてくる部屋の明かり。

あちこちの壁や、
建物と建物の間に、
無造作に吊り下がっている洗濯物。

2階、3階の窓から、
不思議な生き物を見るかのように、
私たちを眺めている、
イタリア人の太った主婦や、
くりくりお目目の子供たち。

厚化粧の、意地悪そうな顔をした、
ソフィア・ローレンまがいのおねえさんに、
赤ら顔の、酔っぱらいの漁師のような、
マルチェロ・マストロヤンニまがいの、
初老のおっさん。


(う〜ん、なんか映画みたいだな)



でも…、

待てよ…。


これと似たような経験が、

あったような、なかったような…?

……、

………?



そうだ、思い出しました!


この光景は、まさに、

ディズニー・ランドの人気アトラクション、

 「カリブの海賊」
 (カリビアン・パイレーツ)

ではありませんか!!



さすがに、
酒場で女を追いかける、
野蛮な海賊こそ、いませんでしたが、

でも、その古い建造物といい、

窓からこぼれてくる、
ほの暗〜い明かりといい、

そんな中を、
左右を眺めながら、
ゆっくりと船で進んで行く“私たち”といい、


これはまさに、

あの「ディズニー・ワールド」そのもの!!



つまり、ここは、

まだ中世のまんまなんですね。


歴史が止まったままの都市なんですね。


……。



それは、

今が、20世紀の現代であることを、
思わず忘れてしまいそうな、

なんとも不思議な景色でした。


いやあ、感動しましたね。

鳥肌もんでした。



と、そうこうするうちに、

私たちを乗せた「タクシー」は、

ようやく狭い水路を抜け出し、

大きな船着き場に出た。



すると、そこは…、


おお、


おおおおお、


……。



(つづく)




「なんだ、今日はもう終わり?」
なんて言われそうですね。

オチらしいオチもないし…。


アハハ、

ま、そういう日もあるということで。


でもまあ、
せっかくの貴重な体験の、
あれこれでしたからね。

このお話も、
「ゴンドラ」のように、
ゆっくりいきましょう。

ゆっくりとね。



さて、今週は、

ええと、

「STB139」のリハーサルと、
「レコーディング」が交互にあって、

「ファンミ」の準備と、
「CDジャケット」の進行チェックと、

ええと、アレと、コレと…、

……、


ヒエーッ!

イソガシイデヤーノ。

アソビテーデヤーノ。

ユックリ、ノミテーデヤーノ。

カフン、ヒドイデヤーノ。


モウ、ネムイデヤーノ。


……。



SHUN MIYAZUMI

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March 07, 2010

イタリア その2


「は〜るばる来たぜ イタリア〜♪」


すべてが暗〜い、
モスクワ空港を飛び立った数時間後、

私たちを乗せたルフトハンザ機は、
ようやく、

「ミラノ国際空港」に到着。


 (そう、思い出しました!
  あれはドイツのルフトハンザ航空でしたね。
  この機はモスクワの後、フランクフルトにも、
  トランジットしたのでした。

  ドイツ人は、「暗い」というより、
  「厳格」というイメージでしたかね…。)



着陸後。

ゆっくりと空港ロビーに向かう飛行機の窓から、
すっかり暗くなった外を見ると、
向こうの方のビルに、

『MILANO LINATE』

という、
カラフルなネオンが見えました。


(なるほど、この空港はミラノでは、
 「Linate(リナーテ)」って言うんだな。
 ひとつ勉強。)



ま、その派手なネオン・サインだけでも、
モスクワ空港とはまったく違う、
華やかさが、うかがえますね。


そして、
空港ロビーに入ると、
その華やかさは、

いっそう眩(まぶ)しいものに映りました。


赤や黄色や紫といった明るい色の、
お洒落な服装を着こなした、
陽気なイタリア人たちが、

あっちでも、こっちでも、
楽しそうに談笑している。


「ペチャクチャ、ペチャクチャ、ペチャクチャ」

「アハハハ、オホホホ、ガハハハ」


とまあ、これが、
みんな底抜けに陽気で、
うるさいくらいに早口でおしゃべり。


というか、

ほんと、うるさい。



でも、それは、

暗いモスクワや、
いかにも厳格な感じのドイツや、
お固い役所みたいな、
どこかの空港とはまったく違う、

なんとも開放的な雰囲気でしたよ。


(こりゃ楽しそうだな、この国…)


♡♡♡



さて、

ここミラノで、
私たちは入国審査を受け、

今度はアリタリア航空という、
国内線に乗り換えて、
ヴェニスに向かうことになっていたのですが、


その入国審査場(Immigration)
に行ってみると、

そこは、
すごい数の旅行者たちで、
早くも長蛇の列。


ま、これは、

どこの国際空港でも見られる光景ですがね。

……。



でね、

海外に行ったことのある方なら、
おわかりでしょうが、

普通、この「Immigration」(入国審査)
というところは、
おそろしく時間がかかるのです。


アメリカでも、イギリスでも、

早口の英語で、
情け容赦なく、根掘り葉掘り聞かれて、
なかなか入国させてもらえなかった、
そんな経験をお持ちの方も、

多いのではないでしょうか。


「なんの目的で来たのかね?
 ビジネスかね? 観光かね?」

「どのくらい滞在するのかね?」

「滞在先が書いてないよ。
 今すぐ書きなさい。」

「おや、そのカバンは何?
 ちょっと中身を見せなさい。」

etc.etc.



ところが…、


ここミラノでは、

ここイタリアでは、


実にスムーズに列が進んで行くのです。

(なんで…?)



私は、
いかにも不思議な感じを受けたのですが、

あっという間に、
あと10人くらいで「自分の番」
というところまで来て、

その謎が解けました。


二つのガラスのボックスに並んで入っている、
二人の役人のおにいちゃんが、

お互い顔を向き合って、
いかにもノー天気に、
楽しそうに会話をしながら、

ろくに旅行者や、
そのパスポートも見ないで、
なんら質問をすることもなく、

バンバン、スタンプを押して、


かたっぱしから入国させているのです。



こんな感じです。


「オイ、オミャー、○○デャーノ、アハハハ」

 (と、私の列の男が、ポンとスタンプを押す)


「ガハハハハ、オーホホホホ、
 オミャーモ、オーソレミオーノ、
 △△デヤーノ、△△デヤーモ」

 (と、向こうの列のやつも、スタンプをポン)


「ワ〜ハハッハッハ、
 ナンデャーノ、コリャミーロ、
 △△ヴォーレ、○○デヤーノ、△△アモーレ」

 (と、またこいつがポン、ポン)


「キャーハハハハ、
 ソリャー、オミャー、ナンデャーノ、
 バカデニャーノ、ヤッテラレニャーモ、
 ガーハハハハハ」

 (と、あっちの男も、ポン、ポン、ポン)




と、それは、

ひとことで言ってしまえば、


「メクラ判(ばん)」。。


(いいかげんだなあ…)




というわけで、

当然のことながら、
あっという間に、

私の番がやって来たのですが、


相変わらずそのおにいちゃんは、
横を向いて、
あっち側のおにいちゃんと、
談笑しながら、

私には見向きもせずに、

ポンとスタンプを押した。



ところが…、


そのスタンプは…、


私のパスポートのページではなく、

ちょっとズレて、

机の上に直接、

ポンと押されたのです。


(これ、本当の話)



さて、

呆気(あっけ)にとられた私が、
しばし呆然としていると、

やがて、そのおにいちゃんは、
私の存在に気づき、

「ン? アンタッテ、オワッタノーニ、
 ナンデーノ、イカネーノ?」

みたいなことを、
イタリア語で言った。

(と思う)



私は、

開かれたままの私のパスポートの、
真っ白いページと、
その隣の、机の上に押されてある、
スタンプを、

黙って交互に、指差した。


すると、このおにいちゃん、

「ガーハハハハハ、
 オーソレ、ミナカッターノ、
 マチガッターノ、イタリアーノ」

みたいなことを言って、

(と思う)


今度はちゃんと、

“パスポートに”スタンプを押して、

ようやく私を入国させてくれました。



まあ、

イタリア人が陽気だという話は、

昔から聞いてはいましたが、


ここまでくると、

「陽気」というよりは、


もはや、

「バカ」と言ったほうが、

いいかもしれません。


アハハハ…。



でも、

いいですねえ、

この軽さ。


このC調で、無責任な感じ。



これぞ、まさに、

私が望むところの、
理想としていた、
憧れの、

植木等さん的、
「クレージー・キャッツ世界」
ではありませんか。


この瞬間から、

私は、このイタリアという国が、

大好きになりました。


というか、こりゃ、

私にピッタリだわ…。



そして、さらに、

飛行機を乗り継いで、


水の都ヴェニス(ヴェネツィア)に、

到着した私を待っていたものは、


おお、


おおおおおお、


……。



(つづく)




春が近づくと、

「三寒四温」

という言葉をよく耳にしますが、


最近の天気は、
まるで、
「一寒一温」ですね。


きのう20°を超えたかと思うと、
きょうはまた冬に逆戻り。

急激な温度の変化に、
体調を崩さないよう、
心がけたいものです。


なにせ、
一日でも倒れたら終わり、
という、

ギリギリのスケジュールでやってるもんで…。



でも、

日に日に完成していく音を聴くのは、
楽しいもんです。

プロデューサー冥利につきる、
ってやつでしょうかね。



さ、明日もがんばろうっと。


来週はフォト・セッションもあるし。


(お天気悪そうだけど、大丈夫かな…)



またしても…。



むむむ……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 00:28|この記事のURLComments(20)TrackBack(0)

February 28, 2010

イタリア


昨年の秋以降、
すっかりオペラの魅力に取り憑かれた私ですが、

オペラといえば、
なんといってもイタリアですよね。


オペラの発生地。

イタリア・オペラ。

ミラノ・スカラ座。

ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ。

etc.etc.



