November 01, 2009

自分でツメきり

(^コ^): こないだから、ツメ、自分で切れるようになってん。

(^w^): そうなん、今までは切ってもらってたんや。

(^コ^): うん。
あーーっ楽になったわーっ
だって気ぃ使うもん。
おかあさんも、大変そうやったし。痛いときもあったし。

晩御飯の後の食卓にて。 
・・・・あ、手洗ったかなぁ? 洗ったよ、などの続きで、こんなのびやかなコメントを聴いていて、思い出したこと、いつも気付いておこうと思うこと。

支援や世話をする側が、‘される側' の人に合わせてもらっているのだ、

という事実。

まぁ家族や親子なら、もっとイロイロ自己表現(露骨な要求や無理や我慢、もっとそれを超えたところ)があるのだろうけれど、
ケアを‘仕事’(専門家かどうか、有給か、無償ということは関係なく)にする場合は、ほぼ間違いなくそうなんだそうだ。

そんなふうに、ずっと以前にどこかで、重度身体障がい者に接している人のエッセイを読んで、納得した。
‘される側’の人が、世話する者たちの癖や性格に合わせて、体の位置やサービス内容の濃淡、話題まで変えているのだと。

だからといって、「してあげてるとか思っちゃいけないのだ」とか、「仕事なのだからもっとちゃんとせんとあかん」とか、「有り難くケアさせてもらっていると思わなくては」、なんて言うつもりはない。
むしろそういう理由づけは要らなくて・・・・、人と人、上も下も後先も貴賎もなく、互いにそのままそこにいて尊重し合えることがとても大切でとうとく、・・・しかしそれでもうまくいかないことがたくさんある、ということを知っておきたい、と思っている。

人助け、ボランティア、ましてや地域福祉やら子育て支援、などというカテゴリーで仕事をしていると、実はこんな当たり前の思いや関係性、その仕事に対して、偽善(者)などと思いたい人もいるようで・・・、関わる人・支える人がそういわれるのを嫌うところもあって、どうもこっちから先回りしてごちゃごちゃと言い訳をする癖があった。

わが社の理念はコレコレで、当該事業の目的は云々、社会的ニーズがどうのこうの・・・・と。

そんな「大義名分」は、実は面倒くさいし、後付けで良いのだった。
 
「言い訳はいい。行動し、思いを伝えていこう。」
「困っている人がいたら、自分がその時できることをする、
努力するのが自然。」

そのことを、スタッフや周囲のサポーター、こどもたちや親、という仲間たちが、屁理屈好きの私に、ずっと教えてくれている。
おかげで、ほんとに肝が据わってきた、強くなったな、と実感している。ありがたいことです。

ソーラーフクイケを覗く目の前の小さい人は、わたし(・・・の前・中・奥・周り)を全〜部わかっていてくれる、という安心感が、今の私には感じられるようになった。 
隠してもつくろっても、ムダだしね。


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September 29, 2009

Unpluged‘RakuJuku’

10日経っちゃった。WAQ燻製の一日。

神々の燻製昼間は焼き芋。
風がきついので、我輩なりの工夫をしたよ。

子どもの頃、火遊びに凝っていた時があった。焚き火。
一度だけ、母が外からすっとんで帰ってきた(そしておそらく記憶も無くなるほどこっぴどく叱られた)ことがあるけど、その後もやめなかった。
むしろ近所の人や友だちが寄ってくるようにもなって、自分としてはいい気になっていたけど、今思えばあれは、地域の「保護監督」だったわけだな。

人間は、炎を使って・崇めて・畏れて、発展なり破壊なりをしてきたので、幾つになっても‘炎を扱う’ことをやめない方が良い、と聞いたことがある。
炎を見ると、本能的に目覚めるからだという。

同日夜。楽塾メンバーとの再会は、半年以上が経っていた。
みんな元気で、ほんとにちょっとびっくりした。
(自分は自分をここ1年でだいぶ老けたように感じているから、そのギャップ。)

ギリッギリまで主題設定に彷徨っていたところ、
「母の次は、父なんじゃない?」
・・・教えてくれたのは、地元の姐さんたち。

事務局T氏は、私の思いつきで蝋燭買いに走らされ。

前略おとうさまの燻製みんな、「おとうさん」ということを、とっても大事に思っているんだ。
たとえ「大っ嫌いだ!」というような強い気持ちでも、大切に思っているからなのだ、マイナスじゃないんだ、ということが、実感として分かったような気がした。

蝋燭の灯りに寄せて、初めてしたためてみた、「お父さん」への手紙。
  
 自分の父、自分が父、
     わが子の父、知らない父へ…


父という字は、いっぱい泣いてるなぁ、と今気がついた。
あの時もし密室で一人でいたら、できる限り大きく嗚咽して、魂の脱皮を企んだろう。

ひとりひとりの蝋燭が燃え盛り、再び電灯が点いてしばらくしてから、部屋中が煙って、室温がかなり上がっていて、蝋の匂いが充満していたことに、やっと気がついた。

電灯に切り替わると、そこでシンミリしたり、ふりかえったりするのが却って惜しく、その後の食事会では、風俗的世俗的なことを大きな声で滑稽に喋ってみたものさ。



 ちょっと読み返してみた参考図書
  『お父さんには言えないこと』 清水ちなみ編
  『日本の名随筆49 父』 山田太一編

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September 22, 2009

猫論で、チャイコフスキーにこんにちは。

本日も暮れていったなぁ…
今のうちにあれもこれもしとかないかん、と思うけれど、なかなか難しい。

ラジオから、「ではリクエストでチャイコフスキーを…」と聞こえてきた。
あぁあの曲だといいのに、と思っていたら、それがアナログ音で流れてきた。
曲名は、知らない。
何とか何とかの、第3楽章だそうだ。
リクエストの主は、まこと典雅なことに、ルー大柴氏とのこと。
続いて、シューベルトのピアノ。
これは、日曜の朝のクラシック音楽番組のテーマ曲になっていた。

