2008年12月25日

ハルヒ「メリークリスマス!」その1

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 13:06:19.13 ID:ppLhad270
12月24日。

来る刻に向けて入念に準備を行うべくと考えた私は終礼直後に部室へと走り、
冬の短い日照時間も末尾を迎える頃になって全ての飾り付けを済ませることができた。
皆を驚かせようと踏んでいた私は団員達へ向けて、

「こちらから連絡をするまでは適当に時間を潰してて」

との通達を入れており、今から呼び出そうと考えていたのだけど。
そのはずだったんだけど……どうやら私は、放課後の部室に独りきりとされたらしい。

それもこれも、皆に準備が整った旨の電話連絡を入れたところ、
各々から帰ってきた答えはというと「用事があるからいけない」の一点張り。ドタキャンってやつ。

「どれだけ私が労力を割いたと思ってんのよ」

呟いてみても回答をくれる人間なんて部室内には居ない。それが余計に現状の侘しさを物語っていた。
そりゃそうよね。
こちらから連絡をいれるまで時間を潰せとは言ったものの、
何をするのかまでは伝えていなかったのだから何らかの用事事が発生し、参加不可になるのも有り得ない話ではない。
加えて、私の方から一方的に用件を伝えただけで皆の予定は訊いていなかったんだから。

それに今日は……イベント毎が世間に溢れ返る日なんだしさ。



7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 13:17:44.33 ID:ppLhad270
ストーブがあっても寒いわね。
何気なく窓越しの風景を窺ってみても日没過ぎの風景は黒く塗られていて、
明るい部室内からでは近場さえ見通すことができない。華やかさの欠片もないってものよ。
はぁ、憂鬱だわ。お茶でも淹れて温まろっと。

皆が来た時に備えて沸かしてあったお湯を用い、私一人分のお茶を湯呑みへと注ぐ。
すぐさま湯気が立ち、茶葉が薫ってくる。
私はやることもないので、白く上った湯気が冷えた部室内で揺れ、薄れていく様を眺めた。
それと共に室内の飾り付けもだ。

キラキラと輝き、壁に張り巡らされたテープ。
部室棟倉庫に置いてあったので、勝手に拝借して飾り立てたクリスマスツリー。
ふわふわと綿毛が添えつけられたテーブル。
そして、天井を星空のように飾れればと思い用意した色とりどりの電飾類。

いずれも、静かな室内には似つかわしくないものばかりだ。



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 13:29:18.45 ID:ppLhad270
別に、寂しくなんてないわよ。
ただ、こっちが皆を驚かせようと思ってさ、長期に渡った団活による労いの意味も込めてさ、
兼ねてから秘密裏に計画していたパーティが突然にして中止になっちゃってさ……
だからちょっと、落胆しているだけなの。
ほら、鍋でもやろうと思って食材も値の張る国産品ばかりを選んだんだし、
ここで食べなきゃ鮮度が落ちちゃうだろうし。勿体ないじゃん。

いや、いいんだけどね。私一人で食べちゃうから。
私は団長なんだし、そのくらいの権利は当然ながらに持っているはずでしょ?
でも、まだお腹減ってないから食べないんだけどね。
やっぱりお腹が空くまで待ってからじゃないと、それこそ勿体ないってものよ。
一番のコンディションで楽しんでこそでしょ、何事も。

ところで、淹れる人が変わるだけでお茶ってこうも味が変かするものなのね。
それも現時点では悪い方向へと。

……考えることがなくなっちゃった。

念の為に、もう一度だけ。
皆に連絡を入れてみようかな。
あくまで私の暇つぶしとして、ね?



11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 13:41:48.68 ID:ppLhad270
電話帳から拾い上げた番号へと掛ける。相手はキョン。
それに他意は無い。団員達の中では、一番暇そうかなと思っただけ。
ほら、みくるちゃんとか古泉くんとか有希とかって忙しそうだし。なんとなくだけどね。

「どうした?」

十数回のコールの後、突然の疑問で応答された。
相手はキョンのようだけど、なぜか息を切らせている。
問いのあとの間にこちらまで聴こえてくる呼吸音が、それを私に知らせてくれた。

「あんた、短距離走でもやってんの?」
「どちらかというと運動が嫌いな俺が、この寒い時期にわざわざ走るかよ」
「じゃあ、なんで苦しそうなの?」
「走っていたからだ……ん?」

キョンがまたも疑問。電話口の向こうで誰かに呼びかけられたのかしら。
そういえば雑踏のようなものも聴こえる。

「誰かそっちにいるの?」
「ん? ……ああ、谷口達とちょっとな」
「何やってんのよ?」
「まあ色々だ。悪い、切る。急いでるからまた今度」

言うなり切られた。
相当に慌てていたらしい。



14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 13:54:25.68 ID:ppLhad270
電話越しの活気が消えたことで、しんと静まり返った部室内の虚無感を再認識させられる。
ひとまず、お茶をひと啜り。体の芯から温まるような味。

さて。

キョンは走っていた。走るのは嫌いだと答えたにも関わらずだ。
つまり、走りたくないのに走らざるを得ない状況にあったわけね。
もっと端的に言えば、何かに走らされていたということらしい。
それに語調も焦っていたようだし、これらから導き出される状況は、
時間に追われ、キョンは走っていた。ってことになるわね。
うん、つまり私が言いたいのは。

「だからなんなのよ!」

意味もなく紙にメモを取っていた私は、下らない推理ごっこに飽いて吐き捨てた。
もちろんツッコミをいれてくれる人はいない。私は独りきりなんだし。
大体、こんなことをやっても何の得にもならないのにさ、馬鹿馬鹿しい。

やることがなくなった私は、空き手を埋めるようにもう一度お茶を啜った。
残り少なくなっていたそれは既に熱を失っており、なんとも面白味の感じられないものだった。



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 14:04:07.47 ID:ppLhad270
「うー……」

