2006年05月01日

プロローグ 「his name」


僕がそいつに名前を聞くと、そいつは「もっと建設的な話をしよう」と言って歩き出した。
長い付き合いなのに、いつまでたっても教えてくれない。しかし僕はそいつの名を知っているのだ。でも知らないフリをしているのだ。
僕なりの、気の使い方さ。
そいつは、煙草の自販機の前でふと立ち止まった。そして釣り銭が出てくる所に10円玉を入れた。
「これが本当の募金、ね。」
僕はそいつを少し尊敬した。ピタゴラスの面影を見た。
実際、そいつからはいろんなことを教わった。
雑草を食べる方法。抽象的に歩く方法。椅子を座らせる方法。ラジオ拳法第三。脳内建築。概念体としての空間トポロジー…。
夕食の時間も忘れて、3時間くらい失禁しつづけたこともある。
でも、初対面の時はお互い印象はよくなかったのだ。
初めて会ったのは、僕がサ行変格活用に性的魅力を感じなくなった頃だ。もうずいぶんと前になる。
でも今でもあの時のことは忘れることができない。

あの日、僕はいつものように趣味と実益を兼ねて、父親と公園で作業をしていた。
丸いものの上に乗った四角いものを三角にしたりするような作業だ。
そこを通りかかった宮廷音楽家、それが彼だったのだ。
彼が宮廷音楽家だというのが全くの嘘で、本当は架空の人物であることが後にわかったが、そんなことはどうでもいい。
そいつが僕の作業をまじまじと見つめてきたのだ。
一瞬、こいつは宇宙心理学に興味があるのかな、と思ったが、そうではなかった。彼は周囲に人がいないことを入念に確認して、僕にこう言ったのだ。
「河童の秘密を知りたいか?」
常識のある奴は、初対面の人間に「河童の秘密」についての話などしない。
河童の話はもっと仲良くなってからだ。僕は、そいつを、危ない奴だと思いながらも応酬した。
「知っている。キュウリを食べる時は、必ずフォークとナイフを使うってことだろ。」
僕が自信満々にそう答えると、彼はニヤリと笑って首を振った。
僕はあせった。塾で教えてもらったのは一つだけだったからだ。
「知りたいか?」
僕は、知りたい、と言った。すると彼は「マキポトィー!」と言った。
だから僕は「ポルコトィー!」と言った。そして彼は「ホングトィー!」、僕が「プンルトィー!」、そして、
2時間が過ぎた。
彼は言った。
「河童は、頭の上の皿に、よくオムライスを乗せられる。」
驚天動地。僕は耳を疑った。
「誰に!?」
僕がそう言うと、彼は少し黙った。そして哀しそうな顔をして微笑んだ。僕はその時大人になった。
電子レンジのことを忘れても、彼のことは忘れない。そいつの名はピコル。



(01:48)
第一話 「ticket to the party」


さあ、ピコル君の話を始めようか。ピコル君が生きてた頃の話。正確には、未来の話だ。
ピコル君はその日も公園に子供たちを集め、生きてくうえでの黄金律を説いていた。
「いいかい?頭の上にむやみにリンゴを乗せてはいけないよ。矢で…射られてしまうからね。」
空は青く澄んでいた。ピコル君を見る子供たちの目は透き通っていた。
ピコル君の一言一句を逃さぬように、全員がハンディカムをピコル君に向けていた。
「よし、今日はだいたいここまでだ。最後に、本日の格言をさずけよう。」

暖房の温度を2度下げるだけで、電気代は随分ちがうよなあ。
でも、それってさ、恋愛と一緒だよね…。

「この台詞を毎朝、鏡に向かってつぶやき給え。みるみるうちに顔が猿に近づいていくよ。見違えるほどにね。」
子供たちは、目に涙を浮かべていた。
そんなありふれた朝。全身をコンクリートスタイルでびっしり固めた、いなせな男がピコル君に近づいてきた。
「ピコル・ド・オードトワレさん、ですね?」
緊張が走った。ハンディカムが一斉に謎の男に向けられた。しかしピコル君は動じずに答えた。
「ああそうだ。どこの国でも人間国宝、ピコル・ド・オードトワレとはこの俺だ。」
「パーティの紹介状です。」

ピコル・ド・オードトワレ様

前略、窮鼠猫を噛む季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。逆上していますか?
来たる2月29日。うるう年フェチを集めての骨折パーティを企画しております。
いろんな骨を用意しましたので、思う存分折っていただけます。
なお、優勝者には徳川家康のぬいぐるみをプレゼントします。
ぜひ、お越しください…

黒田 五右衛門
                                   
「なるほどね…。」
ピコル君はつぶやいた。
そして、携帯のストラップにしていた自分のヘソの緒を、引きちぎった。



(01:47)
第二話 「start with fish-boy」


その手紙は「神という装置」で特許をとった天才、「第五十七代 黒田五右衛門」からの挑戦状であった。
俺は幸福にはなれないというのか・・・。                
かといってこのまま黙っているピコル君ではなかった。彼はモソラ族の古い習慣をふんだんに取りいれて踊った。
子供達はすでにゼリー状になってはいたが、その中にでひときわオーガニックな輝きを放つ者がいた。
「ピコルさん!この挑戦受けましょう!」
無類の魚好き、フィッシュボーイであった。
「フィッシュボーイ。お前にプライドを捨てる覚悟はあるのか?」
「僕は…僕は、ひとり相撲では横綱クラスです!!」
「男…だね。安土桃山時代を、彷彿させるぜ。」
フィッシュボーイは、招待状を持ってきた男に殴りかかった。
「ト音記号…!ト音記号!!」
フィッシュボーイが叫ぶと同時に、男にとびかかる子供達。男を殴るリズムがやがてダンサブルにリミックスされていく。
「お前は!お前はピコルさんの、そしてビフィズス菌の気持ちを考えた事あんのかよ…っ!」
フィッシュボーイは涙を流していた。それは男の涙というやつなのだろう。

俺に…俺に善玉菌の資格なんてあんのかな…。
好きな女も、守れなかった俺に。

ピコル君が初めて吐いた弱音は、フィッシュボーイの心に今も突き刺さっていた。
「もうやめろ、フィッシュボーイ。そいつ死ぬぞ。」
男は完全に気を失い、頭はピスタチオのようになっていた。
フィッシュボーイは、男に向かって吐き捨てた。
「お前の戸籍、ヤフーオークションに出品しといたからなっ。二度とツラ見せんじゃねえぞ。」
ピコル君とフィッシュボーイは、目を合わせて少し微笑み、太陽に向かって歩き出した。
旅が、地獄の季節が始まるのだ。
「さあ、青い鳥を撃ち殺しにいこうか。」
ピコル君は指で作った銃の形を太陽に向けて「バン」と言った。



(01:46)
第三話 「K-report \#23」


異常天才、第五十七代黒田五右衛門に関する57の報告書 No.23 
この文書は、現在、我がゲルマニウム・アイランドを事実上独裁支配している、第五十七代黒田五右衛門に関する報告書である。
No.22の報告書にひき続き、黒田五右衛門の抹消された経歴の一部について調査結果を報告する。