高尚がるつもりはないが、母がいた頃の日曜日の午前中の、柔らかい陽射しなんかを思い出す。
聴きたいと思っていたらそのまま2曲とも流れてきたので、自分の中の鈍重な郷愁が、ちょっと驚いた。
でも以前に偶然聴いた時のように哀情を湧き立てることもなく、淡々とさっき横になったまま呆然と想念していた(コレをわQ語で「猫論(ねころ)ぶ」とゆう)ことを、徒然でも文字にしてみようかと起き上がった次第。

‘おやこぅこぅ’のことである。
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September 21, 2009

川の字エナジー

夜、食後に女の子たちと話していて、そのセンスの良い台詞に感服して笑ってしまったことがある。

それは、

  最近ほんとに川の字になって寝てるねん

というもの。

パパは帰ってくるのが一番最後で、起きるのが一番最初。
だから、お父さんはドアの近くの左側。
その隣がお母さんで、真ん中。
自分は一番部屋の奥(右側)で、一番寝るのが早く、起きるのは一番最後。

最近、母親の背を越したから(ほんとに川の字になった)、という前提。


前後に、好きな匂いの話をしていたんだと思う。

その子は、
目が覚めてから起き上がるまでの間に毎日必ず、父親の布団の抜け殻まで転がっていき、その布団に包(くる)まって、母親が家事をする姿を眺める・・・・お父さんの匂いが大好きだから

と、照れたように言う。

この幸せな抜け殻の事実を、父・企業戦士Nレンジャー氏はご存知なのだろうか。
でなければ、是非お知らせしたい。
日々深夜に一人倒れこむ布団に、愛娘の抱擁を感じているからお節介は不要だろうか。

他の子とも、
お父さんとお母さんの匂いが一番好きで、一緒の家に住んでいても匂いは全然違って、お父さんは煙草や会社やお店のいろんなにおい、男むさい、ちょっと汗クサイのがなおよろしい
というようなところで合致していた。

ところで、私も結構にほふ。
通りすがっただけの私不在の空間に向かって、ワクさん居る?とか言われたことが何度かある・・・・


私の場合、3歳から一人部屋をもらっていた。(欧米かっ。)
よく一人でおり、寝るようにもしたのは、自分の意志と現代女子のための自立教育であるが、よく夜泣きをしたり同じ悪夢に悩んだりしたのは、おそらくそのせいでもある。
今日一日の不安や焦燥を、眠りの前に安穏と融和することが難しかったのだ。
手を焼きながらも夜中だと父親が抱いてくれると分かってそれを無意識の中に求め、天井にヤモリがおるだのアルマジロが追いかけてくるだのと半ば演じ、最後は意地になって薄目で明け方まで泣き叫んでやったものだ。

さらに余談。
一昨年だったか、父親がくれた化粧水の匂いを嗅いで、しばらく放心したことがある。
それが母の匂いの一部だと分かるまで、数日じっと考えていなくてはならなかった。
(コレは10年ものだぜ〜と言ってニヤニヤ笑っていたが、もっと古いんじゃないのっ?)続きを読む

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September 15, 2009

君ら、解放されてきたねぇ・・・

hanab in Fukuchi まっ裸になって運動場を走ったら、
  神様になれるねんぞ


って言われたから・・・、
らしい。

走り回った男の子が、何人かいる。
夏休みの終わりごろの、黄昏時。
目撃者が多数いる中、私は「現場を見ていないのでコメントできない」が、事情聴取をいたすと、高学年生が(強制的な命令でもなく)おふざけで言ったことについて、数名がまんまと乗っかってしまった、とのことである。

古来元来、祭りや祈りは‘このような感じ’であったはずだし、
また、今のうちにやっておくことかもしれん(成人してから裸で走り回ってはいけない)・・・
とか何とか思ってしまい、まともな注意は他のスタッフに任せる。


「預言」を発した男子については、この前の日に、運動場の真ん中にひとり大の字で仰向けに倒れていて、

     ぅぁああああっっぅ、
     気持ちいぃ〜っ!!!!


