2009年08月22日

日米タイムズ社解散決定

2009年8月20日付日米タイムズウイークリー


ジャスティン・クー・ドレナン(ニュー・アメリカン・メディア)

  日米タイムズ社取締役会は、63年間続いたカリフォルニア北部で最も古い日系米国人向け新聞社を今年930日をもって解散することを決定した。日米タイムズ社従業員とコミュニティー関係者は新聞事業の再生を行う非営利組織「日米財団」を代わりに創設する計画だ。

 日米タイムズ社副社長兼英語編集部長のケンジ・G・タグマ氏は、同紙が日系米国人の声を集約する役割を持つとして、新財団の計画を率先して進めている。

 「今日では、わが新聞はコミュニティーをまとめる接着剤の役割を果たしているといえる」とタグマ氏は言う。

 発行部数と広告の減少が日米タイムズ社解散決定の主な理由だと同社取締役ケン・アビコ氏は話す。購読部数は約8000部で、ほとんどがカリフォルニア北部の読者だった。

 オンラインニュースの増加、購読者の変化、経済悪化によってメディアは閉鎖するか新しいビジネスモデルに着手するかのの選択を迫られているが、日系メディアの受けた影響はほかのエスニックメディアより深刻だった。

 「日本人移民の数が増えないので、日系米国人向け新聞はほかのエスニック紙のような回復の見通しが立たず、広告主もそれを知っていた」とアビコは言う。だが財政上の問題は、同社のサービスへの需要が減ったことを意味するのではない。

  ジャーナリスト、作家で活動家のヘレン・ジア氏は「メディアとは一般的に大きな危機や再編成を経ていくもの。だがその中で、エスニックメディアは我々のコ ミュニティーの声であるということを銘記しておかなければならない。コミュニティーの一員として私たちが支援しなければ、その声を失ってしまうだろう」と 述べている。

  アビコ氏は、日米タイムズの財政悪化は昨年の経済悪化よりはるか前から始まっていたと説明する。2006年にはタグマ氏が大幅な紙面刷新に着手。日英二ヶ国語の日刊紙から日本語版を切り離し、日本語版は火、木、土曜発行、英語版の週刊紙は木曜に発行した。また購読者を増やすため、購読料を切り下げた。だが3年間収入は減り続け、賃貸契約の期限も間もなく切れるため、取締役会が解散を決定するに至った。

  「ここ1、2年に我々がやったことは良かったと思っている。ケンジは非常にすばらしい仕事をした。新聞に何ができるかを示すモデルになったのではないか」とアビコ氏は振り返る。  

  日米タイムズ 社は、営利事業から同じ目的を持つ非営利事業に変わる最初のエスニックニュース事業者だと、タグマは言う。創立時の資本、コミュニティーの寄付者、そして 古くからつきあいのある広告に頼ることによって起こった日米タイムズの財政問題を、新財団では回避したいと同財団理事のカーウィン・バーク氏は話す。

  サンフランシスコ・クロニクル紙へ勤務していたバーク氏は、以前からエスニック関係の報道が不足していることに不満を持っていた。「自分は皮肉にも白人メ ディアで働いていたが、大手メディアがニュースを扱うときには売上げのことを考えなければいけないから、金を払ってくれる購読層、つまり白人国民に受ける ようなものを取り上げがちになる」とバーク氏は説明し、日米タイムズ社の解散は「埋めがたい大きな溝」になるだろうと言う。

  「人口構成の傾向をみると、我々のコミュニティーや文化的背景はより多様化していて、その存在を反映するメディアが今後さらに必要とされてくる」とヘレ ン・ジア氏も同様の意見を述べる。ブッシュ政権時代に移民制度改革を求めてスペイン語メディアが主要な役割を担ったことや、サンフランシスコ中華街でシ ティカレッジキャンパスに関するロビー活動を行った中国語メディアを取り上げ、ジア氏はエスニックメディアの「非常に強い組織能力」を指摘している。

 日米タイムズの創立者もまた、新聞の組織力に着目して1946年に同社を設立。ケン・アビコ氏の祖父、我孫子久太郎氏が1899年に創設した日米新聞社に代わる新聞社とされていた。1942年、真珠湾攻撃後に米国政府が新聞社員を含む日系米国人の強制収容を行い、日米新聞社は閉鎖されていた。戦後の日米タイムズ創設は「コミュニティーを再び結びつけるための手段」だったとタグマ氏は言う。

 新しい新聞は早速、戦後日本の復興を支援する寄付運動を組織し始める。以降、同紙は一貫して大手メディアの取り上げない人種差別犯罪や、日系米国人にとって重要なニュースを取り上げてきた。1998年には、真珠湾攻撃後に解雇され、政府の1988年補償法によって救済されなかった元鉄道労働者と元鉱山労働者の家族の補償獲得を支援したタグマ氏の記事が掲載された。

  「日米タイムズは長年、コミュニティー内で重要なコミュニケーション網であり続けた。日本人の権利、文化、政治的エンパワメントの促進で果たした役割は、 コミュニティーにとって非常に重要だった」と話すのは、日米タイムズ寄稿者で全米日系市民協会(JACL)フローリン支部の市民運動担当共同支部長、アン ディ・ノグチ氏。

