ぼんやりしている間に月が替わってしまった。
4/29 のライブには沢山ご来場いただきありがとうございました。
大学の音楽サークルの中でできた一つのコピーバンドが、
何かの拍子にオリジナル作ってみようぜ、から始まって、
デモテープ作ろうぜ、レコーディングしようぜ、で小岩の STUDIO M で
深夜の 6 時間パックでレコーディングして、(生データは DAT でもらいました)
んじゃあライブハウス出ようぜ!てなったのはもう前世紀のことでした。
何かを為すこともなく解散・消滅して行くバンドがあまたある中で、
15 年超の期間活動してこれたことは、
おれらの気合いと情熱と根性とやせ我慢の結果...。
だけでなく、周囲の人の助けやアドバイスや協力があってのことだった。
436 回のライブ、3 枚のアルバム、6 枚のシングル、
北海道から沖縄までのツアー、海外リリースまで含めた音源の展開、
mp3 配信、MV 製作、T シャツ等のグッズ制作等、
まあ出来る範囲のことはほぼやり尽した感がある。
流通会社に資料持ってプレゼンしに行ったこともあったな。
迅も書いてたけど、はじめはほんとに勢いしかないバンドで、
そのくせ夢は大きく東京ドーム、どころか中山競馬場とか、空母の上とか、
宇宙ステーションから中継なんて言ってたこともあったかな(笑)
まあ現実はなかなか非情です(笑)
バンドに旬の時期があるのかどうかわからないけど、それぞれ特徴があった。
V 系シーンでひたすらツアーに明け暮れていた初期、
メタル界隈に来て、善と K.K. のいた中期は総合的なテクニックという意味では最高峰だったと思う。
そして U が加入してそれまでのキャリアを昇華させつつ新しい音楽を模索した後期。
このバンドだからこそできたこと、
このバンドでできなかったこと、
まあ色々ある。
中でも一番おれが恵まれていたなと思うのは、
信用できるメンバーに出会ってそいつらと長く同じ存在の中にいれたことだった。
特に 10 年以上一緒にやってきた、迅と雀蕗は
「まああいつらなら悪いようにはしないだろ」とギターソロのレコーディング中は、
スタジオにいないで別に作業してた。
だからあの二人がレコーディングでソロ録ってるところ見たことない。
もうちょっと見とけばよかった(笑)
よく「どうやったらそんなに長く活動できるんですか」みたいなこと聞かれるんだけど、
常に必死だっただけで、別に 15 年活動しよう!と思ってないからね。
結果的に 15 年経ってたというだけで。
だいたい年数を目標に活動するのはロックバンドにとっては健全じゃないよ。
まあそんなこんなで、解散という運びとなりました。
個人的には活動終了と言う方がしっくりくるかな。
いろんなことやったし、
音楽やってたからできたこと、見えた景色もあったし、
音楽に触れてたから出会えた人もあったし、
まあまともに社会人・会社員やってたら経験できないことだらけだったよね(笑)
とりあえずこのブログはメンバー個人個人からはこれで最後となるでしょう。
何か今後の活動があれば、それぞれ発信していくこととなると思う。
おれはしばらく物書きをする予定なので、WEB や SNS でお会いできるのではないかと思う。
以下個別に謝辞を。
■市川 CLUB GIO
このハコの存在がなかったら、おれたちは何をするべきかもわからずに早々に路頭に迷って、
こんなに長く活動することはできなかったと思う。
■413 TRACKS
1st アルバムリリースのきっかけを与えてくれ、そしてリリースしたレーベル。
ここで得た特にバンド運営についてのノウハウはその後の活動の基礎となった。
■bazooka studio / bazooka music
2007-2013 年までアルバム1 枚、シングル 2 枚をリリース。
セルフプロデュースについて何の文句も言わずにひたすらアドバイスだけをくれた。
海外リリースもここがあってこそ。
■吉祥寺CRESCENDO
初めて出演したのは 2008 年 1 月だった。
それから 8 年の間お世話になりました。
GIO 亡き後のホームが得られたことは本当に幸せなことだったと思う。
■Black-listed Records
折に触れバンドを良くすることを一緒に考えてくれた大西社長には感謝の言葉もない。
ほんとに話のしやすいレーベルで、日本のインディーシーンの中核の一つなのに
こんなにフレンドリーでいいのかと思った。
みなさん、リリースはここがいいですよ(笑)
■ オーディエンス・リスナーのみなさん
見に来てくれる人があってこそのロックバンド。
おれらの元気と活力の素でした。
■共演者のみんな
もう何千のバンドと一緒にライブしたかわからん。
ライバルであり仲間だった。良いバンドが良い演奏してると刺激された。
というわけで長々書きましたが、これにて終了です。
このブログをお読みいただきありがとうございました。
またどこかで。
了