唸ってみても仕方がない。
もし、ここにキョンが居たならどういう反応をするかな?
私がこうやって机に顎を乗せて唸っていると――

『煩い、黙れ』

こう来るはずよね。
いえ、もうちょっと柔らかい感じかな。

『どうしたんだ、嫌なことでもあったのか?』

これだと、ちょっと気持ち悪いわね。
台詞と一緒に優しげで円らな瞳を想像してしまったわ。不覚。
あ、もうちょっと奇を衒ってくる可能性もあるかもしれない。

『うー……』

って、あんたが唸ってどうするのよ!
みたいなツッコミ役を私に回すというくらいの機転は利かせそうかも。
いや、あいつはもっと当たり障りない感じに返すだろうから、えっと。

『ご苦労なこった』

のように曖昧な返答が期待値的には高いわね。
うん、やっぱりこれが一番しっくりくるわ。

……まあ、こんなことを考えたところで何の意味もないんだけどね。



18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 14:17:00.07 ID:ppLhad270
ここで私は自身が犯していたそもそもの間違いに気付いてしまった。
12月24日。クリスマスイブ。
世間ではクリスマスの前夜祭として賑いをみせる日。

だからといって、私もそれに倣わなければならない必要性はないんだ。

元はと言えばさ、なんでクリスマスがあんのに前日に盛り上がっちゃうワケ?
前日のムードを保ったままクリスマスでフィナーレを迎えるんなら分かるけどさ、
なんだかんでクリスマス当日ってイブに比べて燃え尽きちゃった感があるでしょ?
あれっておかしいよ。なんで前日に全力を注いじゃってるのよ。
クリスマスの方が本祭なんだから、ちゃんと翌日までやりなさいよ。
加えて言うならさ、仏教や神道が主な日本で俄かキリシタンぶって恥ずかしくないの?
マスコミの情報や、企業の販売商戦に乗せられちゃってるのよ?

ほんっと皆、一度冷静になるべきよ。
日本特有の文化が外来種に侵食されている現状について、意義を申し立てるべきだわ。
そうね、まずは総理大臣あたりに申告しようかしら。

なんて今さら考えた所で、パーティの準備は既に整えちゃってるからね、私。
それも入念に、抜かりなくだ。
この環境を活かさずしてそのまま片付けるなんて、何かに負けたようじゃないの。

私は負けないわ。
一人でだって、鍋を作って完食して、その上で今日という日を満喫してやる。



19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 14:28:18.23 ID:ppLhad270
ストーブの上に載せていたヤカンから湯を急須へと注ぎ、
一度目の失敗を考慮して慎重に揺すり、それから湯呑みへと移し込んた。

見事な緑色だ。底が見えない。
すかさず啜ってみる。

「あつっ」

静かな室内に、私の声が跳ねた。返答はない。
お茶の味はというと、単に苦かった。それに渋い。一度目以上に拙い出来だ。
みくるちゃんのとは大違い。
あの子は抜けているように見えて、実は陰で弛まぬ努力をしているのかもしれない。
一日百杯の茶を淹れる練習とか、茶葉を煎る練習とか。いや、知んないけど。
下らないことを想像しつつも私は再び腰を落ち着けるべくストーブに一番近い席へ戻り、
それからまたも机に顎をベタ付けした姿勢で考えごとに耽っていく。

これからどうしようか。
今すぐにでも鍋やっちゃってもいいけど、まだお腹が空いてないし。
もしかしたら誰かが来る可能性もあるからさ、待ってあげるのも団長の務めってものでしょ。
もちろん、私のお腹が減っちゃったら待たないけどね。でも、それまでなら……。

あ、そうだ。
せっかく天井に電飾を飾ったんだしさ、試しに点けてみようかしら。



21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 14:40:02.11 ID:ppLhad270
一旦は部屋を暗がりに落とし、それから電飾のスイッチを入れると、途端に天井が煌めいた。
赤、緑、青、橙、紫、その他様々な色がチカリチカリと明滅を繰り返す。
やっぱり念を入れて用意しただけはあったようだ。
飾り付け自体の全体的なバランスも取れているし、
カセットコンロの火が灯れば、室内は程よい明るさに包まれることだろう。
実は蝋燭なんかも用意しておいたのだ。一度きりだから今は試せないけどさ。

そのような状況を私が確認した時、突如として部室棟全体を揺らすような強風が吹き荒び、
ゴォッと逆巻く唸りと、窓を叩いていった砂粒が外気の厳しさを顕わにした。

これは少々困ったわね。この調子じゃあ帰りが寒そうじゃない。
時間が経てば温かい部室から出たくなくなっちゃいそうだ。
今から帰ろうかな。本格的に冷え込む前に家へ着けば、幾分かはマシかもしれないし。

まあ、帰んないけどね。



24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 14:47:11.72 ID:ppLhad270
再び室内に明かりを戻し、電飾を切った。
辺りを神秘的に彩っていた電飾が消えてしまえば、
室内は至って普段通りに味気のないものだ。飾りを施してあるとはいえね。

私はというと、またもストーブ前の指定席へと着席。
試すことも考えることもなくなったので、キョンの行動メモを睨み付ける。
ここに書き漏らした情報はなかったかな。
あ、そうそう、電話の向こう側で雑踏が聴こえていたわね。
それも書いておかないと。……よし。

「はぁー……」

椅子に背を凭れ、天井を仰ぎ見る。
そうしたところで何も変わり映えのない景色が拡がるだけ。
なんだか、もう面倒臭くなってきた。

クリスマスなんてさ、なくなっちゃえばいいのに。



26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:01:32.51 ID:ppLhad270
「きゃっ!?」

っと思わず悲鳴をあげちゃったわ。
誰も見ていないわよね……よね? 見てたら記憶が飛ぶまでブツわよ?