F−65年  ファーストフォトエッセイ「髪の毛をおいしく食べて、みるみる視力が回復する!」300万部突破

サードシングル「ねえ、結婚してよ。僕の飼い犬と。」オリコン初登場1位
             

F−68年  「悲しみの面積の求め方に関する21の定理(通称メロンパン定理)」により感情数学の先駆者となる

テレビ出演時に発した言葉、「前歯折れても痛くなーい!」がF−68年度流行語大賞となる
        
ゲルマニウム・オリンピック「男子 6000m無呼吸歩行」で金メダル

        
F−69年  名画「モナリザ」に放尿。現行犯逮捕、実刑判決。だが、それが新たな芸術流派を生み出し各方面から絶賛を浴びる


F−70年  獄中における度重なる暴力事件、怪奇行動、言語障害の兆候発現により、第9エリアからゼロエリア特別区の隔離収容所へ移送

脱獄、失踪
        

F−74年  ゼロエリア特別区内の某所で108回に渡る美容整形と身体矯正を行い、まったくの別人となる

実名「セニョール次郎」を捨て、ゲルマニウム史上の英雄「黒田五右衛門」の名を語る
               

F−75年  ゼロエリア特別区内で新興宗教「大ゲルマニウムしあわせ教」を発足。信者数が数ヶ月で約2万人にふくれあがる


F−77年  信者から集めた布施をもとに有限会社「ハッピーコーポレーション」設立。各部門(主に医薬品)で業績を伸ばし、第7エリアへ


F−78年  兵器開発に着手。ペットボトルロケットの化学兵器化に成功。軍需部門でゲルマニウム内80%のシェアを誇る

第2エリアへの移住を許可される

        
F−80年  ゲルマニウム最高議会員に立候補、当選。第1エリア進出


以降の経歴についてはNo.24の報告書で述べる。
ゲルマニウム開放同盟 第5エリア支部 



(01:45)
第四話 「taxi」


この場所になにかが起ころうとしている。僕たちには時間がない。
ピコル君とフィッシュボーイはサイバータクシーにアクセスし、目的地を告げた。
「黒田五右衛門のところへ」
運転手は一瞬うつむいたあと、大胸筋をピクピクさせた。そしてアクセルとブレーキを同時に、思いきり踏んだ。
サイバータクシーは箱型からネズミ型に変形し、ものすごい速さで、そしてものすごい異臭を放ちながら、空へと浮上した。
デビッドマンズ・ハイウェイを軽快に飛ばすサイバータクシー。風景が窓に溶けていく。

この先、脱臼街

見たこともないような大きなティッシュに、豚の鼻血でそう書かれていた。
セーラー服を着た老婆がそのすぐそばで、手を振っていた。地球上ではありえないぐらいの笑顔だった。
「脱臼街?ちょっと運転手さん、方向がちがう・・・。」
フィッシュボーイが言うのとほぼ同時に、タクシーが止まった。
「・・・猫を殺して五千円。チクタクポーズで六千年。七つ道具を八つに増やす・・・」
運転手が異様な歌を歌いだした。呪文のようだ。するとアレヨアレヨと言う間にピコル君とフィッシュボーイのアゴがしゃくれ出した。
「うあ、うあああ。」
フィッシュボーイは必死になって股間をガードした。(原始的な方法だ。)
しかしそんなことは無駄なことだと思ったピコル君は、運転手に向かって送りバントのサインを出した。

スクイズだ・・・田村・・・お前のことをボロ雑巾のように捨てた女にスクイズを決めてやれ・・・!
そうだ、田村、スクイズで女の体をスクイズするんだ!いや、むしろスクイズだ・・・!

運転手は白目をむいて、地面を掘り始めた。
「甲子園の土を持って帰らなきゃ・・・。持ってかえって、病気のおばあちゃんに食べさせてあげなきゃ・・・!」
その隙にフィッシュボーイが、運転手の頭からハチミツを浴びせ、大量のカブト虫を放った。
ぎゃああああああ!!!
カブト虫が運転手の全身に吸い付き、ゆっくりと死に至らしめる。
「ピ・・・ピコル!お、お前が黒田様にかなうと思うなよ・・・ぐ・・・。特別区から出ることさえできんさ。」
ピコル君とフィッシュボーイは、運転手をバックに、デジカメで記念撮影をしている。
「ピコル。なぜ、お前は黒田様に歯向かう。お前は何がしたいんだ!」
ピコル君は振り向き、運転手の頭にボウリングの球を落として、言った。
「SEX IN THE SKY.」


(01:44)
第五話 「germanium island」


教育用小冊子「この島のれきし」より抜粋

かつてこの国には
ゴミとガレキから作られたとても大きな島がありました
国じゅうのいらないものをそこに集めたために、山よりも高く高くなった島でした
その島のまわりはとてもいやなニオイで満ちていました
そこに近づくのは、虫と、カラスと、ゴミを捨てに来る人だけ
だれも、その島のことを見ようとはしなかったので
その島は、目には見えない島と呼ばれていました

しかしある時
空に大きな穴が開いて火の雨が降ると
南極の氷がとけて
わたしたちの街は海に沈みました
たくさんの命が海に沈みました
この国のすべてのものが海に沈んだのです

しかし沈まなかったものがひとつありました
この国で最も高い場所
ゴミでできた島、目には見えない島でした
生き残った人々はその島に住み
ゴミを頼りに、ふたたび生きていくことにしたのです
捨てられたものから、全てをふたたび生み出そうとしたのです

誰かがその島をこう名付けました
うすぎたない、はかない、しかしそれでも輝こうとする
灰白色のもろい結晶
ゲルマニウム・アイランドと


(01:43)
第六話 「blind brothers」


太陽系を構成するそれぞれの天体の動きは、地球の大気中に飛び交う私の精子と密接な関係性を持っています。
そこで私は、近隣の核家族に核廃棄物をプレゼントしてこう言ってやりました。
地球儀を蹴っ飛ばせば誰でも精神的エース・ストライカーだと。
ええ、そうです。嘘じゃないっ。宇宙食の原材料は宇宙人なんだ!だまされているんだ私たちは・・・
何だと?失敬だな君は。私は顔のホクロを取る手術で二度、死にかけたことがあるんだ。そんな私を信用できないのか?
いやはや・・・それはさておき、みなさんもう一度、LOVEについて考えてみませんか?
さもないと、飢えた子供たちの目の前で俺はステーキをほおばる覚悟だ。

学会の講演でそう力説した渋沢教授が、社交パーティに全裸で登場したのはみなさんの記憶に新しいところだと思う。
そこで天文学の権威に全裸で野球拳を挑み、そして破れ、全身の皮膚を剥ぎ取られて今は集中治療室にいることも。
だがその渋沢教授に二人の息子がいることはあまり知られていない。
渋沢ミミオ、渋沢ハナオという双子の兄弟。
しかし二人とも幼少時の事故が原因で盲目となってしまったがために、その存在を教授が隠したのだ。
そうして世間体を理由に愛されなかった兄弟は、父親から逃げ、スラムである第9エリアで殺し屋として生計を立てていた。
盲目だが、人並みはずれた聴覚を持つミミオと、同じく抜群の嗅覚をもつハナオという双子の殺し屋が第9エリアで台頭している・・・。
そんな噂は、黒田五右衛門の直属の密偵機関「ブエノスアイレス委員会」にも伝わることとなった。

「・・・なあ、兄ちゃん。星の王子様って知ってる?」
ハナオが小さい声でつぶやいた。ミミオは、カレーの王子様しか知らねえ、と言って銃をカバンにつめた。
コンクリート打ちっぱなしの、崩れ損ねた小さなビルの二階。穴が開いただけの窓から、月の光が差し込んでいる。
気温は高いくせに夜の風は涼しくて、体のどこかをくすぐられているような感じだ。
「大切なものはさあ、目には見えないんだって。・・・なあ、兄ちゃん。」
ミミオはハナオの話をまともに聞かずに、カレーの王子様がインド人かどうかについて考えていた。
「だったら僕らにも見つけられるかな。目の見えない僕らにも。」
ハナオは首からさげた小さな白い十字架に触れながら言った。
ミミオは不機嫌な顔になってコンクリートの上に寝転んだ。
「ハナオ。起きてる時は夢見んな。世界は残酷で、俺たちはクズで、幸福は実在しない。大切なのは生き残ることそれだけだ。もう寝ろ。」

