2018年06月03日

万引き家族〜失われたゲップを求めて4

main公式サイト。是枝裕和監督、音楽:細野晴臣。リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林。カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞作。同監督の赤ん坊を取り違えた二家族の物語「そして父になる」のある意味姉妹編で「そして家族になる」風だ。
疑似家族がテーマなら「at Home アットホーム」もそうだった。しかも空き巣という犯罪で結びついていることも共通する。
かつて池があったという小さな庭の窪地。これって、つい最近見た沖田修一監督「モリのいる場所」とそっくりな展開。まさか沖田監督のアイデアを同作にも出演していた樹木希林が万引して是枝監督に手渡したんじゃないだろうね(笑) そうとしか思えないほどそっくりだ。
なぜ池がなくなったかと言えば、遺影でしか登場しない夫?の遺体が埋まっているからだろう。葬式だってカネがいるから埋めるしかなかったのだろう。
その家の小ささを示すために小さい隙間から「音だけ花火大会」も秀逸。音だけ聞こえ、華やいだ花火が見えないのは、この家族の華やいだ世間から取り残された感を現して余りある。ここらあたり芸が細かい。思えばこの小さい隙間はリリー・フランキーが幼児虐待に遭っている佐々木みゆを見つける木壁の隙間と通じる。
さらにフランキーが登場した「凶悪」にはフランキーが遺体を埋めるシーンがあった。確か家の床下に穴を掘って埋めていたような。この家族は同じことしている。
連想するのは梶井基次郎「桜の樹の下には
桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

本作には桜の木は庭にないが、代わりに安藤サクラというサクラの木が一家を支えている(笑)。さすがのフランキーもサクラの前では貫禄負けしている。
最も印象的なのはサクラが昔懐かしいラムネ瓶を飲んだ後、ゲボッとゲップを吐くところ。何かあのゲップで子供時代の思い出が一気に吐き出されるようなゲップだ。ちょうど「失われた時を求めて」のマドレーヌのような。だから、あれは古典的なラムネ瓶じゃないと駄目なのだろう。一緒にラムネを飲んでいた城桧吏が真似してもうまく真似できないところもある意味秀逸。
ただ、この一家、いかがわし気な仕事している松岡茉優も含めて一家3人が働き手。怠け者は一人もいない。おばあちゃん(樹木希林)の年金+3万円せびりと合わせたら相当な収入で貧困とはとても思えず、わざわざ万引稼業する必要あるとは思えないのだが。彼らはもしやゲーム感覚で万引しているとしか思えない。退屈な日常の憂さ晴らしとして。
だからみゆも養う余裕あったし、みゆまでもすぐに適応してよく働く(笑)。どころか不幸な可愛さから最後は幸せいっぱいの可愛さに溢れている。海水浴場に向かって走る脚の可愛さよ。
そもそもみゆ自身も万引して手に入れたた家族だろう。タイトルは「万引して生計を立てる家族」という意味と同時に「家族の構成員も万引して手に入れた家族」という両方の意味がありそう。
後者の意味はたとえ血縁がない同士でも血縁のある家族の擬態(ある種の万引)をの形態を取らざるを得ないことだろうか。社会の中で生息するためには表向き家族を作らざるを得ないのだ。何気によく通う店の主人、柄本明が死んで店が廃墟になるのをわざわざ見せるのか。家族がないから廃墟にならざるを得ないことを思い知らされるからだ。実は万引は盗みの手段ではなく疑似家族維持のための手段なのだ。
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Posted by y0780121 at 21:18│Comments(2)clip!邦画マ | ★4
この記事へのコメント
ゲップといい、餡蜜のモチといい、ヤバいディテール満載でしたね。

納得のパルムドールです(笑)
Posted by onscreen at 2018年06月07日 00:58
この物語、現代ですよね。けれど、この家だけガラパゴス昭和な雰囲気でした。ラムネだって今時あまり見かけないし。
Posted by 佐藤秀 at 2018年06月07日 13:48