吉川由香里のブログ

世の中には、たくさん、変なことがある。が、大変なことは変えていかなければならないと思う。

選挙

衆議院選挙――日本の議会政治と議会主義

 今回の選挙の争点は、「大きな政府」か「小さな政府」かではなく、議会政治をどのように考えるかであると思われる。
 つまり、アメリカ型資本主義経済の圧力に対抗するべき、国家単位の思考、「プラトン化」、国家的イデア化、あるいは、内面的思考が必要とされている。
 日本を、外圧からではなく、内側から検討し、国としての機能を果たし、世界に何らかのメッセージを発信していこうという時代の到来の為でもある。
 55年体制のもと、「反共」の一語に尽き、自由主義も、民主主義もないなかで、冷静が終結し
た後の政治が、議会政治に変容していった。小沢一郎氏は、新保守主義を、竹村正義氏は、リベラリズムを標榜した。しかし、日本特有の「政治体質」から、結実しなかった。※1
 しかし、今回の選挙は、ここからの流れを汲む。
 「小さな政府」への改革は、アメリカでは、レーガノミックスによって、減税政策、規制緩和が達成されることによって、イギリスでは、サッチャリズムによって、国有企業の民営化の達成、日本では、中曽根政権による、公社の民営化、臨調の活用などの、新自由主義的改革と呼ばれる一連の行政行為によって、為された上からの改革である。
 「政府」の大小、議会政治どちらが争点でも、上からの政治の一種で、メリアムの分類によれば、「クレナンダ」(人々の知性に働きかけ、正統化を図るもの。「ミテンダ」は、人々の感情に働きかけ正統化を図るものである。)による政治である。
 「クレナンダ」は、ウェーバーの分類に従えば、合法性を有して、自らを正統化する「伝統的正統化」であり、「ミテンダ」は、伝統や慣習に合致している点を根拠として、正統化する「伝統的正統化」に近いと言える。
 国内政治に限っては、民主党の政治は、クリーンな政治を目指すあまりに、人の違いを強調する特性理論になっていて、状況の違いを強調できない、「リーダーシップは状況の関数」と呼ばれるリーダーシップを発揮できる計算ができない、つまり状況理論ができていないということになる。
 日本の政治は、どういう方向をかたちづくるのであるのか。
 イギリスの議会政治を振り返る。
 イギリスは、「三つの階級」(投資家・企業家・労働者)に、その利益を担う政党、「保守党」、「自由党」、「労働党」、がある。「対外投資の中心であるロンドン金融街と保守党が第一次大戦以前の体制に復帰しようとするのに対して、国内産業に視点を置くケインズはイギリス経済再建のために海外投資を国内投資に向けさせ、国内生産力の向上を意図する。そのために、保守党に対抗し、自由党と労働党の協力を呼びかけていく。」※2
 マルクス主義の内面化が、議会政治において、収束さるてなされているので、議会主義ということもできる。
 マテリアリズムの呪縛を絶つのではなく、内面化するべきなのである。
 佐和隆光は、絶って、ポストマテリアリズムにいたらなければならないというが※3、絶つということ自体、グローバリズムに呑み込まれたままの状態で、新たな時代を築けないと思うからである。ポスト~とは、乗り越えていない何かなのである。痛みを伴わない変革は、存在しないのである。
 今回の選挙で、新自由主義への決別を、国民が選び、尚且つ、特に、二大政党制を選択したとするなら、議会主義的政治を、日本も目指したということになるのか。
 日本の場合は、マニフェスト選挙であったので、今回の選挙は、国民の平等から生まれた議会主義的選挙と総括することはできるよう。
 議会政治の歴史を語るのは、けっこう、難しい。


※1佐和隆光『市場主義の終焉』 岩波書店 2000年10月20日 P.15
※2伊藤光晴『現代に生きるケインズ』 岩波書店 2006年5月19日 P.16
※3『市場主義の終焉』 P.22

