吉川由香里のブログ

世の中には、たくさん、変なことがある。が、大変なことは変えていかなければならないと思う。

オバマ

social network と 大きな物語 混乱と無血の間のエジプト動乱

 今回は、民主主義へのテロではなく、民主主義へ至る暴動なのだから、民主主義の主導国であるアメリカが応援することは、(歴史的)に当然である。これは、大文字のイデオロギーの問題である。

 しかし、ネット社会も、エジプトにより、新たな域に到達しかかっている。民主主義も然りである。

 ところで、新たな域とは、万国共通であるが(特に欧州が誘導的なものであるが)、つまり、日本にとっても、そして、アメリカにとっても、(歴史的な)イデオロギー闘争に陥らなくて済んだなあという感想を持てたことである。

 イラク戦争でのアメリカの民主主義のイデオロギーの行き過ぎが取りざたされる中、エジプトの暴動への、初めのアメリカの善という反応は、後で、軍隊を推すまで、親米のムバラク政権(親米エジプトについて http://blog.livedoor.jp/y11269/archives/4078992.html)の擁護から、民主主義運動の擁護への移行を目指すものであり、アメリカの正義自体としても肯定できるものだったと言える。

 つまり、押し付けになることなく、段階的な民主主義のあり方を認めた点で、アメリカの判断は新しかったし、説得力があったと言える。

 オバマ政権は、新たな政治体制は「エジプトの人々が決める」とし(ここら辺もヨーロッパなどの働きかけに同調的である)、「表向きは介入しない姿勢を崩していない。」(朝日新聞1月5日)とするが、こうしたところも、民主主義のあり方を考える一つの礎となるだろう。

 ここまでは、文明の衝突と一緒に考えられる、イデオロギーの話だが、そういった大きな物語を、またさらに、脱していきたいところである。

 今回のエジプトでの大規模デモは、twitter や facebook などの social network で成り立ったが、このエジプト動乱の経緯は、テレビというメディアだけでなく、日本では、twitter を通して、伝わった。こうした一方通行でないメディアの登場は、大きく受信者の連帯感を生んだ。

 反親ムバラクのどちらに転がろうとは言い過ぎだが、革命とは、無血であるべきだというのは変わらない原則であるということを何よりも痛感した。

 次の動乱では、無血を望むという、twitterからの要望や運動が起きてもおかしくない、というのが、social network の可能性であるし、そうあるべきだとも考える。

 ところで、アメリカも、民主主義の運動を応援しているとはいえ、エジプトの民主主義の運動、反ムバラク政権のかなめであるムスリム同胞団が、イスラエルとの友好関係を切るつもりであることが、気になるらしい。

 それで、政権と独立した存在であり、市民の暴動にも発砲しないと宣言した市民の味方的な役割を果たした、政権と市民の中庸を行く、軍隊に、政権を託したいらしい。

「本音では、エジプトに親米親イスラエルの穏健な政権が維持されることが譲れない一線だ。スレイマン氏が対話を呼びかけた最大野党勢力ムスリム同胞団が勢力を拡大することには強い警戒感を持っている。
 このためにも、米政府はムバラク後の新体制を軍部が主導することを強く望んでいるらしい。」とし、既に、「米政府はエジプト政府上層部との間で「ムバラク降ろし」と暫定政権移行への道筋づくりの検討に入ったとされる。」(朝日新聞1月5日)

 結局、エジプト動乱では、「ムバラク降ろし」が、今回の民主主義運動の成果として評価され、それ以上のことは、現実的でないと、却下されそうだ。そういうわけで、ムスリム同胞団には、お声がかかりそうにないということらしい。ふむ。

 (5日夕方のテレビでは、オバマが、反対勢力の意見をよく聞いて、権力をムバラクが、移譲することを望むと言うに留まっていた。)。

やれやれ、こうしたエジプト動乱を経験し、アメリカも、イデオロギーや戦いの場から外交の場へと去っていったが、何より、無血の達成を願うのは、私だけではないだろう。

冷静と情熱の間にいるエジプト動乱の民主主義

 さて、このエジプト動乱、あるいは、エジプトの市民運動の暴動、エジプトを注視する者が受けるものとして、二つの混乱があったと言える。(それは、アラブ民族主義とは、一線を画すエジプトの「エジプト的性格」によるものと言える。アラブ民族主義についての詳細は、http://blog.livedoor.jp/y11269/archives/4075189.html、「エジプト的性格」についての詳細は、http://blog.livedoor.jp/y11269/archives/4076340.htmlに記しておく。)

 エジプトを注視する者が受けるものとしての、二つの混乱のうちの一つは、手段として、テロと暴動は似ているので、民主主義の運動によっても、少し混乱が生まれたということである。

 そして、ふたつめは、一方で、テロのニュースを見慣れている身から見れば、死者をだしたことには変わりはないが、反政府運動自体の過激ではないところと反政府運動への幾分かの呼びかけを持つ政府による、動乱の静さを目の当たりにした混乱である。

 こうした市民による民主主義運動の暴動の経緯の中で、ムバラク政権の存続は、そんなに悪なのだろうかという疑問が少なくとも持ちあがったのは事実である。

 テロへはアメリカと同調して、徹底的に戦うと宣言した日本政府も、ムバラク政権の退陣には、幾分躊躇する考えを示している。前原外相は、「欧米はムバラク大統領の即時退陣を求めるが、もっと現実的に物事を考えるべきだ」と述べている( http://t.co/IaZbi2N)。また、少なくとも、日本のツイッターでは、エジプトの動乱について、結果(経済崩壊)を見ない先走りか、民主主義的英雄かの真っ二つに、意見が分かれ出している。

 エジプトを注視する者が受ける、混乱と同じものは、当のエジプト国内においても、表出している。つまり、運動は、反ムバラクだけではなくなったようだ。すなわち、一方で、親ムバラク派による暴動が起きたのだ。この親ムバラクの運動は、このような、エジプトの混乱が、運動という形に表れたものだろうか。

 つまり、反ムバラク派の暴動は、エジプトにおいても、一つの混乱であるらしいということを、どのように受け止めたらいいのか。

 ムバラクにそんなに反対することはないのではという、エジプトの外側からの視線は、エジプト国内においても、同時存在していた。

 これは、反ムバラク派の運動が、テロと似た暴動の一種であることと平行して、テロなどの過激な手段を用いないので、親ムバラクの主張自体が可能であったということだろうが、反ムバラクの大規模なデモにもかかわらず、親ムバラクを生み出したというは、エジプトの一つの美しい事実である。

 (ムバラク政権が親ムバラク運動の操作をしているという噂もあるが、反ムバラク派の中心勢力であるムスリム同胞団は、武力闘争を放棄していることが、親ムバラク運動の第一の存在理由になる。)。

 どうやら、エジプトは、議論の場と化しているらしい。さすが、「優しく穏やかな国」エジプトと言える。

 そして、本当の意味で、民主主義を考える良い機会であった。


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