と叫んでいたから、本当に何らかの天賦の啓示があったのかもしれんし。


また別の「神様」は、別の日の夕暮れ時に、今度は「しずかちゃん」を裸にしていろいろしていた。ドラえもん世代の定番である。
でも、二人でものすごい開放的な大きな声で‘そうゆうオトコの妄想’を物語るので、

  ・・・あのさぁ、君たち、わたしたち(成人女性)がいるんですけど。気にならないんかなぁ。

というと、

    え、別にいいねん。
    でも、お母さんの前で言ったら叱られるから

とぞあっさりのたまひける …・。・)…・。・)

でもお母さんに会ったら、駆け寄って開口一番、

    あ、お母さんおかえりっ、ボクたちな、今、
    エロスな話をしててん


と、大声でかわいく報告していた。
母は微笑みながら首をかしげ、私も噛み合わない言動に合点はいかないが、・・・健全な感じがして、一緒に笑った。


<以下、R10>続きを読む

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September 13, 2009

オンナの悪癖

びよういんが苦手なのである。
私だけではないと思う。

最近髪の毛伸びてからは、半年に1回くらいしか行かない。
短くしているときは、知り合いに夜来て切ってもらっていた。
今は、15年ほど前から知っている店に行く。
良きこだわりや付き合いがあるわけではない。
金儲けにシビアで派手な経営をする店で、照れるぐらいのアキンドなんである。
でも美容師(今は管理職)は同い年の人で、喋れる時は、スタッフに関する云々や個人的な話を聞いたりして小さい会議のようにもなり、まあまあ、やっとわりと苦痛ではなくなってきている。
(お互いオトナになったからな。)
しかし総じて、自分にとってはすご〜い大金を支払って、逃げ帰ってくる。

大金があったらやりたいことの一つ。
脱「美容院」・散髪ビジネス。

   月曜も営業するし、出張もする。
   鉱物系不使用。
   お客さんにとって、要らないオーダーはつけない。
   そんなわけだから、業界の組合には入らない。
 
理由はやっぱり、嫌いだから、危ないと思っているからである。
(そういえば、私の仕事の領域について「子ども、好きなんですねー」って言われるのも、ちょっと反応するのにだるい時あるねんなぁ。)

まず、鏡は要らん。
なんであんな非日常的不恰好な自分の様態変化のプロセスを、大画面で映し出されなくてはいかんのであるか。
できるだけ鏡を見たくない人もいるはず。

石油シャンプーや、ヌルヌルのトリイトメントも、要らない。
自分もやってしまっているが、パーマや毛染めは初めから終わりまで「毒」なのである。
美容師の、手荒れを通り越して病んでしまった手指は痛々しい。

なのに、スタイリング剤やサプリメントを売りつけられて、業界ネットワークビヂネスに加担したくない。 

ヘアカタログやファッション誌、ゴシップ雑誌も、見ないので私には勧めないでほしい。
(でも『女性自身』に写真出たことあるねん〜v(^ム^;)v)

「ご主人のお好きなヘアスタイルは」という質問には、本気で沈没する。

わたしの主は、わたしである。   
(最低でも、相手見て言えよ。
 でもそう言い返したくなくなるところがミソだ。)
自分で髪が切れないから、わざわざ出向いて技術を託しているのである。
たとえ親の援助だろうと夫の稼ぎだろうと、金の出処を気遣って卑下したり媚びる必要はない。
結局「世の中金が全て」と実況してるのと同じだ。

・・・で、上記を象徴するような美容業界に独特な言葉遣い(リップサービス)が、一番鬱陶しい。
  お湯加減いかがですか
  流したりないところはないですか
などは、黙っといてやるのだ、元気なときは。

しかし中でも、いつの頃からか聞こえてきた

   お肌にこのクリームをなじませてあげて〜
   まずは〜、根元から乾かしてあげてください

という、翻訳不能な言い回し。そんな、甘えた文化。
(不愉快だからそんなふうに言わないでねと言いたいが、もうちょっと我慢したら帰れると思ったら萎えてしまう。)

なんで自分の体の一部を、行動を、かように客体化せねばいかんのか。
これでほんまに癒され慰められ、高められている気分になるとしたら、少し危ないんじゃないか?
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September 06, 2009

え?2ヶ月ぶり・・・

夏休みが終わって、……どう?
などと、(ものすごく遠慮がちで思慮深い)にいさんねえさん方からのお問い合わせを、うれしむ。
我輩は、元気です。

年々発症が早まっていた夏バテ貧血症状も、今年は薄い。
(しょうが系糖類飲料と、変な形状の足首ソックスのおかげでもある。)


しかし9月です。

国民「のみなさま」ってゆーな。ご負担をお願いする、ですと。
天上人の言葉遣いには違和感もありつつ、(見飽きて)麻痺してくる自分も恥ずかしくなる。

新しい政権に「期待」するだけでは、われわれ国民のみなさまの依頼心は癒えてゆかない。

あ、こーふくじつげん党のことをマスメディアの誰もが触れないのは何だ。


hachinosuHIMAWARIなどと、リアルなひとごとはぶつぶつ思いつつ、
想念のレベルを超えて胸に去来し杭打つ思い、それに呼応するように起こってゆく大事な身の周りの現象をば、書き留めることも語ることもなく、やはり夏は過ぎていった。続きを読む

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July 12, 2009

LGBT 〜自らに性的違和のあるヤングたちへ〜

コルネットLGBT ←Wikiでは情報量が膨大すぎたのでこちら。

かたつむりの自覚と併走するように、ずーっと思っていることがある。



人間が愛し合うことに雄も雌もない

ということ。


今わからなくていい。
できるだけ体にメスを入れないで、と思う。
言葉遊びじゃない。

メスを入れたら、本来的な老化と全く違うルートで体が弱る。
薬だって、殆ど一生飲み続ける。
その後、何度もメスを入れることもある。
病気じゃなかったのに、病気になってしまう。

