2016年11月18日

この世界の片隅に〜謎の太極旗の正体は?5

すずさんは二度怒る
sekasumi公式サイト。「夕凪の街 桜の国(2007)」の漫画原作者、こうの史代原作、アニメーション制作:MAPPA、「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督。(声)のん=能年玲奈、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、小山剛志、津田真澄、京田尚子、佐々木望、塩田朋子、瀬田ひろ美、たちばなことね、世弥きくよ、澁谷天外。戦時中の広島・呉で庶民生活送るすずさん(のん=能年玲奈)の目を通して大きな物語と小さな物語が地続きで描かれる。(初出11月14日)
のん(能年玲奈)の独り言のような声は世慣れないボンヤリした北條すず(旧姓浦野)役に嵌り過ぎていて感極まる。
物語は(昭和)8年から始まっている。日本が満州事変を起こし、国際連盟から脱退して一気に戦争に突入。世の中の空気が戦意高揚に向く中広島市内に住むすずは、孤独好きの夢見がちな子で絵を描くのが好きな少女。およそそんな世の中の空気とは無関係な世界で生きている。絵と、それから森永ミルクキャラメルで十分だった。
18歳で、会ったこともない軍港・呉市の人周作(細谷佳正)に嫁入り。なぜか「リップヴァンウィンクルの花嫁」の皆川七海(黒木華)を思い起こす。彼女もある意味ボンヤリ受け身に生きていた。すずの世界観はオープニングの海苔の採集で海が一夜で満潮から干潮になって風景が一変することに対する呟きで現わされる。干潮で露わになった海底はその後の原爆投下で一瞬にさら地になった広島を予感させる。結婚前、結婚後、そして後々の玉音放送前・後とこの突然の環境変化のヴァリエーションは繰り返される。
結婚してせっせと働くが相当ストレスがたまっているのは心因性の円形脱毛症にかかっていることで分かる。町の人たちと一緒に竿を担いで水桶を運ぶ時、すずの竿が周りの人たち にぶつけてしまうというユーモラスなシーンがあるが、これは同時にすずが対人関係で距離感取れてないことを象徴している。すずは世間には馴染めず、嫌な実生活は絵を描い現実を変えてしまう。温厚でぼんやりしているすずは本作で実は二度怒る。
一見、時系列的にストーリーが展開するように見えるが、どうもそうではなく、まるで絵のように違った時代のことを一つの平面に収めているようなのだ。幼馴染だったリンは座敷童に変化し、心なくも結婚してしまうことになる見合いという結婚制度は人攫い(ひとさらい)としてメタファー化される。結婚した夫はすずに優しい良い人で、すずのことを前から知っていたというけれど、すずの空想の産物ぽい。
すずの空想は元祖「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」的な戦時中の物資不足を補うもったいない精神の延長線上にある。現実になければ空想で補う。「絵に描けばおおきくなるもんね」とか本人がそう言っている。短くなりすぎた鉛筆は空想で間に合わせる象徴だ。
砂糖を求めてせっせと働くアリのエピソードは「夕凪の街 桜の国(2007)」でも使われていた。この砂糖を巡るエピソード、戦前のキャラメルから終戦後の駐留米兵からもらうチョコレートまで連なっている。
呉でも暇なときは軍港がよく見える高台の畑で絵を描いている。それでも軍艦は風景の一部に過ぎず、姪っ子晴美から詳しく教えてもらって初めて社会的脈絡で見る。そもそもすずは嫁ぎ先 の苗字や住所もよく覚えていないことと連なる。このエピソード、かなり重要。すずの世界では日常と戦時との境界も曖昧だ。そこで見るかなとこ雲も四散するタンポポの綿毛も近未来を暗示していると思ったが、その逆らしい。すずの絵で現実の記憶が変えられたのだ。
実はすずは戦争や空爆すら自然現象と分け隔てなく風景の一部と見ているフシがある。広島に住んでいた時、絵に描いた広島県物産陳列館も、それが原爆ドームになってしまったのを見ても、自然現象で変わり果てたと見ているような気がする。実際、原爆投下の瞬間も、昼間の稲光のようにしか感じられず、その後の空気の震動も地震のようにしか感じられないように描かれている。
そんなボンヤリしたすずは空襲を他人が怖いと思うほどに怖いと感じられなかったのではないか。照明弾も花火か何かのように見ている感じ。空襲の時も鷺に「山の向こうに逃げて」と言うなんて、人間と風景の中のお友達の鷺と分け隔てしてないのだ。呑気でぼんやりしている。
sekasumi2その結果、仲良かった晴美を失い、自らも右手をなくす。そして、それすら空想で補っている風で、ラストで広島の焼け跡で彷徨って右腕をもぎ取られた母はすず自身であり、すずが呉に連れて帰る母の前にいた娘は晴美なのだ。すずが広島に戻ったのは被爆した年の初冬で現実にあんな親子がさまよっている訳もないし。
