2017年09月01日

パターソン〜ゆく滝の言葉は絶えずして5

paterson公式サイト。原題:Paterson。ジム・ジャームッシュ監督。アダム・ドライヴァー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、クリフ・スミス、チャステン・ハーモン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、永瀬正敏。アメリカ・ニュージャージー州のパターソン市の詩を書くバス運転手パターソン(アダム・ドライヴァー)の1週間。同市出身の詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをベースにしている。
同棲相手のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が双子を妊娠したと告げる。思えば、市の名前と主人公の名前が“双子”みたいだし、演ずるドライバーという名前が運転手(driver)を意味するから“双子”のような職業(笑)。ベースになった詩人の名前もミドルネームを省けば、ウィリアム・ウィリアムズと“双子”みたいだ。実際、本作には双子の少女とか双子の老人とかが登場する。
本作自体が双子を妊娠しているような風情だ。双子という言葉がまるで韻を踏んで映画が進行するかのようだ。
和製英語でワンパターンという言葉があるが、本作の字幕では「ワン・ジャック」という言葉が出て来るのは因果なものなのか。これ、ワン(犬)とハイジャックの合成訳語なのだけれど。
patternという言葉はパターナリズム(父親的温情主義)や家父長制(patriarchy)などと同じ語源で規範的な意味合いがある。そもそもパターソン(paterson)だって縁語だ。
そのパターソンの日常はワンパターン(笑)。たった1週間の物語なのでローラがあっという間に双子を産む筈もないから日常は変わらない。
けれど、何かが変わっていく予兆のようなものがある。バスの電気系統が故障し動かなくなる。何やら流産を希望しているかのような。そもそもパターソンはローラに意見することはない。双子を産むというのは大事件の筈だが、表面的に動揺せずに受け入れるだけ。絵描き好きでカントリー歌手志望のローラが部屋の中をペイントで塗りたくって内装を変えたのにもただただ受け入れるだけ。カーテンの模様も、手作りケーキの模様も先ごろ何やら流行り?(例えば「メッセージ」とか。)の〇印のパターン。実はパターソン自身は家父長制とは真逆のメンタリティだ。
ましてや、自分の命のような詩を書き付けたノートブックを愛犬に千切られて台無しにされたのにさほどショックを受けず、ローラが犬にお仕置きしたのに許してしまう。「諦観」という仏教用語を連想してしまう。
それにしても、パターソンが書く詩の中で「滝のような髪」とはパターソン市内にある実際の滝グレート・フォールのことだったと分かると静かなる感動をしてしまう。滝とは方丈記の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」的な、言葉を水に置き換えれば、千切られた言葉も滝の水の如し。
その日本的世界観を受けるように滝を一緒に見る詩人の日本人男性(永瀬正敏)が現れるのも偶然ではなさそう。日本人男性は白紙のノートブックをプレゼントする。そこにまた滝を落とせばいいとばかりに。彼は“Aha”と言うが、これは日本人がネイティブスピーカーによく使う曖昧な相槌みたいなものだろうか。今は亡きアメリカ特派員経験もある元新聞記者のニュースキャスターも口癖にしていた。その筑紫哲也はジム・ジャームッシュ監督と朝日ジャーナルで対論していたなあ。
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Posted by y0780121 at 21:21│Comments(2)clip!洋画パ | ★5
この記事へのコメント
拙ブログ『東京温度』にも書きましたが、このニュージャージー州パターソンという郊外の街、なぜだか『ツイン・ピークス』を思わせるものがあります。滝があり川がある町だし、主人公の恋人の名は「ローラ」だし、リンチ好みの波模様のインテリア・ファブリックが出て来たり、ギザギザ模様のカップケーキが出て来たり、双子(twin)がやたらと出て来ます。そもそも本作の撮影は、リンチ作品の撮影監督として名高いフレデリック・エルムス(『イレイザーヘッド』『ブルー・ベルベット』他)なのでした!
Posted by 大江戸時夫 at 2017年09月24日 23:01
うーむ、「ツイン・ピークス」全然見てないんで、そっち方向はまるで音痴なんですわ。
Posted by 佐藤秀 at 2017年09月24日 23:27