……ふぅ、一人というのもこんな時には良い方向へと働いてくれるものね。
ところでどうして私が悲鳴を上げたのかというと急に携帯電話が鳴りだしたからであって、
無音に近かった室内との相対効果も相俟り、まさに不意を衝かれてしまったからというわけ。
そうそう、電話の相手は――古泉くん?

「もしもし」
「涼宮さん、すみません」

いきなりの謝罪。私はまずそれに違和感を覚えたんだけど、
それ以上に慌てている古泉くんの様子にも同種の予感を抱くことになった。

「どうしたのよ?」
「いえ、団長自らの先んじた振る舞いを、僕の身勝手な所用で断ってしまったからです」
「古泉くんには用事があったんだから仕方がないんじゃないの。
 私にだって前以って連絡を入れておかなかったという落ち度はあるから」

秘密裏にしていたからね。驚かせようと思ってさ……。

「とにかく申し訳ありません。埋め合わせは後日、必ず行いますので」
「待って!」

このまま通話切れになりそうだったので、それを慌てて繋ぎ止める。



28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:15:15.43 ID:ppLhad270
「どうかされましたか?」

訊き返してくる古泉くんの声。
私はそれよりも、その背後から微かに漏れてくる雑音に着目した。
何の音だろう? 雑踏……も聴こえるけど、それに混じった誰かの声が聴こえる。
知らない人だ、と思うけど聞き覚えもあるような男の声。それも大分、年をとっていると感じる声の重さ。
その人が僅かに焦りの入った声色で、指令らしきものを飛ばしているような。
A班とかB班とか。なんなのだろう。

「あの、涼宮さん?」

いけない、集中しすぎて黙りこんでいた。

「あのさ、古泉くんの用事ってなんなの?」
「アルバイトですよ」

即答。

「なんの?」
「えっとですね……」

一旦の間。

「クリスマスを盛り上げる為の裏方、というところでしょうか」
「ふーん、大変ね。今どこにいるの?」
「街中です」
「大変ね」
「ええ、それなりには。では失礼致します」

たったこれだけの短い通話は、数分と持たずに終わった。



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:15:39.32 ID:vf8X3sIrO
寂しいハルヒのクリスマス


30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:21:32.71 ID:ppLhad270
静けさのみな室内の中に置かれた私は、
それを埋めるべくの画策として新たにメモを書き加えることに励んだ。
古泉くんが居た場所は街中。それも恐らくは大通り。
これは雑踏の活気と、それに混じったクリスマスソングから導きだされた推察である。

……これで良し、と。

こんなことをやっても何の得にもならないんだけど、暇潰しくらいの役目は果たしてくれる。
あくまで、お腹が減るまでの暇つぶしね。
鍋を食べたら、私は帰っちゃうし。それまでよ。

ところで、さっきまでの私は何を考えていたんだっけ?



36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:34:49.64 ID:ppLhad270
とりあえずお茶を……って、お茶ばかりで飽きたわね。
学食の方に行って自動販売機でジュースを買いにいこう。
ええと、カーディガンを羽織ってと。

外行き用の衣服を整え、扉を捻って外へ。
直後、真っ暗な部室棟を抜けていった風に身が震えた。
単純に冷たかったから、というのもある。
だけど、それをさらに強調するかのように真っ暗に落ちていた辺りの風景が、
私の身体だけでなく、心の底から熱を奪っていくような感触に襲われたから身が震えたのだ。

見回す。

お隣のコンピューター研究部には明かりがついていない。
他の部室にもだ。
というより、今日に限って遅くまで残っている部活動なんて、
このSOS団くらいのもんだろう。むしろ、残っている人間は私だけかもしれない。

本格的に独りってやつだ。
別にいいけどね、そのくらい。

静かなお陰で、却って変に気が逸れないってものよ。



37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:44:44.75 ID:ppLhad270
あー……暗いわねぇ……。
廊下で誰かとすれ違うかも、なんて思っていたんだけど、
人の気配どころか学内の明かりが落とされているじゃないの。
廊下では消火栓の赤ランプや、非常灯の仄かな緑が唯一の明かり。
まるでオバケ屋敷ね。
こんな所で急に人が出てきちゃったりしたら、思わずびっくりしそうだ。

一応、誰かと出くわす心掛けくらいはしておこう。
部室に居た時のように声なんか上げちゃったらさ、笑われちゃうだろうし。
怖くなんかないけどね。全然よ、ええ。
むしろ、この瞬間に私とすれ違った人には洩れなく、鍋パーティへの参加資格を贈呈してあげるわ。
喜びなさい。ほら、そこの誰か。いるんでしょ、一人くらいはさ?

芯まで冷やしに掛かってくる廊下を、パタパタと響く足音と共に歩いていく。
結局、私の心掛けは徒労に終わることとなり、誰ともすれ違うことはなかった。



38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 15:56:25.57 ID:ppLhad270
温かいココアって美味しいわね。
暑い時期には見向きもされない飲み物ってだけはあるわ。
やっぱ、オールマイティより一部分に的を絞った方が質は上がるのよ。
そう、全体に対しての布陣を張るよりも一点集中型の布陣を張るべき。
転じて、私が電話を掛ける相手も誘いに乗り易そうな人物へと狙いを定めるべきなのよ。

で、思い当たったのは三名。
鶴屋、谷口、国木田。それに後の二人って年中、暇そうでもあるし。

って、志を低くしてどうすんのよ私は。
団員を労うパーティなんだから正式な団員達で執り行うべきでしょうに。
違うわよ、『この三人に断られたらどうしよう』なんて案じてはいないんだからね。
きっと、私が誘えば遥か三千里を渡り歩いた飛脚のように飛んでくるはずだから。

