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    ヒロミ



    (出典 image.itmedia.co.jp)



     タレントのヒロミが24日に更新した自身のブログにて、お笑いコンビ・野性爆弾のくっきーとの2ショットを公開した。

    ヒロミ公式ブログよりスクリーンショット


     くっきーの、自身の顔を白塗りにしその上から顔を描く“白塗りモノマネ”は現在大人気で、多くの芸能人がその題材となっている。


     今回ヒロミが公開したくっきーの“白塗りモノマネ”の題材はヒロミ自身。ヒロミもその出来栄えに満足しているようで、「ダブルヒロミ」とのコメントともにヒロミの“白塗りモノマネ”をしているくっきーと、笑顔を浮かべたヒロミの2ショットを投稿した。


     この2ショットにファンからは、「似てる~、ホントにクッキー面白い~」「くっきーさんヤバいです(爆笑)」「保存します。」とモノマネに称賛のコメントが寄せられた。


     くっきーは他にも、お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志、雨上がり決死隊の宮迫博之、千原兄弟の千原せいじなどをはじめ、歌手の米良美一、アメリカ現大統領であるドナルド・トランプ氏など様々なジャンルの著名人の”白塗りモノマネ”をしている。



    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 pbs.twimg.com)



    「アンジャッシュ・児嶋」とは一体何者なのか? 1993年にコンビ結成以来、お笑いブームの中心にあり続けた児嶋一哉さんの、お笑いの原点はどこにあるのか? デビューまでの軌跡をてれびのスキマさんが伺います。(全3回の2回目/#1より続く)

    ジャニーズに履歴書を送ったことがある

    ―― 児嶋さんが子どもの頃、よく見ていたテレビは何ですか。

    児嶋 小学生の頃だと「たのきんトリオ」とかアイドル全盛時代だったんですよ。だから近藤真彦さん、(松田)聖子さん、(中森)明菜ちゃん、キョンキョン(小泉今日子)……。自然と見る番組も『ヤンヤン歌うスタジオ』とか、マッチやトシちゃん(田原俊彦)がコントをやる『カックラキン大放送!!』とか、歌番組だと『ザ・ベストテン』とか『ザ・トップテン』。まあ、アイドルが好きでした。どっかでアイドルになりたいなと思ってたんでしょうね。

    ―― 具体的にアイドルになろうとしたことはあるんですか?

    児嶋 実はジャニーズ事務所に履歴書を送ったことがあるんですよ。中学の時かな。あとは、映画のオーディションとか事務所のオーディションとか、何個か行ってみたりとか。雑誌読んでたら、「原宿でスカウトされた」とかデビューした人が言ってるから、八王子からわざわざ出かけてうろちょろしてみたり。

    ―― 憧れていたアイドルは……。

    児嶋 マッチですね。光GENJIさんとかはたぶん同世代ぐらいで、中学ぐらいの時に観てました。カッコいいなとか、楽しそうだなとか思ってました。でも、完全にマッチです、僕の憧れは。今、マッチさんと同じ美容室に通ってるんですよ。仕事で美容室ロケをしていたら、偶然その店からマッチさんが出て来られるのを目撃したんです。それ以来、通ってます(笑)。

    ―― ドラマは観てましたか。

    児嶋 ドラマはねえ、よく覚えてるのは『熱中時代』とか、『あばれはっちゃく』、『(3年B組)金八先生』。あと『あぶない刑事』を観てましたね。カッコいいなぁと思って。

    『夕ニャン』で、すげーカッコいい人が出てきたな、って

    ―― お笑い番組とかはどうでしたか。

    児嶋 『(オレたち)ひょうきん族』で育ちました。もちろん「ドリフ」は当然観てましたし、それ以前だと欽ちゃんか。欽ちゃんは、月曜日、水曜日、金曜日と番組持ってたんじゃないかな。「視聴率100%男」と言われていた時代ですよね。全部観てました。欽ちゃん、ドリフ、ひょうきん族と来て、その後『夕ニャン(夕やけニャンニャン)』ですね。