同い年の知り合いが、はっきり言ってた。
適合手術を受けたことを「後悔してる」と。
まず、術後の激しい傷みが去ってから気がついた。
「性欲がなくなっちゃった」というのだ。
ヘテロセクシャルの理屈では、そらもう何のこっちゃ、というわけだ。
よくあることなのだそうだが、本当に後悔したのは、15年後。
最近になって心底から愛する人に出会うことが出来て、考えが変わった。
変えなくても良かったのに、と。
本当に愛されているからそう思うんだろう、と私はしっくりくる。

他人から興味の目で見られ続けることは(本人としては)覚悟の上としても・・・、恋人と一緒のところを、突然見知らぬ輩たちから言われなき暴力を受けて大怪我を負った友だちもいる。

(事件には関係ないが、「(その子↑は)オトコとも付き合ってたことあるし、中途半端な奴だ」と仲間うちから非難されていたらしい。「なんやそれ、人それぞれやんか」とあっさり反論してきた友人<フェミニンな女性>を私は密かに尊敬した。10年以上前のこと。)

別の人は、普段男性として生きていて、
『ちょっと仲良くなった友だちから「仕事終わったらフロ行こうぜ」と誘われても、「いゃ〜、オレ今生理中やねん」とか言われへんしな〜』・・・・。

本人が笑い話にしてるから強い。
でも例えば彼だって、社会的日常生活を送る上で頻発する、免許証などの「I.D.」を誰かに見せることには、極めて強烈な自己否定を伴う拒絶反応があるという。

よって、個人の能力や特性、希望とは違うところで、アングラな世界に入っていってしまう。
それは実は、本人の責任や意志ではない。
何か。
追いやっている「文化」があるのだ。

自分のことがわからなかった幼少期、孤独過ぎて死にそうだった思春期をやっと乗り越えたのに、体を傷めつけることない。
その後の「生殖期」に、社会環境に惑わされて、カタチにとらわれて、早急に、切ったり入れたりは、出来るだけしないほうがいい。

やっと変われる、自由(で特別)な世界に住めると思うのは、一時期のまやかしかもしれない。
見世物にならなくていい。
マスの商売に乗るな。
本当のことは、まだ目に見えない、手に取れない。
充分にサバイブして(生き抜いて)からだ。
今側にいる人の教えや情報だけに、頼ってしまってはいけない。


せいどういつせいしょうがい
という言葉ができて、
手術したら戸籍上の性別も変えてあげましょう
という法律も出来たようだ。

立法や支援(医療)や、周囲の「理解」や努力は勿論要る。
その時は、あまり悪いことは皆言わない。
でも「支援」を受けた後は「自己責任」「あなたの問題」って言われるんだ。

繰り返すようだけど、だから、今すぐ恩恵を受けなくてもいい。
特別なコミュニティだけに生きなくても、きっと大丈夫。
みんなみんな違う。
本当は、みんなもっと自由。
そのままで、したい勉強や仕事を頑張れて、もしかしていつかどこかで信頼出来る、安心&好きな人に出会えたらOKじゃないか。

たくさんの人から笑われて避けられて蔑まれていたとしても、
心からそうしない(思わない)人たちも、ちゃんといっぱい居るから。
「可哀相」なんて、わたしは絶対に思ってあげない。

これから何十年も、生き抜いていくんだよ。
正しいようなことを言う人がいても、わたしたちはその人の体と心を生きているんじゃない。
自分がどう感じているか、感じたいかが大事なんだ。
「自分が何者なのか」は、誰もが一生悩み続けていくことなんだ。
いつか自分の心と体を、しっかりと引き受けて生きていけるように。
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July 09, 2009

RENSHI

自分のことをカタツムリみたいな奴・・・と思ったことがある。

だらだらしている。
のろのろしてるくせに方向音痴なので、
 どこに居るかわからない。
ときに前後不覚。
 自分でもどこに行くかもわからない。
でもあしあとはぬめぬめと残る。

角や槍なんか、ほんとは持ってない。
そして、割と閉じこもる。
食べたもん色のウンコする


・・・ふむー。ー)
気に入った。  

だから、ちょっと「自分」の生態について調べてみた。
そしたらもっと合致した。

雌雄同体、というではないか。

「雄」ということになると、「そうする」らしい。
その名も、恋矢(RENSHI)という。
センスのいい名だ。

・・・そんな話をSUZUKISSにしたら、
しばしの沈黙の後、

  どうやって決めるんですかねぇ・・・
  出会ってから、あ、君どっちする?
  って感じですか

そうだ、気合いだ。
いや、居合いだ。よくわからんが。
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July 01, 2009

世話になるで

今さらですが、(はやりもんが苦手なので)
先々週ぐらいに、うえのちづこ『おひとりさまの老後』他、
読んでたんだな。
勧められて。(なぜか。)

(-フ-)・・・と思うところはあるけど、スマートなところが、俺様にはスルーだったな。
何しろアップタウン、トーキョーのかほりがしたぜ。

思い起こすこと。
よくある、

     人に迷惑かけたらいかん

という教えは、まぁ良しとしよう。
でも現実には、「迷惑にならないように」とココロしておったとしても、日々人と人とは‘迷惑かけながら’のお互い様である。

特に、家族。
笑うしかないのぞ、家族。
どこまでを家族というのか分からんが、とにかく。

だからというか、でもというか、

迷惑かけんように、
人の世話にならんように、ばっかりも妙なもんだよ。
  
特に、弱い立場の人は、その部分で「迷惑や面倒をかけちゃいけない」とばかり思わされちゃいけない。

(『おひとりさま・・・』は、人の世話にならんように!と忠告するような本ではありませんが。)


