NZの地震、怖いですね。
まるで、映画のよう。
高校時代はサッカー部のキャプテンだったという、将来有望な若い青年が
(命と引き換えに)足を失って救助されたというニュースを知って、
想像を絶する地震の怖さに触れたような気がした。
この不幸中の幸いをどうにか乗り越えて、頑張ってほしいと願うばかりだ。
ひとりでも多くの人々が救助されるよう祈るしかない。


大阪、和歌山周辺で30年以内に大地震が来る確率が14%に上がっているとか。
マグ二チュードは、今回のNZより大きく、大阪府南部・和歌山では、震度7が予想されるらしい。
備えあれば憂いなしとはいうものの、先日射頻瘦面の震度1の揺れでも、心臓、ぱっくんぱっくん、
腰もふらつく、超・怖がりのわたし。

それだけ怖がりのくせに、なにも緊急準備もシュミレーションもしてない。
揺れが来たら?
外に出る?
机の下に隠れる?
なにを携帯して避難する?

では、シュミレーションを。
揺れが来た瞬間は、まずアタマが真っ白。
へなへなと座り込み、腰が立たないで、
冷静な判断どころか、うろ覚えの、ほんの短い、音でしか覚えてないお経を、
ワンフレーズだけ、繰り返し唱えるこ通渠佬とだろう。

でもまあ、お経なんてものは、音楽みたいなもので、
末端の信者にとっては、意味など、さほど関心はなく、唱えるという行為そのものが、自らを救う。

わたしのような、緊急非常事態のみの、困ったときだけの、神様仏様では、ご利益はないに違いない。
不幸や災難は、自分だけには避けて通るなんてことを、
なんの根拠もなく楽観的に考えてないで、もっと、真剣に取り組まないと・・・・・
と、いつも、事故や災害のニュースの時には思うのだが・・・


こういう話題には、あまりいい加減なことが言えないので、筆(キー入力、速度)が鈍り、
やがて、ぴたりと止まってしまった。

いろんなことを意識して、常識人の顔が出てくると、
わたしのブログは、まったく、わたしらしくなくなってくるようだ。




ある、熟年婚活ブログ、続けて読んでいると、
この方、なんだか、かわいらしい正直な人のように思えてきた。
応援したくなってくるから不思議だ。

あけすけで、ズバズバ切る表現で、ちょっとひるんだけれど、それは、正直の現れ。
へんに、オブラートでくるんで、善人ぶるより、スカッとしていて、いいかも。

言いたいことも言えず、カゲで愚痴るより、キモチいい。
敵も多いかも知れないけれど、仕事やモノゴトを進めてくうえでは、よけいな探り合いがないかも。
どちらかというと、日本人は、根回しだとか、派閥だとか、そういった、ひと手間、ふた手間かけ、
本音をズバリではなく、もってまわって、ぐるぐる、言葉が世界一周の旅に出かけるようなかんじ。

しかし、結婚や恋となると、また、違ってくる。
やっかいなジャンルだ。

職業、年収、背景(学歴、育ち)、容姿、性格・・・
総合ト―タル点数で、自分の点数と見比べながら判定する。

あるいは、平均点は悪いけれど、ひとつだけ秀でているものがある、とか。
でも、結婚に踏み切るのは、賭け。