衆議院総選挙以前

 マニフェストは、二の次…、続郵政選挙、不況選挙より、政権選挙。
 でも、どこまで、不況選挙にし、実のある話にするかが、また、マニフェスト選挙ならではの、支持者獲得の政策重視アピール、腕の見せ処でもある。
 現実政党の政権争いは、どこか違う。
 一応、マニフェスト選挙開幕であることには間違いなわけだから、気を取り直して、マニフェストを確認してみよう。
 子育て支援、年金制度、不況対策…。珍しいことに、政策が見えてきた選挙ではある。結構、政策はしっかりしてるけど、実行するための予算はどうするのか。予算も、やっぱり気になる。公債ばかり増えていくのも良くないことだし、公債返却プラン(長期債務総額は約800兆円だそうだ。(平成18年は、542兆円だった。))なんかも見せてくれるとありがたい。
 日本の国会一般会計予算は85兆(特別会計と合わせると210兆弱)、内年金支出で34兆円(基礎年金20兆円)。年金制度の改革も結構、負担がかかる。年金制度改革の公約を出しているのは、民主党(「最低保証年金制度」)。後は、公明党、共産党、社民党、国民新党、改革クラブ、新党日本も、年金改革派。
 公立高校生の授業料を無償化も掲げている民主党は、サンプル調査として行った事業仕分けでは26%の予算の改善が見込まれるとし、「埋蔵金」、租税特別措置見直しで、16.8兆円の財源を創出でき、税収だけで、マニフェストの政策は大丈夫だそうだ。
 民主党の子供1人当たり月額2万6000円支給の子育て支援の額(5兆円超)は、軍事費(4,5兆円)と同じだと自民党が言ってたけど、自民党が使った経済政策費がもっと膨大と民主党が切りかえす…。
 子育て政策では、ちなみに、自民党は、◎3-5歳児の幼児教育費の軽減◎高校、大学の就学援助制度、給付型奨学金、低所得者の授業料無償化を掲げている。
 不況対策は、自民党は、30兆円規模の補正予算の連続で、中小企業対策、定額給付金、高速自動車道部分的低料金化などで、後手には回らず、水もの経済に対策は、打ってはきた。民主党は、高速自動車道全部無料、環境ニューディール等を掲げている。
 世界的同時不況。世界の中で、暴利の罠と資本主義という場との争いの最終段階であるような気がする。資本主義自体が、闘争の時期にきている。
 アングロ=サクソン系に多い、二大政党制度。アメリカの共和党 /民主党、イギリスの保守党 /労働党が、代表的。第三党がある国もあるけど。
 日本も、立憲政友会(政党派・米騒動1918年後原の本格政党内閣)と立憲民政党(前身は護憲派の憲政会・議会派・アンチ政友会派)以来、戦後55年体制を越え…、ようやく政策闘争がまがりなりにも出てきたみたいだな。
 平成にして、ようやく、いくらか、政党政治らしい面持ちだったような気がする。
 確かに権力の象徴みたいな政治は困りもの、でも、一党支配の方が、対外的には、下手な競争選挙にならず国内政治にかまけず、かえって超然主義にならなくて、安定していて良かったと思う。※1
 二大政党制の方が、政党政治の意味を無くし、政治が、政治家のおもちゃになるのではないか。
 今日の政治学では、多党制を不安定とし、二党制だけ評価するのは、「二党制の神話」だそうだ。
 小選挙区は、買収、ゲリマンダーが起きやすいが、費用はかからない。「死票」が多く、少数政党に不利で、政党が公認を一人に絞るので、二大政党制ができやすい。
 「中道」に赴く二大政党による安定を言うダウンズ、その差異の小さいことを安定の良い条件とするサルトーリの意見※2とは反対に、もしかしたら、民族的にも宗教的にも差違のない日本では、争い(一応の)事で決める政治は、日和見主義に流され、その場に流されるだけの意味なき政治手法の一つ(イギリス流パフォーマンス)に過ぎないと言え、あまり意味がないと言えるのであるかもしれない。
 それにしても、二大政党制で、政治は、ゲームと化し、国民は、しっかりとした政策論争でもしないと、政治のtoykidsとなるようである。





※1政治学者ダウンズによれば、二大政党制は、最も人口の多い「中位投票者」の支持を求めて二つの政党の政策が近いものになる。
※2ジョヴァンニ・サルトーリにとっての良い政治とは、イデオロギーの差異が小さいことを指すので、二つの政党の政策が似たものであるということは利点である。(Wikipediaからの抜粋。)

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