委員会が僕らに命令してくるとは思わなかった。
でもこれはチャンスなんだ。
ピコルを殺すことができればここより衛生管理と治安のいいエリアに住めるだろう。
そうしたら、兄ちゃんと二人でまともな生活をして、本当に大切なものを探そう。
この仕事が終わったら、殺しをやめよう。

ハナオは強く決意し、そしてゆっくりと眠りに落ちた。小さな白い十字架と、真っ黒い銃を握り締めて。


(01:42)
第七話 「dance without you」


フィッシュボーイはイライラしていた。タクシーの一件以来、黒田の仕向けたわけのわからない刺客に何度も出くわして手間取らされていたからだ。
コンビニで「温めますか?」と言われ「温めてください」と言ったら自宅を放火された。
数十人の女子高生に囲まれ、「サインください!サインください!」とせがまれ、危うく三千万円の借用証書にサインさせられそうにもなった。
満員電車の中では、ハゲてアブラぎった中年男に「やめてください!・・・この人痴漢です!」と濡れ衣をきせられた。
バーでは、「あちらのお客様からです。」と、ワラ人形を渡された。
SMクラブに行ったら、女王様の変わりに王様が出てきて、「とにかく西の門を固めろ」と警備を命ぜられた。
競馬場に行けば、来ていた客全員に「お前に賭ける」と望みを託され、自分のオッズがものすごく低くなった。
デートの待ち合わせ場所に、法廷を指定された。

我慢の限界に達したフィッシュボーイが「シンデレラ」の絵本をビリビリに引き裂いて叫んだ。
「たぁーだの玉の輿の話じゃねえかああ!!金か!?顔か!?それとも権力か!?いいか、言っておくぞ・・・!俺には全部ねえ!!!」
そしてついに、ピコル君までもが・・・ブ・チ・キ・レ・タ!
自分の片耳を引きちぎり、ゴッホの自画像に貼り付けて叫んだ。

聞こえるか!幸福乞食の未熟児ども!!
これから、セックスより楽しいことを教えてやるぜ!
俺が、お前の、ミッキーマウスだ!

祭りが始まった。ゼロエリア特別区じゅうのピコルっ子たちが、そのカリスマ性にひきつけられて大集合したのだ。
ピコルっ子たちが叫ぶ!「まつり上げろ!まつり上げろ!」
ピコルを乗せた神輿が、ゼロエリアと第九エリアの境界線向けて、マッハなノリで突き進む。
砂混じりの熱風が、上昇気流となって太陽に吠えかかる。
神をも恐れぬ子羊たちが、卑屈な魂に火をつけて、精神の闇夜に花火を打ち上げたのだ。
フィッシュボーイが、空色のカスタネットをかき鳴らす!ピコルキッズが聖書をラップで読み上げる!
そしてピコル君が救いの歌を高らかに歌い始めた。

♪「抱きしめて kaku-baku-dan!! 〜愛とはつまり見栄と依存心と性欲の複合的な感情に過ぎないのか〜」


ベルマークを集めた
一生懸命集めた
4年くらいかけてマジで集めた
コンビニのゴミ箱に捨てた

タトゥーを入れた
顔面に入れた
鬼という字を大きく入れた
読みがなも上に小さく入れた

俺はもう以前の俺じゃない
美人にだって緊張しない
知恵の輪なんてもうホントに筋肉の力だけでこじ開けるし
スパゲティーのことはこれからパスタと呼ぶ

お前はもう以前のお前じゃない
ブスにだって優しくする
弁慶の泣き所は朝から笑いっぱなしだし
夏場になったらもう逆に蚊の血を吸ってやる

とまらない とまらない 
もう絶対にとまらない
右手の痙攣とまらない

おわらない おわらない
もう永遠におわらない
カードの支払いおわらない

I 'm dancing without you
I 'm singing without you
But I 'll be with you

(01:41)
第八話 「she loves butterfly」


命取りになるぜ、命取りになるぜ、命取りになるぜ、それは、それは命取りになるんだ。
フィッシュボーイは神輿の上で陽気に歌っている。命取りの歌。フィッシュボーイの義理の母ロボットが、子守唄として歌ってくれていたものだ。
義理の母ロボットはベーシストだったが、カーテン売り場では歌姫として、もてはやされたりもてあそばれたりしていた。だがそんなことは今関係ない。

ピコルキッズたちは、ピコル君とフィッシュボーイを神輿から降ろすと「これから友達とテロの約束があるので」と言ってスーツに着替えて帰って行った。
「川だ。」
フィッシュボーイの目の前に大きな川が横たわっていた。川を流れているのはラー油だった。
ゼロエリアと第9エリアの境界線、ラー油川である。ラー油を見たら性犯罪者だと思え、という格言を思い出したピコル君は、その格言を忘れることにした。
近くに舟が見当たらない。ピコル君とフィッシュボーイは頭を抱えた。そしてひざを抱えて座りこんでしまった。
頭とひざをいっぺんに抱えてしまったピコル君は、ヨガの境地に達していた。
ヨガの神が降りてきた。
「キュウリ下さい!キュウリ!キュウルィ!」
ヨガの神が叫んだ。ピコル君は手持ちのキュウリをうっかりきらしていたため、秘密袋の中からキュウリっぽいモノをいそいそと取りだしヨガの神めがけて投げつけた。
キュウリにむしゃぶりついたヨガの神は、一通り満足すると「キュウリよりも肉団子のほうがよかった。」とでも言いたげな顔をしながらこう言った。
「何か困っていることはないか?今ならなんでも一つだけ願いをきいてやるぞ。」
ピコル君とフィッシュボーイは顔を見合わせ。調度よかった、というような目でうなずき。同時に言った。
「愛をください!」
ヨガの神は少し黙り、こう言った。
「愛は与えられたり奪ったりするものではないよ。自分で作り育てなさい。」
ヨガの神は、「パンドラの箱を入れていた箱」を彼らに与え、徒歩で帰った。ピコル君とフィッシュボーイは、周囲に誰もいないことを確認してその箱を開けた。
中には、細かく分類されたパーツと、組みたて説明書が入っていた。組みたて完成予想図には、愛を司る女神が描かれていた。

二人は10日間眠らずに作業に没頭した。

ラー油川のほとりで、体力の限界に達してはいるが目だけはギラギラさせたピコル君とフィッシュボーイがぶっ倒れていた。完成が近かった。
女神は生まれようとしていた。だが、どこをどう間違えたのか、その体は左右バランスがおかしく、手足がぶらーんとしていた。
しかしもうどうでもよかった。ささいなことだ。半蔵は最後のパーツを取りつけ、服を着せ、後頭部を軽くどつきまわした。
ついに女神の完成だ。女はゆっくりと目を開けてこう言った。
「蝶々・・・。蝶々がいっぱい。綺麗・・・。」