    ―― とんねるず。

    児嶋 とんねるずさんには衝撃を受けました。お笑いで、すげーカッコいい人が出てきたな、って。だから『みなさんのおかげです』はずっと好きでした。そして、ダウンタウンさんが登場する。僕にとっては、ここで完全に「お笑い」というものを意識しましたね。それまでは、お笑い芸人って元気出して「ワーッ」「アーッ」って、勢い優先って感じがしてたんですよ。でも、ダウンタウンさんのお笑いを観て、もう全然こっちに媚びてないし、若手っぽい気負いも見せないし、だらっと出てきて爆笑かっさらう。『ごっつ(ええ感じ)』とか『ガキの使い(やあらへんで!)』は夢中で観てましたね。お笑い芸人になりたいって夢を見た最初です。

    ダウンタウンさんの影響で1回みんな「おかしくなる」

    ―― ダウンタウンの影響はやはり大きかったんですね。

    児嶋 一番多感な時期に登場したのがダウンタウンさんでしたから、学校でも真似したりね。僕ら周りみんなそうでしたけど、一回それでおかしくなるんですよね。

    ―― おかしくなる(笑)。

    児嶋 センスいいことをボソッと言う松本さんの芸風なんて、素人が真似できるわけない。それで確実にスベりますよね。浜田さんの影響を受けて「殺すぞ!」みたいな強いツッコミだって、素人が手を出せるものじゃないし。

    高校は共学なのに女の子としゃべった記憶もない

    ―― 児嶋さんは学生時代、どんな人だったんですか。

    児嶋 時期によって全然違うんですよ。小学校はサッカーをやってて、運動神経もまぁまぁ良かったんです。それで足も速いほうでリレーの選手とかになる。それで体も大きかったから、ケンカも強い。そういう奴って、一目置かれるじゃないですか。だからわりとシャイだけど、目立つ存在ではありました。中学校でも2年までは陸上部。勉強も一生懸命、1年ぐらいやってみたんですよ。それでクラスで5番ぐらいになったのかな。でもそれが限界だったんですけどね。バレンタインにも2、3個チョコをもらいましたね。まぁまぁもらえるぐらいにはモテたんです。

    ―― いい学生時代ですね。

    児嶋 でも高校で一変しちゃうんです。あんまり高校に行かずにさぼっちゃって。修学旅行も文化祭も体育祭も1回も顔を出さない、ちょっと気持ち悪いやつになっちゃったんです。共学なのに女の子としゃべった記憶もない。

    ―― 中学では活発だったのに、なんでそんなことになったんですか?

    児嶋 僕の中ではもう芸能界に入ろうと決めてた。だから高校は辞めるつもりで行ってたんです、勝手に。何のあてもないんですけど。だから「文化祭とか体育祭とかではしゃいでるこいつらバカじゃない? クソガキだなぁ」とか、すっごい引いてたんですよ。やなヤツでしょ。でも芸能界目指してるとは表立って言わないんですよ。だから周りからみたら、なんだこいつ気持ち悪いって思われてたと思う。

    ―― 芸能界を目指して素人参加番組に出ようとは思わなかったんですか。

    児嶋 めちゃくちゃ緊張しいだし、シャイだし。そんな勇気はないですね。だから、まあ中途半端な時代ですよ。

    最悪の第一印象でしたね、渡部は

    ―― 相方の渡部さんと出会われたのは、高校時代?

    児嶋 高校2年の時に同じクラスになりました。

    ―― どういう印象でしたか。

    児嶋 最悪の第一印象でしたね。体育の授業が終わって、渡部が横で着替えてたんですよ。その日は『少年ジャンプ』の発売日で、渡部がジャンプ買ってたみたいなんですけど、「俺のジャンプねぇな。あれ? 知らない?」みたいな話してて。そしたら、パッと俺の顔を見て、「お前ジャンプ取ったろ」って。「取ってねーよ」。これが最初の会話なんです。

    ―― いきなり泥棒扱い(笑)。

    児嶋 最悪。あいつは全く覚えてないんですけど。

    ―― 渡部さんはクラスではどのようなポジションだったんですか?

    児嶋 人気者でしたね。見た目もいいし、さわやか。番長の横にいる、賑やかしタイプで、いつもいいポジションにいる感じでしたね。渡部いわく「クラスの1軍」。それで俺が「3軍」なんだそうですよ、俺は認めてないですけど(笑)。

    ―― 渡部さんとは遊ぶような仲じゃなかったんですか?