うん。でもやっぱやめとこう。



39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 16:05:55.83 ID:ppLhad270
じーっと携帯電話を睨んでみる。不意に鳴りだすかもしれない。
ほら、時計の秒針があるでしょ?
あれが今は真下辺りを指しているわけだけど、
私の予想によると真上に来たと同時に電話が掛かってくるから。
そんな気がするのよね、なんとなく。
あと、10秒、9、8、7……

……ほらね、掛かって来ないでしょ。そういう気がしてたのよ。
これはね、こちらが構えている時に限って物事は起こらないって例を示したかったの。
そもそも、電話なんて掛かって来なくてもいいし。
そんなことは望んでもいないんだから。

「きゃっ!?」

ほらね、掛かって来た。
これが油断すると起こるっていう実例よ。



44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 16:17:04.66 ID:ppLhad270
私はディスプレイを眺めてみた。
けれども相手が誰なのかは表示されておらず、非通知となっている。
イタズラ電話だろうか。だったら無視してもいいんだけど……。
ううん、暇だし出てあげよう。

「もしもし」

私は即座に応答したんだけど、それから相手の返答が来ない。
先の予想通りイタズラ電話なのかな。

「もしもし?」

もう一度、今度は疑問調に問い掛ける。

「す……ない」

電波が悪いのかしら?
声の合間々々がザザッとした雑音で割れている。

「誰?」
「わたし」

今回は幾分かクリアに聞き取れた。
その声質は透き通った様に平淡で、静けさが感じられるものであり、
だからこそ電話を掛けて来た相手が私にはわかった。

「有希?」
「そう」



45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 16:26:51.36 ID:ppLhad270
「電波状態が悪いみたいだけど、携帯から?」
「そう」
「いつの間に買っていたのよ。私、全然知らなかったのに」
「購入したのはさっき」
「そうなの?」
「……」

無言だけど、有希は電話の向こう側で頷いているんだろうな。

「まあいいわ。今度学校へ来た時、私にも番号を教えなさいよ?」
「わかった」

口数が少ないだけに表情が見えないと、本当に情報量が限られてしまうのねこの子。
体の線が細いんだし、外は冷えているから風邪とかを引いてなきゃいいんだけど。
雪山でも倒れちゃったことがあったし、ユキとは名ばかりで寒さには弱いみたいだしさ。

「それで、私に何か用事でも?」
「すまない」
「何がよ?」
「出席できなくて」

またなのか。
古泉くんも有希も、なんとも律義な奴ね。



46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 16:38:34.19 ID:ppLhad270
「古泉くんにも言ったんだけどさ、それはしょうがないってやつだから。
 有希も何か抜けられない用事があるんでしょ? だったらしょうがないわよ。うん、しょうがない!」

有希に言を取らせると瞬間的に沈黙されてしまい次へと繋げにくくなるので、
こちら側が相手の返答分までもを纏めて伝える。
もし間違っている部分があったら否定くらいはしてくるだろうし。

「ところで有希は何をやっているの?」
「……」

だんまり。
それから優に秒針が5歩ほど進んだ後、言葉が返ってきた。

「色々」

何もわかんないわよそれじゃ。
まあ、いいけど。

「そう、大変なのね」
「……」

有希から電話を切るなんてことはしなさそうだし、忙しそうだからこちらから切らなきゃね。

「じゃあ」



48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 16:50:08.48 ID:ppLhad270
「待って」
「……え、なに?」

予想外にも引き留められたので、やや返答が遅れた。
有希は考えるように時間をたっぷりと使い、それから切り出してきた。

「朝比奈みくるも、古泉一樹も、彼も、悪意や他意があるわけではない。
 純然とした理由によって各々の役目を果たさなければならず、
 それ故に今回、あなたの計画した催しを辞退せざるを得なかった」

え、なに?
急に語りだしちゃったわよこの子。

「これらはすべて急事であった為に不可避であると共に不可測であり、
 他の解決手段が見当たらなかった事も加えられて現状へと至っている」

小休止。もしくは溜め。
なのに私が口を挟む隙が感じられない。

「でも、信じて――」

突如として走ったノイズに有希の声が掻き消された。
何事かと慌てて呼びかけてみても返答は来ず、既に通話も切れていた。



50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 17:05:36.20 ID:ppLhad270
なんなの一体。
なんであんな不自然な切れ方をするのよ。
それに有希が口にしていた内容からも、普段とは一線を画す何かが感じ取れてきた。
さらには有希の語調もだ。
平淡な中にも僅かに別の要素が含まれているような気配、感覚。表情?

気になるじゃないの。
そういえば、団員達のなかで未だ電話を掛けていないのはみくるちゃんだけ。
有希の言葉も気になることだし、この際だから掛けてみようかしら。
思い立ったら即行動。電話帳から探し出してダイヤルする。

……が、しかし。

「お掛けになった電話番号は、電波の届かない所にあるか、電源が切られれているため掛かりません」

機械的なアナウンスによって、私はみくるちゃんとの交信が不可能だということを悟った。
なんだか変な感じね。或いは、ある種の予感というものなのかしら。
なんとなくだけどもう一度、キョンに掛けてみよう。

ところが。
それも予想通りというべきか、同じ内容のアナウンスが返ってくることとなり、
コール音すらもならないまま相手へと繋がることはなかった。



79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 19:52:29.90 ID:ppLhad270
役目を果たしてくれそうにない携帯電話をテーブルの上へと置き、窓際から外の様子を眺めてみる。
この行動には然したる意味もなく、動機もない。ただ椅子に座っているのに飽きただけだ。
外はというと相変わらず強風に見舞われているようで、
旧校舎間の広場に植えられている木々が乱暴に振られているのが見て取れた。
それより遠くの景色となると暗さと旧校舎の陰によって見通すことが叶わず、
だからといって窓を開け、寒い思いをしてまで見たいとも思わなかったので、
私は暫くの間、風に弄ばれる木々を眺めたのちに指定席へと戻った。