オーストリア生まれのモーツァルトも、
「魔笛」以外はイタリア語で書いているし、

オペラを人気ジャンルに押し上げた功労者で、
生涯に膨大な数のオペラ作品を残した、
ドイツ人のヘンデルも、

新作の公演にあたっては、
わざわざイタリアまで足を運び、
歌手のオーディションをしたといいます。


そんな、

イタリア、イタリア、イタリア。

……。



で、思い出しました!


そういえば私、

イタリアに行ったことがあったんだ!



もう、かれこれ、
20年以上も前のことですがね。

もちろん仕事で。

たった3日間ではありましたが…。


そして、

思えば、これが、

今やジャミン・ゼブにはなくてはならない、
マネージャーのY浅ショーちゃんとの、
初仕事でもありましたね。


同行したのは他に、

ミュージシャンのT.S.君と、
通訳をお願いした、私の後輩のS.I.君。

(そういえば、S.I.君はその後、
 亡くなった父親の地盤を継いで、
 総選挙に出馬、見事当選。
 衆議院議員を3期務めましたが、
 前回は、落選してしまいました。
 今、どうしてるんだろう?)

……。



で、私は、
その仕事の最初の部分だけおつきあい。

水の都ヴェニス(ヴェネツィア)と、
ミラノがちょこっと。


でも、彼らはその後、
約1ヶ月にもわたって、
イタリア半島を一周。

ローマもナポリも、
みんな行ってきたらしい。

うらやましいなあ…。



というわけで、今日は、

思い出しついでに、
オペラついでに、

そんなイタリア珍道中を、
回想してみようと思います。


記憶をふりしぼってね…。


♪♪♪



あれは、

暑い、暑い、夏の日でした。


私たち4人は、
成田を飛び立ち、

まずは、モスクワでトランジット。


ここで、1時間だけ、
希望者は、空港内に限って、
機外へ出ることを許されました。


ただし、写真撮影はご法度です。

(なんで?)


見つかれば、
カメラ没収どころか、
場合によっては連行されるかもしれない、
と、機長に脅かされました。


なぜならば、

当時のモスクワは、

まだ「ソ連」という共産主義国家時代。

(おお恐わ…)



でも、

好奇心旺盛の私は、
そんなことで怯(ひる)みはしない。

Y浅しょーじも、
怯(ひる)みはしない。


しかも、

共産圏なんて、
そう簡単に行ける時代ではありませんからね。



というわけで、

私たちは、
興味津々で機外へ出ました。


と、そこに…、

ライフル銃を持った兵隊が数人、
こわ〜い顔をして待ち構えていた。


「おまえ、スパイじゃないだろうな。
 だったら、この場で射殺するぞー。」

とでも言わんばかりの、
こわ〜い顔で、
私たちをジローっと睨(にら)みつける。

(やっぱり、恐わ…)



でも、まあ、
なんとか無事に通過。

(ホッ)



で、モスクワ空港の第一印象。


暗い。


なんだこの暗さは…?

……?



最初は、
なぜだか分らなかったのですが、
やがて気がつきました。


空港内の明かりという明かりが、
まったく点(つ)いていないのです。


なんでも、
経済が極端に落ち込んでいて、
節約のため、
日中は明かりをつけてはいけないんだそう。


そのため、

土産(みやげ)物屋も、
免税店も、
レストランも、
コーヒー・ショップも、

とにかく暗い。


昼間なのに、

ほんとに暗い。

(これでも、国際空港か…)



それから、

空港内で働いている人もみな、

暗い。


どの顔にも笑顔がない。

会話がない。

精気がない。


私たちは、
とあるコーヒー・ショップで、
時間をつぶすことにしたのですが、

注文を取りに来た女の子がまた、
暗い。


こっちが、
「ハ〜イ」
と、笑顔で話しかけても、

ニコリともしない。

返事もしない。


まあ、どのロシア人も、
みんなこんな感じです。


無愛想なんて通り越して、
とにかく暗いのです。

彼らのなかでの会話も、
まったく無いのです。


私はこのとき、
「この国は、もう終わりだな…。」
と思いましたね。


案の定、
それからまもなくして、
あの「ペレストロイカ」が起きたのでした。



さて、そんな中、

中二階の、
ガラス張りのコーヒー・ショップから、
ふと下を見ると、

一人の、
変な格好をした日本人のオバサンが、
10人くらいのスーツ姿の男たちを引き連れて、

颯爽(さっそう)と、
買い物行脚をしているのを発見。


大きなソンブレロをかぶり、
派手な衣装で、
声高らかに、

暗〜いモスクワ空港を闊歩(かっぽ)している。

男たちは、
ただ黙々とオバサンの後を付いて行くだけ。


なんとも不思議な光景でした。

暗い暗いモスクワ空港だけに、
それは、とっても滑稽な光景。

……。



はい、

大屋政子さんでした。


この人、
一回だけお会いしたことがありますが、
なんとも、ケッサクなお方でしたよ。


だから、このときも私は、

「さすが、政子ちゃん。
 どこへ行っても、マイ・ペースだなあ。」

と、変なところで感心したのでした。



ま、なにはともあれ、
こんな所はさっさと、
お暇(いとま)するにかぎる。

連行される前に。


そして、飛行機は、
数時間後に、
ミラノ国際空港に到着。


「は〜るばる来たぜ、イタリア〜♪」



で、そのミラノ空港の第一印象。



明るい。


なんだ、この明るさは…?


……。




(つづく)





昨日の「A'TRAIN」

恒例の月末ライブにお越しのみなさん、

ありがとうございました。


先月に続いて、
朝早くから忙しく、
なかなかエンジンがかからず、
大変でしたが、

みなさんのおかげで、
なんとか、
楽しく乗り切ることができました。


次回は、3/26(金)の予定です。



それから、

ジャミン・ゼブ、
待望のニュー・アルバムですが、

こちらも、
すべての唄入れを完了しました。


シモンの花粉が本格化する前に、
完了してよかったです。(笑)



さあ、月曜からは、
いよいよ仕上げに入ります。

ミクロのような、
緻密なバランスが要求されますが、

悔いの残らないように、
バッチリ頑張りたいと思っています。

(やるぞ)



詳細の情報解禁は、

もうしばらくお待ち下さいね。

そんなに時間はかからないと思います。


きのうも、
ジャミン・ファンのみなさんから、
たくさんの誘導尋問を受けましたが、

ふんばりました。


アハハハ。



では、よい週末を。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 00:13|この記事のURLComments(22)TrackBack(0)

February 21, 2010

オペラ・コレクション その5


冬季オリンピック。

楽しそうですねえ。

(いいなあ…)



残念ながら私、

スタジオ・ワークやら何やらで忙しく、

今回は、ほとんど観ることは出来ませんが、


でも、ニュースで知った日本人選手の活躍には、

胸が熱くなりますねえ。


ガンバレ、ニッポン!


おじさんも、

レコーディング・スタジオから、

応援してるからね。


♪♪♪



では、今日もオペラ鑑賞記。


今回は、衝撃の2作品のご紹介です。



まずは…、



9.「トゥーランドット」(プッチーニ)

 オペラ・ファンに絶大な人気のプッチーニですが、
 どうやら私との相性は悪そうだ…。

 少なくとも、
 「蝶々夫人」と「ラ・ボエーム」の後では、
 そんな、あきらめにも近い気持ちでした。

 
 ですから、

 学芸大の本屋さんの、
 「ご注文の品が届きました。」
 の電話にも、

 今回は、さほどの期待はしていなかったわけです。


 「ふん、どうせ、またプッチーニだもんね。」

 てな具合でね。


 
 ところが…、

 この…、


 「トゥーランドット」



 こ、これは、す、すごい!

 イエ〜イです。

 私の大好きな世界です。


 これは狂喜にも似た驚きがありました。



 ニューヨークの、
 メトロポリタン歌劇場における、
 1987年のライブなのですが、

 演出が、またしても、
 あの、フランコ・ゼッフィレッリさん。


 いきなり、
 古代中国は北京城外を表現したであろう、
 不気味かつ、圧倒的な舞台装置に、
 おびただしい数の群衆(合唱団)が現れ、

 次から次へと、
 劇的なコーラスで、
 興奮を高めていく。

 
 その中に、突如現れた一人の男性が、
 なんとも魅力的な旋律を、
 ドラマチックに歌い上げる。

 もう冒頭から、
 すごい迫力のシーンの連続です。


 この男性が、またしても、
 あの3大テノールの、

 プラシド・ドミンゴ。


 このシリーズでは、
 第一号の「カルメン」以来の登場ですが、
 これがまたピッタリの役で、
 実にカッコいい。


 そして、もはや言うまでもなく、

 「うまい!」のひと言。



 音楽もかっこいいなあ。

 その昔大好きだった、
 スペクタクル映画音楽、
 「ベン・ハー」や「エル・シド」
 を思わせるようなサウンドが、

 息をする間も与えないほど、
 これでもかこれでもかと、
 迫ってくるのです。

 きっと、作曲家のミクロス・ローザは、
 この作品に、
 影響を受けたに違いない…。



 ま、とにかく、

 鳥肌もんの、

 圧倒的な第一幕でした。



 さて、第二幕では、
 もうひとりの主役、
 「トゥーランドット姫」が登場します。


 この宮殿のセットが、
 また凄い。

 これまた、
 いくらお金がかかってるんだろう?