女には目には見えないはずの蝶が、見えているようだった。
焦点の定まらない目を、虚空にさまよわせて、女は少し笑った。
二人はその女を、蝶子と名付けた。

(01:40)
第九話 「肉食プリンセス」


二人は新しい仲間にインタビューを決行した。

はじめまして。蝶子さん。
ーーーはじめまして。あら、あなたが有名なキチガイ、ピコル君ね。
ええ、そうです。まあ、キチガイというよりは、キッチュ=ガイですが。いろいろお伺いしてよろしいですか?
ーーーいいわよ。
まず、お聞きしたいのですが、あなたが人間を始めたきっかけは?
ーーーそうねえ。よく聞かれるんだけど、あれはちょうど献血ラッシュの時だったかなあ。
ええ。
ーーー自宅で粉末ごはんを食べてた時に・・・あ、いや、それは関係ないわ。
ははは(笑)
ーーー両親がセックス中毒だったことが直接的な原因ね。
なるほど。では、最も影響を受けた映画は?
ーーーミヒャエル・ロイド監督の「飛び出せ!弾丸ジジイ!」かなあ。あれは泣いたな。
ああ、あれはすごいですよねえ。現代社会に対する風刺が効いていて。
ーーーそれもあるけど、私はヒロインの最後の台詞に共感したなあ。「顔面セーフ!」っていう。
いいですよねえ。この映画がきっかけで、経済アナリストを目指した人って多いらしいですよ。
ーーーすごい影響力よね。
ヒロインは恋に積極的な女性でしたけど、蝶子さんはそのあたりどうなんですか?
ーーー来た来た(笑)うーん。どうかなあ。私はどちらかっていうと、恋愛に関しては白樺派。
本当ですか?意外だなあ。
ーーー本当本当。親友のお父さんに殺されかけたこともある。理由もなく(笑)
そんなあ。まるで「土器土器☆天国」の豚山豚子じゃないですか(笑)
ーーーそうなのよねえ・・・学生時代も、ヒンズースクワットとパスワード解析に夢中で、恋愛どころじゃなかったし。
そうなんですかあ。でも、今の蝶子さんなら世の男性がほっとかないんじゃないですか?
ーーーなにそれ(笑)
好きな男性のタイプとかあります?
ーーー難しいなあ。それ。よく聞かれるけど。
じゃあ、血まみれの男と、借金まみれの男ならどっち?
ーーーうーん。状況にもよるけど、血まみれの男かな。どことなく親父譲りなかんじもするし。
へえ。けっこうブラッドな感じに弱いんですか?
ーーーそうかも。でも、ティーエイチの発音がしっかりしてない男はイヤ!「through」を「スルー」とか発音されると悪寒がする。
けっこう古風なところありますねえ。
ーーーそういうところで、男として芯があるかどうかわかっちゃうと思う。
なるほど、ところで、好きな言葉とか、座右の銘みたいなものはありますか?
ーーー座右の銘ね・・・。「水兵、リーベ、僕の船」かな。
ほほう。それはどういう意味の言葉なんですか?
ーーー我々は将来的に間違いなくモルモットにされるっていう意味。私の祖父が病院のベッドでよく言ってた。
僕たちは仮装大賞に出るために生まれてきたわけではありませんからね。
ーーーまったく、そのとおりよ。
これからの活動のヴィジョンのようなものはありますか?
ーーーうーん、基本的には、キツネ目の男を探し続けたいっていうのがあるんだけど・・・
けど?
ーーー円形脱毛症にもチャレンジしてみたいかな。
エリートコースですねえ。
ーーーとりあえずそのために今、裏工作をして満州の利権を狙ってるの。
では、最後に告知と、ファンの方へのメッセージを。
ーーー来月から公開される舞台、「恋に恋するコインブラ 〜ジーコ、その性癖と仏滅マジック〜」に、知人の他人が出演します!見に来てくださいね!
蝶子さん、ありがとうございました。


(01:39)
第十話 「blind brothers 2」


「うわ・・・なんだこのニオイ。」
赤く濁った川がゆっくりと流れている。ハナオは堪えかねて手で鼻をおさえた。
「死体のニオイだよ。文字通り、ここが正常と異常のレッド・ラインってわけだ。」
ミミオはその不気味な流れに耳を済ませた。
この大量の死体は、川上の処理場から流れてきているという。
ゼロエリアで、さらに点数を落とした人間たちのムクロだ。
公にはされていないが、精神異常者・犯罪者・身体障害者など
社会的なあらゆる不良品がそこで処理されているのだ。
パーフェクトクリーンをうたう独裁政治の、全ての矛盾の辻褄あわせを、
ゼロエリアとこのラー油川が背負わされていた。

「それに、有害物質のニオイも混じってるよ。ゲルニカタウンを通らずに、
このラー油川を泳いで渡るのはまず無理だね。」
「ああ、ピコルは必ずゲルニカタウンを通る。そこで待ち伏せるぞ。」
ジャリジャリと音を立てて、川沿いを歩く兄弟。
この仕事が、おそらく容易には終わらないという予感を、
二人は感じていたが口には出せなかった。
ハナオは、委員会から送られてきた点字資料をもう一度読んだ。

・・・・・排除指令(点字資料)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

標的 : ピコル・ド・オードトワレ
居住地 : ゼロエリア特別区 (99号指定重症患者隔離地域)


ミミオ・ハナオの御兄弟へ。どーもどーも。
あなたたちの評判は聞いてますよー。すごいらしいっすねえ。
目、見えないのにどうしてターゲットを確実に殺せるの?勘?勘なの?

今回が初の委員会指令ですよ。上記の人物を、とりあえず殺して、
第一エリアの委員会窓口まで届けてね。
成功の暁には、なんと10000点あげちゃう!
お望みのエリアに住むも良し、洒落たインテリアを買い揃えるもよし、
好き放題に焼肉を食うも良し、なんでもあり!
とりあえず、他の刺客も狙ってるターゲットだから、
まあ、早い者勝ちだから、そこのところはお願いね。
ピコル追跡のための「ニオイ」は、同封してあるカプセルで記憶してね。
(けっこう入手大変でした)
ただ、ちょっとここでは言えないんだけど、いろいろ事情があって手ごわいよ。ピコルは。

がんばってねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「兄ちゃん。ピコルって、どんなやつなのかな。
ただのキチガイにしては、委員会がこだわる理由がわからない。」
「さあな。ただ、ゼロエリアではちょっとしたカリスマらしいぜ。
不思議な力を使うとか、使わないとか。」
「不思議な力?超能力、みたいな?」
「ああ。現に、今まで委員会が送り込んだ刺客どもは、誰一人帰ってきちゃいねえ。
全員、気が触れて消息不明。だ。」

不思議な力。と聞いた時に、ハナオの脳裏に昔読んだ新聞記事が浮かんだ。

「それって・・・まるで・・・。」
「そうだよ。俺は、ピコルはもともと機械児だったんじゃねえかと思ってる。」



(01:38)
第十一話 「君もおいでよゲルニカ・タウン」


真っ赤な川に浮かぶ街。君もおいでよゲルニカタウン。
ここ、ゲルニカタウンには、愛以外の全てがある。
人間のクズがごったがえし、絶望的な活気に満ち溢れていた。
ピコル君一行は一息入れるために、市場をぶらりぶらりとぶらついた。
商売人たちの威勢のいい声が飛び交っている。

