2006年01月13日

願望と科学

内田樹の研究室: 現代中国論打ち上げ わが子が罹った不治の病の治療法を探し求める医学者の思考法は間違いなく「科学的」である。自分の子供がかかった難病の治療法を探求している医学者は決して「治験データの改竄」などしないからである。 これただの勘違いだ。ましてや文系と理系の違いなど元より関係ない。
なぜなら治験データの改竄と「非科学的」とは全く関係ない。いや、どころか「科学的」でなければ治験データの改竄など不可能だ。改竄は、それが改竄であることを認識できるだけの科学的知見なくして不可能だからだ。そして、わが子が罹った不治の病の治療法を探し求める医学者の思考法は、他の場合に比べて「非科学的」に陥りやすい。なぜなら「願望」が思考法に入り込む条件が他の場合より大きいからだ。
なんでこんな前後矛盾することが書かれているのだろうか?
中国が嫌いな人が中国の国家的破綻を願うのは自然なことである。
このこと自体はまず間違いないだろう。しかし、
ある総合誌を読んでいたら、何人かの論客が中国を論じていた。彼らはほとんど例外なしに、中国の中央政府のガバナンスが機能せず、経済が破綻し、環境が劣化し、人民解放軍の暴走が始まる近未来を「予測」していた。(中略)しかし、彼らのその文章には「そのような事態」が到来することへの彼らの「期待」(ほとんど「願望」)が伏流していることに彼らが無自覚であることに私はつよい不安を抱いた。
という文の中自体に著者内田氏の「願望」が紛れ込んでない保証はあるのだろうか。
そもそもなんらかの願望なくして論文を書くモチベーションが保たれるのかどうか。第一、その雑誌は恐らく時流便乗型で、原稿を依頼する出版社も依頼される方も、恐らくそのことに自覚的と思える。姉歯氏の偽装が非科学的でないことと同じ理由で彼らが非科学的とは言えないのだ。
ちなみにかくいうこの私の茶々も何らかの願望が隠されている可能性があるし、そう思う私にも更なる隠された願望が隠されていて以下、ループ。
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Posted by y0780121 at 09:26│Comments(0)TrackBack(0)clip!文化 

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