2016年03月31日

無伴奏1

mubansou公式サイト。小池真理子原作、矢崎仁司監督。成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜、松本若菜、酒井波湖、仁村紗和、斉藤とも子、藤田朋子、光石研。「知的悪女」のエッセイで名を売り、作家に転身した小池真理子の1990年の作品。1969年から始まる物語は当時流行った革命ごっことフリーセックスごっこをないまぜにした感じ。
人物造形が粗雑でコケ脅しが目立つだけで、終わってしまえば安物のテレビサスペンスドラマ風で、ノスタルジーすら感じない。
制服廃止闘争委員会だからと言って下着になることないだろうに。普通に私服、当時だって高校は私服が多かったように思えるし、女子高校の前で響子(成海璃子)らが下着になっても、あんまりインパクトもなさそう。チャラチャラ革命ごっことその後の音楽喫茶「無伴奏」で知り合うことになる大学生の渉(池松壮亮)と祐之介(斎藤工)、エマ(遠藤新菜)との性的交友。実際には1968年公開されたドキュメンタリー映画「フリーセックス地帯を行く 天国か地獄か」で日本でも流行したフリーセックスの真似事だろう。まるで言い訳みたいに「ベトナムも、沖縄も、安保も本当は興味なかった」と呟く響子だが、フリーセックスも流行便乗なのは痛さだけが残る。私的体験と社会の雰囲気を無造作に結び付けたような感じ。
渉の姉(松本若菜)は自殺未遂したらしいが最後まで意味不明、加えて意味不明に近親相姦しているみたい。それからホモあり、バイセクシャル、覗きあり、って何かLGBTのごった煮。それが全部見事に取って付けた感じ。殺人、入水自殺もいやまして取って付けた感じ。脇役の父親(光石研)も母親(斉藤とも子)も叔母(藤田朋子)も絵に描いたようなステレオタイプ。
こんな雰囲気になぜにバロック音楽が多用されるのかもよく分からない。竹林があって寂しいです、稲光がして不気味です、茶室があって侘びしいです、って、そんな感じだ。
茶室って「利休にたずねよ
千利休(市川海老蔵)のわび・さびの裏側に狂おしいほどのエロ、さらにグロまであったという物語。
が重ねたのか。ちなみにここでも成海璃子が出ていて自害している。躙り口は異界の入り口というなら、刀(暴力)も無用の世界の筈だけど、小刀なら躙り口でも持ってこられますとでも言うのか。
終わってみれば、こんな酷い体験した響子と無邪気に制服廃止闘争委員会をしていた響子とがさっぱり結びつかない。中古自動車で海岸で遊ぶ絵に描いた青春とも結びつかない。
良かったのは響子のセックスの時の表情だろうか。けれど、抱かれたい男ナンバー1のヌードの相手は響子ではない。あんな形で見せるのも時流便乗なのだろうか。
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Posted by y0780121 at 18:31│Comments(0)TrackBack(4)clip!邦画ミ-モ | ★1

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