    児嶋 そうですね。ゲーセン行ったりする仲間はいたんですけど、渡部は違ったな。

    近所のスター・ヒロミさんに弟子入り志願

    ―― 芸人になるために、ヒロミさんに相談されたことがあるそうですね?

    児嶋 高3ぐらいだったかな。人づてでヒロミさんの弟子になりたいと伝えてもらったことがあります。実家同士が近くて、ヒロミさんの妹さんが僕の同級生だったこともあって、親同士も知っていたんです。それで何回かヒロミさんのご実家に通ったりしてたら、「じゃあ1回会いましょう」という風になって。それが19歳……、高校卒業した後ぐらいだと思います。

    ―― ヒロミさんとはどこでお会いになったんですか?

    児嶋 『1or8』という番組の収録現場にお邪魔したんですよ。なんか倉庫みたいなところだったような記憶がありますね。それで空き時間の楽屋に入れてもらって、お話ししたんですよ。ヒロミさんには「俺が弟子なんかとってもしょうがない」って断られたんですけど、そんな話をしてるすぐ横に、飯島直子さんがいたのを覚えてます。

    ―― 当時の児嶋さんにとって、ヒロミさんってどんな存在だったんですか。

    児嶋 近所のスターですから、憧れてました。カッコいいなーって。だって同級生のお兄ちゃんがあのたけしさん、さんまさん、ダウンタウンさん、とんねるずさん、タモリさん……、テレビの向こう側にいるトップスターとお笑いで絡んでるんですよ。わぁ、なんか夢あるなって。だからある意味一番影響を受けてるかもしれないですね。テレビの世界が身近に感じていたのもヒロミさんのおかげだろうと思っています。

    人力舎のお笑い養成所に「補欠合格」

    ―― 現在の事務所、人力舎に所属されるようになったのは、どんなきっかけなんですか?

    児嶋 ヒロミさんにお会いしたときに、当時のマネージャーの方から「うちの事務所でお笑い養成所が始まるらしいから、そこ行ってみたらどうだ」って教えていただいたんです。

    ―― それが人力舎の養成所、スクールJCAなんですね。

    児嶋 締め切りギリギリに履歴書出したんですよ。そうすれば、オーディション番号から、何人くらい受験して、どれくらいの倍率でって事前に把握できるから。そしたら107番だったんですよ。お、意外と受けるんだな、なんて思って会場に行ったら7人しかいないの(笑)。事務所がカッコつけるために、100から番号をつけてたんですよ。うわっなんだ、きたねーって。

    ―― あはは(笑)。

    児嶋 7人中6人合格、1人補欠合格。その補欠合格っていうのが僕。

    ―― え、唯一の補欠合格なんですか!

    児嶋 もう全然目も合わせない、声も小さい、ちょっとヤバいやつって感じだったらしいですよ。でも事務所的には養成所始めたばっかりだったので、当時入校料が60万円だったと思うんですけど、「60万払えるか」って言われて、「払えます」って言ったら、「まぁ、じゃあ補欠合格で」みたいな感じ(笑)。

    ―― その時の審査員はどんな方々だったんですか。

    児嶋 先輩芸人のブッチャーブラザーズさん、亡くなった先代の社長、シティーボーイズさん、B21(スペシャル)のマネージャーさんといった方々だったと思います。

    大竹まことの授業、斉木しげるの授業

    ―― 授業には色んなタレントさんが来たんですか。

    児嶋 そういう風にチラシに書いてたんですけどね。大竹まことさんの顔をドーンって載せた募集チラシだったんですよ。B21の名前もあって。でもB21も来なかったし、大竹さんも1回だけですね。

    ―― 大竹さんの授業、覚えてますか。

    児嶋 えっとね、2時間の授業なんですけど、大竹さん1時間遅刻してきて(笑)。で、特に謝りもなく授業が始まって「好きなタレントと嫌いなタレントをバーッと書いてみ」って言うんですよ。それで1人1人発表する。大竹さんはフンフン聞いて、最後に「こうやって色々好き嫌いあるんだよな、じゃあ」って帰っちゃった。

    ―― えーっ!(笑)

    児嶋 結局、何の授業だったんだっていう(笑)。あ、あと、そこにいないのに斉木(しげる)さんのギャラがいくらなのかを教えてくれましたね。

    ―― ハハハ。その斉木さんの授業はあったんですか?

