2010年09月03日

みやび 三島由紀夫(2005)3

miyabi田中千世子監督のインタビューで綴ったドキュメンタリー。平野啓一郎(作家)、坂手洋二(劇作家)、五世野村万之丞(狂言師)、関根祥人(能楽師)、チン・フェイ(中国人作家)、バログ・B・マールトン(ハンガリー人作家)、ラウラ・テスタヴェルデ(イタリア人日本文学研究家)、出雲蓉(地唄舞)、ホイクール・グンナルソン(アイスランド人演出家)、松下恵(女優)、岡泰正(著述家)、柳幸典(美術家)。
主に1970年の三島事件当時、子供だった頃の世代の人達を内外問わずインタビュー。所謂三島由紀夫関係の“常連”はいない。
長女の演出家平岡紀子の学習院同級生野村万之丞(2004年没)やその友人関根祥人(2010年没)から、中国、アイスランド出身などの三島研究家が登場し、新鮮。
映像的にはヨットマンでもある柳幸典の「幸福号出帆」的な演出で始まり、海で始まり日没になる海で終わる。海も夕焼けも三島がこよなく愛したものだ。
一応三島事件に遭遇した当時のショックが語られるが、一頃に比べて相対的に見る人が多くなっている印象。まあ、当然か。
印象的なコメントはチン・フェイの、三島作品は分けて考えられない、全ての作品が総合化されていて、それは金閣寺の構造が三層それぞれ違う特徴を持ちながら表面は金箔で装われて統一化されているのは三島作品と同じだという指摘。あまたの作品が部分として提示されているが、全作品の一部として統一したテーマに貫かれているということらしい。実際、その通りで、部分が全体、全体が部分であるという曼荼羅的世界だと思う。
ところが、「総合化された」作品であるはずの「豊饒の海」は意外と誰も言及しない。映画でも、ラストの夏の盛りの寂莫の庭の章句の引用だけで済まされている。平野啓一郎のこの作品に関するコメントも案外ありきたりで、遺作としてはふさわしいとしながらも作品そのものについてはどちらかと言えば否定的。むしろ、「金閣寺」に重きを置いている感じだ。平野が評価する「金閣寺」も「鏡子の家」も最終的には「海」に行き着くのだけれど。
関根祥人が三島作品について聞かれて「あまり読んでないんです・・・」と正直に答えているのが却って新鮮。
坂手洋二の否定的なコメントもなるほどと思わせるものがある。特に「誰かに見てもらわないと死ねない」というのはその通りだと思う。三島にとって「死」さえ自分を未来の人達に見てもらいたいための手段であったことは確かなようだ。ベタに言えば、「歴史に名を残す」ことが三島にとっての来世の至福ということなのだろうから。
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Posted by y0780121 at 23:37│Comments(0)TrackBack(0)clip!ドキュメンタリー | 三島由紀夫

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