・・・などとグダグダ思っていたら、昨日、電車内で読んでいたブックレットに書いてあったことが、率直で良かった。

   あなたにはあなたの人生があるから、
     私(親など)は年を取っても
        あなたたちの世話にはならない。

 と言うことは、実は子どもたちの幸せにつながらない。
しっかり愛して甘えさせてもらって、お世話になった大人を世話したいと思うことは、大切な人間の情である。

だから、「年をとったらあなたたちの世話になりたい」と言い、そう思って良いのだ、と。


・・・そうなんよ。
そうも言っといてくれないと寂しいし、結果としてまわりくどいことになる。

『子どもからの警鐘 〜思春期を見通した保育を〜』という、教育心理学の先生(文章は多分別のライターが書いてる)の薄い本だけど、ほんとそうだよなーと思うことがいっぱいだった。
うえのちづこ本の100分の1も売れてないだろうけど。
もちろん、親と子の関係を密に、とかそういう論旨ではない。
 
  自分さがしではなく「自分づくり」を試みる人生
  今グレてる子が50までグレているわけではない
  (教師や保育者は)相手の生活の地平に立って
  双方向の関わりを・・・・など。
こっちの方がにやける。

どうせ世話も面倒も迷惑もかけるんだから、申し訳ないすみませんごめんなさい恐れ入ります恐縮ですばっかりでは、ストレスもたまりかねる。
それよりも、ありがとうサンキューと相手の懐に入ってすっきり世話になってしまえ。
「あぁ、そこはイヤ」と言えれば、なお良し。

・・・そんな天心爛漫なオババになれるのかどうかは甚(はなは)だアヤシイが。
お世話になる方も「マナーを守りましょう」ということが、『おひとりさま・・・』には書いてあったな。

私が抱き続けている自分の死のイメージ(理想)はこうだ。

山小屋の中で、弟子(か何かわからんが)に見守られて(待たれて?)自分の布団の中でヒュ〜と逝く。

       ぁぁ、いいなぁ〜
  実現しなくていいから、思っておこう。

それで。
最近心に残っている話。続きを読む

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June 30, 2009

ケのあるひと

テレビCMだったかなぁ。
カツラか育毛剤か、忘れたけど。

使用後の成功者のコメント(男性)

  これからは、娘とショッピングに行ったりしたいです。


・・・・・おやじの気持ちはわからんでもないが、
「娘」として、一生活者として、わからん。

こんな弱味をコマーシャルすることには、断固として共感しない強さを持っていたい。
勘違いしないでほしい。
おやじが下手(したて)に出て媚びてしまったら、みんながもっとバカになる。
差別を量産する。

当然、「毛」のみにあらず、か。
「●●があるかないか」が、一緒に過ごすどうかを大きく左右する人間関係が大いにあるということだ。
プライベートでも、血縁でも。
外観、経歴、付属品が、その人の中身や付き合い方まで判断する材料になる。

「ここらへん」をうず巻いている人々は、自分を差別しているだけではなく、謙虚さと良識の名のもとに周りの人間も無意識に大量に差別していくので、自ら注意を要する。

   差別とか、それが悪いっていうわけじゃないんだけどさ、
      やっぱりあーゆーひとは、やっぱりあれよね


という、アレである。

このケのある人には、「もう少しがんばりましょう」シールをあげます。


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June 19, 2009

ALAAHFA

アラフォーちゃう、
アラーファ。
「LD、ADHD、アスペルガー症候群および高機能自閉症の成人」のことを言うそうだ。

こないだ借りてきた本で、この言葉を知った。
明日返さねばならないから、急いで再読斜め読みしている。

「はじめに」、ALAAHFA研究会による調査研究によると、「成人期に達したアラーファの人たちは、就労・友人・恋愛・結婚・子育てなどでとても苦しい思いをしている」ことがわかった、と。
うんうん。

当事者のレポートがたくさん載っている。だから借りてきた。

たとえば。
読んでて一番ガックリきたのは、30代女性のレポート。

最初の職場では、「早くしてよ」「何ボーッとしてんの!」「邪魔、どいて!」「もういい!」などと怒鳴られることから始まり・・・・、同僚・同年代の女性たちから、休憩を取らせない、出来そうもない仕事を押し付けられる、椅子を投げられ、蹴られる。
「バカ」、「死ね」、「親はどんな育て方をした、ろくな親じゃない」、「早く結婚してやめろ」などと罵られる。
上司に相談すると、「みんな君のことを思って言っているのだから」などと返ってくる。
         (そんなわけねーだろ(-"-))

クビになって別の仕事に変わっても、頼れる人はいなくて、トイレの個室で昼食をとった。
恐怖と過度のプレッシャーで、病気になってしまった。・・・



・・・・悔しいなぁ。

しかし一方、暴言を吐き暴力をふるい、排除しようとする方にも、相当な負荷がかかっていることも事実である。

   何度言ったらわかるんだ、ほんとにイライラする。
    約束やルールは守らないし、ウソばっかりつく。
     ‘KY’にも程がある
       おそい。うるさい。できない。組織を乱す人だ!
         加えて、こっちの気持ちが通じない