室内にある唯一の音素である時計が、カチリコチリと過ぎ去りゆく時間を告げている。

静かなものだ。それも驚くくらいに。
まるでここに居るのは……この世界に居るのは、私だけなんだというくらいに。
なんて比喩表現は、些か私には似つかわしくないような気がする。
ノスタルジックなんて願い下げね。もっとこう、アクティブでパラダイスな方向性であるべきだわ。

……でも、ちょっとだけ寂しいかな。



80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 20:04:06.06 ID:ppLhad270
テーブルの上に置いていた買い物袋を漁り、中から飴玉が詰まった袋を取り出す。
これは食後に行おうと考えていた『SOS団、新年に向けて』という名目での打ち合わせの際、
お茶菓子代わりとして用意していたものの一部だ。
鍋を食べてからにしようと考えていたから、これで本来とは口にすべき順番が逆になったことになる。
だから何ってことだけどさ。いいじゃん、別に。
鍋の前に飴を食べたらお腹が膨れる?
甘いものは別腹って奴よ。細かいことは気にしちゃダメダメ。

「はぁ……」

皆は忙しそうね。
それもそうか、クリスマスイブなんだし。
一般的には誰も彼もが何処かで誰かと何かを楽しんでいるんだろうから。
それこそ、みくるちゃんや有希や古泉くんやキョンだって例外じゃないのかもしれない。

なのに私は一人。
これだけは確かなこと。



83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 20:17:59.29 ID:ppLhad270
たぶん、世間が『特別な一日だ』と騒ぎ立てる影響なんだと思う。
だからこそ余計に、今この瞬間に一人きりで置かれているという自身の状況が、
12月24日という暦上では一年のうちの一日でしかないにせよ、
漠然としてはいるものの惨めで、情けないものとして感じられてしまう。
そういう行事毎によって自意識を引き摺られるのは嫌いなんだけどね。
それでも、こうも日本中どころか世界中で騒ぎたてられちゃあ、
目や耳に入れないように努めること自体が不可能というものだし、抗うのも無駄なことだ。

だから考えてしまう。
皆は何をしているんだろうって。

もしかして、私の誘いよりもそちらの方を優先したのかしら。
そりゃまあ換え難い大事なことってのはあるだろうしさ、
突然に舞い込んできた私の誘いなんて、先に取り付けておいた24日の約束に比べれば、
なんとも魅力なく邪魔臭いものかもしれないけど。

だけど、ね?



86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 20:30:49.37 ID:ppLhad270
これで飴玉、何個目だっけ?
空けた包装紙を数えればわかるかな……って、面倒そうだから数えるのはやめよ。

それにしても、こうやって静かな環境で考え事をするのって久しぶりね。
今までは常に隣に誰かが居たような気がするし、
私はというと四六時中何かに追われ、逆に追いかけていたような気がする。
それが今回のドタキャンという形の中止予報によって、
やるべきことや、やらなくちゃならないことが全て吹っ飛び、時間だけがぽっかりと空いてしまった。

まっこと宙ぶらりんでニュートラルな一時だ。

そういえば、これまでにSOS団を通して実に様々なことをやってきたっけ。
定期的に続けている不思議探索では、不可思議な物を探そうと思っても依然として見つかることはなかった。
けれども、旅行へ行ったり映画を造ったり、色んな体験は楽しい想い出として残っている。

残っている。
だけど、一つだけ拭い去れない疑問が残っているのもまた事実。
ずっとずっと感じていた疑問。違和感。

みんなってさ、私に隠し事をしていない?



89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 20:42:48.62 ID:ppLhad270
考えてもみれば思い当たる節なんて数多の如くよ。
みくるちゃんも古泉くんも有希も……キョンは知らんけど、
何かどうも他人行儀なのよね。手の内を明かさないというかさ。
上手く言えないんだけど一歩引いているというか、
一定の距離を保ち、付かず離れずでいることを調整していると表現するべきなのか。
なにかこう、見え隠れしているのよ。

続いてキョンだけど、
意志を露わにしないはずの有希と、妙に繋がっている雰囲気が伝わってくるのよね。
みくるちゃんともそうだし、古泉くんにしたって例外には漏れず。
何かこう、私と相対する時とは違った雰囲気を纏っているし、
それでいて各々は私の前に出るといつもと同じような振る舞いを取り繕うのだ。

まるで皆が皆して、それを私に悟られないようにしているかのように。



93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 21:02:39.89 ID:ppLhad270
あら、飴玉が無くなっちゃった。
噛み砕いていたから自覚をしないうちに早いペースで食べ尽くしていたらしい。
だったら甘いものを食べて喉が乾いちゃったし、またお茶でも淹れようか。

席を立って先例と同じく、ストーブ上のヤカンから湯を急須へと移し、
今度は急須内にお湯を長く留め過ぎないように注意を払い、湯呑みへと移す。
熱湯が注がれた湯呑みからはたちまち湯気が溢れ、
それが吹き飛んだあとの見事に透き通った薄緑色の水面には、私の表情が浮かび上がった。
思いのほか、暗い顔をしていたようだ。
それを認めるなりいつもの癖で慌てて取り繕おうとしたところで、
この場には誰も居ないことを再認識し、上辺を繕う代わりに溜息一つを零してからお茶を啜った。

なかなかの出来ね。みくるちゃんにはまだ及ばなそうだけど。

湯呑み片手に指定席へ戻る。
その際、椅子からギシリとの呻きで長く腰掛けていた私への抗議を申し立てられたので、
私は手近にあった別の椅子へと座りなおし、再びテーブルへと頬を付ける姿勢をとった。



94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 21:11:35.82 ID:ppLhad270
はぁ、またも思考が逸れちゃったわね。
取りあえず家にでも連絡を入れておこうかしら。
前日から予め言ってはおいたけどさ、夜も更け初めているので心配されちゃうかもしれないし。
えっと、電話帳を開いて家族、家族っと……

「お掛けになった電話番号は――」

まあ、そんな気はしたけどね。
いいわよもう、それはそれで。

私は一人。皆は別の場所でお楽しみ。

それでいいわよ。
考えるのも面倒くさいし。
皆は皆で、私を置いて楽しめばいいわ。
だって今日はクリスマス・イブ! 一年のうちで特別な一日!