    児嶋 斉木さんは意外と実践的な授業をしてくれたんですよ。エチュードっぽいことをやったような気がします。でも、考えて見たら講師陣も大変だったと思うんですよ。大阪にはよしもとのNSCがありましたけど、東京にはお笑いの養成所がなかった時代なので。JCAって関東初の養成所なんですよね。だから、お笑い目指している若いのに何を教えたらいいんだって、手探りだったと思う。しかも僕らは「ネタ見せ」するよりもっともっと前の段階だったので、何の基礎もない奴らに教えるのは難しかったんだろうなって。大竹さんの気持ちもわかる気がします、今では(笑)。

    ―― 児嶋さんが渡部さんを誘ってコンビを組むことになりますが、渡部さんはJCA2期生になるんですか?

    児嶋 うちの養成所は2年制だったんですけど、渡部は僕が通い始めて1年経った頃に連れて行ったんですよ。だから2期生扱いになるんだけど、実はこっそり1期生時代から一緒に通っていたんです。社長にも「こいつと組みます」って言っていたし、事務所所属扱いになったのも早かった。だから、あいつはたぶん、養成所のお金もほぼ払わないまま事務所に入ってるんじゃないかな。そんな感じで、2人でアンジャッシュを結成したのが1993年のことですね。

    #1 アンジャッシュ児嶋が明かす「コンビ解散を決めたあの日の夜」
    http://bunshun.jp/articles/-/7054

    #3 結成25年アンジャッシュ 本人が語る「児嶋だよ!」で見つけた“居場所”
    http://bunshun.jp/articles/-/7057

    写真=平松市聖/文藝春秋

    こじま・かずや/1972年、東京・八王子市生まれ。人力舎のお笑い養成学校「スクールJCA」の1期生。93年、高校の同級生である渡部建と「アンジャッシュ」を結成。俳優としても活躍し、黒沢清作品『トウキョウソナタ』『散歩する侵略者』、園子温作品『恋の罪』などにも出演。日本プロ麻雀協会第3期プロ試験合格の「プロ雀士」でもある。

    (てれびのスキマ)

    ©平松市聖/文藝春秋


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 hitujigasuki.up.seesaa.net)



     タレントのヒロミさんがレギュラー出演するTBS系の新バラエティー番組「坂上&指原のつぶれない店」で、プロダクションやジム経営の裏で、実は会社を“つぶしていた”という失敗談を披露する。ヒロミさんは経営者として「ビジネスは引き際の早さも大事」と考えを明かす。

     22日放送の番組でヒロミさんは、約7年前に好調だったジム経営に続いて「室内でできるゴルフレッスン」をスタートさせるも、裕福な顧客が多かっために、トレーナーを個人に引き抜かれてしまい結局、廃業せざるを得なかったというエピソードを語る。

     ヒロミさんによると「ビジネスは引き際の早さも大事」といい、「全てのビジネスが当たるというわけではない。そう簡単ではない」と体験談を明かす。

     「坂上&指原のつぶれない店」は、俳優の坂上忍さんとアイドルグループ「HKT48」の指原莉乃さんがMCを務める、世の中の“お金ミステリー”を解明するバラエティー。誰もが一度は思ったことがあるはずの「なぜあのお店はつぶれないのか?」という疑問や、なぜもうかっているのか分からない「あの店」や「あの人」の謎を解き明かす、という内容。スタジオに集結した“お金大好き芸能人”がその謎解きに挑むほか、自身の商売の裏話や成功・失敗談などを披露する。さらにこの番組でしか明かされない“芸能人のお金事情”にも、MCの2人が切り込んでいくという。

     昨年2回にわたり特番として放送され、4月からレギュラー化。初回となる22日は野口五郎さん、内山信二さん、小倉優子さん、若槻千夏さん、お笑いコンビ「かまいたち」の山内健司さんもゲスト出演する。毎週日曜午後8時放送で、初回はスペシャル版で午後6時半からスタート。

