私の知り合いにカッコイイ女性がいる。子供は男女5人。もうみんな成人していて子持ちもいるから、彼女はおばあちゃんだ。何がカッコイイかと言うと、5人の子供をもうけた相手は3人の男性。その3人とは結婚したことがない。つまり未婚の母として5人の子供を育てあげたわけだ。紆余曲折の人生であり、かなりの苦労もあったそうだが、シングルマザーとして5人もの子供を一人前にしたその生き様は、プロのライターとしても“カッコイイ”としか言いようがない。どういう理由があって未婚を通したかは聞いていないが。正直、男として聞くのが怖い――。
彼女の他に、私の近辺にはシングルマザーはいない。しかしアメリカのテレビドラマのヒロインには、シングルマザーという設定が多い。ケーブルテレビを通じてアメリカのクライムストーリーを観るのが趣味の私だが、女性刑事やFBIなどの連邦捜査官にシングルマザーが多いのは、ちょっと呆れるばかり。例えば、現代に安息の地を見つけた地獄の管理者である堕天使ルシファーが刑事事件に首を突っ込む『ルシファー』の女刑事。シリアスな刑事ドラマで、犯罪の裏側をリアルに描いた『第一級殺人』のヒロインの女刑事。これらは現在オンエア中。ちょっと前に終ったドラマなら、お馴染み首なし戦士が登場するアクションホラー『スリーピー・ホロウ』の国家安全保障省の女エージェントがいる。シーズン18まできたロングセラー『LOW&ORDER性犯罪特捜班』の主人公の女警部補も養子を育てるシングルマザーで、とうとうその部下の女刑事も未婚のまま出産。警察の同じ部署にシングルマザーが2人もいるという、日本では現実どころかドラマでも在り得ないシチュエーション。新シリーズが待たれるが、テロとの闘いを描きつつCIAの内情に迫る『ホームランド』のヒロインで元CIAエージェントもシングルマザーだ。警察官や連邦捜査官を、子育てと仕事を両立させるシングルマザーにするのは、やはり“女性の強さ”をアピールするためだろう。家庭的私的な一面と社会正義を守ろうとする公的一面を併せ持つ優しくて逞しいウーマン。離婚率の高いアメリカでは、ある意味で“理想の女性像”なのかもしれない。
しかしもう一つ、シングルマザーが持てはやされる理由があるのではないか。それは元来アメリカが“父親不在”という歴史を持つ国だからだと思う。アメリカの創成期は、イギリスを中心とした移民が作った。新大陸には“母なる大地”はあったが、そこには“絶対的父権を持つ強い父親”はいなかった。ヨーロッパ諸国が王国だった中世。「王=父」に支配され、同時に王権に依存していた人々の間に、新大陸における象徴的な意味での“父親不在”から、絶対的父権への回顧主義が生まれていったのだろう。ちょっと強引かも知れないが、その回顧主義が結実して大統領制が生まれたのだと思う。大統領こそ、移民の国が便宜上作った“代理父”。アメリカ大統領が他国の国家元首よりはるかに大きな権力を持つのは、おそらく“絶対的父権”を与えられたたをめ。しかしこの“父親”はなんと投票で選ばれ、任期終了とともに普通の人になり果てる、なんともヘンテコな“父親”である。オバマみたいな善良を画に描いたような父親もいたが、トランプみたいな暴君的父親もいる、という多様性も大統領制の厄介なところか。
このアメリカの“父親不在”はよく観察すると、映画の中で“父親捜し”というメタファーで描かれている。古い作品だが、例えばロバート・デュバル扮する出戻り中佐が、ジャングルの奥にあるマーロン・ブランド演じるカーツ大佐の“王国”に、彼の暗殺のために向かうベトナム戦争を背景にした『地獄の黙示録』。カーツ大佐は「王=父」であり、ロバート・デュバルの旅はまさに“父親捜し”。そしてその暗殺は、アメリカらしい絶対的父権の否定である。権力者としての父親を求める回顧主義と、その真逆のアメリカ的父権否定主義(とでも呼ぼうか)。この映画の面白いところは、過激な戦争描写とともに、この相対する志向のバランスにあると思う。つまりアメリカ史初の“敗戦”となったベトナム戦争において勝利に導くべき“強い父親”を求めつつ、そんな父親を否定して戦争そのものを回避すべきだった“偉大なる父親”の不在を嘆いているのではないだろうか。その偉大さは、戦争の指揮を執る父権的絶対権力的な強さとはまったくの別物。
もっと“父親捜し”というテーマが鮮明な映画もある。『スターウォーズ』の初期3部作だ。ジェダイの騎士になるはずの息子を暗黒面に引き入れようとするダースベイダーと、暗黒面に堕ちた父親を相手に正義の闘いを繰り広げるルーク・スカイウォーカー。こちらはメタファーの父子ではなく、実の父子の物語。殺戮マシーンとなったダースベイダーの中に、わずかでもいいから残された人間性を見つけようとするルークのジェダイの騎士への道こそ“父親捜し”の旅と言えないだろうか。そして皮肉にも、実父との決闘的な戦いに勝利し、彼を死に追いやるその瞬間、ダースベイダーの中に本物の“父親”を見たのだ。ハラハラ&ドキドキのストーリーと、スペクタクルな戦闘アクションを生み出した特撮技術に目を奪われがちだが、古風な中世騎士道を太古の宇宙のどこかで起こった帝国主義と民主勢力の闘いの場に移したアイデアとともに、この“父親捜し”は、『スターウォーズ』初期3部作のキーポイントだと言ってもいい。
大統領が国民の“代理父”ではないかという推論から、私は女性であるクリントン候補が大統領選でトランプに負けるのではないかと思っていたが、予想はすばり的中。しかし大統領代理父論はアメリカ国民の大義みたいなもので、日本なんか比べ物にならないほど男女格差が解消されている現代、生活レベルでは父権主義なんて過去の遺物。だから現実社会でシングルマザーが増加し、強い母権が求められ、テレビドラマもその風潮に従う。日本のテレビドラマは興味を持ったごくわずかな番組しか見ないから、シングルマザーという設定が増えてきたかどうかは知らない。ただ子育てに必要なのは強い母性であり、私は高等哺乳類に見られる母系社会こそ、人間社会でも理想だと思う。女性が好きな男性とセックスして子供を産み、国や自治体の援助と社会からの暖かい思いやりを得て、単身で育てていく。子供の父親に養育権はなく、ただし養育費を払う義務は存在する。そこまで極端ではないにしても、古代からあまり変わらない男系社会が頑として存在する日本人の政治や差別に関する思考を大きく変えるには、母系社会的な構造を目指すことが必要だと思う。女性の持つ男性とは異質な意識が、紛れることなく子供に伝えられて社会に浸透していく。もう危機的日本を救う道はこれしかないのでは。
戦争やテロ、あるいは貧困や病気の犠牲になり、やむなくシングルマザーになった女性たちも、自分の意志でシングルマザーをチョイスした女性たちも、とにかく頑張って生きてください――。
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