企業の販売戦略なりサンタさんの存在意義なり、理由付けもなんでもいいわ。
あーもう、あほくさい。



97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 21:30:37.94 ID:ppLhad270
「クリスマスなんてさ、消えちゃえばいいのに」

自分でも生気のない声色だなと思った。
とはいえそれを改める必要もないから、別段焦りもしない。
だって、もう誰も居ないし来ないことも分かっているんだから。
いくら私が待ってみたところで、部室扉を豪快に開け放つなり、
「遅くなってすまん!」
のようにタイミング良く現れる奴なんているわけないんだから。

だからさ、いっそのことクリスマスと一緒に、消えちゃえばいいじゃん。全部。

面倒なのよね。色々とさ。
細々としたことを考えるのも、それらに付随する問題を処理しようと画策するのも。
もっとこう、スパーッと黒か白で割り切れたらいいのに。
ところが実際は表裏一体で、3を10で割ったようで、ごった煮で玉石混交で……

何を考えているのか判らなくなってきたわね。
ともかく、結論から言えば私もそういったものの一部って事よ。
つまりは割り切れないってこと。



98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 21:49:03.04 ID:ppLhad270
翌日まで、あと三十分を切っちゃったみたい。
このまま日付が変わっちゃうのかな。
たぶん誰も来ないんだろうけど、それでも、
あわよくば今から数分後には……いえ、それは無理だろうから、えっと、
明日になってしまう前には、私の前に皆が現れてくれればいいなって。

それまでは鍋もお預け。
だからって捨てる訳にもいかないし、午前零時になったら一人で食べちゃうからね。

そして、色々と有らぬ事を想像するのも止そう。
有希だって言っていたんだし。
『悪意は無いし他意もない』って。仕方がなかったとも付け足していた。
それに団員に信じろって言われたのに、頭として立っている団長が仲間を疑っちゃダメよね。

そうだ、あと三十分だけ待ってみよう。
きっと誰かが――

唐突だった。
静寂一辺倒だった室内に着信音が鳴り響いたのだ。
私は弾かれたように顔を上げると、すぐさま携帯電話を手に取って確かめる。
暫くぶりの着信は、みくるちゃんからのものだった。



102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 22:03:56.95 ID:ppLhad270
「あのぉ……も……もしー、聞こえま……」

酷いノイズだ。
辛うじて繋がっているというのが誰に説明されるまでもなく明白としてわかる。

「聴こえてるわ、みくるちゃんでしょ?」
「そうで……そ……ですか?」

何を訊ねられたんだろう。
みくるちゃんの背後では、あのクリスマスソングが途切れ途切れに鳴っている。
もう深夜だというのに、大通りに曲が掛かっている?
いえ、それ以上にそんな時間にどうして、みくるちゃんは大通りに?

「あの……」
「なに?」
「そっち…………ぷんですか?」
「聴こえないわ、もう一回言って」

ノイズは酷くなっていく一方だ。
どうしてこんなに電波状況が悪いんだろう。
あまり詳しくはないけれど、街中の人が電話を使うせいで回線状況が悪いのかしら。
なんにせよ意思の疎通がうまくとれない。噛み合わない。
みくるちゃんの不鮮明な問いを聴き受ける為、私は何度も訊き返し続けた。
その間にも着々と回線状況は悪化を一途を辿っていき、切れるかと思われた寸前、

「そっちは、何時何分ですか?」

ようやくにして質問の意図が繋がった。



104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 22:16:32.34 ID:ppLhad270
急がなければこちらから伝える前に通話が切れてしまうと直感したので、
質問の真意を考えるよりも前に、室内の時計で時間を確認する。
この時計はみくるちゃんが毎日調整しているものなので、
それに差異が生じているという可能性を考慮する必要は無いはずだ。

「23時、33分」
「何秒ですか!?」
「えっと……今、20秒をまわった」
「23時33分の24、25、26……」

みくるちゃんが刻々と秒数を読み上げていく。
それと全く同じタイミングで、室内の秒針も動いている。
まるで人間時報とでも評してあげたいくらいに正確そのものだ。

「えっと……待ってて……さい……きっと――」

次いで、今までギリギリの線で保たれていた通話回線も、
その役目を終えたように途切れてしまい、私はまたも一人で取り残されることが決まった。



108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 22:33:26.63 ID:ppLhad270
どうして時間を訪ねてきたんだろう。
時刻を確かめる目的なら手元の時計でも事足りるはずだし、
第一、私へと掛けてきた携帯電話には時計機能くらい付いているはずなのに。
そしてやっぱり、御多分に漏れずに焦っていたことも気に掛かる。
どういう訳か団員達それぞれが何かに追われながら行動している。
皆が皆、何かに急かされるように奔走している。それは間違いない。

一応、みくるちゃんのことも現在時刻と共にメモしておこう。
私は念を込めて事細かに書き込み、メモは制服のポケットの中へと仕舞った。

それから時計を睨み付ける。
睨んだところで長針は躊躇なく進み続け、早くも45分を越えようとしている。

何が起こっているのかはわからない。
だけど、何かが起こっているのは――間違いないのかもしれない。



110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 22:47:52.31 ID:ppLhad270
何故だろう。酷く落ち着かない。
秒針が一呼吸の間もなく進み続ける度に、
私の中へじわりじわりと忍び込んでくるような焦りが募ってしまう。