 絢爛豪華なセットが、
 恐ろしい伝説の権力者のイメージを、
 いやがおうにも高めてくれます。


 そして、
 この「トゥーランドット姫」に扮する、
 エヴァ・マルトンというソプラノが、

 おっそろしく上手(うま)い。。


 というか、
 「おい、壁にヒビが入るんじゃないの?」
 というくらい強烈な、凄みのある、
 圧倒的なソプラノ。


 解説書には、
 「『トゥーランドット』は、彼女の、
  最高の当り役として知られている。」
 とありましたが、

 納得も納得。


 こんな「恐ろしいお姫様」を演じられる歌手は、
 そうはいませんよね。

 おそらく…。


 世紀の大歌手ドミンゴとも、
 対等に渡り合い、
 一歩もひけをとらない。


 いやあ、世界は広いですねえ。
 
 改めて、
 オペラ歌手の層の厚さにも、
 感動させられたわけです。

 
 そして第三幕では、
 荒川静香さんのおかげで一躍有名になったアリア、

 「誰も寝てはならぬ」が、

 ドミンゴによって朗々と歌われる。



 いや、もう、まいりました。

 この作品には。


 例によって、
 いろいろチャチャを入れたり、
 面白可笑しく、
 突っ込んでやろうかと思ったのですが、

 今回は何もさせてくれませんでした。


 脱帽です。



 才能を見くびってたわけではありませんが、

 いろいろ悪く言ってごめんね。


 ね、プッチーニちゃん。


 ね。

 ね。


 ……。




10.「こうもり」(ヨハン・シュトラウス)

 これがまた、

 期待を大きく裏切った作品でした。


 いい意味でね。



 なぜかというと、

 私、

 ヨハン・シュトラウスという作曲家を、

 そんなに高くは評価していなかったからです。

 

 もちろん子供の頃には、
 彼のヒット曲の数々は、
 大いに楽しませてもらいました。

 「美しく青きドナウ」
 「ウィーンの森の物語」
 「皇帝円舞曲」

 などなどね。


 チャーミングなメロディ。

 優雅なウィンナ・ワルツのサウンド。

 
 大好きでした。



 でも、その後、
 いろんな偉大な作曲家を知ったり、
 ポップスやロックやジャズの洗礼を受けてしまうと、

 あまり聴かなくなってしまいました。

 なんか、単純すぎてね…。


 だから、
 このオペラにも、
 そんなに期待はしていなかったわけです。

 「どうせ、あまり深みのない、
  単純なオペレッタ(喜歌劇)だろうな。」

 というくらいにね。


 
 ところが、どっこい!


 これがまた最高でした。



 このDVDは、
 バイエルン国立歌劇場における、
 1986年のライブ。

 そして指揮が、
 またまた、あの、
 カルロス・クライバー。


 「カルメン」でもビックリしたのですが、
 この人が演奏を始めるときのスピードは、
 ちょっと神ワザですよ。

 拍手のなか、オケピットに登場、
 コンサート・マスターと握手をして、
 それからお客の方を振り向いて、
 笑顔で挨拶をする。

 ま、ここまでは普通の指揮者と変わらない。


 ところが、

 オケの方に向き直るやいなや、
 パッと指揮棒を振り上げて、
 “あっ”という間に演奏が始まる。

 その間、1秒もないのではないか…。

 そして、一糸乱れず、
 オーケストラの合奏による、
 序曲が始まる。


 ま、これだけでも、

 まずは見物(みもの)です。



 さて、肝心の内容。

 
 これまた、
 キャスティングが最高。

 「フィガロの結婚」同様、
 みなさん喜劇役者でも、
 充分やっていけますよ。

 はい、保証します。



 第一幕は、

 まるで、
 「ハナ肇とクレージー・キャッツ」の世界ね。

 どの歌も楽しくてチャーミングだけど、
 内容がまたバカバカしくて、
 どのシーンも、お腹が痛くなるほど、
 笑えてしまう。

 そんなバカバカしさと、
 ヨハンちゃんの優雅なウィンナ・ワルツが、
 なぜかピッタリ合っているんですね。



 なかでも最高なのは、
 「8日間もあなたなしで一人ですごすなんて」
 というくだり。


 役人を侮辱して、
 8日間刑務所に入ることになった金持ちの銀行家。

 でも、実はこの男、
 その入所前に、
 悪い友人にパーティーに誘われていて、
 可愛娘ちゃんをナンパしようと、
 ワクワク、ソワソワしている、どエッチ男。


 メイドのアデーレちゃんも、
 そのパーティーに行くことを、
 ようやくロザリンデ夫人に許可してもらい、

 これまたウキウキ気分。


 で、肝心のロザリンデ夫人はというと…、

 主人の留守中に、
 かつての恋人の、
 C調なイタリア人歌手が忍び込んで来ると言う。

 口では、
 「だめよ、私は人妻よ、
  いけませんわ、そんなこと。」

 と、言いながら、
 実はこのアバンチュールに、
 まんざらでもないご様子。


 そんなロザリンデが、
 切ないメロディで、
 「8日間もあなたなしで過ごすなんて、
  耐えられませんわ。」
 と歌い始めるのですが、

 そのうちに、
 だんだん気分が乗ってきて、
 楽しくなってきて、
 歌詞とはうらはらに、
 ルンルン歌いながら踊りだす。

 主人もメイドのアデーレも、
 ルンルン、ルンルン踊りだす。


 まるで、
 クレージー・キャッツの名曲(?)
 「ハイ、それまでよ」
 と、おんなじアプローチ。

 何回観ても、
 涙が出るほど笑いこけてしまう。


 ヨハン・シュトラウスの、
 並々ならぬユーモア・センスに

 まずはビックリしたのでした。



 第二幕は、

 豪華なパーティー。
 そして舞踏会。


 絢爛豪華な、
 でも実はC調な、
 ヨーロッパの貴族社会の一幕を、

 可笑(おか)しみを持って、
 楽しむことができます。


 ここでも、
 ロザリンデ夫人に扮する、
 パメラ・コバーンというソプラノが歌って踊る、
 「チャルダーシュ」に、
 もう、顔はニヤニヤ、クシャクシャの私。

 いやあ、この人、最高にケッサクだなあ。

 今度、デイトしませんか。


 
 そして圧巻は、

 最後にみんなでポルカを踊るシーン。

 
 曲が終わると、

 踊り疲れて、

 みんなドバーっと倒れ込んでしまう。


 しかし、その瞬間みんな大笑い。

 お客さんも大笑い。

 テレビの前の私も大笑い。

 わははははは。



 そのとき私は思いました。

 「これはミュージカルだ。

  ミュージカルの原点だ。」

 とね。



 第三幕は刑務所のシーン。

 ここに、
 酔っぱらいの、
 へんてこな看守のオッサンが現れて、
 「ひとり寸劇」を始める。
 
 
 これがまたケッサクで、

 まるで、
 古きよき時代の、
 吉本新喜劇の世界。

 エンタツやアチャコや、
 花紀京や財津一郎や岡八郎のいた、
 あの“吉本”の世界。
 
 くだらないギャグの連発なんだけど、
 たまらなくバカバカしくて、可笑しくて、
 ゲラゲラ笑ってしまう。
 

 そして最後は大団円。

 メデタシ、メデタシ。


 いや、楽しい、楽しい。



 というわけで私は、
 
 この「こうもり」に、

 「クレージー・キャッツ」と、
 「アメリカのミュージカル」と、
 「吉本新喜劇」の、

 原点を見たのでした。



 いやあ、ヨハン・シュトラウスが、

 こんな偉大な方だとは、

 知りませんでした。


 いといろ悪く言ってごめんね。

 ね、ヨハンちゃん。


 ね。

 ね。


 ……。




(「オペラ・コレクション」ひとまず終わり)

 
 

あらためまして。


私は、決して、

デアゴスティーニの回し者ではありませんが、

この「オペラ・コレクション」企画には、
心から感謝しております。

パチパチパチ。



おかげで、私の人生に、
またひとつ楽しみが増えました。

「オペラ食わず嫌い」の方も、
絶対楽しめると思います。


ぜひ、ご覧になってください。



ただし、

こんな話ばかりしていると、
1年中やってなくちゃいけなくなりそうなので、

また何か掘り出し物があったら、
随時ご紹介するとして、

今回はひとまず終えることにしましょう。


なにせ、このシリーズは、

65巻まで続くそうなので…。


♪♪♪




さ、明日から、

またジャミンのスタジオだ。


なにしろ、3月いっぱいで、

完成させる予定ですからね。


いいアルバム作らないと…。



だから今回は、

オリンピックは、

がまんです。


(シュン)




あ、そうだ。


哀悼、藤田まことさん。


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 00:45|この記事のURLComments(15)TrackBack(0)

February 14, 2010

オペラ・コレクション その4


いやあ、毎日寒いですねえ。


春が待ち遠しい今日この頃ですが、
そんな中、

バンクーバー・オリンピックが、
開幕しましたね。


ということは…、

あの、荒川静香選手の、
感動の金メダルから、
もう4年が経ったということですか。

時の経つのは、早いもの。

ううむ…。



ま、なにはともあれ、

今回も時間の許すかぎり、
楽しみたいと思います。

ガンバレ、ニッポン!

