2012年03月11日

震災の日を振り返り、自然とこのブログへ行き着きました。

1年。一生懸命でした。

ある日、突然、亡くなった多くの人たち。

その人たちの思いを胸に生きている多くの人たち。


TVを観ていて、「きっかけ」って改めて重要だと思いました。

今日の2:46に街で黙祷をしていた人たち。

その方々は何らかのきっかけがあった人たちなんだと思います。


渋谷駅前では日常でしたが、新宿アルタ前では黙祷されていました。

おそらくですが、渋谷には黙祷のサイレンも無ければ映像もなかった。

でもアルタ前には映像があった。スクランブルでは立ち止まりにくいけれど、アルタ前では立ち止まりやすかった。

今日3・11の2:46、日本人に刻まれたその日時に、偶然その場に居合わせた人たちが黙祷をするには、アナウンスがなくとも、どこからか聞こえたサイレンやその時がいまだと知らせる映像があれば、十分だったということなんだと思います。

いつもは気づかない、ちょっとした差が黙祷の有無に影響をしたんだと思います。


その時、僕は電車のホームに向かって移動していました。

気づくと2:50で電車の座席でひとり黙祷しました。


キャリアについては、今なお悩む日々が続いています。

自営なんだろうなと、予感がしています。

会社組織は、どれだけ一生懸命やっても。。。

たしかに凄い組織だと思う。恩恵にあずかっているし貢献もしていると思う。

でも、やっぱりどうしても不安。

信じられない。


今におぼれてはいけない。今を泳がないと。


自分を世に問うことが一度くらいあってもいい。



(23:30)

2011年06月21日



新郎新婦のプロフィールビデオに特化したWebサービスが。

都内の8割がプロフィールDVDを作成、平均価格は6.9万円。

このサービスはアンダー5千円。


提供元のトリワークスは、富士通の社内ベンチャーが出だそうです。


ブライダル市場に対するバイアス、画像市場に対するバイアスなどがなかったことが功を奏したんでしょう。


仕組化することで低価格化を実現する。


これこそ、あるといいながある♪







(00:31)

2011年03月17日


先日、メディアの画一的な報道のことを書きました。


その後も、サンドイッチマン?の方が「今メディアが試されている。同じような放送をしている場合じゃない。避難所の人たちや無事を知らせる紙をもっと写して欲しい」と言っていたり。

やはり、中立性と独自性を両立して欲しいと皆が思っている。

こうした声に、マスコミは正面から応えようとする姿勢は見えない。

てか番組プロデューサーはなにしているのかなぁ。こういうときにこそ、自放送局のアイデンティティを確かめた、独自性ある報道番組を企画、放送して欲しいな。

現状の垂れ流しは続くことでしょう。報道は情報を蓄積すること、二次利用への配慮をすることなく、今をやりすごしたいように、僕の目には映ります

もっと頭つかわんかい、と思う。

電力会社もテレビ局も規制産業、そこは事なかれ主義なんだろうか。

そんなことを思っていた矢先、いつものようにNHKを副音声で(英語で)聞いていたところ。。。


いつの間にか、映像と英語が完全に食い違っています。混線。

23:35いまなお食い違ったままで、画面は都内の停電状況なのに、英語は原発の状況を伝えています。へん。

でも、おもしろい(語弊はあるかと思いますが)。

成田空港から自国へ戻る人々、陸前高田で被災し避難先にいるネイティブ英語教師、人気のない銀座や渋谷などなど。

実に新鮮な視点で報道しています。


ネイティブ英語教師スティーブいわく、、、

「町はなくなったしここで何が出来るかわからない。一度は母国に帰ろうかとも思ったけど、ここに生徒はいる。もう少しここに居続けて、何でもいいから役に立つことをしたいと考え直し、帰国は延期した」(意訳)


帰国しようとするビジネスマンいわく、、、

「もう東京に居続ける理由がない。停電、放射能、買占めなんでもありで身の危険を感じる」(相当意訳w)

声音しか分かりませんが、帰る人の声は暗く、居続ける人の声は明るく聞こえました。



(23:57)

やっぱり頭の使い方が全然ちがうわ、と鳥肌がたちました。

この状況下で、頭が縮こまる中で、一時代を代表する人たちの発想はこうです。


震災寄付「自分を3日雇えるくらいの額」 糸井重里氏、あえて「相場上げる」提言


糸井さんは寄付相場の底上げを促し、堀江さんは東北をフロンティアと見立てています。


リーダーとはビジョネア。ものすごい言葉のチカラ。

(01:42)