などなど。
ほとんど、無知のせいだと私は思う。お互いの。他の社会環境の。
それと、自分を取り巻く他のストレスがうまく昇華できなくて、自分より立場の弱い相手に八つ当たりしているのだ。

受け入れていきたいのは、「頑張れば何とかなる(はず)」というのとは違うことがあるのだ、ということ。
期待したいのは、工夫してお互いに関心を持って関われば、いい感じで変化していくことも多い、ということ。
断念と、夢と希望の絡み合い。
人生、それがいい。

近頃は、「子どもに対して」は、知ろう・学ぼう・支援しようという動きが多くて、発展していく部分と共に生じる、副作用やほころび(新たな排除や目的)も出てきているようである。

個人の特徴や特性を、ラベリングして(分析・理解)・おしまい(排除・限定)ではなく、というところが大切なのは勿論。

わたしが何で「うんうん」と思うのかというと、
いろんな「名前」が各所で流行していく中でも、支援から放念され、理解を分断し、何とは言えないけれども本当のところから遠ざかっていく「おとな」たちが、ものすごく多いのではないかな、という、日々の実感から。

何か分かりにくいな、↑この言い方

どっちもあんまり悪くないのに、当事者間だけで被害を被り合ってること多いかなぁ、と思うのだよ。
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June 12, 2009

「てゆっかぁ」じゃない場合の誤用

朝テレビつけたら、ワイドショ〜。
善良な一般住民代表系男性のインタビュー画像
(テロップつき)

「これは、かなりというか、相当危ない状況ですね。」

倒壊しそうな空き家が放置されていて大変危険だ、という内容だったと思う。

しかし、「かなりというか相当」とはこれ如何に。


  かなり[可也・可成]
  非常にとまではいかないが、相当

  そうとう[相当]
  (副詞的に)かなりな程度


・・・やったー、ビンゴだ『広辞苑』

完全に比較を意味する構文が崩れている。

素人が喋って、多少間違うことは構わない。
でも字幕は直しといてほしい。(ここでは、「というか」は不要。)
真面目にやってる場合は特に。


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June 11, 2009

日本人低成長時代

2年ぐらい前だったかな。
なんで思い出してるんだろう。
どうしても承認できない、はびこっていくボケ女の会話。
前もどこかで書いたような気がするが、自分の中から消えていってくれない。


オンナの芸能人3名(ぐらい)が寄って、何か食いながら、っしょーーーもない話をダラダラやってるファッション系のテレビ番組。

  ○○さんって〜、今いくつなんですか〜?

  あたし〜?あたし、26です。

  え〜うっそ〜、見えな〜い。
  すご〜いぃ〜大人っぽ〜いぃ

  ですかねぇ、もうトシですねぇ
  △△ちゃんはいつもカワイイ系だし、わっかいです〜ぅ
 
ですと。
どうせその後の会話は、もう結婚とか考えなくないですかーみたいな感じー、やろ。


26歳は大人じゃないんやな。
そんで、絶対的に「年齢は若ければ若いほうがいい」んやな。

言ってることの意味自体は分かる。でも解せん。
時を経ても、なかなかそこから解脱できない女たちに、ますますムカムカする。続きを読む

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June 10, 2009

人という字は

俄誰や、「支え合い」とか言うて、もたれ合いの関係を増長させたやすいメロドラマ好きの輩たちは。

違うぞ。

人という字は、

     人が一人で立っている

という象形文字だ。

小学1年生のみなさん、しっかりと、そういうふうに習ってください。

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June 09, 2009

ヒトゴトカテゴリ増設

    ひとこと記載しておく‘断末魔’コーナー

ろくでなしマスク(ティッシュおよび使用済み
パンストで作成)

今更言わなくても、ですが。




「別にええねんけどな。
 ノリでやってんかマジでやってんかが大事や。
 ・・・みんな、どっちや。
 マジやったら相当やばいで、ニッポン。」


(-フ-)氏コメント@5月末の深夜1時


子どもたちだって、ちゃんと分かっている。
こっそりだけど、教えてもらっている。
   
   もっと大変な人、もっといっぱいいるのにな。

私らが特別トンガッテルわけじゃない。

日本のマスメディアは、津々浦々1チャンネルしかない。
‘もっと大変な’ことは、消費経済のカラクリに呑まれて操作され、抹消されている。

ほんとうは何が起きているのか、自分自身で嗅ぎ分け、見えていない多くのことを感じ、思い、生(ナマ)で聞いて知っていきたい。

私は買収されない。
メディアに映る虚実を小馬鹿にしてあしらいたくはないが、流されるのは心底から照れるのじゃ。

私の周りには、たくさんのまともな感覚の仲間や先達がいる。
だからそこには、リアルに誠実な現象が起きる。
よって私は、安心して腹を括って責任を果たしていけると思う。


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June 06, 2009

ソウルメイツ

   ワクサンってさぁ、霊とか感じる?