「安いよ安いよぉぉ!イカの塩辛で作った金剛力士像安いよ!御利益あるよ!」
「本物!プラダのネジ!」               
「ウサギ殴り、一発500円!!」             
「お兄さんお兄さん!一日5分の努力で、みるみるうちに二重まぶたになれる!
計算ドリルあるよ!」
「寄っといで寄っといで!いい娘いるよ!瀕死だけど!」
「猫舌ありまーす!先着20名様に既得権プレゼント!」
「源氏物語の新刊出たよ!」           
「ツチノコいるよ!2万匹くらい!」
「カレーライスの生写真あるよ!モザイクかかってないよ!ルーが丸見えだよ!」

キョロキョロしていた三人の前に、名医がふらりと現れた。
「診察一回50円だよ。どう?」
フィッシュボーイは、少し熱っぽかったので、50円を渡した。
お、お願いします・・・。
すると医者は聴診器を自分の鼻の穴にねじ込んだ。

「うぅ・・・む。」
「どうでしょうか、先生。僕の体、どっか悪いとこありますか?」
「あるよ。顔と頭が相当悪い。あと、人生観が甘い。
しかもなんか・・・人間として許せない。」
「本当ですか?」
「本当。っていうか、なんだろう。
存在感がないし、女にも一生モテないね。その服も似合わないし臭い。」
「どうしたらいいんでしょうか。」
「寝ろ。とりあえず。あと、一日三回、レバーを食べて号泣しなさい。
その後で、振り向きざまにサティスファクション!」
「サティスファクションッッ!」

いいぞ、その意気だ。と言って医者は去った。
するとどこからか歌が聞こえてきた。

ドンツクドンツクドゥンドゥンドゥン・・・・♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「♪ゲルニカタウンのテーマ 
〜う、う、あ、全身が心臓になったみたいに脈打ってるんですよ、
ほら、コメカミのところとか特に〜」

あれ?その、鼻から出てる赤いのって・・・血?
オシャレだね oh yeah !!
あ・り・え・NAI
あ・り・え・NAI
君の気持ちが、わ・か・ら・NAI
メールの返信、ZEN!ZEN!こ・NAI
あの時の笑顔は何だったの?
あ、あれカネめあて? いやちがうカラダがめあてだったんだ
そうなんだおれしってるんだ おれのナイゾウをバイバイしようとしてるんだぜったい
そうだよきっといまもマドのそとからおれのことみてるんだろ
やめてくれよ、あっ、だれだ!だれだそこにいるのは!
LaLaLa・・・
バイ・バイ・買・売・マイガール
YOU・体・離脱さマイガール

ドンツクドンツクドゥンドゥンドゥン・・・・♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



(01:37)
第十二話 「K-report #41」


 No.41 異常天才、第五十七代黒田五右衛門に関する57の報告書

この文書は、現在、我がゲルマニウム・アイランドを事実上独裁支配している、
第五十七代黒田五右衛門に関する報告書である。
No.41では、ゼロエリア特別区内で調査中に発見された黒田五右衛門の
日記らしき文書の断片を公開する。


*       *       *       *       *      *

F−72年 P月48日

眼球がくるくる自転を始めたら、それが軟体動物のチギレトブ合図だ。
紫色の花が腕の端からどんどん生えてくる。生えてきたら危険だ。止まらない。
部屋の壁が全部ドロリと溶け出して、いくつもあったドアが見えない。
怖い。体に穴が開いている。
スピードが上がりすぎてまともに前が見れないカーブを曲がりきれない
曲がりきれないだめだぼくはもうだめだ。

誰の名前を呼べばいい。
僕の辞書には大切な言葉がない。

僕はこのままではいずれ壊れてしまうだろう。
だから決めたのだ。僕は僕を分断する。
肥大しすぎた脳味噌を、二つに分けて、片方をどこかの誰かに預けよう。

いつか僕と僕とが出会う時、その時に、僕Aが僕Bを
愛することができたなら、許すことができたなら。
そうさその時、僕は初めて僕になれるんだ。

*       *       *       *       *      *


以降の調査結果についてはNo.42の報告書で述べる。


ゲルマニウム開放同盟 第5エリア支部



(01:36)
第十三話 「溺愛フィッシュ」


右目から後頭部にかけて強い衝撃が走った。
視界の右端から乳白色のシミが広がるようにぼやけて、
フィッシュボーイは膝から床に倒れた。
首をつたう生暖かいものは多分、血だな。そんなことを考えながら。
「ピコルはまだ、ゲルニーク・ホテルにいるね。」
公衆便所の窓を開けて、ハナオは風の中で鼻をきかせた。
「将を射んとすれば、だ。いや、海老で鯛を、かもな。」
ミミオのシャツにはべっとりと返り血がついていた。
街の喧騒が遠く聞こえる汚れた公衆便所。
フィッシュボーイがひとりでそこへ入った時、すでにミミオとハナオは中にいた。
銃の柄でまず鼻の頭をやられ、ふらついたところにもう一人の蹴りが入った。
ガムテープで両手を縛られ、殴られるたびに出るうめき声を録音された。
ピコルを直接狙うのはリスクが高い、まずは仲間を人質に。ミミオはそう考えたのだ。
「男の苦しむ声ってのはどうにもあれだな。勃起しねえなあ、オイ。」
ミミオはゲルニーク・ホテル606号室、と書いた封筒にテープを入れて、
それをハナオに渡した。

口の中で折れた歯を転がしながら、フィッシュボーイの意識は遠のいていく。




いてえな・・・              

      死ぬなこれは

                ピコルさんに迷惑かけるなあ・・・

畜生、なんだよ
                      いてえなホントに

                      
やっぱ一人じゃ何にもできねえのか俺

死ぬかな俺                死にたくねえな

          ああ、あの頃はよく殴られたっけ   
                          だせえなあ

雨降ってたなあん時

              これ走馬灯ってやつかな   

痛い痛いなんか手首とか変な方向曲がってるし青いし

走馬灯かあ                            

  ええと俺の人生何があったっけ

           ええと      ええと、なんだ

 そうだ、海だ      海・・・                 

違った     あ、それ全然違った  ははは     
                 
 行ったことねえや全然  テレビで見たんだそのシーンは 

 女のこととか思い出そうかな      女、女・・・   

          ええと    誰だ


   いてえなあ        なんか腹のあたり熱いし  熱いわ             
なんだヒリヒリとかいうレベルじゃないなコレは

あれだ   あの、コンビニの・・・    あ、違った             
   あいつブスだったすげえブスだった全然違うよ

 高校んときの 隣のクラスの・・・    
               ええと、うわ、名前忘れちゃったよ

    なんか妙に体エロい女

  違う違う   無視されてた俺  はは  俺あいつ嫌いだった 
       

なんだよ、全然思い出せねえ 
           

 なんだろう    ベロベロに酔ったあとヤッた女は     

ああ  ブスだったな

     途中でゲロ吐いてさんざんだったっけ        
                          ひでえな

          うわ、床濡れてる今気づいたけど

              汚ねえなあ              

                           
        公衆便所で殴られて死ぬのか

                  最初から最後まで 

                       だせえなホント・・・
                                      俺の人生は・・・


(01:35)
第十四話 「夢見☆GOKOCHI」


みなさんごきげんよう。組立式人間のラブリーアンドガブリエル蝶子でございます。
年収三千万以上の男とファッションと海外旅行と
水虫の治療法にしか興味のないワタクシではございますが、
今日は語らざるをえません。
ピコル君の深い悲しみと絶望を。
そう、私とピコル君がゲルニーク・ホテルの部屋で、
実家に執拗なイタ電をしていたときのことでございます。
ベルを鳴らしてホテルのボーイが届け物をしてきたのです。妙な封筒でした。
私がそれをおそるおそる開けてみると、中から一本のカセットテープが出てまいりました。
え?それ女子限定?男子禁制?とニヤニヤしながらピコル君はそれを私から奪い取り、
古いウォークマンに入れてテープを回し始めました。
ヘッド・バンキングを始めるピコル君。私も負けじとポジティブ・シンキングを始めました。

