2010年08月05日

となりのトトロ (1988)〜メイは死んでない5

totoro英題:My Neighbor Totoro。宮崎駿監督、(声)日高のり子、坂本千夏、糸井重里、島本須美、北林谷栄。昭和30年代前半、埼玉県所沢市近辺の松郷という農村に引っ越してきた草壁一家のサツキ(12歳)、メイ(4歳)姉妹、お化け大好きな父と、森の精のようなトトロを巡る物語だが、病んで入院中の母がいて、明るい映像の中に死の匂いが立ちこめている。構造的には現在公開中の「借りぐらしのアリエッティ」の姉妹作品とも言える。
この作品は公開されて20年以上たち、本当はホラーだという都市伝説もあるそうだが、確かに不可思議な会話やシーンがいっぱいある。
引っ越してすぐ父子3人自転車で母が入院している七国山病院に見舞いに行くが、最初に病室に入るのはサツキとメイだけ。メイは「お父さん道間違えちゃったんだよ」と言う。確かに三叉路で間違い山道を遠回りしたみたいだ。4人が病室で一緒になるのはほんのわずかで、しかもそのシーンだけは窓外からの俯瞰ショットになっている。4人が揃うのはこのシーンだけ。何か暗黙の意味を匂わせている風でもある。
メイは「トウモロコシ」を「トウモコロシ」と言い間違えているが、「父も殺し」と解釈できなくもない。オタマジャクシを見つけた時も「オジャマタクシ」と呼ぶが、「お邪魔タクシー」と意味が取れなくもない。エンディングでは母親が退院してタクシーに乗る挿し絵が出てくるが、何か縁起の悪い場所に運ぶタクシーと取れなくもない。果たして母は無事退院できるのか、それとも・・・。
そのオタマジャクシは冒頭に出てくる“お化け屋敷”の草壁家に住んでいたススワタリ(煤渡り)と形態がそっくり。現実的にはススワタリはまっくろくろすけ、明るい場所から暗い場所に入ると見える光の残像による錯覚なのだけれど。
そのオタマジャクシを掬おうとメイが持ったバケツは底抜けしている。メイが最初にトトロを発見するのはそのバケツの穴を通してだ。底抜けバケツが現実には見えないものを見る望遠鏡のような役割をしているのは明らかで、メイはさらに縁の下の穴、灌木のトンネルを這って入る。帽子を落として。
縁の下の穴は「アリエッティ」でも使われている。人間に見つかれば引っ越しせねばならないという小人たちという設定も、ここで既にススワタリに先取りされている。文脈からすると、ススワタリの集合体がトトロということになる。
「アリエッティ」と共通するキャラとしてカンタのおばあちゃんも、家政婦で小人に悪さをするハルと顔つきがよく似ていて、人間の主人公を守ろうとする点で共通している。ネコバスも「アリエッティ」では普通のネコの形として登場し、主人公を誘導する役割は同じ。これは「耳をすませば」とも共通するキャラだ。
メイが行き着く大楠の下にいるトトロも、大トトロ、中トトロ、小トトロ3組で、ちょうど“お化け屋敷”に住み着いた草壁一家と対になっている。大トトロは父なのか母なのか微妙で、中トトロが大トトロに良く似ていることから母なのかもしれない。母は病院で「サツキは私似だから」と髪を梳いてやっている。この髪梳きは動物の愛情行動によく見られる毛づくろいと同じだ。
メイはサツキと父にトトロを見たと言い張るが、父が「道を間違えた」ように灌木のトンネルの道を間違えてトトロの穴倉に辿り着けない。サツキはトトロに雨の稲荷前バス停で初めて会う。ネコバスも初めて登場する。そこに見守るようにいたのはカエル。カエルの元はオタマジャクシ(お邪魔タクシー)、そしてその元はススワタリだ。
このカエルが棲んでいそうな池で七国山病院に一人で向かったと思われるメイのサンダルの片方が浮いているのが発見される。ちょうど落とした帽子と平仄が合うように。
メイを探すサツキは七国山から来たという農作業車に乗っていた若い男にどこから来たのかと尋ねられ、「松郷です」と答える。若い男は、「まつごおおう!!!」と信じられない様子で仰天し、同乗していた若い女性も「ああぁ、何かの間違いじゃない?」と訝る。
まことに不思議な会話だ。「そんな遠くから」と言う意味なら大袈裟すぎる。松郷と七国山病院の距離は「大人の足でも3時間」だからせいぜい10キロくらいだ。サツキが農作業車の男女に出会ったのは、その中間地点よりずっと松郷寄りの筈だ。いずれにしても小学校6年生のサツキが歩けない距離ではない。メイのことを言っているのなら七国山病院に行ったことを知らされた時点で驚いてなければならない。とすると、考えられることは松郷というのは廃村で、人なんか住んでいないはず、という意味しか思い当たらない。
サツキをメイに導くネコバスの行き先表示は「塚森⇒長沢⇒三つ塚⇒墓道⇒大社⇒牛沼⇒めい」という順番で変わる。「塚森」がサツキと大トトロのいる大楠の木の場所なら、後はメイが辿った経路を示していることになる。「めい」の手前の「牛沼」は映画では「新池」と呼ばれていたメイのサンダルが浮いていた池を暗示しているように見える。実際、池と言っても沼のように泥が多いと表現されている。
そして、ネコバスが辿り着いたメイのいる場所には六地蔵が並んでいた。
六地蔵@wikiによると、
仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。(略)
日本では、六地蔵像は墓地の入口などにしばしば祀られている。