  同紙は日系米国人だけでなく日系米国人コミュニティーに似た問題で苦しむ他のグループの権利擁護もしてきた。多くのア米国人イスラム教徒がセプテン バー・イレブン後の反動に直面していたとき、戦時の日系米国人収容を覚えていた日米タイムズ社員は、イスラム教徒の窮状を報道した。

 「同姓婚問題の報道は非常に強力だった」とノグチ氏は言う。日米タイムズは同問題について、1967年まで16州で異人種間結婚を禁止していたかつての反異人種間結婚法と同一の問題として見ていた、とノグチ氏は説明する。

  「日米タイムズの特にすばらしいところは、歴史のドキュメントである点だ。人々は古い新聞を見て、コミュニティーがかつてどのようであったかを振り返る」とタグマ氏は言う。

  日米タイムズ社の活動家としての役割を受け継ぎたいと日米財団が望んでいる一方で、同財団はビジネスとしては完全に異なる事業体となる。501(C)3に よって設立された非営利団体に対する規制では、管理や経営に大規模な変更がないまま日米タイムズのような営利事業が非営利事業へ移行することを禁止してい る。

  「非営利団体は私的な利益を増やすために運営されてはいけない。労働対価は制限され、団体の資産は営利団体へ戻すことができない」と日米財団の非営利弁護士ジーン・タカギ氏は説明する。

  これらの制限のため、多くの事業は非営利団体に移行できないとタカギ氏は言うが、タグマ氏、バーク氏、その他の財団理事はあきらめなかった。

  「この財団の理事は本当に金もうけのために動いているのではない。日系米国人コミュニティーのためにこの新聞を生き延びさせるということに利益を見出しているのだ」とタカギ氏は言う。

 日米タイムズ社の取締役会は、商号、ウェブサイト、過去の記事等の資産を財団へ移行することに賛同するかどうかをまだ告知していない。

  この決定を待つ間、タグマ氏とほかの財団関係者は新しい新聞社の詳細を固めることができず、財団の立ち上げ資金不足からくる不安定さが深刻化する。新しい新聞社は12カ月ほどの間501(C)3非営利団体の地位を得ることができず、同期間中には資金調達する資格がない。

  「寄付による一般の支援がまさに頼みの綱となるだろう」とタカギ氏。

  こうした危ぶむ声にもかかわらず、タグマ氏は日米タイムズの最終号発行日である910日のあと、間を空けることなく917日には日米財団の創刊号を発行したいと望んでいる。日本からの移民が徐々に減っている中、日本語版を継続するかどうかについて財団の理事は態度を明確にしていない。  

  若い層の支持を得るため、日米タイムズは食、アニメ、マンガ、ビデオゲーム、オンライン情報の紹介、多国籍問題、環境問題といった記事を増やし、アジア系アメリカ人出版の中でさきがけとなった。タグマ氏は、日米財団がこうした現代化の努力を続けていくことを望んでいる。

  タグマ氏はまた、同紙の豆腐デザートコンペティションの継続を望んでいる。今年の同コンペではストロベリー・トウフ・ティラミスが優勝している。

  バーク氏は非営利団体として財団が奨学金を出し、コミュニティーへのかかわりを増すことを望んでおり、「コミュニティーコラムや記事はより重要になる」と話している。

  サンフランシスコ州立大のジョン・フナビキ教授(ジャーナリズム)は、同財団の非営利事業モデルが「ほかのアジア、ラテン、アフリカ、中東、ほかのコミュニティーの新しいエスニックメディアにとって、参考になりうる」ことを望んでいると述べた。

日米財団 http://nichibeifoundation.org./ 

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 エイプリルフールではありません(笑)。とりあえず、翻訳疲れたー。 


 いろいろ考えていますが、いまは頭が回りません。


 仕方ないか。でもさびしい。でも仕方ない。


 早くみんなに会いに行かなくては。




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日米タイムズ社は第二次世界大戦が終わった翌年の1946年、「日米時事」としてサンフランシスコで設立されました。戦中に米政府によって日系人強制収容所に監禁され、財産を奪われた在米日本人、日系人のコミュニティー復興を支えるのが目的でした。

現在は12ページだての日本語版を週3日(火、木、土曜)、英語版を週1回発行し、購読者はカリフォルニア州北部を中心に全米にわたっています。日本では取り上げられない日米のニュース、日系社会のニュース、日本語に訳したカリフォルニア州の生活、行政情報などを掲載し、購読者の声をもとに改善を重ねています。

浅野七之助(あさのしちのすけ)
(1894〜1993)
 盛岡で生まれ、政治家原敬の書生を経て、1917(大正6)年に渡米。日米新聞社で編集長を務める。1946(昭和21)年に日米時事新聞社を設立し、社長に就任。朝日新聞社のサンフランシスコ通信員も兼務した。1945(昭和20)年には、日本の深刻な食糧危機を救うため日本難民救済会を設立し、「LARA(アジア救済連盟)」へと発展。送られた物資は「ララ物資」として知られている。

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日本で6年間の地方紙勤務をへて、太平洋上の難民船に便乗して米国上陸。2003年8月からサンフランシスコの日系新聞社・日米タイムズに勤務。コミュニティーニュースの取材、執筆をはじめレイアウト、寄稿記事の編集、苦情電話の対応、ゴミ捨て当番、トイレ掃除などを意欲的にこなしています。
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