(そんな時間、あんの?)



では、今日もオペラ、オペラ。




6.「フィガロの結婚」(モーツァルト)

 オペラ初心者の私ですが、
 この「フィガロの結婚」と「魔笛」だけは、
 子供の頃から大好きでした。

 というか、
 モーツァルトという人は、
 天性の“歌書き”だと思っていました。

 (今も)


 正直言って、彼のインスト物。

 たとえばシンフォニーやコンチェルトなどは、
 近代音楽やジャズに慣れ親しんだ私には、
 もはや退屈なところがある…。

 ハーモニーもあまりに“ドミソ”だし、
 リズムも単調だし…。



 ところが、

 オペラは違いますね。


 「フィガロ」や「魔笛」で歌われる曲はどれも、
 メロディアスで、ポップで、チャーミングで、
 本当に親しみやすく、
 歌の楽しさが満ちあふれています。
 
 彼が、もう少し後に生まれていたら、
 きっと、ガーシュインやポーターのような、
 大ソング・ライターになっていたのでは、
 ないでしょうか。



 ん、待てよ…。

 ひょっとすると、
 ジョージ・ガーシュインは、
 モーツァルトの生まれ変わりかもしれませんね。

 30代半ばという若さで、
 この世を去るあたりも似ているし、

 「一体、彼らには、
  一日が何時間あったんだろう?」
 と思わせるような、
 膨大な楽曲を短期間に残したあたりも。


 うん、そうかもしれない…。

 ……。



 で、このデアゴスティーニ盤の「フィガロ」。


 いやあ、こりゃ傑作です。

 アハハハ。

 楽しすぎて、あっという間の3時間でした。


 まず、キャスティングが抜群。

 みんな、
 「喜劇役者でも、やっていけんじゃないの」
 と思うような芸達者ぶり。


 まずは、スザンナ役の、
 イレアーナ・コトルバスちゃん。

 実は彼女、
 「魔笛」でもパミーナ役をやってたのですが、

 原作のパミーナは15才くらいの少女なのに、
 このライブ(1982年)の彼女は43才。

 「もう少し若い歌手はいなかったのかなあ…」
 と、いささかガッカリだったのですが…。

 (これは、タミーノ役の、
  ペーター・シュライヤーという人にも言える。
  ずいぶん老けた(47才)王子様でしたから。)

 
 ところが、この「フィガロの結婚」は、
 1973年のライブ。


 「魔笛」の頃より、
 10才若いコトルバスちゃんが、
 なんとも初々しくて、可愛らしい。

 歌い方や仕草の一つ一つが、
 本当にチャーミング。

 「キャー、スザンナちゃん、
  かわい〜〜〜〜〜〜〜い!」
 て感じ。



 ケルビーノ役のメゾ・ソプラノが、
 またまた可愛い。

 というか、なかなかの美人。


 この役は普通、
 女性シンガーが男の子役になって、
 伯爵夫人に恋いこがれるという役なのですが、

 「おい、こんな美人を起用したら、
  こっちがケルビーノに恋しちゃうじゃないか」
 というくらい可愛い。

 (フレデリカ・フォン・シュターデという、
  アメリカ人。)


 有名なアリア、
 『恋とはどんなものかしら』なんて、
 いい年したオッサン(私)が、
 デレデレになってしまいましたわ。

 ポッ♡


 おい、どうしてくれる、デアゴスティーニ。

 お詫びに、今度、
 彼女が正真正銘の“女性”を演じるオペラを、
 発売してください。

 (ドキドキ…。)



 それから、

 腹黒い医師「バルトロ」に扮する、
 バスを歌うオッサンも最高。
 あんたは、絶対、喜劇役者でも成功したね。
  
 C調でゴマスリの音楽教師、
 「ドン・バジリオ」もケッサク。
 
 女にだらしない、エッチな「伯爵」に扮する、
 ベンジャミン・ラクソンというバリトンも、
 実にハマッている。

 (この人、第11号に登場する、
  「ドン・ジョバンニ」でも主役を演じてますが、
  本当に、女たらしなのかも…。)


 伯爵夫人に扮する、
 キリ・テ・カナワ(ソプラノ)だけが、
 ちょっとイメージと違いましたが、

 まあ、いい。

 許します。

 1,990円だから。

 ……。



 そしてまあ、本当にいい曲ばっかりだこと。

 “歌書き”モーツァルトの真骨頂。

 これぞ、1786年版「紅白歌合戦」。


 歌といい、お芝居といい、
 当時を見事に再現した演出といい、 
 これは、
 最高の「フィガロの結婚」でしたね。


 音楽的には、
 「魔笛」のほうが好きだけど、
 キャスティングを含めた総合力では、

 今回のシリーズでは、

 私は、こっちに軍配。


 ♪♪♪



 ところでね…、

 これを観ているうちに、私は、
 昔懐かしい東宝映画の、
 「社長シリーズ」を思い出してしましました。


 あの、森繁久彌さん演ずる社長さんのキャラは、
 まるでフィガロにおける「伯爵」そのもの。

 おっちょこちょいで、エッチで、
 でも、なんとも憎めないキャラクター。


 してみると、「伯爵夫人」は、
 久慈あさみさん。
 旦那の浮気を見破るあたりもソックリ。

 腹黒医師「バルトロ」は、
 フランキー堺さんか、
 伴淳三郎さん。

 C調でゴマスリの音楽教師
 「ドン・バジリオ」は、
 三木のり平さんで決まり。

 「ケルビーノ」は団令子さんね。
 活発な感じがバッチリ。

 へんてこな庭師のオッサンは、
 もちろん由利徹さん。


 そして、
 「フィガロ」は加山雄三さん。

 となると、フィアンセの「スザンナ」は、
 星由里子さんということになる。

 (おい、それは「若大将シリーズ」
  ではないか。)


 ま、同じ東宝ですからね。

 かたい話は抜きでいきましょう。

 かたい話はね。



 とまあ、こんなことを考えながら、

 ひとりニヤニヤ観ていたのですが、

 (暗いぞ)


 あながち的外れでもないでしょ?



 えっ?


 古すぎて、なんのことだかわからない?



 こりゃまた失礼、致しました。


 ……。




7.「ラ・ボエーム」(プッチーニ)

 ああ、やっぱりプッチーニは難しい。

 私には、まだまだ無理だ…。


 でも、プッチーニが、
 オペラ・ファンに大人気なのは、
 よーく分かりました。

 とくに、女性に人気なんじゃないかな、
 て、思いましたね。


 とにかく、求愛のメロディーが甘い、甘い。
 
 イケメンのテノールに、
 こんな甘い、ドラマティックなバラードを、
 次から次へと、
 朗々と歌われたら、

 きっと、女性はウットリでしょうね。

 (おまえら、ずるいぞ)



 さらには、
 “これでもか”のメロ・ドラマ仕立て。

 そして、ヒロインであるミミさんの、
 なんとも可哀想な最後が、
 女性たちの涙を誘う。

 
 というわけで、

 今の「韓流ドラマ」にも通じる、
 メロ・ドラマの要素を、
 充分に持ってるんでしょうね、
 彼のオペラは。
 
 
 だけど、
 無骨者の私のような男には、

 やっぱり、これはしんどかった。


 だから、プッチーニは、

 こてこてのクラシック・ファンと、

 イタリア歌曲だ〜いすきな人と、

 麗しき女性たちにおまかせします。


 私は、もうちょっと楽しいやつを…。




8.「セビリアの理髪師」(ロッシーニ)

 と思って、

 期待して観たロッシーニですが、

 
 これも…。

 楽しいには楽しいのですが…。


 あんまり悪く言うと、
 あちこちからお叱りを受けそうなので、
 やめておきますが、

 はっきり言って、
 ロッシーニ君は、
 モーツァルト君に比べると、
 作品のクオリティが、ちょっと低いかも。

 というか、まるっきり物真似じゃないか、
 これじゃ…。


 「フィガロの結婚」より、
 30年も後の作品なのにね。


 ま、これにより私は、

 改めてモーツァルトの偉大さを再認識できた、


 とまあ、こういうわけでした。


 でも、主役のロジーナ(後の伯爵夫人)に扮する、
 チェチェーリア・バルトリという、
 メゾ・ソプラノは、

 けっこうセクシーでいけてますよ、

 男性諸君。

 (どこを見てるんだ、おまえは)




 ということで、

 ここまで快調にきた、
 私のオペラ鑑賞も、
 そろそろ翳(かげ)りが見えてきたわけで、

 これは「定期購読早まったかな…。」

 と、一瞬後悔しかけたのですが…、


 ところが、どっこい!


 次に発売された、

 「トゥーランドット」と「こうもり」の、

 あまりの素晴らしさと楽しさに、


 私は仰天したのでした!!