とある。もはやサツキが「メイのサンダルじゃない」と否定しても、運命は決定的に見える。ネコバスに病院まで連れてもらったのに、会わずにトウモロコシ(トウモ殺し)を置いて去る。母は2人が松の木の上にいたような気がするという。一体メイも、そしてサツキも死んでしまったのか。
しかし、危ういところでこうした夥しい死亡フラグは覆されている。
サツキがおばあちゃんに「メイのサンダルじゃない」と言ったのは正しかった。色も形もそっくりだが、足を引っ掛けるデザインがわずかに違っているのだ。
サツキもメイも生きていることが、状況証拠でなく物証で証明されている。ちなみにメイが問題のサンダルで出かける時、サンダルが置いてあった玄関の床には白墨でネコバスが描かれている。ネコバスはサンダルの夢の中の化身なのだ。実はサツキもメイを探している途中でサンダルを脱いで素足で走っている。このシーン、サツキがネコバスに乗ってメイの居場所に行くのとシンクロしているようだ。
よく見ると、メイは入道雲に向かって走っているが、追いかけるサツキは入道雲を背に走っている。つまり、メイは夢の中でも道を間違えていたのだ。要は夢の中でもサツキはしっかり者、メイは慌て者という可愛い夢オチだった。
サツキもメイもネコバスという共通夢を見ていたのだ。そのココロは早く母に会いたい。2人とも電報で母がしばらく帰れないと知って家でふて寝していたことを思い出すべきだ。“事件”はその直後起きたのだ。3匹のトトロも母が2人に読んでくれた「3匹の山羊」が夢で変化したものだろう。
共通夢と言えば、最近見た共通夢をテーマにした「インセプション」で現実か夢かを見分ける装置としてベーゴマのようなものが登場しているが、ここでもトトロが2人を乗せて遊覧させる際、コマに乗っている。「インセプション」は「トトロ」からコマのアイデアを借用したのかもしれない。
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Posted by y0780121 at 20:34│Comments(2)TrackBack(2)clip!アニメ邦画ターワ | ★5

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となりのトトロ【象のロケット】at 2010年08月07日 00:30
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「となりのトトロ」と所沢市松郷、牛沼の風景【北村正裕BLOG】at 2013年03月02日 18:13
この記事へのコメント
5
凄いです!
私も最近、トトロをいろいろ考えながら観てるんですが、なるほどと思いました。
Posted by くまちゃん at 2011年03月10日 10:07
くまちゃんさん、千と千尋も引っ張られてやたら靴が気になってしまいました。でも、千尋は靴とは関係なさそうで取り越し苦労でした。
Posted by 佐藤秀 at 2011年03月10日 19:53