2007年08月08日

受動意識仮説と脊髄反射

脳404 Blog Not Found:書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? 我々のほとんどは、何かをする時に、まず「何かをしよう」と意識し、それを行動に移すのだと考えている。これが、能動意識仮説。ところが、最近その逆と考えた方がつじつまがあうという研究成果が多く出されてきた。まず行動があり、意識はその後で「実はそうしたかったのだ」と思い込むというものだ。これが受動意識仮説である。
これは間違い。
なぜなら、意識は行為に対して能動的でもあり、受動的でもあるからだ。
受動意識仮説とは、Benjamin Libetの有名な実験をネタ元にしたもので、Wikipediaを引用すると、
Libet was involved in research into neural activity and sensation thresholds. His initial investigations involved determining how much activation at specific sites in the brain was required to trigger artificial somatic sensations, relying on routine psychophysical procedures. This work soon crossed into an investigation into human consciousness; his most famous and controversial experiment demonstrates that unconscious electrical processes in the brain (called readiness potential, or RP) precede conscious decisions to perform volitional, spontaneous acts, implying that unconscious neuronal processes precede and potentially cause volitional acts which are retrospectively felt to be consciously motivated by the subject.
リベットは神経活動と知覚閾値の検査を行った。最初は脳の特定部位の活動がどの程度で人為的体感を引き起こすかを通常の精神物理学的方法で研究するものだった。これはすぐに彼の最も有名で論議を呼んだ人間の意識に関する実験に結びつき、脳内の無意識の電気的作用が意志的自発的な行為をもたらす意識的な決定に先立って起きることが示された。(レディネス・ポテンシャル) これは無意識の神経作用が、後付的に意識して動機付けされたと感じられる意志的行為に先立ち、引き起こしていることを暗示している。

というものだ。簡単に言うと、自分とか意識とかは後講釈というわけだ。
しかし、このような受動性、能動性など本当に意味があるのか。能動的だから意識的、受動的だから無意識的という図式自体が思い込みではないか。
例えば、熱い物に無意識に手に触れて、「アツ〜!」という絶叫とともに手を引くのは脊髄反射で、脳が感じるのはその後だ。、「アツ〜!」も後悔先に立たずだ。
この場合、受動意識仮説と全く逆で脳はあくまで受身だ。その前に「行為」が先立っている。そして「意識」は後付もいいところだ。
では、Libetが発見した意識に先立つ脳内作用とは何かと言えば、熱い物に触れた手ではないだろうか。人間は環境に反応して何らかの行動を起こすが、脳内の神経作用に反応して意識を覚醒し、行動を起こす。
もっと分かり易い例は生理作用だろうか。
人は膀胱に尿が一定以上たまると、神経によって脳に伝えられ、脳内のある部位が無意識に活性化し、初めて「トイレに行きたい」と意識する。
もっと高度な意識作用だって、所詮はこうした脊髄反射や生理作用の応用であって、作用を及ぼす原因が脳内に取り込まれているから、あたかも意識が受動的であると錯覚させられているだけだろう。マルセル・プルーストじゃないけれど、マドレーヌに何らかのこだわりを持っていれば、その脳内こだわりが無意識的に活性化して何かを思い出し、それが意識化され、行動に移される。脳内には意識を惹起する無意識が無数にあり、脳自体が脳内環境なのだから、ある「意識」がそれらのoutputでないとしたら、そっちの方が不思議だ。
ことほど左様に意識化する前に脳内のある一部が活性化するというのは当たり前といえば当たり前の話であって、受身の意識がさらに次の意識の誘引にもなる。だから、
「私」は、不要となるのである。
なんて今更驚いて見せても始まらんだろう。ましてや、
脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?
なんて言われても、「私」はそういうもんでしょう、と答えるしかない。
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Posted by y0780121 at 18:05│Comments(0)TrackBack(0)clip! 

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