2011年08月03日

エッセンシャル・キリング5

アフガニスタン紛争版影武者?
essentialkilling公式サイト。原題:Essential Killing。イエジー・スコリモフスキ監督、ヴィンセント・ギャロ、エマニュエル・セニエ、ザック・コーエン、イフタック・オフィア、ニコライ・クレーヴェ・ブロック、スティング・フローデ・ヘンリクセン、デヴィッド・F・プライス、トレイシー・スペンサー・シップ、クラウディア・カーカ、ダリユシュ・ユジュン。ポーランドのスコリモフスキー監督の前作「アンナと過ごした4日間」がアンナという中心に必死に向かう求心力の物語だったのに対し、本作はベクトルが反転し、米軍という中心から必死に逃れようという遠心力の物語とも言えそう。共通するのは深い深い孤独感。
原題の“Essential Killing”には、人を憎んだからとか、金目当てとか、快楽殺人とか、一切の社会的文脈や枠組を取っ払った、ベタに生存本能のためだけの殺人という意味合いがあるようだ。だとしたら、「アンナ」の場合は、“Essential Love”と言えなくもない。
ただ、主人公ムハンマド(ヴィンセント・ギャロ)はそんなに人を殺したわけではない。数えたら米軍人6人と民間人1人。直接危険を及ぼしそうにない民間人は殺さない。ムハンマドがどんな人間かは実はよく分からない。最初は武器を持っていなかったからタリバン兵ではないらしい。喘ぎ声や叫び声は発するけれど、台詞は一切吐かない。かといって聾唖者なのか、単に寡黙なのかどうかさえ分からない。
アフガニスタンの砂漠地帯での米軍の掃討作戦は当初、ムハンマドを標的にしていなかったようだ。ムハンマドは既に死亡している、恐らく米軍の真の標的のタリバン兵からバズーカ砲を奪い、洞窟から発射して米兵3人をまとめてしとめる。どうせ見つかったらタリバン兵と同じ扱いを受けると思ったのだろう。米軍ヘリから発射されたロケット砲が逃げるムハンマドの近接に着弾し、両耳の鼓膜が破れたらしいムハンマドは米軍の尋問に英語でも現地語でも答えられない。どうも字も読めないようで、釈明の機会を逸して捕虜としてヨーロッパのキリスト教圏の某国にある秘密基地に護送される。実際には「アンナ」の撮影現場に近接したポーランドらしい。
輸送機から車両に乗り換えて護送される先は雪の積もった山岳地帯。季節は「ジングルベル」の歌が聞こえるのでクリスマスが近い12月だろう。つまり最もキリスト教が意識されやすい時期。護送車が事故で崖から落ちてムハンマドの脱走劇が始まるのだけれど、事故現場を監視する米軍車両のカーラジオのボリューム一杯にかけられた音楽に無頓着なことからムハンマドの鼓膜は破れたままらしい。
ただでさえ恐怖なのに無音の雪が積もった森林を彷徨うとなるとその孤独感は窮まり、過去の思い出やアッラーの教えがフラッシュバックされる。やがてそれは幻覚となり、ブルカを顔にまとった女性が森に現れたりもする。そして、過去であるはずのフラッシュバックの中に未来が混ざってくる。ムハンマドが追っ手の米兵の血の滲んだ白い防寒服を着ている姿。その幻覚はすぐに現実化し、ムハンマドは転落死した米兵の防寒服を奪って逃走する。
食料になりそうな犬や鹿が現れても殺せば米軍の猟犬に嗅ぎつかれるので殺すこともできず、蟻や木の皮まで食って飢えを凌ぐ。魚釣りに来ていた老人から魚を奪い、赤ちゃんに乳をやっていた母親からレイプまがいに乳を吸い、やがて木材伐採現場にたどり着くのだけれど、ここでもチェーンソーの大きな音が聴こえず、倒れてきた木に当たって重傷を負う。
essentialkilling2ほうほうの体でたどり着いた家にいた女性はなんと耳が不自由。異教徒であっても今のムハンマドには共通に理解し合えるものがあった。それは言語という本来理解し合うためのコミュニケーションツールではなく、まさにその真逆の、言語が絶対的に通じないという、社会的枠組が取り払われた共通の孤独感によって理解し合うという皮肉。宗教が言語によって成り立っているのに対し、これは言わばエッセンシャル・コミュニケーションだ。
ラストは明らかに黒澤明の「影武者」へのオマージュだろう。実際、ムハンマドにはタリバン兵と誤認されて不幸になるという、武田信玄の影武者になる盗賊とそっくりな面がある。そもそもムハンマドは生きるためにやたら物を盗んでいる。ただ乗りも含めて。
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Posted by y0780121 at 19:47│Comments(0)TrackBack(12)clip!洋画エ | ★5

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