2013年12月03日

背景:
生物は遺伝子変異を繰り返し、それが生存に有利であると次世代へと受け継がれ進化していく。遺伝子の変異は生殖細胞が作られるときに起こるため、高等動物の場合は生まれた後に手に入れた獲得形質の遺伝は起こらないと思われていた。しかし実際には、エピジェネティクスという現象により、獲得形質の遺伝が起こることが示されている。

要約:
ヒトは恐怖を感じることによって、対象の危険性を認識し接触を避けるように行動している。動物も匂いや見た目によって、食べ物や他の生物の安全性・危険性を記憶している。これらの情報には、本能に刻まれていると表現される対象もあるが、新たに記憶した危険物の記憶に関しては次世代へと受け継がれるのだろう か。

この度エモリー大学のKerry Ressler博士らによって、マウスの記憶した匂いと危険性の関係が少なくとも2世代は受け継がれることが分かった。またこの遺伝は、エピジェネティクスによるDNAの修飾によって起こっている可能性が示された。

エピジェネティクスはDNA塩基配列の変化なしに、後天的な修飾によって遺伝子の発現が変化する現象やその研究分野を意味し、正常な修飾の他、環境の変化や化学物質への曝露などによっても起こる。通常生物が環境の変化に適応するときには、多くの世代を経る長い年月が必要とされるが、エピジェネティクスによる遺伝では、現世代が受けた環境からのストレスに次世代が直接影響されてしまう。

この現象が実際に生物に与える影響については、まだまだ多くの議論が行われており多様な実験結果が必要とされているが、統計的に示される影響は様々な分野に現れている。例えば、オランダで1940年代の戦争により食糧不足に陥ったころに産まれた子供は、糖尿病や心臓病などにかかりやすいことが示されている。

Ressler博士らは、マウスに恐怖の記憶を植え付けることで、それが遺伝するのかどうか実験を行った。マウスに対しては、香料の1つであるアセトフェノンと痛みの関連付けを行った。マウスに目的の匂いを嗅がせたときに電気ショックを何度か与えることで、その匂いを嗅ぐだけで電気ショックに身構えるようになる。

ここまでは一般的な条件反射の実験と変わらないが、その後彼らはオスのマウスの子供に匂いを嗅がせる実験を行ったところ、アセトフェノンを一度も嗅いだことのない子供でさえ、電気ショックに身構える姿勢をとった。そしてこの現象は、最初に記憶を植えつけられたマウスの孫でも同様にみられた。

アセトフェノンへの条件反射は、匂いに対する脳への反応が変化することで起こる。アセトフェノンと電気ショックの関連付けを行われたマウスやその子孫の脳内では、匂いを感知する受容体がより多く見られた。またその匂いが恐怖へとつながる、脳の他所への信号の発信も大きくなった。

このような受容体の増加は、DNAメチル化の変化によって起こっているようだ。メチル化は遺伝子の発現量を抑制するための可逆的な修飾であり、体中の細胞内で常に起こっている。条件付けが行われたマウスの精子細胞内では、アセトフェノン感覚遺伝子のメチル化の減少がみられたことから、アセトフェノンへの反応が遺伝されたと見ることができる。しかしこれだけでは、それがどのように恐怖へと繋がるのかを説明することはできない。

この研究結果はこれまでの定説を覆してしまうような発見であるため、それ相応の証拠が必要であるだろうとコロンビア大学のTimothy Bestor博士は考えているようだ。この研究に関する疑問点の1つとして、アセトフェノン感覚遺伝子のメチル化が実際にタンパク質生成に影響を与えているのかというものがある。DNAメチル化による発現量の抑制は、遺伝子の発現を制御するプロモーター上で行われるが、アセトフェノン感覚遺伝子上にはメチル化が起こりうる部位が存在しないという。

ペンシルベニア大学のTracy Bale博士によると、この説を確かなものにするためには、父親の経験によって作成された特定の脳内信号が、精子細胞内でどのようなDNA修飾へとつながり、どのようにそれが維持されているのかを解明しなければならないだろうという。また生殖細胞にそれほど柔軟性があり環境に左右されてしまうというのは、それこそが畏怖を与えてしまうような事実であろうという。

Ressler博士らは、ヒトでも同様にエピジェネティクス修飾が子孫の行動に影響を与えていると考えているようだ。しかし実際にそれを証明する術は現在のところ考え付かないため、しばらくは動物実験に集中することになるだろうという。現在は、アセトフェノンの記憶が何世代続くのか、また条件反射を消すことができるのかを実験しているようだ。

Ressler博士によると、彼らの説に対する懐疑的な目は、分子的な証明が行われるまで止むことはないだろうという。そしてそれはとても難解で、時間のかかる研究となるだろう。

intelligence gene

元記事:
Fearful memories haunt mouse descendants - Genetic imprint from traumatic experiences carries through at least two generations
http://www.nature.com/news/fearful-memories-haunt-mouse-descendants-1.14272

参照:
Dias, B. G. & Ressler, K. J. Nature Neurosci. http://dx.doi.org/10.1038/nn.3594 (2013).
Heijmans, B. T. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 17046–17049 (2008).

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