    22日放送の番組「坂上&指原のつぶれない店」に出演しているヒロミさん=TBS提供


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    15日に放送されたフジテレビ系「ボクらの時代」に出演したサンドウィッチマン・伊達みきおが自身の事務所について明かした。

    番組には、坂上忍とヒロミ、伊達の3人が登場し、トークを展開した。

    坂上忍が「社長さんと共に立ち上げた会社じゃないですか」と、サンドウィッチマンの所属事務所について切り出すと、「一緒なんですよ」と自身もヒロミも個人事務所に所属していると共通点を挙げた。

    続けて、坂上は「でもちょっと違うのが、ヒロミさんところも、僕のところも“俺”なのよ」と、タレントとして稼いでいるのは1人だとして、「だけど、サンドさんのところは、カミナリとか後輩もちゃんと入れて育てて、入れてるわけじゃん」と所属芸人のギャラも懐に入れてるのではないかと話した。

    これに伊達が「入れてないです」と否定するも、ヒロミは「だってカミナリの20%くらい抜いてんだろ?」と坂上の話に乗っかった。

    伊達が「6:4でやってますから」と話し、芸人としての収入が6割で、それを相方の富澤たけしと半分に折半していると明かすと、ヒロミは「正しい事務所だね」とコメントした。

    芸能界の給料事情は、他にもあり、以前、ブレイク中のサンシャイン池崎がテレビ番組で「先月の月給は262万エーーン!」と詳細を披露し、その金額に共演者たちから驚きの声が上がっていた。

    ヒロミ、サンド伊達に所属芸人のギャラについて追及


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    「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、改めて同局の山崎夕貴アナウンサーとおばたのお兄さんの結婚が話題にのぼった。4月8日放送回のことだが、

    「準レギュラーの山崎アナの結婚が発表されたのは、ちょうど、改編期で『ワイドナショー』が休止期間中でした。それで、タイムリーに取り上げられていなかったんです。そこで、ダウンタウン・松本人志からは『(結婚する時期について)そこを狙った』などとヤユされていましたが、ともかく、そんな事情もあって、改めて番組でテーマとして扱われた格好です」(テレビ誌ライター)

     そして、ゲスト出演したヒロミが山崎アナとおばたのお兄さんの結婚について、独自の見解を述べた。ヒロミも人気アイドル・松本伊代を妻に持つという意味で、山崎アナ&おばたカップルと共通点がある立場ともいえるが、こんなふうに語ったのだった。

    「おばたに対し『山崎アナのダンナってところから始まるわけじゃない』『何年か経って、“山崎アナのダンナ”と言われると“オレの女房が山崎アナなんだよ”って気分になる』と、改めて2人の“格差”について、経験を交えて、警鐘を鳴らしたような発言をしていましたね」(前出・テレビ誌ライター)

     山崎アナといえば、目下、フジテレビにあって好感度No.1とも言われる人気アナ。一方のおばたは「まーきの!」という小栗旬のものまね一発芸のみが認識されている若手芸人。この“序列”を覆すことは、確かに困難だろう。

    「松本伊代は結婚の時点で、すでにアイドルとしての全盛は過ぎていて、逆にヒロミは人気タレントとして活躍。状況としては比較にはなりませんが、それでも知人周辺に同じような境遇の夫妻が多いのか、やけに説得力はありました。似た事例として『女優と結婚した実業家の人もありがちで、“女優のダンナさん”って言われちゃう』と事業に成功したプライドを“芸能人という認知度”は、簡単に超えてくる現実を語りました」(前出・テレビ誌ライター)

     元祖・格差婚といば、小柳ルミ子・大澄賢也夫妻。また、三原じゅん子・元コアラ夫妻といった「失敗例」が浮かんでしまうが、田中美佐子・深沢邦之夫妻や顔面格差の木下優樹菜・藤本敏史夫妻といった、少なくとも現状においては成功例といえる実例も存在する。

     山崎アナとおばたのお兄さんにも、末永い幸せを祈りたい。

    アサ芸プラス


    (出典 news.nicovideo.jp)

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