2016年01月09日

ピンクとグレー〜俳優自家中毒症3

pink&gray公式サイト。加藤シゲアキ原作、行定勲監督。中島裕翔、菅田将暉、夏帆、岸井ゆきの、小林涼子、柳楽優弥。行定勲監督が本作の監督役で出て来るという極め付きの自己言及的映画内映画。地はモノクロ=グレーということらしい。「本当」とは何かがテーマのようだが、ここまで凝るとただ面倒臭い、という印象が強くなる。
主人公の芸名白木蓮吾(中島裕翔)が「シラ切れんぞ」と聞こえてきそうな感じになって来る。胡蝶蘭(Phalaenopsis)からヒントを得たという「白木」という芸名も、「マグノリア」絡みで続けて読めば「白木蓮」(ハクモクレン)になってしまう。これがまた本当か本当でないかの言葉遊びになっているのかいないのか。
オープニングに出て来るのはバレリーナの蓮吾の姉貴唯(小林涼子)。そのバレーのテーマがPhalaenopsis。偶然にも観たばかりの「クリムゾン・ピーク」と同じ曰くありげな姉弟がキーポイントになっていたとは。これだって物語内物語だった。
しかも、唯の踊りや死に方って、どうしても「ブラック・スワン」を連想させるというか、パクリじゃなかろうか。大体、蓮吾と河田大貴(菅田将暉)の名前も「スタンド・バイ・ミー」からの借用。スターになった蓮吾の巨大広告を大貴が仰ぎ見るのもどこか既視感がある。他人を真似るばかりか他の映画を真似るのもテーマのうちなのだろうか。
サリー(夏帆)がサリー役やって20回テイク取られて「監督はその後に本当の自分が出て来るって、本当って何なの」とケバメイクで言うのは本作のホンネみたいな台詞でもある。「他人になるって何それ」って俳優ってそもそも他人になることだし。
pink&gray2ところで、サリーが引っ越しでいなくなり、偶然街角で2人と再会するまでの空白は一体何だったのか。美術を学んだサリーは蓮吾の誕生日に蓮吾の絵を描いたのだけれど何か遺影ぽく見えて来る。蓮吾は姉の死んだ日に自殺するのだけれど、本当はサリーも蓮吾もその時、存在してないのでは、と思えて来る。
唯は9歳年上の姉で大貴が「初めて女性の美しさを知った」女性。大貴がサリーの太腿にムラムラときて襲ったことを考えれば、サリーの不在と年上の女性の不在が重なるのは考え過ぎだろうか。むしろ、女性の喪失こそ2人を駆動させているような。ピンクとはそういう意味かもしれないが、その部分はグレーだった。
そもそもラーメンにするかしないかで、地下階段から次に上がって来るのが男か女かをかけて、昇って来た男女が二人とも、芸能関係者だったというのも、人生が馬鹿らしいほどの運命の悪戯に左右されることのメタファー。それがまたオープニングでもあった「しょうもな」という台詞がラストでもつぶやかれる伏線になるのだけれど。それにしても柳楽優弥が無理矢理ぽく菅田将暉に似せているのもしょうもなく思えて来る。
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Posted by y0780121 at 19:14│Comments(0)TrackBack(2)clip!邦画パ行 | ★3

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