 はい、

 というわけで、


 あと一回くらい、


 このお話させて下さい。



 後悔はさせませんので…。


 ……。


 

(つづく)

 



さあ、今週も毎日、

スタジオで、

ジャミン・ゼブ「ニュー・アルバム」の作業です。


でも、次第に完成に近づいていくこのあたりが、

アルバム作りの、

もっとも楽しいところでもあります。


栄養ドリンクと、

崎陽軒の「シュウマイ弁当」で、

がんばりたいと思います。


ちょっと塩分濃いですがね。

「シュウマイ弁当」


だから、これは私も、

コージローに1票。


(なんのことだか、わからない方は、

 ゼブログを…。)



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 23:34|この記事のURLComments(15)TrackBack(0)

February 06, 2010

オペラ・コレクション その3


今日もオペラのお話です。

興味のない方も、
しばしおつきあい願えると、
嬉しいです。


なにしろ、

この年になって、
こんな新鮮な楽しみを味わえるなんて、

予想だにしていませんでしたから…。


音楽のみならず、
舞台装置、演出、衣装、
世界の有名歌劇場の雰囲気。

そして世界的な歌手たちの、
歌はもちろん、
演技までもが堪能できる。

まさに、総合芸術。


こんなに安く提供していただいた、
デアゴスティーニさん、
ありがとう。


「カルメン」の凄い演出と歌唱に圧倒され、

「椿姫」の美しい楽曲の数々に魅了され、

「魔笛」の楽しさに、時と現実を忘れる。


♪♪♪



さて、そんな私が、

次に期待を込めて観たのが…、


「蝶々夫人」。


きょうは、その感想から。



4.「蝶々夫人 」(プッチーニ)

  うわあ、この歌劇場、すごいなあ…。

  北イタリアにある、
  アレーナ・ディ・ヴェローナ。

  ローマ帝国時代に作られた闘技場で、
  ローマのコロシアムに次ぐ大規模な建造物。

  すごい迫力です。


  20,000席がぎっしり埋まり、
  (20,000席ですよ、20,000席…。)

  まだ夏の太陽が沈みきらないうちに、

  舞台には一人の巫女(みこ)が現れ、
  開始の合図を告げるドラを打ち鳴らす。


  そして、
  大拍手のなか指揮者が現れ、
  いよいよ開幕です。

  (ゾクゾク)

  
  そして、小刻みなストリングスの、
  フガート(追っかけ)による、
  オープニングに合わせて、

  明治初期の日本をイメージした舞台には、
  一人、また一人と、
  登場人物が現れる。


  この豪華な舞台もまた、
  あの「カルメン」を演出した、
  巨匠、ゼッフィレッリ。

  (これも期待しちゃおう〜っと)



  でもね…、


  私には、このオペラは、

  ちと重かった。

  ……。



  まず、話が暗い。

  可哀想な蝶々さん。

  可哀想すぎますよ、あーた。

  いやあ、こんな可哀想な物語を、
  考えたのは、どこのどいつだ。

  これでは、どこにも救いが無いではないか…。
    


  それから、

  異人さんが日本人に扮しているのも、
  な〜んか変。

  衣装はあの、ワダ・エミさんなんだけど、
  着こなしがぜ〜んぜん変よ、
  君たち。
  

  
  おまけに、イタリア語だから、

  ピンカートンは「ピンケルトン」
  蝶々夫人は「チョチョサン」

  (おい、これは喜劇か)



  「ボンゾ」なんていう、
  へんてこな名前の、
  でも、いかめしい僧侶や、
  
  「ヤマドリ」なんていう変な名前の、
  でも、立派なお大尽も登場。
  
  (それって、日本人の名前ですか?)



  で、肝心の音楽はというと、

  ううむ…。


  私にとっての、
  初プッチーニだったのですが、

  今イチ、入り込めないもどかしさが、
  ありましたね。


  コテコテのカンツォーネや、
  イタリア歌曲が大好きな人は、
  あの張り上げ歌唱法は、たまらないだろうな、
  とは思いつつも、

  メロディが私には難解。

  というか、ひねりすぎの感じがする。


  ヴェルディやモーツァルトのように、
  すんなり入ってこないんですね。

  結局は、

  有名な「ある晴れた日に」以外は、
  あまり印象に残る曲は、
  ありませんでした。



  でも、解説書を読むと、
  これは、人気オペラの最高峰だという。

  「カルメン」「椿姫」と並ぶ、
  3大オペラのひとつだという。

  (そうかなあ?)


  これは、悔(くや)しい。

  みんなに楽しめて、
  私に楽しめないのはなぜだ…。

  ……?



  さあ、私、こうなると、燃えるのです。

  なんとか、その人気の秘密を、
  解き明かしたくなる。

  その良さを、
  理解したくなる。


  そんな性格なのです。



  たとえば、私、子供の頃から、
  「納豆」が大嫌いでした。

  あれは食い物ではないと、
  ずっと思っていました。


  でも、大多数の人たちは、
  「美味い、美味い」
  と言う。


  悔しいでは、ありませんか。

  せっかくの一度きりの人生で、
  自分だけ、その美味(うま)さが、
  理解できないなんて…。


  そこで私は、
  社会人になってから、

  どんな居酒屋に行っても、
  必ず「納豆」を注文しました。

  そして、頑張って、
  「納豆」を、
  食って、食って、食いまくってやった。

  ……。


  はい、今では、
  ちゃんと普通に食べられますよ。

  その「美味さ」も、
  理解できたつもりでいます。

  わははは。



  というわけで、私は、

  今度は画面を見ずに、
  デスク・ワークかなんかをしながら、
  もう一度、音だけで、

  この「蝶々さん」を、
  聴いてみることにしました。


  ♪♪♪



  うん、今度はいけます。

  蝶々さんの歌う、
  可哀想な歌詞を見ないですむから、

  憎たらしいピンカートンの、
  くそゼリフを見なくてすむから、

  すんなり音楽だけに集中できる。


  さらに、プッチーニという人は、
  ドビュッシーやラヴェルといった、
  フランス印象派の作曲家と、
  ほぼ同時代の作家ですから、

  サウンドには、
  なるほど美しい魔術が、
  ほどこされている。


  「越後獅子」「さくらさくら」
  「お江戸日本橋」「宮さん宮さん」

  なんていう、日本のメロディーも、
  随所に出て来るのですが、
  
  さすがに、こうした曲のサウンド処理は、
  素晴らしいものがありました。


  というか、
  印象派音楽のハーモニーやスケールは、
  モード・ジャズにも通じており、

  日本古来の陽旋法とは、
  馴染みやすいのです。

  専門的には、
  「ペンタトニック」というモード・スケールを、
  日本メロが持ってるからなのですが、

  この話を始めると、
  長くなってしまうので、
  きょうはやめておきます。


  そして、やっぱり、
  「ある晴れた日」が流れると、
  ついつい、テレビの画面に、
  見入ってしまいますね。

  悲しくも、美しい、
  ドラマチックな名曲だと思います。

  (でも、やっぱり、
   冬季オリンピックの開会式には、
   不向きだと思うけど…。)



  そんなわけで、

  音だけで聴くと、

  その良さが、より理解できたのですが、


  せっかくのオペラですからね。


  やっぱり、映像で観てみたい。



  そこで、ひとつ提案があります。


  まず、蝶々さんを筆頭に、
  日本人の役は、
  全部日本の歌手が演じ、
  言葉も日本語にする。

  ピンカートンをはじめ、
  アメリカ人の役は、
  全部アメリカ人が演じ、
  言葉は英語で歌う。


  プッチーニはイタリア人ですから、
  指揮者とオケはイタリア人でOK。

  衣装は、ワダ・エミさんでバッチリ。

  
  そして、演出は、
  山田洋次さんにお願いしたら、
  どうでしょうね。

  あるいは、
  藤沢周平さん物の映画かなんかに、
  携わっている映画監督。


  そんな「蝶々夫人」だったら、

  もう一度観てみたいな、

  と、思ったのでした。




5.「アイーダ」(ヴェルディ)

  「蝶々夫人」で、
  いささか消化不良気味だった私でしたが、
  次の「アイーダ」を観て、

  思わず喝采。

  イエ〜〜〜〜〜〜イ!


  さすが、ヴェルディ!

  どの曲も、本当にメロディアス。

  3回聞いたら、口ずさめる。


  サウンドも最高。

  カッコイイ〜〜〜〜〜!!



  そして、このデアゴスティーニ盤では、

  エジプト将軍ラダメスを、
  あの、3大テノールの一人、

  パヴァロッティが演じております。



  予想どおり、圧倒的でした。

  パチパチパチパチ。


  他の歌手も、みな上手い、上手い。

  とくに、エジプト王女、
  「アムネリス」を演じるメゾ・ソプラノが、
  なんとも魅力的。

  (「ステファニア・トツィスカ」という、
    ポーランド人)


  ちょっと意地悪そうなルックスもいいなあ。

  ちょっぴりエッチな感じで、
  アイーダとラメダスの仲を裂きにくる仕草も、
  いい、いい。

  ちりめんヴィブラートも、
  なんとも官能的。

  (こりゃ、たまらん)
  


  ま、そんなことはさておき、

  有名な「凱旋の場」をはじめ、
  演出も素晴らしく、
  
  これは、本当に素晴らしい一作でした。

  大推薦です!