4/29 のライブには沢山ご来場いただきありがとうございました。
大学の音楽サークルの中でできた一つのコピーバンドが、
何かの拍子にオリジナル作ってみようぜ、から始まって、
デモテープ作ろうぜ、レコーディングしようぜ、で小岩の STUDIO M で
深夜の 6 時間パックでレコーディングして、(生データは DAT でもらいました)
んじゃあライブハウス出ようぜ!てなったのはもう前世紀のことでした。
何かを為すこともなく解散・消滅して行くバンドがあまたある中で、
15 年超の期間活動してこれたことは、
おれらの気合いと情熱と根性とやせ我慢の結果...。
だけでなく、周囲の人の助けやアドバイスや協力があってのことだった。
436 回のライブ、3 枚のアルバム、6 枚のシングル、
北海道から沖縄までのツアー、海外リリースまで含めた音源の展開、
mp3 配信、MV 製作、T シャツ等のグッズ制作等、
まあ出来る範囲のことはほぼやり尽した感がある。
流通会社に資料持ってプレゼンしに行ったこともあったな。
迅も書いてたけど、はじめはほんとに勢いしかないバンドで、
そのくせ夢は大きく東京ドーム、どころか中山競馬場とか、空母の上とか、
宇宙ステーションから中継なんて言ってたこともあったかな(笑)
まあ現実はなかなか非情です(笑)
バンドに旬の時期があるのかどうかわからないけど、それぞれ特徴があった。
V 系シーンでひたすらツアーに明け暮れていた初期、
メタル界隈に来て、善と K.K. のいた中期は総合的なテクニックという意味では最高峰だったと思う。
そして U が加入してそれまでのキャリアを昇華させつつ新しい音楽を模索した後期。
このバンドだからこそできたこと、
このバンドでできなかったこと、
まあ色々ある。
中でも一番おれが恵まれていたなと思うのは、
信用できるメンバーに出会ってそいつらと長く同じ存在の中にいれたことだった。
特に 10 年以上一緒にやってきた、迅と雀蕗は
「まああいつらなら悪いようにはしないだろ」とギターソロのレコーディング中は、
スタジオにいないで別に作業してた。
だからあの二人がレコーディングでソロ録ってるところ見たことない。
もうちょっと見とけばよかった(笑)
よく「どうやったらそんなに長く活動できるんですか」みたいなこと聞かれるんだけど、
常に必死だっただけで、別に 15 年活動しよう!と思ってないからね。
結果的に 15 年経ってたというだけで。
だいたい年数を目標に活動するのはロックバンドにとっては健全じゃないよ。
まあそんなこんなで、解散という運びとなりました。
個人的には活動終了と言う方がしっくりくるかな。
いろんなことやったし、
音楽やってたからできたこと、見えた景色もあったし、
音楽に触れてたから出会えた人もあったし、
まあまともに社会人・会社員やってたら経験できないことだらけだったよね(笑)
とりあえずこのブログはメンバー個人個人からはこれで最後となるでしょう。
何か今後の活動があれば、それぞれ発信していくこととなると思う。
おれはしばらく物書きをする予定なので、WEB や SNS でお会いできるのではないかと思う。
以下個別に謝辞を。
■市川 CLUB GIO
このハコの存在がなかったら、おれたちは何をするべきかもわからずに早々に路頭に迷って、
こんなに長く活動することはできなかったと思う。
■413 TRACKS
1st アルバムリリースのきっかけを与えてくれ、そしてリリースしたレーベル。
ここで得た特にバンド運営についてのノウハウはその後の活動の基礎となった。
■bazooka studio / bazooka music
2007-2013 年までアルバム1 枚、シングル 2 枚をリリース。
セルフプロデュースについて何の文句も言わずにひたすらアドバイスだけをくれた。
海外リリースもここがあってこそ。
■吉祥寺CRESCENDO
初めて出演したのは 2008 年 1 月だった。
それから 8 年の間お世話になりました。
GIO 亡き後のホームが得られたことは本当に幸せなことだったと思う。
■Black-listed Records
折に触れバンドを良くすることを一緒に考えてくれた大西社長には感謝の言葉もない。
ほんとに話のしやすいレーベルで、日本のインディーシーンの中核の一つなのに
こんなにフレンドリーでいいのかと思った。
みなさん、リリースはここがいいですよ(笑)
■ オーディエンス・リスナーのみなさん
見に来てくれる人があってこそのロックバンド。
おれらの元気と活力の素でした。
■共演者のみんな
もう何千のバンドと一緒にライブしたかわからん。
ライバルであり仲間だった。良いバンドが良い演奏してると刺激された。
というわけで長々書きましたが、これにて終了です。
このブログをお読みいただきありがとうございました。
またどこかで。
了


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