2005年11月15日

「国民の総意」とは?

日本国憲法第1章 天皇 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 いまだにこの「国民の総意」なるものが何なのかよく分からない。
「広辞苑」によると、【総意】とは、「すべての者の意見、全体の人の意思」とある。
とすると「国民の総意」とは、「すべての国民の意見、全体の国民の意思」ということになる。
そして、天皇の地位は主権の存する「国民の総意」に基づいているのだ。
しかし、この「国民の総意」はどのような手続きでもって確認されたのだろうか? 少なくとも国民の端くれである私には生まれてこの方、「異存ないか?」と尋ねられたことは一度もない。恐らく他の国民もそうだと推測する。
「国民の総意」である以上、これは多数決ではない。しかし、その多数決の具現化としての国民投票さえ実施されたことはないから摩訶不思議だ。
仮に「国民の総意」を文字通りに具現化するには、「1人でも反対すれば否決」などと言わない、最低有権者の9割以上の「同意」を取り付けなければならないはずだ。確かに当時の読売新聞、毎日新聞の世論調査では9割以上の支持を得てはいる。しかし、新聞社の世論調査に基づいても仕方ないだろう。また和辻哲郎は「日本国民の歴史的総意」と言っているが、取って付けた屁理屈にしか見えない。それなら「日本国の伝統」と言えばいい。
昭和54年4月19日の衆議院内閣委員会で真田秀夫内閣法制局長官は「総意というのは、一億何千万の国民の一人一人の、具体的な国民一人一人の意思というような意味ではなくて、いわゆる総意、いわゆる総体としての国民の意思ということでございますので、特定の人がその中に入っているとか入ってないとかいうようなことを実は問題にしておる条文ではないというふうに考えられます」と述べているが、この明らかに不自然な見解の理由は説明していない。ここにも「自衛隊は軍隊ではない」式の詐術がある。
それでは今までなぜ公的に問われてこなかったのか? これは憲法九条などよりはるかに本質的な点で矛盾している。
すなわち天皇はこの60年間、違憲状態におかれてきたのだ。
そして、恐ろしいことにこの第一条と第九条の矛盾は抱き合わせだった。つまり、「国民の総意に基づく天皇」の存続と「戦争放棄」はマッカーサーの提案によるバーターだったのだ。
すなわちこの二つの条項は、アメリカの意思による変えてはならない双子の禁忌であり、そのまんま受け入れるしかなかったのだ。そのまんまとは「国民の総意」がアプリオリに存するという騙し絵のようなものだ。
しかし、現在の憲法論議で「戦争放棄」の方は論じられても、もう一つの禁忌「国民の総意」という矛盾は何も論じられない。自民党の改憲草案も現憲法をそのまま踏襲している。
無前提な「国民の総意」ならこれは大日本帝国憲法の第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」を翻案して「日本国は伝統に基づき、万世一系の天皇を象徴(or元首)とする」とはっきり書き直した方がよっぽどよい。今のままでは国民の方が神であり、天皇の地位を神勅していることになるのだから。
天皇をいつまでも違憲状態にしていていいのか?
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Posted by y0780121 at 15:39│Comments(8)TrackBack(1)clip!文化 

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アメリカが作った憲法だから改正すべき、というが、何故? 内容と運用が大切なんであって、誰が作ろうがそれは関係無いのでは無いかと思うのだが。 これについて分かり易く「アメリカが作ったからいけないんだ」という理由を説明してくれる人に私は、出会った事が無い。 ...
9条改正論の疑問【滑稽本】at 2005年11月16日 15:16
この記事へのコメント
> 万世一系の天皇

万葉集を読み解く?なる本を読むと、倭の本王(聖徳太子系)は百済の王子(天智)と高句麗の将軍(天武)に滅ぼされていますな
ま、神武→聖徳太子の間は草創期でグチャグチャだし、それ以外に天武後であってもどこかで数箇所父系が切れているトコがあるハズ
当然そう考える方が自然なんでしょうね
Posted by マルセル at 2005年11月15日 15:58
>「国民の総意」とは?

まず原文(英文)にあたってみてはいかがでしょうか。

> 当然そう考える方が自然

仮定に思いこみと推測を積み重ねて最後は「そう考える方が自然」
Posted by tamezo at 2005年11月15日 21:33
おじゃまします。TBありがとうございました。

>無前提な「国民の総意」ならこれは大日本帝国憲法の第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」を翻案して「日本国は伝統に基づき、万世一系の天皇を象徴(or元首)とする」とはっきり書き直した方がよっぽどよい。

貴見に賛成です・・・が、国民主権を否定するとか騒ぐ連中は多いでしょう。伝統や文化などなんとも思っていない方々だから。
Posted by 金魚 at 2005年11月15日 22:10
>まず原文(英文)にあたってみてはいかがでしょうか

これほどナンセンスな指摘はない。原文の原文など存在しない。憲法が原文なのだから。原文ができるまでのプロセスなど原文の解釈の根拠にはならない。原文が根拠なのだから。
Posted by 佐藤秀 at 2005年11月15日 22:20
TBありがとうございました。
「国民の総意に基く」は「国民総体の意思は天皇を象徴として戴くことに同意しているとみなす」という”法的擬制”とでも言いましょうか、投票して実際に民意を聞いてみようという性格のものではなくて、憲法上は国民の総意は既にあることになっていると言ったほうがよいでしょう。「国民の総意がアプリオリに存するという騙し絵」というのはこのことを指していらっしゃるのだと思いますが、いかがですか?
この際第一条を改正して分かりやすくしようというのは大賛成です。「第一条:天皇は日本国の元首である。」でよいと思います。
Posted by 猫研究員 at 2005年11月16日 01:04
私も貴殿の言うとおりだと思ってきました。まったく依存はありません。
英文の草案を引き合いに出す手法というのも私の一番気にくわないものです。意味がないんですもの。

「日本国はその伝統に基づき、天皇を日本国民統合の象徴とする」
って改正したほうがいいと思います。
そして憲法改正国民投票によって国民がその「伝統」にお墨付きを与える。こういう形にするのがいいと現時点では思っています。
現憲法で”法的擬制”というのは仕方ないと思いますが、やっぱり小学生に「総意ってなに?」と聞かれたときに、法的擬制だよって答えるのはおかしなもんだと思われて仕方ありません。。憲法ぐらい素直に辞典の意味で読んでみたいんです。

Posted by 総理大人 at 2005年11月16日 02:16
私は天皇は必要ないと思います。
いつか、あのようなシャーマニズムな時代があったのだと、
言えるような日が来るのを望みます。
たぶん、あと千年後。
Posted by 中村 みなと at 2013年10月12日 22:47
THE CONSTITUTION OF JAPAN は
草案などではなく
英文官報で公布されたれっきとした憲法典です。
こちらが正文です。
「Article 1. The Emperor shall be the symbol of the State and of the unity of the People, deriving his position from the will of the people with whom resides sovereign power. 」
Posted by あき at 2013年11月11日 09:18