  ああ、これこそ、

  ヴェローナの古代闘技場で、

  やって欲しかったなあ。

  ……。
  

  (これは、サンフランシスコの、
   「ウォー・メモリアル・オペラ・ハウス」
   における、1981年のライブ)



  そんな完璧な「アイーダ」ですが、
 

  強(し)いて言うと、

  アイーダ役の、
  マーガレット・プライスという歌手が、

  ちょっと…。



  アイーダというのは、
  エチオペアの王女なんだけど、
  エジプトに敗れ、
  今は奴隷の身。

  きっと、ロクなもん、
  食べさせてもらってないハズなのに、

  これが、すご〜い迫力で、

  まるで京塚晶子さんの、
  「肝っ玉かあさん」
  みたいな感じ。


  世界的にも有名な偉大な歌手らしく、
  もちろん、その歌唱力には、
  なんら文句のつけようもありませんが、

  でも、オペラというのは、
  お芝居でもありますからね。


  もっと弱々しい、
  悲壮感漂う、
  美麗のシンガーにやって欲しかったなあ。

  ちょっと欲張りすぎですかね。

  (プライスさんのファンの方がいたら、
   ごめんなさい。)



  でも、このアイーダだったら、

  私がラダメスなら、

  絶対、アムネリスを取ります。


  その上、

  エジプト王の権力も富も手に出来るのに、

  なぜ、このアイーダと死を選ぶのだ、

  ラダメスよ。


  お前は、バカだ。

  バカ、バカ、バカ、バカ。



  このアムネリスは、


  最高にいい女じゃないか。


  (それは、お前の好みだろ)




(つづく)





昨日、

年に一度の、

健康診断の結果が出ました。


大腸がん:異常なし

心電図:問題見当たらず

採血:まったく問題なし。
   血糖値、肝機能、コレステロール、
   極めて正常値。

検尿:オール・マイナス

胸部レントゲン:たばこ吸うわりには、
        クリーンな肺。



というわけで、

11月の胃カメラと合わせて、

まずは、健康そのものでした。


ホッ…。


今年も一年「命をもらった」

という感じですかね。



というわけで、


明日からまた、

ガンガン行きましょう。



(でも、これ、本当に、

 自分のカルテなんだろうか…?)


……。



SHUN MIYAZUMI

woodymiyazumi at 22:57|この記事のURLComments(19)TrackBack(0)

January 31, 2010

オペラ・コレクション その2


いやあ、

オペラがこんなに楽しいもんだとは、

……。



昨年9月以来、
D社の「DVDオペラ・コレクション」は、
私にとって、新鮮な喜びと潤(うるお)い。

何しろ、雑食の私が、
これだけは、手を出すことをあきらめていた、
唯一のジャンルですからね。

夢のような企画。

夢のようなお値段。



さて、1/31現在、
私が手にしたDVDは早くも11本。

私のような初心者でも入りやすいように、
有名な、人気のある作品から、
随時発売しているみたいですね。

どうもどうもご親切に、
デアゴスティーニさん。



というわけで、今日は、

僭越ではありますが、

オペラ初心者の分際を棚に上げて、
作品ごとに、私なりの感想を、
あれやこれや述べてみたいと思います。


かなりの無手勝流ですが、

ご容赦…。



1.「カルメン(Carmen)」(ビゼー)

  前回のコメント欄に、
  Apolloさんという方が、
  コメントをお寄せ下さいました。

  さっそくApolloさんのブログも、
  興味深く読ませていただきましたが、
  まさに、私も同感も同感。

  これは、傑作も傑作、大傑作です。


  圧巻は、第二幕の居酒屋のシーンかな。
  (みんな凄いけど)

  おびただしい数の群衆が、
  (これみな、混成の合唱団が扮している)
  思い思いに浮かれ騒いでいるのですが、
  誰1人遊んでいない。

  それぞれが、
  しっかり役になりきって演技しながら、
  見事な合唱も聴かせるわけです。

  
  その演出の見事さ。

  衣装、舞台装置、構図、有機的な動き。

  さすが巨匠、ゼッフェレッリさん。

  完璧!


  有名な「闘牛士の歌」をはじめ、
  力のある名曲が次から次へと、
  息つく間も無く歌い継がれていく。

  アレンジも素晴らしく、
  ここだけを聴いてもビゼーという作曲家が、
  並々ならぬ天才だったことが分ります。

  完璧だ!


  演奏もいいですねえ。

  カルロス・クライバーの、
  ダイナミックな指揮っぷりを見てるだけでも、
  楽しい。

  よくあれで、2時間34分も、
  振れるもんだ…。

  その体力と集中力にも感心。

  私なら、絶対最後まで持つまい…。

  完璧ですよ、あーた!


  それにしても、
  お金かかってるなあ…。

  これじゃ、一人50,000円くらい貰わないと、
  採算とれないだろうなあ、
  と、そんなことばかり考えながら観てました。

  そんな、贅沢な贅沢な本物の「カルメン」が、
  990円で手に入るなんて…。

  まるで、ベンツを、
  10万くらいで買うようなもんですわ。

  完璧よ〜〜〜〜ん!




2.「椿姫(La Traviata)」(ヴェルディ)

  ああ、これも良かったです。

  コヴェント・ガーデン王立歌劇場での、
  1994年のライブ。


  指揮があの大指揮者、
  ゲオルグ・ショルティ。

  そして、
  ヴィオレッタ(椿姫)役の、
  アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)
  (この人、綺麗だなあ…)

  という人をはじめ、

  いずれも「ヴェルディ歌い」として有名な、
  一流どころの歌手が勢揃いなんだそうです。


  確かに、みんな上手かった。

  だから、
  この第二号から、
  1,990円に値上げなんですが、

  許してあげましょう。


  私的には、
  やはり「乾杯の歌」が聴ける、
  第一幕が気に入りました。

  ただし、上記した「カルメン」ほどは、
  舞台にお金かかっていない感じ。

  でも、唄も演奏も完璧だったから、

  許してあげちゃうもん。

  
  それにしても、ヴェルディって、
  すごいメロディ・メイカーですねえ。

  オペラに縁の薄かった私は、
  当然「オペラ王」ヴェルディにも、
  縁が薄かったわけですが、

  次から次から、
  美しく、切ないメロディが、
  これでもか、これでもかと登場。

  まさに、魅力的な曲のオン・パレード。


  いやあ、
  彼の絶大な人気が、
  ようやくわかりましたね。

  
  「今さら遅いよ。」
  なんて言わずに、

  許してね。


  ところで、タイトル。

  なんで「椿姫」なんだろう?


  これだけは、

  何回観ても解らず…。




3.「魔笛」(モーツァルト)

  「オペラど素人」の私ですが、
  この曲と「フィガロの結婚」だけは、
  よく知っています。


  高校受験を控えた頃、

  カール・ベームが指揮で、
  あの、世紀のバリトン、
  F・ディスカウがパパゲーノを演ずる「魔笛」を、
  偶然TVで観て以来、

  この「オペラ」は、
  すっかり私を魅了してしまったのです。
  
  
  どの曲も、
  本当にチャーミング!

  ザラストロの崇高なバラード。
  夜の女王の強烈なアリア。

  そして、
  陽気な鳥刺しパパゲーノが歌う、
  数々の楽しい歌。

  まるで、
  ヒット・ポップスのベスト盤を聴いてるような、
  名曲の宝箱。


  これは、
  天才モーツァルトの最高傑作と言っても、
  過言ではありますまい。

  そして、文句無く楽しい。


  で、このデアゴスティーニ盤。

  ベームの「魔笛」に比べると、
  キャスティングにいささかの不満が残るものの、
  なんてったって、
  1,990円ですからね。

  文句を言っちゃバチが当たります。

  許します。


  ところで…、

  パパゲーノとパパゲーナが求愛する、
  あの有名な、おバカな曲。

  「パ、パ、パ、パ、パ♪」
  「パパパッパ、パッパッパッパッパ♪」


  あんな陽気な曲なのに、
  あれ聴くと(観ると)、
  私、いつも泣けちゃうんですよ。

  胸がいっぱいになっちゃうんですよ。

  なぜなんでしょうね?


  ひょっとすると、
  あのパパゲーノという存在こそが、
  モーツァルト自身じゃないのかな…。

  死を目前にした若き天才が、
  あの天真爛漫なパパゲーノに、
  自分の夢と憧れを託したんじゃないかな…。

  なぜならば、
  どちらかというと主役ではないパパゲーノに、
  一番親しみやすい名アリアを、
  いっぱい歌わせているわけですからね…。

  まさに、あれこそが、
  モーツァルトの「白鳥の歌」だったのでは、
  ないでしょうか。

  
  これを観ながら(聴きながら)、

  そんなことを、

  ふと考えてしまったわけです。


  だから、あれも、これも、


  許してしまえ〜〜〜。




(つづく)





1/29(金)の私の一日。


7:30 起床
    大腸がん検査のための検便2日目
    つつがなく終了。

10:00 「国立医療センター」に提出
     採血、検尿。
     さらに心電図と胸部レントゲン。
     病院を出たのが11:30

12:00 都立大の「東京三菱UFJ銀行」と、
     「三井住友銀行」で、
     あちこちに支払い。
     都立大の「うなぎ屋」で昼食。

13:30 保土ヶ谷に行く。
     ジャミン・ゼブと合流。
     神奈川フィルハーモニー管弦楽団
     とのリハーサルのため。

16:30 リハーサル無事終了。

18:30 学芸大の居酒屋で軽く一杯。
     ついでに腹ごしらえ。

20:00 「A'TRAIN」に到着。

21:00 恒例の月末ライブ開始。
     しかし早起きの疲労で、
     思うようにピッチあがらず。
     でも、がんばって2ステージをこなす。

1:00  若手シンガーの秋元直子と、
     初登場の河波浩平くんが登場。
     二人とも素晴らしく、
     私、ふたたび息を吹き返し、
     この3rdステージはノリノリ。

3:30  ライブを終え帰宅。
     即気絶。
     zzz…。




そして…、

きのうの「神奈川県民ホール」。


いやあ、素晴らしいコンサートでした。

神奈川フィル最高でした。

艶のある、暖かいサウンドでした。

ジャミンも、とても良かったな。


そして、

私のアレンジに、
見事なオーケストレーションで、
彩りを添えてくださった、
藤野浩一さん。

本当にありがとうございました。

感無量でした…。


藤野さん、


またぜひ、やりましょうね!