団員達の心情が私へも移ったんだろうか。
だからこそ私も、こうやって何かに急かされるような心境へと追いやられているのだろうか。

いえ、少なくとも皆は私を追いこもうとして行動しているわけではない。
たぶん、その逆なんだと思う。
確信はない。でも、そう思う。違う、思いたい。

このままではいけない。
このまま明日を迎えては、絶対に駄目だ。
そんな気がする。

だからお願い。誰か来て。



112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 23:06:23.61 ID:ppLhad270
その直後だった。
部室扉が勢いよく開け放たれたのは。
そこに立っていたのは一人。
勢いよく扉を開け放った割には酷く疲れた顔で、

「遅くなっちまったな」

と苦笑いを携えつつ面白身の無い一言を呈してきた。
全力で走っていたのか肩で息をしており、何故か全身がズブ濡れとなっている。

「なにやってたのよ?」
「ほら、最近寒いだろ。人間ってのは不思議なもんでな、
 長らく嗜んでいないものには衝動的な欲求を抱いちまうんだよ。
 まあ要するに、夏が恋しくなった俺は水浴びをしていたので遅れたというわけだ」

もう少しくらい笑える回答をしてくれればいいのに。

「馬鹿じゃないの」
「お前だってこんな時間にまで律義に待ってて、馬鹿じゃないのか? こっちは用事があると言ったってのに」
「暇だったのよ。なんとなくね」
「そうかい。じゃあ、今から始めるとするか……と言いたい所なんだけどな」
「どうしたのよ?」

キョンが上着を脱ぎ捨て、どかっと椅子に腰を落ち着けてから告げた。

「すぐに皆が来る。それまで待っててくれ。ちょいと予定外の奴等もいるけどな。それくらい、いいだろ?」

皆も来てくれたんだ。

「ま、しょうがないわね。遅れた分のお咎めは、所用に免じて無しにしてあげるわ」



117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 23:24:21.66 ID:ppLhad270
取り敢えず部室の床が濡れるのが嫌だったので、
棚から取り出したタオルをキョンに投げつけてやった。

「もう少し労ってくれよ」
「こんな時期に水浴びなんかしてたからよ。ところで、予定外の人って誰?」
「見りゃわかる。ほれ、足音が聴こえてきた」

キョンの言う通り複数の足音がこちらへ近づいてくる。
やがて、皆が続々と姿を現した。

「すみません、引き継ぎの関係でアルバイトの方が長引いてしまいまして」

最初に入って来たのは疲労が見え隠れするものの、平時通りのスマイルを絶やさない古泉くんだ。
って、頬の所を怪我してない?

「人混みがごった返した時に、ぶつけてしまいまして。大したものではありません」
「そう?」
「ええ、お気になさらずに。その心遣いに感謝致します、団長殿」

キョンと同じく椅子に靠れるなり、テーブルに両肘をついている。
疲れている様子を繕いもしないなんて、相当に疲弊しているらしい。



121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 23:39:26.35 ID:ppLhad270
次は有希。

「って有希、あんた大丈夫なの!?」
「……」

返事がないのはいつもの事だけど、
それを差し引いても余りあるほどに疲労困憊な様子だ。
だって、両の眼が今にも閉じてしまいそうなくらいに引っ付きかけている。
歩みもふらふらと不確かで、ちょいと肩でも押せば倒れ込んでしまいそうなほどに弱々しい。

「ほら、座りなさい」

ストーブの前へ椅子を差し出し、誘導するように手を引いて導く。
その体が物凄く軽かった。手を引いているのになんの抵抗力も感じられないのだ。
ほどなくして椅子へと座り込んだ有希は、ユラリユラリと頭を揺らし始めた。

「風邪でも引ちゃったの?」
「……そうなのかもしれない」

やっぱり寒さには弱いんだ。酷くそれに眠そうだし。
私は少しでもマシになればとの思いで自身のカーディガンを抜き取り、有希の肩へと掛けた。

「おい、俺とはずいぶん扱いが違わないか?」
「あんたは自業自得でしょうが。有希は女の子なんだから労って当然よ」
「くそっ、格差社会かよ」

あんたは一々、文句を垂れないと気が済まないのかな?



123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/24(水) 23:49:27.00 ID:ppLhad270
「すみませぇーん、遅くなっちゃいましたー」

それからみくるちゃん。
何故かこちらも、キョンと同じく全身ズブ濡れのご様子だ。

「もしかして、キョンの馬鹿と並んで水浴びでもしてたの?」
「そんなつもりじゃなかったんですけど、その、手違いと言いますか……」

みくるちゃんが言葉の途中で、可愛らしいクシャミを一つ。
なんか、追及するのも馬鹿らしくなっちゃったわね。

「タオルあげるから、体を拭いて髪も乾かしてから衣装にでも着替えときなさい」
「すみませぇーん」

まったく、突発的な豪雨でも降ったのかな。
ここら辺には風しかなかったというのに不思議なものね。
ま、それも今はいいか。今は、ね。ふふ。

それから次は……



125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 00:05:02.90 ID:L0vyFpLX0
「やっ、こんばんは。お邪魔させてもらうね」

気さくに挨拶をしてきた相手は、私にとって予定外も予定外な人物だった。
状況を察したのかキョンが補足してくる。

「佐々木には色々と世話になったからな。混ぜてやってくれ」

それと同時に、相手からもニコリと愛嬌良く笑い掛けられた。完璧な笑顔ね。
他の面々も、彼女の参加を認める方向へ一票を投じていく。
これじゃあ断れないじゃないの。いえ、特に断る理由もないけど。