よくしてもらっている2人の経営者さんに、挨拶へうかがいました。おふたりは偶然同じテナントビルに入っているため、顔つなぎをさせていただきました。営業時間外に、二つの会社を行ったりきたり。そこで見聞きした話しを忘れるのはもったいないので備忘録


◆経営者A

今期は儲かりすぎた。4月に20人ほどの従業員全員でマカオに行く。

人材募集中。新規事業立ち上げサポート兼アプリの営業1名、既存事業の営業2名。行ったときも隣の敷居で面接中。

勢い。熱気。創業期のサイバーってこんな感じだったんだろうかと思った。みんな目がキラキラ。

経営品質賞受賞を目指す。

昨年からここで働き出した友人。事業企画、経営企画、営業、立ち上げ、人材募集、経営品質賞審査員の勉強、コンプラ管理などを手掛け充実していた。

1年ほど前、Aさんは、この友人に会社を任せて自分は何か別のことをやりたいと思う、と話していた。でもなんだかんだで続くもの、いいか悪いか分からないけど、と。疲れやすくなってきたそう。

準備や案内に追われ挨拶をしない社員に、部屋出てくるところからやりなおし。


◆経営者B

Aを称し「同じ6年目でも経営能力は僕よりも高い(もちろん環境の専門知識は僕が上だけど)。コツがあると思うから教わりたい」

<起業したときの条件>
1.自己資金で1千万
  自分の判断で動ける。半年で500万円は消える。そこで自己資本
  だと痛みから直感的に打ち手を思いつくが、他人資本だと鈍感だ
  から打ち手が思いつきにくい
2.一人で始める
  創業メンバーでも、給料が払えなくなると去る。
3.代理店から始める
  結局身を寄せた会社の商品を売ることで信用が獲得できたし人脈
  も出来た

ビジネスコンテストで得た資本金で経営した人を知っているが上手くいかなかった。

信用が何よりも大切。1年目の会社で自社のものは売れない。それがいかに良いビジネスモデル、高い商品力、安い価格であったとしても。企業は、10年やってる会社が売る10円の割り箸と、1年やってる会社の5円の割り箸なら、前者を買うもの。はじめから人に頼らず代理店で食いつなぎながら信用を得る。

経営者の懇親会に行って名刺交換をする。翌年もその場にいるのは1〜2% そして二代目ならまだしも、30代で5年以上経営をしてきた創業者にで会えることはめったにない。

妻への説得を忘れずに。

元探検部。達成感は、夜ふとんに入る時にささやかながら感じる程度。山頂は達成感を味わえる場所ではなく、マラソンに例えれば折り返し地点であり、如何に下山するかについて、切り替える場所。経営とは、毎日が探検。

踏み出す勇気。

転職理由として、現職を続けることへの先行き不安があると伝えた。いくら待遇が良くても、自分が陳腐化することの方が怖いと言った。すると、起業しそうというかすると思うと言ってもらえた。

中小企業(設立後4年以上経過した会社)の経営と、大企業での勤務を例えると、手漕ぎボートか大きな船かの違いだという。大きな船に乗船していても結局見えないリスクがある。それが自分ではどうしようもないものだったりする。手漕ぎボートは目の前のリスクに対処することに専念しつづければこぎ続けることはできるという。リスクの予見可能性、手づかみ感がサバイブするのに必要という考え。

結局、資金・信用・メンバーなどすべてがつながっている。

サラリーマンがダメだというつもりは全くない。家族を守るために勤め人を続けるのも自然。起業時に子供がいたら出来なかったと思う。起業をあきらめるのも一つだと思う。縁。

既存企業で勤めること、人に使われることを許せない自分がいた。戻ろうとは思わない。

(01:22)

2011年03月16日


各所の放射線量のリアルタイム表示。原発の状況について、必要な情報をニュースよりいち早く知る手段。


あと、下記の記事の執筆者であるMIT方のご専門は経営学(SCM、商品開発、リスク管理)らしいです。

(02:23)


MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説

http://blog.livedoor.jp/lunarmodule7/archives/2406950.html


もう遅いので、明日読みますが、先に書いた「Nuclear 2.0 火事場の関係性」のあり方の道しるべになりそうで、うれしい。



(02:16)