地獄への道は善意で敷き詰められているの語源は諸説あるらしいという話。

(i)クレルヴォーのベルナルドゥス説(出典は下記のwikipedia)
The American Heritage Dictionary of Idiomsにおいてこの説が支持されている。

(ii)ウェルギリウスのアエネーイス


また、030318 地獄への道は善意で舗装されているのウェブサイトには以下の二説が述べられている。
(iii)マルクス説 ウェブサイトによると倉田卓次によるもの

(iv)サミュエル・ジョンソン説 ウェブサイトによると高柳賢三によるもの

また、この他にはてなにおいて二説あるようだ。
地獄への道は善意で舗装されている
(v)聖書説 (旧約聖書続編、シラ、二一-一〇)
1:シラ書〔集会の書〕 / 21章 10節
罪人の歩む道は、平坦な石畳であるが、/その行き着く先は、陰府の淵である。
(新共同訳)


(vi)ダンテの神曲説 

他にもインターネット上で散見されたのが
(vii)マキャヴェリ説 出典不明、マキャベリ+地獄でググるといろいろ


そもそも意味自体が、地獄には天国から落ちてきた善意であふれてるという意味と、地獄には善意なことばかりしてても行けるの二つあるという話が上のはてなの出典に書いてあるが,あまりここでは触れない。

また、意味とも関係ありそうだが、地獄への道ではなく、地獄自体が善意で敷き詰められているという説もある。ここらへんは下の出典を読むといろいろ書いてある。