「まあいいわ、楽しくやりましょう! それじゃあ皆、SOS団の――」
「ちょっと待って!」

あれ、まだ居たんだ。

「もしかしてあたしのこと、忘れてたのかい?」

そんなことないけど。
と、またもキョンが補足。

「鶴屋さんも呼んでおいた。というか付いてきた」

そうなんだ。よろしく。



128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 00:18:26.88 ID:L0vyFpLX0
「それじゃ、みくるちゃんは早いとこ着替えなさい。だからキョン!」
「へいへい、外へ出てればいいんでしょう」
「そういうこと」
「俺だってズブ濡れなのに」
「だったら、教室なり他の部室なりにでも行って置いてあるジャージをパクってくればいいわ」
「平然と犯罪幇助をするもんじゃないぞ。ま、俺は自分のがあるからいいけど」
「わかったらさっさと外へ」
「へーい」

古泉くんは言わずして自ら進み出ていった。
さてと、それじゃあ準備にでも取り掛かろうかしら。
といっても既に食材は切ってあるから、スープを入れて鍋を火に掛けて、具材煮込むだけなんだけど。
他の人達は疲れていそうだし、ゲストに頼む訳にもいかないから、私がやるしかないわね。

はぁ、しょうがないわね。
いいけどね、別にこれくらいは。



131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 00:35:05.73 ID:L0vyFpLX0
キョンがジャージに着替えて戻って来たので、思いっきり笑ってやった。

「お前なぁ、人の苦労も知らないで」
「なによ? 言いたいんなら事細かに聴いてあげるけど?」
「やめとく。余計に笑いの種にされそうだからな」

古泉くんに視線を振ってみると、肩を竦めて返された。
どうやらキョンと同じく語るに足りない内容だという主張なんだろう。
有希は眠そうだし、みくるちゃんは体を震わせながらストーブに張り付いているし、
ゲスト二人組は互いに口数多く歓談に勤しんでいる。
私は、人数分だけ淹れてテーブルに並べておいたお茶を一つだけ手に取り、をキョンへと渡した。

「飲んでみてよ」
「お前が淹れたのか?」
「当り前よ」
「珍しいこともあるもんだな。明日は槍でも降るんじゃないのか?」
「いいから、さっさと飲め」

キョンが神妙に眉間を顰め、そろりと一口啜る。
そんなに警戒しなくてもいいでしょうに。

「どう?」
「……美味い」

考え込むように評価された。続けて訊ねる。

「みくるちゃんとどっちが上?」
「そりゃ比べるまでもなく朝比奈さんに決まっている。月とスッポンだ」

早口で以って即答したキョンの脛を、すかさず蹴飛ばしてやった。



138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 01:08:07.44 ID:L0vyFpLX0
鍋の中で煮えゆく具材の様子を探りながら、私は今日の出来事を回想していた。

まずは何はともあれ、良かったなという安堵が一番にして感じられる。
あの時私が苛まれていた焦りや、侘しさ、疑念、不信感、怒り、その他諸々の雑多な感情群。
そしてそれらに追随するかのように各団員達が追われ、切迫していた空気も、
今となっては晴れ渡った冬空の如くに澄み切り、完璧に振り払うことが出来た……のだと思う。

少なくとも、疲れ交じりの笑顔で言葉を酌み交わす団員達を眺めていると、
今の私が抱いている心境は当たらずとも遠からずといったものであるはずだ。

それに、なんとなく確信してしまった。
明らかに何かがあったというのに、それを語ろうとはしない団員達。
そして、所用があったと口にしていたはずなのに、最終的にはこうやって駆け付けてくれた人達。

もしかするとだけど、皆は――いえ、ここから先は私の心内に仕舞っておこう。

ただ、私はもう少しくらいは皆を信用するべきかなって。それだけは戒めとして念頭に置いておかないと。
加えて、団員達との付き合い方にも改善すべき点が多々見つかったような気がする。
主に、私の方にね。

さあて、待ちに待った鍋もようやく食べごろを迎えたようだわ。
一体、この瞬間をどれだけ私が待ちわびたことか。まあ、それを望んだのはこの私自身なんだけどさ。
とにかく、今言うべきことはこれしかないでしょう。

「メリークリスマス! これからもよろしくね、皆!」

時計の針は、既に午前零時を廻っていた。
イブで燃え尽きた世間様へと見せ付ける様に、今日は朝まで騒がなきゃね。




ハルヒ「メリークリスマス!」その2へ続く

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この記事へのコメント
  1. Posted by   at 2008年12月26日 00:33
  2. 純粋に面白かった
    30分間読みふけってしまったぜ
  3. Posted by 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 at 2008年12月26日 01:01
  4. 自分もだ。
    それにしても佐々木人気だなぁ。
  5. Posted by ★ at 2008年12月26日 01:52
  6. 過大評価かもしらんが原作読んでる気分になった
  7. Posted by 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 at 2008年12月26日 02:49
  8. 3に同じ
  9. Posted by 管理人 at 2008年12月26日 03:02
  10. 続きあるかもです
  11. Posted by 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 at 2008年12月26日 03:37
  12. 強引
  13. Posted by ・ at 2008年12月26日 03:48
  14. 3は10で割りきれるんだぜ
  15. Posted by at 2008年12月26日 07:35
  16. 普通にハルヒっぽい
  17. Posted by 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 at 2008年12月26日 07:48
  18. 面白いな。
    ハルヒ視点で、こういう内省的で賢そうな文、
    というのがいい。
    つーか可愛いぞハルヒ。

    ところどころ言い回しにおかしい箇所もあるが、
    逆に言えばそれが目立つぐらい、全体はしっかりした文章だ。
  19. Posted by 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 at 2008年12月26日 10:56
  20. ちょっと賢そうにみせるためか、
    間違った所が多々あるが純粋に面白い!!