私が清掃のアルバイトをする病院の3階は「T」の字型をした2メートル半くらいの狭い廊下を囲むように病室5室。個室か二人部屋で、床は絨毯張りだから掃除機での清掃となる。個室や二人部屋は差額ベッド代が高いために満床なんてことはめったにないが、その日は逆に入院患者がたった一人しかいない閑散とした状況だった。掃除機での清掃を終えてコードを畳んでいるときだった。私がいる場所から5メートルくらい離れた廊下をさっと人影が横切ったのだ。誰??? たった一人の患者さんは老婦人。掃除機清掃の時にベッドに座っていて、ベッドの下に掃除機ヘッドを突っ込むときは両足を上げてくれた。歩ける人はどいてくれるから、おそらくこの患者さんは歩けないか歩くのが苦手で、リハビリテーションのために入院しているはずだ。それでも不審に思った私がすぐさまその部屋を覗いてみると、老婦人はさっきと同じポーズでベッドに腰かけたまま。人影が向かった先の空部屋すべてを覗いてみたが……誰一人としていなかった──。

 

私がまだ若くて、とある芸能&スタントマンのプロダクション事務所で広報の職にあったときの話。私は若手の俳優やスタントマンを連れ、大都市を回って所属俳優やスタントマンのファンクラブ会員のためのイベントを打っていた。そのときの場所は大阪。東京から前日入りした私たち一行は、梅田のビジネスホテルに泊まった。スタッフとの打ち合わせで軽く飲んでほろ酔い加減の私の部屋に、一人のスタントマンが血相変えてやって来た。「宇田川さん、出るんです! 僕の部屋」「見えるのか?」「見えないけど、いるのははっきり感じます」。伝聞ではなく、本人が幽霊の存在をアピールしてきたのだ。当時からか“見えない”“信じない”人だった私は興奮した。「これじゃ怖くて眠れない。すいません、部屋代わってもらえませんか…」身長180センチで筋肉質、10メートルの飛び降りもやる若者の怯えた顔。よっしゃ!! ついに幽霊と接近遭遇だ。私は喜んで部屋を交換した。実際には、イベントの責任者でありプロデューサー&ディレクターの私の部屋は、彼の部屋より料金の高い部屋だったのが残念ではあったが、まあ仕方ないということで──。

 

せっかく高い部屋を譲ったのに……結局幽霊は現れず。そんな気配すら感じることなく、いつの間にか私は爆睡。翌朝お礼を言いに来たスタントマンに聞いたところ、本来の私の部屋には幽霊など現れず快適に眠れたとのこと。イベント責任者としてはメデタシ&メデタシ──。

 

最近、寝ている深夜によく物音を聞く。ほとんどキッチンからだが、だいたいがバシッと物が弾けるような音。寝つけずにいるときに聞こえる場合が多いが、先日はあまりに大きな音がしたのでびっくりして目覚めた。気持ち悪いから起き上がってキッチンに行ってみたが、音の原因はまったくもって不明。これってポルターガイスト現象!? それとも何か原因があるの!? 霊能力など微塵も感じたことがない私にとっては、ちょっぴり怖くて、でもかなり楽しい現象ではあるのだけれど──。

 

〇電車の座席に座っていたら、目の前で吊革に掴まっていた人が透けて、反対側の座席にいた人が見えた。

〇本棚と箪笥の隙間から人の顔が出てこっちを見ていたけど、その隙間って2センチくらいしかないのに。

〇寝ていたときあまりに胸が重苦しいから目覚めたら、体の上に載った女性が顔を覗き込んでいた。

〇体育館の更衣室に、その体育館での脚のケガも原因で亡くなった脚の不自由な幽霊が出る。

〇家に帰って照明を点灯したら、蛍光灯の丸いプラスチックケースの中から人の顔らしきものが見下ろしていた。

 

怖い話は、うんざりするほど巷に転がっている。しかしその話をする人が体験したものではない。ほとんどが伝聞で「従弟の友達の話でさ」みたいな感じ。「私は幽霊を見た」という人には会ったことがない。かのスタントマンも感じた程度。だからといって幽霊や霊魂の存在を完全否定するつもりはない。地球外生命体が操るUFOと同じく、今の段階では信じられないけど、存在するかもしれないと仮定したほうが、なんとなく楽しい気分になれる。だから地球外生命体もののSF映画やゴースト映画は大好きだ。霊能力も超能力もない、リアリティ科学に詳しくもない私みたいな凡人にとっては、UFOやゴーストはまさにエンターテイメント──。

 

実は、私が謎の人影を見た病院の3階の個室は、死体安置によく使われる。霊安室のないこの病院では、ご遺体は空室の個室に安置されるからだ。看護部から何の支持もないから個室に清掃に入ったら、顔に白い布を被せられた人がベッドに横たわっていた。てなことも一度や二度ではない。ご遺体が搬送されたあとに清掃に入ることも多々ある。しかしその部屋に、霊など感じたことは一度もない。怖さも感じない。私はやっぱりスーパーナチュラルとは無縁の凡人なのか。では先日見た人影の正体は? ポルターガイストみたいな現象の原因は?

 

私が本当に怖いのは、自分の死だけ。人の「死」は「無」だから。「我思わず。故に我なし」脳死とともに失われる意識。世界を認識していた意識の喪失が人の“THE END”だ。もう「無」すら意識することはない。もしも転生があるとしても、生まれ変わった“私”が死んだ私の意識を持たないなら、何の救いにもならない。あと20年も生きられないと分かっているのに、私はまだ「無」を受け入れられず、死ぬことが怖くて仕方ない。だから死を自分から遠ざけようとする。死から逃げて逃げて……結局死ぬ。エンターテイメントだとか言いつつ、幽霊とか霊魂とかの存在を考えると、結局は重苦しい、後味の悪い気分になってしまうこともある。やり残したことがあるから、まだやりたいことがあるから死にたくないのではない。そんなことはどうでもいい。ただ「無」が恐ろしく怖い──。

 

とか言いつつ、からだが妙に重苦しく股間もパンパンに張って目が覚めたら、私の体の上にアイドルみたいな美少女が乗っていて、私の顔を覗き込んでいた──なんて妄想を楽しみつつ、今夜も寝よう。