ポジティブ・シンキング・・・。ポジティブシンキング・・・。明確に思い描くのよ・・・。

退屈な毎日→この先老いていく自分→きっと若い頃のように男にチヤホヤされない→人間が信じられない→引きこもる→紫外線に当たらないので美白効果→より美しくなる→いい男に言い寄られる→唾を吐きかけて蹴りを入れる→優越感→自分に自信が出る→より美しくなる→政治家の愛人になる→金と人脈を奪い取り捨てる→それを元手に選挙に出馬→美しすぎて当選→あまりにも美しすぎて首相に→究極の美に国民がひれ伏す→美男子だけを集めて朝から晩まで大はしゃぎ→チャクラが体中に満ちてさらに美しく→人間の領域を超える→不老不死→永遠の美→神となる→宇宙空間の中に大いなる愛を感じる       

私が具体的な構想を練っている間に、テープを聞いていた
ピコル君の顔は青ざめていました。
心配になり、私はピコル君のヘッドホンを外して声をかけたのです。
「ごはんにする?お風呂にする?それともシベリアで強制労働?」
ピコル君は私の問いかけには応じず、ウォークマンを床に叩き付けてこう言い放ちました。

あかん、おばあちゃんの知恵袋の緒が切れたわ
こんなコケにされたのは初めてや
彼はそのままエプロンをつけてキッチンに向かうと、
フライパンに油をひいて一心不乱にウォークマンを炒めはじめました。
そこに豆板醤をかけて、いい匂いがしてきたところで
一度そのことをスッパリと忘れて夏休みの計画を秒刻みで立てました。
フライパンの火が天井に達した頃に、改めてそこに消火器をぶちまけて、
醤油を目薬のように目にさし「目ぇさめるで」とつぶやきました。
最後の仕上げとして部屋中の壁に「死ね」と書き、
冷蔵庫を蹴り倒して転げ出てきたハムを指差して私に言いました。

「どや、うまそうやろ。俺が本気だしたら料理くらいなんぼでも作れんねん。食ってみ。」

ピコル君があまりにも爽やかにそう言うので、
私は「ポオ」と一言お礼を言った後、警察に連絡しました。

(01:34)
第十五話 「廊下を走らないで下さい。そんな病み上がりの体で。
        廊下を走らないで下さい。こんな僕なんかのために。」


「全く意味はわからない。けれどお前の気持ちはよくわかる。
ほら、その証拠に、ほら、ここのここらへん見てよ。
破裂しそうでしょ?なんかもう、怖すぎて笑っちゃうでしょ。」

誰の言葉だったか、うまく思い出せない。
ただ、それが自分にとって重要な言葉だったことだけは思い出せる。
警察との猥談に華を咲かせていた蝶子をホテルに残し、
ピコル君は脳味噌に引っ張られるように走った。
走り出すや否や、ピコル君はランナーズ・ハイに突入した。
景色が色を失い、思考がドロリと溶け出した。
体内時計の時針がポキリと折れ、秒針が赤黒く肥大化していく。

・・・があ、があ、があ・・・

シェフを。シェフを呼んでくれるかい?
かしこまりました。長雨のせいで、右側が多少、裏返っているかもしれませんが、
失笑していただけますか?
いただけるも何も、それはこっちの十八番だよ。お礼が言いたくてね。
さあ、呼んでおくれ。
はい。それではお呼びいたしましょう。当店のナンバーワンシェフ。
猫舌・毒舌・二枚舌でおなじみの「黒佐藤みりん」さんです。はりきってどーぞ!
どーもー。黒佐藤みりんでえす。何の御用でしょうかお客様?
ああ、あなたが、この料理・・・いや、この・・・料理?うん。なんだろう、この、
あれだ・・・ええと・・・この・・・この・・・ええと、これを作ったシェフですか?
いかにも。いかにも私が作ったものでございます。どうでしたでしょうか?
物理的にありえる範囲内でしたでしょうか?
いやあ、もうとにかく最高だよ。最高。
まあ、最初はビックリしたよ?なんていうか、ちょっと・・・うん。カチンと来たけど。
ええ、ええ。そうでしょうそうでしょう。
こちらとしても、計算外なことになる、ということは予想していましたので。
そうなんですか。でも最終的にはあちら側とも相談して、
シャレにならない感じでうまくまとまったと思うし。うん。
個人的には、なくもない印象だった。
あはは。そう言って頂けると、冗談半分で撲殺された孫も、浮かばれると思います。
まあ、そのあと沈みに沈みますが。
それはそうと、これは何を材料にして作ってらっしゃるんですか?
材料?ああ・・・これはまずですね、無から有を作りますね。
是が非でも折り曲げたい感じで。そのあと14乗して7を引き、そこにゴマ油を加えます。
ほお・・・、ええと、中華ですかね。
中華?まさか。中華ではないですよ。むしろパンクロックやメロコアに近い。
でもそこに否定的なニュアンスが含まれているので、もはや中華です。
だから中華ではありません。
なるほど。おっしゃっていることがよくわかりません。
でも、とにかく完璧なアチチュードであると言わざるを得ませんね。
当然です。そしてですね。そこに隠し味として性的暴行を加えます。
もうこれでもかっていうほど合法な感じで。ええ。
ああ、そのことによって隠し味が隠れる側から隠す側に回るわけですね。
ええ、そのとおりです。全くの正解です。大正解です。
では、最終問題はポイントが倍なので、みなさんよろしくおねがいします。
倍・・・ですか。なんだか急にしんみりしてしまいましたね。
そうですね・・・。あ、どうですか?これから一緒に
18階のダーツ・バーに行くというのは。もう、予約してあるんですよ。
えっ?いや、ちょっと待ってくださいよ。
そんなみっともないこと・・・今日は僕の親戚も見に来ているんですよ?
それをそんなふうに・・・。
そんなふうって・・・ふふ。具体的にはどんなふうになっているんだい?
いや・・・その・・・。
ねえ。ほら、ねえ。今、どこをどうされているんだい?ねえ。
そんな・・・。
ねえ。ほら、ねえ。この気持ちを、そう、今のこの気持ちを、誰に伝えたいんだい?
じゃあ・・・。この店の・・・ナンバーワンシェフに。
・・・。
・・・伝えたいです。
お、お、お客様・・・!!

