四千万歩の男〈伊豆篇〉 (日本歴史文学館)
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水戸黄門漫遊記的緩いノリ B+


 「週刊現代」1976年1月1号より1983年8月1320日合併号まで330回にわたり連載。後に<蝦夷篇>が講談社「日本歴史文学館」シリーズ第22巻・第23巻として、<伊豆篇>が同シリーズ別巻として刊行。

 主人公は、江戸時代に日本初の日本全土実測地図を作ったことで名高い伊能忠敬。伊能家に婿入りしてから己の努力と才覚で家の財産を大きく増やし、隠居生活に入った後は独学で星学を学ぶ。子午線一度の正確な長さを知りたいが余り、55歳にして蝦夷測量の旅に出かけるが、結果的にこの旅が全国測量という壮大な事業へと繋がっていく。

 「蝦夷篇」上巻「お読みいただく前に」で井上ひさしは、「「二歩で一間」の忠敬の歩み、その一歩一歩はまことに平凡である。だが、その平凡な一歩を支えているのは感動的なほど愚直な意志である。第二の人生を歩くことで全うしようと覚悟した、高貴さにまで高められた愚直な精神が彼の足を運ばしめているのである。そこで筆者も彼にならって、なるべく愚直に、その一歩一歩を記述したのだ」と記しているが、以前からの著者の地図好きに加え半ば病的なまでの資料漁りと凝り症が重なり、忠敬の歩みに輪をかけて愚直に再現しようと試みたのである。結果的に、最初の一年(寛政12年=1800年)を描くのに5年間、四百字詰原稿用紙で四千枚以上も費やしてしまい、日本全土実測に費やした十七年間を再現するという気宇壮大な試みはものの見事に頓挫し、「蝦夷篇」とこの「伊豆篇」で筆を置いて中断となってしまった。

 蝦夷の測量を終えた後、享和元年(1801年)4月に忠敬一行は伊豆半島に旅立つ。川崎、保土ヶ谷、江の島、熱海と足を運ぶが、行く先々で決まったように事件に巻き込まれる。本篇は文字通りの続編なのだが、どうも<伊豆篇>は<蝦夷篇>と調子が違う。この違和感は何なのだろうと読みながらひっかかっていたのだが、フッと思ったのは、何か水戸黄門に似てないか?ということ。

 <蝦夷篇>は、海のものとも山のものともつかぬ測量という大事業に乗り出す、悲壮感と高揚感に溢れていた。初体験だから、忠敬一行の間にも絶えず緊迫感があった。それがこの続編には無い。測量自体より、巻き込まれる事件の方が主役みたいで、これでは本末転倒ではないかと、緊張感を欠く緩い展開に筆者が時折いらいらしたことも事実。だから、全体の調子がどんどん水戸黄門的「漫遊記」のノリになってしまっている。この<伊豆篇>で一旦筆を置き、このまま中断してしまったのも、何となく納得できるような気がする。