という問いから始まって、しばらく。

   ボクは、幽霊が存在するんやったら、
   それも元素記号で表せなあかんよなと思うねん
   Pとか。

なるほどさすが、と。
議論はしていない。
私(ワク)はこう思っている、という意見から、身近な人の「霊体験」やお安く脆(もろ)いスピリチュアル志向について、共に科学的(かつ感覚的)に考察していたのである。

でも。
面白いなぁと思ったのが、そこから遡(さかのぼ)って30分前には、

   いやぁ、ボクらやっぱり前世でも出会ってたんやねぇ

と、その人がたっぷりと言っていたから

        私立文系のコーナー


SOULMATES前世でも知り合い。
これをソウルメイトという、と、どこかで聞いた。
(違うかもしれない。)
だからこの題なんだけど。


時間と社会は違っても、先祖というのか私たちというのか、おんなじような顔して、おんなじようなことを思って喋っていたのかもしれん。
そういうふうに感じたり、想像したりするのは楽しい。
完璧なフリートーク。

なんで「前世」なんていうツールが出てきたかというと、「主として取り組んで考えているテーマとそのタイミングが近い」、という発見と合意があったから。

共時性が強い。

意見が同じ、というのではない。
むしろ、補い合うような思考。

   8割いたわり、ねぎらう気持ちでコトバを発していても、
   残りの2割に(ホラ見ろザマ見ろ)みたいな部分が
   自分の中にあると、
   相手に伝わらない。


8割の気持ちが、伝わらない。
だから、相手の気持ちは動かない。
育児や教育の話ではない。
生き馬の目を抜くだったか、勝ち馬に乗れだったか、そんな、「24時間戦えますか」企業サラリーマン競争時代。
100人いた同期の同志・同僚(ライバル)との関係において。

わたしは。
発する側ではなく受ける側において、只今「10割キャンペーン」に取り組んでおる次第なので、ここでがっちりシンクロする。
(わたしゃ『話を聞かないひと・地図が読めないひと』だので。)

シンクロしたといって、今やびっくりすることはない。
そーゆーことになっているのだ。


自分が自分に対して感じている少しの違和感、ちょっとした不信感を、追究しつづける。

いずれ自分の中にたどり着ける安らかな心があれば、人生は幸せなんだな。


どっちがそう思ったか言ったか、忘れた。

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May 28, 2009

前向き/後ろ向きのオコトバ

「前向き駐車でお願いします」
「前向き駐車禁止」
などという看板を駐車場につけている店やマンションがある。

どっち向きのことなのか、わからない。

何で判断するかというと、周りも見るけど一番は、その駐車スペースの「奥に何があるか」である。
花壇や住宅のベランダなんかだと、排気が向かないように、その花壇や住宅に向かって突っ込んで停めろ、ということだな、と分かる。

でも。
でもな、降りて、また戻ってきたときに、ちゃうやん。
車、後ろ向きに停まってるもん。
これがどうして前向きと言えるのか。

地図と道案内は、別物。
詳細な地図があるからと、ストレートに皆が辿り着けるわけではない。
案内があっても、言葉だけに頼ると応用は効かない。
ということで、
こういう看板も、注釈やイメージ入りでお示しいただきたいなぁと思った。

15年ぐらい前、山手線か中央線か忘れたけど、ホームの電光案内板に、こんなふうに表示してあって、思わず土産写真を撮った。

「今度の電車 15:00発 ○○行」
「次の電車 15:05発 △△行」

そして駅員に尋ねた。
「どういう意味ですか?」

「今度はこんど、次はつぎです。」
と、機嫌悪くなっちゃった。

THIS TIME と NEXT の違いかなとはボンヤリ思ったけど。
山手線周辺は、日本語の共通語の基準となる地域である。
わたしは「今度」と「次」をほぼ同じ意味合いで使ってきたんだけど、ちがうのかー、と、学んだような学ばなかったような・・・・。
東京在住の友だちに聞いたら、今そういう言い方は無いそうだ。

前置きでした。

今ここで改めてもう一度(二度三度)、地域活動やこども・子育て支援NPOの担い手として、いち生活者として、親として、「自立」を志す女性として、・・・何でもいいが、「むやみに使ってはならん言葉」や、敏感になっておくべき語群類があるなぁ、という話を、近頃仕事仲間とよくしている。

自分たちがどの単語を選んで相手にコミュニケーションを挑むか、については事務仕事をしていても、頻繁に話題になる。
子どもたちが表現する、時に暴力性や差別性の高い言動(社会の負のエネルギーをダイレクトに反映している)を、受け止め、いかに心地よい方へ転換・循環していくか。
また、力を奪われた人に出会い、その人がやっと悩みや迷いを口にしたとき、かけられる言葉や姿勢は・・・?
比べず、言い訳をせず、「絶対に他者の味方でいる」または「まっとうに怒る」などということに必要なマインドや有力なコトバは何だろう。


難しい言い方をしているけど、わたしたちには、こういうふうに悩み続ける力とプライドが要る。
支援の端くれを担い、人の育ちを受け持つ者として。
相手を絶対的に尊重して関わっていくためにも、揺れない、ぶれない、強い信頼関係が必要なのだ。

ここで心の立ち位置を、間違ってはいけない。
信頼が一番必要なのは、人と、誰かと、ではない。
「自分」とだ。

自分は、敏感に、丁寧に、自分の器や鏡を扱っているだろうか。
あらゆる感覚や感情、可能性を大事に受け持って、選んでいるだろうか。
わたしは、自分を裏切らないで、頼れる自分になろうと、努力をしているだろうか。