・・・があ、があ、があ・・・

気がつくとピコル君は走りながら涙を流していた。
しかしそれが頬を伝うよりも早く蒸発してしまったために、
ピコル君は自分が泣いていることに気づかなかった。



(01:33)
第十六話 「獏の胃袋の中で」


ハロー、ミミオ。頭の中がジャリジャリするだろう?
でもそれでいいんだ。気にしなくていいんだ。普通なんだからそれが。
ふふふ。まあるい箱の中へようこそ。
僕はそう、青くて青くて青い鳥、ピコル・ド・オードトワレ。
初めに言っておくけど、君を殺したりはしないよ。
もっと酷い目にあわせてあげる。幸せのどん底にたたきこんであげる。
ほんとうの世界に連れてってあげる。
それじゃあ踊ろうか。君と僕と、金色の動物と。

ピコル君の声が聞こえると同時に、ミミオの周りの世界は
ミミオを中心にグルグルと回転し始めた。
五感の全てに亀裂が入り、その亀裂が青くにじんでいく。
「ピコル・・・!」
遠くでバイオリンの弦が切れる音が聞こえた。
その瞬間、ミミオは大きな金色の獏に飲み込まれた。

無音。暗闇。しかし目が見えないはずのミミオは目が見えるようになっていた
(少なくともそう感じた)。
白い立て看板があった。
「ひとつでは足りないけれど、ふたつだと多すぎるものって、なーんだ?」
と書いてあった。
ミミオが首をかしげると、その首の上に金色の蛙が飛び乗った。
冷たくてヌルリとした感触だったが、ミミオはびっくりしなかった。
自分がびっくりしないことに少しだけびっくりした。
「ミミオくん。この世には、すっぱいブドウしかないんだよ。」
蛙はそういうと消えた。ミミオが上を向くと、
手の届かない場所に美味しそうなブドウがたくさん実っていた。
ふと、目線を降ろすと、手の届きそうな場所にもブドウが実っていた。
しかしそれは腐っていた。
ミミオはどうしても美味しそうなブドウの方を食べたくなり、高くジャンプをした。
しかし届かないどころか、着地するときに足を痛めてしまった。
悲しくなって涙が出てきた。
「ははははは、醜いな、ミミオくん。なんで君には翼がないのかな。
なんか、すごく不恰好だ。ははは。」
金色の鷹が上空で笑っている。笑いながら美味しそうなブドウを食べている。
ミミオは、その鷹が美味しそうなブドウを全て食べきってしまうのではないかと
心配でしょうがなかった。そしてまた涙がこぼれた。
するとその涙が地面で金色のミミズになった。ミミズは言った。
「僕を神様にしてください。」
ミミズは分裂を繰り返し、異常な速さで増殖していく。
僕を神様にしてください、僕を神様にしてください、僕を神様にしてください・・・
ミミオの心が有刺鉄線でぐるぐる巻きにされていく。
気がつくとミミオは足で全てのミミズを踏み潰していた。ミミオの息は乱れている。
するとミミオの目の前にヒラヒラと金色の蝶がやってきた。

「あなたに薬をあげるわ。薬は二つ。でも選べるのはどちらか一つだけよ。
ひとつは、高く高くジャンプできるようになる薬。
でも、高くジャンプしてもブドウは取れないかもしれないし、
着地した時には十中八九、死ぬわ。
もうひとつは、腐ったブドウを美味しく感じられるようになる薬。
どちらかといえば後者がオススメね。みんなそっちを選ぶわ。
でもね、後者の薬は、毎日飲み続けなきゃだめよ。
そうでないと、腐ったブドウの毒で一生苦しむことになるから。」

蝶はミミオに、さあどっち?と聞いた。
ミミオは悔しかった。自分に翼はないのかと、何度も背中を確認した。

「やめなさい。あなたには翼はないの。いい?
私は優しいから本当のことを言うわ。あなたには、翼は、ないの。」

ミミオは鷹のことを羨ましく思った。嫉妬し、ねたみ、憎く思った。蝶は言った。

「あなたは鷹じゃないの。それはもうどうしようもないことなの。
ミミズがあなたではないことと、同じように。」

ミミオの足元で、まだ数匹のミミズが生き残っていた。ミミオはそれをまた踏み潰した。

「もう一度言うわ。あなたには翼がない。さあ、どっちの薬を選ぶ?
選ばないのなら、私はもう消えるわよ。」

ミミオは天を仰いだ。どちらを飲めばいいんだろう。どちらの薬を飲めばいいんだろう・・・。
その足元で、半身をつぶされたミミズが、体をよじりながら叫んでいた。
僕を神様にしてください。僕を・・・。


(01:32)
第十七話 「空中のマリ子」


第二エリアの中空に浮かぶ大きな鉄の塊
それが「ブエノスアイレス委員会」本部の空中要塞である。
D世紀後期からE世紀初頭にかけて活躍した、かの有名な建築家コンビ、
「マンチェス太郎・ユナイ哲郎」によってデザインされたその要塞には
現代建築の様式美の粋が集められている。
だまし絵などによく使われる無限回廊や、
「新約!爆笑聖書」などにも出てくるクラインの壷が随所にあしらわれており、
ガラパゴス風の庭園には3−5−2の配置で植物人間が栽培されている。
また、老婆のミイラをそのままドアノブとして使用した扉、
コンソメのブロックを積み上げて作った壁、
大量の猿が放たれたエントランスなども有名であり、
よくドラマのロケなどにも使用される。
「意図的に排除された機能性」「完璧に無視された風水」「あきらかに度を過ぎたノリ」。
全ては計算されつくした破綻そのものであり、
後の建築は全てこの空中要塞の模倣に過ぎないとも言える。
言わばそれは空に浮かぶ一つの怪奇現象であった。
完成披露の際、そのあまりにメタ・メランコリックな情景を目の当たりにした貴族が、
したたる鼻血をぺロリと舐めてこう言ったそうだ。
「時代は今、僕の大気圏に突入した。」

空中要塞の中心部。委員会会長室からは今日も耳をつんざくほどの金切り声が聞こえる。会長の声だ。
「もっと!もっとよ!もっと強く強く踏みつけて頂戴!
私のいいところを3つ言いながらッ!」
従者、イシナシ君は会長の頬肉を血が出るほど踏みつけながら、
「いいところ」を3つ答えた。
「えーと、会長はIQが3770あります!そして、えーと、長者番付の6位です!
そ、そしてなによりも・・・じゅ、純粋な心の持ち主です!」

嘘ではなかった。たしかに会長はIQ3770という人間離れした知能指数を持っていて、
長者番付に常にランクインする資産を持っていて、
ある意味とても純粋な心の持ち主であった。
しかし、醜かった。それはそれは醜かった。
カエルとブタとゴリラとフグとミミズを足して3で割った余り、のような醜さだった。
何のコネも持たない、一介の清掃員に過ぎなかったイシナシ君が
会長付きの従者にまでなれたのは、ただ単にその容姿を見て嘔吐しなかったからである。逆に言えば全ての委員会勤務者が会長の姿を見て嘔吐し、
側近になることを辞退したからであった。
会長の名は「クリスティーナ・レイン・スメルズ・ライカ・ローズ・マリ子」。
視覚からは判別し難いが、女であった。
部屋中に敷き詰められたコンピュータを駆使して
ゲルマニウム島全土の治安維持を行う、いわばマザーコンピュータである。
彼女はその生活時間のほとんどを仕事に専念し、
その合間を見てイシナシ君とのプレイに興じるのであった。
そのプレイとは・・・

1.イシナシ君が会長を張り倒し、罵倒しながら踏みつける(特に顔を中心に素足で)
2.イシナシ君が会長の「いいところ」を3つ誉める
3.今度は逆に会長がイシナシ君の体を蹴り上げ、
こころゆくまでしばきあげる(体全体を木製バットで)
4.そして会長がイシナシ君の「いいところ」を3つ誉める
5.二人で紅茶を飲みながら雑談

という流れで行われる。

「イシナシ!あんたのいいところはね、意思がないところ!
体が異常に丈夫なところ!そして、人の心が読めるところよ!」

イシナシ君は蹴り上げられて宙を舞った。
イシナシ君の本名は「タケダ3号」である。
まったく意思がない(ように見えるほど従順)であることから
勝手に会長がイシナシと呼んでいるだけだ。
イシナシ君はその意思もあやふやだが、「痛み」もあやふやであった。
いわゆる無痛症である。
この病気は通常の人が侵された場合、大変危険な病気である。
生命の危機を知らせる信号である痛みがないということは、
体の損傷や衰弱に気づかないということだからだ。
しかしイシナシ君の場合は違った。
イシナシ君の体は決して傷つきはしなかったのだ。
(正確には、損傷に治癒が追いついている状態)
会長はイシナシ君のこの体の異常性を発見した時、狂喜乱舞した。
「最高の人形が手に入った」と。



