2006年10月15日

太陽を盗んだ男と東京NOW4

taiyosteal冷戦時代、東京で核爆弾が炸裂するというストーリーは珍しくなかった。核の脅威は日常としてあった。しかし、それは今から思えば、牧歌的な、観念的な「核の脅威」にとどまっていて、「核廃絶」の叫びも一種のお経のように響いた幸せな時代だった。
ちょうどキューバ危機の頃、本格派の松本清張ですら 、「神と野獣の日」という、核ミサイルが日本を襲う唯一といえるパニック小説を書いている。
しかし、もっとも記憶に残っているのは映画「太陽を盗んだ男」(1979年、長谷川和彦監督、沢田研二主演)だろうか。
俳優としての沢田の代表作と言っていいだろう。当時の沢田は、今の木村拓哉のような目付きをしている。西田敏行がチョイ役でサラ金の取立て役を演じている。
ラストで沢田が自家製プルトニウム爆弾をバッグに持って都心を歩き、核が爆発して終わる。
当時は、核戦争の危機や核によるテロではなく、東京という魔物のような都会への破壊願望が前面に出たものだった。
それから四半世紀。危機はある種のリアリティに近づいた気配だが、東京は今も何事もないがように存在している。しかも四半世紀前よりもより脆弱な形で。冷戦時は、核シェルターが売れ、バブルの頃は自宅に地下室兼シェルターというのが一部で流行ったようだ。
映画でも重要な役割をしているが、当時の東京にはまだ高層ビルは数えるほどだったが、今は無数の高層ビル、高層マンションが雨後の筍のように今も建てられ続けている。常識的に見て、高層ビルは核には脆弱だ。それは別に9.11事件に限ったことではない。
ミサイルが発射されれば、所要10数分程度。地震には耐えられても、熱風と放射線に晒されれば、隠れようにも、隠れようがないし、逃げようにも逃げようがない。高層ビルを見上げるたびに、巨大な墓標を幻想してしまうことがある。
ただでさえ、都市化が進み、更に都市内で一極集中化が進む。このことが更に核カードの値段を上げてしまったようだ。一極集中すればするほど核やテロには都合がいいという当たり前の事実に気付く。
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Posted by y0780121 at 20:07│Comments(1)TrackBack(3)clip!邦画タ、チ | ★4

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北朝鮮核実験:「日本の核保有も選択肢」中川政調会長とのこと、このことは明らかに全
政治家は秘して語らず@核保有問題【時事を考える】at 2006年10月16日 02:33
livedoor ニュース:核兵器保有を議論しよう! 火付け役の自民党・中川昭一政調会長がいじめにあっているようだ。その構図は何となく福岡県筑前町立三輪中学校で「偽善者にもなれない偽善者」などと教師にいじめられた中学生自殺事件に似ている。
いじめと偽善と核武装論【佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン】at 2006年10月17日 12:58
先日、二十数年ぶりに 沢田研二・菅原文太の「太陽を盗んだ男 (1979)」を観た。 いや実に見応えのある 面白い映画でしたね! だてに名作と謳われてませんね。 見たこと無い人、騙されたと思って一度見てご覧なさい。絶対に人に勧めたくなりますよ!
太陽を盗んだ男 ( 1979 / 日本 )【くんだらの部屋】at 2006年12月10日 08:10
この記事へのコメント
過疎地の切り捨てが進んでいるようです。日本の里山は人の手が入らないと駄目になるので、もう時間の問題です。無医村も増えているので、人は減るばかりです。生物相手に短期間の効率化を考えて動く政治というのはいただけませんえ。
Posted by さなえ at 2006年10月16日 06:36