このすずの運命がまた「能年玲奈」から「のん」に改名したことと重なってしまう。好きな絵を描けた右手は改名前、右手を失ったずずは短くなった「のん」なのだ。「あまちゃん」は能年にとっては戦災なのだ。能年は何も「あまちゃん」で“ブレーク”する前から「カラスの親指」や「グッモーエビアン!」で脇役ながら存在感のある光る演技をしていた。その後、主役しかやらせてもらえなくなったのは災難としか言いようがない。
ラストで失った右手が「さようなら」と観客に手を振るのは能年玲奈はなくなりましたと訴えている感じに見えてしまい泣けてくる。
そんなすずも戦局が押し詰まると「竹槍でやっつける」と軍国婦人ぶりを発揮するように見えるが、以前のように周りの空気に同調しているだけだろう。戦局が押し詰まっても、実は日常の延長と感じている気配。それは見合いでなし崩し的に結婚したのと同じ日常のなし崩し的延長なのだ。すずは「ボンヤリしたまま死にたかった」と言っている(決してすずは頭の悪い子ではない)。戦争という「大きな物語」とは無関係に生きたかったし、死にたかったのだ。できれば見合い結婚もせずに、成り行きで結婚出来たらなあ、とぼんやり思っていたのだ。
すずは玉音放送に怒っているが、「大きな物語」の出鱈目さ加減にだろう。自分はなし崩し的日常を受け入れていたのにここでやめるのは腹が立つと一見本土決戦論者のようなのがむしろ哀れだ。すずが怒ったのはこの時が初めてではなく、海軍士官として入湯に来た幼馴染の本命水原にからかわれた時も怒りを爆発させて夫を驚かせていた。
その水原はすずを良く理解していて「この世界の片隅ですずだけは変わらずにいて欲しい」とタイトルにつながることをいっている。裏返せば「世界はまともじゃなくなったが、すずだけは変わらないでくれ」というある意味遺言のような告白だった。
他の人々の心情も今とさほど変わっていない風。先に爆撃されて焼け野原になった呉市民は広島の放送局から「呉の皆さん頑張ってください!」とアナウンサーに絶叫されていたが、最近再び東北で大地震が起きてNHKアナウンサーが「逃げてください!3月11日を思い出してください!」と絶叫していたのと重なる。「新型爆弾」で焼け野原になった広島市民のために恩返ししようと呉市民が立ち上がるのも、東日本大震災の被災者たちが熊本大地震に恩返しに駆け付けるというニュースは聞いたばかり。
ところで、終戦後、爆撃された呉市の廃墟の片隅に小さく朝鮮の太極旗が掲げられていた。調べたら、こんなニュースが配信されていた。
新事実発覚 朝鮮人700人が戦時中に海軍基地で蜂起
【ソウル聯合ニュース】日本が朝鮮半島を植民地支配していた1943年、軍事の要衝だった広島県呉市の海軍基地で強制労役に反発した朝鮮人徴用者700人が蜂起していたことが15日、韓国政府機関の「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者ら支援委員会」の調査で初めて確認された。
朝鮮人徴用者が民間企業の作業場ではなく、日本軍施設で蜂起したことが確認されるのはこれが初めて。支援委員会は蜂起の先頭に立った故金善根(キム・ソングン)さんの広島刑務所での受刑記録や遺族の証言などを基に、こうした事実を確認したという。
太極旗19世紀から朝鮮独立運動の象徴として使われていたから掲げられていても不思議ではない。そう言えば海軍の文官である夫の周作は終戦後も「秩序」がどうのと仄めかすようなこと言っていたことと関連しているのか。
さらに細かい所に目を向けると、すずが学校の教室にいるシーンで「廣島城天守閣」という習字の紙が貼られていたが、この紙は後々すずの実家のシーンでも再登場していた。紙の下半分が、剥がれた壁の補強のためにか貼られているのだ。今では想像しにくいが当時はそんな時代だったのが実感されるさり気ない細かな演出だ。

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Posted by y0780121 at 16:36│Comments(0)clip!アニメ邦画アーサ | ★5
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注・内容、台詞、原作に触れています。『この世界の片隅に』原作 : こうの史代監督・脚本 : 片渕須直出演(Voice Cast) : のん細谷佳正、稲葉菜月尾身美詞、小野大輔潘めぐみ、牛山茂、新谷真弓
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