(01:31)
第十八話 「空中のイシナシ」


「会長、今日は・・・2つ、でいいですね。」
イシナシ君は紅茶に角砂糖を2つだけ入れた。
会長はニッと微笑んで、うなずいた。
イシナシ君は心を読んだのだ。
「イシナシ。ミミオ・ハナオの兄弟はどうなってんの?今、あいつらの心も読める?」
イシナシ君は目を閉じて遠くに意識を移した。
「・・・ミミオ・・・ミミオの意識は今・・・
あれ?おかしいな・・・ピコルの、ピコルの中にいます。」
「やっぱりね。」
会長はため息をついて紅茶を一口飲んだ。

会長は知っている。ピコル君とイシナシ君が同類であることを。
同じ種類の力を持つ、悲しき玩具であることを。

イシナシ君はなにが「やっぱりね。」なのかさっぱりだったが、
やっぱり、会長は凄いと思った。
この人の考えていることは計り知れない。
イシナシ君は知っている。
会長のこの妖怪のような容姿が生まれた時からのものではないことを。
会長の部屋である日、美しい女性の写真を見つけた。
それは会長の姿とは似ても似つかぬ美しさだったが、イシナシ君は直感したのだ。
「これは会長だ。」
会長はわざと、自分の顔を醜くしたのだ。
それがなぜなのかという理由は、なんとなく想像がつく。
一度、イシナシ君は会長に言われたことがある。

「イシナシ。人間に最も必要なものが何だかわかる?それはね。欠陥よ。」


その言葉を賜った時、イシナシ君の中で何かがはじけた。
救われるっていうのはこういう事なのかもしれない。
それからイシナシ君は会長とのプレイが楽しくてしょうがなかった。
イシナシ君は知っている。この気持ちが愛に限りなく近いことを。
ポケットの中の、会長の美しかった頃の写真の裏に、イシナシ君は詩を書いた。

あなたのことを考えると
スプーンが曲がるんだ
あなたのことを考えると
スプーンがぐにゃって曲がるんだ
これって超能力?
それとも恋?


(01:30)
第十九話 「異端児の人体(回文)」


ミミオはピコル君の体の中を、心の中を、依然として彷徨っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや、でもマジで本気出したら、グーにだって負ける気、しませんよ。」
チョキは言った。かなり酔っているようだった。
向こうの方が1年半くらい先輩ですけど、偉そうにされるのは正直ムカつきますよ、
と言ってテーブルの足を蹴った。
彼の気持ちはわかる。私から見ても最近のグーの態度には
やや増長したところがあると思うからだ。
仕事の現場にもシャリで乗りつけてきて、
まるで自分がスシネタにでもなったかのようなチャラチャラした振る舞い。
売れっ子のパーの前ではヘコヘコしてるくせに、
グーやその後輩の前では長々と説教をかます。

「いいか?てめぇら。この世にはな、二種類のジュースしかねえんだよ。
『あったか〜い』か『つめた〜い』かだ。」

そんな台詞は、キャリア30年超の大師匠じゃないと言えない言葉だ。
若手へのイジメは昔から酷かったが、最近はさらに酷くなっていると聞く。
ワンタンの中に入れられた。ウェットティッシュを勝手に乾かされた。
陰毛をむしり取られたあげく、褒めちぎられた。
など、枚挙を挙げればいとまがない。他人には厳しいくせに自分には優しい。
そして地球にも優しい。それがグーの正体だ。
確かに、グーはなかなか仕事がデキる男ではある。
だけど、あるがままの心で生きられぬ弱さを誰かのせいにして過ごしてる。
それでは仕事ができても他からの人望に厚くはなれない。
「まあ、そのうちヤツも痛い目に会うさ。チョキ、女紹介してやっから元気出せよ。」

私が言うと、チョキはコロッと機嫌を直して、どんな女っすか?と聞いてきた。
「んー、まあ、普通にカワイイ子かな。でも性格はどうかな。
俺もよくわかんねえけど、スロバキアでは英雄って呼ばれてる。」
「マジっすか!?俺、そういう子にウケ、いいんすよ。写メとかあります?」
あるよ、と言ってチョキに見せた。
「これ。ちょっと写り悪いけど、実物はもっとカワイイよ。」
「あー・・・。いい・・・じゃないですか。でもなんで頭にウ冠、乗せてるんすか?」
「なんか漢字系の企業の面接だったんだって。彼氏は2年くらいいないみたいよ。どう?」
「いや、マジでいいっすよ。なんかこの子といろんなとこ行ってみたいなー。
厄払いとか。あーなんかテンション上がってきたっ。」
そう言ってチョキが自分の手首を切ろうとしているのを見て、微笑ましくなった。
「この子、インドア派だけど、意外とお前みたいなトランクス派とも相性いいと思うよ。」
チョキは、へへへ、と笑ってビールを飲み干した。
まあ、チョキは酒に弱いので、正確には飲み干したというよりも、
飲んだ後で干しただけだったが。
「なんか、今日はありがとうございました。
俺の変な愚痴、聞いてもらった上に、女の子紹介してくれるとか言ってくれて。
なんつーか・・・ホント、集団で辱めた後に皮を剥いで塩漬けにしたいくらいっす。」
「バーカ。俺はただ先輩としてお前のこと評価してるから、
力になりたいって思っただけだよ。なんかあったらいつでも電話して来い。
すぐかけつけてお前の前歯折ってやるから。そんでその後チーズでフォンデュしてやる。両親の目の前でな。」
「あはは、冗談キツイっすよ先輩。マジで、あんたが生きてること自体、
法律で禁止されてるんすよ。」
「なんてな。だからお前は自分の力信じてがんばれって。
てめえがゴキブリ野郎だってことは科学的に証明されてんだから。」
そんなことを言いながら、二人で首を絞めあって笑った。
こんな時間が、結構楽しかったりする。家に帰って思い出すと虫唾が走るくらいだ。
そして二人は別れ間際に互いの人生観を徹底的に否定し、国交の断絶をした。
マスコミを通じて以後はエビ及び綿製品の輸出入をストップしたことを伝え、
それが事実上の宣戦布告となり即時開戦となった。
両国の軍隊はインド洋沖で衝突。チョキが化学兵器を用いていることが発覚し、
国際的にそれが取りざたされ国連軍が大爆笑するという事態に陥る。そして・・・
「チョキに告ぐ。貴殿とこのような関係になってしまったこと極めて遺憾である。
しかし我が国はこれからも総力をあげて睡眠をとりたいと思うので、
決して部屋を覗かないで欲しい。」
この通達を最後に、私は鶴となって空へと羽ばたいた。
そしてこの戦争は幕を閉じ、私は一人で亀と寿命を競い合い死亡した。

ああ・・・俺の人生もこれで、終わりか。あっけねえもんなんだな。
ごめんな。チョキ。俺、素直になれなくて。
もっと早く言うべきだったんだ。
そうさ。
お前はチョキなんかじゃなかったんだ。
お前は、ピースだった。
最高にピースだったよ。

大山田・ビッグ・孝弘。享年35歳。
電気シェーバーが発明されるのは、この4年後の話である。


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