・・・云々である。

話題になった「言葉」の事例に関しては、スタッフがコラムを書いてくれたので、別の機会に。

何を朝から(今9時)くどくど言うているかというと…、
目覚めた瞬間に、『働かざる者食うべからず』というコトバが降ってきよったからである。
だから、不快なんである。

本ブログを不定期購読してくださるみなさんも、こどもや近しい人に言ったことは無いだろうか。または言われた経験は。
手伝え、とか言う意味で。

私は、ある。
一昨年ぐらいだったか、こどもに対して、つい口が滑った。
しまった!と思った。
でも、地雷を踏んでから「あかん、全然まちがってるな・・・・」と言い訳し、相手と話ができるようになってから、自分のココロは楽になった。
冗談でも、もう言わないことにしている。
そういうふうに決めて封印した言葉は、他にもある。
(逆に、積極的に使う表現もある。)

「下見て暮らせ」(わたしはあの人よりマシ、という意味も大きい)などと、いまどき家訓として掲げる家もある。(やや内部告発)
これを無邪気に受け取っていた時には、もしかして…もしかして私は…、どこかで本当に「働かざる者・・・」と思っていたかもしれない、と思うと、自分のことがサブくなる。
まったく、信頼できない自分、だった。
前も後ろも上も下も、あまりウロウロする必要はないのだ。
でも日本では、多くの人が、これらを金言とも思っているのではないか。


怖〜〜い。
そして危うく脆(もろ)い社会や精神に、今わたしたちは身を置いている。

委ねるもんか。
抗い続けてやる。

「じゃあ誰が食わしたってんねん」とか言ってのさばってる狭い奴、かかってこい。




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May 25, 2009

目指せ「中堅」

ウイルスバスター(ウィルス対策ソフト)の更新のためにトレンドマイクロ社のHPを見た。
すると、トップに「個人のお客様/ホームオフィス」(←うちはコレ)、「中小企業のお客様」「中堅企業のお客様」「大企業のお客様」という案内のくくりがしてあって、面白いと思った。

【中小企業向けキャッチコピー】
「社内全体が見える」セキュリティ対策強化で安心を。
簡単一元管理の中小企業向けオールインワンセキュリティ。

【中堅企業向けキャッチコピー】
あなたのITチームを、もっと大きく。

【大企業向けキャッチコピー】
予測できない脅威に対応できるソリューションをご提供します。

おお、そういう言い方ねと、それこそ大企業(トレンドマイクロ社)の賢明さやユーザーへの敬意さえ感じさせる良いフレーズなんだけど・・・・、

「中堅」とは、わりと定義はある(簡単に言ってしまうと、中小と大の間)みたいだけど、どうしても情緒的な響きのする言葉だから、外野から眺めると、なんかちょっとほほえましい。

大企業がでっかくなりすぎ、というのもあるかな。
ワールドワイドだもん。
(例)「この度●●社は△△社を、約00兆円で買収しました。」
       ・・・・・・
(特別会計除く)国家予算じゃん

・・・とにかく、どうせなら、いっそ割り切って
零細企業のお客様(特別割引/サポートプラン対象)」なんていうのも欲しいなっ

別枠で、「官公庁・教育機関のお客様向け情報」
というのも見っけ。
「お見積りはコチラ」なんて、・・・・ぉおそろしい。見たくない。
きっと、わが社の年間事業規模並みの「お見積もり額」に違いない。。。

5月35日NPOの「中堅」ってどんな感じなんだろう。
「企業は3年経ったら7割つぶれている。20年が企業の寿命」とも聞いたことがある。


←5月35日のジムスペース。
 我輩は、ものおもいに
 ふけっている。
 (何もしていない。)
 めざせちゅうけん。続きを読む

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May 12, 2009

うりがとうの日

5月第2週の日曜は、母の日とか。
こどもの日も気づいてなかった。
こういうのは無頓着だし、不器用だ。
何で苦手かというと、存分に思い当たる節はあるのだが、
ここでは

「数字に弱いから」

ということにしておこう。

私は、自分の誕生日も電話番号も、住所も間違う。

「今年って平成何年やったっけ?」

これは、「天気予報を聞こうと思って時報を聞いてしまふ」、携帯電話を忘れていった人の携帯電話の留守電に「電話忘れてまっせ」というくらい、当たり前。

最近の事例は、
  日報に2日後の日付を書く。
  自分宛にFAXを送る。(送ろうとする) 
  請求書において、請求すべきところの「5万円」を、
  500円だけ請求する。など。

2年前、領収証に「H17」って書いてしまったー
という人と、月日は百代の過客やねぇ、などと笑っていたら、
自分は翌年、
S20・・・」と書いていた。

戦時中ですか!?
と速攻で指摘してくれる人がいて幸せ。
ぉぉ、しかしコレは数字ではないな。

・・・そんな、時空を行き来する私であるが、
4月も過ぎる頃、ようやく(?)日々を大切に生きてゆくべし、と、事務所のカレンダーをめくったら、

   5月がなかった。

どういう意味かな。

そんな頃。
児童会では、母の日のプレゼント作りをしていた。
既成の紙ファイルに、独自に飾りやメッセージをつけるというもので、皆結構熱心だ。続きを読む

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