吉川由香里のブログ

世の中には、たくさん、変なことがある。が、大変なことは変えていかなければならないと思う。

マニフェスト

ポストモダンの行く末〈序〉


先の衆議院選挙から、二大政党制が議論し始められ、このような問題関心は、日本でも、本格化してきた。

ちなみに、この問題は、マニフェスト政治にも繋がる大事な問題であると言える。

いろんな人に、議論されるべきです。こういう問題は。例えば、政治が経済を優先にするのかという議論にも、本質的に繋がるので。それが、資本主義の選択であるということが、これまでの、日本の一応の政体の意味であった。 

それでは、二大政党制は、何を意味するか。

知恵ではなく、議論の場に戻るというのが、国民の理想になりつつある。つまり、知恵の結集が理想になりつつある。

ポストモダンを経て、時代が変わったということが、「議論の時代になった」と言えるようなことがあるということでもある。「みんなの党」のアジェンダなんかで、日本も、時代の変革の波を受けている。

それにしても、時代のイデオロギーは、国内のそれとは限らず、国際社会のアメリカ主導の資本主義であったり、後進国の南北格差への批判であったりする。

そうした中で、議論型政治は、生み出されたので、国民の国内政治への関心も、先進国の真似というのではない、他の先進国への強調路線が、意識されてきているということである。
そういったことが、国民に反映されない筈はないので、マニフェスト、アジェンダなどを通したの意志疎通を介した、議論型の政治が、国民にも、受け入れられるのである。

そして、このことは、マルクス主義の終焉と引き換えに現れた事態だと言える。一つの〈現実〉の到来であるということである。

しかし、この〈現実〉が、国内のものであるか、国際社会のものであるかを問わず、非常に「存在」的である時、受け入れ易いというのではなく、受け入れるべきだという判断を、国民も、当然持つだろうというだけのことではないだろうか。

衆議院総選挙以前

 マニフェストは、二の次…、続郵政選挙、不況選挙より、政権選挙。
 でも、どこまで、不況選挙にし、実のある話にするかが、また、マニフェスト選挙ならではの、支持者獲得の政策重視アピール、腕の見せ処でもある。
 現実政党の政権争いは、どこか違う。
 一応、マニフェスト選挙開幕であることには間違いなわけだから、気を取り直して、マニフェストを確認してみよう。
 子育て支援、年金制度、不況対策…。珍しいことに、政策が見えてきた選挙ではある。結構、政策はしっかりしてるけど、実行するための予算はどうするのか。予算も、やっぱり気になる。公債ばかり増えていくのも良くないことだし、公債返却プラン(長期債務総額は約800兆円だそうだ。(平成18年は、542兆円だった。))なんかも見せてくれるとありがたい。
 日本の国会一般会計予算は85兆(特別会計と合わせると210兆弱)、内年金支出で34兆円(基礎年金20兆円)。年金制度の改革も結構、負担がかかる。年金制度改革の公約を出しているのは、民主党(「最低保証年金制度」)。後は、公明党、共産党、社民党、国民新党、改革クラブ、新党日本も、年金改革派。
 公立高校生の授業料を無償化も掲げている民主党は、サンプル調査として行った事業仕分けでは26%の予算の改善が見込まれるとし、「埋蔵金」、租税特別措置見直しで、16.8兆円の財源を創出でき、税収だけで、マニフェストの政策は大丈夫だそうだ。
 民主党の子供1人当たり月額2万6000円支給の子育て支援の額(5兆円超)は、軍事費(4,5兆円)と同じだと自民党が言ってたけど、自民党が使った経済政策費がもっと膨大と民主党が切りかえす…。
 子育て政策では、ちなみに、自民党は、◎3-5歳児の幼児教育費の軽減◎高校、大学の就学援助制度、給付型奨学金、低所得者の授業料無償化を掲げている。
 不況対策は、自民党は、30兆円規模の補正予算の連続で、中小企業対策、定額給付金、高速自動車道部分的低料金化などで、後手には回らず、水もの経済に対策は、打ってはきた。民主党は、高速自動車道全部無料、環境ニューディール等を掲げている。
 世界的同時不況。世界の中で、暴利の罠と資本主義という場との争いの最終段階であるような気がする。資本主義自体が、闘争の時期にきている。
 アングロ=サクソン系に多い、二大政党制度。アメリカの共和党 /民主党、イギリスの保守党 /労働党が、代表的。第三党がある国もあるけど。
 日本も、立憲政友会(政党派・米騒動1918年後原の本格政党内閣)と立憲民政党(前身は護憲派の憲政会・議会派・アンチ政友会派)以来、戦後55年体制を越え…、ようやく政策闘争がまがりなりにも出てきたみたいだな。
 平成にして、ようやく、いくらか、政党政治らしい面持ちだったような気がする。
 確かに権力の象徴みたいな政治は困りもの、でも、一党支配の方が、対外的には、下手な競争選挙にならず国内政治にかまけず、かえって超然主義にならなくて、安定していて良かったと思う。※1
 二大政党制の方が、政党政治の意味を無くし、政治が、政治家のおもちゃになるのではないか。
 今日の政治学では、多党制を不安定とし、二党制だけ評価するのは、「二党制の神話」だそうだ。
 小選挙区は、買収、ゲリマンダーが起きやすいが、費用はかからない。「死票」が多く、少数政党に不利で、政党が公認を一人に絞るので、二大政党制ができやすい。
 「中道」に赴く二大政党による安定を言うダウンズ、その差異の小さいことを安定の良い条件とするサルトーリの意見※2とは反対に、もしかしたら、民族的にも宗教的にも差違のない日本では、争い(一応の)事で決める政治は、日和見主義に流され、その場に流されるだけの意味なき政治手法の一つ(イギリス流パフォーマンス)に過ぎないと言え、あまり意味がないと言えるのであるかもしれない。
 それにしても、二大政党制で、政治は、ゲームと化し、国民は、しっかりとした政策論争でもしないと、政治のtoykidsとなるようである。





※1政治学者ダウンズによれば、二大政党制は、最も人口の多い「中位投票者」の支持を求めて二つの政党の政策が近いものになる。
※2ジョヴァンニ・サルトーリにとっての良い政治とは、イデオロギーの差異が小さいことを指すので、二つの政党の政策が似たものであるということは利点である。(Wikipediaからの抜粋。)

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