さ、明日からはまたスタジオの日々。

きょうは早く寝ないと…。


といいながら、

後ろのテレビを振り返ると、


そこには、さっきから、


「椿姫」が延々と…。


♪♪♪


        
SHUN MIYAZUMI

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January 24, 2010

オペラ・コレクション


昨年の9月のことです。

ふらりと立ち寄った学芸大の本屋で、
ふと、私の目をひくものがありました。


それは、

「DVDオペラ・コレクション」

という名の、

世界の名作オペラのDVDに、
美麗な解説書が付いた、
ブックレットの創刊号。


何気に手にとって、
中身を確かめていくうちに、

(これは…、もしかすると…。)


しだいに興奮を覚える私。

……。



まず、曲が、

有名な、

ビゼーの『カルメン』。


そして演奏は、

指揮:カルロス・クライバー

演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団

   ウィーン少年合唱団

演出:フランコ・ゼッフィレリ

(おや、みんな一流じゃないか…。)



キャスティングを見て、

さらにビックリ!


カルメン:エレーナ・オブラスツォワ

ドン・ホセ:プラシド・ドミンゴ

(なに、3大テノールのドミンゴだと…。)



そして、

こうも書いてありました。

「1978年ウィーン国立歌劇場におけるライブ
 完全収録 全プログラム 2時間34分」



そして、

そして…、

そのお値段が、


なんと、


990円!!


(うそだろう!?)



ちょっと信じられないような価格ですね。


最初は、
「どんなまがい物だろう?」
というのが、
正直な感想だったのですが、

990円だったら、
「ま、だまされても悔いは残るまい。」
とも思い、

とりあえず購入してみることにしました。


♪♪♪



いやあ、驚きました。

これは、本物です。

本物も本物。



絢爛豪華な舞台装置。

名指揮者クライバーの見事なタクト。

ゴージャスな歌手陣によるアリアの数々。

荘厳な合唱団による重厚なコーラス。


そして、

本場ウイーンの歌劇場の雰囲気も、

余すところなく映し出されています。



見事な出来栄えの、

素晴らしい『カルメン』を、

心ゆくまで堪能することができました。


(これで、990円とは…。)




かつて、

「レコード買いまくり時代」
というお話でも書きましたが、

私は、中学生時代に、
クラシックの洗礼を受け、
どっぷりと音楽にハマっていきました。


でも、そんな私が、

唯一敬遠していた、
いや、敬遠せざるを得なかったジャンルが、

「オペラ」だったんですね。



当時、アナログ時代のオペラ作品というと、

普通、LP3枚組が常識。

その価格、6,000円以上。


ワーグナーの大作なんかになると、

5枚組だの6枚組だので、

軽く、10,000円は超えてしまう。


子供の私に、
買えるお値段ではありませんね。

ましてや私は、
雑食性。


ポップスでも、
ロックでも、
ジャズでも、

何でも好きになってしまう、
欲張り体質の音楽マニアですから、

ひとつの作品やジャンルに、
そんな大金をかけるわけにはいきません。


さらに、オペラのライブになると、

これが、

とてつもなく高い…。


来日する、
世界の歌劇場の演奏会などは、

「S席:50,000円」

な〜んて、
宇宙的なお値段がついている。

(やれやれ…。)



というわけで、


興味はあったものの、

「ここまでは手を拡げられないな…。」

と、秘かにあきらめていたジャンル。


それが、

「オペラ」だったのです。



そんな、オペラのDVDが、

990円で買える!


これは驚きです。


2号目からは、
1,990円なんだそうですが、

それでも、

信じられないような安さ。


その第二弾は、

ヴェルディの『椿姫』。


お次が、

モーツァルトの『魔笛』。


そして、このシリーズは、

65号まで続くんだそうです。

……。



私は、その本屋で、
迷わず「定期購読」の手続きをしました。

隔週刊ですから、
月に2本。


世界の一流歌劇場の、
一流オーケストラや指揮者の、
一流歌手たちの、
一流演出家の、

雰囲気や、演奏や、歌や、華麗な演出を、

家にいながら、
存分に楽しむことができるわけです。


もちろん日本語字幕付きですから、
内容も一目瞭然。


いやあ、

こんな「デフレ」だったら、

いくらでも歓迎ですね。



かくして私は、

今世はあきらめかけてた「オペラ鑑賞」に、

どっぷりとハマることになってしまいました。



『蝶々夫人』

『アイーダ』

『フィガロの結婚』

『ラ・ボエーム』

『セビリアの理髪師』

『トゥーランドット』

『こうもり』


……。



というわけで、

次回は、


「オペラ歴ど素人」ながらも、

そんなオペラ作品のあれこれに、


ちょっと、

僭越なコメントをしてみようかな、

と思うのですが、



いいですかね…?



(つづく)




いやあ、それにしても忙しいです。

体がもうひとつ欲しいです。


今日(日曜日)は、

2週間ぶりに家にいることができるのですが、

アレンジも抱えているので、

ノンビリ過ごすわけにはいきません。


ふう〜。



それでも、

寸暇を惜しんで、

酒だけはしっかり飲んでおります。


えっ、

「早く帰れるときは、
 帰って休めばいいじゃないか。」

ですって?


そうはいかないのです。


体が、足が、

知らず知らず、

学芸大のバーに、

向かってしまうのです。


どうすればいいんでしょうね…。


(かってにしろ)



SHUN MIYAZUMI


woodymiyazumi at 01:24|この記事のURLComments(17)TrackBack(0)

January 13, 2010

私の映画ベストテン 2009


この企画も、

今年で3回目ですかね。


私が昨年観た映画のベストテン。


でも、今回はあまり自信がないなあ。

新作は、ほとんど観ることができなかったし。


特に後半は、

まったくといっていいほど、

「映画」とは、ほど遠い毎日でした。



理由は…、

ジャミンが忙しかったこともありますが、

もう一つ、夢中になってハマる物が出現したから。


(ん? それは…?)



まあ、それは、

次回明らかにするとして、


それでも50本近くは観ることができたので、

なんとなく印象に残った映画を、

思い出してみることにしましょうか。


これも私にとっては、

お正月行事の一環ですからね。


ということで、


ジャーン!



『私の映画ベストテン 2009』



 1.ラブ・アクチュアリー(Love Actually)

  私、こういうタッチの映画、
  大好きです。

  ロバート・アルトマン監督にも通じる、
  ごった煮のような人間模様、恋愛模様。

  ゴージャスな顔ぶれの名優たちの演技も、
  存分に楽しめます。
  とりわけ、英国首相に扮する、
  ヒュー・グラントがまたまた超ケッサク。

  「まだ」の方には、絶対オススメ!



 2.バーン・アフター・リーディング
  (Burn After Reading)

  これも、同じようなタッチですかね。
  コーエン兄弟の見事な監督ぶりに、
  圧倒されました。

  『フィクサー』という映画では敵同士だった、
  ジョージ・クルーニーと、
  ティルダ・スウィントンが、
  ここでは、どっちも不倫同士の恋仲、
  というのも可笑しい。

  他にも、ジョン・マルコヴィッチ、
  フランシス・マクドーマンド、
  といった名優たちが、
  軽妙な演技で唸らせてくれる大人の映画。


 
 3.グッド・シェパード(The Good Shepherd) 
  
  アメリカの諜報機関「CIA」は、
  このようにして誕生した、
  という、ちょっと重めの歴史ドラマですが、

  なかなか深い、
  考えさせられる映画でした。

  「ボーン・シリーズ」で、
  痛快なアクションを見せるマット・デイモンが、
  ここでは、家庭を犠牲にしながらも、
  組織一筋に生きるクールな男を、
  見事に演じています。

  あと、共演のアンジェリーナ・ジョリーちゃん。
  いいですねえ。セクシーで。
  オホホ。

 
 
 4.五線譜のラブレター(DE-LOVELY)

  ああ、これ、やっと観ることができました。
  学芸大の「TSUTAYA」に、
  1本発見したときは狂喜しましたね。

  なにせ、私が敬愛する作曲家、
  コール・ポーターの伝記映画ですからね。
  観なかったら、人生悔いが残るところでした。

  あんな甘いバラード『So In Love』を、
  あんな風にしちゃって、
  ごめんね、ポーターさん。
  
  でも、また、やらせてね。



 5.アメリカン・ギャングスター
  (American Gangster)

  大好きなデンゼル・ワシントンと、
  ラッセル・クロウの共演と聞けば、
  見逃すわけにはいきません。

  ここでは、
  デンゼル・ワシントンがギャング、
  ラッセル・クロウが刑事、
  という役回りでしたが、

  「逆も観てみたい」
  と思ったのは、
  私だけでしょうか。



 6.インタープリター(The Interpreter)

  これ、2005年の映画なんですね。
  知らなかった…。

  これまた大好きなショーン・ペンと、
  美しいニコール・キッドマンによる、
  サスペンス・アクション。

  ニコールのボディ・ガードを買って出る、
  ショーン・ペンが、
  相変わらずクールで格好いいですわい。

  『Milk(ミルク)』も早く観たいんだけど…。



 7.最高の人生の見つけ方(Bucket List)

  余命半年と宣告された、
  大富豪と自動車工の二人が、
  病室で意気投合。

  「やりたいことをやりまくろう!」
  と、冒険の旅に出かける、
  というお話。

  ま、片っぽうが大富豪だから出来た、
  わけですがね。

  モーガン・フリーマンと、
  ジャック・ニコルソンという、
  オスカー俳優同士の名演技が堪能できます。

  ギャラは、どっちが高いんだろう…?



