2017年11月29日

光(大森立嗣監督)〜月光と溶接の光1

hikari公式サイト。三浦しをん原作、大森立嗣監督。井浦新、瑛太、長谷川京子、橋本マナミ、南果歩、平田満。離れ小島の石段のある神社となると、どうしても三島由紀夫原作「潮騒」 を連想してしまう。兄弟2人が島を出るのも何となく「MW−ムウ−」を連想させる。
島の自然の中で大きく育った木の幹が何気にか卑猥な感じがする。幹と幹の絡みが肉体が絡み合っているような。ましてやそんなところでレイプされた美花(長谷川京子)は。そこまではまあまあ良く、期待を持たせた。
けれど、それから25年後って、彼ら彼女らはもう30歳代後半か下手したら40歳だ。何を今更な年齢に達している筈で、そんな少年少女時代の記憶が中年に差し掛かってリアルに“純情”に作用するものだろうか。
弟分の輔(瑛太)は少年時代、カメラを持って兄貴分の信之(井浦新)を追いかけ、信之が殺したレイプ男の写真を撮影するのだけれど、今頃になってその写真を暴露されると殺人がバレてやばいって何なんだよ。なぜ、撮った時にカメラを取り上げてフィルムをパーにしとかなかったんだろ。ちょっと呑気過ぎないか(笑)。恐らく死体は信之が梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」如くに椿の花の下に埋めたのだろう。
そもそも輔がなぜわざわざカメラを持って追いかけたのか分からない。離れ島の朴訥な筈の少年がスケベ心でフォーカスするなんてことも考えにくい。設定があり得なさ過ぎて付いていけない。第一、あんな写真、証拠写真にも何にもならない。逆に輔が撮影したのだから容疑者は輔になってしまう可能性の方がはるかに高かろう。
島を出てからの2人も信之はホワイトカラー、輔はブルーカラーとはっきり区分けされ過ぎてなんか面倒臭い。おまけに信之の妻(橋本マナミ)と不倫してますますワケワカメになるって、わざとらしい演出としか思えない。そうならざるを得なかった必然性みたいなものが感じられない。
折に触れ、耳に不快な不協和音のBGM。輔も時折動物の咆哮のような独り言のような声をあげる。思えば、信之の妻の生尻と輔のオヤジ(平田満)の生尻とで映像的な不協和音も奏でられる。これまた見る側にしてみれば、何なのこれ、と不快になる。
東日本大震災のように津波で大多数が死んで生き残った我々という設定も輪をかけてわざとらしい。だから何だと言うのか。タイトルは恐らく、その時に海を照らしていた月光と溶接工の輔が使うバーナーの青白いアーク光のコラボかも。輔が溶接工の仕事をするたびに「あの時」が蘇って狂わせるということなのか。
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Posted by y0780121 at 22:47│Comments(0)clip!邦画ヒ | ★1