 8.アルフィー(ALFEE)

  マイケル・ケイン主演の、
  1966年の同名映画を、
  ジュード・ロウの主演で2004年にリメイクした、
  アメリカ・イギリス合作映画。

  ジャミン・ゼブで、
  バート・バカラックの『Alfee』を、
  アレンジしたついでに、
  リメイク版も観ておこうと、
  遅まきながら観てみました。

  結論。
  全然、新作の方がいい。
  普通リメイク版のほうが劣るケースが、
  断然多いのですが、
  これは逆でした。

  制作スタッフ、あっぱれです!



 9.ヒトラーの贋札

  第二次大戦下、
  ナチスによる「ユダヤ人収容所」で、
  イギリスのポンドを混乱させるために、
  贋札作りに従事させられる、
  ユダヤ人労働者を描いた、
  暗〜い、ドイツ・オーストリア合作映画。

  ほんと、ナチって、
  よくもまあ次から次へと、
  悪巧みを考えるもんだなあと、
  変なところで感心。

  ま、これが、
  「戦争」ってヤツなんでしょうがね…。



 10.レッドクリフ(Red Cliff I,II)

  前回も書きましたが、
  この映画が観たいために、
  長い長い「三国志」を読破したのですが、

  ううむ、これは…、
  どう言ったらいいんでしょうね…。

  CGの威力は、
  まざまざと見せつけられたものの、
  やはり私のような古い人間には、どうも…。

  実写による、
  黒澤明監督『七人の侍』のほうが、
  はるかにリアリティと迫力を、
  感じてしまうわけなのです。

  ただし、諸葛孔明の金城武さんは、
  ドンピシャのイメージでしたね。

  これは、拍手、拍手。




というわけで、

今年はどんな映画に、

巡り会えるのでしょうかね。


そんな時間も無いほど、

忙しくなりそうな気もしますし…。



さ、明日から月末まで、

ノン・ストップで仕事です。


ひや〜〜っ。


助けて〜。


……。



SHUN MIYAZUMI 

woodymiyazumi at 16:56|この記事のURLComments(23)TrackBack(0)

January 05, 2010

私の10大ニュース 2009


              
 Toraneko  Ohana


みなさん、

明けましておめでとうございます!


2010年。

いよいよ寅年の始まりですね。

ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!



年末の私は、
やたらこうして吠えておりましたが、

今年はさらに、

吠えて、吠えて、吠えて、
吠えまくりますよー。


ますます充実してきた、
4人のシマウマ君たちを引き連れて、

東奔西走、
暴れまくりたいと思っております。


どうぞ、

昨年にも増してのご支援、ご声援、

よろしくお願い致します〜。


♡♡♡



というわけで、

新年最初のブログは、


4年連続となりました恒例の、

『私の10大ニュース』



昨年の私は、

どんな年だったのでしょうか。


まったく自己中心的に、


振り返ってみたいと思います。




『私の10大ニュース 2009』



1.『三国志』ついに読破!(2月)


  今までね、
  これ、敬遠してたんですよ。

  理由は…、

  登場人物があまりにも多く、
  しかも、みんな“漢字”で覚えにくく、
  混乱すること甚だしいから。


  でも、映画『レッド・クリフ』が、
  どうしても観たくて、
  そのためには一度読んで、
  人物や場所の位置関係を頭に入れておこう、
  と思ったからなのです。

  ページ数にして、約5,000ページ。
  吉川英治さんの大長編、大傑作。
  
  いやあ、ついに読破できました。

  ひと言「中国はスケールがでかいなあ…。」



2. 本格的に「花粉症」の仲間入り(3月)


  いやあ、まいりました。

  2、3年前から、
  ポツポツと症状は出ていたものの、
  2009年、一気に開花してしまった。

  くしゃみ連発、
  目はショボショボ、
  鼻水タラタラ。

  大好きな「春」が散々…。
  
  今年は、何か対策を考えないと…。



3. 侍ジャパン、WBC2連覇!(3月)


  イチロー打ったー!
  打球はセンター前だ。
  二人が帰ってくる。
  日本ついに勝ち越しました〜〜〜!!

  その裏、ダルビッシュが押さえて、
  侍ジャパン、見事にWBC2連覇です!!

  いやあ、興奮しましたね。

  前回は「まぐれ」という声も出ましたが、
  これで証明されましたね。
  日本の野球のレベルの高さが。


  でもね…、

  なんでイチローと勝負したんだろう、韓国…。

  ……???



4. シマムくんと四国旅行(5月)


  私の息子、
  「宮廷作曲家シマム」くんと、
  四国に行ってまいりました。

  私の母方の法事だったのですが、
  彼にとっては初めての四国。

  初めての親戚の人たちとも、
  あっという間に打ち解け、
  美味しいうどんや海の幸に感激し、
  「せかちゅー」のロケ地にも案内してもらい、
  大満足のご様子でしたね、シマムくん。

  もちろん、久しぶりの親子での旅行。

  私も、本当に楽しゅうございました。

  ほんわか♡



5. 「全英オープン」トム・ワトソンに興奮(7月)


  ゴルフの4大メジャーのひとつ、
  「全英オープン」

  今回の注目は、
  なんと言っても石川遼くん、
  だったのですが、
  あっという間に無念の予選落ち。
  タイガー・ウッズも早々と落選。


  しかし…、

  その中で…、

  「うそだろう?」とばかりに、
  主役に躍り出たのが、

  あの、80年代に大活躍した、
  59才の、59才の、
  59才の、

  トム・ワトソン選手。


  あと一歩で、優勝には及びませんでしたが、
  オヤジ・パワーを見せつけてくれました。

  興奮しました。


  「ようし、俺も負けないぞー。」

  と思ったオヤジは、

  私だけではありますまい!



6. またしても、ボルトの夏(8月)


  昨年の「北京オリンピック」の話題を、
  独り占めした、
  あのジャマイカの短距離選手、
  ボルトちゃん。

  またまた「世界陸上2009」で、
  とんでもない走りを見せつけてくれました。

  100m: 9秒58(世界新)
  200m:19秒19(世界新)

  まったく、この人には脱帽です。

  あんた、ほんとに、人間なの…?



7. イチロー、9年連続200安打の新記録!(9月)


  「なーんだ、
   スポーツの話題ばかりじゃないかぁ。」


  ほんとだ…。


  でも、プロフィールにもあるように、
  私は大の「スポーツ観戦オタク」

  そんな“スポーツ・オタク”にとって、
  昨年はたまらない年でした。

  サッカーもワールド・カップ決めましたしね。
  高校野球の決勝戦も凄かったし…。


  ですから、
  この話題は外すわけにはいきません。

  なにしろ、これまた100年以上にわたって、
  誰も達成できなかった、
  すご〜〜いメジャー新記録ですからね。


  おめでとう、イチロー!!

  お次は、な〜に?



8. 初めて津軽海峡を渡る(10月)


  あの〜、

  お恥ずかしながら、

  私…、北海道へ…、

  初めて行きました…。


  「え〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

  
  58年も生きてて、
  「初の北海道」なんて、
  自慢にも何にもなりませんが、
  飛行機嫌いなのと、
  寒いの苦手なのと、
  なんかタイミングが合わなかったなどなどで、

  ついぞ、行く機会がなかったのです。

  ……。

  
  でも、空気の美味しい、
  美しいところでした、札幌。

  今回は、残念ながら日帰りでしたが、
  絶対次は、泊まってきます。

  “ウニ、イクラ、カニ、3色丼”

  食ってきます!!!



9. 節煙開始!(11月)


  忘れもしません、11月21日。
  NHKエデュケーショナル主催の、
  『日曜フォーラム / 進化する肺がん治療』
  (12月20日オン・エアー)


  ここに、ゲストで、
  ジャミン・ゼブが出演。

  で、せっかくのチャンスですからね。
  日本を代表する、
  「肺がん専門医」のみなさんの講義を、
  聞いてきました。


  その直後から、

  「ん? 胸が痛いぞ。もしかして肺がん…?」

  「なんか頭が痛いなあ。
   ひょっとして、脳にまで転移したのか…?」
  
  「おや、腰にまで転移…?」


  とまあ、
  ウディ・アレンの映画によく出てくる、
  病気恐怖症の男と、
  同じ症状になってしまいました。

  トホホ…。


  で、意を決して、

  きっぱりと、


  節煙。

  (なあんだ)


  一日10本以内と心に決め、

  年明けの今日まで、

  がんばっております。

  (えらい!)
  

  めざせ、一日5本。

  (これは、ムリかな…。)



10. ジャミン・ゼブ号、順調に航海


  おかげさまで、
  ゆっくりではありますが、
  昨年も「ジャミン・ゼブ号」は、
  順調に航海を続けることができました。

  「町から町へ」

  新しいお客さんもいっぱい増え、
  ますます今年が楽しみです。


  行け〜、シマウマ軍団!

  ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

  (シマウマは、「ワン」でしたかね…?)




というわけで、

今年もはじまり、はじまり〜。


なにはともあれ、

素晴らしい一年でありますように。



今年もよろしくお願い申し上げます。



Oshogatsu 2

SHUN MIYAZUMI



woodymiyazumi at 09:13|この記事のURLComments(23)TrackBack(0)